※ある意味で最終回補完話と言えなくもなくもない作品です。

※これまで以上にキャラの性格が違います。ヤクモさんもりっくんも別人です。

※「ああ、管理人てば疲れてたんだな………」となまぬるい目で見守ってくださる方のみ先へお進み願います。

※読んじゃったあとで後悔するかもしれませんが―――まあ、達者でな? ← 待て。

 

 


013.頼むからもぉほっといて


 

 ある日の朝。
 のんびり朝食をとりながら新聞を読んでいたヤクモは、危うく味噌汁を噴き出すところだった。
 すんでのところでイヅナにはっ倒されるような失態をどうにか免れて、慌てて朝刊に挟まれた折り込みを読み直す。そこには『牛丼神社!?』だの、『謎のロゴマーク』だの、『バイク不法投棄!?』などの文字が躍っていて、あまりにも見覚えのある符号に頬が引き攣った。「考古学の根底が覆される」との説に至っては後からバイクだけ回収する必要があるかとしばし考え込んだほどである。
 ―――でも、まあ。

(………元気にやっていたようだ)

 発掘された現場は『刻渡りの鏡』で送り込んだ場所と大差なくて、あの後の彼らは至極平穏な生活を送れたのだろうと思うとほっとする。争いに巻き込まれることなく、誰に踏み荒らされることなく、人並みの生活を送り、その血を伝えていけたのならばこれ以上幸福なことはない。
 おだやかな笑みを浮かべて新聞を見つめる息子の背中から父親が呼びかけた。
「ヤクモ。………それじゃあ、行ってくるぞ」
「父さん」
 伏せていた顔を上げ、急ぎ立ち上がって玄関まで見送る。
 息子より先に朝食を済ませていた彼は疾うに出発の準備も整えていて、後は家族に「いってきます」を言えばいいだけの状態になっていた。にっこりと微笑んで自身とさほど変わらぬ背丈になった我が子の頭を撫ぜる。
「午後には帰る。留守を頼むぞ」
「大丈夫だって、父さん。オレだってもうガキじゃないんだぜ?」
 照れ笑いを浮かべながらそっと父親の手を退ける。もう甘えてられるような年頃じゃないのだ。
「今日はリクが遊びに来るし、ふたりで夕食つくって待ってるよ」
「そうか。リクくんは何時ごろ着くんだい?」
「さあ………こっちに着いたら連絡いれるよう伝えてはおいたけど」
 なかなか出てこないモンジュに痺れを切らしたのか、屋外から呼ぶ声が響いてくる。
 おっといけない、と呟いて彼は笑いながら踵を返した。
「じゃあな、いってくる」
「うん。いってらっしゃい、父さん!」
 ひらひらと手を振りながら息子は父親を笑顔で見送った。
 やっぱり親子っていいよなー、と、しみじみと感じ入りながら。




 朝食の後片付けをしてから、さてどうしようかと壁時計を見上げてヤクモは考え込んだ。
 リクが到着するのは昼過ぎだろうし、迂闊に出かける訳にも行かない。実を言うとヤクモも、リクも、携帯を持っていない今時珍しいタイプである。かつては神操機を使って通信が出来なくもなかったが、リクが契約満了してからはそれも叶わず、闘神符を持ち歩いているかも怪しい宗家相手では自宅電話に頼るのが唯一の連絡手段であった。
 のんびり待つしかないよなあ、と呟いて。
 父親譲りの宮司衣装を纏った彼はほうきを片手に社へと向かった。
 境内には桜の花びらが降り積もっている。今年は開花が早いとか入学式までに散ってしまうとか教師連中が騒いでいたけれど、この分で行けばギリギリ保つだろう。
 この休みが終わればリクは中学二年生。自分は高校三年生。まったく、時の流れとは早いものだ。
 ―――そういえば、リクは今朝の朝刊を読んだろうか? 地域的なものだから向こうでは配られなかったかもしれない。やって来たら見せてやろう、そして久方ぶりに共に闘った友人に思いを馳せるのも悪くはない。
 鼻歌まじりにほうきを引きずっていたヤクモは、社の正面に到着して不思議そうに眉を顰めた。
 賽銭箱の前で、誰かがしきりと祈っている。
 いや、ここも神社なのだから誰かが参拝してたって全然おかしくはないのだが。
 背中を向けているため細かな年齢までは分からないけれど、学ラン着用だし、茶髪だし、足元に学生カバンらしきものがあるし、こんな朝っぱらから参拝に来るなんてトシの割りに熱心だなと言いたくなる。加えて、漏れ聞こえてくる彼の言葉はかなり支離滅裂だった。
「あ〜、神様仏様大黒様弁天様、ついでにお天道様キリスト様おしゃか様。どーか、このオレに輝かしい未来と運命を! オマケに幸運と金運を! 更にゆーなら恋愛運と健康運と頭脳と、何よりどれよりこれより美人な同級生! もしくは美人なお姉さま! これは絶対はずせねぇっっ!!」
 ………。
 えーっと。

