※リクエストのお題 → 『陰陽大戦記』、ほのぼの/コメディ。
※作品傾向は押せ押せモードな神流と戸惑い気味の伝説の青春ラヴ・グラフィティに
りっくんを+αしたようなマサヤク(マサ)、みたいな?
※相変わらずリクエスト内容と少々(かなり)かけ離れた作品に仕上がりました、すいません。
※またしても当サイトのパラレル連作設定が絡んでいます。使いやすいんです、すいません。
物事には流行り廃りというものがある。 移り変わりと例えてもいいのだが、歌にしろファッションにしろ人物にしろその時代を「代表」するような何かが常に存在して、その時はもうそれしかないかのように世間を席巻するのだが、いつの間にやら脇に追いやられ忘れられている。ひとびとが移り気なのを責めるべきかこれもまた世の倣いと納得するが良策か。 特に子供の遊戯なんて移り気もいいところで、数年もすれば行き過ぎる流行りだというのに、当代に生きる子供たちにとってはその流行に乗れるか否かが死活問題となる。人気ゲームの内容を知らないだけで仲間内から爪弾きにされる。同情や共感や理性の入り込む余地がない分おとなが思うより子供たちの人間関係はドライ且つシビアなのだ。 ―――まあ、結局なにが言いたかったのかとゆーと。 流行りなんていずれは廃れるモンさと強がっても全く気にならない人間は少ないし、誰かと話すきっかけを得ようと思ったらある程度は流行に乗ってみることも必要であり、むしろ当人よりも周囲のおとなが我が子の友人関係を心配して買い与えたりするもんだよね、とゆーことで。 同級生からもれなく「ブラコン」認定されている吉川ヤクモも、当然のように小学校中学年になったばかりの弟のことを無意味な程に心配しているのであった。 |
― 記憶のひとかけ ―
むかし懐かしの駄菓子屋の前だとか、ゲームセンターやスーパーの前だとか、とかく何処かの店先に相当する場所には特定の機材が設置されていることが多い。四角くて中が半透明で、中に入っている商品も半透明のケースで包まれていたりカード類が入っていたり、百円硬貨を入れる口の隣には取り出し口と捻るタイプのスイッチが備わっている。 その製品の正式名称が何なのかは生憎と知らない。 けれども原理は簡単なので一度ハマればドツボにハマる。目的のものが出ないとなれば尚更だ。 「………よし!」 幾つも陳列されたガラスケースの前でうろうろと彷徨っていた子供が気合を入れてひとつのケースの前に立つ。歳の頃は十二、三歳といったところか。並んでいるケースの中身はすべて小中学生に大人気のカードゲームである。何処のケースに資金を注ぎ込んでも大差ないと考えるのは素人考えで、実際はケースによって中身がかなり違ってくるので侮れない。それが証拠に、同じようにケースを逐一点検しながら行き過ぎる小学生、中学生の多いこと多いこと。 チャリン、とてのひらの熱でぬくまっていた百円玉を入れ。 「えいっ!」 無駄な掛け声と共にガッシャン! とスイッチを捻った。取り出し口に滑り落ちてくるのは流行のカードゲームのイラストが描かれたメモ帳大のビニール袋。手にしたそれを見詰めて若干の緊張と共に袋を開ける。どきどきしながら開いた中身を確認し―――はぁぁ、と、深いため息をついた。 「はずれかぁ………」 やや遠い目になりながら子供は天を仰いだ。手にしたカードは3枚。そこそこ『レアもの』ではあったが目標には遠く及ばない。此処では無理か、シマを変えるべきかと一頻り悩んだ後に、足はトボトボと家路を辿った。 どうしよう、どうしよう、どうすればいいんだろう。もう時間がないってのに。 俯いた視界の隅っこに誰かの足先が映って顔を上げた。電信柱と郵便ポストの隙間から見慣れた人物がにやにやとタチのヨロシクない笑みを覗かせている。以前に読んだ『不思議の国のアリス』にこんなムカつく笑みをした猫がいたよなあと口を尖がらせる。 