こちらの企画に勝手に乗っかったなんちゃって平安パラレル陰陽ものです。

※設定を借りただけなので当然、↑の素敵SSの数々と明確な繋がりはありません。

※つーか明らかに過去設定ちがうよね全部ちがうよね微妙に揃えようとしたんだけど

カンペキ食い違っちゃってるよね。

※調子に乗っちゃってごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしませんから(平伏)

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その妖はヒトを飼っている。

ヒトとして生きるために妖を殺し。
妖として生きるためにヒトを殺す。

 

故にこそ、異端。

 

 

 

 


― 異端審問 ―


 

 

 都の闇は深い。
 太陽が地の下に沈めば途端に影は濃くなり木々はざわめき夜盗や野犬が虚ろな声と共に動き始める。揺れ動く柳の葉の影に霊を見い出し、月と星を映し出す水面に鬼を見る。
 徘徊するは後ろ暗い過去を担う者ばかり。特に、存在自体が『闇』に秘せられるものともなれば―――暗がりこそ我が領土よと幅を利かせて恥じることもない。
 人間の住まう場所よりやや離れた山奥に位置する荒れ寺。何も知らぬ者にとってはただの暗がり、蜘蛛の巣が張り鼠と蛇が徘徊するばかりの場所。
 されど、ひとたび『視』える者が見たなら状況は様変わりする。
 寺の中には鬼火が灯り影なき者たちの影がゆらゆらと揺れる。酒を酌み交わす音、性質の悪い嘲笑、打ち鳴らす太鼓と琴の音。闇から沸き出でたこの世ならざる存在たちの飽くなき宴。
 時に迷い込んだ人間はこの様を見てこう述べるだろう。『百鬼夜行』、と。
 宴に参加している者たちの姿は様々だ。比較的ヒトに近い者も居れば、猿や蛇や蜘蛛といった本来の姿を晒している者も多い。もとより此処に来るモノは全てが異形。ヒトの世に交わるためにと外見を偽る必要もない。それでも尚ヒトを象るモノが尽きないのは、即ち、「ヒト」の姿を取れることこそが強大な力の証でもあるからだ。
 大きな角を持った妖がのそりと立ち上がり、部屋の隅ではあるものの一段高い場所に腰掛けている男に近付いた。
『おい、アリー』
「ああ? っだよ、うるせえな」
 名を呼ばれた男は実に面倒くさそうに面を上げた。
 どこからどう見ても五体満足な「ヒト」の外見はこの場においてはいっそ異様でもある。赤く長い髪を乱雑に背に流し、漆黒の衣を身に纏う。誰も指摘しないが衣装だけならばそれは間違いなく妖の敵に属する陰陽師そのものであった。
「折角いい気分で飲んでんだ。邪魔すんじゃねえよ」
『まあ、そう言うな。お前、屋敷でヒトの子を飼っているのだろう?』
 ほんの僅か。
 アリーが瞳の色を鋭くしたが、その視線は口につけた瓢箪に隠れて相手からは見えなかった。正面に相対するモノから見えたのはただただ皮肉げに歪められる口元のみである。
「ああ。いるぜ。無駄に霊力の強いガキがひとり」
 ついでに高位の妖魔も二体ばかりな、との言葉は喉元に留めおき。
 それよとばかりに相手は身体を乗り出す。
『なあ、おい。あのヒトの子を喰うてもよいか』
「ああ?」
『お前はいまでも充分強いではないか。おまけにいまもヒトの子が自然と流している気を平らげて力を増している。少しぐらいワシに寄越してくれてもよいではないか』
 それは、おそらく。
 宴の空気と酒の力を借りた本音交じりの戯言であったに違いない。妖の多くが乱れ我を無くす酒宴において仮の姿を保ったままの赤毛の男と、正体を晒している妖魔とでは実力差は明らかで、普段ならどれほどに不満を抱いていようともこのような願いを口にするはずがない。
 周囲は違わず騒ぎ続けているが、耳聡いモノ、目敏いモノは皆一様に成り行きに注目していた。
「そうだな………」
 アリーはもう一度酒を口に含むと、しばしの沈黙の後に表情を歪めた。
「いいぜ。喰えるもんならな」
『本当か!?』
「いまなら屋敷でオレの創った結界に囲まれてのんびりしてるはずだ。妖魔が二匹ほどついてるがお前なら大した敵じゃあるまい」
 いつ来るかも分からない金色の鬼もいるけどな、との言葉は紡がれることなく。
『そうか。ならば、この宴が終わるまでに終わらせてこようか』
「好きにしろ。―――結界の壊し方は分かってるな?」
『無論だ』
 妖が暴れ、それをアリーが陰陽師として封じる。
 しかしてその陰陽師は妖と通じており、いつもいつも、接戦を演じながらも取り逃がす。故に、ある程度の実力を持つ妖には彼の結界の壊し方は疾うに通達されていた。無論、抜け目のない男のことだ。陰陽道の知識すべてを教えた訳ではないだろう。
 喜び勇んで飛び出していった影を見送る男には憂いも苛立つ様子も見受けられない。傍らで耳を傾けていた黒い狼が訝しげに顔を寄せた。
『おい、よかったのか。あのヒトの子はいずれお前が喰うために飼っていたのではないのか』
「オレは、喰えるもんなら喰ってみろっつったんだぜ?」
 奴が『喰える』ことを保証した訳ではない、と赤毛の男は口角を上げる。
 そういうことかと狼はやや呆れたように目を細めた。つまるところこの紛いモノの陰陽師は、ヒトの子が喰われるとは微塵も思っていないのだ。それなりにヒトの子の実力を認めているのか、傍に控えている二匹の妖魔の実力を評価しているのか、あるいはどうでもいいのか。三番目の可能性が一番高そうだと思いながらも、然るに、気紛れこそがこやつの特徴よと鼻を鳴らした。
 相手の反応など頓着せずにアリーはまた瓢箪に口をつける。
 そう。確かに自分はヒトの子を拾った。結果的に養う羽目になったが、それだって何らかの明確な目的があった訳ではない。能力を喰うとか生命力をいただくとか精気を吸うとか、他の妖のような損得勘定とて多少はあったとしても実を言えばそれすらも「どうでもいい」部類だ。
 どのような展開もどのような運命も。
 すべては気紛れな宿業のもとに紡がれている。




