※リクエストのお題:空軍パロでかっこいいアクションもの。楽しいもの。

※ハムさん(もしくはハロ)とニールがラブラブな話。

※「楽しい」のかは甚だ疑問。それを言ったら「かっこいい」のかも以下省略。

※ニールどころかハムさんにまで乙女化警報発令中。

※「ちゅうしれ」との指令がくだっていたのですが、結果は………うん………まあ(遠い眼差し)

 

 

 

 手にゴーグル引っ掴み、甲板を流れる風を全身に受ける。予想していたよりも強めの向かい風ではあったが大勢に影響はないだろう。いつも通りに手袋をはめて、右腕に抱え込むのはオレンジ色の相棒だ。見送りに来てくれた同僚に笑って手を振る。
「んじゃ、行って来るぜ。ティエリア、アレルヤ」
「作戦の成功を祈っています」
「あまり無理はしないでくださいね。あなたに何かあったら刹那も悲しみますから」
 眼鏡の少年は淡々と、銀目の青年は微苦笑を浮かべて、此処にはいない少年の名を挙げる。彼だって見送りに来たかったはずですよと付け足されて仕方ないさとニールは肩を竦めた。刹那がパイロット候補として選出されたのは先月の話だ。しばらくは朝から晩まで徹底的にパイロットとしての英才教育を施される。個々のセンスに任される部分も多いとは言え基礎がなっていなければ始まらない。
「あんまり心配してもらう必要はないと思うぜ」
 ちょっとした任務だ、すぐに帰って来ると常と同じく自信に満ちた笑みを頬に刻む。
 軽く指先で示した背後でもうひとりの青年が叫んだ。
「姫! そろそろ出発の時刻だぞ!!」
「………あいつも一緒だからな」
 いい加減グラハムはオレを姫呼ばわりするのをやめてくれないだろうかと、何度目か分からぬ苦笑と共に眉間に皺を寄せた。

 


騎士は涙を流す


 

