「―――御前試合?」
突然もたらされた提案に、マイスター達は揃って眉間に皺を寄せた。
彼らの前には玉座に腰掛けたまま穏やかに微笑むマリナ皇女。前に歩み出たのは侍従長であるシーリンだ。
「ロックオンから正式に依頼がありました。何年もの間、ひとつところに留まっていたから実力の程に不安があるそうよ。もちろん、この四年であなた方がどれぐらい成長したのか直に確認したいとの意味合いも含まれているのでしょう」
「あんのクソ兄貴………!」
薄緑色の法衣を纏った青年がギリリと歯軋りをした。兄の考えぐらい弟にはちゃんと分かっているのだ。他のマイスターだって鈍くはない。
御前試合で自らの実力を証明し、自由獲得の一歩としたいのだろう。
自分たちとて、いつまでも彼を狭い城内に閉じ込めておけるとは思っていない。だが―――どうしてもいまは、ドラゴンの卵の横で微動だにしなかった彼の姿が不吉を伴って脳裏に思い浮かぶ。
だからせめて、拭い去られることのない傷が多少なりとも癒えるまでは………と思っていたのに。
僅か一ヶ月で我慢が切れたか、あの我侭近衛隊長め。
ロックオンは比較的穏やかで我慢強い性格をしているが、こうと決めたら絶対に譲らない頑固な一面も持ち合わせていた。でなければドラゴンを護ってあんな事態に陥ったりなどしない。
ライルは刹那、ティエリア、アレルヤを順に見回す。
「―――どうするよ」
「奴の右目が問題だ。御前試合をどのような形式にするかは知らないが、奴が圧倒的に不利だ」
刹那が珍しくも長台詞を口にすれば、
「却下だ」
ティエリアが切り捨てて、
「ロックオンの腕前には興味があるけど………この状況下で許されるはずがないよね、ハレルヤ」
アレルヤがハレルヤと自己完結した。
つまるところマイスターの総意に揺らぎはない。やだやだ出て行くったら出て行くんだい! 等と年甲斐もなく地団太踏んでる近衛長サマの我侭を聞いてやる必要などないのである。
そんな訳で、とライルが結論を姫に告げる直前。
旅人の黒い法衣を纏った男がぶわりと中空に出現した。
「敵前逃亡か、マイスター! 魔術大国を謳われしアザディスタン近衛隊の名が泣くぞ!!」
………あ。
なんか、めんどくさいのがやって来た。
諦観を含んだ複数の視線が見守る中、転移の術で謁見の間に滑り込んだグラハムが身軽に着地した。
「姫は君たちとの戦いを望んでいるのだぞ! 実際に殺し合う訳ではない、怪我による能力差が不安であるならばハンデのひとつもつければ良いではないか。いまこの国にはドラゴンがいる。いざという時の備えも万全だ!」
「何事にも絶対はない。ひとつ条件を受け入れたら十も二十も通さなきゃいけなくなるんだ」
こいつホントめんどくさい。
ライルの眉間に皺が寄るのは当然のことで、ややこしい奴との交渉はすべてお前に任せたと言わんばかりの他マイスターの態度も青年の苛立ちを煽るのに一役買っていた。
「だが! もし自分が破れたならば、君達の願いをひとつだけ何でも聞こうと姫は言っている!!」
本人がこの場にいれば「言ってねえ!」と否定したであろうことを堂々とグラハムはのたまった。
途端、マイスターがそれぞれの反応を見せる。
「なんでも―――」
「言うことを………?」
「聞くって本当かなあ、ハレルヤ」
「兄さんがそんなリスクの高い賭けする訳ないだろ」
冷静な突っ込みを入れたのは弟のみ。残る三人は何処となく浮足立つ。
年少組の様子を見てライルもまた唇を噛み締めた。
あの、善人のフリをしながらも結構ずる賢い兄がそんな危険な賭けをするだろうか。四対一ではこちらの利が勝ちすぎる。
何かおかしい。何か企んでいるに違いない。絶対に何か隠しているはずだ。
―――と、悩んでいたのはライルひとりきりだったので。
他三名の同意をもって済し崩しに御前試合は開催される運びとなったのであった。
