― masquarade ―


 

 高い木の天辺に突っ立って辺りを見回す。
 本日も快晴、視界は極めて良好、温度、湿度ともに申し分なし………。
 まるで気象予報士のようなことを呟いて、ポップは手をかざし遠くを望んだ。片足を梢につけてはいるが、実際は魔法力で宙に浮いているためさしたる意味はない。足元の木から延々続いている森、その先の河原、草原、やや距離を置いて町、更に奥に山、霞む先は海まで至るのだろう。少しだけ湾曲した地平線を指でなぞっていたところで、下から聞こえてくる呼び声に視線を移動した。旅の仲間が手を振っているのが見える。景色を眺めるのはやめにして木の上から舞い降りた。
 向こうの方から桃色の髪の少女と黒髪の少女が駆けてくる。ポップも手を振ってそれに応じた。
「もう、どこに行ってたの? 捜しちゃったじゃない!」
「わりぃわりぃ、つい天気がよくてな」
 マァムの言葉におどけてみせる。2人の様子にメルルも笑みを浮かべ、頬にかかった黒髪を後ろへとかきあげた。
「王宮から連絡が入ったんです。なんでも、平和が戻って1年経ったから記念式典をやりたいとかで………」
「ふーん、結局あの提案とおったんだな。で、場所は?」
「パプニカです」
 妥当な線だろう。魔王を倒す時にこそ各国は協力し合ったが、コトが済んでしまえば話は別である。式典を何処でやるか、将来的に問題になるのは目に見えている。1年ごとに持ち回りで開催するという案を以前レオナから聞いた気がする。
 最初にやる国をどこにするのかも問題だったが、見事復活を遂げたカール王国か、王女自身が魔王と戦ったパプニカになるだろうと言われていた。結果、後者が選択されたわけである。
「しかしなあ………」
 ガリガリと片手で頭をかきむしる。
 素直に喜べない。確かに世界は平和になったし、未だ戦乱の傷跡は残っているとはいえ町々の復興も進んでいる。1年ごとに平和記念式典と、それに伴うお祭りを開いたって別にいいと思う。反対はしない、祭りは好きだし。

「―――1年だぜ?」

 早すぎる気がしてしまう。
 せめて、もう2、3年待ってはくれないだろうか。「国」や「政治」の仕組みは自分にはよくわからない。それでも待ってくれと言いたくなってしまう。
「まいったなぁ………」
 ため息混じりに空を見上げる彼の内心を知っているのだろう。マァムもメルルもあえて何も言おうとはしない。旅の目的が未だ果たされていないのに、「平和」を祝ってしまうことに彼女らとて違和感を覚えないわけではないのだ。同時に、先の大戦で活躍した「勇者ご一行様」に政治の世界での特別な働きを期待する声も日増しに強まってきているのも動かし難い事実だった。いつまでも無視しきれるものでもない。
「―――時間切れか?」
 苛立ちを隠して冷静な声で呟く。

 あれから、1年。
 勇者の行方は未だ不明であった。




 風光明媚で知られるパプニカ王国―――魔王軍との戦いを終えたかの国はかつての美しい街並を取り戻しつつあった。城下は今回の式典に参加する勇者一行を一目見ようとやって来た人々でごった返している。
 1年では「伝説」になるにはまだ早い。だが「英雄」になるには充分だ。
 普段はおいそれと目にすることのできない―――と、少なくとも彼らはそう思っている―――有名人たちに会えるかもしれないとの期待感でみな盛り上がっていた。ただ、王室関係の人間は王宮内の舞踏会に参加するため勇者一行もそちらに取られてしまうだろうというのが大方の予想だった。それでも、お祭り好きな人々は大喜びで準備に勤しんでいた。
 平和記念式典の会場となる予定の王宮では急ピッチで作業が進められていた。既に会期まで1週間をきっている。城のあちこちで声が飛び交い誰もが忙しく歩き回っている。三賢者の1人、マリンも例にもれず走り回っていた。しかし、こちらの目的は他の人々とはちょっと違う。彼女の役目は式典の主役を探し出すことであった。
「姫さま!」
 名前を呼んで素直に出てきてくれるなら世話はない。ここ1年、王女らしく振る舞ってきたものの最近になって何故かわがままっぷりが復活しつつある。寝室の扉を開けると幸いにして部屋の主はそこにいた。窓際のイスに腰掛けてのんびりと本を読んでいる。しおりを挟み、顔を上げた。
「なぁに、マリン。何か用でもあるのかしら?」
「用でもあるのかしら、じゃありませんわ、姫さま」
 マリンは深いため息をついた。
「まだ式典の用事がすんでいないじゃありませんか」
「照明や効果や食事の打ち合わせなら終わったわよ。飾り付けだって一流どころを呼んであるんだし、あたしの出る幕なんかないわ」
「姫さまが現場にいるのといないのでは、士気が違います」
「先導者が多くいたって混乱するだけよ」
 まさしく「ああ言えばこう言う」。何を言っても今のレオナには無駄のようだ。確かに彼女は王女としての責務も任務もほぼ完璧にこなしていた………ある一点を除いては。しかしマリンにも政を司る三賢者としての意地がある。
「でも姫さま、まだ式典の衣装合わせがおすみになっておりませんわ。是非とも着飾ってご出席くださらないと………」
 その言葉に明らかにレオナが不機嫌な表情を浮かべた。
「コーディネイトはいつもどおり王宮付きのスタイリストに任せてあるし、自分でアクセサリーも選んだからもう充分よ。開会の挨拶も閉会の挨拶もとっくに暗記してあるし。何ならここで暗誦してあげましょうか?」
「いえ、別にそれは………」
「じゃあ、もう用事はないわね。あたしはここでしばらく本を読んでるから。ほんとぉ〜〜ぉに! 必要な時だけ呼んでちょうだい、ねっ?」
 笑顔を浮かべてはいるが背後に怒りの暗雲が見て取れる。グイグイと背中を押されて、ついにマリンは部屋の外へと締め出されてしまった。無情にも閉ざされた扉を見て頭を抱える。これではまた専属スタイリストに怒られそうだ。
「でも………姫さまの気持ちもわからないじゃないのよね………」
 まだ1年。
 人々は訪れた平和に慣れていない。いつまたこの平穏な日々が崩れるのではないかとどこかで怯えている。だからこそ、「平和」の証として何か確かなものを望んでいる。頼れるものとして若干15歳の少女を選ぶのは早急に過ぎるが、相応しいのもまた彼女だけなのだ。