 ニールに、より正確に言えばグラハムに任務が下されたのは一週間ほど前の話だ。任務内容は鉱物発掘現場の護衛。
 戦闘機に組み込まれる精密機械にはレアメタル、もといマイナーメタルが使用されている。精錬の手間や鉱物における含有量の少なさ、代替品の少なさなどから、レアメタルを巡っては輸入と輸出に関して昔から面倒な遣り取りや規制があった。時代が進んで一部のレアメタルは他の鉱物や科学技術で補えるようになったし、『ヴェーダ』という共通の敵を得たお陰で国家間の取引も融通がきくようになった。特にソレスタルビーイングを始めとした軍部は戦いの最前線にいるということで相当量を安価に入手できている。
 とはいえ限界はあるもので、日々の戦いで戦闘機は壊れるし、予算は不足しているし、困ったことに、あるいは当然のように『ヴェーダ』サイドもレアメタルを探している。彼らは宇宙から資源を得ている訳ではないのだ。あくまでも地球の、地上にあるものを使用している。故にこそ度々有望な鉱山を巡って前哨戦の如く軍部と『ヴェーダ』間で戦闘が起きた。
『つまり今回の我々の任務は、発掘現場を護ることにある訳だ! 重要な任務だな、腕がなる!』
「あまり突っ走らないでくれよ、グラハム。あんたが本気出したらオレでも止めきれねえ」
『その点は問題ない。何故ならば私は君に剣を捧げているからな!』
 通信機の向こう側の戯言を無視して、ニールはコックピットの画面に浮かぶ地図を見詰めた。目的地まであと数時間。いまのところ周辺数十キロに異常は見受けられない。
(攻撃よりも守備に重点を置いた任務、か)
 任務先は発掘現場ではあるものの大勢の人間が働いている訳ではない。流石に人類側も『ヴェーダ』に狙われる可能性の高い場所に多くの人員を派遣するはずもなく、実際に働いているのは遠隔操作されたロボットたちである。「機械」である『ヴェーダ』と戦っているくせに「機械」の能力に頼る皮肉を声高に述べることは簡単だが、当面の議題はそこではない。
 当局の話では、地中深くに眠っているレアメタルを掘り出すまでかなりの時間がかかる上に、既に何回か『ヴェーダ』の襲撃を受けているとのことだった。攻撃を受ける度に作業は中断して一行に捗らず、このまま行けば折角掘り当てたお宝をまんまと『ヴェーダ』に掠め取られてしまう危険とてあった。故に近付く敵を撃退してもらいたいというのが発掘を任された財団の依頼であり、各方面に展開している部隊の関係から派遣できるのはせいぜい一名、せめてもの誠意の証としてエースであるグラハムを派遣すると決定したのがスメラギであり、財団に掲示された予算を見て「これならばふたり雇えるではないか!」と儲け丸無視の主張と共にバディとしてニールを名指ししたのがグラハムであった。それであっさりグラハムの提案が通る組織もどうかと思うが、案外最初からスメラギは彼がニールを指名するのを見越していたのかもしれない。でなければ笑って任務内容入りのメモリーなど渡しはすまい。
 鉱山の近くには補給基地があるが、設備はプトレマイオス、ガリレオ、渾天、アポロニウス等とは比べるまでもなく貧相だ。撃墜されればそれで一巻の終わりである。が、近くカティ・マネキン大佐が視察に訪れるとの話もあった。時期が合えば話ができるかもしれない。
「ハロ、よろしくな」
『マカサレテ、マカサレテ!!』
 キュイキュイと円形の台座の上で回転する相棒の姿に笑みが零れる。
 通信機から今回の「相棒」である男の声が響いた。
『姫! 我々は一旦補給基地に寄ってから細かな作戦を練ろう! 敵の襲撃にパターンがあるのかどうかも手渡された資料だけでは読み取れんからな!』
「了解。っつーか、通信回線でまで姫呼びはやめろ!」
 やはり現場の声を聞かなければ詳細は理解できん、頭で理解することと感覚でとらえることは全くの別物だと力説するグラハムに同意しつつ、ニールは深い溜息を吐いた。
 空を行くことしばし、目的地が見えてきた。
 切り立つ山々に囲まれた乾いた平地。かなりの距離があるが戦闘機のモニターには発掘現場がしっかりと捉えられていた。無言で働く機械たちの様子が窺える。更にその奥に補給基地があった。ふたりの到着は既に先方にも伝えられているはずである。
『なかなかの絶景だ。グランド・キャニオンに勝るとも劣らん。ここにレアメタルが眠っているとは少々意外でもあるな』
 母国の風景を思い出しているらしい相方に相槌を返し、到着を知らせる信号を基地へと送った。すぐさま到着を喜ぶ信号が返され、両機は着陸の準備を整える。
 二機同時に着陸することは先ず、ない。狭い基地だ。滑走路とて頑強な作りではない。グラハムを先に行かせて、もう一度ハロの力も借りて索敵を行ってからニールも着陸態勢に入った。
 滞りなく機体の姿勢を整え、管制官と誘導員の指示に従って規定の位置にデュナメスを停止させる。外はあんなに明るかったのに基地の内部は随分と暗い。コックピットを開くと生暖かい風が吹き付けてきた。ニールは事前に入手した気候風土のデータを思い返し、乾燥地の割に空気が湿っているのならば、そのうちにスコールでも来るのかもしれないと考えた。
 待ち構えていた基地の従業員に敬礼を返す。
「お疲れ様です! 到着お待ちしておりました。機体の整備は我々が………」
「ありがとう。でも、デュナメスのメインシステムには手出し無用だぜ。専属サポートがついてるからな」
 駆け寄ってきた整備員たちに告げると不思議そうな表情を返された。自らの出番を察したハロがひょこりと窓から顔を覗かせる。
『ハロ、メンテタントウ! ハロ、メンテタントウ!』
「うえっ!?」
「ま、まさかあれが、有名な独立AIの………!」
「ははっ! ハロ、お前さんもすっかり有名人だなあ」
『ハロ、ニンキモノ! ハロ、ニンキモノ!』
 耳をしきりに振って喜びと誇らしさを表現するハロに後を託し、先に行っているであろう相棒の姿を探した。格納庫内には何台かトラックやバイクも停めてある。都会から離れた僻地に築かれた基地だ、日常生活に必要な物資や食料を入手する際の足にしているのだろう。デュナメスの隣に鎮座していたフラッグを回り込むと基地の責任者と話しているグラハムの背が目に入った。やや急ぎ足で駆け寄る。
「すまん、遅れた!」
「おお、ニール。紹介しよう、こちらが基地の責任者、ラグナ殿だ」
「よろしくお願いします」
 髭面をした恰幅のよい男性と握手を交わす。荒れていない掌からは現場の主任というよりは経営者という印象を受けた。おそらくは今回ソレスタルビーイングに派遣を要請したのも彼であり、結果としてエースパイロットが出てくるとなったからには相応の誠意を見せようとの考えもあるのだろう。
「お二方にはお手数をおかけすることになると思います。しかし、我々には最早あなた方しか頼る相手がいない。どうぞ宜しくお願いします」
「お役に立てるとあらば光栄ですよ。しかしながら、生憎と私はまどろっこしい挨拶も説明も苦手な性質なのです。申し訳ないが現場のロボットを操縦している技術者たちと直接話をさせてはもらえないだろうか」
「それは、勿論。どうぞこちらです」
 今回はグラハムが『上司』であるため、ニールが表立って交渉に立つことはなかった。それにしても、彼の言葉遣いはいつも丁寧なようでいて不躾で、横柄なようでいて気遣いを感じさせる。どちらかといえば無礼な要素の多い言葉の数々を周囲の人間に聞き流させてしまうのは偏に彼の人徳か。同じ内容を同じ口調でニールが告げたならば途端にラグナも皮肉のひとつで返してくるに違いないのに。
(………なんだ?)
 ふたりの後を追いながら密かにニールは眉を顰める。何がどう、と明確なものではなかったが、ラグナと握手を交わした際に妙な違和感を覚えたのだ。第一印象や先入観でひとを判断するのは悪いことだと常々考えてはいるが、一方で、直感も馬鹿には出来ないと感じている。後でグラハムにもラグナの印象を尋ねてみよう。他の従業員たちまで「そう」とは限らないが、格納庫に置いてきたハロとデュナメス、フラッグのことが少し気懸かりだった。
 足早に進む小太りな背中に呼びかけた。
「ラグナさん」
「なんですか?」
「カティ・マネキン大佐はいらしているのですか。折角ですから久しぶりに挨拶をしたいのですが」
「生憎とマネキン大佐はまだお越しになっておりません。色々とお忙しいのでしょう。もし到着されたらすぐにお伝えします」
「お願いします」
『ロックオン・ストラトス』のコードネームを与えられている身ではあるが、各軍の内部事情には然程詳しくはない。グラハムとて同じことだ。前線で戦う兵士と基地で作戦を練る幹部では自ずと収集可能な情報量に違いが出てくる。鋭い彼女なら何かしら知っているかもしれないと踏んだのだ。尤も、ラグナがカティの到着さえも隠すような輩であったら本当にどうしようもないのだが、彼女がそんなヘマをするはずはないと妙な確信もある。第一、彼女は大抵の現場において常に最強の「ラッキー・ボーイ」を従えているのだし。
 ぽつぽつと廊下脇の窓に雨粒が落ちた。
「雨が降ると面倒なのですよ………作業の効率が落ちてしまって」
「なるほど。その場合でも『ヴェーダ』の襲撃はあるのですかな」
「ごく稀に。向こうもわざわざ雨の中、出撃するなどと面倒な真似はしたくないのではないでしょう。あちらにしてみれば数多の攻撃さえも我々がお宝を掘り出すまでの遊びに過ぎません」
 淡々と語るラグナの言葉に耳を傾けながら周囲の様子を窺う。基地自体、老朽化が進んでいるのか壁にはところどころ皹が入っていた。雨漏りしている箇所まである。淀んだ空気は空調が整えられていない証だし、一見して監視カメラも仕掛けられていないようだ。即ち、警備はザルも同然。先刻会った整備員たちは気さくではあったが、そういえば、服装は薄ら汚れてはいなかったろうかとそんな点ばかりが気になってしまう。あるいはプトレマイオスが衛生設備も含めて恵まれた環境であるだけで、通常の補給基地とはこの程度のものなのか。此処がアザディスタンのように貧困に苦しんでいる国ならばまだ納得できたのだが。
 ラグナから基地の概要、施設、発掘作業の進捗状況、被害状況などの説明を受ける。引き続き、作業ロボットたちを操縦している従業員たちと対面した。一様に疲れた表情をしているのは、いつ襲撃が来るともわからぬ緊張による部分が大きいに違いない。
 現場隊長がグラハムの質問に答える。
「敵の襲撃に規則性はあるのかね」
「いえ、まったく………気紛れに訪れては気紛れに去っていきます。被害もその都度違うのです。完膚なきまでに叩き潰されることもあれば、数回、ビームを撃っただけで終わることもありますので」
「数は」
「大抵は三機程度です。これまでで一番多かったのは五機、少ないときは二機です」
「ふむ。少なくともコンビが組める程度の数でやって来るということだな」
 グラハムが口許に手を当てて考え込む。彼の実力を持ってすれば三機程度なら軽くあしらえる。しかし、五機以上になると流石に不利だ。連中は鏡面の反射を利用して攻撃に絶妙な角度をつけてくる。正面の攻撃を避けたら背後から撃墜された―――なんて事態を避けるためにはこちらも常に二機以上で出撃することが得策と思われた。先刻の格納庫には旧式の戦闘機が二、三台転がっていたが、あれで急場を凌げていたのは僥倖というより他はない。
 更に幾つかの情報を得たのちにふたりは部屋に案内され、扉の前でラグナと別れた。発掘の完了まであと数日はかかると見られている。個室ではなく相部屋だったのは、基地の老朽した施設を考慮すると致し方ない。これでも衛生面はましな部屋を宛がってくれているのだろうから。ラグナがどんな部屋で生活しているのか興味もあったが仕事を依頼されただけの立場でそこまで詮索するのは憚られた。
 部屋を入ってすぐ左手の壁と、右手の壁にベッドがひとつずつ。片方のベッドに手持ちの荷物を投げ出し、一先ずニールは腰を下ろした。勢い込んで整理するほどの荷物もない。当面はプトレマイオスと通信するためのモバイルさえ手元にあれば支障はなかった。
「あれ? どっか行くのか、グラハム」
「少し外の様子を見たい」
「じゃあ、オレも」
 休む気配のない相方の言葉に腰を上げると、「君は休んでいたまえ」とやんわり押し返された。訝しがるニールを余所にグラハムは顔の横で笑いながら手を振る。
「いつ敵が来るか分からんからな。君はゆっくり休んでいるといい」
 ふ、と。
 感覚を得て、けれどもそれを表に出さぬままにニールもまた口角を上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えてのんびり報告書でもまとめさせてもらいますか」
「そうしたまえ」
 パタリと音を立てて部屋の扉が閉まる。同僚の行く先には全く興味のない素振りで乱雑に靴を脱ぎ捨ててベッドに上がりこむ。どちらかと言えば温暖な気候の土地だ、シーツだって毛布だって分厚いものではない。照明を極力落として頭から布団を被り、手元に端末を引き寄せた。格納庫に残してきた相棒が気になりはしたが、むしろデュナメスとフラッグのことを考えればハロには向こうに居てもらった方がよいだろう。
 程なくしてバイヴ設定にしていた端末が着信を告げる。蓋を開ければデジタルの光が布団の中に満ちた。光が外に洩れていなければよいがと案じながら、音声通信ではなく、文字通信用の画面を開ける。寝転がりながらの文字入力は意外と骨が折れた。
『ったく………本当にいきなり何なんだよ、あんたは』
『気付いてくれて嬉しいぞ、姫。言葉にせずとも通じるとはやはり我々の相性は最高だな!』
『あれだけわざとらしい行動取られれば嫌でも気付くっての』
 いつもだったら一緒に行こうと主張して無理矢理にでも引きずってくじゃないかと打ち込もうとして、話題がずれそうだと考え直す。グラハムが、出来る限り誰にも気付かれぬように相談したそうなのは目を見れば明らかだった。自身は外へ行き、且つ、ニールには部屋に留まるよう促したことから盗聴の可能性も疑っているようである。自分がラグナに対して抱いた違和感をグラハムも覚えていたと見える。己より余程に鋭い彼が警戒しているとあらばいよいよもってこの基地は怪しい。確たる証拠はなくとも直感が頼りになる場面も多い。そして、グラハムの勘はいまのところ外れたことはなかった。
『で? あんたはいま何処に居るんだ。端末開いてて問題ない場所なのか』
『基地から少し離れた平地に来ている。見つからぬように抜け出してきたつもりではあるが、監視カメラで追われているのは確実だろうな』
『監視カメラって廊下にあったか? ぱっと見じゃ分からなかったが………』
『巧妙に偽装してあるのだよ。廊下や部屋が粗末な割に監視機能は最先端だな』
 監視カメラを監視カメラと思わせては意味がない。さり気なく各所に潜ませてあるのだ、見る者が見たって分からない時は分からない、君に見抜けずとも仕方がないと、フォローしてくれているらしき言葉を続けられた。
『結局あんたの読みはどうなんだ。あまり先入観に囚われるのは好きじゃないが、どうにもあのラグナってのが………』
『君の意見に全面的に同意しよう。更には、外を歩いてみての感想だが、この基地にはもっとひとがいる印象を受ける』
『誘導員や作業員だけじゃないと?』
『地面がやたらやわらかい部分と固い部分に分かれている。普通なら貯水タンクや予備の格納庫があると考えて差し支えあるまい。しかし、そうと信じきれないのも、ひとえにマネキン大佐が視察予定であるからだ』
『考えてみりゃあ珍しいタイミングだよな。視察は視察、派遣は派遣で別の時期になりそうなものなのに』
『おそらく、視察と派遣のタイミングを揃えたのはマネキン大佐とスメラギ女史の共謀によるものだ。スミルノフ大佐も一枚かんでいるかもしれん』
『上層部も此処を疑ってると言いたい訳か。だったら、オレたちにも少しはそれらしい話が流れてきそうなもんじゃないか』
 そこまで書いてから、自分が知らなかっただけでグラハムは知っているのかもしれないと思い至る。自分の上官に当たる彼だ、注意点だって事前に通告されているはずである。ただ、だとしたら何故自分には誰からも何の連絡も来ないのかと多少の疎外感を感じていると、
『生憎と私も何も聞かされてはいないのだよ』
 ―――考えを読み取ったかのようにグラハムの言葉が流れた。
『事前に何らかの情報を与えられていたら私の直感は働かん。ここは敢えて彼女たちが我々の勘と現場での対応能力に期待してくれたのだと考えようではないか。また、勝手な考えではあるが、ラグナは何だかんだと理由をつけてマネキン大佐の視察を拒んでいる』
『オレたちが「わざと」何かを仕出かして、マネキン大佐が訪れてもおかしくない状況を作るのがもうひとつの任務って考えはどうだ』
『君の考えを良しとする。だが、「何」を仕出かすのかが問題だ』
 いずれにせよ自分達の考えは勝手な想像に過ぎず、そもそも見当違いかもしれない。ラグナは第一印象こそアレだが実は根っからの善人で、何かあると感じたグラハムの勘もただの思い違いで、道化師の如く無意味な顛末を追いかけているのかもしれない。スメラギにそれとなく耳打ちされたならばいざ知らず、少なくともニール自身は何も聞かされてはいないのだし。
