※リクエストのお題:本編設定でマサヤクな感じの明るい話。
※明るくしようと頑張ったはずなのに淡々とした薄暗い話になりました。
※一応はマサヤクのはずなんだけどかなり疑問が残る展開になりました。
※って、リクエスト全然こたえてないじゃん!!?
午前授業が終わって家へ帰ったら、 「よう、おかえり」 「………ただいま」 エプロンをつけたマサオミに出迎えられてちょっとだけ驚いた。 まさか本当に来るとは、との動揺を面に出さないよう注意しながらヤクモは玄関の戸を閉めて靴を脱ぐ。 「今日は何かあったのか?」 「何も」 問い掛ければ実に適当な態度で返される。それ以上でもそれ以下でもなく、予期していた言葉もなく。 「何もないさ。ヤクモ」 ―――と、まるで十年来の友人のような顔をして笑った。 |
再見、再見
マホロバの乱と呼ばれた争いより数年後。天流宗家の目覚めを始まりとする陰陽大戦が起こったのはもう半年以上、前のことだ。 色々つらいこともあったが紆余曲折を経た後に天・地・神のそれぞれが収まるべきところで収まった戦いと言えただろう。何より、ほぼ断絶していた三流派の交わりが復活したことは僥倖だった。 そんな中でも吉川ヤクモと大神マサオミの関係は同年代ということもあってかなかなかに複雑なものであった。何せ初対面の印象からして最悪である。互いが互いに「胡散臭い」との第一印象を抱いた状態でどうやって友情を育めばよいのやら。その後、まさしく「男は拳で語り合う」経験をしたことで繋がりを保てはしたけれど。 だからまあ、戦いが終わって神流が過去に戻るまでの僅かな間に、マサオミのバイクを使って色んなところへ行ったこととか、夜通し遊んだこととか、修行に付き合わせたこととかは、ヤクモの中でそれなりに「いい思い出」として記憶はされている。マサオミはしょっちゅう吉川家に泊まりに来ていたし、自分の知らないところで父と色々打ち解けていたようにも思う。 ただ、その。 いよいよ神流が帰る直前になってされた告白は「驚く」なんて言葉では表現しきれなかったけど。 まさしく青天の霹靂。瓢箪から駒が出たとかそんな感じの話じゃない。あとちょっとで出発ですよ、本殿に集まってくださいね、なんてナズナの言葉を後にしてマサオミは「ちょっと顔かしてくんない?」とヤクモを社の裏手に誘ったのだ。 さて、何か用件でもあるのかと首を傾げた相手に開口一番。 「好きだ」 「………………は?」 「だから、好きだって」 「………何が?」 「オレが」 「何を?」 「あんたを」 あっさりと朗らかな笑みを伴って宣言されてしまってはどうしようもない。未だかつてない事態に「伝説」を謳われた少年は見事なまでに固まった。 幾ら何でも冗談だよな、初対面の印象が最悪な相手に惚れるなんて何処ぞの少女漫画じゃあるまいし、しかも何でこのタイミング? ヤクモの内心の動揺をはっきりと見て取ったのだろう。マサオミは軽く肩を竦めた。 「あんま深刻になるなよ。取り合えず言っときたいから言っておこうと思っただけだしさ」 「………じゃあ、お前の言う好きとはつまり友情的な―――」 「いんや。どっちかっつーと恋愛的? ライクよりはラブな感じ?」 次いつ来れるかわかんないからさあ、言いそびれて後悔すんのもやだから伝えておこうと思って。 そう語る彼は更に「答えは要らないからな」と付け足した。途端にヤクモの片眉が上がる。 「要らない?」 「要らないって言い方じゃ語弊があるか。ただ、あんたの答えがどっちだろうとオレが過去に戻る事実は変わんない訳だし、無駄に悩ませたい訳でもないし、あんたがオレをどう思ってようとオレが好意を抱いてるのは本当だし」 告白することこそが重要で、相手の思いとか、報われたいとか、そんなのが目的ではないのだと。 話が進む毎に眉間に皺を寄せ始めた相手を見てマサオミは苦笑した。 「だってさあ、あんた。いまオレの告白を聞いて嬉しいとか思ったか?」 「全然」 「だろ? それがフツーなんだよ」 だからいままで通りトモダチでいてくれたらそれでいい。オレが勝手にあんたの態度に一喜一憂するから。あんたは幸せに現代で暮らしてるんだなあって日々の糧にしたいから。 答えが要らないだなんて何て不誠実な告白だと思えども。 正直なところヤクモ自身、マサオミのことをどう思っているのかよく分からなかったので、上手く言い返すことができなかった。 キライ、ではないのだが。 スキ、かと聞かれると何だか微妙に異なるような。 オレは男だぞ何かんがえてんだお前はとか気持ち悪いだとか下心があったのかとか負の感情が浮かぶことはなかった代わりに、嬉しいとか胸があたたかくなるとか微笑みたくなるとか、そういった正の感情が浮かぶこともなかった。 ただ、只管に驚いて。 驚いている間に自己完結した神流は「じゃあな」と去ってしまった。呆気に取られる暇もない。 その後も一月おきぐらいのペースでマサオミは現代を訪れていたけれど、告白してきたのはあの一回のみで、それ以降は惚れてる気配のひとつも感じさせやしない。