※リクエストのお題:ニールが酷い感じに愛されている(モテモテ)話。勝者は弟。
※リクエストのお題:マイスターが全員登場する本編で描かれていない時期のお話(過去・未来問わず)
※本当は「空軍設定で風邪ネタ」とのリクを頂いていたのですが、
まとめやすいネタをまとめていったら風邪ネタはこちらに組み込まれることに。申し訳ない(苦)
※兄さんが実は生きてた設定の二期終了後。
※ギャグを目指したはずなのに妙にテンポが悪くなったとですよ………哀。
傍若無人
ピピピッと体温計が音を立てる。むかし懐かしい旧式の体温計の精度はあまりいいとは言えないが、それでも一先ずの判断基準にはなるだろうと棚の奥底に眠っていた救急箱を引きずり出して来たのは双子の弟だ。 その弟は体温計が示した数字を見てベッド脇で眉を顰めた。見下ろしてくる視線に明らかな呆れと諦めが篭められていて、居心地悪くニールはふかふか布団に潜り込んだ。はあ、と、わざとらしい溜息をライルが零す。 「―――三十八度八分」 「そうか………」 「一体何をどうしたらこんなに悪化させられるんだ。体調管理はきちんとしろっつったろ。約束は忘れてないよなあ?」 言い返すことすら出来ずにますます毛布の奥底深くに身体を沈める。熱を持った身体は熱く、重く、乗り物に乗っている訳でもないのに視界がグラグラと揺れた。 アリー・アル・サーシェスとの戦いにおいて奇跡的に一命は取り止めたものの、ニールは右目の視力を半ば失い、引鉄を引く為の右手も不自由になってしまった。それでも、少しでもトレミーの皆の役に立ちたいと無理を押して戦っていたのだが、半年ほど前にアロウズとの戦いには一応の決着が見られた。 ソレスタルビーングはこれからも活動を続けていくがお前は引退しろとマイスター総出で説得されたことは記憶に新しい。あれは怖かった。マジ怖かった。ブリーフィングルームで囲まれた時なんか往年の青春映画で校舎裏に呼び出されていた転校生の図を思い出したほどである。 とにかく、当時はかなり恐ろしい遣り取りがあったのだが、結局ニールは地上に降りて裏方として働くことになった。敢えて自らの生まれ故郷であるアイルランドを拠点に選んだのは、兄を置いてマイスターとして活動を続けると主張した弟へのちょっとした意趣返しだったのかもしれない。 いずれにせよ、現在、アイルランドの家にはニールがひとりで住んでいる。仲間たちが訪れるのは任務の合間を縫ってのことなので会える機会は少ない。そんな忙しい弟から久方ぶりに連絡があり、よし、いっちょご馳走でも作って出迎えてやるか! と意気込んだまでは良かったのだが―――。 朝方、ベッドの中で身動きできなくなっているところを弟に発見されていまに至る。 傍らの小さなテーブルに水と風邪薬を用意しながらライルがまたしても溜息を吐いた。僅かに覗いた額にペタリと冷えピタを貼られて。 「兄さんは再生治療の副作用で抵抗力が弱まってんだよ。以前なら何でもないような病原菌にすら感染しやすくなってるって、刹那にもティエリアにもフェルトにも耳にたこができるぐらい言われてたよなあ?」 「すまん………」 強く言い返すことも出来ずにけほけほと布団の中で咳き込んだ。 「つか、マジでどうしてこうなったんだ? ―――キツいなら話さなくていいけどさ」 怒りと呆れも弱まってきたのかライルが僅かに優しいことを言う。熱で朦朧としてきた意識のまま、絆されるように口を開いた。 「昨日………買い出ししとかねえとって思って………」 「冷蔵庫に突っ込まれてた肉と野菜の山か。正直ふたりでも食いきれねえよな、あれ」 「………橋から落ちた子がいたから慌てて飛び込んで………」 「だから卵割れてたのか。