※リクエストのお題:ものすごく甘ったるい話+IF話以降のマサオミ、ハヤテ、ヤクモの痴話喧嘩が衆目を集める話。

※統合する必要はなかったんだけど強引にまとめました☆ そしてハヤテさんは前半しか出て来ない(オイ)

 

 

 

 連休の始まりを明日に控えた五月。
 爽やかな風が辺りを吹き抜ける。薫風とはよく言ったものだと大学のカフェテリアでセルフサービスの茶を飲みながらマサオミは思った。
 高校と大学では授業形態も大幅に異なる。どんな授業をいつ取るのか、全てがセルフプロデュースだ。自由にコマ割を決められるのは楽しくもあるが本当にこれでいいのかと悩むことも頻り。大体、二十歳そこそこで将来の夢を決めろってのが大抵の人間にとっては無理ゲーではなかろうか、等と真面目なことを考える一方で。
(ひとりの時間を作りやすくていいよなー)
 にんまりと笑いながら頬杖ついて外を見遣る。
 別に、同居中の誰かさんの拘束具合に辟易している訳ではないのだ。ただ、高校時代は基本的に同じシフトで動いていたから、相手の目を逃れて行動するには遅刻するか昼間に抜けだすか早退するか放課後に逃走するか、いずれかの手段しかなかったのである。
 その点、大学は素晴らしい。「次の時間は授業いれなかったんだよねー」と言えば少なくとも1時間はフリーである。もし授業が重なっていても教室が違えば目に入ることもない。
 繰り返し言っておこう。マサオミはヤクモを避けている訳ではない。が、神流の性と言おうか個人的な気質と言おうか、四六時中、行動を共にしたり、どこに居るとか何をしているとか逐一報告しあうのが面倒くさいのである。空いた時間で何してたっていいじゃんと思うのに、とうとう先日は「暇だからってベンチで寝るな」と苦言まで呈された。じゃあ図書館で寝ると返したら「自宅で寝ろ」と―――まあ、取り合えずその辺の遣り取りはどうでもいい。
 とにかく、高校時代よりも、大学時代の方がはるかに「密会」に適した環境であるということだ。
(来た来た)
 カフェテリアに入ってきた人物に笑みが深まる。大きく手を振った。
「おーい、ハヤテ! こっちだ、こっち!」
「………ああ、そこか」
 大股で近寄ってくる親友は相変わらず黒のジャケットを愛用している。小脇にメットを抱えているし、今日の移動手段もバイクだったのだろう。いいなあ、オレもバイクいじりたいなあとぼんやり考えては軍資金の少なさに諦める日々である。
 鷹宮ハヤテはマサオミの正面席によいしょ、と腰掛けて。
「―――昼飯はお茶オンリーか? さすがに腹が減るだろ」
「お前、オレがどんだけこの日を楽しみにしてたと………! まさか忘れたとか言わないだろうな?」
「それこそまさか、だな」
 にんまりと笑いながら彼が胸元から一枚のチケットを取り出す。証拠品の如く差し出された『それ』をマサオミは恭しく受け取った。きらきらと目を輝かせる。
「おおー………! これが噂の『ゴールド牛丼チケット』!!」
「手に入れるの苦労したんだぜ?」
「ホントすげーよ、どうやって入手したんだこれ、幻のプレミアの奇跡の神が使わした唯一無二のチケットだぞ!?」
 興奮のあまりマサオミがハヤテの肩をばしばしと叩く。
 そう、『ゴールド牛丼チケット』―――これこそ、今日のマサオミが昼食を抜いてまで待っていた奇跡の一品なのである。
 牛丼に興味のない人間にとっては単なる紙切れに過ぎないが、マニアにはたまらない一品だ。このチケットを使うと、某チェーン店の指定場所にひとりだけ存在する伝説の料理人に究極の牛丼を作ってもらえる。ハヤテはこの手のチケットの入手に不思議と長けている。
 印字された文字のひとつひとつまでもが輝いて見え、マサオミはうっとりとなった。
 今日というこの日、ヤクモがいない時間帯を選んでハヤテと待ち合わせたのには訳がある。よく分からないが、何故か同居人は牛丼が―――より正確にはそこに付随する人物が―――苦手であるらしく、滅多に牛丼を作ってくれない。栄養バランスが崩れるとか難癖つけてチェーン店に立ち寄ることも許さない。
 牛丼に罪はないのに何たる仕打ち! 豚丼や鶏丼や中華丼なら喜んで食べるくせに!
 よってマサオミは秘密裏にハヤテに連絡を取って「牛丼たべに行っちゃおうぜツアー」を敢行したのである。店の場所は既に特定してあった。後は自分たちが行くばかりだ。
 カフェテリアを出て、表通りに続く道を歩くマサオミの足取りは軽い。
「いっやー、ほんと、持つべきものは友達だわ! 感謝感謝!!」
「そんだけ感謝されると親友冥利につきるってもんだな」
 浮かれまくっているマサオミは知らぬことだが、お調子者でありながら存外真面目で、外見も整っている彼の名は校内で認知されつつある。また、正義感が強くて若武者の雰囲気をたたえたヤクモも学部を超えて顔を知られつつあった。
 大神マサオミ行くところに吉川ヤクモあり。
 逆もまた然り。
 そんなセット販売が常識となりつつあったのに―――そのマサオミが「相方」以外に至極浮かれているものだから、周囲は密かに驚いていた。ざわめきが漣のように伝わるが当のマサオミは無頓着、状況を察しているハヤテは薄く笑うのみ。
 ハヤテのバイクが置いてある駐車場へと向かう。
「マサオミ。そういや最近、吉川ヤクモとはどうなんだ?」
「どうもしないぜ? 連休中は稼ぎ時だってヤクモはバイトめいっぱい詰め込んでるみたいだけどな」
「お前はしないのか」
「平日がんばってる分だけ連休はゴロゴロしたいんだよなー。ヤクモが出かけるなら留守番かねて家の掃除でもしてらあ」
 なんならウチに泊まっていくか? と提案するマサオミには全く悪気はない。
 頷きかけたハヤテだったが、おそらく、否、確実に、同意を示したら後で吉川ヤクモにシメられる。
「オレもバイト。今日日ガソリンが高くてバイク好きにはつらいご時世さ」
「確かに! 最近はオレも出来るだけ通学は徒歩にしてる」
 手の中のチケットを太陽に透かしながらだらしなく頬を緩めていると。

