※リクエストのお題 → 『ダイ大』、ダイとポップで原作後。パーティでダイが女にもててポップは男にモテる話。

※オリキャラが色々と出てくる話になってしまいました、すいません。

※微妙どころか確実にリクエストから逸れた話になりました、すいません。

※ギャグで始まったのに締めがシリアスになりました、ホントすいません。

※大戦が終了して三年、ダイもポップもパプニカに留まってる状態とお思いねぇ。

 

 

「―――どうしてオレひとりで行かなくちゃいけないんだよ」
 半ば強制的に旅立ちを余儀なくされた勇者様はそう言って情けない表情を浮かべていた。
 しかし絆されてはいけない、ヤツだって今年で15、そろそろ本格的にパプニカを継ぐことを考えなければならないトシゴロである。具体的な政策や難しい外交はレオナに任せるとしても世間様に顔見せぐらいはしておくべきだろう。大魔王バーンとの決戦で形作られた『カンペキな勇者様』像が世界に浸透する前にこの純情少年っぷりを公表しておくのは悪くないと思うのだ。
「あんまり気負わずにやって来いよ。観光旅行でもするつもりでさ♪」
「………ポップも一緒に来ればいいのに」
 笑いながら肩を叩くと恨めしそうに睨み返された。以前は見上げてもらうばかりだった身長差も、いまでは逆にこちらが見上げる感じになりつつある。
「オレが行っても意味ないだろ。ロマリアの王女は『勇者ダイ』に会いたいってんだから」
「パーティはずっと先じゃないか。直前に行けば―――」
「レオナの親戚だぞ? 少しは愛想を振りまいておけ!」
 と、まあ、そんなこんなで。
 やたらと行き渋る勇者様を港で見送ったのが数日前。地図さえくれればトベルーラで飛んでくよ、とのセリフは「使節団を何と心得る」の一言で切り捨てた。実際、旅費だの何だの考えたらトベルーラでひとっ飛びしてもらった方がよほど安上がりだったのだが、受け入れる側のこころの準備とか「王族」の体面とか、とかく政治は色々とややこしいのである。
 ロマリアへダイが旅立って、さぁてしばらくは魔法の研究に打ち込めるぞとポップが羽根を伸ばしたのも束の間。
 二日後にはレオナに呼び出され、一体なんなんだと首を傾げながら席巻してみれば妙に楽しそうな笑みを浮かべた王女―――実質的にはパプニカの女王様―――が命じることには。
「悪いけどポップくん、いますぐロマリアに向かってくれない?」
「何でだ? 今回の目的はロマリアの婚約披露パーティにあわせて各国首脳にダイの顔見せすることだろ。別にオレがいなくたって」
 かつての大戦に参加した『勇者』と『王女』と『大魔道士』はパプニカの政治の三大切り札である。その内のエース兼キングである『勇者』を名代として派遣したのなら、オマケのジャックまで追加派遣しなくとも―――等のポップの言い分はあっさりと却下された。
「なーんかいまのままじゃ上手く行かない気がするのよね。でもポップくんなら大丈夫! 勘だけど!」
「………何させるつもりだよ、姫さん」
 聊か胡乱な目つきで眺めやればにっこりと微笑んで曰く。

「恋のキューピット役よ! 頑張ってね♪」

 ―――答えになってないと思ったのは気のせいか。

 


― クロス・クローズ・クロス ―


 

 ロマリアは大陸のほぼ中央にある小国だ。小国であるが故に先の大戦の会議に招かれることもなかったが、おかげで大きな戦に巻き込まれることもなかった国である。
 ポップ自身、ダイを捜して世界中を旅した際に幾度か訪れている。常に行き過ぎるだけで王宮にお邪魔することはなかったが、何でもそこの王族とパプニカとは先代の先代の先代の先代の………とにかく、何代か前の先祖が同じとゆーことで、突き詰めれば現存する王族のほとんどは祖先を同じくしているのだろう。
 いまは国王が統治しているが、ひとり娘のローズマリー姫も御歳16歳。王族につきものな婚礼の噂が纏わりついてきた。ちなみにレオナは誰がどう見てもダイとツーカーなのでもはや何者にも突っ込むことは出来ない状況になっている。
 国王や側近が優秀だったのか手回しが良かったのか将来を憂えていたのか何なのか、ともあれ生まれながらに婚約者を定めておいたロマリアに置いては婚姻に関する波風はほとんど立っていない。
 立っていない。
 なら、それでいいじゃん? と思いきや。

「どーも雲行きが怪しいのよね」
 レオナはため息混じりに語った。
 ローズマリー姫の許婚は父親である国王の弟の息子のヨハン王子、つまりは従兄弟。幼い頃から仲睦まじく育ったふたりは傍から見てもお似合いでとても可愛らしいカップルだった。誰もが彼らが許婚であることに安堵しただろう。
 ただ、ひとつ。
 許婚であるヨハン王子が、ものすごく。

