※リクエストのお題:『00』パラレル設定で明るめのお話。

※―――の、筈が微妙にセンチメンタル入りました(おい)

※兄貴がみんなを振り回したり振り回されたりしながらのハロさんな一日。

端的に言えばハロさん視点によるハロさんの過去・現在・未来(謎)

 

 

 

『彼』の体内を流れる時計は正確だ。誰の目にも見えぬ時間という存在を寸分の狂いなく数え続ける。
『彼』に記録された出来事は正確だ。誤謬もなく、齟齬もなく、あるがままをあるがままに刻み続ける。
 取捨選択などしない。体内に組み込まれたメモリーバンクが許す限りすべての物事を記録し続ける。
 かつて『彼』を創った人物は言った。お前たちはいつか来る「出会い」のために創られたのだと。人類の歴史を、素晴らしい出来事を、愚かな過ちを、「こころ」や「感情」という不確かで曖昧なものに頼る「ニンゲン」の視点からではなく、初めてそれを知った対象の目から可否を判断してもらうべく創られたメモリーバンクなのだと。
 ―――『彼』は、今日も目を覚ます。
 きょろきょろと辺りを見回した。マスターが居ない。
 慌てず、騒がず、センサーを働かせて辺りを探る。程なくして居場所を突き止めた『彼』はコロコロと硬い球体を器用にも飛び跳ねさせながら朝の挨拶へと向かう。
 そう。「朝」は「挨拶」をするものだと『彼』は教えられた。
 目的の人物は薄暗い室内でほんのりと輝く水槽を見つめ佇んでいた。円筒形の水槽は羊水層と言うのだ。その中にはマスターの大切な「こども」が眠っている。
『イオリア! オハヨウ! オハヨウ!』
「………ああ。ハロか。おはよう」
 振り向いた彼が穏やかに微笑む。片目に嵌められたモノクル。地上を追われた時の怪我がもとで彼の視力は著しく低下していた。すぐに手術すればある程度の回復は見込めたろうに、逃亡生活が続いたために結局は大した処置もされないままいまに至っている。ハロの中にその頃の「記憶」はない。ただ、「記録」のひとつとしてあらかじめ埋め込まれてはいる。
 最近は足元も覚束なくなってきた彼は杖を使用している。年齢と共に衰えを増してきた腕に抱えられ、共に羊水層の中を見守る。
 水の中でたゆたう、「おとこ」とも「おんな」ともつかない「こども」。
 黄緑色の髪をした「こども」は、イオリアの遺伝子を継いだ紛うことなき「子孫」なのだと聞いている。彼は「こども」の目覚めを心待ちにしている―――と、聞いてはいる、が。
 最近のハロはその「情報」に僅かな認識のズレを感じつつある。
 イオリアは「こども」の目覚めを待っている。
 でも、待っていない。
 明らかに矛盾する「記録」と「想い」に最近のメモリーは微妙なバグを生じつつある。このまま行けば蓄積されたバグが何らかのエラーを引き起こすのかもしれなかったが、イオリアはそれと知りつつもバグを排除しようとはしなかった。むしろこの時ばかりはあからさまに喜んだ。
 けれど、ハロにはイオリアが喜んでいる理由がわからない。
 ぱたぱたと耳をはためかせた。
『リボンズ、モウスグ起キル! モウスグ起キル!』
「―――そうだな。こうして眠っていられるのはあとほんの少しだろう。目覚めたならば………この子は怒るのか、嘆くのか。あるいは恨むのやもしれんな。豪勢に飾り立てた白亜の宮殿と僅かな仲間しか残してやれない私のことを………」
 ―――ああ。まただ。
 また、内部回路がチリチリと不具合を訴える。
 イオリアの台詞にどのような反応を示せばいいのか分からない。そのような「情報」は組み込まれていない。故にハロはこんな時、ただ只管に耳をぱたつかせて丸い身体をゆらゆらと揺らすのだ。
『イオリア、泣イテル? 泣イテル?』
「はは、泣いてなどいないさ。………ハロは優しいな」
 これから生まれてくる「こども」たちが、皆お前のように優しければいいのに。
 だが、無理だろうな。
「優しい子が、優しいままに生き残るには辛すぎる世界だ―――」
 そのような世界に生まれてこいと、生まれてきて尚、「ひと」という不確かなもののために生きろと命じる己はまったくもって非道な存在なのだろうと。
 呟いたイオリアの表情を見て再びハロは身体を蠢かせた。

 ―――だが。

 それでも私は願おう。
 我が子たちの未来に幸あらんことを。

 


星めぐりの歌


 