「こんなところで何してるんだ、マサオミ」

 ―――ひとは。
 本当に驚いた時は文字通り跳躍するという。
 聞くはずのない声を聞いた瞬間、マサオミは「ぴゃっ!」と飛び上がり、折り良く吹き付けた五月の風が手の中のチケットを浚った。
「でええ―――っ!!?」
 逃がしてたまるか、吹くな薫風!!
 宙に舞い上がった紙切れを求めて高く跳ぶ。掴む。着地する。足下は駐車場。所狭しと並ぶ自転車とバイク。
 と、なれば。

 グワラッシャ―――ン………!!

 ―――彼が、乗り物の山に突っ込むのは自明の理であった。
「マサオミ!?」
「大丈夫か!」
「どうしたどうした、ひとが降って来たぞ!!」
「生きてるかオレの自転車!!」
 ダイナミックすぎる駐車場への着地にわらわらとヒトが寄って来た。
 頭から地面に突っ込む醜態だけは免れた人物は、自転車の山に埋もれながらも手にしたチケットが無事だったことの方に安堵していた。
 駆け寄ってきたハヤテがマサオミに倒れこもうとしているバイクを急ぎ遠ざける。
「おい、無事か!?」
「勿論だ、ハヤテ! チケット破れてないから有効だよな!?」
「そーゆー問題じゃないんだが………」
 反対側から雪崩を打たんとしている自転車を押し退け掻き分け、頭ごなしに怒声が響く。
「マサオミ! 何バカな真似してるんだ!!」
「したくてしてる訳じゃねえっての」
 上半身をタイヤとサドルの隙間に埋めたまま、マサオミは口を尖がらせた。
 睨み付けた先には彼が驚いて飛び上がる原因となった人間―――吉川ヤクモが物凄く不機嫌そうな表情で立っていた。
「授業中じゃなかったのかよ………」
「早めに終わったんだ。携帯に連絡しても返事がないから迎えに来た」
 ―――気付かなかった。
 きちんと持ち歩いてはいたのだが、サイレントモードだったので音はしなかったし、浮かれて歩き回ってたから多少の振動は紛れてしまうし、それ以上に完全にヤクモを(言い方は悪いが)出し抜けたと思っていたから一層驚いてしまった。
 つまるところ大部分は自業自得。だが、当然、素直に認めるマサオミではない。
「はいはいそうですかー。返事しなくて悪かったですねー。んじゃ、事後承諾で悪いけど、これからハヤテと飯くってくるから」
「………飯?」
 天流が、一瞬遅れて第二の人物に気付く。
 鷹宮ハヤテが手を振ってそれに答える。久しぶりだな、と。
「近くまで来たから一緒に飯くいに行こうって誘ったんだ。邪魔したなら悪かったな」
「ん? 昼メシ食おうって誘ったのはオレだろ? 同じ牛丼愛好家だからな!」
 さり気ないハヤテの気遣いを水泡に帰さしめながらマサオミは暢気にチケットを掲げる。伝説様の機嫌が急降下していることなんて、勿論、彼の目には全く映っていないのである。
 文句を言いながら立ち上がろうとして―――動きが止まった。打ち身擦り傷切り傷は覚悟の上だったのだが、何だか微妙に足が………。
 伝説様が片眉をぴくりと撥ね上げる。
「どうした」
「………べっつに〜」
 そっぽを向く神流を見下ろして、ふぅん、と意味深長に頷いたのは元地流の少年である。彼は未だコンクリに座り込んだままの友人の手を引っ張って、
「ほらよ!」
「へ?」
 一本背負いの要領で勢いつけて、何を思ったかマサオミをおんぶした。
 された側は、そういや小さい頃にタイザンにおんぶをせがんだことがあったなあとか、モンジュに背負われたこともあったなあとか、むかしの光景を連鎖的に思い出して。
 たっぷり十秒ほど経ってから我に返る。
「おい、ハヤテ! なんでいきなりおぶってんだよ。ひとりで歩けるから下ろせって」
 周囲の野次馬が遠巻きにこちらを眺めている。中には見覚えのある顔も含まれていて、いかん、これでは明日から「イイトシして男におんぶされた男」と不名誉な噂が流れてしまう、せめてもの救いは連休が明日からのため登校者数が絶対的に少ない点か………! 等と取り留めのない考えが瞬時に脳裏を駆け巡り。
 背負っている側はマサオミの重さも関係ないとばかりにケロリとしている。
「無理だな。どう見たって足首捻挫してるじゃないか。こりゃあ連休中は自宅療養だな」
「はっ!?」
「何はともあれ手当てだ。近くに接骨院か整形外科ないか」
「や、そ、ままま待て待て待て! いまから? いまから行くのか? オレの牛丼は!?」
 チケット破れてないって言ったじゃん! 背後から相手の首を締め付ける。
 意識してみたら確かに左足首が痛い。友人の言う通りこれは捻挫で全治2週間コースだ。しかし、病院なんか行ったら牛丼を食べる時間がなくなるばかりか、医療費まで取られてしまうではないか! 自業自得であってもペナルティきつすぎ!
 と、そこで思い至る。近くに突っ立ったままの同居人の襟首引っ掴み、至近距離で瞠られた黄金の瞳にこっそり耳打ちした。
「ヤクモ………怪我、治してくれ」
「―――」
「そしたら牛丼くいに行けるだろ。治療代もかからないだろ。万々歳だろ」
 ヤクモはしばし瞬きを繰り返し………ややもして眉間に皺を寄せた。
「駄目だ」
「なんっっでだよ!」
「本来、怪我は自然治癒に任せるべきだ。なんでもかんでも術に頼るのは認められん」
「そこを何とか、オレの快適牛丼ライフのために!」
「どこまで牛丼に拘るつもりだ!」
 野次馬の視線も物ともせずに言い合う辺りはさすがの神経の図太さだ。
 苦笑を零して、ハヤテが歩き出す。振り落とされないよう必然的にマサオミは相手の首にしがみつくこととなった。
「落ち着けよ、マサオミ。牛丼の特殊チケットならまたオレがゲットしてやるさ」
「え。マジ? マジで? 期待するぞ、おい」
「存分に期待してくれ。取り合えずいまは医務室に行こう」
 友人の言葉にころりと態度を変えて、マサオミは進んで道案内を始めた。
 モーゼの十戒の如く、怪我人のために周辺が道を開ける。やたら眉間に皺を寄せたヤクモがふたりの後に続いた。
 昼下がりのどこにでもありそうな光景ではあるが、三人が三人とも相応に目立つ容姿をしていただけに、しばらくこの騒動は学内で持ち切りとなったのであった。