 ただ、あくまでも自分たちの勘に従うのであれば。
 ニールはふと思いついた内容を慌てて画面に書き込んだ。
『けどな、あんまし先走るなよ、グラハム』
『何をだ』
『オレたちが任務に失敗すれば大佐を呼ぶことは簡単だろうさ。けど、補給基地に何かあったり、任務を失敗したら落ちるのはあんたの株だ。経歴に傷なんてつけないでくれよ』
 普段よりやや素早く打ち込んだ文字列は、しばし画面上で流れることなく留まっていた。
 ………グラハムが何の返事も寄越さないからである。
 こいつ、外にいるって言ってたけど、もしかして誰かに見つかったんじゃあとニールが眉間に皺を寄せ始めた頃、ようやっと画面が次の言葉を吐き出した。
『すまない、少しばかり驚いていた』
『は?』
『まさか君に私の経歴を心配されるとは………君にとって私の軍歴とは誇りであったのか。ありがとう』
「な」
 現実に声を漏らして、今度はニールが固まった。
 さっきのグラハムよりも余程長い沈黙を挟んだのちに慌てて否定を書き込む。頬が熱くなっているのは気のせいだ、ああ、気のせいだとも!
『あほか! あんたの経歴を気にしてんのはあんたの部下たちだ!!』
『君とて私の部下だ』
『分かってて誤魔化すな、第一航空部隊の面子に決まってんだろ。あいつらはあんたに憧れて軍まで追ってきたような連中だぞ。期待を裏切るな、かっこよくしてろ、頼むから』
『彼らとて私がどのような意志のもとで戦ったのかを知れば怒りはすまい』
『だとしてもなあ』
 はあ、と深い溜息と共に何度か目を瞬いた。いい加減この体勢は肩がつらい。
 グラハムは優秀な軍人ではあったが、時に暴走しやすくもあった。ニールと知り合うきっかけになったタクラマカンの一件は仲間を助けに飛び出したのが原因だし、仮想空間で刹那に決闘を挑んだことも記憶に新しい。つまるところ、彼は、マネキン大佐を堂々と基地に招ける条件を整えるためならば、他を巻き込まないよう注意しつつもわざと敵に負けたり、わざと怪我を負ったりする可能性とて高いのだった。後者は彼のフラッグ愛ゆえに可能性は低いとしても零ではなく、だからこそニールとしては心配の種がつきない。手前勝手だが、フラッグ部隊やビリーがいない場においては自分こそ彼を抑える立場にあると自負している。下手な考えを行動に移す前に釘を刺しておかなければならなかった。
『グラハム、もう一度いうが』
 改めてニールが文字を入力し始めた時、
『いかん』
 発言を遮られた。
『来るぞ、近い、すぐ戻る!』
「ちょ………グラハム!?」
 うっかり声に出しながらニールがベッドから飛び起きるのと、緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いたのはほぼ同時だった。
 靴を履くのもそこそこに部屋から飛び出す。廊下を行き交う者たちがみな必死の形相で格納庫へ駆けていく。飛び出した先で現場監督らしき人物がグルグルと手を回していた。
「撤収―――! 撤収―――! 信号弾を上げろ、総員退避!」
「敵か!?」
「え、あ………」
「ニールだ。ニール・ディランディ中尉」
「は、はい! 北東より六機の浮遊センサーの接近を確認! 現場作業員たちには至急ロボットと共に退避するよう伝えてあります。いざとなればロボットを見捨てて逃げろとも」
「いきなり最高記録更新かよ!」
 敬礼しつつも状況を伝えてくれた相手に軽く礼を述べてからデュナメスへひた走る。これまでの最高は五機。自分たちが到着した途端に数が増えるとは、あるいは本当にラグナが言うように向こうは「遊んで」いるのかもしれない。
 反対方向から駆けて来たグラハムが同じようにフラッグに乗り込む。
「姫! 出撃は可能か!?」
「ハロ!」
『モンダイナイ、モンダイナイ!!』
「こっちは大丈夫だ。っつーか、こんな時まで姫呼びはやめろっての!」
 緊張感が削げると苛立ちながらにバイザーを被ると、「私の余裕の現われと思ってくれたまえ」と笑い返された。意訳すると、「自らを鼓舞するための言葉なので見逃して欲しい」、か。もっとマシな台詞を使えと思えども本人がそう主張する限りは不服ながらも受け入れるしかあるまい。
 エンジンを点火し、ゴーグルとバイザーをつける。システムはオールグリーン。機体の状態に現時点で異常はない。離陸体勢に入ったフラッグに続いてデュナメスも緩やかに速度を上げた。全身にかかる重力と窓越しに感じる風圧、操縦桿をしかと握り締めて前を見据える。ラグナの思惑も基地の事情も先送りだ。いまを生き延びなければ話にならない。
 一瞬後、デュナメスは青空に舞い上がった。
 風に乗り姿勢を整える。張り巡らされたレーダー網に機影が映った。数は六。報告と同じだ。
「グラハム! 策敵状況はリアルタイムで伝える。回線だけは常にオープンにしといてくれ!」
『了解だ!』
 勢い込んだ返事を後にフラッグが浮遊センサーに突っ込んで行く。空を縦横無尽に走る光線。デュナメスも主砲による威嚇射撃を続けつつ、発掘現場の真上へ急行した。見渡す限りは誰も残っていない無人の荒野だ。打ち捨てられたロボットたちと作業途中だったことを示す掘削機だけが存在を主張していた。
 攻撃を回避しながらハロに指示をくだす。
「ハロ、念のために生体センサーを使ってくれ! 逃げ遅れてる奴がいたら救出に行く!」
『リョウカイ、リョウカイ!』
 音を立ててハロの目が赤く点滅する。生体センサーを無効化する装置が置かれていた場合、この探索は無意味であるが、普通に考えれば現場に無効化装置を備えておく理由はない。
 ハロの意識が他へ向いている間、デュナメスの防御は甘くなる。それをカバーするのがパイロットの務めだ。ニールは自分の腕前に自信を持っていたが、決して奢り高ぶらないよう戒めてもいた。高速移動ではキュリオスに敵わない、近接戦闘ではフラッグに劣り、策敵ではヴァーチェに一日の長がある、そんな己がデュナメスと共に空を駆けていられるのはハロのサポートと多少なりとも精密射撃に定評があるためだ。その評価を覆すつもりはない。デュナメスを、ガンダムを降りるつもりはない。
 いつか、―――『あいつ』の許に行く日まで。
 フラッグの攻撃が空を切り裂く。彼は精密射撃こそできないが圧倒的な火力で浮遊センサーの鏡面を突き破る。あたかも、鋭い剣が盾を貫くが如く。敵の死角に回り込み、一撃を放てば避け切れなかった一機が音を立てて墜落する。隊列が乱れたところをデュナメスで牽制した。奴らの思うようにはさせない。こちらは飛べる高度に限度があるが、空間は縦方向だけに伸びている訳ではないのだから。もし地上が激しい炎に包まれていたならば、煙に煽られて上昇せざるを得なくなった戦闘機は浮遊センサーに成す術もなくやられていたかもしれない。実際、浮遊センサーと成層圏離脱領域に挟まれて身動き取れぬままに墜とされてしまった機体とて多いのだ。だが、いま眼下に広がるのは荒野であり、補給基地を炎上させれば似たような状況に陥るのかもしれなかったが、勿論そんな真似はさせない。
 連携攻撃で浮遊センサーを追い詰め、二機目を撃墜する。
『センサーハンノウナシ、センサーハンノウナシ!』
「ご苦労、ハロ! あとはグラハムのサポートを―――………」
 ふ、と、全く偶然に。
 ニールは背景として広がる岩山を見た。グラハムが母国の風景になぞらえた、余裕がある時ならば雄大と感じられた景色の中に。
 補給基地以外には取り立てた建造物もないはずの場所に。
 妙な、一瞬の。
 光、を。
「―――グラハム!!」
 操縦桿を倒し、交戦中のフラッグに機体を寄せる。通常、戦闘機同士がこれほどに接近することはない。互いの気流や羽根に巻き込まれる危険性が高いからだ。
 しかし、咄嗟にニールは敢えてその道を選択した。
 選択せざるを得なかった。
『ニール!?』
 急接近に驚くグラハムの声が回線から響いた直後、デュナメスに激しい衝撃が走った。爆音、計器が悲鳴を上げる、バランスが崩れる。
「ちっ!」
 制御システムをセミオートからフルマニュアルへチェンジする。ハロの目が明滅した。
『メインエンジン、ハソン! メインエンジン、ハソン!! サブエンジン、キリカエカイシ!』
「右エンジンを強制停止! 左側のサブだけで不時着する! ハロはシステムチェック続行、機体制御はオレがやる!」
『リョウカイ、リョウカイ!』
 錐揉み落下を続ける機体は加速度的に重力が増していく。迫る岩山を鋭く睨み、機体が接触しないギリギリの高度で駆け抜けていく。デュナメスの右翼から黒煙が上がっているのが見えた。
 だが、まだ、左は生きている。
 バックミラーとレーダーで確認したところ、未だ浮遊センサーが三機ほど残っている。グラハムなら問題なく切り抜けられるが、こちらが無事に着陸しなければ彼の戦意に関わる。部下を助けるために単身で無謀な戦いに挑むような隊長だ、仮初のコンビであってもニールの身に何かあれば彼はこの上もなく悔いるだろう。それは一番避けたい事態だった。
「と、ま、れ、―――っ………!!!」
 岩山を飛び越え平原を目指す。近くに建造物はない、ひとや動物も見当たらないことを確認しつつ操縦桿を一気に引いた。いつもなら機械が己の判断でこなす作業をすべて手動で片付ける。パイロットが最初に徹底的に叩き込まれる技術だ。自慢じゃないが、この手の状況には嫌になるぐらいに慣れている。
 歯を食い縛り、足を踏ん張り、精一杯身体を引き下げた。
 ゴッ………!!!
 激しい衝撃と共にデュナメスの脚部が地面と接触する。砂と岩を掘り進み埃を舞い散らし、視界を土気色に染めながら辛うじて機体は静止した。
 ハタハタとハロが耳を動かす。
『システム、キョウセイコールドスリープ! エンジンカンゼンテイシ! エンジンカンゼンテイシ!!』
「………サンキュー、ハロ。助かったぜ」
 エンジンが停止したならばいきなり爆発する可能性は薄まった。深く溜息を吐いてコックピットを開ける。戦闘区域に当たる場所では危険な行為だったが、全てのシステムを遮断してしまったためにレーダーさえも働かない。グラハムの現状を確認するには目視するしかなかった。
 視界の隅を二機の浮遊センサーが横切る。どうやら更に一機を撃墜することに成功したらしい。ぐるりと大きく旋回したフラッグがやや距離を置いた平地に着地し、すぐにコックピットが開いてグラハムが飛び降りてきた。
「ニール、無事か!!」
「ああ、問題ないさ」
 伸ばした片腕にトンと音を立ててハロが乗る。腕に抱え込んだオレンジ色の球体もチカチカと目を瞬かせることで答えとした。
 息せき切って駆けてきた彼の眉間に皺が寄っているのを見て、折角王子様みたいな面構えしてんのにしかめっ面すんなよ、と言いたくなった。
「オレはともかく、あんたこそ大丈夫だったのか。すまん。援護できなくて」
「心配は無用だ。しかし、何故急にデュナメスのエンジンが壊れたのだ。整備不足が原因とは到底思えん。何か飛んできたようでもあったが………」
「あー、それな」
 少し待ってくれと前置きしてデュナメスの後ろ側に回り込む。未だ煙を燻らせる右エンジンは非常に高温だ。幾ら軍服と手袋で保護されていようとも素手を突っ込んだら火傷すること請け合いだ。よって、ここは素直に相棒の力を借りることにする。
「ハロ、頼めるか」
『リョウカイ、リョウカイ!!』
 可能な限りハロをエンジンに近づけると、普段は内蔵されている手が「耳」から出てきた。迷うことなくエンジンの中に突っ込まれた腕は、ほんの少しの間を置いてすぐに引き戻された。
 指先に握られていた一本の螺子。
「原因はこれだろうな」
「我々に向かって撃ち込まれたのはこれだと? だが、そんなことは可能なのか」
 じっと螺子を睨みつけながらグラハムが当然の疑問を零す。
 熱を持つ螺子はハロの指先で煤けた姿を晒している。あくまでも予想ではあるが、螺子のトップ側に緩衝材かばねのようなものをつけて弾丸の如く飛ばしたのだろう。僅か一センチにも満たない螺子を遠くまで飛ばすのに大掛かりな台座や砲身を用意する方が余程に手間だ。空から見た限りではあからさまな台場など見当たらなかった、と、なれば。
「弾道を考えると、たぶん、狙撃手がいたのはあの辺りだな」
「本気で言っているのかね」
 ニールの示した方角に切り立った岩山しかないのを確認してグラハムが憮然とした。確かに、距離はある。おまけに攻撃対象である戦闘機は高速移動中だ、生半な腕では無駄撃ちを増やすばかりである。
 しかし。
「衝撃に耐えられる銃身があるってんならオレだって命中させられるさ。不可能じゃない」
「そうではない。それを可能にするほどの腕前を持った狙撃手が君以外にいるのかという話だ」
「そりゃあ―――………」
 瞬間。
 脳裏を過ぎった『誰か』の面影を無意識に打ち消して。
「世界は広い。オレ以上の腕前を持った狙撃手がいたっておかしかないだろ。第一、撃ったのが人間とは限らねえよ。もしかしたら狙撃能力に特化した機械かもしれねえし」
「私としてはまだ機械の存在を疑う方が信じられる内容ではあるな。それと、ニール、ひとつだけ言わせてもらおう」
「なんだよ」
 冷えてきた螺子をハロから受け取った。普通に考えれば事故の原因として上層部に報告、もとい、補給基地の整備担当に見せるべきである。エンジンにどんな異物が入って、どんな風に中で乱反射して、どこをどのように壊したかを突き止めるために物的証拠は必要だ。
 また、これは真実「物的証拠」でもあるのだ。ひょっとしたら、マネキン大佐を堂々と補給基地に招いても差し支えないような。
 事故原因は不明ってことにしておいて、証拠はハロに預かってもらっておこうと思考を半分飛ばしている青年の姿に、普段は笑顔のエースパイロットも憤りを隠しきれないようだった。
「私を庇うことはやめたまえ。私は君の騎士だ。騎士は剣を捧げる相手がいなければ戦えない」
「ばーか。あんまり言いたかないけどな、オレが割り込まなかったら螺子が撃ち抜いてたのはあんたの脳天だったよ。………そんだけ精密な射撃だったんだ。曲がりなりにも互いに無事だったんだからそれで満足してくれ」
「だが」
「戦場で優先すべきは上官の命だ、グラハム。『ヴェーダ』と戦う軍人の誰だって、こんな僻地の戦いでエースを失いたいだなんて思わない」
 軍部における重要性で言えば『ロックオン・ストラトス』のコードネームを持つ自分も相当なものであったが、そんな内部事情まで彼は知らない。知らないのをいいことに、大切なのはお前だと言葉を重ねて背を向ける。
 まだ何か言いたそうなグラハムを素っ気無く無視したままニールはデュナメスの前方へ回り込んだ。意外と丸っこい機体の前面下部、機器類と擬似GNドライブが埋め込まれてある辺りに手を当てて、オレが護らなきゃならないのはグラハムも勿論だけど、こいつらもそうだったな、と思い出す。
 手の上に、額を押し付けて。
「―――きちんと着陸してくれてありがとうな、デュナメス。お前さんのお陰でハロも、オレも無事だ」
『ブジダッタ、ブジダッタ!!』
 もう片方の腕の中でハロがパタパタと耳を動かす。
 手袋ごしに伝わる機体の熱を感じていると背後で珍しくも大きな溜息が響いた。薄っすらと目を開けると、これまた珍しいことにグラハムが苦虫を噛み潰したような顔をしていて。
「本当に、君の、機械に向ける愛情とは―――………」
「は?」
「いや、これは単なる私のエゴだな。身勝手とも言えよう。君の愛情は君の美点ではある。だがしかし、私や少年のように君へ別種の感情を向けている者にとっては………」
 ブツブツと呟き始めてしまったエースを見て、なんだかよくわからん奴だなあと暢気にも青年は首をかしげた。
「―――いずれにせよ、だ」
 ニールの知らないところで勝手に悩んで勝手に復活したらしいグラハムがくるりと振り返る。
「デュナメスを補給基地まで運ばねばならん。流石に飛ぶのは無理だろうからな、無線で車か戦闘機を呼ぼう」
「だな。まあ、向こうにもオレが墜ちたのはしっかり見えて―――」
 コックピットに乗り上げたニールは、ハロが復活させてくれたレーダーに映る機影に目を丸くした。
「どうかしたかね」
「………すげえな、こりゃ驚いた」
 身体を半分地面から浮かせた状態で首だけ捻って苦笑い。指し示すのは遥か西方の空。導かれるように視線を流したグラハムも瞬間的に驚きを浮かべ、次いで、不敵な笑みへと切り替えた。
 ああ、実に頼もしいことではないかと。
「ずっと遠目に見守ってたんかね。だとしたらちょっと性質が悪ぃぞ」
「共謀の可能性を提起したはずだ。見守られていたよりはプトレマイオスを出た瞬間から見張られていたと言うべきか。一杯くわされたか、否、私の認識不足だな」
「同感。オレもまだまだ甘い」
 西方より飛来する機影はふたつ。
 機体に彫り込まれたAEUの紋章を見て、率いるのは件の大佐に違いないと確信し、いよいよふたりは苦笑を色濃くするのだった。