 ―――情けない性格であることを除くのであれば、だが。

「よく言えば優しくて繊細で気遣い上手。悪く言えば引っ込み思案で根暗で自分の意見を持たないってことなのよね」
 故に彼に王座を継がせることに危機感を抱いている家臣も多いらしい。優しいのが悪いことだとは思わないが、趣味は絵画とピアノと芸術鑑賞、剣術も魔法も馬術も苦手と来ては―――。
「どこの深窓の令嬢だよ」
「姫はかわいい外見に似合わず弓の腕が達者なのよね。ふたり揃って狩りに出たら姫ばっかり獲物を仕留めてくるんじゃないかしら? ヨハンくんに動物が仕留められるなんてとても思えないし!」
 どうやら王族とは常に女性上位であるらしい。ポップは脳裏にレオナとかレオナとかフローラさまとかレオナとかを思い浮かべながら乾いた笑いを浮かべた。アバン先生お元気ですか、ご無事ですか、生きてますか、等と僅かながらの現実逃避を行って。
「で、も! あのふたりがくっつかないと色々と外交上マズいことが起こるのよ。ダイくんが姫の注意を逸らしてる間にポップくんは手早くヨハンくんを鍛えてきて頂戴!」
「鍛えるならヒュンケルとかクロコダインのおっさんとか派遣すりゃいーじゃん」
「バカ言わないで! ヒュンケルやクロコダインやラーハルトやヒムやチウを派遣したら最初の一撃でヨハンくんが天に召されるに決まってるじゃないの!!」
 どんだけ弱いんですか、王子。
 てゆーか、オレはチウより弱いのか姫さん。
 それでもレオナが真実、従兄弟たちの結婚を心配しているのは紛れも無い事実だったし、『外交上マズイこと』にも察しがついたので結局のところは引き受けざるを得なかった。
「………日程をこなしたらダイと一緒に帰ってくる。それでいいんだろ?」
「ええ。よろしくね、ポップくん」
 にっこりと微笑む若き王女が何気にスゴイ迫力を備えていたことは言い添えるまでもない。




 取り急ぎ手近な荷物だけまとめてルーラで旅立ったポップは、辿り着いた地でやれやれと肩をほぐした。これも外交の一環、と捉えるならばポップもダイのように使節団を率いてくる必要があるのだろうが、「自分は例外、必要なし」とすんなり考えてしまうのがポップのポップたる所以か。
 急きたてられて取るものも取り合えずやって来てしまったけれど、つまるところ自分は。
(―――お目付け役も兼ねてんだろうな)
 と、理解している。
 自分の役どころは正式な婚約披露パーティを直前に控えての王子の教育係り。これまでもダイの勉強の面倒を見ることはあったから魔法を教えるのだと主張すれば通らぬ話でもない。レオナが鏡を使った通信と文で先触れしてくれているはずだし、証書も持っている。
 外交上の問題、というのは国のパワーバランスに関わる内容だ。
 ローズマリー姫とヨハン王子が婚約解除となれば、レオナと同年代で「フリー」の王族が出現してしまうことになる。そうなるとまたぞろ婚姻による国家統合だの領地拡大だのきな臭い話が浮上してくる訳で、下手すれば何処の馬の骨とも知れない(実際は王族だが)『勇者』ダイなんぞよりも血統明らかなヨハン王子とレオナをくっつけようとする派閥も出てくる訳で、更に話を転ずればローズマリー姫を大戦の英雄である『勇者』に嫁がせたいと企む輩も出てくる訳で。
 それらの企みを阻止しようと考えた際に最優先で行なうべきはヨハン王子の教育。周囲の勝手な都合ではあるが、彼が頼りがいのあるところを見せてくれれば側近も四の五の言わないのである。
 ヘタレから大魔道士になったキミなら大丈夫! とあまり嬉しくない励ましをしてくれたレオナの期待に応えるべく、一応は両思いらしい姫と王子のコイバナを実らせるべく、「あいつが国王になんの?」と不満たらたらの重臣どもを黙らせるべく、レオナ曰く「かわいい」ローズマリー姫とダイが必要以上に仲良くならないよう見張るべく。
 ―――最後の項目を一番の理由としない辺りはレオナの照れ隠しなのかもしれなかった。
 姫の居城と王子の居城は丘ひとつ越えたところに存在する。城を守護する警備兵に話をすれば案外素直に通してもらえた。レオナの権力は伊達ではない。
 面通しされたのは王子の世話役をつとめて15年とゆー初老の男性だった。クルクル回ったヒゲや髪の毛が心なしかアバンを髣髴とさせる。
 黒を基調とした服でビシッと決めた相手は礼儀正しくも手を差し出す。
「初めてお眼にかかります。王子の教育係のナッシュと申します」
「こちらこそヨロシ―――っと。ええと、ナッシュ公においては日頃よりパプニカに一方ならぬ尽力とご好意を頂いており………」
「ああ、いや。堅苦しいことは抜きにしましょう、大魔道士さま」
 自分はパプニカ王女・レオナの名代なのだと思い出したポップが遅ればせながらも畏まると、相手は苦笑と共にそれを脇へと追いやった。無論、こちらに否やはない。紳士然とした態度には素直に好意を抱いた。
「ナッシュさんは疑わないんですね」
「は?」
「よく、『大魔道士らしからぬ大魔道士』だって言われるんすよ、オレ」
「とんでもない! 大魔道士さまの内面に潜む魔法力の大きさはわたし程度の使い手でも感じ取れるほどですよ!?」
 魔法の技術が進んでいるパプニカでそんな目に遭われているとは、と心底驚いてみせる彼は根っからのお人好しなのだろう。
 とりあえずいまはポップの外見だのナッシュの人となりだのは重大な問題ではない。肝心なのは王子の性格であり、根性であり、思考回路である。永年仕えている教育係曰く、王子は優しくて芸術への関心が高くて、誰よりも姫のことを愛している純情少年なのだという。
「ご覧下さい! この花! この絵! すべて王子の手によるものなのです!」
 のんびりしているナッシュがこの時ばかりは自慢そうに眉をうごめかした。
 確かに、廊下を彩っている花も壁の絵も見事な出来栄えだとは思う。尤も、ポップには『芸術』の何たるかがよく分からなかったので詳細なコメントは差し控えさせてもらったが。
「レオナ王女のお申し出は嬉しいのですが私としては少々心配でございまして………」
「何にせよ会ってみないとな。王子はいま何処に?」
「こちらでございます」
 示された扉を押し開けようとした瞬間。