 その日、アリーは野原に寝転がっていた。
 理由あってのことではなく―――気が付いたら寝転がっていたと言う方が正しい。
 真上には満月。闇の濃い丑三つ時。遠くからは野犬の遠吠えが聞こえてくる。
 都の外れと見当つけて上体を起こす、と同時、自らの両手が血に塗れていることに気が付いた。
(なんでえ、またかよ)
 またやっちまったか、と詰まらなそうに両手を眺める。
 アリーは自分という『存在』がいつ生まれたのかを覚えていない。元は人間だったのか元より妖であったのか、それすらも定かではない。ただ気が付いたら其処に居て、人間や妖を喰らって生きていた。殺戮に明け暮れている内に過去の記憶を何処かへ捨て置いて来たのだろうが、まあ、そんなのは些細なことである。
 ただ、時折りこうして記憶のない内に暴走して人間や妖を殺しまくっているらしいことは多少なりとも不快であった。
 記憶のないままに対象を切り裂いたのではちっとも楽しくないではないか。あの敵は強かった、あの人間の怯える様は滑稽だったと、後から酒の肴として哂うことすら出来やしない。殺すこと自体はどうだっていいがそれだけは残念に思わないでもない。
 今日は依頼人の命により、とある一族の殲滅に向かっていたはずだ。対象となる一族の住まう屋敷の前まで来たことは覚えているし、実際に両手から『人間』の血の匂いがする以上、役目は果たしたと考えて差し支えないだろう。
 だが、一応は確認しておくべきか。誤って他の一族を滅ぼす分は構わないが、肝心の目標を逃していたとあらば自らの名に傷が付く。
 近くを流れていた川で手を洗う。こういう時、陰陽師の黒い衣服は役に立つ。ヒトの血がついていても目立たないからだ。臭いで気付く者もいるだろうが「妖怪を退治した際の血だ」と言い逃れもし易い。アリーは戦いも殺しも好んではいたが、同時に、そればかりでは詰まらないことも知っていた。適度な緊張と常に与えられる戦場こそが望みである。
 夜道を歩いている内に向かう先から負の気配が流れてくるのを感じた。
 澱み、沈み、暗い、闇そのもののような気配。
 程なくして大破した屋敷に辿り着く。倒された柱や崩れた壁、ぼろぼろになった屋根の痕跡を確認するまでもない。間違いなく、やったのは『自分』だ。流石に現場まで来れば薄っすらと記憶が甦ってくる。直に肉や骨を引き裂いた時の感触まで思い出せないのは不満だとしても其処彼処に漂う血の香りが心地よい。
 いずれにせよ依頼は無事に完了していたようだ。ならば、この後はいつも通り『陰陽師』の生業を果たすのみ。
 懐に手を突っ込んだ段階で、ふと、アリーは動きを止めた。
「なんだあ………?」
 微かな呻き声が聞こえる。泣き声、ではないようだが。
 ヒトの気配だ。
 こんな半端な時刻に都の外れの屋敷を訪れる奇特な人間がいるとは思えない。死骸を漁りに来た野犬や低級霊の類でないとするならば、まさか、生き残りか。
 仕留め損なったというのか―――自分が!
 もはや形を成さない建物の残骸を乗り越えて行った先、アリーは『それ』を見つけた。
 崩れ落ちたヒトと思しきモノが折り重なる前に座り込む小さな白い影。随分と煤けてしまってはいるが仕立ての良さそうな着物だ。僅かに肩を震わせている。
 気配を隠すでも気遣うでもなくアリーは真っ直ぐに『それ』へと向かった。これは間違いなくヒトの子だ。生き残りがいたことに素直に驚きはしたが現在の目的は他にある。依頼主は一族郎党を滅ぼせと言っていた気もするし、特定の人物だけは生かしておけと言っていた気もする。命令通りに行動することが仕事の鉄則ではあったが、仔細を覚えていないならそれは自分にとって「不要」な内容だったのだと判じ、アリーは真っ向から『それ』の存在を無視した。