ボールにまとめとくのはいいけどカラぐらいとっといてくれよ」 「親元に帰して………早く着替えねえとって思ってたんだけど、ダグラスさんが腰痛めて電球代えられないって………」 「着替えもなし、シャワーもなしで誘われるままに行ったってか。昨日の最高気温は何度だった? あほだろ。どうしようもないあほだろ、あんた」 グゥの音も出ない。更に言うと丁度帰宅した折に宅配便が届いて、荷物の整理やら何やらをやっている間も冷たい服を着たままだったのだが流石に言葉を続けるのが物理的にも心理的にも苦しくなってきた。 きゅう、と毛布に埋もれたままの兄の頭を軽く叩いてライルが立ち上がる。 「とにかく、今日一日はおとなしくしてろよ。食事の用意とかご近所への対応とかは全部オレがやっとくから」 「………ライル」 小さな声で呼びかけた。 が、小さすぎたのだろう、気付くことなく弟は部屋を出て行ってしまった。途端に襲ってくる静けさが非常に寂しい。 自業自得と理解しているはずなのに我侭を零したくなって、ニールは強く瞼を閉じた。 ―――ロックオン……… (………ん………?) ―――ロックオン、起きているか……… 呼ばれなくなって久しい名前が鼓膜を揺すって、ニールはゆっくりと目を開けた。横になっているにも関わらず未だに視界はぐらついているし、頭も痛い。幻聴かとも思えたが傍らに佇んでいた影によってそれはすぐに否定された。 かつては自分よりも背が低く、小柄だった人物が、成長した図体を椅子に腰掛けさせている。もはや自分はマイスターではない、コードネームは弟のものだ、そう言っても彼は、いや、彼らは、未だにコードネームで呼ぶことをやめなかった。弟ですら「通り名」を継ぐことを拒否しているのは彼らなりの配慮だったのかもしれない。遠く離れた場所に居ても共に戦っているとの意志を示すための。 それにしても、どうして彼が此処にいるのだろう。 「………刹那………?」 「起きたか、ロックオン」 ほっとした表情で刹那が視線を和らげる。出会った当初は無表情にも程があった少年も、こうして少しずつ感情を覗かせてくれるようになった。それは純粋に嬉しい、のだが、どうして此処にいるのかという疑問が再来する。 視線の意味に気付いた刹那が静かに囁いた。 「お前が風邪で倒れたと聞いた。丁度、地上に来る任務があったから立ち寄ってみた」 「そ、っか………ありがとな」 話す度に喉の奥が痛んだが、素っ気無かった少年、もとい青年が示してくれる気遣いは純粋に嬉しかった。できれば静かに眠らせてほしいところではあるが文句を言う気にはなれない。 ゴソゴソと刹那が抱え込んでいた紙袋を探る。荷物なんて持ってたのか、置いてくればよかったのにと、ニールは聊か鈍った頭でじっと彼の動きを見詰める。やがて紙袋から取り出されたのは赤い色も艶々とした林檎であった。 「林檎だ」 「………そうだな」 他に答えようもなく呟けば、次いで、刹那は懐から細身のナイフを取り出した。なんつーモンを常備してるんだとか何処に隠してるんだとか言ってはいけないし言ったところで意味はない。なにせ彼は現役のガンダムマイスター。地上に降りてきた時の護身用に持っていたに違いないとも、そうともさ。 目の前で林檎の皮がクルクルと剥かれる。そして、これまた何処から持ち出してきたのか分からない―――いや、最初から持参していたのだ………たぶん―――皿に剥きたての林檎が積まれていく。 黙ったままのニールに視線を流した刹那は不思議と照れているようでもあり。 「フェルトに、病人ならば果物だと言われた」 「………そ、っか」 「食え」 「………………へ?」 「食え。食べなければ治るものも治らない」 それはそうなんだが。 と、戸惑う先から口元に林檎が押し付けられる。