『彼』の体内を流れる時計は正確だ。誰の目にも見えぬ時間という存在を寸分の狂いなく数え続ける。
 今日もまた定時きっかりに目を開けて辺りを見回す。周囲は薄暗く、部屋の主も未だ眠りを貪っている。彼を起こすことこそが自分の使命であるとばかりに、高らかにハロは叫んだ。
『ロクジ! ロクジ! キショウ! キショウ!!』
 部屋の一角に設置された専用のふわふわ座布団からぽーんと飛び降りて、そのままベッドへとダイヴした。球体に押し潰された人物が「ぐえっ」と鈍い悲鳴を上げたが勿論頓着しない。よろよろと毛布の隙間から這い出てきた白い腕が枕元の時計を探る。傍には読みかけの本が乱雑に置かれたままで、ハロは当然のように彼が昨晩本を読み耽っていたがために就寝時間が遅くなったことを知っていた。しかしそれはそれ、これはこれ。起床時刻はいつもと寸分のズレもない。
 深く溜息をついた青年が往生際悪くシーツの中に頭を埋める。
「あと、五分………」
 呟きを無視してハロは室内に必ずひとつは設置されているラジオの電源をONにした。軽快なメロディと共に聞き慣れた女性の声が流れ始める。
『六時二分現在の予報です。ヴェーダは太平洋海域において高度30キロから45キロ付近を移動中。太平洋海域において高度30キロから45キロ付近を移動中―――』
 うんざりとした顔で漸く彼は上体を起こし、大きな欠伸をひとつ零した。髪の毛がまるで鳥の巣のようにぐしゃぐしゃになっている。彼を「頼りがいのあるガンダム・マイスター」だと認識している後輩たちにはとてもじゃないが見せられない有様だ。
 寝起きは悪かったが流石に軍人、一度目覚めてしまえば後の行動は早い。もとよりこうして朝寝がしていたいとごねるのも火急の事態が生じていないと知っているからなのだ。髪の毛の跳ねを手で撫で付けながら青年が笑う。
「おはよう、ハロ」
『ニール、オハヨウ! オハヨウ!』
 いつもと同じ遣り取りにハロは素直に耳をはためかせた。
 手早く着替えを始めた眼前の青年こそが現在の『マスター』だ。ハロは彼が『彼』に似ていることを知っているし、だからこそ自分が目覚めたことを知っているけれど、でも、目覚めてしまえばきっかけなど大したことではないと思える―――独立AIではあるが―――ぐらいに今の生活が気に入っていた。
 軍服に着替えた彼は傍らのカレンダーを見て「いよいよだな」と顔を綻ばせた。備え付けのシンクの前で洗面を済ませる間、ハロは床を転げ回ったり歌を歌ったりベッドで飛び跳ねたりしているので、苦笑した彼の手によって専用座布団の上に戻されることも多々あった。
 時にハロは、じっと一箇所に静止したまま青年の様子を見詰める。おかしなことに青年は、本当に偶にではあるが、鏡の中の自分を見つめて物凄く神妙な表情をするのだ。時代と共に美醜の基準は変わるとしても、世間一般から見た彼は充分「美形」に分類されると分析していた。「美形」の何割かが「自己愛」に突出していることも情報として取得してはいたけれど、青年は鏡の中の己に見惚れている訳ではない。やたら真面目な顔をした彼は鏡の表面に手をついて「おはよう、ライル」とハロのデータにない名前を呟くのみだ。もしハロが人間だったなら「ライル」の正体が気になったり、ニールに正面きって尋ねたり、隠れて調べたり、確かめることもできずに悶々としたのかもしれないが、ハロは独立AIだったのでその辺の機微は理解しなかった。
「今日は少し暑い気がするな。オレの気のせいか?」
『キオン、チョウセイチュウ! キオン、チョウセイチュウ! キノセイ、キノセイ!』
「ははっ、言われちまったな! 人間の体感温度ってのは思い込みでも結構変わるからなあ。赤道直下にいるぞって言われるとなんだか暑い気がしてきちまうんだよ」
 くつくつと笑いながら支度を終えた青年がハロを慣れた仕草で抱えあげる。
 部屋から出て朝食を取るべく食堂へと向かう。途中、見慣れた人物を視界に捕らえてニールが挨拶を交わした。しかし、何故だろう。見慣れた人物ではあるが服装は見慣れない装いである。片手に提げたウィスキーの瓶は既にデフォルトと化しているので今更何を言うつもりにもなれないが。
「おはようございます、ミス・スメラギ」
「あら? おはよう、ニール。それからハロも!」
『オハヨウ、オハヨウ!』
「………つか、朝っぱらからなんつーカッコしてるんですか。あなたは」
「何かおかしいかしら?」
 きょとんと目を瞬かせた彼女は自分の格好を検める。下に穿いているズボンは軍から支給されたものなのでいつもと変わらない。問題は上だ。カーキ色の軍服の上着は腰に適当に巻きつけて二の腕どころか胸元ぎりぎりまで晒し、角度によっては胸の谷間がしっかり丸見えだ。材質と光沢からしてもとは水着なのだろうとハロの解析能力は結論付けた。そんなモン解析してどーすんだと言ってはいけない聞いてもいけない。
「オレを始めとした男連中にとっちゃ眼福でしょうけどね。艦内にはうら若い青少年も大勢いるんだからほどほどにしてくださいよ」
 苦笑まじりの言葉にうふふ、とスメラギは上機嫌に笑う。
「偶にはいいじゃない。だって赤道直下にいるのよ? 暑くてたまらないわ!」
「オレもさっき同じことを言ってハロに突っ込まれましたよ。艦内の気温調整は完璧だってね」
「あらあ、そうなの?」
 無粋なこと言っちゃ駄目でしょー、ハロ。と指先で頭頂部を突付かれる。何がどう無粋なのか判断がつかなくてとりあえずハロは瞳を点滅させた。
「ところでミス・スメラギ。今夜は―――」
「わかってるわよ。ちゃあんと仕事終わらせたら駆けつけるから。ホントあなたってマメよねえ」
「楽しめる内に楽しんでおかなきゃ損じゃないですか」
 赤道直下に長期間とどまるなんてそうそうない機会ですし、と、彼は実に嬉しそうに笑う。
「じゃあまた、夜にね」
「夜は上着を着てくることをお勧めしますよ」
「ふふ。ありがと」
 軽く手を振って分かれる。以降は振り返らずに食堂への道を進んだ。たとえ離れてすぐの背後で、
「ああ、クジョウおは―――っ! な、ななななんて格好をしてるんだ君は!!」
「おはようビリー。なあに? 真っ赤になっちゃってー」
 という非常に面白そうな会話が聞こえてきていたとしても首を突っ込むのはナンセンスであった。
 いつも通りに食堂の扉を潜り、トレイの上に朝食を並べながら辺りを見回していた彼は、テーブルの一角に並んだ面々を見て顔を綻ばせた。ハロの目も同じ光景を捉える。彼らが揃っているとは実に珍しい、同じ時間帯に食堂に居たとしてもテーブルを別にしていることが多いのに―――と人間ならば感じるところだが、ハロは冷静に「座席が他に空いていないからだ」と結論付けていた。
 果たして持ち主の方はそこまで考えたか否か、彼らの傍に空いている一席を目ざとく見つけて手を伸ばす。
「よ! 皆おはようさん! 一緒していいか?」
『オハヨウ、オハヨウ!』
「おはようございます」
「おはようございます、ニール。勿論いいですよ」
「勝手に座りゃいーんじゃねーの」
「………おはよう」
 最後にぼそりと零された少年の言葉に満足げに頷き、ついでにその頭を手袋ごしに撫でながらしっかと腰掛けた。ティエリアも、アレルヤも、ハレルヤも、刹那も、彼にとってはとても大切な仲間だ。ざっと見、ティエリアと刹那の食事はほぼ終わりかけているようだった。
 ここに座ってろと青年の膝の上に抱え込まれる。この高さだと視線がぎりぎりテーブルの高さを超えるぐらいで、傍からでは本当に小さな子がテーブルの下から顔を覗かせている印象になる。
 今日の天気はどうだとか『ヴェーダ』の動向はどうだとか任務の進捗状況がどうだとか他愛もない会話が続く。とはいえ主に話をしているのはニールであり、答えるのはアレルヤ中心、時々ハロかハレルヤといった具合だが。他の面子であればごくごく当たり前の光景ですらも「五人揃って」と条件がつけばなかなかに珍しい情景に早代わりする。ここにあのグラハム・エーカーやパトリック・コーラサワーが加わったなら更に混沌とした様相を呈したろうが、幸か不幸か現時点ではどちらの影も見当たらなかった。
「でよお、そんとき偶々地上のニュースを見てたんだが………」
「電波が入る地帯でしたっけ? 僕は最近ニュースを見てないんですけど」
「あの一帯なら問題なく映るぜ。地域ごとの特色があって面白いんだ」
「失礼します」
 ニールとアレルヤの会話など何処吹く風、素っ気無くティエリアがトレイを抱えて席を立つ。いつもいつとても彼はマイペースだ。お人好しの青年に言わせればすべては「ヒトとの付き合い方が分かっていないだけ」となるらしい。取っ付き難い言動のお陰でティエリアはあまり軍に馴染めているとは言い難かったが、ハロはティエリアのことが好きである。彼は同じ『城』に居た『仲間』なのだ―――稼動年数的に時期が被っていたとは考えにくいけれど。
 親愛を表すようにハロはぱたぱたと耳を振る。
『ティエリア、ゴチソウサマ! ゴチソウサマ!』
「………ご馳走さま」
 咎められたとでも感じたのか、ミリマイクロ程度の申し訳なさを滲ませて眼鏡の少年が答えを返した。
 事の成り行きを眺めていた青年がそれはそれは嬉しそうに笑う。
「ティエリア、忘れんなよ! 今日の二十一時に甲板に集合だからな!」
「わかっています。まったく、あなたは本当に強引な上に他人の都合を考えないひとですね。私にはやることがあると言うのに」
「どーせ『ヴァーチェ』の探査とかそんなんだろ。偶には休めよ。脳を酷使したっていいことないぜ?」
 軽く肩を竦めるニールを一瞥してから、今度こそティエリアは背を向けた。他の面子には挨拶らしい挨拶がないことさえも彼らしいと言えるだろうか。
 自分の皿に向き直った青年は右隣に座る少年へと目を向ける。
「刹那。そーいやお前の題材はなんだったっけ?」
「ヘラクレスだ」
「英雄だな」
 青年が頷くと更に少年は赤茶色の瞳を僅かなりとも輝かせて言い募った。
「奴はすごい。ありとあらゆる大事を成し遂げている。素晴らしい任務達成率だ」
「でも結局そいつって最後は女に―――いでっ!!」
「夢を壊すようなことを言うのはよくないよ、ハレルヤ」
 アレルヤはにっこり笑っている。笑っているが確実にテーブルの下でハレルヤの足を踏んづけている。周囲の人間に水面下の攻防は見えずともハロには見える。座高(?)の低いハロなら勿論見える。即ち『ハロさんは見た!』である。どうでもいいが。
 アレルヤ、ナイス! とさり気に少年の影でガッツポーズをしたニールは、笑いを零しながらふたりを鷹揚に指差した。
「刹那もそうだけどさ。お前らもきちっと話せるようにしとけよ。双子座のラスカルとボルボックス!」
「カストルですよ」
「誰がボルボックスだ」
 ラスカルはアライグマですよねとアレルヤはにこやかに笑いながら、ハレルヤは踏まれた足の痛みを堪えながらそれぞれ答える。こういう時のわざとらしい間違いを果たして青年が故意にやっているのか素でやっているのか、聊かハロは判断に迷う時がある。心拍数の変動を数えたところで嘘をつき慣れている人間はちょっとやそっとじゃ動揺しないのだ。
 あなたは何をやるんでしたっけと銀目の青年が問い掛ければ「射手座とアルゴ船かな」とニールが気さくに答えた。ああ、と得心がいったように相手は頷く。
「狙撃手ですね」
「ライフルでも戦闘機でもないけどな」
 笑いながらニールは食後のコーヒーに手を伸ばした。




