「本当にありがとうございます。助かりました」
そう言ってリクは笑った。
だから自分は味方の顔をして笑い返してやるのだ。
「なぁに、気にすることはないよ。どーせデートの帰り道だ」 ミカヅチビルに乗り込んだはいいものの、そこで戦闘となり、大鬼門の発動に巻き込まれたリクが飛ばされた先は首都圏から遠く離れた四国だった。電話で連絡を受けた仲間たちはさぞや驚いたに相違あるまい。なにせ一晩で何百キロもの距離を移動してしまったのだから。
四季門を守護するナンカイを倒したところを見計らってマサオミから帰宅のお誘い。
これに乗らないリクではなかった。彼はマサオミのことを「神出鬼没で牛丼好きで色んなことを知ってるお兄さん」と認識しているから、いつどこで再会したって然程頓着はしないようなのだ。
ある意味、大物だと思う。
にっこり笑ってヘルメットを手渡してやれば遅ればせながらの疑問が彼の脳裏にも浮かんだらしかった。
「マサオミさんはどうやって此処に?」
「そりゃあ、バイクでね」
素直な中学生はああ、なるほど、とすぐに頷く。真横では彼の式神が『そうじゃねぇだろ!!』と身悶えしているが、全く持ってそれは正しい反応だ。とかくこの少年は天然ボケなので騙している筈のマサオミでさえ時々気が抜ける。
「でも、その………いいんですか? 送ってもらっちゃって」
確か用事があるって言ってましたよね?
「ああ、いいって。さっきも言ったろ? フラれちゃったからオレはいま暇なんだよね」
『―――暇だからって現れるモンでもねぇだろーが』
ブツブツとリクの頭上で文句を呟いているのは姿が半透明に過ぎた白虎である。
ああ、全く。
本当に彼は正しい反応を示してくれる。
<信頼>を司る式神である彼が仕える主はといえば、聊かどころかかなりマサオミのことを曲解していて、そんなに簡単にヒトを信用するもんじゃないよ、傷つきたくなければね、と他人事ながら忠告してやりたくなるような人物である。
とはえい己こそがリクを裏切ろうとしている張本人だ。目的のためならば手段は厭わない。騙しても何とも思わない。
例えリク自身には何の罪もなかろうとも、彼が天流宗家の血を引くというだけで充分憎むに値する。
天にも地にも真実は存在しない。
己らの都合の良いように捻じ曲げられた歴史だけが彼らには継承されている。まことの歴史を紡いでいるのは己らだけだという強い自負がマサオミにはあった。
闘神符を掲げて念を篭めれば中空に映し出された『道』という文字がこの世ならぬ場所への扉を開く。突如出現した、見慣れた扉にメットを被りこんだリクがマサオミの背後で軽く息を呑んだ。
「―――伏魔殿へ!? こんなところを通ったりしたら………!」
「大丈夫、大丈夫。この前丁度いい道を発見してね。これならキミの社まで短時間でたどり着くことが出来る」
実際、社から追跡する際にも使わせてもらった。
しっかり掴まってろよ、とリクに言い置いてハンドルを握る。いよいよ式神は胡散臭そうにこちらを睨みつけたが今更それで動揺するような己でもない。どれだけ彼がこちらを疑おうとも、彼の契約者が疑わない限りは遠ざける術などないのだから。
天神町へと戻る道はひたすらに平坦な山道であった。足元に咲く花や木々の香りも自然そのものでうっかりすると此処が伏魔殿の中だということを忘れそうになる。ただ、空に疎らに浮かぶ他の界への入り口だけが自然とは異なる異界なのだということを明確に主張していた。
遠目に映る山々にリクは綺麗ですねと感想をもらした。
自分たちが走る道のすぐ脇は崖になっているのに、彼はマサオミの背中の服を握り締めるだけで安心している。そんなに無条件で信用するもんじゃない、と彼らには見えない向きで密かに苦笑した。
目的のために利用しているだけなのだから彼に向ける好意の大半は故意によるものだ。
しかし時々………本当に、時々ではあるが。
やらなくてもいい苦労や親切を彼のために行ってしまっている気がしないでもない。それは物凄く不本意なことだった。視界の隅を流れていく景色にぼんやりと意識を移しながら考える。
(コイツ自身に借りがある訳じゃない………コイツの両親に借りがあるだけの話さ)
そう。
千年前の世界において、自分と彼女を救ってくれたリクの両親への生ぬるい義理立てに過ぎない。
他の感情や干渉なんてある筈もないさと何度だって繰り返す。
いつかすべてを裏切ると言う欺瞞。
正義は我らにこそあると言う傲慢。
誰に指摘されなくとも自覚しているそれらはやがて白日の下にさらされて、この背中に縋りつく少年を悲しませるのだろう。
口の端に浮かんだ笑みが自嘲の意を込めていたとマサオミが知ることはない。
いまはただ、人の好い年長者のフリをして保護者ぶった態度で振り返る。
「さーて、もうすぐ到着だ」
「はい―――本当にありがとうございます、マサオミさん」
無邪気にリクは笑ってみせるけれど。
オレはキミのこころの闇だって知ってるし、過去がどんなものかも知っているし、これからどんな壁を乗り越えなければならないのかも知っている。
知っていながらも尚、災厄のすべてを運んでくるオレなんかに笑いかけない方がいいんだぜ、と。
「気にする必要はない。オレはキミの味方だからね」
お返しにマサオミも笑ってみせた。
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