「―――なんだよ」 「なんだよ、って。お前の態度があまりにもおかしいから思わず観察しちゃっただけじゃーん?」 真剣な表情で向き合ってるのがアレなんだから笑っちゃったよ、と同年代の子供は笑いながら電信柱の影から這い出てくる。 「お目当てのモンは見つからなかったみたいだな。で、マジでなにしてたの?」 「ヒトを観察対象にしてたヤツには教えてやらん!!」 「ケチだなあ。お前、そんなんだから当たるモンも当たらねーんだよ、ヤクモ」 「黙れアホオミ」 憮然とした表情でヤクモはマサオミの足を蹴りつけた。 あれはそう、丁度いまぐらいの春のこと。 突如として襲撃を受けた太白神社、封印された父親、マホロバの存在。その日その時まで闘神士の存在は知っていても契約の「け」の字も知らなかった自分がコゲンタと契約を結び、イヅナの力を借りて過去へと向かい、様々な戦いを経験することになった一連の出来事。 色んなところに行って、色んなひとに会って、色んなことを思った。 中でもコゲンタとの出会いから契約満了に至るまでの関わりと、ツクヨミとの出会いはヤクモにとって忘れ難い貴重な思い出として胸の中に刻まれている。 ちなみに。 「いー天気だなーあ。よっしゃヤクモ、牛丼を奢れ!」 「何故、オレが!?」 「いーじゃねぇか。今月のオレは緊縮財政なんだよ」 「オレだってそうだ」 ………もうひとり、との出会いは。 あまり喜びたくないし現在進行形で関係が続いているので有り難味も感じられなかった。 咲き染めの桜が舞い散る太白神社の裏手、青いベンチに並んで座りながら近くの自販機で買ったコーヒーを互いに啜る。隣でのんびり背もたれに全身を預けている神流を見遣ってヤクモは首を傾げた。 「マサオミ。―――お前、なんでそんな格好してるんだ?」 「あん?」 相手は指先まで覆い尽くした学ランの裾をズルリと引っ張った。それは明らかにぶかぶかで、ズボンは足首の辺りで何回も折り返されているし、ベルトだって限界ギリギリまで締め付けられているくせに未だ緩そうだった。どう見てもサイズを間違えている。 「制服を仕立てる時に少し悩んだんだが、まあ、オレってば成長期だし? どーせならこれで3年間着倒そうかと」 「無理だろ」 「どーにかなる」 「じゃ、なくて。まだ入学式は先だろーが。なんで制服なんか着てるんだよ」 それ以前に春休みにすら突入していない。 「楽だから」 「………そうか」 やれやれとヤクモはため息をついて相手から視線を逸らした。どうせ何を聞いたって何をしたってこの神流の考えなど読み切れないのだ。なんだよその態度、春から同級生だってのに冷たいじゃないか、とワザとらしく嘆く様に引っ掛かってはいけない。 がっしゃん! と。 投げ捨てた缶コーヒーが上手いことゴミ箱に納まってマサオミが笑う。以前は低かった命中率もこのところかなり精度が増して来ていた。 「なぁなぁ、ところでさ。ホントさっき何やってたんだ? 何か美味いモンでも手に入るのか?」 「知らないのか? あれはガシャコンって言って」 「ガチャコン」 「違う。ガシャコン」 「ガチャキョン」 「………とにかく。あれをやるとこれが手に入る」 訂正するのも面倒になって先刻、入手したばかりの袋を並べた。 どうもこいつは現代遊戯に疎いと言うか何処か世間慣れしていないと言うか、常識や流行を無視した言動や行動を取ることが多かった。いまも、ヤクモが並べたビニールの中から取り出したカードを不思議そうに眺めやり、恐る恐る口に含んでいる。噛んで確かめるなんて赤ん坊かお前は。 「食えないぞ、これ」 「食えてたまるか!」 「こんなカードで何すんだよ。めんこにしちゃあペラペラだぞ」 どうやら本当に何も知らないらしい相手にヤクモは渋々と説明を始めた。 ヤクモが捜していたのは『鳥類王者バードキング』(※すごいネーミングだが気にしてはいけない。お子様向けカードゲームの名称などこんなもんである)のカードである。