 事の発端は、ニールが地上で一冊の古本を発掘してきたことにある。
 ああ見えて読書家の彼はほとんどの文章が電子化されつつある昨今においてさえ方々の古書店に出かけ、色んな本や雑誌を買い求めてくるのだ。だから彼の部屋は常に書物で埋もれていてせせこましくも埃っぽい。でも、本に囲まれてるとなんだか嬉しくなるんだから仕方がないじゃないかと喜んで語る姿を見せられては、周囲としてはせいぜい「視力を落とさないよう気をつけろよ」と忠告するより他にない。
 今回ニールが発掘してきたのは星座の本だった。星座は星座でも、かつて一般に広く知られていたという八十八星座が、それに纏わる神話と共に紹介されていたのだ。内容の簡潔さと挿絵の多さからしておそらくは学習キットだったのだろう。
 内容を簡単に読むだけなら三十分とかからない薄っぺらな本を片手に何故かニールは非常に高揚し、ハロを相手に滔々と語ってくれた。これはギリシャ神話だ、『ヴェーダ』との戦いが始まって以来、空を見上げることは禁忌に等しくなっちまったから廃れちまったんだろうけど今でも話題にのぼることがある、小さい頃は親に頼んでこの手の本をたくさん読んでもらった、オレの地方に伝わる伝説はそれこそずうっと昔から伝えられてきたような内容で、物語の登場人物は隻眼の主神、隻腕の軍神、破壊の杖、蛇神、死の国を支配する女神、光の神と盲目の神………。
『セキガン! セキガン!!』
 片目の『王』だなんてまるでイオリアのようだ。ニールは何処か懐かしむような顔をしながら本の表紙を撫ぜている。
「………ハロ。確かもう少ししたら赤道上を移動するってミス・スメラギが言ってたよな?」
『トオカゴ! トオカゴ!』
 管制室に問い合わせるまでもなく行程の予定を伝えれば、青年が笑みを深めた。その時は既に夜もだいぶ更けていたのだが、「今ならまだ起きてるだろ」と無礼を承知で彼はスメラギのもとを訪れる準備を始めた。アルコールの一本や二本を伴えば問題あるまい。ニールとスメラギが所謂男女の仲に成り得ないのは付き合いの長い連中なら疾うに理解している。彼は色恋にほとんど興味を示さなかったし、彼女はこころに決めた相手がいるとそれとなく知られていたからだ。
 上着を引っ掛けた青年はそれでも念のためとばかりにハロを抱えあげる。まさかハロが居る場所でイカガワシイことには及ぶまいよと、どうしたって存在する不特定多数の不貞の輩に対する防衛策だ。
「折角だから楽しまなくちゃ損じゃないか」
 まるで子供のような顔をして彼は笑う。
「だって、赤道直下なら八十八星座が全部みえるんだぜ?」
 ―――そんなこんなで。
 赤道に沿って移動を続ける日の夜に、星座に纏わる神話を語り合う回が開かれることとなったのだ。自由参加ながらも主だったパイロットに神話を半ば無理矢理にでも語らせるとあらば面白半分でも聞きに来る連中も増える。おそらく今夜の甲板は常にない人数で溢れ返ることになるだろう。
 まったく、お騒がせもいいところである。




