※流血シーンばっかなので苦手な方はご注意願います。

 

 

 壁に叩きつけられた衝撃で肺から空気が全て吐き出される。苦鳴と共に吐き出されたのは真紅の血。
 崩れ落ちた聖堂、天から差し込む日の光、壊れたステンドグラス。
 降り注ぐ鏡の破片が陽光に照らされてまるで雪のようだ。
 高い高い塔の天辺にあるこの部屋と外界を阻むのは、目の前に佇む人物―――魔族の創り上げた完璧な結界だ。
 最初から、自分が逃げることは考慮していなかった。
 砕けた両足も、半ば吹き飛んだ内臓も、動かない右腕も、霞む視界も。
 自らの力不足が招いた結果。
 この場に眠る者が魔王と気付かずに踏み込んだ結果。
 それでも―――彼が、無事ならば。
『愚かだな。人間よ』
 玉座に座した魔王は傲慢でありながらも気高い美しさを湛えている。
『一瞬とは言え私の結界を破った能力は賞賛に値する。だが、何故、奴だけを逃がした? 奴を助けることに固執しなければ、少なくともお前は逃げ果せていたはずだ』
「はっ………」
 掠れる声で、笑う。
 ひとり、生き永らえたところで何の意味があるのかと。
 無様に壁に叩きつけられた体勢で笑ってみせる。
『―――お前のことは部下から聞いている』
 それは光栄だ。
 魔族の王様に名を知られているなんて。
『<教会>に妙な男がいる。倒せるはずの悪魔を倒さず、必要以上の浄化を行わないと』
 それは不名誉なことだ。
 主に、<教会>に属する神官として。
『まるで、緋の乙女のようだと』
 緋の乙女。
 魔族から<彼女>に向けられた言葉。
 魔王の伴侶たる少女への敬意を込めて。
「………が、紅の―――魔女………っ」
 紅の魔女。
 人間から<彼女>に向けられた言葉。
 ヒトから魔族へと転じた少女を侮蔑して。
 だが哀しいかな、自分は知っていた。緋の乙女とも紅の魔女とも呼ばれる、遥かむかしに実在していた少女の切なる願いを。
 <彼女>が―――真実、ヒトと魔族の仲を取り持とうとした愚か者だったことぐらいは。
 迫害され、追放され、虐待され、それでも願い続けながら、決して報われることがなかった<彼女>のあわれなる宿業を。
 不思議だったのは、その<彼女>をこそ魔王が伴侶に選んだという事実。
 胸倉を掴まれ、再度、壁に叩きつけられた。耳鳴りが止まない。
『―――不思議だな』
 あんたでも不思議だなんて感情を抱くのかよ、魔王様。
 あんたでもヒトの存在や考え方に疑問を抱くのかよ。
 だとしたら。
 だと、したら。
 ただその一点を持ってヒトには価値があると―――言い切ってもいいのかもしれない。
『あれほどに我らの同胞を殺しておきながら、お前の胸には聖堂があり、こころには賛美歌が鳴り響いている』
 敬虔な信者になった心算はない。
 <教会>からしてみれば随分と扱いづらい神官だったろう。命令違反を繰り返し、悪魔や魔族を見逃し、そのくせして両手には穢れない刻印を携えていた。
『―――試してみるか』
 瞳の中に宿った炎を見て場違いにも綺麗だな、と。
 身体が切り裂かれるのを感じながら、置いて行くことになる友のことを思った。
(―――ごめんな)
 ごめんな、ヤクモ。
 オレは。
 お前を―――。




