※リクエストのお題:空軍パロ設定で兄貴とハムさんのお話。
※さり気に本編の伏線を混ぜたがるのは当方の悪い癖です………。
※正月のバカ騒動の少し後とお考えください。
地平線へ日が落ちて行く。 一日の名残の光が儚げな輝きを辺りへと投げ掛け、真向かいからは夜の支配者たる月が厳かに姿を現す。 吹き付ける風に目を細めながら深く息を吸い込んだ。耳を澄ませば風に動かされる砂の音さえ聞こえてきそうな気がする。 清々しい。 実に晴れ晴れとした気分でグラハムは隣に立つ人物に声をかけた。 「いい夕暮れだ。そうは思わないかね、姫」 「………そうだな」 「自然とはいいものだ。このように雄大な景色を見ていると戦いを続けることに疑問を覚えたりもする。ただ只管に空を飛んでいられればどれほどに満たされるだろうかと。しかし、私は戦うことしかできない人間だ。進んで軍に入った身だ、今更『ヴェーダ』との戦いを悔いるはずもない」 「………そうか」 「だが、こうして君と並んでいると時間の経つのを忘れるのもまた事実。時に傍らにあるフラッグの存在すら忘れかねないほどだ。何故なら―――」 「………だからっ」 物凄く不機嫌な顔をしていた隣人が舌打ちして。 「―――いいから! お前は! とっとと怪我の手当てをしろおおお―――っっ!!」 日没間際の砂漠にニールの叫びが響き渡った。 |
騎士は安らぎを願う
別に油断していた訳ではない。それだけは自信を持って断言できる。 久々に彼とふたりだけの任務だったから多少浮かれていたことは否めないが、いつも通り『ヴェーダ』の補給基地は潰したし、浮遊センサーに追撃されることもなかった。近距離戦闘型のフラッグと長距離支援型のデュナメスの相性は本当にいいとパイロットの如何に関わらずそれだけは痛感しているグラハムである。 ただ、いつもと違ったのは―――フラッグにちょっとしたトラブルが発生したことぐらいか。 おそらく、ではあるが。 浮遊センサーを撃墜した際の破片の一部がフラッグの駆動部分に食い込んでいた。詳細な原因など基地で点検するまで分かりはしないが、とにかく、順調に帰途に着いていたフラッグは突如としてエンジン爆発、制御不能、動力停止というトリプルコンボに見舞われて緊急着陸せざるを得なくなった。眼下に砂漠が広がっていたのは不幸中の幸いだ。これがもし都市部や山間部だったらどうなっていたことか。 着陸の際に多少の手傷は負ったが、ニールとハロが一緒にいるのでトレミーへの連絡も疾うについている。基地の所在地や自分たちの現在地の関係上、すぐに救援が駆けつけるのは難しくとも、連絡はできているのだから何ら案じる必要はない。 のだ、が。 先刻から相方である青年は不機嫌面だ。 その理由も読めてしまうからこそグラハムとしては恐縮するしかない。 「君が気に病むことではない。ゆっくり休んでいたまえ」 「誰が気に病んでるって?」 取り付く島もない答えを返した青年は振り向きもせずに自機のコックピットをいじくっている。グラハムが肋を折ったと気付いて以来、この態度だ。嬉しくなってしまうではないか。 風向きを確かめるべく彼が右手人差し指を天へ向けると、計ったように不可視の透明な幕が周囲を覆い始めた。 『コウガクメイサイ、サドウチュウ! コウガクメイサイ、サドウチュウ!』 「よーし、ハロ。そのまま二十四時間体制でキープだ」 『リョウカイ! リョウカイ!』 ぱたぱたと独立AIが耳を振る―――のも寝転んだ姿勢では確認できるはずもなく、ただ単調な動作音が聞こえるのみだった。 光学迷彩を作動させても『ヴェーダ』の探知システムを誤魔化せる可能性は低い。が、少なくとも何処に潜んでいるかも分からない<聖典の使徒>を欺くためにはなかなか有効な手段ではあった。砂漠に墜落する機影を連中が目撃していたならば残党狩りよろしく出張ってこないとも限らない。 デュナメスのコックピットから非常用食料を持ち出してきたニールが微かに溜息をつく。 「副座式の機体なら、あんたを乗せて帰るぐらい出来たんだがな」 「私はフラッグを見捨てたりしない!」 「わかってる。