 軍の任務や緊急の出動要請がない限り基本的にハロの行動は自由である。それでも彼は規則的に同じ場所へ行き、同じことをする。既にして習慣になっているそれをしてニールは「ワーカーホリックになるなよ」と心配していたが、独立AIにも斯様な観念が存在しているのかは当事者たるハロにだって分からない。
 食堂で青年と別れた後はコロコロと廊下を転がって戦闘機の格納されているドックへと向かう。ついでのように管制室を覗けばスメラギとクリスとフェルトがお喋りをしていた。主に話しているのはおとなのふたりで、フェルトはおとなしくクリスに髪をといてもらっている最中だったのだが。高性能なハロの集音機能はいささか距離のあるふたりの会話さえも捉えていた。
「………で、この間イアンさんのとこ行ったんですけど。ほんともー可愛くって可愛くって! 妹がいたらあんな感じなのかなあって。ね、フェルト!」
「うん」
「ミレイナだったかしら? 話を聞く限りでは元気みたいね。安心したわ」
 無邪気にはしゃぐクリスとは少し異なる安堵の笑みをスメラギが頬に刻んだ。ミレイナはイアンの実の娘である。奥さんとの年齢差がかなりあるので、イアンとミレイナが並んだ図は下手すると祖父と孫のようにも見えた。
「今度お土産かってこうと思ってるんですよー。ミレイナにはお人形さんて決めてるんですけど! あ、フェルトにはお洋服かってあげるね! でもあの子だったらケーキの方が好きかなー。フェルトはどう思う?」
「………シュミレーション構築用のデバッグリスト」
「え。それあげるの?」
 約束したから、とフェルトが呟く。約束を守るのはいいことよね、とスメラギが微笑む。
「シュミレーションが好きならティエリアとも趣味が合うかもしれないわね。イアンからも我が子ながら将来有望だって聞いてるわ」
「ミレイナも十四歳になったら軍に入るんですかね。一般人として暮らした方がやっぱり幸せなんじゃないかなあって思ったりもするんですけど」
「どうしたいかは本人に決めさせましょ。地上の学校に通う選択肢もあるって両親から説明も受けてるでしょうし」
「でもー、同年代の子と遊ぶ機会がないのはどうかって個人的に思うんですー」
 ゆらゆらと身体を揺らしながら見守っていたが話が途切れる気配はないし、こちらに気づいた様子もない。すい、と身体を傾けてハロはドックへと向かう足を速めた。
 すれ違う兵士たちと『オハヨウ!』、「おはよう」と言葉を交わしながら自動扉の前に立つ。認証システムをクリアして重たい鉄製の扉が開いた。ドック内はソレスタルビーイング・ユニオン・人革連・AEUと大まかにブロック分けされているが、ケーブルの配線や工具の関係で高性能な戦闘機は必然的に一箇所に固まるよう配置されていた。
 入り組んだケーブルとテーブルの間を器用に転がり抜け落ちながら滑り込む。途中、ユニオン地帯で見慣れたポニーテールが目に入った。
『オハヨウ! オハヨウ!』
「あれっ、ハロじゃないか。おはよう。今日は三分ほど遅刻だね」
 何処かで寄り道してたのかな、とビリー・カタギリが笑いながらドーナツを摘む。精密機械の傍で食べるのだけはやめてくださいよと助手たちにしょっちゅう言われている彼ではあるが、実はこれでも結構気を使っていて、きちんと部品の類は遠のけてから甘味にありついているのだ。普段のビリーならとっくにフラッグの研究に勤しんでいたろうが、今日は来客があったらしい。上品な白髪の紳士がビリーの隣の椅子に腰掛けている。エイフマン教授だ。
『キョウジュ、オヒサシブリ! オヒサシブリ!』
「おお、ハロか。久しぶりだね。相変わらず君の優秀さには驚かされる」
 穏やかな笑みと共に差し出された右手を、金属製の小さなてのひらで握り返す。いまこの瞬間にも君の集積回路は情報を蓄積しているのだろう、メモリーバンクに私の声や表情すらも記録されていると考えると空恐ろしくもあるな、どの程度理解しているかは知らないが、四六時中、君と行動を共にできる彼は肝が据わっているというか何も考えていないというか………。
 教授の言葉をおとなしく聞き逃していたハロだったが、話の内容が「マスター」に向かっていると理解して目を点滅させた。
『ハロ、ニールトイッショ! ニールトイッショ!!』
「………ああ、そうだな。勿論君はそう答えるだろう。だが―――」
 教授の纏う雰囲気はイオリアに似ていたが、イオリアの言葉と違って何だか彼の言葉は受け入れ難い。「受け入れ難い」理由は「バグ」であると考えられたが、一先ず、ハロはそのままふたりに背を向けてコロコロと地面を転がった。背後でビリーの深い溜息が聞こえる。
「教授。ハロを怒らせないでくださいよ。彼が怒ると結構面倒なことになるんですから」
「すまない。進化する独立AIというのが興味深くてならんのだ」
「機械に感情は生じるのかという問題ですか? 確か教授は先日のレポートで―――」
 ドック内は整備音や稼動音が大きく、遠ざかってしまえば注力しない限りふたりの声も聞こえなくなる。必要とあれば耳を澄ますことも吝かではなかったが今は緊急時ではない。先刻までの会話は内部システムが「記録」するに任せてハロはソレスタルビーイングの担当区画へと転がり込んだ。
 角を曲がってすぐのテーブルにイアンとモレノが座っていた。
「おお、ハロか。おはよう」
「おはようさん」
『オハヨウ! オハヨウ!!』
 自らの指定席であるデュナメスのコックピットへ向かうと、ヴァーチェの中でティエリアが何やらぶつぶつと呟いているのが聴こえてきた。いつもの彼ならこの時間帯は既に『ダイヴ』していることが多いのだが、最近は心理探査ではなく調べ物に精を出している。気が逸れているならいいことだ、無理のし過ぎはよくないとニールにもモレノにも言われている。
 かぽっとデュナメスのコックピット内に設置された定位置に収まって通信を始める。先ずは機体に異常がないかを確認する。それから最新のプログラムをダウンロードして調整をして、ニールの個体情報にあわせてチューニングする。最終的にはパイロット本人による微調整が必要となるが、途中まではすべてがハロとメカニックであるイアンの責任だ。
 ぴこぴこと見ようによっては上機嫌に耳を振りながらハロは通信を続ける。今日のデュナメスは非常に調子がいいようだ。オールグリーン。二体の中に流れるのは単なる電気信号に過ぎないが、長年付き合っていれば微妙なノイズやバグさえも変換されてくるものだ。機械同士だけで通じる言語のようなものがあると最近のハロは理解しているし、知っている。
 ちなみに今朝の彼らの会話を人間の言葉に翻訳するとこんな感じになる。

『Hi! ポール。今日の調子はどうだい?』
『Hey! ジョン。まったく今日も調子が良すぎて困っちゃうね! 朝からワンホールのケーキでも踊り食いできそうな勢いだよ!』
『すごいな、ポール! なんでわかったんだい? 今日はお土産にケーキを持ってきたんだよ! でもちょっとばかり困ったことがあってね』
『なんだい、ジョン。なんでも言ってくれヨ!』
『持ってきたケーキは四つなんだが本当は五つ必要なんだよね。いま手元にあるナイフは一度きりしか使えないが、これでどうやって全員にケーキが行き渡るようにすればいいと思う?』
『Oh! そりゃ難問だよジョン! ケーキを追加で購入する予算もないってのかい!』
『全くだよ! でも、ポール。実は解決策はひとつだけあるのさ! このナイフを使って一撃で誰かをヤればいいんだよ! そうすればケーキは四つ、人数も四人! なんの問題もない!』
『HAHAHA! こーりゃ一本とられたね、ジョン!!』