「久しいな、ふたりとも。任務中に出迎えご苦労」
「お会いできて光栄ですよ、カティ・マネキン大佐」
「お久しぶりです、大佐。助けていただいてありがとうございます」
 戦闘機でデュナメスごと運んでもらって到着した補給基地で、グラハムとニールはカティ・マネキン大佐と対面していた。基地に戻ってすぐに挨拶がしたかったのだが、彼女は到着するや否や基地の管理者であるラグナに会いに行ってしまい、格納庫で一時間ほど待たされる羽目になってしまった。尤も、その間にニールたちも機体の状況をクルーに伝えたり、小休止を取ることができたので結果的にはよかったのかもしれない。
 彼女が乗ってきたのは物資輸送が目的の大型機が一機と戦闘機が一機。大型機には彼女以外にも二十名ほど兵士が乗り込んでおり、いまは補給基地の格納庫をほぼ占拠している。本来であれば基地の主であるラグナに許可を取らねばならなかったが、カティは「緊急非難だ」と答えたきり興味を失くしていたので、端から無視する魂胆だったと考えて相違ないだろう。なんにせよ、機体整備を身内に任せられる点は非常に有り難かった。補給基地の面子全員を疑っている訳ではないが、やはり信頼の度合いが違う。
 にやりとグラハムが笑みを深める。
「正直、もっと大編隊でいらっしゃるかと思っていました」
「つまらぬ勘繰りはやめたまえ。私は『偶々』近くの都市に物資を輸送する途中に友軍が撃墜される様を発見して慌てて駆けつけたまでのこと。そこが視察予定の補給基地であったのはまさに『偶然』としか言いようがない」
 もはや隠す気すらないでしょう、あんた。
 と、突っ込みいれたくなるほどにあからさまな言葉を聞いてニールは苦笑を浮かべた。だって、そうだろう? 色々考えてはいたものの結局は当代きっての策士である女性ふたりの思惑通りに動いてしまったのだ。しかも、グラハムに忠告しておきながら実際に機体を損傷したのは己となってはもはや笑うしかないではないか。
 唯一随行していた戦闘機から赤毛の男がぴょこんと飛び出す。
「大佐ぁ〜! ひどいっすよ! 少しぐらい待ってくれたっていいじゃないですかー!」
「黙れ、コーラサワー。貴殿は場の空気を読むということができんのか」
「なにを仰います! 男、パトリック・コーラサワー! いつだって大佐の機嫌だけは読み違えたりいたしません!!」
 ビシィッ! と、ものすごーくかっこよく敬礼決めたAEUの名物ラッキーマンに。
「………………ところで。エーカー中佐、ディランディ中尉」
「はい」
「なんでしょう」
 三者三様のなまあたたかい視線を送った後で、すっぱり無視した。なにせその、彼はカティの「お守り」ではあるけれど、悲しいかなあまりあまり話し合いには向かない性格だったので。
「貴殿らから見てこの基地はどうだ。率直な感想を述べたまえ」
「我々も今日赴任したばかりなので詳細は分かりかねます。しかしながら、あくまでも個人的な感想を述べさせていただければ、印象は黒であると」
 声を潜めて意見を交わすが、グラハムも述べたようにまだ何も探り出していないのが実情だ。そもそも内偵が目的ではない。あくまでも補給基地の人員と貴重な鉱物資源の護衛任務なのだから。
カティは、グラハムの「地面の感触が違っていた」との報告にいたく興味を惹かれたようであった。
「なるほどな。大まかなカラクリは読めた」
「何が起きているのですか」
「単刀直入に言おう。我々は、この補給基地で不法な強制労働が行われていると考えている。貴重な鉱物資源を掘り出しているとの報告も真っ赤な偽り。実際には粗方掘りつくして既に余所へ搬出しているだろうと言うのが大方の見解だ」
 声を潜めたカティが冷めた視線で薄く笑う。顔が整っているだけに非常に恐ろしい。
「ですが、カティ大佐。証拠はあるのですか」
「軍が探りを入れたところ、補給基地の周辺のみが暗視を排除する特殊防壁で覆われていた。こちらの読みに外れている部分があるにせよ、後ろ暗いところがあるのに間違いはあるまい」
 ニールの疑問にさらりと答える。
 本当に強制労働をさせていると仮定した場合、続いてわいてくる疑問は「何故そんな真似をしているのか」ということだが、発想を飛躍させると、掘り出した地下資源を反政府組織、つまりは<聖典の使徒>、より具体的には『ヴェーダ』へ横流ししている可能性とて考えられた。
 浮遊センサーとの戦闘も所詮は誤魔化し。軍部に助力を請うて適当に数機だけ撃破してもらい、実際の総量の数分の一にも満たない資源を上納することで視察の目を逃れようとしていたのか。だが、そうなると。
(オレたちを狙う利点が少なくなるな………)
 ニールは密かに眉を顰める。
 もし本当にラグナを筆頭とした基地の連中が「適当に浮遊センサーと小競り合いを起こして適当に去ってもらおう」と思っていたならば、どう考えても、最初の出撃でグラハムの命を狙うのは得策ではない。エースが落とされたとなればユニオンもソレスタルビーイングも黙ってはいない。より一層の戦闘機を駆り出して敵討ちに燃えるはずである。結果、補給基地は軍部に占領され、ラグナが好き勝手にする余剰はなくなってしまう。あるいは、ラグナとも異なる第三の勢力があの場にいたのだろうか。
 考え込むニールを余所に、カティとグラハムも互いに意見を交わして話を進めていたようで。
「姫、あれを」
「え? あ、ああ」
 急にグラハムに手を伸ばされて戸惑ったが、視線の先からすぐに察してニールはハロを手招いた。嬉しそうにデュナメスから飛び出してきた相棒を胸で受け止めて、「額」の辺りをコツコツと叩く。みゅいんと手が伸びる様を見たカティが「いつ見ても不思議な物体だ」と呟いた。
 先刻、入手したばかりの「物的証拠」をカティが鋭く見詰める。
「ただの螺子のようだな。しかし、念のために鑑識に回しておくか」
「お願いします」
 螺子を調べたところで出てくる結果は捗々しくないだろう。何処からどう見ても、何処にでも売っているような単なる市販の螺子である。けれども、そこに僅かなりとも痕跡がないかを探してしまうのが軍の性分というものだ。
 クルクルと弄んだのちにカティは螺子を胸ポケットへとしまった。
「これは預かっておこう。さて、これからの諸君の処遇だが、当面は浮遊センサーと戦ってもらうつもりだ」
「降りかかる火の粉は払わねばなりませんからな」
「その通りだ。しかし、デュナメスが動けないのは痛手だな………長距離支援型も含めた編成を検討していたが考え直さなければならん」
「申し訳ありません」
「構わん。考えるのが私の仕事だ」
 きっぱりと言い切って彼女は周囲を見渡した。視線は自然と格納庫内の備え付け戦闘機に止まる。デュナメスやフラッグには劣るが、あれとて戦闘機は戦闘機。多少の不便を感じても乗りこなすことはできるだろう。ハロには基地で待っていてもらえばいい。
 と、思ったのだが。
「あれは使わん方がいいだろう」
「同感です」
 カティとグラハムに重ねて否定された。理由を問えば、「私は君のためならとてつもなく心配性になるのだよ」とやたら真面目な顔でエースが応じた。
「我々は何も知らんに等しい。即ち、あれが安全な戦闘機であるかもまた知らないということだ。私とてむやみやたらと他者を疑ってかかる行為は好まん。だが、他ならぬ君の命がかかっているとあらば石橋とて叩いて割ろう!」
「割ってどうする。渡るんだろ、わ、た、る!」
 頼むから諺は正確に教えてくださいカタギリさん、と、この場にはいない天然ポニーテール技術者にこっそり溜息ついて。
 自分達はうっかり敵陣に紛れ込んでしまった弱小部隊であり、これまで軍に送られてきていた浮遊センサーとの戦闘データも嘘八百かもしれず、そうなると格納庫の隅で眠る戦闘機は全く整備されていない可能性もあり、きちんと整備されていたとしても直前で何を仕込まれるか分かったものではないということか。
 もう一度ニールが溜息を吐いた。
 直後、補給基地内に緊急事態を告げるサイレンが鳴り響く。三人揃って周囲の様子を伺い、即座に頷きあう。
「パトリック!」
「なんですか、大佐!」
「すぐに出撃しろ。フォーメーションはAX-Z、エーカー中佐との連携で行け」
「ええっ。なんでですかー、大佐。オレはAEUのエースですよ? 隊列なんて組まなくても………」
「行け!」
 一喝され、途端にコーラサワーが背筋を正す。彼とて優秀な兵士ではあるのだが、如何せん、いつでも何処でも軽い感じが抜けないのでこういった場面にはあまりそぐわない。要するに、絶対死にそうにないというか、戦闘機が大破しても無傷で木に引っ掛かっていそうというか、そんな感じの。
 グラハムとコーラサワーはコンビなど組んだことはない。しかし、各国の軍部が協力して事に当たることを想定して数年前から軍部共通のフォーメーションが定められている。パイロットになる以上は必ず覚えなければならない内容だ。だからきっと、このふたりでも問題はない。はずだ。………たぶん。
 カティに敬礼したグラハムはそのまま真っ直ぐにニールのもとへ向かってきた。やたら真剣な、痛いぐらいに青い瞳を逸らすことなく。
「姫、私は行ってくる。頼むからあまり無茶はしてくれるなよ」
「居残り確定だってのに何をどう無茶すんだ。つーか、あんたが全部の敵を倒せば必然的にオレだって無茶のしようがなくなるだろ」
「―――至言だ」
 ぽん、と軽く拳でもう片方の掌を叩き、盲点だったと言わんばかりに彼は頷いた。
「ならば、君の望む通りに早く帰って来るとしよう! その間、姫の護衛は任せたぞ、独立AI!」
『モチロン! モチロン!』
 パタパタとハロが耳をばたつかせ、傍らを駆け抜けたグラハムが颯爽とフラッグに乗り込む。なんだかんだ言いつつコーラサワーも真面目な顔で自機に飛び乗った。二十名ほどの仲間に見送られて二機が飛び立つ。補給基地出身の整備員たちは成す術もなく格納庫の隅で遠巻きにこちらを見守っていた。そういえば、カティは彼らをどうするつもりなのだろう。危害を加えたり尋問したりする気配は勿論、保護する気配すらないのだけれど。
「我々も移動するぞ、中尉。船内にレーダーがある。補給基地のものより余程正確だぞ」
「了解です」
 歩調を速めて彼女のやや後ろに並ぶと、不意に、視線を送られた。
 問うて、曰く。
「―――戦いたいかね、中尉」
 ある意味では当たり前に過ぎる答えを、何故、今更。
 こちらの内心さえも見透かされているのだろう。敢えて口にしなかったが、きっと、グラハムでさえ薄っすらと察しているのではないか。
 軍人たるものが、このような時に黙って見ているだけで済むのかと。
 わざとらしくも肩を竦めて口にするのは否定の言葉だ。
「無理ですよ。デュナメスは飛べない」
「そうだ。戦闘機はない。だが、『武器』はある」
「………オレが墜ちるのは想定外だった、って言葉こそ予想外でしたから今更驚きませんよ。あなた方、予報士は常にあらゆる事態に備えている」
 大型機の扉を潜って内部に入り込む。ひんやりとした空気が頬の傍を流れた。
 カティは鼻で笑い、無造作にひとつのメモリーを投げ捨てた。肩越しに投げられたそれを過たず受け取る。
「そもそも我々が疑い始めたのは」
 然程広くもない廊下を突っ切り、メインモニタのあるブリッジへと続く扉を開く。何名もの兵士が機器を調整し、正面にはフラッグが全面に映し出されていた。
「現場があまりにも『綺麗』だったからだ。貴殿らには確認する暇はなかったのだろうが、報告通りに始終、浮遊センサーと戦闘が繰り広げられているならば作業場は戦闘機や浮遊センサーの破片や鉄くずで溢れていなければならない。しかし、発掘現場は敵が立ち去ればすぐに作業が再開できるほどの被害しか受けておらず、また、浮遊センサーが仲間を『回収』に来ることもなかった」
 ああ見えて律儀なのか単なるプログラミングの妙なのかは分からないが、通常、浮遊センサーはこまめに『仲間』の回収に訪れる。それがないということは、要するに。
「メモリーには貴殿らの壊した浮遊センサーの破片の分布図が収納してある。途中の戦闘で更に欠片が追加されるだろうが、それらも含めてすべて暗記しておけ、『スナイパー』」
「………了解」
 薄く笑ってメモリーを懐に収める。グラハムには見つからぬよう気をつけなければならない。見つかったりしたら、彼が薄々感じているだろう疑惑を確信へと変えてしまう。そうなったら少なくとも、もう、此処では戦わせてもらえない。
(―――武器が、そこにあるのなら)
 戦ってみせる。
 最後まで軍人らしく、人間らしく、………我侭勝手なこどものように。
 正面モニターで浮遊センサーと戦いを繰り広げる戦闘機を睨みつけながら、ニールは己が決意を固くしていた。