 ―――頭の痛い事態になってきた。




「全く、冗談じゃないわ!」
 レオナは読みかけの本をベッドに叩きつけた。勢いよく窓を開け放つと心地よい風の中に人々の喧騒が入り混じって聞こえてくる。仕事に精を出す人々の、遊びに興じる子供たちの、それは戦時中に願ってやまない光景だったはずだ。きつく窓枠を握り締める。
「いくらなんでも早すぎるわよ」

 ―――婚約、なんて。

 今度の式典で行われる舞踏会で、ついでに結婚相手をお選びになってはどうですか、と気楽な大臣たちが進言してくれたのだ。さすがに「結婚」までは望まれなかったが、王家の名で婚約発表をしてしまえば事実上の公約にも等しい。大臣たちは手際よく各国王室に内密の連絡を回してしまった。
 いわく、「今度の式典はレオナ姫の婿選びもかねている」と。
 資格を得るのは簡単。舞踏会の席上で最初にレオナと踊った者―――それが婿候補となる。当然、女性や身内は数には入らない。あまりにくだらなすぎて泣けてくる。
 問題は‘「婚約しろ」と言われたこと’ではない。当日、のらりくらりとロクでなし求婚者どもを交わしつづけるだけの自信はある。神経いきり立ってかなりお肌にも悪いだろうが、逃げ切れるからそれはいいのだ。それよりも問題なのは―――‘「婚約しろ」と言う奴らが出てきた’ことなのだ。仮初にでもあの戦いに身を投じていたのならば考えつきもしない、無神経なセリフをよく言えたものだ。

「………まだ1年よ?」

 それだけ平和になったのだと言えなくもない。魔王と戦っていた間は、のん気に王家の存続について語ってなどいられなかったのだから。だけど、せめてもう2、3年ぐらい待ってくれたっていいではないか。

 ―――帰ってくるかもしれないのに。
 絶対に、帰ってくるのに。

 おかげでここ数日レオナは仕事を放りっぱなしである。最低限の量はこなすが、それ以上あの「パプニカ1番他国は2番」な大臣どもと話し合っていたら容赦なくヒャダルコをぶちかましてしまいそうだ。若干、仕事をさぼるための自己弁護に聞こえなくもないが、レオナが怒っていることは事実だった。
「あ〜あ、お祭りだってのに全然楽しくないわ。ま、みんなに会えるからいいけどね………」
 と、そのとき、大地に微妙な震えが走った。覚えのある揺れ方にハッとなり俯いていた顔を上げる。
「………ルーラの着地音?」
 次の瞬間には部屋を飛び出し、駆け出していた。




 地響きが城内に響き渡って数分後―――。
「3人とも久しぶりね。元気そうでなによりだわ」
「………」
 応接室に通されたポップ、マァム、メルルはレオナを前に凍りついていた。
 な、何だか、レオナの笑顔がとっても怖い気がする………。
(ポップ、あんたが着地に失敗して式典用のミラーボールを壊すからよ………!)
(そ、そんなこと言ってもよう………不可抗力だって!)
(早く謝りましょう、ポップさん。きっと許してくださいますわ)
 そう。大魔道士になっても一向に改まらないポップのルーラのおかげで、折角バダックが貫徹で作り上げた「宴会もとい式典・舞踏会用ミラーボール」は粉々に壊されてしまったのだった。丹精こめて完成させた作品のなれの果てを見てバダックが笑顔のまま失神したとかしないとか………。
「ルーラの着地がヘタなのはそれだけ勢いがあるってことさ」
 とのポップの弁解も今回ばかりは功を奏さないだろう。
「定期的に連絡とれって言ったのに全然便りを寄越さないんだもの、心配しちゃったわ。おほほほほ」
 ―――や、やっぱり素直に謝った方がよさそうだ。小指を立てた手を口元に当てて笑っているレオナなんて怖すぎる………!
 ポップは潔くテーブルに両手をついて頭を下げた。
「悪い! ほんっと〜に、悪かったよ、姫さん!! 全部オレの責任だ」
「そうよ、ちゃんと責任とってもらわなくっちゃあ」
「た、確か式典って1週間後だったよな? それまでにどーにか修理をして………!」
「―――何の話?」
「………へ?」
 ポップが素っ頓狂な声を上げた。
「何の話って、オレが壊したミラーボール………」
「ああ、その話? 別にいいわよ。なくたって舞踏会は開けるんだし。ただし、後でちゃーんとバダックには謝っておいてよね」
「いや、そりゃ勿論そうだけどよ」
 拍子抜けだ。てっきりレオナはミラーボールの一件で怒っていると思ってたのに。でなければ何のことで怒っていたのだろう? 責任をとるって何のことだ?
「肩のこる式典になりそうだし、別にいいわ」
「あん?」
 ますますもってワケがわからない。疑問符を飛ばしまくっているポップの横で女性陣も顔を見合わせた。手にした紅茶のカップをテーブルに置いてレオナが立ち上がる。
「あたしはこれから打ち合わせがあるから付き合えないけど、3人とも式典まで自由に過ごしてていいわよ。ああ、アポロとマリンがうるさいから衣装合わせだけは付き合ってあげてね。みんなにはカッコいい服着てほしいらしいのよ。全く、子供なんだから」
 自分のことはしっかり棚に上げている。
「何か用事があったらマリンに言いつけてちょうだい。あたしも大抵は連絡の取れる場所にいるから。それじゃあ、また後でね」
 話はそれで終わりだった。