 ドバッタ――――――ン!!!

「げふっっ!!」
 突如として扉から飛び出してきた物体にポップはべしゃりと押し潰された。
 何だ何だ!? と混乱しているこちらを余所に体当たりをかましてくれた相手は胸元にしがみついてイヤイヤと頭を振る。
「ナッシュ! ナッシュは何処だ? 助けてくれ、僕の絵筆にとんでもないものがっ!」
「王子! しっかりして下さいませ!!」
「ああ、ナッシュ! 大変なんだ―――………って、あれ??」
 漸く己のしがみ付いているものが慣れ親しんだ部下ではなく、見知らぬ誰かと気付いたか。恐る恐る面をあげた少年とやっとのことでポップは目を合わせることが出来た。レオナと同じような金髪、白くふっくらとした頬とかいまにも零れ落ちそうなほどに大きな瞳とか、ぱっきりと折れてしまいそうなほど細い手足はまさしく。

(………美少女?)

 これで胸があったなら! と、しがみ付かれたままの体勢でポップは呪ったり呪わなかったり。
 赤の他人に抱きついていたと知った少年―――王子? ―――は、パッと頬を赤らめて。
「ご、ごめんなさいっ! その、僕、すごく慌てていたから………!!」
 飛び起き、ポップに手を差し伸べる。王族や貴族にありがちな思いあがりとか素っ気無さとかはこの少年には存在しないらしい。気にするなと立ち上がって笑いかければ恥ずかしそうに目を逸らした。
「ところで王子、先ほど何か―――」
「ああ、そうだよナッシュ! 大変なんだ、僕の絵筆にテントウムシがとまっていたんだよ! こんな狭い室内に!!」
 うるうると瞳を潤ませながら彼は部屋に駆け込んだ。部屋の主と教育係に続いてそっと中を窺い見れば、辺り一面が春の園かってぐらいに飾られた花、かけられた絵、やわらかなクリーム色のカーテンに白とピンクの絨毯、大きな天蓋つきのベッドが目に入った。
 果たしてこれの何処が「狭い」のだろう。
 部屋の真ん中に置かれていたキャンパスと絵の具。水差しに突き立ったままの筆には確かに小さなテントウムシ。
「お願いだよ、外に逃がしてあげておくれ。幾ら花が多くても此処と外では比べ物にならないのだから」
「はい、王子」
 恭しく一礼、ナッシュは窓から手の届く木の葉に掬い上げたテントウムシを置く。
 ほっと安堵の息をついている王子の肩をそっと叩いて問い掛けた。
「………テントウムシぐらい、自分で触れないのか?」
「あ、―――僕、虫って苦手なんです。急に飛んで来るし、なに考えてるかわかんないし、でも可愛いし」
 照れたような困ったような苦笑い。軽く小首を傾げるその様はまさしく『可憐』。背景にいちいち花が飛んでそうな。王子というよりは王女、王女というよりは小動物。
 彼の教育係りとしてヒュンケルやクロコダインを招聘しなかったレオナの判断はものすごく正しい。
 正しい、が。
 これを―――これを鍛えろって。

(じょーだんキツイぜ姫さんっっ!!)