食べて体力を回復するのが一番手っ取り早いとは知っている。しかし、はっきり言って食欲がない。無理に食べたところで逆効果だ。万年健康優良児の刹那は微妙にその辺が分かっていない。フェルトも刹那にアドバイスするなら最後までしておいてくれればいいものをとある種の他力本願なことを考えつつ、 「刹那、オレは―――もがっ」 ………断ろうとした口に八等分した林檎が突っ込まれた。窒息しないためには飲み込むしかない。比喩でなく目を白黒させながらどうにかこうにか林檎を噛み砕いて飲み込む。息が荒い。 「あ、あの、な、刹―――もごっ」 「食え」 更に容赦なく林檎を突っ込まれ、拒否する暇も与えない連続攻撃に流石は体術が優れているだけのことはあるなと感心、って、いや、そうではなく。そうではなくだな。 息も絶え絶えになりながら二個目を食べ終えると間髪いれずに三個目が襲ってきた。泣きたい。病人になんてことしてくれるんだと泣きたい。だが、おそらくこれは刹那なりの好意の表れなのだ。病人の面倒を看たことがないからこうなってしまうのだ。思えばトレミーで共にマイスターとして活動していた時分、誰も彼もが充分に健康だったから互いを見舞うこともなかったし、フェルトやミレイナが体調を崩した折には女性陣が率先して世話をしていた。ならこれはオレの教育不足が原因かあと頻りと反省するニールは現実には林檎で窒息しかかっている。 林檎三つ分をすべて強引にニールの腹に収めた刹那は満足そうに頷いた。 「おとなしく寝ていろ」 言われずとも………!! でも腹が重くて眠れねーよ、確実に悪夢みるぞ、これ! 悪態を青褪めた表情で叫べるはずもなく、より一層に体調を悪化させた青年を余所に刹那は意気揚々と部屋を出て行った。 (く、苦しい………) 眠っている間に消化が進めばいいんだけど。頑張れ、オレの胃袋。 せめて冷えピタぐらい張り替えてってくれよと嘆きながらニールは諦めて瞼を閉じた。 ―――ロックオン……… (………ん………?) ―――ロックオン、起きていますか……… なんだかさっきと似たような遣り取りだと思いながらニールはゆるゆると目を開ける。刹那が訪れてからどれぐらい経ったか分からないが、どうやら眠っていたらしい。夢の中では赤くて丸い通常の三倍速い悪魔に追いかけられていた気がする。赤い悪魔はジャック・オ・ランタンの如く切り裂けた口と目をしていて外見だけなら微笑ましいのに集団で襲ってくるから実に不気味で。もしかしたら刹那が来たのも夢だったんじゃないかと思いかけたが、腹がとてつもない重さを訴えているので生憎と現実であったと判明した。 頑張って首を回して声のした方を振り仰げば、眼鏡の少年がじっとこちらを見詰めていた。戦いの折に肉体を喪ったはずの彼が「居る」、と、いうことは。 「………ティエ、リア………?」 わざわざ身体を「創った」のだろうか。手間隙かかったろうに。 クイ、と眼鏡を中指で持ち上げた彼は妙に男らしい仕草でドッカと傍らの椅子に腰掛けた。 「あなたが風邪で倒れたと聞きました。丁度、ボディの具合も確かめたかったので降りてきたのです」 「そ、そう、か………」 思いっきり頬を染めながら言われるとむず痒いような困ってしまうような。 随分性格が丸くなったなあと自然とニールの表情は緩む。最初は絶対零度にも等しい態度を貫いていた彼が幾分打ち解けてくれたのは、ニールが身を挺して庇ったことも一因ではあるだろうが、それ以前に、彼自身が様々な経験を積んでいたからだと感じている。 本当に、成長したよな。 滲む視界の中でぼんやり、そうだ、ティエリアに冷えピタを張り替えてもらおうか………なんて考える目の前で。 ガサゴソと少年が抱え込んでいた紙袋をいじり出した。 (………ん?) ぴくりと眉間に皺が寄る。