※リクエストのお題:パラレル設定で明るい感じのお話。
※空軍パロとは別の設定で! と考えてたら何故かトンデモファンタジーに(何故にー)
※刹ニルのつもりなんだけどライルさんがいいとこ取りに(何故にー)
※古今東西のファンタジー設定を拝借しまくりですが、「どうせパラレルだもんね」と
軽く読み流していただければ幸いです………。
遠い遠い未来とも、遥か昔とも分からぬ時代。 ヒトと精霊が入り乱れていた神話ともオーバーテクノロジーの産物とも判別できない時代。 世界は変わらず争い、憎みあい、殺し合い、飽くことを知らない戦いの日々を繰り返していた。 ヒトは稀にエレメントを携えて生まれてくることがあり、エレメントの種類によっては即座にヒトから精霊へと『転生』を果たすことができた。精霊は各々の掌に紋様が刻まれ、誰でもその人物がどのエレメントに属し、どの程度のクラスであるのかを即座に判断することができた。 この世の理を成す火のエレメント、水のエレメント、風のエレメント、地のエレメント。 そこから派生した幾つもの複合式エレメント。 すべてが影響しあい、複雑に絡み合って世界を動かす。 始まりは等しくクラス『ファースト』。 年季を積むか知識や知恵を増やすことでクラスが上がり、扱える能力も格段に向上する。時に初めから『ファースト』以上の階級を持って産まれてくる者もいたが、そんな存在は本当に一握りである。 ヒトがヒトであるように、ヒトから精霊へと『転生』した者は、もともと精霊として産まれた者と比較して争いを好む傾向があった。簡単に堕落し、ヒトに手を貸し、戦乱の道具となる。各国は精霊を味方にすることに躍起になり、エレメントの開発にも精を出した。 その過程で、希代の魔術師イオリア・シュヘンベルグの手により複数のエレメントの素養を持つ『ヴェーダ』が完成したのは必然だったのかもしれない。 『ヴェーダ』を持つ国こそが世界を支配するに違いないとまで囁かれたが、何を思ったか、イオリアは『ヴェーダ』を何処かへ隠してしまった。捜し出せるものなら捜してみるがいい、しかし、欲に塗れたヒトや精霊には『ヴェーダ』の発動条件すら分からぬだろうよ、との言葉を残して魔術師は忽然と歴史の表舞台から姿を消した。 それから二百年余りの時が流れ―――世界はほぼユニオン、AEU、人革連と言う三つの大国に纏め上げられていた。 その只中に、突如として中立を謳うソレスタルビーイングと言う精霊騎士団が現れる。 これは、その、ほんの少し前の物語。 |
― Elemental Knigfts ―
薄っすらと目の前を漂うのはゆらゆらと揺れる紫煙。必要最低限の照明に限られた薄暗い部屋。それでも辺りの様子が窺えるのは遠目に置いてあるランプか蝋燭の光故だろう。 「―――あれ?」 自分の置かれている状況が咄嗟に思い出せなくて、ニールはなんとも間の抜けた声を上げた。 横たわる身体の下には白いシーツの敷かれたベッド、上には天井と紫煙。この香りは精神を安定させる効果があったはず、とそこまで思い出して、もしかしたらまたやってしまったのかと思考が繋がり始める。眼前に掲げた己の掌は変わらず黒い手袋に包まれているが。 「起きましたか」 「ティエリア?」 案の定、のタイミングで呼びかけられて僅かに首を動かす。 先刻から其処に控えていたのだろう。暗い中、蝋燭の灯りを頼りに書物を読んでいた少年が実に気難しげな表情を向けた。傍らの卓上では香炉が紫煙を吐き出している。気がついたならもう不要でしょうと彼が香炉を片付けるから、きっと、彼が用意してくれたに違いない。 「えーっと、その………」 なんと言えばいいか分からない、が。 