 ポップの悲鳴は誰に届くこともなく胸中に飲み込まれて消えた。




 目の前に注がれた紅茶を見詰めながら一体自分はここで何をやっているんだろうと改めて考える。これは外交上必要なことなのだと、『王族』への面通しなのだとレオナやポップに切々と聞かされたけど、それって、こうやって日がな一日王女の相手をしてることを差すのかなぁとしばし考え込んだ。
「ダイさま、どうぞこちらのクッキーも召し上がって下さいな」
「は、はい。ありがとうございます」
 畏まった自分に自分で居心地悪い思いをしながらもダイは目の前に山と詰まれたクッキーに手を伸ばした。
 ロマリアに到着したのは数日前。盛大に歓迎しようとした一同をどうにか制しはしたものの、「ならばせめてもの心づくしを」と朝から晩までひっきりなしにお茶だのお菓子だのに誘われる。会う人間といえば王と王女と、その傍仕えである召使いの僅か数名。大臣やら重臣やらの顔を覚える機会さえない。城下町でのんびり過ごしているという、使節団の他の面子がちょっぴり羨ましい。
 ちなみに王女―――ローズマリー姫はと言えば。
「どうですか? このクッキー、うちのコックが作ったんですけど」
「美味しいです」
「まあ! よかったv」
 いま現在、嬉しそうに顔を綻ばせてダイ以上の速度で目の前のクッキーを消費している。たぶんこれを一番「美味い」と感じているのはダイではなく姫自身だろう。
 綺麗な長い金髪とかすっきり通った鼻筋とか意志の強そうな瞳とか、なるほど、確かにレオナの親戚と言われれば頷いてしまうものがある。何よりも『王者の風格』の片鱗のようなものが彼女には見え始めていた。

 返して言えば、『並の男では太刀打ちできない』雰囲気であると。

「ねえ、ダイさま。よろしければこの後、馬で遠出でもしませんか?」
「馬?」
「ええ。乗ったことはございませんか?」
「え、えーっと、オレはいつもトベルーラで飛んでっちゃうから―――」
 乗って乗れないことはないと思うけど、と呟けば姫はキラキラと目を輝かせた。
「ステキ! じゃあもしかしなくてもダイさまは空から眼下の獲物に切りかかって大将首を仕留めると言う野性味あふれる狩りがおできになるのですね!?」
 そんなん試したこともありまセン。
「でも、ご自身より巨大なモンスターに立ち向かったり倒したり蹴散らしたりしてらっしゃるのでしょう?」
「モンスター全部が悪いわけじゃ―――大魔王の波動を受けて気性が荒くなってただけで、」
「すごいっ! 想像しただけで胸が躍ります! わたくし、強い男性が好きなんです!!」
「………」
 こりゃダメだ。
 王女はひとの話を聞いているようでその実まったく聞いていない。
(人間を襲うモンスターなんてもうほとんどいないのになぁ)
 女の子の感性ってよくわかんないや。レオナは別として、と、パプニカ王女が聞いたら怒りそうな感想を抱きながらダイはらしくないため息を零す。
 レオナのお転婆っぷりも大概だと思ったが、なんと言うか、ローズマリー姫のそれは毛色が違う。彼女と婚約しているという未だ見ぬ王子に無意識の内に同情すると共に、既にこの場から逃げ出したい気分に駆られていた。
 がたり、と姫が席を立つ。
「さあ、ダイさま! 遠乗りに参りましょう!」
「え? でも、ローズマリー姫。だったら皆に断って―――」
「ダイさまがご一緒なら警備の面では問題ございません。それに、わたくしの腕前はご存知でしょう? そこらのゴロツキなど蹴散らしてみせますわ」
 知っています。
 到着当日に、ダイの目の前で数10メートル離れた場所に置かれたリンゴを悉く射抜く腕前を披露してくれたのは他ならぬ彼女である。
 レオナほど気安く接していいのかも分からず悩んでいる間にずるずると引きずられていく。もしかしたら自分は微妙に彼女のことが苦手なのだろうか? とは、遅まきながらにダイ自身が出した結論である。
「そういえば、ダイさま」
「ん?」
「わたくしのことは『マリー』と呼んで下さいとお願いしたでしょう? 姫だなんて敬称も不要ですv」
 にっこりと微笑む。その様は文句なしに見目麗しく世の男性の大半が見惚れるような美しさであるはずなのに。