なんだろう。なんだか、とても悪い予感が―――。 取り出されたのはピカピカと輝きを放つ林檎であった。 「林檎です」 「そ、………そうだな」 微妙に頬が引き攣ってしまったのは許して欲しい。 絶句しているニールの前でティエリアはおもむろにすりおろし器を取り出した。お前、いまそれどっから出した。紙袋? 腹部? 背中? 頼むから紙袋だと言ってくれ。 聊か現実逃避しかかっているニールの目の前でティエリアが林檎を摩り下ろす。 皮ごと。 せめて皮を剥けとか果汁も果肉も床に飛び散っているとか突っ込む暇もあらばこそ、いつの間にやら持ち出していたカップにスプーンを添えたすりおろし林檎(もどき)が突き出される。 こっちを見ようともしないティエリアは僅かに頬を赤らめている。 「僕が調べたところ、すりおろし林檎とは優秀な病人食だそうです。験しにミレイナに尋ねてみたところ賛成してくれました」 「………そ、う、だろうな」 「食べてください」 「………………は?」 「食べてください。食べなければ治るものも治らない」 それはさっき聞いた台詞!! などと病人の内心の動揺も知らぬままに口にスプーンが突っ込まれた。 盛りすぎ。勢いよすぎ。すりおろされてなさすぎ。 色々と至らなさ過ぎる食べ物を無理矢理に突っ込まれて涙目になりながらもかろうじて嚥下した。たったそれだけの動作で息を切らしていると何故かティエリアが拳を握り締めた。 「だ、駄目ですからね、ロックオン! 幾ら上目遣いでお願いされても僕にはあなたを健康にするという任務がある! 全く、あなたと言うひとは本当に愚かな………」 上目遣いなんてしてない。 つか、健康にするのが任務ってどんなミッションだ。まあ、「愚か」という点については反論のしようもないのだけれど。 いちいち突っ込み入れる気力すらないニールの口に懲りずにスプーンが突っ込まれる。せめてタイミング計ってくれよと願いたいのだが、他人の看病をするのが初めてと思われるティエリアにその辺を望むのは酷なことか。 オレは実に貴重な実験台という訳だ。にしてもティエリアも他人の心配をできるようになるとは初期のつんけんした態度を思えば大進歩だよなあと感心すること頻り、うだうだ考えながら辛うじてすりおろし林檎(※塊入り)を咀嚼するニールの精神は完全に現実逃避していた。 林檎三つ分ほどをすべて強引にニールの腹に収めたティエリアは実に嬉しそうに頷いた。 「ゆっくり休んでください。後は我々が!」 後はどうするってんだ………!! 物凄く突っ込みたい、何をどうするつもりなんだと去り行く背中に物凄く突っ込みたい。 けれども流石に腹が重く頭痛も酷く、結局は冷えピタすらも張り替えてもらっていない。こいつらはオレを見舞いに来たのかトドメを刺しに来たのかどっちなんだとグラつく頭で考えながら、やっぱりニールは諦めて瞼を閉じた。 ―――ロックオン……… (………ん………?) ―――ロックオン、起きてるかい……… 非常に嫌な予感のする呼びかけだ、もはや夢と現実の区別もつかないと目の下に隈をこさえながらジリジリとニールは目をあける。風邪薬も飲んだのだから本当なら深い眠りに就いているはずなのに。いや、あれだけ林檎の山を食べたなら眠れなくとも無理はない。いま現在も地球上で広がり続ける砂漠を緑地に変える計画が半ば頓挫したために多くのこどもたちが飢えに苦しんでいる現状に思いを馳せてもみるけれどもだからそうじゃなくてどうしてオレは風邪なのにンな面倒くさいことで頭を悩ませてんだ只でさえ頭が痛いのに、と。 胡乱な眼差しで顔を上向ければにこやかに微笑む長髪の青年が傍らの椅子に腰掛けていた。彼女と一緒に常時世界一周しているはずの彼が「居る」、のは。 