 扉が開く音がして、頭からタオルを被った金髪の青年がふらりと入ってきた。ベッドに腰掛けて本を読んでいたニールは穏やかな笑みを浮かべる。
「お疲れさん。少しは休めたか」
「うむ。シャワーは気持ちよかったぞ! ………流石に今日は少々厳しかったが」
 いつもより抑揚の少ない声で自分に割り当てられたベッドにグラハムがごろりと寝転がる。頭ぐらいちゃんと拭け、と思っても、疲労困憊している彼を目の当たりにしてしまうと言いづらい。
 端末を引き寄せ、時刻を確認する。
 カティが補給基地に来てから未だ十時間あまり。グラハムとコーラサワーのツートップによる戦略は上手く働き、発掘現場を襲って来た浮遊センサーを見事に撃退した。しかし、基地に引き返すや否や、再び緊急警報が鳴り響きまたしても出撃を余儀なくされる事態が相次いだ。半日にも満たぬ間に出撃した回数は最初のものを含めれば五回にも及ぶ。
 これでは休まる暇もない、せめてふたり同時に倒れることだけは避けなければと数時間ごとに持ち回りで監視を続ける決定が成された。同時、カティが直に発掘現場に立って作業員たちに指示をくだす。お陰で、これまでののんびり加減が嘘のように発掘は急ピッチで進められている。いま、彼女を戦闘機イナクトと共に護衛しているのはコーラサワーだ。あと数時間もすれば交代の時間がやって来る。グラハムは、ぐっすりと休むべきだった。
 ラグナに与えられた部屋を辞去し、現在はカティの乗ってきた大型機内の一室を貸し与えてもらっている。軍の仲間が到着した途端に部屋を変えるなど失礼極まりない気もしたが、ニールの与り知らぬところで状況は刻々と変わりつつあるらしい。なにせ自分はカティとラグナの対面の場面にすら居なかったのだ、何が言えるだろう。愚痴に付き合ってくれるハロもいまはデュナメスに掛かりきりだ。
 戦場に立てない己が身を歯痒く思いつつ、せめてグラハムの前では苛立つ様など見せぬように。
 読みかけの本を閉じてゆっくりと立ち上がり、寝転がったグラハムの形のよい頭に触れる。ぴくりとも動かないのは疲れ切っているからか、危害を加えられるはずがないと信用してくれているからか。腰掛けるとベッドがギシリと音を立てた。
「………ちゃんと拭いておけよ。風邪ひいても知らねーぞ」
「風邪を引いたら、君が看病してくれるのだろう?」
「あんたなら美人の看護士さんが幾らでも付きっ切りで看病してくれるさ。うちは野郎ばっかだしな。偶には女性の優しさに癒されたっていいんじゃないか」
 相手が動かないのを確認し、頭に巻きついたままのタオルで丁寧に水分を拭き取ってやる。本当に、綺麗な金髪だ。黄金色と喩えても遜色がない。
 じんわりと湿り気を帯びたタオル越しに、青い瞳がこちらを見詰めている。いいから早く寝ろよと苦笑しながら頭を撫でた。なんとなく、刹那を思い出した。以前は触れられるだけで嫌がっていた少年も、いまでは多少は慣れてくれたのか、ニールが頭を撫でてもすぐに逃げ出すことはなくなった。できることなら抱き締めてみたいのだが、それにはもう少し時間が必要だろうと頑張って我慢している。刹那を見ているとライルを思い出してならない。未だ幼かった、護りたかったのに護れなかった、大切な片割れのことを。
「………姫が優しい………」
 密やかな声を漏らし、グラハムが猫のように目を細める。
「きっと、これは夢だな………姫が自ら私に触れてくるなど………」
「あんたの頭ん中のオレってどんだけ鬼なんだよ。まあ―――確かに厳しかったかもしれないが、別にオレは潔癖症でもねえし」
 タオルを傍らの椅子に引っ掛けて、ドライヤーがあればよかったと呟きながら僅かに湿ったままの金髪に触れる。
 ベッドについたままの右手に静かにグラハムが指を絡ませてきた。いつもなら問答無用で叩きのめすか押し退けているが、疲れ果てて眠そうにしている「こども」まで邪険に扱うつもりはない。ゆるゆると手首に巻きついてくる指先の熱さに、本当に風邪でも引いたんじゃないかと余計な心配をする。
 とろとろとグラハムの瞬きが深くなった。
「………ニール」
「………うん?」
「頼むから………無茶はしないでくれ………私は心配だ。いつか、君が、何処かに―――………行ってしまうような………」
「珍しく弱気だな、グラハム。喩えそうだとしても私が護ってみせよう! ぐらい言ってくれよ」
「知っている。私が幾ら告げようとも、………君が否定で返すことはない」
「―――」
「君は………此処にいろ。君は、生きて帰ると言いながら………根っからの………」
 吐息が深くなり、身体がベッドに沈み込む。
 寝息を立て始めた相方に、掴まれたままの右腕に、どうしようもなくて苦笑を浮かべる。
 グラハムは頭がいいけれど、それ以上に直感だけで生きているような人間だ。その点では刹那とあまり変わらない。だからこそ彼は、否、彼らは、ニールの中にある『歪み』に自覚はなくとも気付いているのだろう。
 完全に気付いているならばいっそ見捨ててくれと詰ることもできたのに、明言されないまま無意識に齎される優しさの数々は望まずとも自分を地上へ繋ぎ止める枷となる。本当はいつだって、いますぐにでも、ライルの許へいけるはずなのに。
「無茶しないでくれ、………か」
 絡んだ指を丁寧に外す。もう一度だけ金髪を撫ぜて静かに立ち上がる。
「それはあんたのことだろ。グラハム」
 あんたが思ってる以上にオレはあんたを気に入ってるんだけどな、と。
 本音を漏らすことなくニールは改めて読みかけの本を開いた。