 宗教。
 間違えてるんじゃなかろーか。

 てゆーか、こんなごった煮扱いではカミサマだってゲンナリだ。賽銭箱を前に「へへーっ」と時代劇の如く平伏している少年を果たして放っておいたものか注意したものかとしばし悩む。
 結局、このままではいずれ来るだろう他の参拝客の迷惑になると考えて、嫌々ながらも呼びかけた。
「なあ―――キミ」
「え!? 何!? いいから話しかけないでくれよ気が散るからっ!」
「………先刻から何をやっているのか聞いてもいいか?」
「何って! 神社まで来てやることっつったらひとつっきゃないでしょーが!」
 うぉぉぉぉ! と背後を振り返らないまま少年は握りこぶしをこさえてアツク語る。
「せーっかくウザったい親元から離れて京都くんだりまでやって来たんだぞ? 家訓とはいえオレはまさしく断腸の思いで中学の彼女と別れて来たんだ! だったらせめて此処で新たな出会いを期待したって罰は当たらないだろうっっ」
「ふーん。遠距離恋愛か?」
「そうとも、オレは忘れはしない………っ。アイコにキョウコにマユミにメグミにトモコにソノコに、それからミナミにナオミにカオルにキヨイ! オレはお前らに会えなくて寂しいぞぉ―――っ!!」
 何人と遠恋するつもりだ、お前。
「しかし! さいわいにしてオレが行くのは進学校。京都と言えば色白美人、舞子に芸者にハラキリふじ山! ことごとく美人でツンデレでイケイケなお姉さまとか、博多人形のごとく愛らしくドジっ娘でメガネっ娘な後輩たちがオレとの出会いを待っているに違いないんだ! 祈っておいて損はない」

 そーかそーか。そりゃよかったな。
 そして、もしかしなくてもお前の着ている制服はオレと同じなんだな、と。

 早くもこの少年に声をかけたことをヤクモは後悔し始めていた。ウチは進学校じゃあないぞと突っ込むより先に、こんなんが後輩になると思うと色んな意味で先が思いやられてくる。
 はあ、とため息をつきながらこめかみに手を当てた。
「………水を差すようで悪いが、ウチで出会いを祈願してもあまり意味はないと思うぞ?」
「え?」
「ウチの本尊は学業成就と交通安全、健康祈願が主なんだ。縁結びなら他所でやってくれ」
 大体、出入り口に本尊の名前を書いてあるだろーが。
 ちゃんと見ろ、ちゃんと。
 内心でヤクモは舌を出した。
 一心不乱に祈りを捧げていた少年はフルフルと身体を震わせて、やがてガバリと立ち上がると怒髪天をつく勢いでヤクモに怒鳴りつけた。
「何だよそれ、聞いてねぇよ! この数十分に及ぶオレの血と汗と努力と涙と二十五円(※二重のご縁)を返せぇ―――っ!」
 随分セコい賽銭だな、とひやかすより先に。
 少年と、目が合った。