 いま対処すべきは足元に転がる複数の遺体である。
 懐から取り出した符を眼前に掲げ、印を切ろうとした瞬間だった。
「やめろ!」
「うおっっ!?」
 脇から勢いよく突き飛ばされて思わずよろめいた。
 舌打ちした直後に容赦ない蹴りをお見舞いする。白い着物を纏った影が吹っ飛んだ。
「何しやがる、このクソガキ!」
 良識ある人間なら眉を顰めるような行為だが、生憎、ここに居るのはもとより『人間』ではない。
 かなり力を篭めて蹴飛ばしたのに白い着物を纏った影―――子供、は、意外としっかりした足取りで立ち上がった。
 夜の闇に透ける煤けた白い着物と撥ね散る栗色の髪の毛の中、緑色の瞳ばかりが強い輝きを放っている。
「―――父さんたちに何をするつもりだ!」
「ああ?」
「何をするつもりだ! これ以上、オレの家族を辱めるつもりなら絶対に許さない!!」
「………へえ?」
 こいつは、また。
 面白い戯言をほざいてくれる。
 大抵の子供はこのような場では泣きじゃくっているか放心しているか、自らの殻に閉じこもっているのがほとんどだ。しかし、どうやらこいつは違うらしい。純粋な怒りが、敵意が、失意の底に沈むことを妨げている。先刻の呻き声も嘆くためではなく怒りを堪えるがためのものか。
 ああ、これは。
 なかなかに面白い。
 つい数刻前、己が記憶にない箇所で己が爪がこの子供の喉笛を引き裂いていたかもしれない事態よりも、こうして仮初の姿で相対している『いま』こそが何よりも皮肉で面白い。
 それに、よくよく見ればこの子供はただの子供ではないようだ。依頼主が屋敷を襲えと命じたのもその辺りの事情が絡んでいるのだろう。
 気にせず作業を続行しようとした腕に子供が必死にしがみついてくる。
「やめろ!」
「うるせえなあ! テメェは『視』えてるんだろうに何も分かってねえのか!?」
「っ!?」
 初めて怯んだように子供がしがみつく力を弱めた。
 絡めとられていた着物の裾を取り返し、真っ直ぐに正面に転がる遺体を指差してやる。
「無念のままに殺された者の魂は成仏しきれずにこの世を彷徨う。下手すれば不浄となって未来永劫、この地に縛られる」
「で、も………殺されても………父さんたちは、恨んだりなんか―――」
「殺されても恨まないし憎まないし妬まないってか? はっ! 未練がないたあよっぽど出来た人間だったらしいなあ、テメェの家族ってのは。だがな、それなら一層の注意が必要だ」
 正面を示していた指を水平に動かして打ち砕かれた家屋の隅を指す。佇んだままの木の影を示す。煌々と辺りを照らし出す満月を指し示す。
「魂魄がそこになくとも、崇高な精神が宿っていた肉体ってヤツぁ鬼だの妖だのにとっちゃ極上の餌だ。恨み辛みの怨恨や怨念に満ちた魂も美味いが、穢れなき精神とやらもまた、連中の『力』になるからな」
 闇に住まうモノたちは時に人間の血肉や魂や精気を喰らって『力』を増す。
 目の前に居るヒトの子から溢れる『力』を見れば、家族もそれ相当の魂を宿していただろうことは想像に難くない。
 ああ、まったく。
 どうして『自分』は殺しただけで喰い散らかしていかなかったかね、と珍しくも呆れる。あまりあまり覚えてはいないが、まさしく命を賭けて歯向かってきた父親だか母親だかの一撃に、面倒くさくなって撤退を決めたような気もする。
 確かに、あんな真っ当な連中がこの世に恨みがましい未練を抱くことなどあるまい。子供を護れたことに満足して早々に成仏してしまったに違いない。