 応接室を出た後で、女性2人には先に衣装あわせに行ってもらい、自身は医務室へと足を向けた。そこには笑顔のままで凍れる彫像と化したバダックがいるはずである。納期に間に合わせようと頑張っていた大切な品を壊してしまったのだ。どんなにか叱られるだろうと思っていたが、意外にも彼はあっけなく許してくれた。
「まあ確かに壊れてしまったのは残念じゃが、ある意味あれでよかったのかもしれん」
「何だ、それ?」
 すっかり安心したポップは足を組んでイスに腰掛け、偉そうにふんぞり返っている。戦時と違い負傷者はいないらしく、広い部屋にはポップとバダックの2人しかいなかった。
「ワシもな、本当にいいんだろうかと思いながら作っておったところでな。壊れたのはそれが神さまの思し召しだったのだろうと思っておくよ」
「いや、だから何なんだよ、それ」
「実はな………」
 バダックは眉をひそめると、ベッドに身を起こした状態のままそっと手招きした。誰もいないのにコソコソと耳打ちをする。疑わしげに耳を傾けていたポップの目が驚きに見開かれた。

「なぁにぃ〜〜〜っっ! 婚約ぅぅ―――っっ!!?」
「しーっ! 声がでかいぞ、ポップくん!」

 バダックが人差し指をたてたので慌てて両手で口を塞ぐ。即座に周囲を見回すが、室内はもとより廊下で立ち聞いていた者もいないようだ。胸を撫で下ろし、今度はポップも心持ち声を潜めながら相手に耳打ちした。
「何だってそんな話が出てくるんだ? 姫さんはまだ15だろ?」
「王家の結婚は比較的早いんじゃよ、ポップくん。勿論、本当に婚約するわけではない。そんなんだったらワシだって命の限り抗議しまくってやるわい。だが、どうもよくわからんが、お偉いさん方が言うには平和の証がどうのこうのと………」
「………ま、婚約できるような世界なら確かに平和だわなぁ」
 婚約、もとい結婚を平和の証として世界にアピールしたいのだろう。確かに各国の王家で現在結婚適齢期にいるのはレオナぐらいのものである。長年、独身を貫いていたフローラ女王も結婚してしまったことだし………。
 それに婚約相手を捜すとなれば人が集う、盛大な会が開ける、パプニカの宣伝としては打ってつけだ。バダックは気づいていないようだが‘お偉いさん方’の考えにはそんな目算も含まれているのだろう。国家の平穏の前では1人の少女の恋愛は取るに足らぬ些事らしい。
「それじゃあレオナの機嫌も悪くなるわけだよな………ってことは責任とってってのは‘そっち’の責任かよ。やっべぇなあ………」
 ブツブツとポップが何やらぼやく。バダックも深々と息をついた。
「せめて舞踏会ぐらい普通に楽しんでいただきたいのだがのう………」
 腕を組んで考え込んでいたポップだったが、やがて決心をつけたのか立ち上がった。
「ま、そんなに落ち込むなよ。このポップさまがなんとかしてやろうじゃないの!」
「本当かね、ポップくん?」
「8割ぐらいの確率でうまくいくね! ………ついては、レオナにちょいと頼みごとをしたいんだけど―――」
 頼もしそうな、もとい人の悪そうな笑みを浮かべたポップに若干の不安を覚えないでもなかったが、とりあえずバダックは彼の要求を受け入れた。




 バダックからマリンに伝えられた願いは、数十分の遅れでレオナのもとへと届いた。相変わらず寝室でふてくされていたレオナは、頼みごとの内容に驚きの声を上げた。
「なぁに? 舞踏会を仮面舞踏会に変更してくれですって!?」
「ええ、‘変装OK、仮装OKの何でも大会にしてくれ。国民にもおふれを出してほしい。あと、できれば顔を覆うものがあった方がいいだろう’って」
「それでなにかいいことでもあるの? 大体、肝心のポップくんはどこに行ったのよ」
「それがバダックさんの話では、すぐに飛び去ってしまったらしくって………」
 報告を受けたレオナは内容を検討してみた。確かに、仮面舞踏会というのは面白いかもしれない。色とりどりの変装や仮装を見ていれば鬱屈しそうなイベントも少しは気が紛れるだろう。大臣連中が口煩いかもしれないが、こちらには伝家の宝刀「式典欠席」があるのだ。怖れることはない。
「面白そうね、やってみましょう。………まだ式典まで時間もあるしね」
 レオナはあっさりと頷いた。