単なる仮定の話さ」 折り畳んだ衣服を枕に横たわるグラハムの横で彼は食事の準備を進めている。夜は冷えるが火を焚くことはできない。幸いにして防寒着ならば何着も用意してある。ましてや軍人ともなればある程度の訓練はこなしていた。 レトルトパックは味気ないけれど、こういう時は確かに便利だよな、と彼は呟く。 「副座式の機体―――そうか、君はこの前アポロニウスでテストをして来たのだったな。開発コード名は確か………アンドレイ」 「そりゃセルゲイ大佐の息子の名前だ。アストレア、な」 副座式とは言え補助役として搭乗が予定されているのは独立AI、即ちハロだ。デュナメスとアストレアはどちらも長距離支援型として開発が進められており、サポートロボにも互換機能を持たせた方がよかろうとの上層部の以降により、向こうには『874』という特殊コードを持つハロが搭乗するとあらかじめ決められている。 新しいガンダム。 ならばその新しいパイロットには誰が選出されるのか。 「オレはあくまでもテストパイロットだからな。デュナメスが在る限り、オレとハロはこっちに乗り続けるし、アストレアにはまた別のパイロットを見繕うんだろうさ」 食べられるか? と差し出されたチューブ入りの固形食糧を左手で受け取る。上体を起こすべく地面に手をついたら、支えとなるよう背中に防寒着の詰まったザックを挟まれた。お陰で食べるのが楽になった。相変わらず気が利く、流石だと無意味に上機嫌になりながらも、誰にでも同じように気遣えるということはある意味では実に面倒だ、と眉根を寄せた。 「なーにひとり百面相やってんだよ。飲み物もいるか?」 「いただこう」 寝転がっている自分からやや離れた位置に彼は腰掛けている。 同じ軍に所属し、同じ飲み物を飲み、同じ空の下にいるが、時にどうしようもない距離を感じることがある。鋼鉄の機体を背後に従えて陶然と空を見上げる姿からはいつもの親しみやすささえも失われ、いっそ冷徹な程だ。 ぱたぱたとデュナメスの中で何かが騒ぐ音がした。 途端、何の色も乗せていなかった彼の表情が緩んで人間らしさを取り戻す。 「どうした、ハロ。トレミーから連絡でもあったか?」 『チガウ、チガウ!』 「じゃあ、なんだよ」 『ハロ、サミシイ! ハロ、サミシイ!』 単調な音声の中に僅かな不満を滲ませた声音。 きょとんとしたニールは、やがて、堪えきれないと言う様に破顔一笑した。 「―――ははっ、相変わらずだな、ハロは」 足元の砂を蹴って立ち上がると躊躇うことなく腕を伸ばす。 「ほら、来いよ。ただし警戒は怠るなよ」 『リョウカイ! リョウカイ!』 ぽーんと弾かれたようにコックピットから飛び出てきた丸い物体が、何よりも正しい予定調和のように彼の腕の中に納まる。なんなんだその反応はと無粋な突っ込みを入れるのも悪い気がしてくるぐらいに、共にあることが当たり前のような青年と独立AIである。 グラハムとてそれぐらい理解している。 理解はしているのだ、が。 丸い物体を抱え込んでほくほくと笑っている彼だとか、嬉しそうに目を点滅させている独立AIを見ていると、どーにも辛抱きかなくなってくるのである。 ましてやいまは自分も怪我人。少しぐらいの我侭なら許されて然るべきではないのか。 故に、何を恥じることもなく叫んだ。 「キミはずるい!」 「………は?」 「違う! ずるいのは君ではなくてキミだ!!」 「や、だからわかんねえって」 グラハムはニールに猫可愛がりされている独立AIをしてずるいと評したつもりだったのだが、生憎と相手には上手く伝わらなかったらしい。指示代名詞は的確に使わなければならないという好例だろう。 しかしてグラハムは敢えて説明を加えるほど親切な人間ではなかったので会話は何処か噛み合わないままに進んでいく。 「君は常にキミに甘い! 偶には私を甘やかしてくれてもいいのではないか!?」 「いいトシしたおとなが何いってんだよ。あんたオレより年上だったよな」 「年上だろうと年下だろうと甘えたい時は甘えたい!」 「真理だが、一先ずあんたは落ち着け。