 懐から取り出した符を右手と左手で一枚ずつ抜き放ち、人差し指と中指の先端で摘む。
「だから、燃やす。もう他の誰にも手出しできねえようにな」
 抜き放った符を虚空に投げつける。
 と、ヒトには視認できない空間に潜んでいた妖魅が甲高い叫びと共に掻き消えた。
 取り乱しているかと思った子供は意外なほど落ち着いた態度でその場に佇んでいる。慣れない者なら先刻の瞬間的に現れた妖魅にさえ驚いて恐れ戦く。恐れないということはつまり、慣れているのか無知なのか、ふたつにひとつだ。
 未だ瞳の奥に怒りは内包したまま真っ向からこちらを見上げてくる。
「あんたは―――どうして、此処に来たんだ?」
「見てわかんねーか? オレぁ陰陽師だ。妖が出るところに陰陽師はつきもんだ」
 適当なことを言っているがそれなりの理由に思えないこともない。
 実際、アリーがこうして『現場』へ戻ってくるのは、それなりの打算があった。例えば、真実殺した相手が悪霊や怨霊に化した場合、当然、真っ先に恨まれるのは自分自身である。生前の意識が残っていたならば下手人として告発される可能性とて僅かながらあったし、だったら直に始末しておいた方が後腐れがない。また、こうして始末をつけて回れば実に働き者の有り難い陰陽師として勝手に人間どもが敬ってくれた。
 自らの手で事件を起こし、自らの手でカタをつけるあほらしさに「くだらねえ」と悪態つきながらも、この世で生きていくためにはそれなりの処世術が必要になることぐらい分かっているのだ。
 面倒くさい奴だ、変わった奴だ、外道だ異端者だ破戒者だと謗られようともどうでもいい。
 いつかは全てを投げ打つ時が来るとしても、それまでは、『此処』は自らの遊び場だ。
「―――で? どうする」
「え………?」
「燃やすのか燃やさないのか。弔うのか弔わないのか。全てはお前次第だ」
 思わぬことを訊かれたというように子供が目を見開く。やって来るなり子供を蹴飛ばし、頓着せずに符で辺り一帯を焼き尽くそうとした男が今更意見を求めてくるなど思ってもみなかったのだろう。
 それは、ある意味では正しい。
 おそらく普段のアリーなら疾うに辺りを燃やし尽くすか、面倒くさい事態に飽きてその場を立ち去っていたに違いないからだ。
 戸惑いの色を浮かべていた子供はほんの少しだけ視線を辺りに彷徨わせた後、意を決して正面の惨状を見詰めた。
「………燃やして、ほしい。成仏、できるように。もう、誰にも傷つけられないように―――」
「いいだろう」
 口角を引き上げて笑いながら勢いよく右手を振った。
 地から湧き上がった紅蓮の炎が一瞬にして辺りを焼き尽くす。熱に煽られて木々の葉が舞い、草が焼け焦げ、空気が熱を帯びる。
「………!」
 眼前で揺らぐ炎が現実のものではないかの如く、子供はじっと目を見開いたまま固まっていた。自らの頼みがすぐに成就されたことを、その結果がこの炎の海であることを認めたくないのか。
 辛うじて原型を留めていた身体が異臭を放ちながら焼けとけて行く。
 泣く、かと思ったが。
 泣くでも喚くでも怒るでもなくただ只管に凍てついた彫像のようにその場に佇んでいる。
 ああ、こいつは『重症』だな、と。
 なんとなくだがアリーは察した。
 黒一色だったはずの空は微妙に明るくなりつつある。そろそろ塒に帰って休みたい気分だ。不謹慎にも大きな欠伸をしてガリガリと頭を掻き乱す。
 辺りを覆う炎の勢いは強くともいずれは弱まる。ジリジリと遺体を消し炭と変え、燻る煙を上げさせた後に全てを風と共に吹き飛ばす。諸行無常の趣と喩える者もいるだろう。
「―――墓が作りたきゃ後で自分で作ってやんな」