 その後、マサオミは大学の医務室で手当てを受けた。念のために医者に行けと言われたものの健康優良児としては承諾し難い。
 そうこうする内に夕方になり、昼飯も取らぬままに親友と別れることになってしまった。この空きっ腹はどうするんだと嘆いてみせてもどうにもならない。ハヤテは「また土産もって会いに来る」と約束してくれたが、今日を楽しみにしていた分だけ唐突に現れたヤクモに対する恨みは深い。隠していたこちらにも非はあるがせめて予告してから声をかけてもらいたかった。
 自宅まではハヤテのバイクで送ってもらった。何故かヤクモまで午後の講義をさぼってついてきた。本来の夕食当番はマサオミだったが、「足が痛くて台所に立てませーん」とゴネて強引に交代してやった。どうせ明日からヤクモはバイト三昧だ。夕食の順番ぐらい幾らでも替わる機会がある。
 それに、あまり長引かせる話題ではないとお互いにわかっているのだ。実際、夕食をたべる頃にはマサオミの機嫌も元に戻っていたし、ヤクモにも常と変わったところは見受けられなかった。
「お前は連休中ずっとバイト入れてんだろ? 頑張れよ、稼ぎ頭」
「………お前は」
「オレ? バイトはもとから入れてなかったし、ひたすら家で寝連休だな」
 風呂はどうする、足が痛むからパス、暑かったろうにいいのか、いざとなったら行水でいいさ、等と笑い合いながら和やかに一日を終えて自室へ引っ込んだ。