 1週間後―――。
 平和記念式典は滞りなく行われていた。戦時を乗り切ったばかりで各国ともに蓄えが少ない。その辺りを考慮してオープニングセレモニーは午後から、さして費用のかからぬ方法で行われた。宣誓の言葉、各国来賓の挨拶、顔合わせなどが執り行われたが、遠目に見るだけの国民にとっては他人事も同然。関心は既に夕刻からのお祭りに傾いている。
 王家は城で仮面舞踏会をやるらしいが、町人は町人で気取らない祭りを開くのだ。パプニカは王家と国民の繋がりが濃いことでも有名だが、さすがに各国主賓の来ている手前、町人の祭りに進んで参加するわけにはいかないのだった。この辺りがお国の悲しい事情というやつである。
 日も暮れて王宮では華やかなパーティが開かれていた。レオナ王女の「仮面舞踏会」の通知は急といえば急であったが、ほぼ抵抗なく受け入れられていた。なんだかんだで彼らもいわゆる‘バカさわぎ’をしたかったのかもしれない。戦士の格好をした大臣、妖精の衣装を着た令嬢、中にはモンスターの着ぐるみを着るというつわものもいた。さすがにそこまでする勇気のなかった者たちは、大人しく(?)仮面をかぶって楽しんでいる。変装や仮装や仮面も気に入らないという人々は普通に華美な衣装を取り揃えてしとやかに振る舞っていた。
 開催者であるレオナは壇上の席に大人しく座っていた。本当は音楽に合わせて踊る事も食事を楽しむ事も好きなのだが、如何せん今回ばかりはそうもいかない。なにしろ立ち上がった途端に求婚者(と、思われる)ものたちの間に緊張が走ってソワソワしだすので、和やかなムードを壊さないためには壁の花と化しているしかなかったのだ。仮面で不機嫌そうな表情が幾分緩和されているのがさいわいであった。
「退屈そうね、レオナ」
「そうね、マァム。代わってみる?」
 仕方なしにレオナは苦笑してみせた。先程からマァムはレオナのもとに話をしにきたり食事を持ってきたり………要するに、退屈しないよう相手をしてくれているのだった。少し離れたところではメルルが暗い顔をした男性相手に親身に話をしている。どうやら‘占い師’ということで人生相談されてしまっているようだ。
「そういえばポップくんはまだ来てないのね? 言い出しっぺが遅刻しちゃダメよねぇ」
「なにか面白いものを用意するってはりきってたわよ。だから、きっともうすぐ来る………」
 瞬間、大地が震えた。
 前触れのない揺れに楽団が演奏をやめ、人々はざわめいた。どうやら発信源はバルコニーのようだ。なにが起こったのか………身体を固くする人々の前でガラス張りの戸が開かれ、実にのん気な声が会場内に響き渡った。

「は〜い、各国主賓の王さま、女王さま、王子さま、王女さま、ついでに大臣の方々もこんばんわーっと。大魔道士ポップさまの到着だぜぇっ。ささ、ちょいと道をあけてくんな」

「ポップ!?」
「ポップくん!?」
「いよぉ2人とも。遅くなってすまなかったな」
 スチャッ、と片手を上げたポップは重たそうな荷物を引きずっている。外見的には白い袋でしかないので何が入っているのか想像もつかない。彼が歩くとみなが訝しがって避けるので、自然と主賓席まで道が開けた。パプニカづきのスタイリストに選んでもらったマントを翻し優雅に一礼する。
「改めまして、レオナ姫ならびに関係各国の方々にはご機嫌うるわしく………ってか? ま、堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ。オレの柄じゃねぇや」
 カラカラと笑う。やや呆気にとられていた周囲も関係者と知って落ち着きを取り戻したようだ。それにしてもあの荷物はなんだろう。
「ポップくん、大幅な遅刻よ。それにその荷物はなんなのかしら?」
「あー、それそれ! 今日、この場に来られない奴も色々いただろ? そいつらから手紙とか預かってきてたらすっかり遅くなっちまったんだよな〜。この場で取り出していいだろ?」
 レオナ達の前まで荷物を引っ張って、中身を探り始めた。
「まずはこれ、デルムリン島のブラスじいさんから地域特産品、珍妙なる果物の数々! ほれ、そこのコック、すぐに受け取って料理してくる!」
 緑や紫、はては迷彩色の果物を山のように手渡されてコックが青ざめる。救いを求めるようにレオナを振り仰ぐと、「単純に切って並べればいいんじゃない?」との実にありがたいお言葉が返ってきた。
「次はこいつだ、ノヴァの作った剣を二振り」
 鞘からはずすと刀身が眩い輝きを放つ。周囲から感嘆のため息がもれた。こちらはレオナのわきに突っ立っていた衛兵に手渡す。
「実用的じゃねぇ、飾り太刀だって言ってたぜ。殺傷能力はゼロだとか。と、こいつは………」
 瞬間、ポップが嫌そうな顔をした。手にした包みをレオナに直接手渡す。ピンク色の包装紙にバラの飾りがつけられた、外見からして怪しすぎるシロモノだ。
「こいつはうちの師匠からなんだけどよ、中身が何なのかオレも知らねぇんだ」
「マトリフさんから? あまりいい予感はしないわね………」
 言いながら包みを開ける―――と、そこから出てきたのは。

 真赤でドハデな水着であった。

「………」
 場が凍りつく。固まった表情のままレオナが水着につけられていたメッセージカードを取り上げた。読みあげる。

「‘姫さんへ。もう15になったんだからこれでも着てちったぁ色気を増しな! ―――マトリフ’」

 ギロリ、と壇上の女性陣(レオナ、マァム、メルル、フローラ)の目が注がれてポップが青ざめる。
「ま、待てっ! 買ったのはオレじゃねぇ! オレじゃねぇよ! だってまさか師匠がそんなもんを………!」
「ポップくん!」
「なに考えてんのよ、あんたは!!」

 ドカッ! バギッ!