「―――っ」
「………?」

 瞬間、息が止まる。
 動揺に瞳が揺れる。

 少年は不思議そうにそんなヤクモを見つめていた。卸したての学生服が微妙にかしこばっていておかしかったが、別にそれが理由で動けなかった訳じゃない。ただ、見覚えのある―――ありすぎる面影に咄嗟に言葉が出なかっただけだ。
 緑色の瞳をした少年が首を傾げる。
「なに? オレの顔になんかついてる?」
「あ―――い、いや。何でもない。すまん」
 クルリと後ろを向いて片手で顔を覆う。我知らず顔がほてっているのが分かった。
(………落ち着け。ただの他人の空似だ。偶々朝刊で目にしたから連想してるだけだ。そうに違いない)

 まさかアレがアレってことはないだろう。
 そんなコト、あってほしくない。絶対にあってほしくない。

 ブツブツ呟いていたヤクモは、いつの間にか少年が自分の手前に回りこんでいることに気がついた。何故か片手に携帯が握られていて、「うーん、もうちょいアップで」などとほざいている。
 バギリ、と条件反射でヤクモは携帯電話を奪い取った。
「あ! おいおい、何すんだよ、オレのケータイ!」
「………そっちこそ何をしてたんだ?」
「勿論、構図の確認と、シャッターチャンス狙ってたんだよ。おにーさんてば美人だからさー」
 頭が痛くなってきた。
 カラカラと人好きのする笑みを浮かべながら少年が携帯を取り返す。ピピピッ、と高速でボタン操作をする様は慣れない人間からしてみると神業のようにしか見えない。早業操作で液晶に並べられたのはズラリと一面、女の子の写真ばかりであった。
「オレ、美人を撮影するの好きなんだよーv やっぱ綺麗なものって記録に残しておきたいじゃん?」
「………これがアイコにキョウコにマユミにメグミにトモコにソノコか?」
「やだなー、それは過去のハニーたち。これは京都に来てからのおトモダチv 上から順にハルナにコトコにサトミにエリナにヨウコにジュンコにトモエにリツコ♪」
「これ以上結びようがないぐらい縁が出来てるだろーが。来るな、参拝に!」
 ヤクモの突っ込みに挫けることなく、少年はちっ、ちっ、ちっ、と眼前で指を振って見せた。
「ノン、ノン、ノン! 確かに彼女たちは今後、オレの人生におけるア・ムールになる可能性はあるけどぉ? でもオレのこころはいま、新天地での希望と出会いに萌えている! 即ち彼女たちとは人生における一度きりの出会いと別れ………切なく奏でられる青春のラプソディ」
「どこの似非フランス人だ、お前は」
 既にヤクモの言葉に容赦はなかった。外見がアレなだけに遠慮の「え」の字もなくなってきつつある。ニンマリと少年が笑って―――そうすると、ますます『あの人物』にそっくりで―――ズイ、とヤクモに詰め寄った。
「ねぇ、お兄さん。もしかして何処かでオレと会ったことがない?」
「―――ない」
 若干の間が空いてしまったのは仕方がないと思う。
 この少年と会ったのは初めてだが、少年と「同じ顔」にならかつて出会ったことがあるのだから。
「あっれー? そうなのー? オレを見た瞬間ビックリしてたじゃーん? あ、もしかしてオレの美貌に見惚れてたとか?」
「それだけは絶対ない」
「―――やたらハッキリ否定するね。これでも外見には自信あるんだけどな、オレ」
 少なくとも女性陣のウケは最高なのよ? と自らのほっぺたを引っ張って見せる。そんな様は歳相応に子供っぽい。むにー、と両の手で自らの頬を引っ張りながら彼はベラベラと自身の事情をくっちゃべっている。
「いやー、実際、ほんと困ってたんだよね。なんか知らんけどウチには古くから伝わる古文書があってさあ。西暦二千年を前に生まれた男子―――平安時代の巻物が『西暦』ゆってる時点で既に怪しいケド。絶対捏造だよな〜。でも鑑定結果では間違いなく―――って、ともかく。それにズバリ的中する時期に生まれちゃったのがオレってワケよ。もー、大変大変。『男子は常に<雅>の字を冠し』だの元服の折りには京都に行けだの、事細かに指定してくれちゃってさー」
 耳を貸したくないのでヤクモは遠ざかろうとしているのだが、一定の距離を保って少年がついてくるものだからいつまで経っても距離が開かない。ふたりして無駄に境内をグルグルと周回している。
「でもってまあ、いずれは親父の跡をついで社長となるべく生まれついたオレは、武者修行も兼ねてのひとり暮らしに至ってるんだナ。だからさ、オレ、こー見えてもけっこー金もってるし、甲斐性あるし、自分でゆーのもナンだけど顔はいい方だし成績だって上位だし、なかなかの成長株だと思わない?」
「………おい」
 ついに諦めてヤクモは後ろを振り向いた。
 ムスったれた表情をしているのに少年は意にも介さない。
「先刻から何を喧伝しているんだ? 美人に会いたいならとっとと町に下りろ。お前が期待する京都美人との出会いを失うぞ」
「ああ、うん。確かに美人には興味アリアリだけど、いまはこっちのがずーっと大事だし」
「は?」
「此処に送り出してくれた言い伝えに感謝! だよなぁ。オレ、初めてご先祖さまのこと拝みたくなっちゃった」
 心底嬉しそうに笑った彼は前方に回りこむと、ヤクモの顔を覗きこんだ。
 笑いながらも至極マジメそうに見える瞳の色は―――やっぱり、『彼』に似ている。