まさか焦らしてみようとの作戦か、なんて穿ったところで、牛丼がっついてる姿を見てると深読みするのも馬鹿らしくなってくる。 告白から二月が経ち、三月が経ち、全く変わることのないマサオミの態度に、自分だけ拘っているのもよくないように思えてきてしまった。 マサオミは「トモダチ扱いしてくれたらそれでいい」と言った。 真実は分からないが奴自身がそう言ったのだ。だったら自分はこれまで通り、友人と付き合う感覚で居ればいいのだろう。 本人が何を望んでいるのかなんて口で伝えてもらわなければ分からない。告白されるまで、マサオミの気持ちに全然気付かなかったのと同じように。 以来、曖昧なまま時間だけは淡々と過ぎて、相変わらず神流は天流宅に家庭訪問を続けている。 どっちつかずの関係もいいかもしれないとヤクモが思い始める程度には。 「お前、いつこっちに来たんだ?」 「今朝方かな」 ヤクモを出迎えたその足でマサオミは台所へと向かう。そのままついて行ってみれば随分と甘ったるい香りがしてきて、彼が料理という名の創作活動に勤しんでいたことが知れた。 「来た時はもうあんたは学校いってたからな。モンジュさんに挨拶した後はずっと買出しに行ってたし。灯 油やら何やら色々買い込んだからさ、運ぶの手伝ってくれよ」 「それはいいが………」 テーブルには料理の本が乱雑に置かれ、卵やら砂糖やら薄力粉やらが処狭しと並んでいた。常日頃より和食が主体の吉川家ではまずお目にかかることのない光景、もとい匂いに何度か目を瞬かせる。滅多に使うことのないオーブンが香ばしい匂いを運んでくる。 ここまで来れば作っているのはお菓子の類だと誰の目にも明らかだ。 が、同時に、コンロの上に置かれた鍋では根菜類が煮込まれてたり、菜っ葉が茹でられてたりするものだから、一体お前の最終目的は何処にあるんだと訝しむ羽目になる。 「オーブンだの器材だの何だの借りるからさ。何かお返ししましょーかってモンジュさんに聞いたら夕食の準備頼まれたんだよ。あと、洗濯とか掃除とか家事全般な」 「そんなことまで?」 「向こうじゃいつもやってることだから構わないさ」 ボールを左腕に抱え込み、泡だて器を右手に握り締めてマサオミは料理の本と睨み合う。 「なに作ってるんだ?」 「プリンとババロアとゼリーとシュークリーム。いま焼いてんのがシュー生地。やっぱ向こうにいるとこういった甘味の類とは縁遠くなるし? 毎日くってたら虫歯になること請け合いだけど、偶には甘ったるいモンも食べさせてやりたくってさ」 この手の甘さが苦手な奴には煎餅とか饅頭がお土産な、と笑う彼の態度が微妙に異なる印象で。 内心で首を傾げながらも横目に相手を見遣り、口にしたのは全く別の言葉だった。 「マサオミ」 「あん?」 砂糖と計量カップと争っているマサオミに呼びかける。 「お前、背が伸びたんじゃないのか」 「―――背?」 ふ、と眉を顰めて相手が上体を起こす。ジロジロとこちらを見遣った後にツイ、と一歩だけ前へ進み出て来た。 思ったより近付いた彼の眼差しにちょっとだけ驚いたのに、マサオミは頓着なしに自分の頭とヤクモの頭に交互に手を置いて、ゆらゆらと手を揺らして背比べをしてみせる。 「大して違わねーだろ。オレはいい加減打ち止めだし」 「成長期だろ」 「オレの出身地わすれてね? 幼少期の栄養が絶対的に足りない上に、平均身長が現代を下回る平安時代の出だぞ。ここまで伸びただけで御の字だっつーの」 オレもタイザンもあっちじゃ大男の類なのに、こっちに来た途端そこそこの身長になっちまうんだから切ないねえ、と笑う彼は大して身長に拘っていないのだろう。笑みを絶やさぬままに冷蔵庫から取り出した牛乳と卵を机に転がした。 意外と器用に動く指先の動きを眺めていたら今更のように首を傾げられた。 「そーいや、もう昼飯は食ったのか」 「帰りに皆と軽く食ってきた。お前は?」 「いい。夕食やら菓子やら作りながらつまみ食いしてたら腹いっぱいんなった」 荷物おいて着替えて来いよ、とのマサオミの発言は尤もだ。カバンを抱えたまま台所に佇んでいたところで何かの役に立てる訳でもない。むしろ、忙しなくテーブルと流しを移動するマサオミに激突して頭からシュー生地ぶっかけられるのがオチだろう。 踵を返して自室に向かう途中、壁の日めくりカレンダーに何とはなしに目が行った。 「―――マサオミ」 「あん?」 オーブンを覗き込む彼は振り向かない。 「今日が何日か分かってるか?」 「曜日感覚のない時代に生きてる人間に聞くなよ」 つまりは、分かってないということか。 道理でやたら落ち着いている訳だ、覚えていたらもうちょっと騒がしくしていたろうとひとり納得する。 向こうが菓子作りに熱中しているのをあらためて確認してから日めくりカレンダーを抱え込み、ヤクモはこっそりと自室へ向かった。 実を言うと。 奴の訪れには驚いたが、ある意味では全く驚いていなかった。何故かこういったことに関しては悪運の強い人間だったから。 制服から私服に着替えた後に畳の上に寝転がる。