 ―――ヘビに睨まれたカエルの気分を味わえるのは何故だろう。

(うわぁぁん! レオナ、ポップ! オレ、もう帰りたいよ―――っっ!!)
 なんとも情けないセリフを内心で叫び続けるダイであった。




「どうぞ、召し上がってください。気に入って頂ければ嬉しいんですけど」
「………どうも」
 白いレース編みのテーブルクロス、中央に活けられた可憐な花、窓から差し込む穏やかな日の光。果たしてここは何の空間だとポップは眉間によった皺を思わず押さえ込んだ。
 無論、考え込むまでもない。ここはヨハン王子の私室である。
 中央には書きかけのキャンパスが置かれ、目の前には王子自らが注いでくれたフローラルティーがあたたかな湯気をくゆらせている。ナッシュも傍らに控えているが、何故か紅茶を淹れてくれたのは王子自身だった。
 理由を尋ねると「僕、こういうの好きなんです」と赤面された。
「お茶を淹れるのって、そのひとに『来てくれて有難うございます』って伝えることですよね? だったら僕が直接、感謝の意を表したいし―――」
「………もしかしてこのクッキー」
「はい。僕が焼きました」
 王子が厨房に入るなんて前代未聞ですって料理人たちには驚かれたんですけど、無理を言って作らせてもらいました。料理って楽しいですよね、特に、誰かのことを思いながらするのって。
 などと語ってくれる王子は先刻からひたすらに照れまくっている。これでダイと同い年だというのだから恐ろしい。むしろ『男』だというのが恐ろしい。どんな環境で育てたらこんなふわふわ甘菓子みたいな人間が出来上がるのか聞いてみたい。深窓のご令嬢どころの話ではない。しかも手作りクッキーは唸りたくなるほどに美味い。もはやどうすればいいのかも分からない。
 しかし、悩んでいても埒があかないので意を決して話を切り出してみる。
「えーっと、その………ヨハン王子?」
「ヨハンでいいですよ」
「じゃ、お言葉に甘えて、ヨハン。オレがここに派遣された理由は知ってるか?」
「僕を鍛えるためですよね? レオナに聞きました」
 どうやら最低限の意思疎通はなされていたらしい。
「そうだ。ま、鍛えるっつっても見ての通りオレは戦士じゃない。魔法使いだ。教えられるとしたら魔法が主になる。―――魔法の契約は済んでるのか?」
「王子はほとんどの魔法の契約を済ませておいでです」
 ナッシュが横から口を挟んだ。
「そっか、なら話が早い」
 魔法の契約を一からやるとなると面倒くさかったし、契約が出来たなら、才能が開花してるしてないは置いといて使える『素地』はあるということだ。
 しかし、自分が火炎系を得意としているように、どの方面の技を得意とするかは人によって異なる。まずは傾向と対策を練らなければなるまい。
「契約はできてるって話だが」
「はい」
 ほのぼのと背景に花を飛ばしながらクッキーを頬張っている姿に問い掛ける。
「メラは?」
「え? も、燃やすんですよね? ………火傷しそうなのが怖くて」
 王子は情けなくも眉根を寄せた。
「じゃ、ヒャド」
「凍傷になりそうで………」
「ギラ」
「焼き切れるんですか?」
「バギ」
「切り刻むなんて残酷なっ」
「イオ」
「爆発なんてしたくないです」
「ザキ」
「殺すのはイヤです」
「………………………できるのは何だ?」

「魔法は怖いので使いたくありません」

 あどけなくも答えられたその問いに。
 ぷちり、とポップの中で何かがキレた。

「やってられるか――――――っっ!!!」

「きゃ―――っ!!?」

 ていやっ! と起き上がれば王子が大袈裟に飛び退いた。
 ナッシュの影に隠れようとする腕をガッシ! と掴む。
「あのなぁ! どうしてそう後ろ向きにとらえる? 確かに使い道を間違えればトンでもないことになるけど、正しく使えばこれほど頼もしいモンはないってのが魔法なんだよ! 理由はさておきまずは使ってみろ! てゆーか使え! 使わせるぞ、おい!!」
「え、えええっ!? で、でも、僕………!!」
「やかましいっ! オレは特訓を任されてんだ、文句は言わせん!!」
 よくもまあ魔法使いの前で『魔法は怖い』だの『使いたくない』だのと宣言してくれたものだ。
 確かに、魔法を使えない者や使い慣れない者にしてみれば不気味だったり恐ろしかったり怖かったりするのだろうけれど、物と鋏は使いようなのは魔法に限った話ではない。
「だ、大魔道士さま、どうかお手柔らかに―――」
「いーからどけっ。外に出るぞ!」
 困惑顔のナッシュを押し退けて扉を開けようとしたが。
「ま、待って下さい!」
「なんだ!」
 割りと必死なヨハンの声に不機嫌も露に振り返る。誰かに振り回されることに慣れているらしい年下の少年は、それでも潔く頷いた。
「あの………そ、外に出るのは、分かりました。けど」
「けど?」
「どうせならお茶とお菓子を持ってきませんか? 僕、ピクニックがしたかったんですv」
「―――ルーラ」
 開いていた窓から一気に飛び出した。
 背後でナッシュが何か喚いていた気がするが、もはや知ったことではない。
 到着したのは窓から見えていた綺麗な花畑だ。ここ数年でポップのルーラの着地はだいぶマトモになっていたが、王子にはハードルが高かったのか見事に頭から地面にめり込んでいる。仕方なく助け起こしてやると既に彼は半泣きの状態になっていた。だから、どんな環境で育てたらこんな以下省略。
「ほら、しっかりしろ!」
「う、うう〜………痛いですぅ………っ!」
「擦り傷ひとつないじゃないか」
 ため息をつきながら頭を撫でてあやしてやる。気分は既に小動物の飼い主だ。
 相手が落ち着くのを待ってからそっと切り出す。先のセリフから判断する限り、王子は魔法の『負』の面ばかり強調して捉えてしまっているらしい。まずはその考えから訂正してやらねばなるまい。
「おい。先刻、言ってたよな。メラだと火傷する、ヒャドだと凍傷、とか。お前にそれを教えたのは魔法の先生か?」
「え、と………ナッシュとか、教科の先生とか、みんなそう言ってました。僕、小さい頃に魔法を使おうとして、失敗したことがあるみたいで」
 幼い時分の出来事だから当人の記憶も定かではない。だが、おそらくは失敗した結果、怪我を負うとか家財道具に被害を出すとか、そんな感じのことを仕出かしたのだろう。以降、周囲の人間は王子が魔法を使うことを頑なに止めたらしい。
 こうなってくると、彼が引っ込み思案でやる前から魔法に恐怖を抱いているのは周囲の環境ゆえと考えるしかないのかもしれない。
「何にでも失敗はつきものだ。同じ過ちを繰り返さなければいーんだよ。それに、な」
 向かい合わせに座り込み、上向けたてのひらに魔法力を篭める。