「―――アンタに会えたんだ。それだけで此処まで来た価値がある」

 真摯な声音に一瞬ほだされそうになったヤクモはそこでググッと踏みとどまる。
 いけない、いけない。『彼』にもよくこの手で騙された。わざとらしく咳払いをして相手を睨み直す。
「ねぇねぇ、頼むから名前おしえてよ」
「―――何故、教えなければいけないんだ?」
「そりゃあ、必要だから」
「だから、何故」
「匿名希望じゃ書類申請とおんないしさー。やっぱ婚姻届には両家の氏名が必要じゃん?」

 ………。
 ちょっと待て。

 ピキリ、とヤクモは硬直した。背中を冷や汗がダラダラと流れている。
「………婚姻届? 誰と? 誰の?」
「勿論、オレとお兄さんの。あ、だいじょーぶダイジョーブ。確かに法律では十八歳にならないと受理されないけど、オレがツバつけときたいだけだから」
「………オレは男なんだがっ!?」
「見れば分かる!」
「力説するなっ! 大体お前は美人が好きなんだろーがっ、とっとと出会いを求めて町に赴け!!」
「その点は問題ナッシング! おにーさんてばごっつ美人なお色気担当だから! てゆーかすげーよ、オレの好みにクリティカルヒットだよ。出会い頭に『キタ―――ッ!』てか? 着物の合わせ目からすべる素肌のエロチシズム? 最高! ハラショー! 着物バンザイ!!」
「中学生がマニアックな趣味を抱くんじゃないっ!!」
 言い返しながらも徐々に少年の迫力に押されてしまい、何だか叫びだけが非常に切実だ。
 ついには注連縄を巻かれたご神木に背中が突き当たって逃げ切れなくなる。ヒィィィ、と内心で悲鳴を上げているヤクモは闘神符を手にすることすら忘れていた。
「やだなー、オレはこの春から高校生。もうオ・ト・ナv 15禁どころかそろそろ18禁にも手が届く頃合だよ」
「届かない! むしろ届かせるな! じゃ、じゃなくて―――大人ならもう少し常識と良識と見識を持てっ。ナンだって急に赤の他人と結婚話を進めなきゃいけなくなるんだ!?」
「親しくなるのに時間は要らない………ひと目あったその日から、恋の花咲くこともある」
「オレは咲かない!」
「咲かぬなら、咲かせてみせよう恋の花!」
「そりゃ、不如帰だ!」
 身体を幹に押し付けられて、襟首に片手がかけられて、ほうきを持った右手首もやっぱり押さえ込まれてて。
 少し下からニンマリと邪悪な笑みを浮かべて見上げてくる相手に背中が粟立って仕方がない。

 いや、なんかコレ、ヤバくない?
 もしかしなくてもヤバくない?