食事すんのか食事を握り潰すのかどっちかにしろ」 聞いているのかと主張を繰り返すグラハムと、聞いてるから休めと右から左へと聞き流すニールの、なってない会話はこのまま延々続くかと思われた。 のだ、が。 「―――静かに」 「もがっ!?」 突如としてニールがグラハムの口を手で覆ったことで会話は中断された。 手袋の感触を口元に覚えながらグラハムもまた限られた視界の中で辺りを見回す。既にして辺りは暗く、灯りもともしていない状況では、幾ら夜空の月と星が目映かろうとも見える範囲には限度がある。 僅かに吹きつけてくる風が足元の砂を散らす音さえも聞こえそうなほどの静寂。 冴え渡る緑の瞳で遠くを見据えていた青年は何かを見定めたのか。 彼は静かに立ち上がるとデュナメスのコックピットからスコープを取り出してきた。擬似GNドライヴとコードで直結したそれは、何らかの理由で地上に不時着した際に、敵を倒せるよう調整された取り外し可能な武器である。機体から一時的にOSをインストールすれば普段と寸分違わぬ精密射撃を行うこともできる。 頼もしい武器ではあったが―――同時に、やたら不吉を煽る武器にも思えた。 何故ならば、わざわざスコープを本体から切り離す、イコール、デュナメスが身動き取れない状況に追い込まれたことを意味しているからだ。 もっとも、いま現在身動きとれないのはデュナメスではなくフラッグとグラハムの所為なのだが。 動かないでいてくれと手を挙げることで意志を示す。 不安定な砂場の上に片膝をついたニールが照準窓を覗き込む。彼の視線、彼の銃口が向かう先をグラハムも黙って目で追った。 障害物がないお陰で見晴らしだけはいい。機体が沈む背後は望めなくとも、上空は光学迷彩で覆われるとも、正面と左右ならば探りようはある。 彼に倣いじっと遠くの砂丘を見詰めていたグラハムは、僅かに蠢く豆粒のような点を見い出して目を眇めた。 月明かりに鈍く照り返された逆三角錐の物体。 ―――浮遊センサーだ。 何かを探しているのかあっちへふらふら、こっちへふらふら、時に赤いセンサーを明滅させながら地上僅か数メートルの高さまで降りてきて探索を続けている。 もしや戦闘機が堕ちたことを知って探査に来たのか。連中は地上に機材を探しに来ると共に、人間を見かけたらいつでも殺すようにプログラミングされている。浮遊センサーを一基みかけたら三十基いると思えとも言われているし、デュナメス単体で勝負するのは厳しいかもしれない。数に劣る側が勝負に勝つには不意をつくことが常道であり、故にこそ、ニールもスコープを持ち出してきたのだろう。 両腕でスコープをしっかりと構え、視線が鋭く対象を捉える。必要以上の緊張に侵されるではなく緩慢に対応するでもなく。 敵を狙い撃つ瞬間の。 感情の欠片も映さない狙撃手の瞳が、哀しいながらも綺麗だからグラハムは気に入っていた。 息を潜めて彼が目標を狙撃する瞬間を待ち焦がれる。 ―――が。 何を思ったのか。 彼は困ったような表情を浮かべると、僅かな躊躇の後に両腕を下ろしてしまった。当然、浮遊センサーは遠くの地上をうろうろと彷徨うままだ。この青年が常識人のようでありながら妙なところで意固地であると知ってはいたが、まさか、不倶戴天の敵を前にして攻撃をやめるとは思ってもみなかった。 「姫、どうし―――」 「しっ。………もうちょっと待ってくれ。多分あいつはこっちに来ない。そのまま立ち去るはずだ」 何故そう言い切れるのかと疑問は募ったが、如何せん、ならば私がやろうと名乗り出るほど不躾ではなかったし、そもそも怪我で動けないし、純粋に彼の行動の理由に興味もわいた。 無言のまま浮遊センサーの動きを注視する。 ひよひよと遠くを漂っていた無機物は、やがて一箇所で動きを止めると、鏡筒の隙間からアームを伸ばしてごそごそと地面をいじり始めた。壊れた同型浮遊センサーの回収を行っているらしい。 こちらが見詰めていることに気付く様子もなく、僅か数分で作業を終えた浮遊センサーはいっそ暢気なまでに優雅に空へと舞い上がっていった。いつ攻撃されるかと戦々恐々していたら肩透かしを喰らったことは確実なほどに。 隣人は、と横から表情を伺い見れば満足そうな笑みを浮かべていた。 