 瞼の裏で太陽が翳ろう。全身、傷だらけのはずなのに痛みすら感じない。
 意識がひどく遠い。目を開こうとしてすぐにまた閉じてしまう。身体がだるくて仕方がなかった。
 ただ。
 瞬間映った景色の中、自分の右手が友の左手を握り締めているのが分かって安堵した。此処は少なくともあの荘厳華麗な塔の中ではない。魔王の気配もない。
 深く、息を吐いて。
 彼の手を握り締めた。
「………ってるなんて………」
 届いているのすら定かでない愚痴を零す。呪を唱えすぎた喉は僅かな言葉を紡ぐだけで痛みを訴えたが、それよりも伝えたい気持ちの方が勝っていた。
「どうして―――教えてくれなかっ………」
 右手の刻印と、左手の刻印。
 片方が自分の<対>の刻印だと最初から教えてくれていれば、無駄に相棒を捜して世界を旅する必要もなかったのに。
 お前の相手はオレなんだと、一言、告げてくれたなら。
「………気にして、くれて、たんだな」
 口元がゆるゆると笑みを刻む。もう一度、彼の手を強く握り締める。
 きっと、ずっと、自分が『彼』に囚われていることを知って黙っていてくれたのだろう。彼を、「あのひとと違いすぎる」と切り捨てた。いまにして思えば随分とひどいことを言ってしまった。
 <対>の存在だと打ち明けるより先に否定されてしまった現実。
「―――ごめん、な」
 自らの愚かさと幼さに泣けてきそうだ。
 失った存在にしがみ付いて、失くしたことを認めたくなくて、傍らに存在している者の大切さまで忘れていた。
 ずっと、見守ってくれていた彼を、気遣うことを。
「ごめん、な………」
 本当はずっと、ずっと、頼りにしていた。大切に思っていた。
 それでも忘れられなくて、必死に打ち消そうとして、こころにもないことを言って、詰って馬鹿にして振り回して。
 だけど、他の人間とコンビを組んだと聞けば腹が立って。
 どうして気付かなかったのか。誰になんと言われようと、当人に否定されようと、間違いなく自分は。

「すきだよ」

 お前が、好きだよ。マサオミ。
 自らの傷を笑って誤魔化そうとするところも、魔族ですら救おうとする底抜けに馬鹿なところも、叱ったり咎めたりしてくれるところも、全部、全部、全部。
 応えてほしい。
 目覚めたら、答えを聞かせて欲しい。
 いまからでも遅くはないはずだから、お前が受け入れてくれるのなら―――オレ、は。
 遠くから足音が響いてくる。
 行き交う言葉の数々に別働隊が助けに来てくれたことを悟る。その内のひとつが勢いよくこちらに駆け寄ってきた。
「ヤクモさん! ―――ヤクモさん!」
 薄っすらと目を開けるとリクがいまにも泣き出しそうな表情でこちらを覗き込んでいた。
「しっかりしてくださいっ………すぐ、手当てしますからっ」
 目を、閉じた。
「オレより………マサオミを―――」
 傍らの友人は自分と同等かそれ以上の傷を負っているはずだ。
 しかし、いつまで経っても答えは返らない。
 傍らの友人を治す気配もないため、痛む身体に鞭打ってあらためて目をこじ開けた。
 リクは、物凄く驚いた表情をしていた。
 次いで、顔を歪めて。
 堪え切れないように幾つもの涙を零した。ゆるゆると、首を横に振る。膝に落ちる涙、堪え切れない嗚咽、痛ましげな瞳がこちらを見詰めている。
 どうした。
 どうして、首を横に振るんだ。なんでそんなに泣くんだ。なんで。
 急速に湧き上がってくる焦慮と不安。嫌だ、嘘だ、信じない、だって。

 だって、あいつは『此処』に居るじゃないか!!

 強引に上体を起こして自らの右手を引き寄せる。
 ほらちゃんと、ちゃんとあいつはここに、と掴んだてのひらを捧げ持って。

(いない、なんて―――)

 嘘、だろう?
 お前まで、失くした、なんて。
 泣き笑いの表情で見下ろした自分の右手。その右手とかたく結びついた左手は。

 


緋の乙女の絶命


 


左肩から『先』がなかった。

 

 


 

この後、右手、両足、胴体、首、と順番に回収します(エグい)

ちょこっとだけ続きも考えてあるンだけどたぶん書くことはない。

 

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