 その、翌朝。

「………なんでまだいるんだ」
「なんでとは何だ。それより朝の挨拶はどうした」
「………………おはようございます」
「おはよう」
 ほかほかご飯を盛り付けているのは本来ならとっくにバイトに出発しているはずのヤクモであった。
 おかしい。微妙に予定が狂ったぞ。
 自室と居間の境界線上でマサオミがぼんやりしていると、急に誰か―――誰かも何もひとりしかいないのだが―――が近付いて、俵抱きにされた。
「へっ!? ちょ、な!?」
「洗面台まで運んでやる」
「いやいや何を仰いますか伝説様、足が痛くたって壁伝いに歩けますですよ!?」
 混乱のあまり日本語がおかしなことになっている。
 わたわたと暴れている間に洗面所へストンと降ろされる。………そもそも、距離にして数メートルしか離れていないのだが。以前のヤクモなら「這って行け」とまでは言わずとも「頑張れよ」と励まして終わっていたに違いないのに、なんなのこのVIP待遇。
(VIPっつーよりむしろ拷問………)
 顔を洗う間も歯を磨く間もじっとヤクモがこちらを見詰めてくる。
 冗談じゃなく怖いんですけど。
 鏡ごしに常に視線が合うとかマジ怖いんですけど。
 幾分からまった髪に櫛を通しながら鏡の中の人物を睨みつける。
「―――ヤクモ。そこいるとすっげぇ気が散るんだが」
「気にするな」
「気になるから言ってんだろ! オレを監視する前に味噌汁の鍋でも監視してこいよ!!」
「コンロの火は止めてあるから大丈夫だ」
「だーかーらああ!!」
 朝っぱらから邸内にマサオミの叫びが虚しく響き渡った。
 あの真面目なヤクモが一度いれたバイトの予定を覆すなんて余程のことだと思いつつ、一向にきっかけらしいきっかけが思い出せないので首を捻る。もしかして、マサオミの怪我に多少なりとも罪悪感を抱いているのだろうか。
(だったら、それこそ早く怪我なおしてくれよって話だしなあ)
 徐々に伝説様の思考を慮ることが面倒くさくなってきて、朝食の後片付けをヤクモがして、お茶まで淹れてくれて、部屋の掃除や庭の手入れまで始める段に至っては、もはやどうでもいい気分になっていた。少なくともマサオミが楽なことは確かなのだから。
 でもこれじゃあヤクモの休む暇が―――あ、もともとバイトで疲労困憊の予定だったっけ。じゃあいいのか? とブツブツ呟きながら座布団を抱えて居間を転がる。
 外から流れてくる風が心地よい。
 うとうとと船を漕ぎ、目が覚めると傍によく冷えた麦茶が置いてある。本当に今日は至れり尽くせりじゃないかと若干の疑問を抱きつつ辺りを見回す。
 縁側に、ヤクモが腰掛けていた。
 近くに積み上がった本の山にゆっくりと目を通している。あたたかな日の光を受けた焦げ茶色の髪がやわらかな光の粒子を纏っているように見えて、確実に目がイカれてるなあと思いながらも。
 立ち上がろうとして、未だ足が治っていないことを思い出した。痛みがない上に寝転がったままだったからすっかり意識の範囲外だった。
 座布団かかえたままゴロゴロと転がって、同居人の傍まで来たところで上体を起こす。寝惚け眼で友人の左肩に頭を乗せた。
「なーに見てんだ………?」
 彼の手には古ぼけたアルバム。その中で幼い頃のヤクモやリク、モンジュ、そして、いまは亡きアカネが笑っている。
 しあわせそうな一家の肖像は、見ているだけでもこころをあたたかくしてくれる。