「―――メラ!」

 ぼっ、と赤い炎がともる。
 ほんの一瞬だけ王子は怯んだが、ポップのてのひらに留まったまま拡散するでも攻撃に転じるでもない炎に興味を惹かれたらしい。
 怖気づいた体勢を僅かに戻しながら。
「手、かざしてみろよ」
「………」
 呼びかけに頷いて、怖々と炎に手をかざす。
 不思議そうに彼は目を瞬かせた。
「………あったかい。これ、本当に魔法ですか?」
「ああ。―――魔法なんて使いようだよ。あとは、使い手次第だな」
 パチリ、と指を鳴らせば炎は空中に混じって消える。ゆらゆらと揺らめいたほのかな赤色を自然と目で追いながら。
「確かに魔法は攻撃に使える。けど、それだけじゃない。炎は暖をとるのに使えるし、辺りを照らす光にもなる。氷は熱をさますのに使えるし、他の攻撃系魔法だって土木工事に使うんだと考えれば日常生活や文化の発展に欠かせないものになるだろ?」
「そう―――です、ね」
「剣術や武術だって傷つけるだけが全てじゃない。誰かを守るために振るわれる力なら、それが『悪』と判断するのは早計に過ぎないか?」
 王子は真剣に耳を傾けている。
 根が素直で真面目で純粋なのだろう。だからこそ周囲の影響を受けやすくて、綿菓子を作るように甘やかされて育ったから頼りなく見えるだけで―――たぶん、本当は、それなりに。
 今度は両手を差し伸べる。
「ほれ、なんか魔法―――そうだな、メラでいい。唱えてみろ」
「………って、えと、でも、僕っ、やったことなんてっ」
「大丈夫! オレが補佐してやらあ。こう見えても『大魔道士』だぞ?」
「でも」
「失敗なんかしない。―――安心しろ、オレを信じろ」
 懇切丁寧に説き伏せれば、しばしの沈黙の後におずおずと王子が両手を伸ばす。
 僅かな距離をあけて左右に広げられたその両手の、上下を覆うようにポップも手をかざす。緊張からかひどく青白い表情をした王子は、深呼吸をひとつした後に。
 数年ぶりに『力ある言葉』を唱えた。

「―――メラ!!」

「………っと」
 解き放たれた力はひどく不安定で頼りない。生じた炎が消えないように、飛び散らないように、周辺から圧力を加えることで中央に力を集中させてやる。久方ぶりの力の行使だ、まとまりが悪いのは仕方が無い。あのダイだって最初は魔法が物凄く苦手だったのだから。
 上手く力を制御して、あくまでも王子の手の中に炎が留まるように努める。
 唱えたきりで強く目を閉じている姿になんとはなしに笑みが零れた。
「おい、ヨハン。目ぇあけてみろ」
「………」
 静かに、少しずつ目を開いた彼は、掌中に留まる炎を見て驚いた表情を浮かべた。
 炎はさほど大きいものではない。それでも王子は瞳に喜びの色を浮かべる。
「これ、本当に僕が?」
「そうだ。お前の力だ」
「………」
 嬉しそうにこちらにはにかんだ笑みを向ける。
 その表情は文句なしに可愛かった。教育係のナッシュが、周囲の者たちが、彼を甘やかしたくなる心境が理解できるくらいには。
(オレには通用しないけどな)
 ちょっとだけタチの悪い笑みを刻んで留まっていた魔法力を散らした。風に吹かれるように消えた炎に王子が残念そうなため息をつく。これで少しでも魔法に対する偏見や恐怖が減ってくれたなら上々だ。
「わかっただろ? 要は使い方なんだって」
「―――はい!」
 にっこりと微笑む相手に釣られるように、よーし、じゃあ次の特訓に行っちゃおっかなーと考えた時。
 何故か、ポップはそっと両手を掴まれた。
(………ん?)
 疑問符を浮かべつつ正面の少年を見返せば、相手は尊敬と憧憬となんかよく分からん感情が篭もった輝かしい瞳でこちらを見詰めている。
「ポップさん」
「おう」
「ポップさんて、優しいんですね」
「そうか?」
「優しいですっ。それに、とっても強い方です!」
 ぎゅううっ、とポップの両手を握り締めながら王子は力説する。果たしていまの遣り取りの何処で『優しさ』だの『強さ』だのを感じ取ったんだか知らないが、一先ずポップが感じたのは「両手が痛いから離してくれると嬉しいんだけどな」であった。
「大魔道士ですもんね! 僕、今更ながらにそのすごさが分かってきました! ポップさんはこの力を使って悪党をこらしめたり悪者を成敗したり山賊を追い払ったりしてるんですよね!」
「別にそんな正義の味方チックな活動なんて微塵も―――」
「すごいです! 考えただけで胸がキュンとします! 僕、強くて優しいヒトが大好きなんですっっ!!」
「………」
 こりゃダメだ。
 王子はひとの話を聞いているようでその実まったく聞いていない。
 もしかしたら彼は興奮すると周りが見えなくなる性格なのだろうか。だとしたら、そんな性格の人物を『王』とするのはやはり不安が残ると思うと同時に、頼むから早くこの手を放してくれよともう一度ポップは願った。
 久しぶりに魔法を使ってちょっとばかり頭のネジが吹っ飛んでしまった王子を止めるには頭を叩くべきか怒鳴るべきか殴るべきか魔法をぶつけるべきか、ダイなら問答無用にメラゾーマなんだがと不吉な選択肢ばかり脳内で並べ立てる。
 その時。
 カサリ、と背後で誰かの気配がして。