御前試合、といっても大したものではない。本来は絢爛豪華な式典と共に催されるべきなのだが、いまのアザディスタンは各国からの支援も途絶えがちなため贅沢は敵である。そもそも、この試合を開く理由からして民衆を鼓舞するとか各国の重鎮の目を楽しませる等の政治的ものではなく、単純にマイスター同士の意地の張り合いなのだから。
アザディスタン闘技場遺跡。
王宮の地下にあるそこは、かつて、王族の誰かが戯れに設けたモンスターとの拳闘場だ。かなりの広さがあり、崩れた建物が山積し、ドラゴンの守護も受けている。何かあればすぐ医療班を呼び付けることもできる此処は「決闘」には打って付けの場所と言えた。
同席するのはマイスター以外では姫とシーリンとグラハムのみ。他は他言無用とばかりに締め出した。折角の魔力合戦が見れそうだったのに、との好奇心旺盛な兵達の要求は敢えて無視。
(全力で行かなきゃならないからな)
両手にはめたグローブの具合を確かめながらロックオンは苦笑いを浮かべた。
「眠っていた」期間を除くとしても、他マイスターとの手合わせなどいつ以来だろう。この四年でどれだけ成長したのかと思えば楽しみでもあり恐ろしくもあり、されども手加減でもされたならそれが一番腹立たしくもあり。
動きやすさを重視したために鎧の類は身につけていない。麻のローブを腰ひもで緩く結わえ、お守り代わりに腰にデュナメスを引っ提げて。
奥の正面席にはマリナ皇女とシーリンが控え、上空の塔にはハロ、闘技場の外壁にはグラハムが腰掛けて「万が一」の事態に備えている。
自らと同じく軽装で正面に居並ぶマイスター達に笑みが深まる。
「こうして並ぶとなかなかに壮観だな」
「暢気な発言をしないでください、ロックオン。あなたは物凄い窮地に追い込まれているのですよ」
眼鏡をかけ直しながらティエリアが告げる。病み上がりの近衛隊長の身を案じてくれているのだろう。心配かけてすまないと思えども、やはり、深窓の令嬢の如く扱われるのは性に合わない。
ロックオンは三本の指を前に突き出した。
「念のためにルールの確認だ。ひとつ! 剣は禁止。ふたつ! 魔法も禁止。ただし、ハンデとしてオレだけは初級クラスの魔法なら使用が許される。みっつ! 地面に背中がついたら『負け』! なんか他にあったか?」
「肝心なのが抜けてるだろ」
むすったれたライルがへの字口で告げる。
「オレ達が勝ったら兄さんがひとつ言うことを聞く。兄さんが勝ったら―――兄さんの自由だ」
確かにそれも重要なことだったと兄は笑う。
魔法を発動したか否かの判断はシーリンに。何かあった際のフォローはグラハムに。そうでなくともドラゴンの守護する場で滅多なことは起こるまい。
広い闘技場の端と端に分かれて、ロックオンは密やかに魔力を高めた。
(さて―――上手いこと運ばねえと………)
皇女の手が高く上がり、試合の開始を告げる。
直後、ロックオンは『風』を自身の周辺に纏わせた。目の前に突っ込んできた塊を反射的に避ける。勢いに弾かれて身体が宙に浮かぶ。
「………!」
襲い掛かってきた拳を同じく風の流れで交わし、触れた肌に『雷』を叩き込む。初歩の魔法だ、相手にとっては少々痺れた程度の痛みしか与えまい。
(最初が刹那―――次がアレルヤ―――!)
ならば。
落下地点に回りこんでいた人影を、身を捩ってかわす。
拳が頬先を掠めた。足払いをかけにきた第四の影を跳躍でかわし、大きく風を動かして距離を稼ぐ。
ライル、そしてティエリア。
「連携うまくなったなあ、お前ら!」
素直な感想を零す彼のもとに苛立たしげな顔の青年が突っ込んでくる。
「暢気なこと言ってんじゃねえ―――バカ兄貴!!」
「おっと!」
ライルの鋭い打ち込みを寸ででかわし、拳を拳で跳ね除ける。
魔術を禁じられている以上、マイスターは肉弾戦に頼らざるを得ない。体術はアレルヤとハレルヤが突出していて、速度の面では刹那が、拳の重さではライルが続く。格闘技が不得手に見えるティエリアとて足捌きは並みのものではない。
だからこそ。
(遣り甲斐がある………!)