 マサオミは、かつて吉川家を訪れた際に、笑っているアカネの写真を見つけて心底安堵した覚えがある。哀しい別れをした彼女がしあわせな未来にたどりついていた―――それが己にとってどれほどの幸福であったかを、たぶん、真の意味ではモンジュもヤクモもわかってはいまい。
「そういえば………」
 ページを捲りながらヤクモが口を開く。
「結局なんのために念写なんてやってたんだ」
「今更きくかあ? 理由なんてどうだってよくね」
 何の話かと首を傾げたが、アルバムの隅に古ぼけたプリクラがあったので、それのことかと合点した。
 思えば自分はあの頃からなんだかんだでヤクモには甘かった。
 誕生日にかこつけて家族写真を贈りたかった旨を白状すると相手が意外そうに目を瞠る。むかしのあれこれを持ち出されるのは実に照れ臭い。
 堪え切れずに彼から身を離し、再び畳の上に転がる。目を閉じてしまえば静かな世界が舞い戻る。
「―――明日」
「うん?」
 ぱたり、とアルバムを閉じた音と、足音が重なって。
「明日、ゲームセンターに行ってプリクラでも撮ろう」
「なんだよ、急に」
「急で悪いか」
 クツクツと笑いを零していると、不意に目の前が翳って、マサオミは瞬きを繰り返した。
 視界の左側に広がる垂直の畳。
 を、横切って視界を塞ぐ誰かの右腕。
 誰の、なんて考えるまでもない。ヤクモの腕でしか有り得ない。背中から後頭部にかけて感じる彼の気配。後ろから上半身に圧し掛かられてるんだと理解して、マサオミは微妙に座布団を抱えて縮こまった。
 しまった。油断しすぎたか?
 内心の動揺は表さぬまま視線を右へ転じれば、ごくごく近距離でヤクモと目が合って。
「オレだって、お前との思い出が欲しい」
「なんだそれ」
「もし、今日。オレがバイトを休まなかったらお前は何してたんだ」
「何―――って」
 逃れるように視線を正面へと逸らし、右手で己が額の辺りを撫でてみる。
 もとより連休中はのんびりするつもりだったから家に引き篭もっていただろう。たぶん。怪我まですれば尚更だ。しかし、動けないとなると逆に動きたくなる性分なので。
「平安に里帰りしてたかなあ………あ、でも、丁度ハヤテがこっち来てるんだよな。遊びに来いっつったら来てくれたろうし、リクともしばらく会ってないよな。モンジュさんに電話して一緒にお茶でも―――」
 この際、怪我の具合など関係ない。もっとひどい怪我で動き回っていたこともあるし、テーピングをすれば歩けるだろうし、その気になれば松葉杖だって用意できる。どうしてもヤクモが治してくれないなら出費覚悟で病院に行く選択肢もあるのだ。
 つらつらと思い浮かぶままに果たされなかった「予定」を言い連ねていると、
「ほら見ろ」
 グっと相手の気配が近くなった。あ、これ、ちょっとヤバい、密かにマサオミが危機感を抱くほどに。
「お前はオレに『怪我人だから世話してくれ』とは言わないんだ」
「………だから治してくれって………」
「連休が終わったらな」
 こめかみの辺りにヤクモの吐息が当たって身震いした。気持ち悪いんじゃない。怖気が走った訳でもない。
 ただ、なんだか―――全身使って上から圧し掛かられてるのが微妙と言うか………あくまでもマサオミの意識としてはふたりの関係は対等であるのだからして。
 とりあえず座布団あってよかった。座布団バンザイ。
 顔を座布団に埋めて表情隠しながら上擦った声でからかいを零す。
「あんまヘンなこと言うなよな。その言い方、『連休中だけでもお前の時間を独占したい!』って主張してるように聞こえるぞ?」
「何が悪い」
「―――ん?」