繰り返しであろうとも口にする必要がある会話は存在する。 「もしかして、オレ、またやっちまったか?」 「ええ。見事に倒れましたね。道のど真ん中で。前触れもなく。つんのめるように真っ直ぐ顔の正面から」 鼻が痛いんじゃないですかと真顔で問われて何となくおかしくなった。 「はははっ」 「笑っている場合ではありません!」 すぱん! とティエリアが勢いよく書物をテーブルに叩きつける。 「まったく、どうしてあなたはいつもいつもいつもいつも………! 体調が悪いならそう言ってくださいと、あれほど、何度も、全員で、頼んだはずですが!?」 「別に体調は悪くなかったぜ? 急に意識が途絶えただけで」 「それを注意しろと言っているのです!」 激昂しているティエリアを宥めながら部屋の様子を確かめる。 たぶん、ここは目指していた町の宿屋だ。奥には空のベッドがもうひとつ見えるからふたり部屋か四人部屋で取ったのだろう。部屋の端から端までが結構広いことを考えると四人ひとまとめで宿代を安くあげる魂胆かもしれない。刹那とアレルヤの姿は見えなかった。 ニールの視線が彷徨っているのに気付いたのか、几帳面なところもある少年は溜息と共に眼鏡をかけ直した。 「刹那は出かけていますよ。アレルヤはいま、台所を借りてスープを作っています」 「そうか」 服の袖から僅かに覗いた少年の左掌に光る紫色の紋様。 地のエレメント、クラス『ファースト』。 彼はまだ若い。イオリアの遺産を追っていた彼が自分と刹那に会ったのは必然だったようであり、単なる偶然だったような気もする。「あなたの役目は僕が担うはずだったのに」と初対面でいきなり攻撃されたのも懐かしい思い出だ。 コンコンと弱々しく扉を叩く音が響き、次いで、片目を前髪で隠した青年が顔を覗かせた。 「ただいま。ニールは―――って、よかった。起きたんだね。スープ作ってきたから食べてください」 ありがとうと応えながらニールは寝転がったままだった上体を起こす。多少の眩暈を感じたがこの程度なら大したことはない。支えになるようにとティエリアが背中に枕を挟んでくれたのが有り難かった。 「はい。熱いから気をつけてね」 そっとスープ皿を差し出すアレルヤの左掌には真紅の紋様。 火のエレメント、クラス『ファースト』。 順調に行けばそろそろ『セカンド』に上がる年齢だが、彼は彼の事情により倍の年季を積まなければ階級を上がることができない。 彼と出会ったのは旅の途中。偶々同じ宿に泊まった際に盗賊に襲われたり謎の刺客に襲われたりしている間に何となく連帯感が芽生え、しまいには刹那とティエリアが「火のエレメントが不足している」と勝手にパーティに入れてしまった。 おいおいアレルヤの意志はどうなるんだと慌てたが、当人までもが「いいの? 楽しそうだなあ、僕ってあんまり他のひとと旅したことないんだよね」とにこやかに受け入れてしまっては常識人ぶったニールの言葉が届くはずもない。 スープを口に運びながらここにいない今ひとりのことを考える。 刹那。 水のエレメント、クラス『ファースト』。 年齢はティエリアと同じぐらいだし、実力もまだまだではあるが、アザディスタン王国の守護を担う精霊のひとりだ。 つまり、このパーティの中で生粋のヒトは自分ひとりと言う訳だ。あとの三人はヒトとして生まれ落ちた際にエレメントを宿しており、精霊として無事『転生』を果たしている。このまま成長すればいずれは大精霊の跡を継げるかもしれないってのに、オレなんかの都合で引き摺り回しちゃって悪いなあ、なんてことをこっそり思う。 本当に―――まさか、あんな馬鹿げた出来事がこんな大事に発展するだなんて。 粗方飲み終わったスープ皿を脇へと除ける。 