しかも、ただのカードではない。百枚に一枚、千枚に一枚とも言われるキラカードを探していたのだ。 このカードの人気は凄まじく、オモチャ屋さんやデパートでは常に入荷待ち、ガシャコンならたくさんあるけれど油断しているとあっという間になくなってしまう。小学生から中学生まで幅広い人気を誇っていたが、特に小学校での広まり具合は並みじゃなかった。クラス内でカードの一枚も持ってない人間はモグリと看做される程である。 「キラカードって、輝いてるのか?」 「ああ。イラストの効果がすごい凝ってて、角度を変えると背景が変化するんだ。でもって、この右上にある数字―――これが戦闘力を示してるんだが、普通は三桁のはずが軽く四桁いっちまうんだ」 治癒とか攻撃とか色んな特殊技も持ってるんだぞ! と力説するヤクモへのマサオミの第一声は「闘神符とどう違うんだ?」だったモンだから微妙に泣きたくなってくる。 「で、戦果は? この中にキラカードがあるのか?」 「………ない。やっぱ確率が低いからな。オレの軍資金もそろそろ底をつきそうだし―――」 ため息と共に広げたてにひらに握られているのは百円玉が五枚だけ。カードは一袋百円だから残る機会は僅か五回である。その五回でキラカードをゲットしようと言うのだ、今後はより一層、慎重になることが求められる。 幾度か繰り返し説明を聞くことで漸うゲームのあらましを理解したマサオミが適当にカードをシャッフルしながら首を傾げた。 「お前がこんなン欲しがるなんて珍しいな。いつも外でサッカーだの野球だのに精出してんのに」 「………欲しいのはオレじゃない」 「ん?」 「リクのためだ」 そうとも。でなければ、こんな必死になって町中を駆けずり回ったりするものか。 少しだけ気遣わしげに眉を顰めたマサオミが違和感を拭いきれないように更に首を傾げた。 「リクが欲しがってるのか?」 「そんな素振りは見せないが欲しがっている感じだったと思うとオレは思う」 「どっちだよ」 「実はこの前、授業を抜け出してリクの教室へ様子を見に行って」 「サボリじゃねぇか」 「幸いにして周囲の子にいじめられてるとか、そーゆー様子はなかったが―――」 マサオミの突っ込みを無視してヤクモは遠い目をして語る。 ヤクモとリクは同じ小学校に通っている。これまでは学校内で何かあればすぐに駆けつけることが出来たし、それとなく気を配ることも出来た。だが、この春からはそうも行かない。なにせ自分は中学へ行ってしまうのである。当然、校舎も違えば敷地も違う、通学路だって違う。リクに至っては学年進級と共にクラス替えも行われる、これが心配でなくて何だと言うのか。 「リクの奴は結構しっかりしてるからお前が心配しなくても、」 「クラスの様子を窺った折り、どー見てもこのカードゲームが流行っていた。しかし生憎とリクはカードなんて一枚も持っていないからな。話について行けずちょっと淋しそうにしてた」 やっぱりマサオミの言葉はまるっと無視してひたすらにヤクモは語り続けている。 要は、別行動しなければならない弟の先行きが気になると。 仲間はずれにされやしないか心配であると。 流行のゲームのひとつも知らないから友達の輪に入っていけないんじゃないかと。 そーゆー、普通なら親がするような心配事をヤクモは勝手に抱えている訳だった。うっはあ、こりゃ確かにブラコンだよとマサオミがこっそり呟くのも素知らぬ振りで年若き伝説様は手元のカードをじぃっと睨みつけている。 「たかがカードゲームの分際でリクにあんな表情をさせるとは許し難い。しかし、カードゲームの廃絶をオレひとりで唱えるのはほぼ不可能だ」 「当たり前だろが。お前、どうして弟関係になるとのーみそのネジ吹っ飛ぶんだよ」 「仕方ないからオレはリクにカードを買い与えようと決心した。丁度、誕生日ももうすぐだし! 