 眠っている最中にふわふわとした夢を見ていた気がする。とてもやわらかくて、あたたかくて、けれども寂しさを掻きたてるような。かつて孤児院で暮らしていた頃に、親がいないんだろうと同級生たちにからかわれた時に、人知れず感じていた寂寥感のようなもの。
 数時間前の感覚を思い出してグラハムは一時、目を閉じた。
 だが、むかしの感覚に思いを馳せている場合ではない。いま自分がいるのは戦場であり、発掘現場の間近であり、いつ敵が訪れるかもわからない。数時間の眠りでは疲労のすべてを拭い去ることは叶わなかったが、それでも、体力はだいぶ回復したと自負している。
 ―――気をつけて行って来いよ。
 専用の戦闘機が修理を余儀なくされたために基地に留まっている相方の台詞を思い出す。カティが連れてきた優秀な整備員であっても、修理対象が『ガンダム』とあってはなかなかに梃子摺る。ましてや彼の機体はエンジンを破損しており、厳重に検査しなければ今度こそ空中で分解する危険性とてあった。そうなればグラハムとて彼を助けようがない。故に、彼がおとなしく基地で待ってくれているのは有難くもあるのだが。
(………解せんな)
 フラッグの中で待機しながらグラハムは顎に手を当てる。周辺で掘削作業に勤しんでいるロボットたちの動きも目に入らない。発掘作業も大詰めとなり、すぐ近くにロボットの操縦する大きめなトラックが到着した。なんでもレアメタルは一塊の岩として掘り出され、その後、専門の工場で精錬されるらしい。戦闘機で引きずっていくのは浮遊センサーのことを考えると危険すぎたため、ホロがつけられたトラックの後部に詰め込んで地上をひた走る作戦だ。その間、逃げるトラックを護るのが自分やコーラサワーの役目である。
 腕組みをして、深くシートに座り込む。
 何故か妙にニールの態度が気にかかった。昨晩とて部屋に戻った自分にやたらと彼は優しかった。明け方に見た切なさを誘う曖昧な夢はその影響だろうと確信するほどに。勿論、もとから優しい人物ではあるのだが、グラハムに対してはぞんざいな部分も多く、それが却って特別待遇に思えて密かに嬉しくもあったのだ。なのに、まるで例の少年に対するように接されては落ち着かない。
(私は、私の勘を信じている)
 だからこそここまで生き延びることができた。
(だが―――考えをまとめるのはもう少し先になりそうだ)
 操縦桿を握りしめ、真っ直ぐ前を見据えた瞳に疎らな浮遊センサーが捉えられた。
 機体を発進させて空に舞い上がる。レーダーが敵の位置を示し、瞬く間に距離がつまる。地上の様子は、と見遣れば計ったように通信が入っている。
『聞こえているか、エーカー中佐』
「カティ大佐」
『発掘作業は間もなく終わる。敵もそれを察知したのだろう。先程コーラサワーも出撃させた。貴殿らの任務はレアメタルを補給基地まで護りきることだ。いいな』
「無論!」
 不敵に笑い、操縦桿を強く握り締める。愛機の調子は万全、空を切る音が響き渡る。レーダー上で後ろから近付きつつあるのはコーラサワーの戦闘機だ。フラッグと同じように近接戦闘を得意としている。戦闘機に近接も何もないだろうと思われがちだが、射程距離や高速移動など、やはり各機に特徴がある。
 フォーメーション指示に従って速度を上げ、お見舞い代わりにすれ違い様に一撃を放った。あっさりと鏡面に跳ね返された攻撃はすぐさま他の浮遊センサーに弾き返されて後ろから襲い来る未知の攻撃となる。身軽に宙で一回転、攻撃を避けて二撃目をお見舞いする。一瞬、空が翳った。
『どけどけどけ―――っ! コーラサワー様のお通りだぜえ!』
 ここ数日のパートナーが目まぐるしく空を飛び回る。予想もつかぬ動きをとるのが彼の特徴だ。決して腕は悪くはない、むしろ一流の部類だ。何より「死ぬ」気がしない。戦場を何度も経験している身で言うのもなんだが、確かに、巷で噂されている通りにコーラサワーは全く「死ぬ」気配のない男だった。その点ではむしろ地上で待っているカティやニールの方が余程に危険であると思われた。
(まだ作業は終わらないのか!)
 絶妙な距離で連携を保ちつつ浮遊センサーを撃墜していく。だが、調子よく墜とせたのも最初の内だけで、行動を読まれているのか、攻撃が外れる率が高くなってきていた。さもありなん。こちらは生身だが向こうは機械、データ分析に余念はあるまい。
 地上ではロボットたちが降り注ぐ弾丸や浮遊センサーの欠片もものともせずに作業を続けていた。運搬用のトラックの上にまで破片はバラバラ落ちていく。あまりにも大きい欠片が落ちたならトラックは潰されてしまうかもしれない。
 正面に浮遊センサーが迫る。回避する。待ち構えていた。コーラサワーの援護で浮遊センサーが一体吹き飛ばされ逃げ道を得る。機体を回転させる。今度は向こうが三機の浮遊センサーに取り囲まれていた。狙いすました一撃で一機を撃墜。
 レーダー上の浮遊センサーの影は数えるのも嫌になるぐらいに増えていた。本当に一体どこから湧いてくるのか、何処に控えていたのだと思うほどに、撃っても撃ってもきりがない。一方でこちらの体力は確実に目減りして行く。このままではタクラマカンの砂漠と同じような愚行を繰り返すやも知れぬ。
『大佐あ!』
『………よし!』
 コーラサワーの嘆きが通信機ごしに聞こえた瞬間、カティが会心の叫びをあげた。
 地中から何かがせり上がる音がする。只管に地中を掘り進めていたボーリングが回転をやめて運搬用のエスカレーターが警戒音を奏で出す。
 ゴォ………ン!
 激しい地響きを上げて直径二メートルはあろうかという巨大な黒岩が地表に「生まれ」出でた。わらわらと駆け寄ったロボットたちが手際よく岩をトラックの荷台へ詰め込む。ギシリとトラックのタイヤが傾ぐのが見えた。
 彼らの作業を見守っていたグラハムだが、視界の隅を浮遊センサーが横切ったことで我に返る。『ヴェーダ』は疾うに気付いている。いま、此処で掘削作業に励んでいたのは「内通者」ではなく、紛うことなき「敵組織」なのだと。ならば、遊びの仮面をかなぐり捨てて本気で足止めに来るのは常道。
「させんよ!!」
 機首を回転させて砲撃を叩き込む。鏡面が割れ、亀裂が走る。視界の向こうでコーラサワーも大回転だ。
『よっしゃあ! 見ててくださいよ、大佐! 大佐のキッスはいただきだ―――!!』
『いいから真面目にやれ!!』
 夫婦漫才も健在である。まあ、あれでもまだ結婚はしていないのだが。
 連携を保ちつつ攻撃を続け、何機かを撃墜する。眼下でトラックが動き出した。後は一直線に補給基地へ向かうのみである。しかし、空からは更地に思えども地面にはかなりの凹凸があり、道のりは平坦ではない。また、トラック自身を破壊されても、逃走先である基地自体を落とされてもこちらの負けである。二機だけで迎え撃とうというのは実は結構な難題だ。カティとて密かに軍に援軍を頼んでいるはずだが、世界的な軍事バランスだの各国の状況だのを考えると一箇所だけに兵力を割くことはできない。
 コーラサワーが自主的に基地の援護に回る。グラハムも止めなかった。向こうが基地を護ることに主を置きたくなるのはカティがいる点を考慮すれば当然のことだ。兵士としてどうかと問い詰める者もいるだろうが無意識の選択ばかりは責められようはずもない。代わりにこちらがトラックを護ることに専念すればよいだけである。
 下の様子に目を遣れば、ロボット運転手は優秀らしく、攻撃の余波を時に岩に乗り上げ、時にバウンドすることで回避し続けていた。荷台を覆う幌こそボロボロになってきているが本体まで傷ついた様子はなかった。
 レーダーが警報を鳴らす。画面に映し出された光点の数に舌打ち。
「新手か!」
 敵の増援は目にも明らかであった。西方の空より団体で襲来する浮遊センサーが見える。
 フラッグのスイッチを切り替え、より高速移動ができる状態にする。身体にかかる重力も加速度的に増すが背に腹は代えられない。歯を食い縛り、操縦桿を握り締めて敵の最中を突っ切る。すれ違い様にロケットを叩き込んで敵を撹乱する。
 だが、所詮は多勢に無勢。グラハムの攻撃を掻い潜り、あるいはより遠方からトラックを狙ってビームが放たれるようになった。未だ車は逃走を続けているがいい加減ボロが出てきてもおかしくはない。
(基地は、まだか!)
 十分とかからぬはずの行程をこれほどに遠く感じるとは。
 フラッグの真横を数体の浮遊センサーがまとめて通過する。
「しまっ………!」
 手が回らなかった。連中の狙いはグラハムではなくトラックにある。攻撃用の射出口が開かれる様が見える。急旋回しても防ぎきれない。もはやこれは攻撃の直線上に機体を割り込ませるしかないと覚悟を決めた時。
 シュン!!
 トラックの荷台から放たれた光線が浮遊センサーに命中した。ぐらりと傾ぐ機体。
 間髪いれずに放たれた攻撃がフラッグの手を掻い潜ってきた浮遊センサーを攻撃し、「戸惑う」ように揺れたところを更に正確な射撃で撃ち抜く。一見して外したと思しき攻撃さえも、地面に散らばる回収前の浮遊センサーの「破片」で反射させフェイントとする。見たことのある戦い方だ。彼が、得意と、していた。
 度重なる攻撃でボロボロになったトラックの幌が地面をバウンドした瞬間に千切れ飛ぶ。荷台には安置されたレアメタルの大岩と、そして。
 やたらとごついスコープを抱えた青年の姿。
「ニール………!」
 身に着けたゴーグルを一瞬だけ外して、彼はこちらに笑いかけた。それをしかと目にする前に、向かってきた浮遊センサーを撃墜するために再び彼は目元を隠してしまう。
 荷台の周辺には黒光りする機械が置かれていた。あれは確か、生体センサーを無効化する開発途中の機械だったはず。試作段階の製品を外に持ち出せる権限を持つ者など、この場においてはカティしかいない。生体センサーを内蔵する浮遊センサーを欺くべく開発された機械を詰め込んで、グラハムにもコーラサワーにも何も告げずに彼はトラックに潜んでいた。肩に担いだスコープは持ち運び可能な簡易エネルギー変換装置へ接続されていた。使用可能時間は短い、だが、短くとも威力は他の武器に劣らぬ。いつかの墜落した砂漠を思い出す。あの時も彼はデュナメスからスコープを取り出した、ならば、おそらく今回も彼は愛機から一部のみ切り離してきたのだ。接続先が擬似GNドライブではないだけで。
 なんたる無茶だ! と叫びつつも何処かで当然と感じていた。
 彼が、戦場にいながらにして「戦わない」はずがないのだと。彼は銃の一丁しかなくとも、素手であろうとも、本人が必要と感じればすぐにでも飛び出していく。グラハムの行動に注文をつけるくせに彼の方が余程に「死にたがる」。
 居場所が空であろうと地上であろうと彼の狙撃は正確だ。一撃必殺の威力はなくとも、姿勢を崩した浮遊センサーをグラハムが狙えばすぐに堕ちる。最初は絶望的とも思われた数の差が徐々に狭まる。同時、補給基地がはっきりと肉眼で目視できるようになり、あと少しだと自らを奮い立たせて。
 だが。
 バァン!!
 激しい音を立ててトラックの右側後輪が破裂した。急な変化に大きくトラックが揺らぐ。振り落とされそうになったニールが必死に荷台にしがみついた。
「ニール!!」
 機体の速度を上げる。割り込んでくる影に問答無用で攻撃を叩き込む。弾の残数など気にしてられるか、エネルギーの充填状況など構ってられるか。
 また、青年は青年で黙って助けを待つような可愛い性格はしていなかった。
 バランスを失い、暴走しつつある荷台の上でかろうじて立ち上がり、縁に付いていたレバーを倒す。真横に亀裂が走り、前輪と後輪の中間を境として荷台が切り離される。積荷は荷台の前方にフックで厳重に止めてある。パンクしたのは後輪だ、前輪だけになっても二輪車の要領で車は進む。エンジンがあるのはボンネット部だ、動力も問題ない。
 切り離された荷台の後部は激しい摩擦音と共に停止する。舞い上がる砂埃を物ともせずに彼はスコープを構えた。浮遊センサーは目的を第一に行動する。行動を邪魔する「存在」を第一に倒そうとする。即ち彼らにとって最も目障りなのはグラハムと、コーラサワーと、目の前の―――………。
 スコープから放たれた一撃が過たず浮遊センサーを撃ち抜く。それが決定打だった。逃走する術もない生身の青年に射出口が合わせられる。青年は青年で照準窓を正面へ向ける。いつとても、逃げることなく。
「やめろお――――――!!!」
 フラッグの速度でも間に合わない速さで浮遊センサーから一撃が放たれた。スコープが光る。
 視界の隅、補給基地の真上にプトレマイオスが近付くのを捉えながら、一撃を食らって地に叩きつけられた青年の姿にグラハムは大声で叫んだ。
 まるで。
 我が身を引き裂かれたかの如く。