「ご馳走さん。ふたりは食べたのか?」 「僕たちは先にすませましたから」 「そっか。ところで、どうしてこんなに部屋を暗くしてるんだ。灯りぐらいつけりゃいいじゃねーか」 と、言った瞬間。 眼を見開いたアレルヤの表情と息を呑んだティエリアの態度に、何か、自分が致命的な誤りを犯したことを知った。 まずい。失言があったか。あったとすれば―――。 深刻そうに顔を見合わせた後にアレルヤは苦笑し、ティエリアは苛立たしげに舌打ちをした。 「ニール」 「………おう」 「あなたは暗いと言いますが―――この部屋は、さっきからずっと、『明るい』ですよ」 「―――」 僅かにニールは肩を震わせた。 飛んだところに落とし穴があったもんだと苦虫を噛み潰したような表情と共に視線を横へずらす。 自分にとってこの部屋は暗いが彼らにとっては明るい。考えるまでもなく、己の視神経が何らかの異常を来たしていると証明してしまった訳だ。 ベッド脇の椅子に腰掛けたティエリアが視線を鋭くする。 「アレルヤ、灯りを」 「了解」 隻眼の青年が右手を回転させると掌の上にぼんやりとした光球が浮かび上がった。精霊の持つ魔力を根源とした灯火だけはいまの自分にも視認することができる。 「失礼します」 「………ああ」 ティエリアが両手でこめかみに触れてくるのをおとなしく受け入れた。逆らったところでどうしようもない。至近距離でこれだけの美貌に睨みつけられるとなかなかに居心地が悪い―――と、言うよりは。相手の瞳の奥底に潜む心配と不安の念に申し訳なくて堪らなくなる。 「―――まずいな、融合が予想以上に進んでいる」 「持ちそうにない?」 「いや、持たせる。少なくとも今度の満月の晩までは」 失礼します、の宣言と共にこめかみに鈍い痛みが走った。 承諾する前に強制的に『力』を使わないでもらいたい。文句をつけようとしたが、幾度かの瞬きの後に視界がもとの状態を取り戻していることに気付いて口を噤んだ。もう、暗くない。普通の明るさを持った普通の部屋だ。確かに、これだけ明るい室内で急に「暗い」とか言い出したら誰だって心配するだろう。 「………ありがとな、ティエリア。もう大丈夫だ」 「あなたはもっと自身の体調を気遣うべきだ」 「けどなあ。お前さん方は過保護なんだよ。オレだってそこそこ名の知られたハンターなんだし深窓の令嬢みたく扱われるのは―――」 「心配されたくないのなら心配をかけないでいただきたい」 「あなたは無頓着すぎるから、僕たちが心配するぐらいで丁度いいと思います」 異口同音に同様の発言をされて微妙にへこんだ。 一応パーティでは最年長のはずなのにこの舐められっぷりは何だろう。出会った当初はまだ自分が戦闘や技術面でサポートすることが多かったってのに、ここ最近ですっかり立場は入れ替わってしまったらしい。 これは分が悪いと早々に見切りをつけて、あからさまな咳払いと共に強制的に話題を転換する。 「そ、そーいや、刹那は出かけてるっつったな。何処へ行ったんだ?」 またそうやって誤魔化そうとする、とふたり揃って睨んできたが、何を言ったところで堂々巡りにしかならないことは理解しているのだろう。 これまたわざとらしい溜息と共にティエリアが口を開いた。 「彼ならば風のエレメントの勧誘に向かっています」 「え?」 「あなたが倒れるのを目の当たりにして一刻の猶予もならないと判断したのでしょう。一足先に風の谷へ向かいました」 「マジかよ………」 最悪だ。 ニールは己の両膝の間に顔を埋めた。 青年の落ち込む理由が分からないと、一歩後ろに控えていたアレルヤが首を傾げた。 「何かまずいことでも? 風のエレメントはあなたの弟なんでしょう?」 