兄のオレが言うのもなんだがリクは素直で可愛くて気配り上手で、リクを嫌う人間がこの世にいるとは思えないがそれでも疎外感を感じさせるワケにはいかないからなっっ」 「だから、んな心配しなくてもリクは上手くやるって」 「ならば貴様はリクがいじめられた際に全責任を負えるとゆーのか。完全完璧完膚なきまでに責任とるとゆーんだな」 「誰がそこまで言った! オレはただ、もう少し様子を見てからだな」 「言えないなら口出しするな!」 「だーっ! もう! お前の頭はそればっかりか!?」 「オレの頭は常にリクの幸福のことで一杯だ!!」 きっぱりと宣言すればがっくりとマサオミが項垂れた。 冷静に考えればヤクモの心配は全くの杞憂に過ぎなくて、確かにカードゲームが流行っていることは流行っているが、常にそれで遊んでいる訳でもあるまい。カードゲームを苦手とする子供たちもいるだろうから、自然とそういう子たちと仲良くなって学園生活を送ることになるはずだ。本当にもうカードゲームしか交流の手段がないと判明してから用意しても遅くないのではあるまいか。 放任もアレだが過保護もまた問題である。だから、様子見を提案したマサオミの意見は至極当然だし、何より、暢気な顔して実は全てを見通しているモンジュが我関せずを貫いているのだ。心配するには及ばない。 ―――が。 自分の目の届く範囲から弟がいなくなることを非常に不安がっているお兄さまの耳にはそんな真っ当な意見など届きはしないのだった。 「ったくよー………ホントお前って―――」 わざとらしくデカいため息をついたマサオミがよいせ、とベンチから立ち上がる。ズリ落ちそうになったズボンを引き上げながら、なんでもないことのように彼は問い掛けた。 「リクの誕生日っていつなんだ?」 「一週間後だ。のんびりしてる暇はないな」 「ふーん」 何処か詰まらなそうに神流は視線を逸らすと。 またな、の一言を残して自販機横のなだらかな下り坂を歩み去って行った。 よく分からない違和感を覚えたけれど、かと言って呼び止めるほどの疑問を感じていた訳でもなく。 遠ざかるマサオミをほんの少しだけ見送ったヤクモはすぐに神社裏手の階段を駆け上った。手伝いをすることで小遣いを稼ぎ、軍資金に出来ないかと考えながら。 ―――などと、決意だけは立派であるものの。 物事とは得てして思った通りには運ばないものである。普段なら問題なく行えていることがその時に限って上手く行かなかったり、失敗したり、却って悪い状態を招いたり。出かけようとした矢先に雨が降るような、駅に着いた途端に定期を忘れたことを思い出すような、買い物しようと街まで出かけたら財布を忘れて愉快なサ○エさん状態になってしまう訳だ。 結論から言えば、ヤクモの努力もぴたりこれに一致していた。 いつもなら雑用が溢れ返っている太白神社も何故かここ最近は妙に落ち着いていて雑用自体が存在せず、無理に手伝いを申し出て仕事を任されてみれば、皿は割るは障子は破くは洗い立ての洗濯物を全部ひっくり返して泥まみれにするは、軍資金を増やすどころか減らしそうな勢いである。 「もう! ヤクモ様は何もしないで下さるのが一番のお手伝いです!!」 目を三角にして怒ったイヅナの表情がそれはそれは怖かったことだけは付け加えておこう。こんな姿を余所で見られたら嫁の貰い手がなくなりそうなくらいに恐ろしかった。言ったら自分がこの世とオサラバしそうだったので絶対に言わないケド。 「―――くそっ」 ぼやきながらヤクモは境内を箒で掃いた。こうして手伝ってれば少しはお小遣いが貰えるかなあという儚い期待による行動だったが、やはり動機が不純であるためか戦果は果々しくなかった。 なんだかんだしている間も時間は無情に過ぎ去って、リクの誕生日は刻一刻と近付いてきている。だのに、ここ数日の己と来たら足踏み状態もいいところだ。軍資金は増えないし、引きが良さそうな場所も見つからないし、迂闊に金をつぎ込んでハズレばかりだったら目も当てられないから動くに動けない。 (目標を下げればいいのか………? いや、だがしかしっ) 悩むヤクモの脳内には『小遣い前借り』の選択肢は全く浮かばないらしい。 はあ、とため息ついていると。 何かひらひらとしたものが視界の隅を掠めた。神社裏手の石階段をのぼってくるのは相変わらずのぶかぶかな制服姿。 「ちぃーっす。元気でやってっかーあ?」 「………マサオミか」 元気も何も数日前に会ったばかりだろーがと毒づく。思うようにことが運ばないために聊かヤクモの神経は逆立っているようである。 「お前、まだ制服なんか着てるのか?」 「大丈夫、ベルトの穴はひとつ増やしたからな! もう落ちないはずだ!」 そういう問題ではないと思うのだが。 きょろきょろと辺りを見回した彼が、お前ひとりか? と問い掛ける。 「リクはまだ帰ってないのか」 「モモちゃんのところに遊びに行ってるよ。あの子は優しい子だからな」 リクを引き取った時、一番最初に仲良くなってくれたのが近所に住むモモだった。あの子のおかげでリクはすぐ幼稚園でも近所でも同年代の子たちに馴染むことが出来たのだ。いまでも、感謝している。 けれど、マサオミにはそういった感慨など存在しないようで。 「そーいやお前、カード集めるとか言ってたけど調子はどうよ?」 あっさりと話を引き戻した。 つい先刻まで頭を悩ませていた問題を正面から引き出されて眉間に皺を寄せる。素直に「ダメだった」と告白できれば苦労はない。意味もなく同年代に意地を張りたくなる年頃のために、しかも相手が相手であるために、ぷいっとそっぽを向いて明らかに嘘と分かる態度で突っ撥ねた。 「順調に決まってるさ」 「ふぅん」 手近なご神木に寄り掛かり何の気なしにマサオミは呟いた。 ズボンのポケットに突っ込んだままだった手を引き出して、握り締めていた薄っぺらなカードを意味もなく風にそよがせる。 「じゃ、これはもう用済みかぁ」 「………ちょっと待て!」 「うおっ!!? な、なんだなんだ!?」 態度急変、先刻までの素っ気無い口調は何処へやら、すかさずマサオミの手からカードを奪い取る。強奪された側は焦ったような安心したような微妙な色を口元に浮かべている。が、勿論、目の前のカードに気を取られているヤクモの目にはそんなもの映っちゃいなかった。 振り向くや否や、制服の襟首をガッシ! と捕まえて。 「―――何処で手に入れた」 問い質すヤクモの視線には『本気』と書いて『マジ』と読む気迫が篭もっていた。 「何処でって、そのカードがどうかしたのか?」 「バカ! レアカードだよ、レアカード!」 この絵柄が目に入らぬか! とヤクモは眼前にカードをビシビシと突き立てた。目にぶっ刺さりそうで激しく怖いンですけど、などのボヤきは聞き流されて、やれやれと彼は肩を竦めてみせた。 「なんだ。やっぱり必要なんじゃないか」 「うるさいっ!」 「ま、願ったり叶ったりってところか。もしもまだ目標達成できてないってんなら、どうよ。イイ場所みつけたんだけど一口のるか?」 にんまりとマサオミが口元に三日月形の笑みを刻む。 信用ならない笑みではあったけれど、同時に、この笑みを浮かべた相手に救われてきた経験もあったので。彼の言葉の前半部分が多少なりとも気に掛かったがこの場でより重要視すべきは後半部分であった。 「保証はあるのか」 「ねぇよ? でも、どーせこんなん確率の問題だろ。当たるも八卦、当たらぬも八卦ってな。お前が信じれば大当たりだし少しでも疑えば大ハズレ、それだけのことだ」 「………」 しばし考え込んだ。 確かに―――何処に行ったって何処を探したって当たる確率は基本的には同じはずなのだ。厳密に言えば店ごとの入荷数だとか首都圏に流れるカードの流通経路だとか、色々と確率論を振り回さなければならないのだろうが、小学生に毛が生えた程度の年齢ではそこまで思い悩むだけの脳みそも時間もはっきり言って、ない。 