 ………何のために此処にいるのかと。
 自問自答し続けている。
 家族の仇をとりたい、世界を変えたい、いなくなった双子の弟の分まで生き抜きたい。
 ただ生きていくだけなら簡単だった。そうしなかったのは単なる我侭に過ぎない。結局、自分は他人の意志や遺志よりも自らの感情を優先する。
 戦いたい。戦えないなら意味がない。戦いの果てに意味を見い出したい。
 できることなら―――戦って、戦って、戦ったのちに命を落としたい。『彼』のように。
 武器がある限りは戦う、求められる限りは戦う、手足を失い、目が見えず、耳も聞こえず、話すことさえできなくなろうとも、己がこころが痛む限りは戦い続ける。
 喩え、その決意が誰を嘆かせることになろうとも。
「………」
 ゆっくりと、ニールは目を開けた。
 視界に捉えた真白い天井。見覚えがある。やわらかなベッドと薬の匂い。点滴の類はつけられていなかったが頭部に包帯が巻かれているのを感じた。手足が動くことを確認し、首を巡らし、目を細めた。
 ベッドの傍らの椅子に腰掛けていた人物に声をかける。
「………グラハム」
「起きたようだな、姫」
 彼は。
 両膝の上に肘をつき、組んだ両手に額を乗せたままこちらを見ようともしない。確かに、色々と馬鹿な真似をした。けれども、声高に詰られるでもなく、真っ向と否定されるでもない彼の態度は、思った以上にきつかった。
「―――此処は」
「プトレマイオスの医務室だ。安心したまえ。君が眠っていたのは数時間ほどだ。だが、事態はかなり進展している」
 レアメタルは無事に回収された。カティから依頼を受けたプトレマイオスの面々が駆けつけ、落ちる寸前だった補給基地も何とか持ち堪えた。ほぼ同時に、カティの連れて来た部下が地下通路を発見。強制的に働かされていた数十名を保護した。グラハムが最初判じた通り、地下にはレアメタルを掘り出すための強制労働所があったのだ。ラグナは回収したレアメタルの一部は軍に納めていたが、大半は<聖典の使徒>に横流ししていたらしい。らしいと言うのは、つまり。
「ラグナは逃げた」
「逃げた? カティ大佐が見張ってたろうに、どうやって」
「より正確に言えば、裁判を行うべく他へ移送中に護送車が襲撃されたのだ。運転手や護衛の者たちは多少の手傷を負うだけで済んだが、連れ去られたラグナがどうなったか………そこまでは我々も与り知らん」
 組織からすればラグナは任務に失敗したことになる。捕虜からこれ以上の情報を得られないのは惜しむべきだったが、<聖典の使徒>が彼をどう判断するのかなどわざわざ軍が気を配る内容ではなかった。
 未だグラハムは顔を上げない。
 憂いの色を浮かべて、ニールは軋む身体を無理矢理に起こした。
「肝心なことを伝え忘れていたな。君の相棒のデュナメスと独立AIはヴァスティ技師のもとで精密検査を受けている。しきりと君のことを心配していたよ」
「………グラハム」
「無論、プトレマイオスの皆とて君を心配していた。少年にはお前がいながら何をやっているのだと面と向かって言われたよ。いや、言われたのではないな。目がそう語っていただけだ」
「グラハム」
「彼らも君の傍についていたかったはずだ。その役目を譲ってくれたのは彼らなりの気遣いということだろう」
「グラハム!」
 少々語気を荒げると、漸くグラハムが話すのをやめた。色々と教えてくれるのは有り難いが、だったらせめて、こちらを見て欲しい。普段から嫌になるぐらいに綺麗で不躾な目をぶつけてくる奴がこれでは、こちらも、どうすればいいか分からないではないか。
 零れた声は予想以上に困り果てていた。
「………顔を上げてくれよ、グラハム」
「………」
「あんたが落ち込むようなことじゃない。オレは勝手に行動して、勝手に無茶やって、勝手に医務室送りになったんだ。刹那の態度がどうだったか知らんが、そんなのパイロットの自己責任だって斬り捨ててくれりゃ良かったんだ」
「落ち込んでなどいない。ただ、私は己の無力さが腹立たしいだけだ。君の行動の奇異さに気付く機会はあったにも関わらず、君が隠れていたトラックをただただ横目に見ていただけとは何とも情けない話ではないか」
「だから、それは」
 本物の騎士と姫でもあるまいし、我侭な「姫」が勝手に出歩いて怪我したところで、「騎士」がすべての責任を負うはずもない。ましてや自分は成人男性であり、上層部からの命令には逆らえないにせよ、責任はすべて自らに帰されるものだった。
 言い募ろうとしたニールは、しかし、未だ伏せられたままのグラハムの表情を見て口を噤んでしまう。
 窓からは赤い夕日が差し込んできていた。
「君は嘘吐きだと私は知っていた。知っていながらも君の態度に流されてしまった。愚かなことだ。私は、君を護ろうとするならば君をこそ疑わなければならなかったのに」
「………そうだな」
「君を疑いたくはない。なのに、君は笑って嘘を吐く。君はひどい人間だ。誰もが大切だと言いながら、それが真実でありながら、結局は考え方のひとつすら変えてはくれない」
「そうだな、グラハム。オレが悪かった」
 起こした上体を彼へ向き直らせて、静かに、脅かさぬように、両腕を伸ばす。
「君は悪くはない。君は、そういう生き方しかできない性質なのだ。私が空に焦がれることをやめられぬように、君は、もはやそうとしか生きられないのだ。誰に責められるものでもない」
「うん。だから、頼む………グラハム。頼むから―――泣かないでくれ」
「泣く? 何を言う。私は泣いてなどいないさ」
 組まれた指先の間から青い瞳が覗く。穢れることのない、真っ直ぐな、強い瞳だ。濡れてなどいない。
 やわらかく微笑みながら伸ばした腕で彼の頭を抱き締めた。頬をくすぐる金髪がくすぐったい。
「分かってるさ、それぐらい」
「誤魔化すつもりかね」
「オレがこうしたいだけだ。確かに、オレはあんたの言う通りにひどい人間なんだろう。けどな、ひどい人間にだって、一片の情ぐらいは存在してるんだぜ?」
 抱き締めて。
 抱き締めた身体が細かく震えている。実際にグラハムが涙を流すことはないだろう。泣くとしても、その姿を誰かに見せることはないだろう。誇り高い獣のような人間だ。泣く姿を、弱った姿を他に見せるぐらいなら、ひとりで部屋に閉じ篭もり傷が癒えるのを待つような。
 グラハムはニールをひどい人間だと詰る。
 同じようにニールも、グラハムをひどい奴だと詰りたかった。あれほどに慕ってくれる部下を持ちながら、親友のビリーがいながら、尊敬する師を持ちながら、ニールには「此処にいろ」と言いながら、自らが一番憧れるのは『空』だと笑って語る。
 抱き締めていた腕をずらし、ゆるんだ隙間から指を滑らせて彼の頬をなぞる。伏せていた面を両手で引き上げてやれば、確かに彼は泣いてなんかいなかった。ただ、不機嫌そうに眉根を寄せて、唇を噛み締めているばかりで。
 小さなこどもが我侭をぐっと我慢しているような表情に自然とニールが笑みを零す。
「頼むからさ、泣かないでくれよ。グラハム」
 やわらかな頬を撫でさすり、額にかかる前髪をあげるとはらはらと綺麗な金糸が零れ落ちた。日の光に反射するそれに目を細めながら上体を伸ばし、咄嗟に閉じられた瞼の上にやわらかく口付ける。
 どうしようもなく胸が痛む。
 だから、泣かないでほしい。
「あんたは―――オレの『騎士』じゃないか。そうだろう?」