 あわれレオナと(何故か)マァムの拳をくらってポップは撃沈した。頭を抱えてうめいてはいるが、すぐに復活する辺りはさすがである。「ちくしょ〜、オレじゃねぇのに………」と愚痴りながら更に幾つかの土産物を披露した後、最終的にポップは黄金色の筒を取り出した。片手で握れるほどの小さなモノである。
「で、もって。こいつがオレからのプレゼントだ。実はデルムリン島に寄ったのもこれを借りたかったってのがあるんだよな〜」
「なぁに、それ?」
「いやほら、オレが例のミラーボール壊しちまっただろ? だから代わりになんかやろうと思ってよ」
 それは見覚えのある人間ならすぐにわかっただろう。呪文ひとつで筒の中にモンスターを封じ込めたり、出したりできる‘あれ’である。が、勿論ポップが仕込んできたのはモンスターなどではない。
「さ、みんな、早いとこ仮面とかで顔を隠してくれ。もしかしたらちょいと危ないかもしんないから防護しておいてほしいんだ。その為の仮面なんだしよ」
 なるほど、と慌てて全員が仮面をつける。持っていない者たちも薄い布などで顔を覆った。
 ポップが筒を高々と掲げる。一際鋭い声が響いた。

「―――デルパ!!」

 バンッッ!!

「きゃぁっ!!?」

 破裂音と目も眩むような閃光に悲鳴が上がる。身体にあたたかい風が当たった。徐々に視力が回復してきた人々は、今度は感嘆の声を上げた。
 美しい光の粒子が天井付近にとどまって輝いている。白、紫、青、緑などを基調とした光の帯が天井付近で揺らいでいる様は、まさしく地上に降りてきたオーロラだ。少しずつ少しずつ色を変えながら下へと落ちてきて、最後には人々の肌に当たり、儚い煌きを残して消える。
 人々は僅かの間言葉を失っていた。そして、この光を創りだした大魔道士に賞賛の言葉を送ろうとしたが不思議なことにどこを見渡しても見つけられなかった。
 会場内にざわめきが走る。
 ス、とレオナが立ち上がり声を上げた。
「ポップくんのことなら心配しなくてもいいわ。どーせメンドくさくなって何処かに隠れちゃったのよ。それより折角演出もしてくれたんだし、わたしたちはわたしたちでパーティを楽しみましょう」
「ははは、そうですねぇ」
 今やカール国王となったアバンとフローラ女王が横でおおらかに笑う。それを合図としたように1度は止まっていた音楽が再び流れ始めた。
 喧騒が戻ってきた会場の隅で、密やかな会話が取り交わされていた。桃色の髪の少女と銀髪の青年である。
「ヒュンケル、あなたも来ていたのね」
「ああ。………それよりもマァム、見たか?」
「ええ、勿論よ。全くポップもとんでもないことするものね。―――でも、レオナの気が紛れるんなら許してあげるわ」
 2人は訳知り顔を見合わせてひとしきり笑った。




 ところかわって、ここは城下町―――。
 王宮とはまた違った種類の喧騒が辺りを包み込んでいた。往来まで席を持ち出して料理を振る舞っている定食屋とか、ここぞとばかりに品物を売りに出す商売人たち。子供たちが楽しめるように、日本でいう縁日のような出し物も数多く出されている。城のおふれは町にも確実に届いていて様々な仮装をみることができた。女の子にはフリフリがついた妖精の衣装や、童話にでてくるお姫様の格好などに人気があるようだ。男の子は一丁前に模造品の鎧を着たり剣を腰にさげたりして粋がっている。
 町の中核にある料理店は大賑わいだった。祭りの人手に加えてみながみな、かさばる衣装を着ているために尚更店内が狭く見えてしまう。
 その一角に見慣れない少年と少女が座っていた。頭にバンダナを巻いている辺りからして少年は魔法使いの仮装を、きらびやかな衣装を着た少女は王女の仮装をしているようだった。店内はそういった「勇者一行」の仮装をした者で溢れかえっている。
 頭のはげた中年男性が魔法使いに話し掛けた。図体が見上げるほどにでかい、どちらかといえば戦士型の大男だが、剣をさげているので剣士のつもりかもしれない。
「いよう、若いの。お前さんは魔法使いの仮装かい?」
「まぁね」
 ニヤリとあまり品のよろしくない笑みを少年が浮かべる。一方の少女はそんなもの気にも止めていないようで、注文した料理の数々に舌鼓を打っている。酒にも手を伸ばしたが少年に阻止されてしまった。
「そういうあんたはなんだい? 戦士じゃねぇよなあ」

「オレか? オレは魔剣士ヒュンケルだ」

 2人が食べ物を喉につまらせた。慌てて果実水で流し込み、どこかひきつった表情で少年が問い返す。
「ヒュ、ヒュンケルってそんなにがたいが良かったかなぁー?」
「ばかやろう! 魔剣士ヒュンケルといえば不死身とも称された最強の剣士! あらゆる武芸に精通した戦士の中の戦士! 装備していた鎧の重さは通常の5倍はあったといわれている。そんな男が華奢であるはずがねぇだろう!」
「確かに華奢じゃねぇけどよ………」
 少年の呟きは男の耳には全く届いていないようだった。
「にしても、お前の仮装は悲しいほど似ていないな。オレは大魔道士さまを直接に見たことがあるが、もっと立派な体格をしていたぞ。ローブの下に鍛えぬかれた体! 鋭い眼光! 杖のひとふりで大岩すら破壊したと聞く。いいか、坊主。バンダナつければそっくりになれるというワケではないのだぞ」
「さいですか………」
 どうやら剣士の中では‘男’=‘たくましい’という図式が出来上がっているらしい。職業もクソも関係ないのだろう。話を聞いていた金髪の少女が必死に笑いをこらえている。
「で? あんたはどこで大魔道士と会ったんだい?」
「うむ、あれは忘れもしない、大魔王バーンとの決戦において………」
 段々酔っぱらってきたらしい男が酒瓶片手にとうとうと語り始めたときだった。