「だからだよ」 家族なら協力してくれるに違いありません、とのアレルヤの考えは正しい。ごく『普通』の兄弟であるならば全くもって正しい。 しかして自分と弟はある意味ではアレルヤたち以上にややこしくも下らない問題を抱えていて、自分は全然気にしてないのだが相手が気にしている以上は本当に手の打ちようがなくて、弟を説得できるとしたら初っ端から自分が会いに行くしかなかったのに。 今更「谷の手前まで来たら別行動とるつもりでした」なんて言えない。言えるはずない。 「………刹那じゃ駄目だ」 「何故です? ああ見えても彼は優秀な精霊ですが」 「じゃなくて。オレ以外の誰が行っても駄目なんだよ、こればっかりはな」 不満を口にのぼらせたティエリアを嗜めるように苦笑を零す。いつもいつも、説明不足のまま受け流してきたツケがこんなところで回ってきたらしい。 刹那がどれほどに優れていようと努力しようと弟が来ることはない。 いっそ、「じゃあ協力してやるよ」と話に乗ってくれる性格なら良かったのだが、微妙に肉親の情も残っているが故に弟は賛同してくれないだろう。まあ、賛同しなくとも刹那に真実を告げることはない、はずだ。それだけは知っている。 枕元に置かれていた自身のザックを探り、現金代わりに持ち歩いていた水晶を取り出した。 「アレルヤ。すまないが、これで何か風属性を宿した魔道具を入手してきてくれないか。闇マーケットならそこそこのものが手に入るはずだ」 「いいの? これ、かなりの値打ち物なんじゃ―――」 「いいんだ」 刹那が戻って来るまでに次の手を打っておきたい。 つまり、あなたのこの行動は刹那の『失敗』を前提としていて、実際に彼が帰還した訳でもないのに転ばぬ先の杖のように準備しておくなんて彼を信頼してないの? と。 アレルヤの表情はありありと語っていたが殊更に無視した。 「気をつけろよ。いざとなったらハレルヤに鑑定してもらえ」 『言われるまでもねーよ』 姿なき第三者の声が響いた。 多少の冷たい視線は寄越したものの、それが必要だって言うなら仕方ないね、と最終的にアレルヤは外套を手にした。 彼が出て行った扉が閉まるのを確認した後で再び身体をベッドへと横たえる。 思った以上に体力を消耗していたらしい。せめて次の満月までは持たせなければ、本当に、何もかも意味がなくなってしまう。 そうとも。 刹那に『ヴェーダ』を返すと言う、必要最低限の目標でさえも。 「………何を考えているのですか?」 何処か気遣わしげなティエリアの問い掛けに、なんでもないさと笑い返した。 吹き抜ける風はひどく穏やかでこころが安らぐ。訪れた者たちを慰め、手厚く保護し、受け入れてくれる『風の谷』。ここに住まう精霊やヒトは時に激しい側面を見せるものの、基本的には「いい奴」であるらしい。 オレの故郷なんだけどな、と、語った彼の照れくさそうな笑みをいまでも覚えている。 ならば何故、そんな住み慣れた土地を離れて『堕落』した精霊を狩るハンターになったのかと、抱いた疑問を口にできなかった理由は自分でも分からない。 赤いストールを首に巻き直して刹那は目を閉じた。 水のエレメントと風のエレメントは基本的に相性がいい。こうして静かに佇んでいるだけで空っぽの器が満たされていくのを感じる。ニールの傍にいる時に覚える感覚と似通っているようでもあり、微妙に異なっているようでもある。 谷の入り口にある小川の前で刹那はヒトを―――精霊を待っていた。水の傍は心地がよい。風のエレメントの中でも特にこの谷の住人はお人好しの集団であるらしく、気さくな住人は案内を申し出てくれたが、異なるエレメント持ちの己がいきなり内部まで踏み込むのは躊躇われた。