 かなり前からヤバい体勢だったのに今更なことをヤクモは考えている。思考は現実逃避しかかっていて記憶も意識も空の彼方に「サヨウナラ」しそうであった。どうにかこうにか踏みとどまっているものの何だかとっても気まずい位置まで少年の顔が迫っている。
 ヒタリ、と瞳が交わってしまえばもう逸らすことさえ叶わない。
 翡翠の瞳がじっとこちらを見つめている。その中に映し出された己の姿は動揺がありありと窺えて、こんな時だというのにひどく情けなくなった。
 少年がそっと唇に言葉を乗せる。

「………名前、教えてよ」
「だ、誰がっ」
「―――言わないと、このまま―――」

(い、言わなくてもするっ! コイツは絶対にするっ!)
 予感じゃなくて、確信だ。
 冷や汗をダラダラと流しながら、それでも最後の希望に取りすがるかのように唇がうっすらと開く。

「―――、ヤ………ッ!」

 少年の瞳が笑みに彩られる。
 直後。

「ヤクモさんに何するんですか―――っ!!」
「ふぎゃ―――っ!!?」

 実に個性的な叫び声を上げながら、少年がはるか彼方に吹っ飛んだ。
 ―――グシャリ。
 境内の何処かの何かに激突してひしゃげる音が響く。
 呆然とそれを見送ったヤクモは、「大丈夫ですか!?」と自身を呼ばわる声に我に返った。
 リクが心配そうにこちらを覗き込んでいる。片手に握り締められたリュック、これが凶器になったのかと思うと「強くなったなぁ」と遠い眼差しにならずにはいられない。こころなしか背丈も伸びたようだ。
 差し出された手を借りてよっこいしょ、と立ち上がる。
「ヤクモさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ………ありがとう。しかし驚いたな、昼頃に到着するかと思ってたのに」
「―――待ちきれなくて」
 予定よりも早い新幹線に乗っちゃいました、と照れたように彼は笑った。
 ああ………なんというか、すごく。
 癒される。
 さっきまでが『アレ』だっただけにより一層。
「途中で道に迷ったりしなかったか?」
「平気です! 以前来たことがありましたし………でも、綺麗に再建されたんですね。よかったです」
「ああ、以前はホント壊れるままにしてたもんな」
 落ち着いて修繕してる時間がなかったんだよ、とのどかに笑いあう。
 しかし、そんななごやかな雰囲気も長くは続かない。

「ふーん、そっかー………ヤクモって言うんだー」

 突如響いた声に揃って固まった。
 先刻のリクの突撃で吹っ飛ばされたはずの人物が見事に復活している。服についた砂埃を払いながらふたりの傍までやって来て、ニンマリと笑った。
「ヤクモ………ヤクモ、ね。いい名前じゃん? まさしくオレと添い遂げるためにつけられたような名前だよね!」
 ―――何を根拠にそう言い切れるのか教えて欲しい。
 でもそんなコトゆったらヤブヘビになる気がするので絶対いわない。
 自分で吹っ飛ばしたクセに相手の外見にいまのいままで思い至ってなかったらしいリクが、改めて少年を認めて息を呑む。チラリ、とこちらに流された視線に思い切り嫌そうに頷き返してやった。
 ほんと、まさか、ねぇ? とは思うのだ。
 リクも訝しげに首を傾げた。
「え、と………あの………あなたは?」
「ん? あ、そーいや名乗ってなかったっけ。悪い悪い」
 全く悪びれていない様子で少年がカラカラと笑う。
 ビシッと親指を己の胸元に突き立てて堂々と宣言した。

「オレの名前は大神マサフミ。牛丼チェーン店牛野屋もといハッピーチェーンの次期社長に内定中! ヨロシクなv」

 ―――やはりそうか。
 との思いにヤクモはくらりと眩暈がした。
 リクも驚くことは驚いているのだが、少々別の観点からも驚いているらしい。
「牛野屋って、あの牛野屋ですか?」
「そv 全国規模でチェーン展開中だぜv」
「………マサオミさんが好きだったお店ですよ」
 そっとリクがヤクモに耳打ちした。
 なるほど、言われてみればそうだった気もする。そんな気がしてくると同時に妙な記憶まで甦ってきて、痛むこめかみを押さえ込んだ。
 あれはいつだったか。
 ウツホとの決着がついて、封印から解放された人々の無事を喜んでいた時だったと思う。なんとなくふたり揃って列を抜け出して、空を見上げながらどうでもいいような話題に興じていた。
 そんな中で出てきた何気ない会話のひとつだったろうか。