 ………。
 ………。
 ………さて。
 独立AIと特殊OSが訳のわからん電波通信を交わしているのを他所に、メカニックと医者もコーヒー啜りながら他愛もない会話に興じていた。
 モレノが自分のポケットからごそごそと何かを取り出す。
「そういや、イアン。色々と実験を繰り返してたら面白い薬が出来上がったぞ」
「あん? まーたヘンなもん開発したんじゃないだろうな。この前みたく飲んだ瞬間に全員が笑い出しちまう『ワライダケ・グレート』みたいな薬は御免だぜ」
 ほんの一月ほど前の出来事を思い出してイアンが眉を顰める。
「まあ似たようなものだな」
「似てるんか!」
「うむ。今度の薬は飲んだ瞬間に『好き』としか言えなくなる」
「ああ?」
「名付けて、『いつでもどこでも伝説の樹の下で告白モード・デラックスくん』」
 顰めていた眉をますます顰めさせて、イアンがこめかみに手を当てる。本当にこの友人はくだらない薬品ばかり作ってくれる。勿論医者としては優秀だし、彼のお陰で助かった兵士は数え切れない。けれども一方では謎の薬を作り上げては兵士に勝手に投薬してくれるので頭が痛い―――とは、ハロのメモリーに記録されているイアンのぼやきである。
「………何を聞かれても『好き』としか答えられなくなるんだな? ミッション中だったら最悪だぞ」
「暇な時分なら問題あるまい。面白そうじゃないか。いつもは『キライ』としか言ってくれないあの子が何を聞いても『好き』と答えてくれるんだぞ」
「―――ニールが欲しがりそうだな」
 ぼそっとイアンが零す。おそらくその場合、ニールが薬を飲ませる相手は刹那だろう。いつも彼は刹那の無愛想さを嘆いていたし、自分は彼に嫌われているんじゃないかと恐れている節があるし、喩え嘘だと分かっていても大事にしている少年から「好き」と言ってもらえたら舞い上がってしまうに違いない。無論、少年の「本心」は丸っきり無視である。
 とはいえニールは過保護に輪をかけた過保護なのでちょっとぐらいは薬を使いたいと思ったとしても、「どんな副作用があるか分からないのに飲ませられるか!」と拒否するとハロは判断した。
 どちらかと言えば、より危険なのは。
「グラハム・エーカーの方が欲しがるかもしれんぞ?」
 と、イアンがいまひとりの名前を挙げた。
 常から彼はニールに果敢なアタックを仕掛けているが悉く拒絶されている。あれはあれで正義感の強い青年だからやはり薬に頼ることをヨシとしない可能性は高い。しかし一方では、「姫の声で語られる言葉ならすべて美しい!」と理由にも理屈にもならない感情を満たすためだけに積極的に使うかもしれなかった。
 結局のところ、こうしてふたりで語っている分には他に薬が流れることもないから杞憂なのだが。
 こっそりとモレノがイアンに耳打ちする。
「こういう作戦はどうだ? 朝食のじゃがいものどれかひとつに薬を仕込んでおく。じゃがいもならニールもグラハムも大好物だろう」
「でもって、ニールが刹那にじゃがいもを分ける可能性もある―――と。だが、グラハム・エーカーが食べたらどうするんだ?」
「別にどうもせんよ。エース殿が『好きだ』しか言えなくなっても今更困るような部下も上司もいるまい」
 なんだかとんでもない言い分である。ついでに言うとその三人以外が食する可能性だって充分あるのだが、とにかく、折角作ったのだから誰かで薬の効果を試したくて仕方がないのだ―――きのこ頭のこの医者は。
 それから更に声を潜めてぼそぼそとふたりで細かな作戦を練っていたようだったが、ハロが結論を聞くことはなかった。デュナメスの定期診断を終えたハロは、そろそろ上空に『ヴェーダ』が見える時間帯だからと自席を抜け出したのである。
 あの白亜の城には「23」がいる。彼はハロのことなど忘れて久しいかもしれないが、ハロは彼を忘れたことはなかった。いまでも時折りティエリアの『ダイヴ』に付き合っているとノイズの狭間に「23」の痕跡を見つけることがある。それはガラの悪い言葉だったり、ガラの悪い言葉だったり、ガラの悪い言葉だったりしたが、どれも大切なもののようにハロには感じ取れた。
 だから、たとえ互いに視認できなくとも『ヴェーダ』の姿を目に留めたいと思うのだ。
 ころころと甲板めざして床の上を転がっていく。飛び跳ねて行くこともできたが、球体である利点を活かした方が移動速度は速い。先刻は管制室の前を通りかかったが、今度はトレーニングルームの前を通りかかって、やっぱり、ちょっとだけハロは中を覗いてみた。
 ランニングマシーンで刹那が走っている。隣ではラッセがスパーリングに勤しみ、更に隣ではリヒティがマットの上に伸びていた。
 でかくて重たいサンドバックを前にラッセが呆れたような声をあげる。
「なんだ、リヒティ。もうバテたのか? クリスを射止めるために特訓するんじゃなかったのか」
 そもそもお前の『身体』はオレたちより頑強なはずなんだがと、黒髪の青年は同意を求めるように刹那へと視線を転じる。少年は、黙したままランニングマシーンの速度を上げた。マットに伏せたままリヒティが嘆く。
「そうは言いますけどねー。機械化されてるのは一部だけなンすよ。だから返ってバランス悪いっつーか鍛え難いっつーか―――メンテも大変ですし。………いっそのこと内臓全部いれかえちまった方が楽なのかもなって」
「それはやめておけ」
「やめておけ」
 ラッセと刹那の声が重なった。少年もまた聞いていないようで聞いていたらしい。
 思わぬ二重奏に青年たちが揃って呆気に取られた表情を浮かべ、次いでリヒティは小さく声を上げて笑った。
「―――冗談っすよ! 生身の大切さは自分がよく知ってますんで!」
 じゃあもうひと頑張りと行きますかね!
 朗らかに笑った青年がくたばっていた身体を起こして大きく伸びをする。それを確認したラッセはスパーリングに戻り、刹那は相変わらず無言で走り続ける。
 彼らの会話に『安堵』にも似た何かを感じて、ハロは再び静かに転がり始めた。
 廊下を左右にごろごろ転がりながら歩いていると今度はまた少し珍しい人物に鉢合わせた。いつもなら彼女は訓練に勤しんでいるはずなのだが、気分転換でもしたかったのか。応接間のロビーに腰掛けて本を読んでいる後姿に声をかける。
『ソーマ! ソーマ!』