彼らを見ているとニールが此処の出身であることがイヤでも納得できてしまう。知らず、溜息が零れた。 じゃり、と足元の砂を踏みしめる音に面を上げた。谷の入り口に当たる、切り立った崖を背後に従えながらひとりの青年が佇んでいる。 茶色の髪に緑の瞳。 何よりもその面立ちが。 「オレに用があるってのは、お前か?」 首を傾げる様まで似通っている。 間違いない。彼が、ニールの双子の弟―――『ライル・ディランディ』だ。 左掌から覗く緑の紋様はクラス『セカンド』。 ニールが「弟はオレより優秀なんだ」と言っていた意味が分かった。 双子でありながら一方は精霊に『転生』するエレメントを有し、もう一方は何も持たない只人として産まれた。即ち、ニールは「成り損ない」だ。双子でもそんなことが有り得るのかと疑問を覚えると同時に、双子でありながら異なる種族となってしまった彼らと言う存在に僅かな寂寞を感じる。 「兄さんについて話があるって聞いたけど、一体どんな―――」 「ライル・ディランディ。お前を迎えに来た」 「………は?」 「お前は風のエレメントとしてオレたちと共に満月の晩に儀式を行う」 「………へ?」 「儀式には四大エレメントの力が必要不可欠だ。オレたちは既に火、土、水のエレメントを―――」 「ちょっ………と待て! 待て待て待て待てぇ! なんのことだか全然さっぱりだ!」 相手の慌てた態度に漸く口を噤む。 焦ったつもりはなかったが結論を急ぎすぎたかもしれない。順序だてて話してくれよと頼む彼の言葉に従って、手近な岩に腰掛けた。 正面の岩に同じように腰掛けた相手があらためて先を促す。 「あー………その、なんだ。要するにお前は兄さんの知り合いで? 兄さんの紹介で此処に来た、と」 「そうだ」 「だからオレの名前を知ってたんだな。で? 名乗るより先に勧誘を始めた理由は何だってんだ」 「初めに名乗らなかった非礼は詫びよう。オレの名は刹那・F・セイエイ。水のエレメント、クラス『ファースト』だ」 ファーストね、とライルは呟いた。 「どうしてお前が? 用があるなら兄さんが直接来ればいい」 「奴はいま来たくても来れない。その状況を打破するためにはお前の力が必要だ」 「来たくても来れない理由はなんだ」 「倒れている」 「………倒れた?」 「オレが移動中に『ヴェーダ』を落とした先にあいつがいて融合した」 さらりととんでもないことを告げる刹那に流石にライルも目を見張った。 それはそうだろう。『ヴェーダ』は度々昔話に登場するものの存在を確認されたことはなく、ほとんど御伽噺に出てくるお宝と同等の扱いをされていたのだ。 それがいきなり。 なんで。 融合とかって。 意味わかんねえ、と咄嗟にライルが呆れた声を上げたのも無理からぬ話か。 その後もしばらく断片的にしか話さない刹那と疑問ばかりが沸いて出るライルの間で細かな遣り取りがなされたのだが、事の顛末を簡単に纏めると次のようになる。 刹那はアザディスタン王国に仕える精霊だ。 アザディスタンはユニオン、AEU、人革連の何処にも属していない歴史の古い国で、イオリア・シュヘンベルグの出身地でもあった。 王宮にはイオリアの創り出した『ヴェーダ』が保管されていたのだが、何者かがそれを盗み出したのが数ヶ月前の出来事。当然、アザディスタンは慌てて契約済みの精霊たちを国外に派遣した。至急『ヴェーダ』を奪還せよ、争いの道具にされそうになった場合は最悪、破壊することも認めるとの旨をつけて。 国を出た刹那はどうにか『ヴェーダ』を取り戻したものの、帰還時に敵兵に追いつかれて激しい空中戦を行う羽目になった。多勢に無勢、もはやこれまでかと諦めかかった時に地上から援護射撃があった。