「―――その男の話は嘘っぱちよ!」

「なにぃ!?」
 割り込んできた女性の声に、店内が一瞬ざわめいた。
 振り向いたその先に真紅のローブを身につけた妙齢の貴婦人が立っていた。胸元にクリスタルのペンダント、片手に水晶、額にはエメラルドのサークレット。一見して占い師とわかる出で立ちではあるが、若干、色気がありすぎるようだった。ギリギリまで裂かれたローブのスリットから長い足がこれ見よがしに伸ばされている。装飾品は黄金のイヤリングに瑠璃と翡翠の腕輪など、随分とまた世俗的だ。
「おおお〜っ! お姉さんカッコいい! ステキ! 色っぽい!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
 途端に鼻の下を伸ばして応援を始めた少年を少女がたしなめた。それすらも振り切ってテーブルの上に身を乗り出すようにしていた少年だったが、

「あたしは占い師メルルよ」

 ―――見事にイスから転落した。
 脇の展開は無視して剣士と占い師が睨みあう。
「おうおう、オレの話が嘘とはどういうことだよ、姉ちゃん!」
「このあたしも大魔道士さまとご一緒したことがあるのよ。まだまだ坊やだったけど、ちゃぁ〜んとベッドの上で………ね」
「おおっっ!!」
 女性の大胆発言に周囲が歓声を上げる。その脇では何故か少年が少女にコブラツイストをかけられて苦しんでいた。違うっ! 誤解だ! との叫びは虚しく店内の喧騒に紛れる。
「ほ〜、なら教えてもらおうか。本物はどんな奴だったってんだい?」
「本物の大魔道士さまはね………」
 ふっ、と女性が自信有り気に微笑んだ。

「流れるような美しい黒髪に女性のあたしでも敵わないような白い肌! そして澄み切った黒曜石の瞳をお持ちになった美丈夫よ! 断じてあなたが言うような筋肉ダルマではないわ!」

 少女が力を緩め、その隙に少年が脱出した。
「一見しただけでは虫も殺せないような儚げな雰囲気を持ったお方よ! 背景にいつも花が飛んでるんだから!」
 どんな人間なのだ。
 と、そこに更に割り込んだ影があった。
「待てぇ〜い! そのオナゴの言うことも間違っとる!」
「なんですって!?」
「わしはアバン! 先代の勇者にして現・カール国王じゃあ〜!!」
 どう見ても70代後半にしか見えない老人がのたもうた。パーマに失敗したような髪型と手にはジャラジャラとネックレスの束。するとあれか、胸元の呪われたような白い刺繍は、もしかしなくてもカールの紋様か。
「大魔道士なんぞワシにかかればまだまだ子供! 剣士も子供! 占い師も子供! いんや、子供の子供ぐらいじゃ! ワシのいうことを聞けぇーい!! ちなみにアバンの印は1個30Gで絶賛発売中じゃ!」
「失礼なこと言わないでよっ、あたしはねぇ、本当のことを………!」
「オレが正しいんだ、てめぇらはすっこんでろ!」
 更にその後数人の名乗りがあって、ゲンナリした顔の少年と少女は頷きをかわすと、テーブルの上に代金を置いて早々に立ち去った。
 背後の店では未だ名乗り合戦が行われている。




「ふぃ〜っ、参った参った………」
「随分とまた情報が乱れ飛んでるみたいねぇ。噂はバカにできないわ」
 ごった返す道を歩きながらポップとレオナはやれやれと頭を振った。言うまでもなく居酒屋にいたのは‘本物’の2人だったのだが、先程の騒ぎに色々な意味で衝撃を受けていた。どうやら勇者一行の外見はとんでもなく誤解されているようだ。確かに、一般人で外見もよく知っている人などいないのだろうが………。
「でも、あのお姉さんはかなり美人だったよなぁ〜。でへへ♪」
「あーら、いいのかしら、ポップくん。あとでマァムとメルルに報告しちゃうわよ?」
「げっ」
 鼻の下をのばすポップに、しっかりとレオナが釘を刺した。
「な、なんだよ、冗談だって! ………それに姫さん、首締めすぎだぜ。本当に賢者か?」
「あたしは2人の代わりをつとめてるだけよ。マァムだったらこの程度じゃすまなかったでしょうね」
 ポップには言い返す言葉も見つからない。
 レオナを下町に連れ出そうと思いつくのは容易かったが、そこから先が問題といえば問題だった。一国の、しかも開催国の王女が会場にいないのでは国際問題になってしまう。抜け出した先で騒がれないかというのも心配の種であった。
 そこで苦し紛れに思いついたのが「仮面舞踏会」である。実質的には仮装・変装大会とし、国民全員にふれを出すことでちょっとした賭けにでたのだ。
 結果、予想通りに「勇者一行」の仮装をする者が多く出没しポップやレオナの格好も目立たないですむようになったのだ。まさしく「木の葉を隠すなら森の中に隠せ」といえよう。もっとも、あれほどの騒ぎになるとは思いもしなかったが………。
 また、「仮面」を利用することに抵抗がないでもなかった。かつての戦いで仮面を被っていた死に神を倒したと思っていた自分たちは、最後の最後でしっぺ返しをくらってしまった。悔んでも悔みきれない苦い過去。
 道中その旨を告げると、レオナは