 風に押されて足元に転がってきた黒い石のような塊を拾い上げる。もとはヒトの身体だったのか、単なる木片だったのか。原型すら定かでないそれは指で摘むや否や砕けて消えた。
「………あんたは」
「あん?」
「あんたは、強い陰陽師、なのか」
「見ての通りさ」
 否定も肯定もせずに曖昧な答えを子供に返す。服装だけ見れば陰陽師と思えなくもないが、纏う雰囲気が怪しすぎるのは自覚のあるところだし、相応の実力者が見れば「ヒトの皮を被ったケダモノ」だと分かるはず。強弱など自身が底辺にいる限り判断つかないだろうし、眼前の子供とて修行を積めば即座に正体が見破れるようになるだろうが、如何せん、いまはまだ鍛錬が足りない。
 きつく、子供が拳を握り締めた。
「強くなれば―――かたきをとれるのか」
「はあ?」
「あんたみたいに強くなれば―――陰陽師に、なれば。あの妖を倒せるのか」
 鋼の意志を秘めた声に振り返ると、夜闇にも鮮やかな緑柱石の瞳に射抜かれた。
 飛び掛ってきた折りの怒りの表情も、先刻までの沈鬱な面持ちも掻き消して、只管に冷徹な獲物を狙う獣のような眼差しをしている。
 怒りに囚われることなく、冷静に。
 こころの奥底に氷結した想いを抱いて。
 ああ、―――こいつは。
 実に面白くも皮肉な事態だとアリーは頬を歪めた。
「―――強くなれるもなれないも。お前次第だ」
 気紛れに手を伸ばして柔らかな髪で覆われた頭を撫で回す。驚いたように口を開きかけたヒトの子の態度は何処吹く風、とっとと踵を返して歩き出した。混ぜっ返された頭を抱えて呆けたようにこちらを見詰めている視線を感じる。
 くつくつとアリーは肩を揺らした。
「来るも来ないも―――お前次第だ」
「っ!」
 ひとつ、息を呑んだ後に。
 きつく唇を噛み締めた子供が意外としっかりした足取りで後へ続いた。家族を弔うのも、墓を作るのも、先ずはこちらの動きを確認してからだと判断したのだろう。年齢の割りにしたたかさも持ち合わせているようでやはり面白い。
 両腕を組んで振り返りもせずにアリーは歩く。ふと、思い立った。
「おい。ガキ。名前は?」
「ニール」
「そうか。オレはアリーだ。で? お前のそれは本名か?」
 首を傾げる子供は確実に何も理解していない。たとえ内に宿した力がどれほどのものであろうとも、正しい知識や知恵を授けられなければ如何にもならない。
 本名だけど………と控えめに零した相手を余所に無意味に空を見上げた。
「気安く本名を明かすのはやめておけ。力ある陰陽師は名前で対象を縛る。ま、そんな高等術を習得してる妖なんざほとんどいないだろうが、先を見越しておくのなら迂闊に誰彼構わず馬鹿正直に名乗るのはやめておくんだな」
「じゃあ、あんたは」
「偽名だぜ? 勿論な」
 アリーは他にも幾つか偽名を持っている。本当の名前なんて自分ひとりが覚えていれば充分で、誰かに呼んでもらいたいと思ったこともない。寝言だろうが睦言だろうが他に真実を知るモノなど不要だ。
 騙されたと言いたそうにしている子供を鼻で笑って、後からついて来るも来ないも自由だと宣言した通りに歩調を緩めることなく先を行く。
 この子供が弱いままでいるのか強くなるのか。
 いつか牙を剥くのか最期まで騙されたままでいるのか。
 そもそも自分がヒトの子を匿う気分でいるのかいないのか。
 何一つ確かなものはなく全てが曖昧であったが、いずれにせよ子供の出自を考えれば人間も妖もイヤでも寄って来る。
 ならば最低限、退屈することだけはないに違いないと、後ろから所在なさげについて来る緑の瞳の子供を窺いながらアリーは密やかな笑みを零すのだった。