床に投げ捨てた日めくりカレンダーを手繰り寄せてヤクモはむすったれた表情を浮かべた。まったく、本当になんだってこんな日に。 正月からも大晦日にもまだ遠い一年の半ば。日付を表す数字の上にグリグリと赤ペンででかい丸がつけてある。 (自分でやっておきながら―――) 忘れるなんてどういう神経してるんだと毒づく。 別に、何か用意してた訳じゃないけど。 期待してたはずもないけど。 その手には乗るかと思って何も用意しなかったんだけど。 二ヶ月ほど前のある日。その日も神流は吉川家を訪れてガソリンの供給やら備品の購入やらに勤しんでいた。偶々居合わせたリクと一緒にバラエティー番組を見始めた彼は何かを思いついたらしく、壁の日めくりカレンダーを無造作に取り上げて。 目を瞑ったままパラパラとカレンダーをめくった。 「ヤクモ、てきとーなとこでストップって言ってくんね?」 なんでそんなことをするんだと疑問を抱きながらも実に大雑把な態度で「ストップ」と答えた。カレンダーをめくることをやめた神流は、日付を確認することのないまま手繰り寄せた赤ペンでグリグリとその日に印をつけて。 「何やってるんだ?」 「ふっふっふ、聞いて驚け。見て嘆け。いまオレが印をつけた日―――それが即ちオレの誕生日になるのだ!!」 声高に宣言した。 でもその、なんかそれは。 ちょっと―――違うような。 ヤクモの胡散臭げな視線を感じ取ったのだろう。マサオミは微妙な苦笑を口元に刻んだ。 「だってさあ、オレの出身地じゃみんな数え年だし? 誕生日の特定なんてできないからさー」 笑い続ける彼の背後ではバラエティ番組が賑やかにバースディ・ソングを奏でている。これに影響受けたんだなと思っても、だったら日付をきちんと指定すればいいのにとまた疑問を抱く。ヤクモの合図を頼りに印をつけただけでは当人にだっていつが誕生日なのか分からないに違いない。 「いーんだよ、それで」 ある日偶々訪れたらその日が誕生日だった、てなったら面白いだろ? と神流は嬉しそうに笑う。傍らではリクが日めくりカレンダーを一枚一枚めくって中身を確認している。時にマサオミの様子を窺うのは彼が振り向いた際にうっかりと「日付」を見てしまうことを防ぐためか。 「つー訳で。運良く誕生日に当たったらお祝いよろしく♪」 「その日にお前がいるとは限らないだろ」 「そりゃそーだけど? おやまあ気がつけばマサオミくんの誕生日が近づいてるじゃないの、何かプレゼントするべきかしらって悩んでくれれば男冥利につきるよな!」 「誰が悩むか!」 いーじゃん、少しぐらい期待したってさあとケラケラ笑うマサオミに他意はないのだろう。 リク。お前は気にしなくていーからな。オレとあいつの勝負だからなと笑って年下の友人の肩を叩く姿に、訪れるのがいつになってもこいつはオレにたかる心算なんだろうと予感してヤクモは深いため息をついた。 ついた、のに。 (何も言ってこないとは―――) 忘れたフリしておいて、こちらが声を掛けるのを待っているのでは。 そんな疑心暗鬼にかられてしまう。 階下から呼ばわる声が聞こえたので、カレンダーは床に投げ捨てたそのままに自室から台所へと引き返した。 カンカン、と行儀悪くおたまで鍋の縁を叩いた後にマサオミが片手で廊下の向こうを指し示す。 「ちょっと洗濯物ほしてくっから。もし焦げ臭くなったら教えてくれ」 「洗濯物? 何か汚したのか?」 「家事全般たのまれたっつったろ」 確かに言っていたなと思い出して、マサオミに服を洗われるのかと考えて微妙な心境になった。実際に洗っているのは洗濯機だとしても同年代の友人に服やら下着やらを洗ってもらう趣味はない。 全て察しているかのように相手は肩を竦める。 「イヅナさんに洗ってもらうよりはマシなんじゃね?」 「………まあな」 イヅナに手伝ってもらっていたのはせいぜい小学校まで。中学に入ってからは諸所の事情から自分で洗濯機を回すことになったヤクモである。有り体に言って思春期だったとゆーことだ。 姿を消したマサオミを目で追うのは諦めて、火の番をするべく台所に移動した。 処狭しと材料が並んでいるが一部は完成を見たらしい。タッパーに詰め込まれたクッキーの山が目についた。冷蔵庫にはババロアやゼリーの類が場所を占拠していて、これだけの分量をひとりで抱えて行くつもりかと他人事ながら心配になった。一度に大量に作るより、来る毎に作る方が楽だろうに。 パタパタと足音が響いて大量の洗濯物と共に再びマサオミがやって来る。 「干しに行ったんじゃなかったのか?」 「干したとも! 二回目のをな! でもってこっちは最初の分」 どさりと収穫物を板の間に投げ捨てて、神流は足元とヤクモの間で視線を彷徨わせる。 にっこりと笑った。 「―――洗濯物たたむのと食器洗い+菓子作り。どっちが希望だ?」 「家事全般たのまれたとか言ってなかったか」 「あるものは伝説様でも使わせてもらうのがオレの性分だっっ」 終始にこやかな表情を浮かべている神流に逆らうのもアホらしい。菓子を作れと命令されたところで自分にできるはずもないのだから役割分担は疾うに決まっている。 