 並んで草むらに座り込んでヤクモが問い掛ける。
『―――そう言えば、お前の苗字、大神って言うんだな』
『ああ、そうだが。それがどーかしたか?』
『いや? 苗字を持ってるなんて結構な名士だったのかと思ってな。むかしは苗字を名乗れるのは一部の人間だけだったろうに』
『ははっ、まさか。確かに神社は預かってたが小さい村の小さい社だ。名士もクソもないって。だから苗字は現代に来た時に適当につけた』
『そうか。大神とは珍しいけどな』
『ふっふっふ、苗字の由来は至極簡単―――知りたいか?』
『興味ない』
『そうゆうなって〜。実はな………オレの憧れる牛丼チェーン店の社長の苗字だったからさっ!!』
『………』
『って、なに!? その哀れむような視線っっ』
 わざと喚いてみせるマサオミを見て、大したことでもないだろうにとヤクモは笑った。




 ―――いまとなってはものすごく忌々しい思い出としか言いようがない。
 呆然としているふたりを放って少年は相変わらず滔々とくっちゃべっている。
「そもそもウチの家系は千年前にも遡ると言われていて? はるかむかしから牛丼の味を伝え続け、文明開化の明治維新まで潜伏雌伏! 度重なる世界大戦、極貧の戦後、高度成長期という激動の時代を牛丼と共に駆け抜けながらも一意専心、かつてあったという牛丼神社をリスペクト。その神社で使われていたらしき文様をロゴマークに採用し各地を発掘調査すること数十年。でもってつい先日、とうとう長年に渡る調査が実を結んだ訳だが………」
 と、すると。
 例の発掘調査の出資者は牛丼チェーン店だったという訳か。因果は巡るとゆー気分である。
(えーっと、つまり)
 どうなるんだろう、とヤクモはしばし考え込んだ。
 たぶんに憶測も含まれてはいるけれど、よーするに。

 1.平安時代からやって来たマサオミが牛丼の味に感動。チェーン店社長から「大神」の名を貰う。
 ↓
 2.マサオミが千年前に帰還。「牛丼神社」を作り、家紋にチェーン店のロゴを採用。
 ↓
 3.子孫が牛丼チェーン店を開業。瞬く間に全国区に広がる人気となる。
 ↓
 4.牛丼チェーン店はむかしあったという「牛丼神社」に敬意を表してロゴマークを採用。
 ↓
 5.そのロゴマークや苗字はマサオミが千年前に持ち帰ったから『現代』に伝わっているんだけど、そもそも彼は『現代』のチェーン店を元にそれらを決定した訳で―――。