 夜を照らし出す月明かり。
 荒れ寺の宴席を抜け出してアリーは高い木の天辺からそれとなく気配を辿った。
「おお、やってるやってる」
 都の端で霊的な力が衝突しあっているのがわかる。場所は間違いなく自分の屋敷だ。『視』るモノが見れば光と光が激突した、星の爆発とも思しき光景まで目の当たりに出来ただろう。
 どうやら契約には成功したようだ。
 力を得た妖魔が暴走しかかるかもしれないがあいつなら何とかするに決まっている。伊達に何年も無駄に飼ってきた訳ではない。契約の呪も、技も、知識も与えた。いざという時にそれらを活かせないのは単なる馬鹿だ。意気揚々と乗り込んで行ったあの妖は返り討ちにあっているだろうが気にするような間柄でもない。
 屋敷は粗方吹っ飛んでいるに相違あるまい。未だ正式な赦しを得た訳ではない契約を結んだことと、屋敷を吹っ飛ばされたこと。これらの出来事にどのような謝罪をしてくるのかが見物である。
 ―――いつだったか。
 偶々奴を庇って怪我をした自分に、彼は「必要ならば喰えばいい」と言ってきた。
 薄々勘付いてはいるのだろう。陰陽の師と敬う人物が、一応は恩人に当たる人物が、本当は『人間』ですらないかもしれない事実に。
 そうと確信した上で尚、家族のかたきであるとも知ったなら―――。
 さあて、どうなるか。
 口元を歪めたアリーは、まるで捧げるかの如く掌中の酒を眼前の月に掲げて見せた。








―――その妖はヒトを飼っている。

いつかその相手を殺すために。
いつかその相手に殺されるために。




故にこそ、異端。




 

 


 

異端審問の意味がちゃいまんがな(それ以前に宗教が違うと思います)

子ニール視点だとアリーさんがとんでもねえヒーローになります(笑)
でもってたぶんアリーさんは正体がバレたところで

「何故オレの家族を殺した!」
「ああ? 単なる気紛れさ」
「じゃあ、なんでオレを助けたんだ!」
「それも気紛れだ」

としか言ってくれないよーな気がします(ひでえ)

勝手に便乗しちゃってすいませんでした―――っ!(平伏)

 

※ブラウザバックでお戻りください。

 

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理