「お前の時間を独占したがることの、何が悪い」

 振り仰いだ先、不機嫌ながらも真摯な色を浮かべた眼差しが間近に迫っていて。
 顔を上げたことを呪う程に視線が絡まった。
 ぽかん、と口を開けたまま、徐々に頬が赤くなってくる。あうあうと金魚の如く口を開閉するしかないマサオミに苦笑を返し、ヤクモは軽く相手の頬に手の甲を滑らせた。
「………明日は、オレと一緒に出かけるんだ」
「う………」
 否やはない。否やはない、が。
 出かけるっつってもオレの怪我治ってないじゃん。どっかから松葉杖もってくんのか肩貸してくれんのかハヤテに妙な対抗心燃やして背負ってこうとか考えてないよな!?
 脳内の突っ込みは絶えることがなく、しかしてマサオミの口を割って出ることはなく。
 昼食の準備をするためか、やっと背中から離れた気配に安堵の息を吐く。同時、マサオミの中で培われた危機回避能力が目まぐるしい勢いで回転を始めた。

 即ち、いま。
 いま反撃しなければ―――近い内に『喰われる』、と。

「………!!」
 未だ諸所の拘りや躊躇いがあるマサオミは内なる声に従いガバリと身を起こした。
 間違えてはならない。
 次の一言を間違えてはならないのだ。
「―――ヤクモ!」
 ヤクモが振り向いた。
 どうした、なんでもいいぞ、言ってみろ。
 浮かべられた笑顔はおそらくモンジュを手本としたものだ。親子だけあって雰囲気も表情も似通っている、が、如何せん伝説様にはまだまな年季が足りない。
「その、お前さ、オレが『怪我人だから世話してくれ』とは言わないとか言ったけどよ」
 ある意味では賭けだ。
 負けたら本当に頭からバリバリと食われて一巻の終わりである。でもまだそこまでじゃない。じゃないはずだ、と、思う。
 自分も。
 ヤクモも。
 畳の上に胡坐をかいたままぎゅうっと座布団を抱き締めて、頬を赤らめるのだけは堪えきれずに。

「オレが、風呂はいるの手伝ってくれっつったら―――服とか脱がしてくれんの………?」
「………………」

 ―――全身を真っ赤に染め上げたヤクモが家を飛び出すまでコンマ5秒。
 凄まじい勢いで遠ざかる同居人の気配に、畳に転がったマサオミは深い溜息と共に脱力した。

「勝った………!」

 実に薄氷の勝利だったなと呟いて、堪え切れずにクスクスと笑いを零した。

 


wait a moment,please!


 


―――だからお願い、もうちょっとだけ寄り道させて?

 

 


 

え………これで「甘い」とか、このふたりのハードルがどんだけ高いと(ry

いい加減ここまでくると清い関係にも程がある気がしてきましたが、まあね。もだもだするのも青春だよね(笑)

途中の部分がちょっとだけもう一本のリク話とリンクしてますので気が向いたら確認してみてくださいv

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

リクエストありがとうございましたー♪

 

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