「―――って、んだこの永遠ループは!」
 ヤクモは切れた。
 普段の彼らしからぬ強さで切れた。
 しかし切れた彼に注目している人間は―――現時点では残念ながら存在しなかった。
 マサフミ少年はますます暴走し、ヤクモに代わってリクが奮戦している。
「と、ゆー訳で改めてv ヤクモさーん、苗字を『大神』って変えてみない? もしくはもっとベタベタに『オレのために味噌汁をつくってくれ』のがいい? あるいは『オレと一緒の人生を歩んでほしい』とか、『君が望む永遠を守っていきたい』とか? いやー、絶対『プロポーズのお言葉は?』って記者会見で聞かれるからね! 準備しとかないと」
「ま、待ってください! どうして記者会見まで開いてるんです?」
「だってウチってば全国区だもーん。オレはジャ○ーズ事務所からお呼びがかかるほどの外見だしー? ヤクモさんもカッコいいしねー。あ、そうだ。どーせならふたりで夫婦アイドルとして売り出してガッポガッポと稼ぎつつ………」
「そ、そのっ! 全国区は確かにすごいと思いますけど、でも、それとこれとは別問題だと思いますっ」
「なーに言ってんの。やっぱり愛しい人を養えるぐらいの経済力と名声は常に持ってたいじゃないの。それが男の甲斐性ってヤツなんだから貯えのないガキは黙ってなって」
「い、いま、お金を稼いでるのはあなたの両親であってあなたじゃないと思いますっ。すねかじりって点では同じだと思います!」
「ふっふっふ、甘いな。こう見えてもオレは株式投資で着々と個人資産を増やしつつあるノダ! よってオレがヤクモさんとくっつくのはノープロブレム! 全く問題なし! イザとなったら本業は親族に譲ってこの社に婿入りしていいぐらいの心積もりだ!!」
 ―――頼むから勝手に決めないでくれ。
 発言内容はリクの方が当然正しいのだが、勢いでマサフミ少年に押されている。まさしく「無理が通れば道理引っ込む」。唯我独尊ゴーイングマイウェイな人間に理路整然と物事を解き明かしたところで聞く耳もちやしないのだ。
 ムキーッ! と頬を赤くしたリクが一生懸命いいつのった。
「だ、ダメです! とにかくダメですよ! さ、さっきだってヤクモさんのこと襲ってたし! 襲うような人が添い遂げるとかくっつくとか言っちゃダメです!」
「どーせオレのモノになるんならいま襲おうが後で襲おうがおんなじじゃん」
 何だかとんでもないことを言っている。
「な、ななな何ゆってるんです昼間っから! そ、そそそそれにヤクモさんは男ですっ、結婚なんか出来ません!!」
「あ、大丈夫。その内に法律が改正されるから」
「どうやって!」
「勿論、オレの愛と金と権力でv」
 当事者でありながらヤクモはすっかり傍観者に追いやられている。この手の人物に法律がどーの、常識がどーのと諭したところで馬の耳に念仏なんだろうな………と遠い目をしていると、更に追い討ちをかけるような言葉が飛び込んできた。
 何故かムキになったリクが自らの胸に手を当ててきっぱりと宣言する。

「も、もしも法律が変わるんなら―――他人にあげるぐらいならボクがヤクモさんと結婚しますっっ!!」

「ちょっと待て―――っ!?」
 流石にこれには驚いた。
 え? 何で? 何でそんな話になるの!? と、『混乱』ステータスをデフォルトで引っ付けたヤクモがふたりの間に割って入る。よくは分からないが止めねばならぬ。とにかくこのふたりを止めねばならぬ。
 かなり焦ってる彼は闘神符を使ってふたりを切り離すという手段すら浮かばないでいる。
「頼む。ちょっと待ってくれ、どうしてそんな話に………」
 もっと落ち着いて話し合え。
 話し合えば誤解はとけるはずだ、と語るより先に。

「「ヤクモさんは黙っててっっ!!!」」

 見事な二重奏に思わず口を噤まされた。カンペキ、迫力負けである。
 ドキドキが止まらない心臓を抑えてヤクモは
(お、オレってこんなに弱かった? オレの立場ってこんなに弱かったかっ!?)
 と狼狽している。人間、誰しも得手不得手があるということなのだろう。
「あのなぁ、そもそもお前はヤクモさんよりも年下だろ? 中二? まだガキじゃねーか。十年早ぇよ、どっかで修行でも積んで来い」
「そっちも年下じゃないですか!」
「二歳までは許容範囲。それ以上の年齢差はNG」
「ボ、ボクは場合によってはお婿さんじゃなくてお嫁さんでもいいから問題ないんですっ! ちゃんと家事手伝いだって出来るんです! 料理の腕前だって上達したんですーっ!」
「あ、ウチは三ツ星レストランのシェフがついてるから。おふらーんすとかイッターリアとかー?」
「長ったらしー名前の西洋料理なんかより、キンピラゴボウとか肉じゃがとか切干大根の方がヤクモさんの好みなんです! こっちはとっくにリサーチ済みです!」