翡翠の瞳が輝きを増した。
ライルに続いて刹那が、ティエリアが、アレルヤが、攻撃を重ねてくる。
だが、一対多数とは、多勢側に有利に思えてそうでもない。一度に殴りかかれる人数は高が知れているからだ。ましてやロックオンは『風』で防御力と回避力を増している。薄皮一枚程度の風の揺らぎが通常より僅かに早く攻撃の訪れを伝える。『雷』を纏わせ、伝わる空間の痺れを用いて反射を上げる。
風に乗って身を翻し、舞い上がり、闘技場を所狭しと移動する。
傍目には五人が息の合った演舞をしてるように思えたかもしれない。
皇女こそ心配そうな表情は浮かべているものの、シーリンは笑みを絶やさず、グラハムに至っては乱入しかねない興奮を湛えて成り行きを見守り、生まれたばかりのドラゴンは興味津々の体で眼下を覗き込んでいる。
魔力の強大さだけが総てではない。
術の威力だけが勝敗を決する訳ではない。
数で勝れば即ち勝利か。
答えは否、だ。
一際高く舞い上がり、ロックオンはこれまでよりも大幅に距離を取った。長引かせると体力面で不利になる。
両手に魔力を集中し、小規模の魔法結界を張り巡らせる。大掛かりな術は多量の魔力を一時に消費するが、初歩魔法ならば連発も可能だ。場合によっては大技よりも小技が有効なこともある。
「………行くぜ!」
小さく呟き。
『風』でふわりと身体を浮遊させると、瞬時に「標的」と間合いを詰めた。
残る三人の傍を横切ったのは敢えての目晦ましだ。
僅かな驚愕を見せた赤茶色の瞳に近距離でぶち当たる。一気に眼前まで飛来した勢いに流されてロックオンの前髪と刹那の黒い前髪が混ざり合う。
右手に『雷』。
叩き込む。
が、浅い。避けられた。瞬発力は相手が勝る。
フォローに入ったライルの蹴りを直感でかわし、後退した刹那に一足飛びに近付いた。刹那には避けられない。何故ならば。
「刹那ぁ! お前の弱点は―――リーチの短さと! 体力!!」
身長差がこれだけあれば手足の長さなど押して測るべし。
刹那にとっての一歩はロックオンにとっての半歩。歩幅も、手の届く範囲も違いすぎる。普段はその程度の差など感じさせない少年ではあるが、魔術を禁じられての戦いは近衛兵とて不得手である。
相手の襟首を捕まえ、一回転。
刹那の背中が地に着いた。
「ライル!!」
傍らに迫っていた弟の拳を『風』で弾き飛ばし、『炎』で熱を持った蹴りを側面に叩き込む。攻撃は防がれたがその程度は予測済み。
叩き込まれた拳を腹でわざと受け、肉を切らせて骨を絶つとばかりに二の腕を抱え込んでやった。
「お前はいつも………攻撃が甘い!」
防御を主体としている所為か、根が優しいからかは知らないが、切り込まれたって蹴られたって痛くねえんだよ! 遠慮してんのか!
罵り、『風』の力で相手を吹っ飛ばす。
地面に転がったかどうかを確認するより先に、僅かな動揺を見せる眼鏡の少年に詰め寄った。多少の手加減はしつつも肩に掌底、足を払って転倒させた。
「ティエリアは不測の事態に慣れろよ!」
背筋にぞわりと悪寒が走った。
直後、背中に強い衝撃が走り、目の前に星が散った。蹈鞴を踏むことで堪え、身体を横に捻る。左側から襲って来た鋭い蹴りを二の腕で防いだ。
じんと痺れる。全く容赦がない。
これはアレルヤか、はたまたハレルヤか。
いやいやハレルヤならこの程度の連撃で終わるはずがないと知らず知らずロックオンも口許に笑みを浮かべつつ。すかさず二撃目が飛んでこないのは、『風』の幕に当たったら『雷』が落ちるカウンター魔法を仕掛けていたお陰か。いずれも初歩レベルの術の組み合わせだ、ルール違反ではない。
だが敵もさるもの、痛みも痺れも物ともせずに拳が連続して打ち込まれる。倒すどころか気絶させる勢いで突っ込んでくるそれに足が縺れた。
アレルヤがとどめをさすべく踏み込んでくる。
直後。
コ―――ン………!!