「後で茶でも出せよ」 「おうよ」 ハイタッチをかわして選手交代。 溜息と共に洗濯物を畳むヤクモの近くで、マサオミはバターを溶かすことに集中している。こいつは意外と手先が器用らしく、お手本さえあれば形にはなる。ちなみに、同じことをヤクモがやると何故か「爆発したコロッケ」とか「砂糖の味がする塩辛」とか「食べると(あらゆる意味で)泣けてくるクレープ」とか、意味不明な物体Aができあがる。料理は芸術とはよく言ったものだ。 「そういや最近、どうだ? そっちは」 「………特にない、かな。色々あったような無かったような、実に微妙な感じだ」 あんただってそうだろと返されれば確かにそう返すしかない。月々のテストやら学校のイベントやらがあるにはあったが、ないと言えばないに等しい。淡々と続く日常こそが平和の証と思いはすれど伏魔殿に入り浸っていたむかしが時に懐かしくもなる。 「でも、また伏魔殿にこもりたいとか言うなよ。単位たりなくて青褪めんのは懲り懲りだろ」 「うるさい」 こちらの考えを読んだかの如きタイミングでからかわれて眉間に皺を寄せる。 それから、あれ、と思った。 「マサオミ」 「あ?」 彼が手首につけた流派章は確かにそのままなのだけれど。 式神、の、気配が。 「お前―――キバチヨはどうした」 傍らにいないのだ。………不思議なほどに。 契約を満了した訳でもなさそうなのにと首を傾げたが、焼き上がったシュークリームを如何に効率よくタッパーに詰めるか四苦八苦している神流が振り向くことはなかった。 せめてもの礼儀のようにほんの一瞬だけ視線をこちらに投げ掛けて。 「キバチヨなら里に置いてきた」 ふーん、と頷きそうになって、シャツをたたんでいた手を止めた。 何かおかしくはないだろうか。 こいつはいつだってキバチヨと一緒だった。なのに、いまは違う。『前』は伴っていても問題なかったが『いま』は置いてくる必要があるということは。 つまり。 「―――マサオミ!」 「はいはい何ですかーっと、これじゃ入りきらないか………もうちょっと詰め方を変えて」 「何もないならキバチヨを置いて来る必要なんてないだろ! 何かあったんじゃないのか!?」 「………言ったところでどうしようもないしなあ」 詰め込むのを諦めたらしい幾つかを皿に乗っけてヤクモへと差し出した。綺麗な焦げ目のついたそれは充分食欲をそそってくれたがいまは怒りの方が勝っている。 「どうしようもないって何だ」 「物理的にも時間的にも。例えばオレはあんたが危機に陥ってもすぐに知ることはできなくて、虫の報せなんて非科学的なモンに頼らざるを得なくって、逆もまた然りだろ? たとえ察することができたって、駆けつけようと思ったって、互いに<鏡>を発動させるメンドくさい儀式をこなさなきゃ絶対に無理な訳だ」 「それは―――そう、だが」 「確かに最近、都の雲行きがおかしいから里の警備を強めてはいる。けど、だからってすぐに泣きついちまうのも情けないじゃないか」 オレは里を守るために過去へ戻ったんだ。その誇りを打ち砕かないでほしいね、と。 笑いながらも真剣な瞳で語られてしまえばどうしようもない。反論できずに口ごもり、やはり、少しこいつは変わったんじゃないかと負け惜しみからだけでなく感じる。 コンロにヤカンをセットしながら彼は棚の奥に眠っていた紅茶パックを取り出して賞味期限を確認し、ちょっとだけ考え深そうに顎に手を当てた。 「ヤクモー。いまって平成何年だったっけ? 西暦でもいーけど」 素直に年号を答えてやればもう一度だけマサオミは日付をあらためて、まあ死にはしないだろうと不吉極まりないことを呟いた。 電話のベルが鳴る。 「はいはい、こちら吉川です」 場所的に近くだったマサオミがヤクモを手で制して受話器を取り上げる。 声を聞いた途端に表情が和んだ。 「ああ、なんだ。リクか。そうだよ、マサオミさんだよーv ………って、あん?」 話しながら室内を見渡し、日めくりカレンダーが吊るしてあった辺りで幾度か彷徨う。何を捜しているのか分かったが、ヤクモが自らの所業を告白するはずもない。 「さーなあ。二年ぐらいじゃね? 正直よく分からん。たぶんあと二、三時間は―――リク。リク?」 かなり慌しく通話を終了されたらしい。役割を終えた受話器をまじまじと見詰めてからマサオミはあらためて不思議そうに瞬きを繰り返した。 「リクがなんだって?」 「や、これからこっちに来てもいいかって………別にいいよな?」 戸惑った口ぶりに問題はないと返しておく。 何か用でもあるのかなと呟きながら、今度、神流の里に押しかけてみようかと考える。 いつもいつもマサオミが現代に来てしまうから自分から過去を訪れたことは殆どない。戦いを終えた頃にほんの数度、様子見に訪れたことはあるけれど、あの時代の人々は常に畑仕事やら巻き割りやら収穫やら忙しそうにしていたから、何の知識も持たない己がのほほんと通い詰めるのは微妙に無礼な気がしてしまって。 誰かの顔が見たかっただけなんだとしても。 