「気にしなくていいわよ。ある意味王宮の人たちの方が魔族より腹黒いかもしれないしね」

 と答えた。彼女なりに思うところはあったかもしれないが、それでもこうして騒げることの方が大事なのだと言う。飲み屋での騒ぎを見たとおり、色々とバカな奴らも出てきているが、ようやく安心して騒げる夜が来たのだと納得しておこう。
 だから今は多少胸が痛むような事実があっても、人々のために黙っているべきなのだろう。
「あ、今度はあれやってみましょうよ」
「まだやるのかよ!?」
 ポップはややウンザリしたような声を上げた。2人の歩いている道の両脇では出店が数多くあり、さっきからレオナはそれで遊んでばかりいる。最初は大目に見ていたポップだったが、ここまでくると付き合うのもキツくなってくる。
 レオナが指差した先にあるのはいわゆる射的であった。
「さっき、輪投げで25回連続失敗したばっかじゃねぇか」
「今度は大丈夫よ。まあ見てなさい」
 出店の主人に代金を払い、作りの簡単な銃を構える。格好だけはなかなか様になっているのだが………、腕は、それについてこなかった。
 パン! と小気味良く放たれた弾が全く見当違いの方向に飛んでいく。あまりにも素晴らしい腕前に店番の兄ちゃんもびっくりだ。続く2発目、3発目も失敗してレオナがきれた。
「ちょっと、この銃まっすぐ飛ばないように改造されてるんじゃないの!?」
 言いがかりもいいところである。詰め寄られている店員が哀れに思えてきて、ポップはその場に割ってはいった。思い切り不服そうな顔をされたがレオナが何にこだわっていたのかは分かっている。
「あの一番上の人形がほしいんだろ? 弾の残りは2発だけど、ちゃんととってやるから任せとけって!」
 銃を借り受けて狙いを定める。一番上にあるそれはせいぜい掌サイズの人形で、的が小さい。安定もよさそうなので1発当てただけでは揺らぐぐらいで棚から落ちることはないだろう。こういう時は連続で狙うのが有効な手段だ。
 1発目が当たって揺らいだところで、間髪いれず次を撃つ。人形が揺らぎ、ついでに隣の同じ種類の人形に当たって2つそろって地に落ちた。「どんなもんだい!」とふんぞり返ってみせたがレオナには無視されてしまった。こういったジャンルでは幼い頃に村の祭りで鍛えたポップに彼女が敵うわけはない。やはりコツとか経験が必要なのだ。
 夜店の兄ちゃんから品物を受け取ってレオナに手渡す。
「ほらよ、計算くるって2つも手に入れちまったけど………」
「………」

「ほしかったんだろ? ―――勇者人形」

 紐の先につけられた人形がクルクルと回る。特徴のある黒髪のツンツン頭に頬の傷。青い衣装に背中につけた大き目の剣。夜店で出回るだけあって質がよいとは言えなかったが、どことなく愛嬌のある目とかが似ていないでもなかった。こんな人形を作られているなんて、本人が知ったらどう思うだろう? そう考えてポップは笑いをもらした。
 かすかに頬を染めてレオナが人形を奪い取る。そのうちのひとつはポップの手に戻した。
「姫さん?」
「あたしが2つも持ってたって仕方がないでしょ。1つあげるわ」
「って、こんなの見られたらマァムたちに笑われちまうよぉ!」
「いいじゃないの、あたしとお揃いだって言っておけば」
 ………なんだかそれも微妙だ。しかしまあ、折角のお言葉ではあるしありがたく受け取っておくことにしよう(取ったのは自分だが)
 遠くの教会から鐘の音が聞こえてくる。本来夕刻のみ鳴らされるそれは、今日ばかりは1時間ごとに鳴らされて過ぎ行く時を刻んでいる。何度目かの音色が夜の闇の中、静かに響き渡った。
 それは自由な時間の終わりも意味していた。




 ほろ酔い気分で浮かれている衛兵たちの後ろをすり抜けて、こっそりと裏口から城内へと入り込む。無用心もいいところだが今日だけは特別だ。人通りの少ない通路を駆け抜けて突き当りまで行くと、そこに3つの人影が見えた。
「ちゃんと時間に戻ってきましたね。えらいえらい♪」
 2人に気づいた‘レオナ’が振り向いてそう言った。
 横ではフローラとアバンがにこやかに微笑んでいる。森の木陰に隠しておいたマントを羽織り直してからレオナは深く一礼した。
「どうもすいませんでした。ご迷惑をおかけして………」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ」
 ボン! という音と共に白い煙が舞い上がる。煙がおさまったとき、そこにいたのは式典の衣装に身を包んだアバンであった。
「わたしはただ単に‘レオナ王女’に変装(変身)していただけですよ♪」
「そしてわたしは‘カール国王夫妻’を演じていただけ。気にしなくていいのよ」
 フローラが微笑みながら傍の‘アバン等身大人形’をカタカタと動かした。一目みただけでは本物と区別がつかないほど精巧に作られたそれは、勿論アバンお手製である。ちなみにスイッチの切り替えで「ははは、そうですねぇ」、「いえいえ、そんなことは」、「それは困りましたねえ」の3種のセリフが可能になっている。
「言い寄ってきた連中はテキトーにあしらっておきましたから外交問題に発展することはないでしょう。どんな人たちが挨拶に来ていたのか、後で詳しく教えてあげちゃいます!」
「本当にありがとうございます、先生」
「いえいえ。………それじゃあわたしたちは一足先に来賓席に帰っていますが、ポップ、ちゃんと最後まで護衛するんですよ?」
「わかってますって、先生!」
 ではまた後で、と挨拶をかわしてアバンとフローラが歩み去っていく。
「でもあなた、この人形どうするの? このまま持って帰ったらバレてしまうわよ? 使いすぎで首も取れかかってるし………」