「―――こんなところで何をしているのかしら? ヨハン」

 突如降ってきた美しくも冷徹な声に、一気に辺りの空気が凍りついた。




 馬に乗るのは初めてだったけれど、やってやれないことはなかった。なにせ自分はデルムリン島でモンスターの背に揺られて島巡りをした身だ、それと比べたら馬なんておとなしくて穏やかで乗り心地のいいモンである。
「ダイ様、お上手ですのね!」
「そうかな?」
 先導は姫に任せて早足で草原を駆け抜けていく。
 ローズマリー姫はこうして外に出るのがことのほか好きらしく、領内の丘を越えて隣接した城―――従兄弟が住んでいると聞いた―――が見えてくるまでは、だから、本当に上機嫌だったのだ。
 従兄弟の王子が住む、城の手前の花畑に辿り着くまでは。
「………あら?」
 嬉しそうにしていた姫の表情が途端に不機嫌なものに切り替わる。
 なんだろうと後ろから遅れて来たダイもつられて首を巡らせれば、おとなになりきらない少年ふたりが花畑でなんやかやと騒いでいるのが見えた。
 しかも、その内の片方は。

(―――ポップ?)

 見間違えるはずがない。
 金髪の少年の前に座り込んで、何故かその少年に手を握られて困惑した表情を浮かべているのは紛れもなく大魔道士サマである。
 来ないっていってたのに?
 そのこ、誰!?
 どうして手なんか繋いでるのさ!!
 等の考えが一気に去来したダイを置き去りに、馬から飛び降りた姫はズンズンとふたりのもとへ歩いて行く。慌ててダイも馬から降りると姫の背後に付き従った。
 こちらに背を向けたままの少年に姫が笑みを含ませた冷静かつ冷徹な声で呼びかける。