高らかにドラゴンが『咆』いた。
空気全体を震わす振動に全員の動きが瞬間的に固まる―――が。
ロックオンだけは動揺も見せずアレルヤに飛び掛り、そのまま押し倒した。当然、地面に着くのはアレルヤの背中が先である。
いてっ、と僅かな声を漏らす相手の顔を得意満面の笑みで見下ろして。
「アレルヤの弱点は―――そうだな。周囲の気配に敏感すぎるとこかな」
「………ずるいよ、ロックオン」
倒れた時に打ち付けたのか、後頭部を手でなぞりながら片目を隠した青年が恨めしげに呟く。
「ドラゴンの特殊攻撃が効かないなんて誰にも言ってなかったじゃないか」
「名付け親の特権てのがあるんだよ」
例え名付け親でなくとも―――ドラゴンの間近で四年の月日を過ごしたロックオンにとって、ハロの『咆哮』など然程の影響も持たないのだと。
「………なーんか納得いかねえ。一対多数の条件下でオレ達が本気だせる訳ねえし」
幾ら兄さん自身が本気を出せと言ったところでと、遅れて不満を零す弟の手を借りてロックオンは立ち上がった。
だからな、全員、優しすぎるのが弱点なんだよとしらばっくれつつ。
「要はお前達の手加減も見越したオレの作戦勝ち―――だな」
「言ってろ」
掴んでいた手を叩き落されて、ひでえなあと笑う。
同様に近付いてきた年少組みもやはり不満を隠そうとはしなかった。
「………身長と持久力の面を持ち出すのは卑怯だ」
「事実だって」
「お前より大きくなる。体力もつける。絶対だ」
四年間で刹那は随分背が伸びたが、おそらく、最後まで身長だけは抜かされることはないと青年は踏んでいる。少々特殊な環境で幼少期を過ごした刹那は、身体が最も成長する時分に充分な栄養を賄えなかったのだからこればかりは仕方がない。
それ以外は―――もしかしたら、あと数ヶ月で。
黒髪をなでてもらっている刹那を何となく羨ましそうに眺めながらティエリアが。
「あなたはやはり………行くのですか」
「ああ」
ロックオンが勝利した場合に持ち出す要望など戦う前から分かっていた。
だからこそ余計にマイスターは手を緩めてしまったのかもしれない。どれ程に一つ処に閉じ込めておこうとも、おとなしくしていろと願っても、気付けば外に飛び出して好き勝手しているのが自分達の隊長なのだと知っているから。
そんな彼だからこそ誰もが身を案じ、無事を願い―――慕っているのだと。
責任感の強い最年少マイスターの肩に手を置いてロックオンが笑いかけた。
「国のことは任せたぞ、ティエリア」
「………はい」
涙を堪えるように唇を噛み締めながらティエリアが頷き返した。
途端、ウズウズしながらも外壁で見守っていた一級魔道士が高らかに叫ぶ。
「素晴らしい! 如何にマイスターが手加減していようとも見事に勝利を掴むとは! さすがは私の姫だ!!」
「あんたのものになったつもりはない!」
きっちり突っ込み返すロックオンの言葉に、御前試合の終了を告げるシーリンの声と、皇女が各人に向けた労いの言葉が重なるのだった。
―――数日後。
「よいしょ………っと」
靴の具合を確かめながら空を見上げる。
ロックオンは城を望む山中にひとり立っていた。国境まで送るという仲間達の申し出を断り、転移魔法で飛んできたのだ。そこは奇しくも以前にグラハムがライルに出迎えられた場所であったが、当然、青年が知るはずもなく。
荷物は必要最低限、武器はデュナメスのみ、衣服は魔道士のものではなく何処でも見かける旅人のもの。
目的は失踪した魔道士達の捜索。各国を歴訪して近衛隊長の無事を内外に示しつつ、最終的には魔道士教会へ足を伸ばして助力の礼と探りを入れること………長丁場になるかもしれない。
未だ義眼であるロックオンの無事を近衛隊が心配することなくこの上なく、準備の段階でも耳にタコができるほどにクドクドと各人から注意を促された。いよいよキリがなくなったから逃げるように城を出てきてしまったが。
(………何も言わない訳にも、なあ)