 ―――リサーチって。
 おい。

 ヤクモの背を冷や汗が流れ落ちる。もはや手の出せない世界にリクが行ってしまった………。
 苛立った少年が大上段に構えて叫ぶ。
「いーかげん諦めろっ! 誰が見てもお前がヤクモさんに相応しくないのは明々白々! そもそもお前なんて@*☆で&%#で○○○っっ! 専門用語で言うところの○△□! むしろ鬼畜な男や冷徹な男に¥+*$されて★♭=♪で終いには***をじっくりたっぷりと○△△っっ!!」(※一部、青少年の育成上不適切な表現があったため管理人の良心により検閲削除)
「どうしましょうヤクモさん! 相手の言ってることが自主規制ばっかで半分も分かりませんっっ!!」
「いや………分からなくていいと思うぞ………?」
 むしろ永遠に分からないでくれ、とヤクモは願った。
「でも、安心してください! 日本語が通じない相手ですがヤクモさんの純潔は必ずボクが守ります!」
「―――え゛」
「まずはこの人を追っ払いましょう! ………それから京都散策に行きましょうねv」
 最後のセリフだけ妙に愛らしくリクが笑う。
 普段ならこちらも微笑み返したくなるはずなのに、何故かこの時ばかりはどっと疲れが増した。
 フラフラとふたりから離れて神社の境内に生える一本の神木にズシャッと手をつくと、身に着けていた神操機から、いままで出るのを躊躇っていたらしい式神たちのさざめきが伝わった。珍しくも遠慮がちに水の式神が顔を覗かせる。
 不意の来訪者には見えないよう注意しながら、そっと契約者に呼びかける。
『―――大丈夫? ヤクモ?』
 ………その言葉はとてもありがたいんだがな、と。
 フ、と頬に刻まれた笑みと視線はあと少しで別世界に飛翔しそうだった。ポツリと呟きが零れる。

「頼むからもうほっといてくれ………」

 木の幹に寄りかかってヤクモはガックリと項垂れる。
 ―――まぁ、仕方ないかもね、とタンカムイは嘆息した。背後では未だ若年者ふたりによる低レベルな言い争いが続いている。

「ダメです! とにかく何回も言うけどダメなものはダメなんですっ!」
「どうしてお前にダメ出しされなきゃいけないんだよっ! ダメって言う方がダメなんだぞ!?」
「ダメって言う方がダメって言う方がダメなんです―――!」
「ダメって言う方がダメって言う方がダメって言う方が………!!」

 はぁぁ、とため息をひとつつくと、式神も契約者にならって春の空を見上げた。
 天気は快晴、舞い散る桜吹雪、風に乗って聞こえてくるおだやかな人々の笑い声。
 たとえこの神社の境内でどーしよーもなく低俗で情けない言い争いが繰り広げられていようとも、渦中の人物が「やっぱ花より団子だよな………」と現実逃避をはかっていようとも。

 並べて、世は、事もなし。

 

※WEB拍手再録


 

誰だよ、マサフミって。 ← 知りません。

 

いやー、単に最終回で「牛丼神社発見!?」みたいな新聞記事がチラーッと出たので、そこから妄想たくましくした

だけの話だったのですが………うん、なんとゆーか、こうね。やりすぎたよね(妄想たくましくしすぎだヨ!)

マサフミくんは、マサオミさんの外見を踏襲しつつもかなりイケイケで押せ押せな性格になっております。

牛丼と女あさりと株式投資に青春を費やしている(ある意味)熱血少年です。どんな家庭環境で育ったのか

ヒジョーに気になります。そしてそんな彼には「ベニオ」という名の妹がいます。

彼女が最凶です。 ← んな設定はどーでもいい。

 

先日、漫画版を読んでからヤクモさんにバカさ加減が加わりました。

りっくんが嫁になりたいのか婿になりたいのか分からなくなりました。

むしろヤクモさんの乙女回路ばかり発達してどーしよーかと思いました。

はっはっは。

 

ちなみに。

「名前を教えて?」と迫られた後のヤクモさんのセリフは喘ぎではないと思います(いちいち解説すんな!!)

はっはっは。

 

うん、なんつーかもう、ホントにね。

頭ヨワってる時にストーリー考えるもんじゃないですね。

寝しなに考えたから理論も展開もあったもんじゃないですね。

性格壊れっぱなしで収集つかなくなっちゃったしね。

 

はっはっは。

 

はっはっはっはっはっは。

 

 

―――切腹。

 

BACK    TOP

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理