「! ………な、なんだ。ハロか」
 慌ててソーマが手にした本を背後へと隠した。思い切り怪しい態度な上に、本の表紙に『ケーキの作り方』なるタイトルがしっかり視認できたのだが、勿論ハロはそんなこと気にしなかった。
『ソーマ、キュウケイチュウ? キュウケイチュウ?』
「そんなところだ。偶には休まなければならないと大佐にも言われているからな」
 決して、決して、作戦を練っていた訳ではないぞ! と物凄く真面目な顔で語る。しかしていつもより瞬きの回数が増えているのだから見るひとが見ればバレバレである。
 転がっているハロを拾い上げて膝の上に抱え込む。ゆるゆると頭を撫でられるのはなんとなく嬉しい。以前はハロを撫でるのは『ヴェーダ』に居た幼い「こども」ぐらいだったのだが、ニールがしょっちゅう撫で回してくれるお陰でいまは誰でも彼でもハロを撫でていく。それに否やはない。鉄の身体は熱を保つことこそないけれど、こんな単純な作業だけで誰かの内心があたたまるなら充分意味があると思うのだ。そして、そんな考え方は以前の自分にはなかったと、メモリーに『記録』として刻みつけておく。
「………なあ、ハロ」
 ぽつり、と、宙を睨まえたままにソーマが呟いた。
「実は近々アンドレイと皆で夕食をとることになっていてな。折角だから手料理でも試みてみようと思ったのだが、マリーも事これに関しては苦手らしくてな。かといってアレルヤやハレルヤに相談したところで同じことだろう。いや、意外とあのふたりは得意かもしれない。しかし、頼り切るのも悪いと思うのだ」
 人格者で知られるセルゲイ・スミルノフには息子がひとりいる。けれども、多くの人間に慕われている事実とは裏腹に親子の関係は微妙であるらしかった。それは母親を軍事関係で亡くしてしまったことが原因かもしれなかったし、セルゲイが口下手であることも影響していたかもしれないし、ソーマたち超兵が息子を差し置いて家族同然の付き合いをしていることが関係しているかもしれなかった。
 このままではいけないと彼らは度々親子と共に会食しているのだが、少なくとも現段階ではさしたる効果は見られていない。だからこそ「外食ではなく手作り料理にすればいいのだ!」との結論に至ったのだろうが、どうにも上手く行かないらしい。
 ソーマがハロ相手にぶつぶつ呟いていると、廊下の向こうから巨大な食器ケースを抱えたニールがやって来た。反射的にソーマの腕から飛び上がったハロは、勢いのままに床を超速球で転がって彼のやや手前でテンポよくリバウンドした。
『ニール! ニール!』
「うおっ!? って、なんだ、ハロかよ」
 いきなりヒトの顔に飛び掛るのはやめてくれ、と、上手いこと左手だけでハロをキャッチした青年は苦笑を漏らした。
 次いで、ソファの前に立ち上がった少女へと視線を転じる。
「お。元気そうだな、ソーマ」
「中尉もお元気そうで何よりです」
 即座に敬礼を返す少女に、相変わらずだなあと青年は困ったような笑みを浮かべた。受け止めたハロを小脇に抱え直しながら少しだけ首を傾げる。
「あー………っと。何かハロと話してたのか? 邪魔して悪かった。もう行くからさ」
「いえ。特に大したことは話しておりませんので」
 こちらこそ失礼しましたと、きっちり深々と礼をする彼女は実に礼儀正しい。ともすれば他人行儀で冷徹とも思われがちな態度ではあるが、紫の髪をした眼鏡の少年の態度に慣れているニールにしてみればどうということもない。無表情であることと感情がないことは別問題だ。ソーマはもとより、ティエリアも刹那もハレルヤも感情が読みにくいと言われているが慣れれば実に分かりやすい。―――とは、かつて彼がハロに嬉しそうに語った言葉である。
「申し訳ありませんが私はこれで失礼します。調べなければならないものがありますので」
「そっか。んじゃあハロ、お前はオレと一緒に甲板行くか? 今晩の準備をしておきたいんだよな」
『ハロ、イッショイク! イッショイク!!』
 ぱたぱたと耳をはためかせるハロを見て、なんだか怒っているようにも見える角度にソーマが眉を吊り上げた。
「お忙しいようであればお手伝いいたしますが」
「ありがとな。でも、大丈夫だよ。ソーマも用事があるんだろ?」
 ハロが手伝ってくれるから問題ないって、と笑う彼にまったくの悪気はない。それだけに少女はやや困ったように後ろに隠し持った本を気にする素振りを見せて、幾度か口を開閉させて言いよどんだ挙句に手伝いの申し出とは別の言葉を発した。
「中尉」
「ん?」
「今度、お暇な時に相談に乗っていただけませんか。アンドレイと会食する予定があるのです」
「へえ。そりゃあいい!」
「我々は今度こそ任務を成功させなければならない」
「いや、任務って………もっと気楽に行こうぜ?」
 あんましかたくなってるといいアイデアも浮かばないからな。後で相談しようぜ、と笑いかける。
 右手に食器ケースを、左手にハロを抱えた格好は傍から見ても珍妙だし大変そうでもある。せめてここはハロが自分で歩くと言い出す―――腕から抜け出す―――べきなのだが、何故か、彼の腕の中は心地いいので離れたくないなと思ってしまう。むかしから「こども」たちには抱えられていたし、イオリアにも抱えてもらっていた。だからと言う訳ではないが、ハロだって時には誰かに甘えたい。そう、これは『甘え』と呼ばれるバグだ、との記録をまた書き付けて。
 ソーマと別れた後でニールとハロは漸く甲板へとやって来た。雲の上なので当然のように晴天。差し込む日の光は強すぎて眩暈すら起こしそうだ。
 その突き抜けるような蒼穹の果てに………『白い絶対者』が姿を垣間見せている。
 イオリアが創り上げた城。
 イオリアの遺体と「こども」たちと「23」が眠る城。
 ―――『ヴェーダ』。
 並んで空を見上げたニールは微かな唇の動きだけで「ライル」と呟いた。未だに彼は「ライル」の何たるかを語ろうとはしないが、きっと、『ヴェーダ』に関係ある何かなのだとハロは考える。いつか彼が「ライル」について話してくれるだろうと思っている。あるいは、信じている。
 期待できないことを期待せずに待つ行為は「信じる」に分類してよかっただろうかと内部メモリーに識別信号を送りながら、ハロもまた黙って空を見つめていた。