溜息ついて懐から水晶球を取り出す。途端、画面にワッと映し出される仲間の姿。
『兄さん! なんでもう出発してんだよ早すぎだろ!』
『ロックオン、義眼の手入れだけは決して欠かさぬよう! 違和感を覚えたらすぐに連絡を!』
『お前が帰るまでに身長を5センチ伸ばす』
『正式な挨拶もないまま出立とか、ほんと他人行儀すぎるよね、ハレルヤ』
わいわいと騒ぐ彼らの気遣いが面映い。
でも、そんなに心配することないのにな、とも思う。ドラゴンの名付け親となった青年には強力な『守護』が働いている。先日の御前試合でハロが『咆』いたのも、引いては「親」の身を案じたが故だ。地の果てまで引き離されようとも、そこが同じ「次元」である限り、ロックオンの進退はハロが察してくれる。
第一、自分には。
「そんなに心配するなよ。義眼の調整も安心しろ。なんせオレには―――」
「私がついているのだからな!!」
ひょっこりと。
背後からグラハムが飛び出し、そのまま首に両手を回してきて。気道を締め付けられた。
「ぐっ!」
「ああ、すまない、姫! 喜びのあまり手加減ができなかった!」
「………や、だいじょぶ………」
あんたは反応がいちいち大袈裟なんだ。
溜息つくロックオンの視界に、水晶球の中でぴしりと凝り固まったマイスター達が映った。どうやらひどく驚いているらしい。が、理由が分からない。
ゆっくりと瞬きを繰り返していたライルがおずおずと言い募る。
『その………兄さん………』
「なんだ?」
『………グラハムがいるんだが………』
「いるって、そりゃあそうだろ。教会までの案内はこいつが務めてくれるんだから」
もともとそういう話だったはずだ。少なくとも、ロックオンとグラハムの間では。
旅に出たい自分と、教会に報告と脱会を告げに行きたい彼の利害が一致した。グラハムの実力は折紙付きだし、ロックオンが体力の回復を見せ付けた上で彼が補助として付き添えば如何な心配性のマイスター達とて納得してくれるだろう、と。
その辺の説明はすべてグラハムに任せていた。なんせ彼自身が「私が説明しよう」と胸を叩いたので。故に、御前試合の時には誰もが条件は飲んでいると思っていた。
首を傾げつつ隣人に問い掛ければ、問われた人間は満面の笑みで、
「うむ、忘れていた!!」
―――要するに隠していたのかと。
数秒の沈黙ののち、水晶球が割れんばかりに揺れた。
『聞いてない! オレは聞いてないぞ!!』
『危険です、ロックオン! すぐに城に戻ってください!!』
『目標を駆逐する』
『ひとりがついて行くなら全員ついていってもいいよね』
「あー、そうか。事後承諾になっちまったのか………まあ、問題ないだろ。グラハムは危険人物じゃねえし」
違う、そいつが一番の要注意人物だ!!
―――とのマイスター達の悲鳴を物ともせずに水晶球の会話は終了した。通話中のそれにグラハムが左手を重ね、強制的に回線を断ち切ったのである。
「彼らは非常に興奮しているようだ。国境を出た辺りでもう一度連絡すればいいだろう」
「………それもそうか」
躊躇いを覚えつつも、久しぶりに外界に出れた嬉しさからロックオンは同行人の言葉に従った。
遠くに視界を巡らせれば、蒼い空と、緑の山々が何処までも続いている。
この空の下に恐ろしいモンスターが多数生息しているとしても、圧政に苦しむ人々がいるとしても、やはり、自然だけは常に変わらず美しい。
笑みを深め、傍らの魔道士に手を差し出す。
「それじゃ、しばらく旅の相棒としてよろしくな、グラハム」
「君ならば相手にとって不足はない!」
試合を申し込まれた騎士のような受け答え。
朗らかに笑いながら手を握り返してくる男に、ロックオンは再度かろやかな笑みを返したのだった。
旅の目的地―――グラハムが所属する魔道士教会が、いまやモンスターを始めとした魔物達の巣窟と成り果てていることを。
彼らは、まだ、知らない。
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