それだけを理由に訪れるのは非常に照れ臭い。変わりはないか、元気にしてるかなんて、同じ時代にいる相手ならまさしく電話一本で済ませられることなのに。 畳み終えた洗濯物の山をひとまず隣室に追いやった。そろそろ茶も入る頃だろうと思った瞬間に玄関のチャイムが鳴る。エプロンを外してカップを手にしたマサオミと目があった。 「リクか?」 「にしちゃあ早くね?」 先刻の電話から十分と経っていない。電車や車は勿論、飛行機だってこんな高速移動は不可能だ。 ならば考えられる可能性はただひとつ。<道>を開いたのか。 玄関の戸を開ければそこには予想に違わず年下の友人がやや息を切らせて立っていた。 「お久しぶりです、ヤクモさん! お元気そうで何よりです」 「リクこそ。元気そうでよかった。今日はどうしたんだ?」 「マサオミさんが居るって聞いたから、どうしても今日中に会っておかなくちゃって思って」 突然押しかけちゃったんです。ごめんなさい。 ペコリと頭を下げる彼の手には大きな紙袋が用意されている。上がるよう促して居間に戻れば、取り出すカップを三つに増やしたマサオミがのんびりと出迎えた。 「おー、リク。いらっしゃーい」 「マサオミさん! お久しぶりですっっ」 「そうだな。いつ以来になっかな?」 「ニヶ月ぶり、ですよ」 失礼しますと断りひとつ。座布団に腰を落ち着けたリクは、机の上のお菓子を見て何故だか嬉しそうにした。 揃って机の周りに腰を下ろすと、あらためてリクが紙袋から白い箱を差し出した。 ヤクモではなく、マサオミに向かって。 「リク?」 「開けてみてください。マサオミさんのために持って来たんです」 きらきらと目を輝かせる相手に敵う人間などいない。多少、背は伸びたものの未だ「可愛い」と表現するに相応しい外見をした少年は純粋さを体現したような眼差しを注いでくる。 少しばかり居心地の悪さを感じているのか。視線を左右に揺らした後に、マサオミはかなり控えめに箱に手を伸ばした。 テープを外してふたをぱっかりと開ける。 出てきたのは。 ホールタイプのショートケーキと、チョコレートの板に書かれた『Happy Birthday!』の文字。 「………」 マサオミの目が驚きに見開かれる。少しばかり開いた口元が彼の狼狽を露にしていて。 ケーキをプレゼントした少年は満面の笑みで宣言した。 「誕生日おめでとうございます、マサオミさん!!」 「え………?」 おたおたとケーキとリクの顔を交互に見遣るマサオミの表情は見物だった。手にしたフタを何処へ置こうかと右往左往、机の上に放置してからも視線をキョトキョトと彷徨わせ、やや呆然と呟いた。 「誕生日だったっけ………?」 「以前、遊びに来てた時カレンダーに落書きしてたじゃないですか。だから決めてたんです。もしマサオミさんがその日に遊びに来てたら、絶対、お祝いしようって!」 こんな時刻になっちゃってすいません。朝一番に確認しておけばもっと早くお祝いできたのに、とリクは申し訳なさそうに眉根を寄せる。 目を瞬かせるマサオミは、真実、今日が何の日か気付いていなかったようで。 (―――勘繰りすぎただけか) カレンダーを隠す必要もなかったらしい。 自分で印をつけておきながら、祝ってくれと頼んでおきながら、すっかり忘れているなんてどんだけ無責任なんだと密かにヤクモは腹を立てる。 忘れてたなら忘れていたと言えばいいではないか。そしたら、自分だって。 「………リク」 「はい?」 微妙に顔を俯けて呟く神流と、小首を傾げる天流宗家。 面を上げたマサオミはガバァッ! と満面の笑みと共に目の前のリクにしがみついた。 「マサオミさん!?」 「あーもう、リクっっ! お前ってばすっげーいいヤツ! 久々に感動しちゃったよオレ! 間違いなくお前はいい男だ!!」 「そ、そうです、か?」 思いっきり抱きつかれて頭をガシガシと撫でられて疑問符を浮かべながらもリクは嬉しそうだ。 リクの両手をブンブンと上下に振っているマサオミは明らかに興奮状態にある。しばらくはされるままにしていた相手が机の上に視線を移動した。 「あの、でも、ケーキにしなかった方がよかったかな、って」 「なんでだ? オレは牛丼も好きだがケーキだって好きだ」 「だって、ヤクモさんからシュークリーム貰ったんですよね? 甘いモノが被っちゃうじゃないですか」 邪気のないその言葉にグ、とヤクモは喉が詰まった。 違う。 それはマサオミが作ったものであって自分がプレゼントしたものではない。部屋に入ってきたリクの微笑みの意味を理解して非常に居た堪れない気分になった。 どうやって言い訳したものかな、と困っていたらマサオミがあっさりと。 「まあ、そうだけど。甘いモノは幾らあっても嬉しいだろ?」 「マサオミ!?」 慌てて振り向けば「黙ってろ」と視線だけで告げられた。 少年には分からないだろう角度でその意志を伝えた後、マサオミの視線は再びやわらかな微笑と共にリクに戻されてしまう。 「ほんとありがとな、リク。