 ボトッ

 言った先から首がもげた。転がる首を難なくアバンがキャッチする。
「うーん、そうですねぇ。一時的にパプニカの宝物庫に隠させてもらいますか。王女を助けた重要な道具として♪」
「入ってきた人が驚いて逃げ出しそうね」
 引きずられていく人形が怖い………しかし、その横で談笑している夫婦はもっと怖かった。
 ポップが我知らずため息をつく。
「あらゆる意味で最強の夫婦だよなぁ………」
「本当ね」
 ゆったりとした足取りで遠ざかって行く2人の後ろ姿を見送る。いまや世界の名だたる国の王と女王として活躍する者の気品がそこから感じ取れるようだった(人形はこの際無視する)
「………なれるかしら」
 レオナの呟きにポップが視線を戻す。2人の背中を見つめながらも、彼女の目は更に遠くを見据えているようでもあった。

「あたしたちも、あんな夫婦になれるかしら?」
「………なれるだろ」

 彼女にしては弱気とも思えるセリフに強い頷きを返してやる。‘なれるかしら’、なんて疑問形ではなくて‘なれる’、と常に断定の形で話していてもらいたい。それこそが「正義」の力を持つ彼女に最も相応しいと思うから。
「―――っと、姫さん。勇者人形そのまま持ってくつもりか?」
 会場の裏手へ向かおうとしたレオナを慌てて止める。アバンがモシャスを使っていたので、レオナは一晩中会場にいたことになっている。なのに、いかにも夜店の景品チックな人形なんぞ持っていては怪しすぎる。しばし逡巡する様子を見せたが。
「そうね………何処かに置きに行ってる時間もないし、しまっておきましょ」
 おもむろに胸元のボタンをはずして人形を入れた。フとポップと視線が交錯して―――

 ガンッ!!

「………なに見てんのよ!」
「いってぇ………っ! 姫さんが勝手に胸開いたんじゃ………」
 ポップの抗議は見事になかったことにされた。殴られた箇所をさすっている被害者を尻目に、レオナは会場の裏手へと続く階段を上る。先程まではしゃいでいた少女の面影は既になく、国家を背負う者の持つ気品と威厳が彼女を包み始めていた。
「―――姫さん!」
 自分でもわからない感情に駆られて呼び止める。振り返った青い瞳と、黒い瞳が互いに注ぐ視線もそのままに時を止めた。
 やっとの思いで笑って、確かな意志をこめて相手を見つめる。

「―――‘待つ’のはあんたの役目だ。頼むぜ、姫さん」

「………‘捜す’のはキミの役目よ。しっかりね、ポップくん」

 レオナは振り返ることなく階段を上りきり姿を消した。耳を澄ませば会場内のざわめきの一歩手前、衛兵と言葉を交わしているのが聞こえる。ポップ自身も隠していたマントを改めてかぶり、手にした小さな人形をじっと見つめた。
「へへっ、お前も運がないよなぁ。確率2分の1で姫さんの服の中だったのによ………仕方ねぇからオレのむさ苦しい懐ん中で我慢しろや」
 ほっぺたを引っ張っても本物と違って全然伸びないのでつまらない。けれど、捨てる気にはなれない。
 ちょっとだけ本人に似ていると言えないこともない小さな人形。

「―――早く、帰ってこいよ」

 こちらからも捜すけれど。待つ者もいるけれど。
 人々がこの平和に慣れきってしまわない内に、彼のことを記憶にとどめている間に―――戻ってきてほしいと心から思う。

 どうしても戻れない立場にいるのなら。
 帰りたくても帰れない状況にいるのなら、こちらから迎えに行ってやる。

 彼を探し出せるのは自分だけだ。絶対に。
 待つことを譲っても、この役目だけは譲れない。

 人形を懐にしまいこんで深呼吸をひとつする。彼もまた、人々の前では一介の少年から大魔道士へと変わらなければならない。レオナが国政の場では少女の本質をかなぐり捨て、王女の仮面を被っているように。
 自分も―――いつも明るくて能天気な、大魔道士にならなければ。

(大丈夫………オレは‘勇気’の使徒だ)

 真っ直ぐに前を見据えて皆が待つ大広間へと向かう。魔法使いのマントが動きに合わせて優雅にひるがえった。
 祭りの夜は、間もなく終わりを向かえるだろう。




 

 

後書き

 七里さんのサイト開設3周年記念に送らせていただきましたーv リクエストは「レオナXポップ」だったのですが、どうみたって「レオナ&ポップ」です。………まあ、ヨシ。
「わずか1年で人間、ふてぶてしすぎ」とか「パプニカ国民はなぜレオナの顔をしらないんだ」とか「魔法の筒は生き物しか封じられないはずだ」とか様々なツッコミが可能なのですが、そこら辺はサクサクっと無視しておくんなせぇ。
 レオナとポップのコンビって気に入っているので書いてて楽しかったです♪ 偽せ者オンパレードの辺りも(笑)。レオナは大抵のひとのことを呼び捨てにするのにダイとポップだけは「くん」づけ。ポップはレオナを呼び捨てにすることもあるけれど、ほとんどの場合は「姫さん」と呼ぶとゆー、ちょっとだけ遠慮がまじった関係がわたしの心にクリティカル・ヒット(謎)。
 つーか、ダイが戻ってこなければレオナはポップと結婚する羽目になってそうだ。や、なんとなくね。

 

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