「………アレルヤ………?」 いつ誰が何処でどうやって教えたのだろう。もしくは偶然にも彼がこちらに来る日とライルが戻ってくる日が重なっていただけなのだろうか。 疑問に応えるようにアレルヤが口を開いた。 「偶々近くまで来たからあなたの家に寄ろうと思ったら、ライルが教えてくれたんですよ。風邪で倒れてるって。なので、マリーにはちょっと待っててもらって、僕だけが挨拶に来ました」 「そうか………」 マリーを置いてきたのは彼女に風邪を引かせたくないのと、大勢で押しかけて病人を煩わせたくはないとの彼なりの思いやりだろう。 よかった。アレルヤだけはまともだ。きっとハレルヤだってまともだ。 ただそれだけのことでニールは感動で目が潤む思いだった。実際、熱が上がりまくってる所為で無自覚にも目は充分ウルウルしていたのだけれど。 とにもかくにも彼ならば刹那やティエリアに頼み損なっていたことも頼めるかもしれない。難しいことは何も望まない。使用期間を過ぎてもはや単なる温湿布と化している冷えピタを由緒正しき冷えピタに代えてもらうだけである。冷えピタの予備は階下の冷蔵庫に入っているはずだ。ライルがいるならライルに交代してもらってもいい。 ちょっと気分が上昇したニールの目の前で、ガサゴソと青年が抱え込んでいた紙袋をいじり出した。 (………ん?) ぴくり、と眉間に皺が寄る。なんだろう。あれ、なんかこれ、さっきも―――。 取り出されたのはピカピカと輝きを放つ林檎であった。 「林檎です」 「………」 応えられなかったとしても誰が責められようか。 しかし、呆然としている訳には行かない。なんとなく先の流れが読めた彼は痛む喉を堪えて必死に声を張り上げた。 「ア、アレルヤ!!」 「はい?」 「さっ、差し入れは………げほっ、う、嬉しいが、さっき食事を終えたばっかで………! り、林檎は、ライルに、預けといてくれれば」 「そうなの? 新鮮なのに残念だなあ」 「わ、悪い、な」 よし! よく頑張ったオレ! これで林檎責めは避けられるぞ! ―――と、ニールが密かに喝采を上げたのを余所に。 アレルヤが徐にジョッキを傍らのテーブルに置き、片手で林檎を持ち上げた。 「マリーに相談したら、喉が痛い時はまろやかな飲み物がいいらしいんだ。だから、ね?」 「………………へ?」 ぐしゃっ!! 林檎が一撃でジュースと化した。 うっわあ、さすが超兵。片手で林檎を圧縮できるなんて握力幾つ? これぞ天然生絞りだな、ミキサー要らずとか超兵マジ便利! ―――等と考え出したニールの精神は確実に幽体離脱しかけている。 「飲んでくれるよね。折角マリーが提案してくれたんだし。僕もあなたの役に立てると思うと嬉しいよ」 「………」 「飲・ん・で・く・れ・る・よ・ね」 他ふたりの影に隠れて分かりづらいものの実は結構意固地で天然ボケな青年がにっこりとジョッキを差し出す。いつの間にそんなに圧搾したんだと叫びたくなるような量を。健康な時だってそんなに飲み干せる訳ないだろ! と悲鳴を上げて逃げ出したいのだが生憎とニールは身体がだるく身動き取れなかった(ついでに幽体離脱しかかっている) かくしてやや強引にジョッキは口元で傾けられ―――。 「………っ! ………!!!」 「美味しい? やだなあ、そんなに遠慮しなくていいのに。頼まれれば幾らでも作りますから!」 ちがああああう! 逆だ、逆!! 冗談抜きで七転八倒している病人を放置して己が役割を果たしたことに満足したらしいアレルヤがあっさりと腰を上げる。 「それじゃ、僕は下に居るから。何かあったら呼んでくださいね」 この状態でどうやって呼べと!! 声なき声を余所にアレルヤは鼻歌を歌いながら扉を閉じた。 泣いてはいけない、怒ってもいけない、超兵は怪我や病気から最も遠いところにいる存在だ。