まさか覚えてくれたなんて思わなかった」 「マサオミさんは忘れてるんだろうなって思って」 「オレの記憶力ってそんなに頼りないかねえ」 「だって」 嬉しそうな淋しそうな、妙に複雑な色を乗せてリクは瞳を瞬かせた。 「時間が経ったら色々と忘れて行くでしょう? けど、どっちか片方が大事に思ってれば絶対に繋がりが途切れることはないと思うんです―――僕は」 「………マサオミ」 「なんだ?」 「どうしてあんなこと言ったんだ」 リクが帰った後。 食器を洗うマサオミの隣に立ちながらも、背中を見せておく捻くれた体勢でヤクモは問い掛けた。 「あんなことって?」 「オレはお前に何もやってない。そもそもあれはお前が作ったものじゃないか」 訂正するタイミングすら与えないとはどういうことだと、自分でも逆恨みだと思いながら口にするとその分だけ更に苛立ちが募る。 きっとリクは、ヤクモがマサオミの誕生日を祝おうとしていた所に自分が押しかけてしまったのだと考えているに違いない。去り際に「また近い内に会えるといいですね」とマサオミと握手をかわしていた姿が思い返される。 積み上がった皿の1枚1枚を拭きにかかる相手は何も気にしていないようだ。 「あんた、リクが落ち込む姿みたいのか?」 「まさか」 「だったら納得しとけよ。嘘も方便だ」 嘘で庇われたのはリクのこころとヤクモの立場だ。前者には素直に同意するとして、後者には異論が噴出している。 友人の手が皿を取り上げて、清潔な布巾で丁寧に雫を拭い取っていく様を横目に眺めた。 「………本当に気付いてなかったのか。日めくりカレンダーにあからさまに印がついてたじゃないか」 「カレンダー見てなかったし。見てても気付いてなかったろーな」 結構オレってば忙しいのよ? とすました顔で笑う。 拗ねるようでも諦めるようでもなく「そんなイベントもあったっけ」と、淡々と受け入れている様が気に障る。以前のマサオミなら―――例え本当に忘れていたとしても―――思い出した瞬間に「何かくれ」だの「祝ってくれないなんて酷い」だのと、子供のような我侭を山ほど口にして来ただろうに。 なのに、いま彼が薄い笑みと共に声にすることはと言えば。 「れ? もしかしてあんた、オレのこと祝いたかったの?」 なんて。 微妙にこちらの想像と異なる内容だったりするものだから調子が狂う。 「意地でも祝わん」 「そーゆーと思った」 だからオレは、吉川ヤクモのことが好きなんだけどな。 「………」 不意打ちの告白に動きが止まる。 蛇口から漏れる水の音と、皿を拭う際の高い音だけが室内に響く。 意地でも祝わない相手だから好きって、お前―――どんだけ捻くれモノなんだ。 考えてみればこいつは最初っからこうだった。告白する前から断られると見越しているアホなのだ。舌打ちをする。 「―――欲しいものは?」 「ない」 「おい!」 「急に聞かれたってさあ」 微苦笑を浮かべた表情は見慣れないものだった。 「あの時代に居ると、ほんと、こう―――生きてるだけで感謝しないとなあって」 朝を迎えて、誰かと挨拶して、働いて、メシ食って、夜になって、また明日会おうって声を交わしてから眠って、朝日が昇るたびにまた会えて嬉しいよと隣人と笑いあう。 いちにちいちにちが新しい出会いなんだ。毎日が特別に過ぎるんだ。だからもう、その日がどんな日であろうと、生きてその場に居られたならば充分なんだと。 達観した様子を見る毎に何もなかったなんてやっぱり嘘じゃないかとムカついてくる。何度理由について尋ねたところで望む答えは返されないだろうことが想像できて腹が立つ。 「惚れた相手からも祝われたくないってのか」 「あのなあ、ヤクモ」 流石に意表を突かれたのか呆れたのか皿を片付ける手を止めてマサオミがガックリと項垂れる。 不用意に言うもんじゃないぞと唇とんがらせる姿に、漸く以前と共通したものを見つけた気がした。 「もしオレがここでキスしたいとか抱き締めたいとか年齢制限アリアリなことしたいとかゆっちゃったらどーすんの。自分に惚れてると知ってる相手に餌をちらつかせるなんてのはな、」 「別にいいぞ」 「おいおいおいおいおい!」 流石に慌てたのか物凄い勢いでマサオミが振り返る。ヤクモの顔に不敵な笑みが浮かぶ。 「あんたにこそ何かあったんじゃないのかって感じだよ! どーゆー心境の変化!?」 「流石に年齢制限は御免被りたいがキス程度なら我慢できないこともない」 「我慢してまで祝ってもらいたくないんだが………」 深く溜息を吐く神流が少しだけ哀れに思えた。 が、口にした言葉は本心だ。確かに、何をどうするのかよく分からない展開に持ち込まれるのは正常な高校生男児としてはご遠慮願いたいが、その他なら耐えられる。他の誰かとする場合を想像すると悪寒が走る行為でもマサオミとだったら大丈夫な確信があった。 やれやれと片手で顔を覆っていた神流が指と指の隙間からこちらを窺う。 「―――折角だし。本気に取っていいなら多少は好意に甘えさせてもらおうかな」 「どこまで」 「キスまで」 それ以上はオレにもちょっとばかり刺激が強すぎるし? と苦笑する彼は何処かしら照れているようにも思える。 