 赤道上とは言えかなりの高度があるし夜は冷える。昼間の業務を終えた者たちが上着を羽織って三々五々、見通しの利く甲板に集まってくる。もしいま『ヴェーダ』がプトレマイオスに一斉攻撃を仕掛けたならばかなりの犠牲者が出るだろうな、なんて、不吉な予想を立てながら揃いも揃って苦笑い。暇な奴だけ集まってくれればいいと主催者が告知した割には随分と人数が集まっていた。せめて暖を取れるようにと即席コンロでコーヒーやミルクを温めていた青年が僅かに零す。
「こりゃあ足りないかもしれんなあ」
『ハロ、ザイリョウチョウタツ! ザイリョウチョウタツ!』
「んー、まだしばらくは大丈夫だろ。そん時はオレが取りに行くから、ハロは皆にマグカップ配ってくれよ」
『ガッテンショウチ!!』
 食器ケース内のマグカップを意外にもスムーズな足取りで皆に配って歩く。と、青年がひとりで調理しているのに気づいた面々がぞろぞろとやって来て手伝い始める。おそらくプトレマイオスのメンバーは世間的に『お人好し』と呼ばれる部類の人間が多く、たぶんに青年の人徳とやらも関わっているのだろうとハロは分析する。
 センサーで見渡した空は満天の星空。
 当たり前だ。雲の上を飛んでいるのだから視界を遮るものは何もない。『ヴェーダ』が空への人類の進出を留めたお陰で未だ大気汚染の類も進まず、イオリアが居た時代よりも遥か未来に当たる「現在」の方が美しい空になっているのはなかなかの皮肉であるのかもしれなかった。即ち、人類は自身よりも強い何かに抑え付けられていなければ加減することすらできないのだ、と。
 視界を水平に戻して再び辺りを見渡した。アレルヤとハレルヤ、ソーマ、刹那、ティエリア、スメラギ、ラッセ、リヒティ、クリス、フェルト、イアン、モレノといったソレスタルビーイングの構成員に加えてセルゲイやグラハム、ビリーと言ったお馴染みの面々も顔を揃えている。この場にカティやコーラサワーがいないのは実に残念であると言えた。
 ニールから直接マグカップを受け取ったセルゲイが渋い顔をする。
「まったく。君はいつも珍妙な企画ばかり立ててくれる」
「お騒がせして申し訳ございません、大佐。でも、参加していただけて嬉しいですよ」
「聞き手として参加してもよいと聞いたのでな。なに、なんだかんだ言いながらも結構楽しませてもらっている。意外に思うかもしれんが特にハレルヤなど私を前にわざわざ語りの練習を―――」
「おい、そこ! なに勝手なこと抜かしてやがんだクソジジイ!!」
 舌打ちと共にハレルヤがふたりの間に割って入る。こころなしか頬が赤らんでいるのは気のせいではあるまい。ハレルヤの後ろに続いていたアレルヤまでもが「ふたりでたくさん練習してきたよ!」と暢気に事情を暴露してくれるものだから双子の弟としては憤懣やるかたない。
 ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めた擬似家族を他所に「まったく、大した騒ぎですね」と、物凄くむすったれた顔をしながらやって来たばかりの少年が眼鏡の蔓を押し上げた。
「ティエリア、来てくれたのか」
「呼んだのはあなたです」 
「はは、そうだったな。………でもってティエリア」
「なんです」
「その荷物はなんだ?」
 ニールが示したのは細身の彼の手に抱えられた分厚いレポートだ。確かに自分の好きな星座の神話や逸話を語れるようにして来いとは言ったが、実際は適当なもので、星座の名前と星の配列ぐらい説明してくれりゃいいと青年は思っている。と、ハロは考えている。
 夜空に浮かぶ星の光を硬質な面に照り返しながら少年が真面目に告げる。
「伝説の類と言えども誤謬があってはいけません。間違った知識はのちの災いになります」
「災いって―――大学の講義でもあるまいし………」
「語る以上は星座の定められた歴史、神話の成り立ち、登場人物、時代背景、隠された教訓、他の神話との繋がり、ありとあらゆる方面に注意を払わなければならない。私は徹底的にやらせてもらう」
「そ、そうか。楽しみにしてるぜ」
 不適な笑みを浮かべる少年に対して、僅かばかり青年の笑みが引きつっているのをハロの優秀なセンサーは感知した。が、それ以上に優秀な内部回路は敢えてその事実を誰に告げることもなかった。
 密かに闘志を燃やしているティエリアの背後から今度は刹那がやって来た。彼は彼でノートらしきものを腕に抱えているので青年は苦くない苦笑を零す。おいでおいでと手招きすればスタスタと近付いて来る。ティエリアにコーヒーを手渡した後で注文を取る。
「遅刻せずに来たな、刹那。飲み物は何がいい?」
「コーヒー」
「よっしゃ、カフェオレだ!」
「………」
 ひとの話を聞いているのか、あるいは最初からメニューを決めていたなら尋ねるんじゃないと言いたいのか、とにかく物言いたげな少年ではあるが、反論したところで決定が覆されることはないと熟知しているために結局何も言い返しはしなかった。淹れたてのホットカフェオレにおとなしく口をつける。
 あらかた配り終えたことを確認してニールが前へ進み出る。左手にはハロ、右手にはペンライト、これで彼の準備は万端なのだ。腕の中の独立AIに「順番は誰からだったかな」と青年が問い掛け、ハロが答えを口にする寸前。
「姫! ここに居たのか、探したではないか!!」
「誰が姫だ」
 おはようとかこんにちはとかこんばんはとか久しぶりとか元気そうだなとか。
 およそハロの知識に属する「挨拶」に相応しい単語からこのふたりが会話を始めることは滅多にない。先ず最初に金髪の青年は相手を「姫」と呼ぶし、呼ばれた側はうんざりしながらも否定の言葉を先に返すからだ。
 意気揚々とふたり+一体の傍までやって来たグラハムは間近に置かれていたコンロに目を輝かせる。
「おお、これは! まさか姫が炊き出しをやっていたのかね?」
「寒いと思ってな。コーヒーなら少し残ってるから好きなだけ持って行けよ」
「実に有難い申し出だ。しかし私はそれを拒否する!」
「要らないのか?」
「私は自分で注ぐよりも君に注いでもらいたい! 私のカップはこれだ。さあ、遠慮なく注ぎたまえ!!」
 きらきらと実に輝かしい表情でテーブル上のカップを取り上げたグラハムはくるりと半回転し、無遠慮なまでにニールの眼前にカップを突き付けた。一応彼の動きは優雅と評せなくもなかったので、例えばこれが年頃の女性とか無邪気なこどもだったりしたら嬉しくなったり面白くなったりしたであろうが、生憎と相手はイイトシした男であり、おとなであり、ついでに言えばグラハムの言動・行動・反応に慣れ切っているニールであったのだ。傍に佇んだティエリアは呆れた視線で、刹那は無感動な目で、それぞれふたりの遣り取りを見つめている。
 素っ気無くも右手でカップを押し退けて。
「なに我侭なガキみたいなこと言ってんだ。ほら、とっとと淹れて来い。遅れるぞ」
「君がコーヒーを淹れてくれるというならば私は我侭にでも愚か者にでもなろう!」
「あほか!」
 ペンライトの先端を相手の額に押し付ける態度は物凄く大人気ない。さりとて、最終的には押し負けて相手の願いを聞いてしまう青年にも問題はあるのだろう。いまだって彼は再びの溜息を零した後に余り物のコーヒーをグラハムのカップに注いでやっているのだ。砂糖やミルクはこっちだ、との言葉まで添えてしまう辺り本当に―――。
『オヒトヨシ! オヒトヨシ!!』
「まったくだ」
「今更だ」
 ぼそり、とティエリアと刹那が同意を示した。
 ひとりご機嫌絶好調に我が道を行くフラッグ・ファイター殿は歩き去ろうとする青年の手を引っ掴んで留め置き、この場でも充分以上に確認できる澄み渡った空に清々しい笑みを浮かべる。彼の表情や口調や態度はまるで御伽噺や寓話や逸話に出てくる「王子様」のようだとハロは思う。
 のに、何故だか受け入れを中枢が拒否するのは彼の行動とか言動とかその他諸々のアレが素晴らしくアレだからに違いない。
「実に綺麗な夜空だな、姫! 少年! 眼鏡の少年! 独立AI!!」
「姫じゃねえ」
「………」
「いいかげん個人名を覚えていただきたい」
「諸君らの担当する神話を私は知っている。射手座にヘラクレス座に牡牛座だ。違うかね!」
「ンなもん前から申告してるだろーが」
「………」
「スケジュール表なら私がメールに添付して配りました。ご存知ないとでも?」
「ちなみに私はオリオン座を担当している」
「だから知ってるっつーの」
「………」
「毎朝毎晩食堂で宣伝していれば嫌でも気付きます」
 ニールの言葉も刹那の無言もティエリアの突っ込みも聞こえているのかいないのか。
「だが、いまにして思う。私はオリオンではなく蠍を選択すべきであったと!」
「別にやりたい話があったのか? なんだったら、いまでも変更して………」
 おかたい集まりじゃないんだしその程度の自由は利くだろう、と申し出たニールの両肩にがっしと手を置いてグラハムが瞳を輝かせる。
「そうか! ならばそうしてもらおうか!」
「けど、なんで蠍座にこだわるんだ? オリオンが蠍から逃げてるから嫌になったのか」
 逃げる、逃げないは星の動きから語られていることだ。
 神話の中でオリオンは蠍にさされて命を落とした。だからこそいまでもオリオンは蠍が天に上がる時期になると姿を隠してしまうと言われている。つまるところほぼ正反対の位置にいるのだ。まったく、むかしのひとは面白い配置にしたものだと青年は本をめくりながら語っていた、が。
 無論グラハムの主張はそんなところにあるのではなく。
「蠍は射手座に狙われているからな! どうせならば私は蠍となって君の矢に射抜かれたい!」
「よーしふたりとも行くぞー」
 今度こそ完全にグラハムを振り切って青年は踵を返した。両肩に置いていた手をすげなくかわされた形になったが、まったく気にせずに金髪の男は朗らかに笑っている。ニールに背中を押されながら歩く少年ふたりと歩を並べて、何を怒っているのかと、本気とも冗談ともつかない顔で笑う。
「まったくもって姫は奥ゆかしいな。照れなくともよいではないか」
「照れてねーよ。呆れてんだよ。射手座と蠍座の因縁を勝手に捏造すんな」
「そうかね? 少なくともあの配置は意図的なものであるとの文章を見た気がするぞ。故にこそ私はただ神の命に従い英雄を殺したのみで天に上がり、聖人とも目される半神半人の射手に狙われる立場に同情とも憧憬ともつかぬ感情を抱くのだ」
「憐憫でも愛情でも構わないが現実に持って来んな。どんだけ心臓に悪い性格してんだ」
「君のこころを少しでも揺らすことができたなら本望だ! けれども短命は困る。長生きしてくれたまえ、我が姫よ!!」
「………はいはい」
 付き合ってらんねぇとばかりに深い溜息をつきながらニールは刹那とティエリアの肩にもたれかかり、突如として体重をかけられた側は僅かに眉根を寄せたものの跳ね除けることはなかった。ハロがニールに撫でてもらうことをお気に入りとしているように、気難しい少年ふたりも穏やかな触れ合いは決して苦手ではないのだ。
 スメラギを始めとした女性メンバーや各陣営の者たちが呼んでいるのが聞こえる。主催者が遅れるとは何事か、もう開始したっていい時刻だぞ………と語る人々の表情はひどく楽しそうだ。毎日のように生死の遣り取りを繰り返し、いつ誰がどうなるかも分からない世の中で、こんなにも穏やかに笑いあえるのは奇跡的なことのようにハロには思われた。
 確かにイオリアも最期の瞬間まで笑っていた。笑っていたけれど、どうしてもそれは『サミシサ』を拭えない表情であったから。
 ぱたぱたとニールの腕の中で耳をぱたつかせながらハロは満天の夜空に視界を転じた。
 夜は深く、長く、あたたかいものだった。