握り締めていた箒を壁に立てかけて、ポケットに忍ばせた軍資金の所在を確認して頷いた。 「よし。案内しろ」 「手伝いの最中だったんじゃねぇの?」 「後でやればいいだろ。お前が」 「オレかよ!」 なんだよそれ、理不尽だ、と騒ぐ友人の背中をどついて転げ落ちるように神社裏手の階段を駆け下りた。そこから先はマサオミの案内に任せるしかなくて、追い越す訳にも行かないから逸る気持ちを抑えるのに苦労した。 連れて来られたのは細い裏路地に存在する寂れた駄菓子屋で。 こんなトコにこんな店があるなんて生粋の京都人であるヤクモでさえ知らなかったような、全くの穴場である。一体どうやってマサオミは此処を見つけたのだろう。 店頭に並べられているのは煤けたガラスケースがひとつだけ。その前で偉そうにふんぞり返って神流はちょっとだけ胸を張った。 「見ろ! これが伝説のガチャピンだ!!」 違う。 ガチャピン違う。 でも、まあ、それは―――さして重要な出来事ではないので放っておこう。 ケースに貼られたカードゲームのロゴはかなり汚れていて、中に入っているカードも五袋のみ。マサオミがここでレアカードを引き当てたのは僥倖だろう。しかし、残る資金は五回分。ケースの中の袋も五回分。全てを投資してそれに見合う利益を得られる率なんて。 知らず知らずケースに額をくっ付けて考え込んでいると真横で笑われた。 「何処でやっても大差ねぇだろうに」 「あったらどうする」 「知らねぇよ、そんなの。ただ、もう時間もないんだし、無意味に彷徨うよりも此処で賭けちまった方がいいんじゃねえって思うだけ」 後はお前次第だ、と語る知り合いは道案内以上の役目を務める気はさらさらないらしい。勝手にしろとばかりに駄菓子屋の店頭で他のお菓子に目移りしている。人通りも少ない裏路地、ガラスケースに額くっつけてウンウン唸っている自分はかなり滑稽に見えたに違いない。 確かに―――奴の言うことにも一理ある。 悩もうと悩まないとどーせやることは決まっているのだ。当たるのも当たらないのも運次第で、確率論なんかで頭を悩ませるぐらいなら直感に任せてしまった方がいいのではないか。事実、己の『勘』は「ここで引いておけ」と告げている。 決して、決して。 彼に背中を押されたからだなんて思わない。 握り締めていた百円硬貨をちゃりちゃりと連続投入すると、一気にスイッチを捻った。 間を置かずにまとめて引き出してしまったヤクモに流石のマサオミもやや呆れ顔になる。 「―――マジで五回分やったのかよ」 「当たるも八卦、当たらぬも八卦、なんだろ? だったらオレは此処に賭けるさ」 お前に言われたからじゃないと付け足すのはヤブヘビになりそうだったのでやめておいた。 深く息をひとつついてから取り出したばかりの袋を開ける。 「………?」 ひとつ目を開けた時点で眉を顰めて。 「………」 ふたつ目を開けた時には目をしばたかせて。 残りのみっつをあっという間に開いて行儀悪くも地面にベタベタと戦利品を並べた。カードを挟んだ反対側からマサオミが訝しげに覗きこんで来る。 「これって当たりか? ハズレか?」 「―――だ」 「あん?」 おずおずと手を伸ばして描かれたイラストと数字を指先でなぞりながら。 「当たりだ………! レアカード三枚!!」 特殊効果が施されたカードをビッと抜き出してヤクモがきらきらと目を輝かせた。 信じられない。まさか、こんな高確率で。雑魚に混じって中堅クラスのカードもぼろぼろ入っている。これまでの戦績が嘘のような見事な品揃えだ。相手が誰なのかも忘れて思い切りよく眼前の人物の肩をバシバシと叩いた。 「お、おいっ! すごいぞコレ………っ。コレなんかな、ゲーム雑誌に載ってたすっげぇレア物の、トレードに出したらすっげぇ特典がつくとかつかないとか!」 「ふーん?」 「なんだその態度! もっと喜べよ!!」 