マリーことソーマ・ピーリスならばある程度の怪我や病気も経験があるだろうが、マトモな彼女はマトモと言い難い彼によって遠ざけられている。 頼む、頼むからマリー、アレルヤとハレルヤに常識を………っ!! 呻き声と共にニールはばったりと倒れ伏した。 ―――その後、ニールがどうなったかと言うと。 結局はどうともならなかった。 腹が重過ぎて眠れないし息苦しいし熱は上がってきてるようだし布団は熱いしなのに身体はガタガタ震えるし刹那もティエリアもアレルヤも何処に行ったんだか分からないしそれ以前にライルはどうしたんだ何処いってるんだオーイなどと思考回路もまとまらず。 まとまらないままに枕元の時計を見て「え、こんなに苦しんでるのにまだ五分しか経ってない!?」と体感時間の違いに驚愕し、風邪薬のんでねーとか色んな意味でトイレ行きてーとか助けを呼びてーとか思っても廊下まで這い寄る混沌の如く這い蹲って行ければマシな方で先ず間違いなく現状はベッドから転がり落ちてTHE ENDきっと誰も発見してくれない、父さん、母さん、エイミー、それにライル、ごめんなさいオレもそろそろそちらに行きますと悲観的な思いが胸を占める。世界に喧嘩を売った悪名高きガンダムマイスターがまさか林檎の食べ過ぎと風邪(※比率:前者8割後者2割)が原因で天寿を全う、もといご臨終とは悲しすぎる、あーでも世界の偉人だって意外と情けない死に方してたりするんだよなトイレで亡くなったのは誰だったっけ、と。 「―――兄さん」 「………」 至近距離で響いた聞き慣れた声に薄っすらとニールは目を開けた。瞬きを繰り返す毎に視界が像を結んで眼前の人物を映し出す。 「兄さん、ただいま。ちゃんと休んでたか? 刹那たちが来たから後を任せて買い物に出かけちまったんだけど―――って、なんで熱上がってんだ!?」 「………ライル………っ」 「何故泣く!!?」 訳わかんねえと舌打ちする弟は、それでも優しい手つきで冷えピタを張り替えてくれた。それだけで、本当にただそれだけで、熱の影響ではない涙が滲んでくるほどに。 ふとライルは枕元の傍のテーブルに目をやって、手付かずで置かれたままの飲み薬を取り上げた。 「おいおい、ちゃんと飲めっつったのに飲んでないじゃねえか」 違う、飲もうと思っていたのにそれどころじゃない事態が頻発したのだ。 きちんと主張したかったが痛む頭とひりつく喉からきちんとした言葉が洩れるはずもなく、朦朧とした意識と未だ重苦しい腹を抱えて非常にむすったれた視線を相手に送った。 「ちゃんと飲まないと駄目だろ。あんまり食欲ないかもしれないけどさ、体調よくなった時のために久しぶりに洋菓子も作ってみたし! 食べてくれるだろ?」 「………菓子………?」 ひく、とニールの頬が引き攣った。他三名との直前までの遣り取りが脳裏を駆け巡る。 僅かに開いていた扉の隙間から「何か」の芳しい香りが流れてくる。母さんのレシピなんて久しぶりに見たぜと語る弟に悪気はない。ないのだ、が。 皆が林檎ばっかり持ってくるからさあ、と彼は爽やかな笑みを浮かべた。 「結構うまくできたんだぜ! アップルパイ!!」 ―――暗転。 |
本来の「傍若無人」は無礼千万なひとを表現する言葉ですが、ここでは敢えて
「近くの連中を(故意に)無視するひと」とゆーニュアンスで(笑)
ニールをひどい目に遭わせるはずでしたがあまりひどくなりませんでした。
でも、風邪ひいてる時は無理して食べちゃイカンですよ………当方がそれをやって(以下省略)
こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います〜。
リクエストありがとうございました♪