 ―――『彼』の体内を流れる時計は正確だ。誰の目にも見えぬ時間という存在を寸分の狂いなく数え続ける。
『彼』に記録された出来事は正確だ。誤謬もなく、齟齬もなく、あるがままをあるがままに刻み続ける。
 幾度かの躊躇いとも取れる点滅の後でハロはゆっくりと目を開けた。辺りは薄暗く、低い機械の駆動音だけが響き渡っている。外と格納庫を仕切る扉が僅かに開いており、そこから赤い光が差し込んできている。
 あの赤はなんだろう。
 以前はすぐに判別できたはずなのに、必要最低限の機能を維持することだけに労力を費やしているいまでは、その程度のことも分からない。優秀と歌われた人工知能も機能を停止してしまえば何程のものでもないのだ。
 暗くて狭い格納庫の隅に置かれたクッション。ここがいまのハロの居場所だ。
 同じ格納庫の隅では半ば以上解体されたデュナメスがおとなしく鎮座している。話しかければデュナメスはまだ答えるだろう。だが、それは以前のように軽快なものにはならないに違いない。すまないと一言だけ呟いたイアンが鬼のような形相でデュナメスから再利用可能な装甲板やコードや計器類を引き剥がして行ったことを覚えている。緊急時のいまは新型戦闘機を組み上げている暇がないからと中核を成す擬似GNドライヴのみが最後の砦のように残されていたけれど、実際は、操縦者の断りなしに「心臓部」を引き剥がすことに技術者の長ですらも躊躇いを覚えていることが理解できた。
 だが、きっと、おそらく。
 いまよりほんの少しだけでも自体が逼迫したならばデュナメスは完全に解体されて新型へと組み替えられる。ハロとの接続も解除される。ハロとしてはあの青年に繋がるものはできるだけ残しておきたかったが、同時に、永遠に残しておくことはできないと理解もしている。「マスター」から引き離されたメモリーは一定期間が経過したのちにスリープモードに移行する。眠りについてしまえば再起動には新たな認証を必要とする。以前と同じように青年が起こしてくれればいいけれど、そうならない可能性も充分あった。いや、その可能性の方が高かった。
 ハロは、それは「いやだ」な、と感じた。
 あの青年がイオリアではなかったように、次に会う人物はあの青年ではない。青年とイオリアは違う人間だったし、自分はいまでもイオリアのことを「覚えて」いるのだから、新たな「マスター」を迎えてただ待てばいいのかも知れなかった。むしろ、異なる主を得て戦闘に参加することこそが重要であるかもしれなかった。
 似たような立場に置かれた「874」はどうするのだろうと考えて、もはや彼女と通信するだけの力も残されていないことに気がついた。いまとなっては自力で辺りを転がり回ることすらできない。
 忙しなく目を点滅させるハロの前で、重々しい音と共に外界と区切っていた扉が開いた。
 俯いたまま格納庫に足を踏み込んだ人物はハロに気付いて驚いた表情を浮かべた。
「珍しい………君が起きているとはな」
 優雅な足取りで近づいて来た人物は殊更に丁寧な手つきでハロを持ち上げて、かつて、あの青年がしていたように表面を優しく撫ぜる。せめて耳をぱたつかせて答えたいと思ってもいまの独立AIにはそれすらも難いことだった。
 無理はしなくていいと呟いた相手がそのまま踵を返し、ハロに外の光景を見せる。
 焼け付くように毒々しい赤い空。
 夕焼けでもなく朝焼けでもなく、大地が燃えているがために照り返しを受けた空が鈍く輝いている。プトレマイオスの甲板上、吹き付ける風に目を細める青年の金髪さえも朱に染められていた。
「………トリニティの猛攻は凄まじいものだ。特に、『ゼロ』のパイロットの技量には目を瞠るものがある。私が五体満足で、新型のフラッグが完成していたとしても互角の勝負ができるかどうかというところだな。ましてやアロウズまで動き出したいまとなっては―――」
 ゆっくりと、彼は己が目元を右手の指先でなぞる。
 御伽噺の王子のようだった彼の面はいまや包帯で覆われ、ろくな手当てもしていないのか所々が解れていた。隙間から見える肌は赤黒く変色し、彼が手酷い火傷を負ったことを物語っている。ハロもそれは知っている。彼と共に、金髪の青年がひどい目に遭ったことを聞いていた。手厚い治療を施せば傷跡など残ることもなかったろうに、彼は、休んでいる暇などないからと治療を拒否して今に至っている。あるいは彼にとって顔の傷は何某かの反省と屈辱の証なのかもしれなかった。
「正直に言えば―――君が羨ましい」
 燃える大地を船上から見詰めながら淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「君は彼を待つことができる。その気になれば、いつまでも。だが我々人間はそうはいかない。コールドスリープしたところで次の目覚めが約束された訳ではないからな」
 ほんの僅かに口角を上げて、空いている右の拳を強く握り締める。
 君は見ていたはずだ、彼が私宛にメールを送るところを。全くとんでもないことだ、最期の最後でとんだ置き土産だ、彼が待っていろと言うから私は待っている、なんたる希望と絶望だ………。
 くつくつと小さく音程のずれた笑いを零しながら格納庫へと引き返す。彼の立ち去った甲板に見覚えのある黒髪の少年が姿を現したのが確認できたが、それを相手に伝えることすらできないままに、ハロは元通りクッションの上へと戻された。
 久しぶりに正面から見る青年は、ひどく疲れているのに、目だけがギラギラしていて不吉を感じさせた。いつも、いつも、戦いに取り憑かれた者たちはこんな目をしていた気がしてならない。そして、取り憑かれた者たちはもう二度と「まとも」な形で帰って来たりはしなかったのだ。
 優しく、優しく、これが最後とばかりに青年はハロの頭を撫ぜた。
 ―――ハロは、夢を見る。
 夢は記憶と記録の繋がりで、だからこそハロは、夢を見る。
 決して消し去られることのないように、忘れ去ることのないように、深い深い記憶の中にありとあらゆるものを内包してハロは眠るのだ。

「おやすみ、ハロ。よい夢を。願わくば君が次に目覚めた時には全てが好転しているように………」

 低く、微かに呻くように。
 祈りの如く呟かれた金髪の青年の言葉を最後に、再びハロの『記録』は途切れた。


 

 


 

だから本編の伏線を仕込むのはやめておけと(ry

明るめにしようと思ってたのになんだか微妙に暗くなっちゃってごめんなさいであります。

赤道直下なら全部の星座が見えたと思うんだ………自信ないけど。 ← オイ。

ちなみに副題はまんま某SF小説のパロディです(笑)

 

こんなんですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います〜。

リクエストありがとうございました♪

 

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