「―――こんなところで何をしているのかしら? ヨハン」

(………ヨハン?)
 確かそれは、姫の婚約相手の名前だったはず。
 呼びかけに慌てて振り向いた少年の表情がバッチリ視界に入った。零れそうに大きな瞳、紅潮した頬、白い肌、ローズマリー姫と同じ血筋を感じさせる育ちの良さ―――ただし、姫が『絢爛豪華』ならこちらは『清楚可憐』な印象だったが。強いて言えばデルムリン島に住んでいた小動物、みたいな。
 しかし、でも、するとつまりはこの吹けば飛びそうな少年が。
 唖然としていると彼の背後に控えたポップに必死に目で合図を送られた。『黙ってろ』、『余計なことは言うな』、『後で説明する』、等の意志を読み取ってダイは頷き返した。なんでポップが此処にいるのかは分からないが、世情に疎い自分よりも彼の方が事情を知っていることは確実だったから。
 勇者と魔法使いがアイコンタクトを取っている間に王族は王族で問答を繰り広げるに至っていた。
「あ………こんにちは、マリー。今日も綺麗だね」
「挨拶など良いからわたくしの質問に答えなさい。このような処で何をしていたのです? 馬にも乗らず、武器も持たず、目ぼしい供も連れず、あなたには王族としての自覚はないのですか」
 姫にだけは言われたくないんじゃないかなあ、とのダイの呟きは幸い誰に聞かれることもなかった。ヨハンと呼ばれた少年は照れ臭そうに視線を手元に落として意味もなく右手と左手の指先を絡める。
「………その、ね。あの、ほら、僕らの婚約披露パーティがもうすぐでしょ? だから―――」
「ヨハン! 結論は簡潔に述べなさい。あの、とか、その、とか、前置きは一切不要です。あなたがいつもそうだからナッシュ達が苦労するのですよ」
「う………」
 途端、少年の瞳が泣き出しそうに潤む。
 ダイは手出しも口出しも出来ずに意味もなく姫の後ろでウロウロと徘徊した。姫の物言いは厳しすぎると思うのだが少年の態度も判然としない。それ以前に本当にこの少年が『ヨハン王子』でいいのか確証がない。そして何よりもダイ自身、姫には尻に敷かれている。
 ダイが眉を八の字に下げるのを見かねたのかヨハン王子に同情したからかは知らないが。
 冷静な眼差しで姫の表情を観察していたポップがすっくと立ち上がり、さり気ない手つきで姫と王子の間に割り込んだ。
「―――お取り込み中のところ失礼致します。隣国にも才色兼備の誉れ高きローズマリー姫とお見受けしますが、どうか、わたくしに目通りする光栄を与えて頂きたく」
「………あなたは?」
 ようやく気付いたといった感じで姫が訝しげに眉を顰める。
 わざとらしくも深く一礼したポップはお気楽な笑みをそえて堂々と宣言した。
「初めてお目にかかります。姫君のご親戚筋のパプニカにて魔法庁の長を務めているポップと申します。以後、お見知りおきを」
「―――え? ………大魔道士様でいらっしゃるの!?」
 驚きに目を見開いて姫がこちらを振り返る。
 ダイはしっかりと肯定を返した。たとえ世界が引っくり返ったって、どんなにモシャスに長けた魔法使いがいたって、自分が彼を見間違えることなど万に一つも有り得ない。
「うん。確かに、ポップだよ」
「どうしてこのような処に………!!」
「それは深い事情のため―――って、すんません、いい加減この語りが自分でも鬱陶しいんでやめてもいいすかね?」
 一礼したままの体勢を普段のダラけたものに戻してポップがカラカラと笑う。無礼だ、不敬だ、躾がなってないと騒ぐ王族は騒ぐけれど、ダイと話していた時の態度からも分かるように、どちらかといえば姫も敬語よりはタメ語での会話を喜ぶ方だ。無論、それは相手にもよるのだろうけれど。
「勿論ですわポップ様! それより、何故この国に? レオナ姫からはダイ様がお越しになるとしか」
「極秘任務で世界を巡ってる最中なんで。流石にその内容は秘密ですが。偶々ロマリアに立ち寄ったんですけど、王族の方々にご挨拶せずに行き過ぎるのも悪いかと思いまして、この」
 と、金髪の少年の肩を押して。
「ヨハン王子に挨拶してたってワケなんですね、コレが! 姫のところにも後ほど挨拶に伺おうと思ってたんですが遅くなっちまって」
「気にしないで下さいませv そうだったのですね。ふふ、偶然とは言えこのような時期にロマリアへ来られるとは神様のお導きとしか思えませんわ」
 コロコロと笑うローズマリー姫はすっかり機嫌を直している。
 ポップの説明には色々と辻褄合わない部分もあったのだが、基本的に『強い』ものが好きな彼女には、『勇者』と同じように大戦に参加した『大魔道士』にも憧れフィルターが多重にかけられているのだろう。
「ポップ様、どうですか? 宜しければこれからわたくしの城に―――」
「お誘い頂いたのは嬉しいですが、姫。生憎とオレにはオレの国家遂行任務がありますから。王族に下された命令の大切さは姫が一番ご存知だと思いますが?」
 共に来ないか、との誘いを素っ気無くも斬り捨てて。
 けれどもそれが『国の立場』を前面に押し出したものだから強制するワケにも行かない。姫が『姫』である以上、やはり、部下が主の命を無視して他国で勝手な振る舞いをしては困ると理解できるからだ。
 姫はひとつため息を零した。
「………仕方がありませんわね。でも、折角ですからパーティには参加してくださいませんか?」
「日程が合いそうであれば検討します。席は要らないっすよ。来れるか分かんないんで―――実はヨハンにも説得されてたんだけど。な、ヨハン!」
「え? は、はい?」
 急に話を振られたヨハン少年が条件反射のように頷いた。
 自分から誰かを誘うなんて珍しいわね、とローズマリー姫が花がほころぶような笑みを刻む。真正面から微笑まれた王子が恥ずかしげに俯いた。
「御出でになることを期待しておりますわ。それでは、失礼致します。さあ、参りましょうダイ様」
「え?」
 発言を控えて静かにしていたら、いつの間にやら話は打ち切られていたらしい。止める暇もあらばこそ、あっという間に姫は馬上のヒトとなって数メートル先を早駆けしている。即断即決は彼女の長所であり短所でもあるようだ。
 護衛を兼ねている(はずの)自分が遅れることは許されない。馬に飛び乗ったダイは一度だけ背後を振り返る。弱々しく俯いている王子の肩を抱いたままのポップと目が合うと、いつだって自分の味方である大魔道士は口を開くことなく意志を伝えた。

『今晩』
『話に行く』
『窓際に灯りを置け』

 読み取った勇者はひとつだけ頷き返すと早々に馬首を巡らせた。

 

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