「………君の勘が当たったようだ」 「攻撃しようって気配じゃなかったからな。最初からあいつの任務は仲間の回収だったんだろう。なら、オレたちなんて熱源があろうが探知してようが、砂漠に住まう小さな生き物たちと大差ない」 安堵の息をついた青年はスコープを足元に置いて緊張を解く。一時的に場を離れていた独立AIが舞い戻って再び彼の膝へと納まった。 彼が攻撃しなかった理由はわかった。向こうがこちらの存在に頓着していない以上、わざわざ事を荒立てる必要はないと判断したに違いない。彼の行動は正しい。こちらは戦力が充分とは言えないし、怪我人もいる。戦わずに済むのならそれに越したことはないのだ、が。 「―――何故、君は浮遊センサーの心情がわかるのだ」 「は?」 「私が君の立場なら敵が隙を見せた瞬間に一撃お見舞いしている。仲間の回収に来たに違いないだなどと頭の片隅を掠めることすらなく、だ」 何故だ、と繰り返し言葉を重ねると。 ほんの少しだけ首を捻った後に相手は物凄く困ったように眉根を寄せた。彼に言わせると理由なんて「なんとなく」に過ぎなくて、どうしたって勘とか推測とか憶測の域を出ないのだ。 けれども、彼とは違ってグラハムには多少なりとも見えている部分がある。 「君は、無機物に甘い!」 「………は?」 「独立AIにしろ戦闘機にしろ、君は無機物にすら感情を見い出そうとするのだ! 故にこそ浮遊センサーの動向にも人間的意志を捜そうとしている。―――下手すれば軍法会議ものだぞ?」 最後だけひっそりと声を潜めれば、呆気に取られていた彼が表情を改めた。 そうとも。 駆逐するだけでいいはずの相手に、敵に、妙な妥協点を見い出そうとしていたらそれだけで弾劾される危険性がある。 思想の統一など褒められたものではない。だが、曲がりなりにも彼は軍人で、『ガンダム』の乗り手で、それなりの地位についているのだ。先陣きって『ヴェーダ』打倒に乗り出すべき人物が突如として機械との友誼を模索し始めでもしたら部下たちはどうすればいい。 幾度かの瞬きの後で、ニールは苦笑を零した。 「そーゆーあんたこそ。フラッグは美しいとかフラッグは私に答えてくれるとか、充分以上に機械に感情を見い出してる気がするんだがな」 「フラッグは私の相棒だからな。………だが、君はそうではない。いつから君の相棒は天に座す『ヴェーダ』とその一派になったのだ」 今度こそあからさまにニールが視線を逸らす。 天上の月と星が角度を変えて僅かずつ地表に影を落とした。 「―――機械が機械に過ぎないなんてことは、オレだってよく分かってるさ」 膝の上のオレンジ色の球体を撫ぜながら彼は呟く。 「でも結局、最初にその機械を作ったのは人間で―――それをどう使うかも人間次第だろ。和平の道具とすることもできれば、戦争の道具にすることもできる。持ち主が代わればやり方も変わる」 所詮、機械は一定のプログラムに従って動くだけの存在だ。メモリを消去すれば蓄積されたデータもあっさり消え失せる。 ただ、誰かに作られた以上は、そこに何らかの作った『目的』があるはずで、だから自分が探りたいのは作り手の『意志』なのだと彼は答える。 連中の行動の端々に覗くのは『ヴェーダ』にいる者たちの思想なのだと。 「そう考えれば、動きが予測できたってあんまりおかしな話じゃないだろ?」 「突拍子もない話だとは告げておこう」 「抜かせ」 苦笑を零しながらも彼の手は独立AIを優しく撫で続けているからどうにも印象がチグハグで。 本当に機械は機械に過ぎないと考えているのなら、無機物に情を傾けるのはイザとなれば自身を躊躇わず切り捨ててくれる存在だと、無意識に考えているためか。 それがニール・ディランディの逃げ道か。 だとすれば、それはひどく。 ―――ひどく。 「しばらく敵襲もないだろうしゆっくり休んでろよ」 「偶には甘やかしてほしいんだろ? ―――グラハム」 だとすれば君はしょっちゅう私のことを甘やかしている、と。 ―――珍しくも静かに笑い返した。 |
砂漠でなにやってんだ、このひとたち………。
イメージは一期13話(?)の生スナイプ兄貴あたりをご参照あれ☆