「喜んでるさ」 連打された左肩を抑えて聊か困り果てたような表情を浮かべた後に、神流はひどく嬉しそうな笑みを浮かべた。 「よかったな」 「………おう」 妙に落ち着いてみえるその態度に。 我を忘れてはしゃいでしまった自分が子供っぽく感じられて(実際に子供なのだが)何とはなしに目を逸らした。地面に散らかしていたカードを纏めて握り締める。マサオミは『伝説のガチャピン』などとボケた名で呼んでいたが、確かにここは『当たり』だったと少しだけ彼に感謝する。 何にせよ、リクの誕生日会のプレゼントはこれでどうにかなりそうだ。 すっくと立ち上がったヤクモの目の前に、もう一枚のカードが差し出される。 「やるよ、これ」 それは、先刻マサオミが持ってきたキラカード。今回ヤクモが引き当てたレアカードとは異なる絵柄だったから、コンプリートを目指す者にしてみれば垂涎の的となるだろうもので。 マサオミはつまらなそうに肩を竦めてみせた。 「カードゲームなんてよく分からないしな。価値を知らない人間が持ってるより、現実に遊ぶ可能性のある子供が持ってた方がカードも喜ぶだろうよ」 「………さんきゅ」 僅かに戸惑いながらもヤクモはカードを受け取った。 ―――なんだろう? 何か、ヘンだ。 本当はこの段階で違和感の正体に気がつくべきだったのかもしれない。 だが、口から零れ落ちたのはそれとは全く関係ないような少しだけ関係あるような、重要ではあるけれども必要ではないような言葉だけで。 「じゃあ、これはお前からのプレゼントだってリクに伝えておくな」 「あー? お前からってことにしとけよ。その方がリクも喜ぶ」 つい先刻と同じ理論を繰り返された。 黙って好意を受け取ることにムズ痒さを感じる。もしかして裏があるんじゃと勘繰る訳ではなく、何かがこころに掛かって。 「―――リクの誕生日会を週末にやるんだが、お前も」 「週末は用事があるから無理」 それに、一応オレたちは敵同士だし? と今更ながらの建前を持ち出してマサオミは薄っすらと笑みを浮かべた。未だにズリ落ちそうになっているズボンを引き上げて天を仰ぐ。 「それよか、そろそろ戻らないとヤバいんじゃね? お前、掃除ほっぽり出して来ただろ」 「ああ―――そうだな。お前がやらなきゃいけない掃除だ」 「だから、何でオレなんだよ!?」 力が篭もっていないマサオミの拳を軽々とかわして、悪戯っ子の笑みを浮かべながら先を行く。なんやかやと文句を言いながらもついて来るマサオミとの臨時的な鬼ごっこが楽しくて、ついつい神社までの帰り道を遠回りしてしまった。 帰り着いた頃には疾うに空は赤く染まっていて、放置されていた箒を発見したイヅナにヤクモ、と何故かマサオミ、がこっぴどく叱られたのは言うまでもない。「オレまで怒られるなんて理不尽だ」とマサオミは頬を膨らませたが、目的を達成することが出来たヤクモは何を言われても至極上機嫌だった。 リクの誕生日会はその週末に開かれた。 モンジュやイヅナと一緒に部屋を飾り付けて、モモを初めとしたクラスの皆を招いてのささやかなお祝いだ。 父親の手作りケーキと共に戦利品であるカードを手渡すと、リクはものすごく喜んだ。やはり、気にならないようで気になっていたのだろう。話をしてみれば、リクが持っているカードゲームの知識は付け焼刃のヤクモよりも数段、上だった。 はにかむような笑みを浮かべながら頬を真っ赤にして言い募る。 「ありがとう、兄さん!!」 ああ、 この一言のために頑張ってきたんだよ、と。 ただそれだけで全ての努力が報われた気がすると同時に、今度、マサオミに会ったら牛丼でも奢ってやろうと珍しく太っ腹なことを考えた。 ―――そして。 ここで終わっていたのなら、本当にちょっとした出来事で終わっていたのだけれど。 生憎とこの話には、もう少しだけ、後日談ともいえない後日談がついているのだった。 それは、リクの誕生日会が終了した週明けのことである。 |