伸ばした片手で服の襟首掴まれて、シャツが伸びるだろうと文句を言うより先に至近距離に迫った相手の顔に何も言えなくなった。 何となく真面目に見詰めていると返されたのは何故か苦笑だった。 「やっぱ分かってないなあ、あんた」 「………何が」 「キスだとか何だとか。そーゆーのって個人の領域に他人を入れることだろ。ンなガチガチに緊張してんのに受け入れるとか気にしないとか、強がりもいいところだよ」 「何だと?」 「礼儀。こーゆー時は目ぇ閉じてろよ。オレがやりにくい」 言葉に引っ掛かるものを感じながらも半ば意地もあって素直に目を閉じた。こんなもの、犬に噛まれたと思えばいいってよく言うじゃないか。女の子じゃないんだし。 自らの意志に反して多少は速まってしまう鼓動を相手に悟られなければいいと思いながら待っていると、妙にやわらかくてあたたかなものが左の瞼を掠めた。後にも先にも触れたのはそれだけで、訝しみながら両目を開けると、やや距離を置いたところでマサオミがにっこりと笑った。 「ヤクモ。あんたの目が好きだよ」 「………」 「はい、終了。ありがとな」 軽く肩を叩いてすんなりと身体を離す。 やや呆然としているこちらを余所に食器の片付けに戻った彼には動揺の跡も見られない。 おずおずと瞼に触れてみる、が。 「―――目?」 「誰も唇にするなんて言ってないっしょ」 にっv と笑った神流は確信犯。 一気に頬に熱が上がるのが分かった。 「さ、詐欺………!!」 「ひょっとして期待してたとか? ご要望にお応えできず残念ですv でもまあヤクモ、折角のファーストキスはもーちょい大切にとっときな」 「はっ!!?」 なに言ってんだこの神流! と眉が釣りあがる。 確かに自分には経験がない。経験がないが、何故それをコイツに指摘されねばならんのかと! いやいやいやそれ以前にこいつのこの口振りからするならばっ。 「お前は済んでるってのか!!」 「ノーコメント。けど、あんたは確実に済んでないよなー」 「………!!」 読み切れない笑みを残して皿片付けを終えたマサオミは荷物のまとめに取り掛かる。 なんだ、この敗北感。ひとりで先にオトナの階段のぼっちゃったような態度が実に気に入らない気に食わない腹が立つムカつく頭に来る。 「マサオミ!」 がっし、と相手の襟元引っ付かんで引き寄せる。危ないとか荷物が落ちるとかそんな悲鳴は全くの余所事として睨み合う。 「したいんならすればいいだろ!」 「んな声高に主張されても」 「惚れた相手になら何でもしたいって思うモンじゃないのか! お前は間違っている!」 「あーのーなあ。分からんでもないがそれが全ての人間に当て嵌まるかとゆーとそうでもなく、ましてやオレとあんたとの間には色々と障害が多いっつーか何つーか?」 「オレに惚れたと抜かすなら障害ぐらい越えてみせろ!!」 「それは―――」 困ったようにごく近い距離でマサオミが眉根を寄せる。 と。 僅かに瞳を見開いて視線がヤクモのやや後方へと向けられた。 ひとと話してる最中だってのにあからさまに視線を逸らすとはいい根性じゃないか。でもあれだ、確かに何か、背後から微妙な視線とゆーか気配とゆーか空気とゆーか………。 振り向かない方がいいと理性が叫ぶ。 けれども、振り向かねばならない使命感に駆られてヤクモはゆっくりと背後を見遣った。 果たしてそこには。 ただいまー、と言う直前の体勢で止まっている親の姿があった。 さて、それを出迎えるべき家族たる自分の体勢はと言えば。 友人(※性別:男)の首根っこ引っ掴んで不必要なまでに顔を近づけ、更には直前の会話が「ヤるかヤらないか一本勝負!」的なアレだったりして。 「………ああ」 ゆっくりと硬直を解いたモンジュは不気味なほど穏やかな微笑みを刻んでいた。咎めるでも慌てるでもない態度に返ってこちらの焦燥が増していく。 「なるほど、そうか」 「と、とうさっ―――!」 「気にすることはない、ヤクモ。父さんはお前がマサオミくんのところに嫁入りしても、逆にマサオミくんがウチに嫁入りしても何ら否定はしないからね」 いえ、むしろ否定してください。 ヒト以前に親として。 後はふたりでごゆっくり、と意味不明な言葉を残して扉の向こうに消える父親をヤクモは呆然として見送った。 漸う相手の腕から逃れたマサオミは「どうしてこの一家はこんなにタイミングが悪いかな」、と諦めきった声音で呟くのだった。 何かをしていても何もしていなくても時間だけは等しく過ぎて行くもので。 父親に思わぬ現場を目撃された衝撃からヤクモが立ち直れないでいる間にも神流は荷造りを済ませて社の中に物を運び込み、夕飯の支度を整え、後片付けも完了して、すっかり役割を終えてしまった。 その間、ヤクモがしたことと言えば脱力して居間の畳にへばりついていることだけだったのだから少々情けなくもなる。 いや、今回のは事情が事情だ、次はこうは行かないぞ、と誰に向けたかもよく分からない決意を呟いて。