 ガシャリと重い音を立ててライフルが床に投げ捨てられる。
 扉が開かれる前から『彼』の帰還に気付いていたリボンズはソファに腰掛けたままゆっくり目を開けた。優雅に背後を振り向いて笑いかける。
「おかえり、ライル。お疲れ様。久しぶりの地上はどうだったかな?」
「大したことなかったぜ」
 銃を投げ捨てた青年は感情を失くした声で淡々と告げる。地上軍と同じ軍服に身を包みながらも、いま、彼が居るのは『天の城』だ。
 テーブルに置かれた紅茶がくゆらせるほのかな煙を青年は眺めながら。
「………なあ、リボンズ。ひとつだけ聞いてもいいか?」
「なんだい」
「どうしてオレを地上へ行かせたんだ? ラグナって奴に会わせたいのかと思ったら違ったし。あ、そういやアリーがさ、あいつ要らねえから捨ててくるっつってたぞ。よかったのか」
「別に構わないよ」
 アリーの任務は『彼』の送り迎えだったが、ついでにラグナを片付けてくれても支障はない。ラグナの代わりぐらい幾らでも手に入った。戦闘面で非常に使える駒であるアリーが憂さ晴らしをしたいならば好き勝手してくれて構わないレベルである。
「君を行かせたのに深い意味はないよ。ただ、偶には実戦で銃を使った方が君の腕も曇らずに済むと思ってね。フラッグとデュナメスが出てきたのは少し意外だったけれど」
 当たり障りのないことを述べれば、もとより感情の欠落した相手は「そうか」と簡単に引き下がる。床に放置された銃は後でリジェネかリヴァイブにでも回収させるとしよう。
 大きく伸びをひとつして、自室に引き返す背中に今度はリボンズから声をかけた。
「ライル。僕からもひとつ質問していいかな」
「なんだ?」
「どうして、直にデュナメスを狙わなかったんだい? 結果は同じことだったろうに」
 連携を組む戦闘機のどちらを狙うことも彼の―――『ロックオン・ストラトス』の腕前ならば容易だったはず。なのに何故、『兄』の機体ではなくその仲間の機体を狙ったのかと、ちょっとした興味本位で問い掛ける。
 ライルは少し首を傾げて記憶を探る様子を見せたのちに、「ああ」と頷いた。
「嫌いだから」
「ニール・ディランディが?」
「違う違う。オレさ、嫌いなんだよ。童話に出てくる王子様とか騎士みたく、最後の最後に美味しいとこだけ持ってく奴が」
 だから、狙った。
 純粋に撃ち落としたかったのではなく、『兄』が彼を庇うことを見越して撃った。
 何故ならば。
「王子様にとっちゃ、護るべき存在に護られることが一番嫌だろうと思ってさ」
 あのぐらいの攻撃で兄さんが死ぬはずないし、兄さんが誰かを庇うことで精神的に傷つくはずもないし、だったら、常に「君を護る」と声高に叫んでいる存在に多少のちょっかいを出すぐらい構わないと思ったのだ。
「質問ってそれだけか?」
「そうだよ」
「ふうん………じゃあ、またな」
 遠ざかる足音を耳にしながらリボンズは密かに笑みを深めた。彼の答えは想定内ではあったが、部分的には意外でもあった。彼は無意識にでも『兄』に近付く人物に注意を払っているらしい。そう、『兄』の関心を引きそうな人物には殊更に。
 全く、本当に。
「―――君たちの『再会』する日が楽しみだよ、僕は」
 笑いながらリボンズは湯気をくゆらすカップにゆっくりと口付けた。

 

 


 

これ、初期構想ではライルさんいなかったんだけど………; ← またか!

それ言ったらカティさんもコーラさんもいなかったんですけどね(笑)

作中のレアメタルに関する記述は結構いい加減なので、あまり信用しないでほしいであります。

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います〜。

リクエストありがとうございました♪

 

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