それが、ニールだったのだ。 ―――後にニールは手助けした理由を問われて、「おとなが寄って集って子供を追い掛け回してたら、先ずは子供の味方をするもんだろ?」と答えている。子供扱いされていたと知った刹那は物凄くショックを受けたのだがそれはまた別の話だ。 彼の助けもあってどうにか難局を切り抜けたものの、連戦に次ぐ連戦で疲れ切っていた刹那は敢無く落下した。 彼の、真上に。 『ヴェーダ』と共に。 落ちた『ヴェーダ』は奇しくも彼の右目に当たり、通常であれば青痣ができるか気絶するぐらいですんでいただろうに、何故かそのまま彼自身に『吸収』されてしまった。 「兄さんは無属性だからな。属性なしの『ヴェーダ』と同調しちまったのか………」 「おそらく、そうだろう」 顔を俯けて頭を抱え込んでいるライルの言葉に同意を示した。 例えばぶつかったのが刹那のような水のエレメントなら、あるいはライルのような風のエレメントなら。いや、この際ティエリアでもアレルヤでも誰だっていい。要は何らかの属性を持つ精霊か、あるいは真実なんの力も持たない普通のヒトであれば良かったのだ。 けれどもその場に居たのは精霊に『転生』した双子の弟を持ち、更にはこれと言った属性を帯びていない「成り損ない」のニールだった。 双子の弟が精霊であると言うことは即ち、彼もまた何らかのエレメントを持って産まれてくる可能性を秘めていたことを意味する。「只人」にしては微妙な「資質」を有していて、つまりは受け入れだけは常に準備万端な「器」だったと言っても過言ではあるまい。 刹那には『ヴェーダ』を国に持ち帰る使命がある。 だから、可能な限り早く『ヴェーダ』を摘出しなければならなかったが、そう簡単に行くものではない。 アザディスタンに向かいがてら仲間を募り、魔力の高まる満月の晩に『ヴェーダ』の融合を解くための儀式を執り行おうとの結論に至ったのはただの妥協だ。 「刹那………、だったか。お前はクラス『ファースト』だったな。他の連中もそうなのか?」 「そうだ」 「そうか―――だから………」 俯いたまま零される問い掛け。彼が何を気にしているのか分からない。クラス『ファースト』では年季が不足していると言いたいのか。これでもそこそこ経験は積んでいるのだが。 空を見上げる。 月がゆるゆると天頂に至ろうとしている。急に倒れこんだ彼も目覚めているだろうか。アレルヤとティエリアに後を任せてきたが不安がない訳ではない。 腰掛けていた岩から立ち上がって先を促す。 「時間がない。行くぞ、ライル・ディランディ」 声をかけられた相手は、見慣れているのに見慣れない緑色の瞳を細めると強い口調で言い切った。 「断る」 あまりにも迷いなく言い切られて咄嗟に返す言葉を失った。 『―――オレには関係ない話だ』 関係がないのなら。 『いつか、裏切られるぞ』 あれ、は。 ――――――ッッ!! 「うわっ!!?」 「ニール!!」 三名同時の叫びにうざったそうに男がこちらを一瞥した。顔を覆う包帯の隙間から覗く視線は驚くほどに冷たい。 「うおおおおおっっ!!!」 ありったけの魔力を込めて短剣を横に薙ぎ払う。 『―――ひとつだけ忠告してやる。あんまり兄さんを信用するな』 まさか、そんな。 「どういう………ことだ」 刹那の、小さな呟きに。 「肉体の死………」 ヒトの命は肉体と精神の均衡のもとに成り立っている。精神がなくとも肉体はしばらくは生き続けることはできるだろう。だが、『心』を失った状態で永く存在し続けられるはずもなく、精神が他の魔道具―――『ヴェーダ』のような―――に囚われたままであるならば、もはや肉体的な死と精神的な死の明確な違いは生じなくなる。 |