それでも「元気だせよ」との苦笑交じりの励ましに「ああ」とか「うるさい」としか返せないのだから空元気にも程がある。 でも、最後まで悄然としているのは非常に勿体無いと思ったから、かろうじてヤクモは面を上げた。こちらが落ち込んでいる間に向こうは淡々と作業を進めていて、随分冷静だな、そりゃあお前は父さんと毎日顔を合わせる訳じゃないもんなと恨みがましいことを思う。 どうも自分はマサオミ相手だと色々と難癖つけたくなるようだ。我侭を聞いてもらいたくなるなんて一体どういう心境だ。もしそこに「こいつはオレに惚れてるんだ」という無意識の甘えがあるのなら自分で自分の首を絞めてやりたい。 積み上げたタッパーの傍らに佇んだマサオミが気遣わしげな色を乗せて声を出す。 「なあ。ほんと元気だせよ。そんな落ち込むようなことだったのか?」 「うるさい」 「気にしたんなら謝る。もう絶対あんな真似しないって誓ってやってもいいからさ」 「………そうじゃない」 別に―――マサオミだけが悪いんじゃない。売り言葉に買い言葉ではないが、嗾けたのは自分だ。それを今更、誰に目撃されたからと言って非難するのはあまりにも潔くない。 軽く首を振ることで気を取り直して、社の中の符の配置を確認する。これを間違えたらマサオミが過去に帰れないばかりか時空の迷子になってしまう可能性がある。最近、やっとイヅナからひとりで操作してもいいとの許可を得たのだ、まだまだ油断できない。 マサオミはこちらの作業を黙って見つめている。 ぽつぽつと陣の周辺に青い光が灯っていく。 こうなれば後は流れに任せておけばいい。いつも通り、一歩退いた位置まで移動してヤクモは見送りの体勢に入った。 「―――そういや」 マサオミが口を開いたのは、いま踏み込んだら確実に陣が壊れるぞ、というまさにその瞬間だった。 「オレ、次に来るまで少し時間が空くかもしんない」 「どのぐらい」 「ニヶ月ぐらいじゃないかな。たぶん」 それなら今回と同じじゃないかと返そうとして、どう表現するべきなのかよく分からない微妙な違和感を感じた。 無言で睨みつけると青い光に照らされた相手は何の気なしに肩を竦めて見せた。 「里の警備を強めてるから、お前はこっちに来ない方がいい」 必要があればオレが現代に来るからと、まるで、訪ねてみようかと思っていたヤクモの思いを遮るかのように口にする。 いよいよ最終段階に至った陣内の光に照らされて、それでもマサオミは嬉しそうに笑う。 「けど、安心した」 「何が」 「五年たとーと十年たとーと。やっぱりオレはお前が大好きだよ」 「………!」 息を呑む。 その眼前で彼は目を閉じる。 「また会いに来るからさ。元気でな」 「マサオミ?」 戸惑いの声を上げた瞬間、弾くように光が消し飛んだ。 視界を奪う一面の白の後に残されたのは誰もいない陣と、淡い光を放ち続ける<刻渡りの鏡>と、揺れる御幣だけで。そこに立ち止まっていても、奴が戻ってくるはずもない。 何故か立ち去り難くも、何とも言い難い心境のままヤクモは外に出た。 「あの………」 「うわっ!?」 突然呼びかけられて思わず飛び上がる。慌てて辺りを見渡せば木の横からひょっこりとリクが顔を覗かせていて。 慌てた様を見られてしまって恥ずかしいとの思いを隠しながら、どうにかヤクモは笑みを浮かべた。 「リクじゃないか。忘れ物でもしたのか?」 「いえ、その―――マサオミさん、もう、行っちゃったのかなあって」 「今し方帰ったところだ」 「何か言ってました?」 「何かって?」 ヤクモが首を傾げると、「やっぱり」とリクは溜息をついた。 木の影から姿を現してこちらへやって来る。隣に立ったリクはちらりとこちらを窺った。 「僕が言うべきことじゃないと思うんです。でも、言っておかないと駄目なんだと思って」 珍しくも歯切れが悪い言い方だ。 別に怒らないから言ってみろと促したら、たぶん僕に対しては怒らないですよ、怒るとしたらマサオミさんに対してだと思いますと告げられた。 だって、気付いてないでしょう? 本当は。 「マサオミさん―――もう、数えでハタチなんです」 一瞬、思考が停止した。 あんな簡単な。 「ざ、っけんな………!!」 「なし崩しに途絶えさせようだなんて、赦さない」 赦さないって、おい。 「二十歳」になった伝説様が、ニ年分のプレゼントと共に押しかけて来ることを。 彼はまだ、知らない。 |
明るくしようとしたはずなんだけど微妙に薄暗く山場もないままに終了(苦)
薄暗くなっちゃった原因としては、この話の裏設定が関係してるかなーと。
まあその、実はこのマサオミさんは2年の間にヤクモさんのご先祖様に会って仲良くなって
都の権力闘争に巻き込まれて命を狙われたことも一度や二度じゃなくて
里を守るのに必死で疲労困憊一杯一杯とゆー設定がですね!(そりゃ暗くもなるわ)
マサフミくんネタと対になる形で存在するヤクモさんのご先祖様ネタですが、思いっきり
ドロドロダークなお話なので書かない方がいいと自粛している次第であります。
す、少しでも楽しんでいただければ幸いですっっ!(平伏)