※リクエストのお題:「ドラゴンガーディアン」の続編。最終的勝者はハムさん。

※一応、前作時点で多少の伏線らしきものがあったのですが、今回はほとんど関係してこないようです(笑)

※魔法はなんちゃって魔法なんで潔く無視してやってくださいませ〜。

 

 

 


「絶対に駄目だ!」
「………なんでそんなに反対するんだよ」
「駄目に決まってるでしょう」
「駄目だと思うなあ」
「駄目だ」
 双子の弟ばかりか、マイスターからも揃って駄目だしされてロックオンは不貞腐れた顔をした。

 ところはアザディスタン、場所は城の一角。
 近衛兵ごとに割り当てられた私室は簡素ながらも広く、各人ごとの特色を露にしていた。
 例えば刹那の部屋は刀剣類で埋め尽くされていたし、ティエリアの部屋は魔術書や実験道具だらけ、アレルヤとハレルヤの部屋はまったくと言っていいほど物がなく、ライルの部屋は洒落た絵画や彫刻で飾られていた。
 そしていま現在、彼らが居るロックオンの部屋はやたらと書物が積みあがっていた。それだけを見ればティエリアの部屋と同類項でくくれそうだが如何せん中身が違う。あっちが専門色バリバリなのに対して、こちらは歴史小説だの古典だのファンタジーだの、大衆娯楽がほとんどなのだから。
 ロックオンは眉間に皺よせながらベッドの端に腰掛けた。
 彼の正面に立ったマイスター達も不機嫌極まりない顔をしている。
 数年間、ドラゴンの守護を務める間に忘れていた。自分が身内に甘いのと同様、彼らもまた仲間には妙に過保護なのだと。
「長期間、留守にする訳じゃねえんだ。ほら、オレ、ずっとハロの傍に居たろ? 諸外国じゃオレの不在も取り沙汰されてるらしいし、ここらで一発、近衛隊長ここにあり! って知らしめておかねえと」
「諸外国の噂なんて誰に聞いたんだ?」
「グラハム」
「あんの飛び入り魔術師が!」
 苛立ちを隠そうともせずにライルが吐き捨てた。
 グラハムは、先だっての転生騒動の際に助力してくれた魔道士教会認定の一級魔道士である。彼がいなければアザディスタンを守護するドラゴンは生まれ変われなかったかもしれない。そう考えると彼は間違いなくこの国の救世主である。
 である、のだが。
 他マイスターからしてみれば「とっとと故郷に帰れや」と押し退けたくなる人物なのである。悪い奴ではないがウザい。優秀だけど面倒くさい。頼りになるけどしつこい。一本芯が通ってるけどヒトの話を聞かない。これほどにヒトは長所と短所が入り混じっているものなのだと思わず事例報告したくなるような。
 事実、アザディスタン救援の任を果たしたグラハムは教会に戻ってしかるべきだ。なのに未だにこの国に留まり続けている理由を―――あんまりよく分かってないのはロックオンぐらいだろう。感情をドラゴンに食われたマリナ皇女ですら薄っすらと事情を察しているのに。
「とにかく! オレ達は反対だ。兄さんが外遊に向かう必要はない。どうしても必要だってんならオレ達が代わりに行く」
「それじゃ今までと同じじゃないか。何度も言わせるな、ライル。オレは近衛隊の長として、アザディスタンを護るために赴くんだ。………オレに『命令だ』と言わせたいのか?」
 至近距離で見詰められ、相手が押し黙った。
 口許をへの字に曲げて眉間に皺よせる表情は幼い頃から変わっていない。
「………ずりぃよ」
 小さな呟きが漏れた。
「ずりぃよ。命令を持ち出されたらオレ達は従う他ないじゃないか」
「ライル、頼むから」
「状況をわかってないのはアンタだ。そんな―――魔力の大半を、片目を失った状態で何が皇女の名代だ。諸外国との折衝を軽んじてるのは兄さんだろ」
 弟は左手で兄の前髪を丁寧にかき上げた。
 途端に露になる、虚ろな眼窩。
 全くですよ、と珍しくもライルを援護するようにティエリアが前に進み出た。
「あなたの『瞳』の代わりをしているものはただの義眼だ。定期的に魔力を補給しないと役に立たない。いまでさえ時に制御が間に合わず昏倒しているのでしょう?」
 ドラゴンを守る代償として失われた彼の『右目』。
 対の翡翠が失われたことを悲しんだのはマイスターだけではない。彼の無事を願っていた者全員が惜しんだに違いないのだ。
 いつまでも「空」のまま放置しているのは忍びないとアザディスタンの魔術部隊が技術の粋をつくして作り上げたのが、現在、彼の右目に納まっている義眼である。
 世に出回っているものよりも格段に高性能であったが、如何せん、マイスターの動体視力を補うには至っていない。どうしても脳の指令からコンマ数秒の遅れが出るのだ。結果、ロックオンは度重なる眩暈に襲われている。仕方なしに普段は眼帯をして―――死角が生じる。それで危険な地に赴くなんて以ての外だ、と。
 痛いところをつかれてロックオンがまたぞろ苦虫を噛み潰したような表情になる。
 不意に伸びてきた少年の手が彼の頭を掴む。右手で額を、左手で後頭部を抑えて、身動き取れぬように。
「………刹那?」
「時間だ」
 前後の話の流れも考えずに少年は淡々と告げた。ロックオンは「ああ」と頷き返し、他のマイスター達も「そうだった」とやはり頷き返す。
 当人の許可も取らぬ内から刹那は青年の眼帯を取り外し、外見だけは翡翠色をした「ニセモノ」をじっと見詰めた。
 静かに閉ざされた右の瞼に少年が厳かに唇を寄せる。ふたりの周りがほのかに輝いた。
 ―――魔力を受け渡しているのだ。
 より正確に言うならば、義眼の性能を維持するために魔力で調整しているのだ。
 ロックオンは自分で調整すると言って聞かなかったが、もともと失われた彼の魔力を補うための措置であるのに、自分で自分を補填してどうするんだと周囲から喧々囂々に責められていまに至る。ついでに、じゃあ誰が調整するんだ、選任でいいんじゃないのか、それじゃ色んな意味で不公平だと、マイスター達が水面下で激しい争いを繰り広げたのはロックオンだけが与り知らぬ事実である。
 魔力の供給は結局、刹那、ティエリア、アレルヤとハレルヤ、ライル―――のローテーションで行われている。ちなみに、以前ロックオンが「グラハムでもできるんじゃね?」と提案したら、「マイスターじゃないから駄目」という何ともこどもっぽい理由が全会一致で返された。
 本日分の「施術」を終えてロックオンがやわらかく刹那の頭を撫でる。
「ありがとうな、刹那。だいぶ楽になった」
「………当然のことをしたまでだ」
 無表情ながらも微妙に頬が赤らんでいるような。
 時刻も時刻だ、本調子でない人間はもう寝なさいと、こどもに向けるような言葉を残してマイスターが退出する。
 後を追うこともできず、それでもやはり未練がましく、ロックオンは声をかけた。
「あのさ。外遊は無理でも衛兵の鍛錬とか国境付近の警備とか―――」
「絶対に駄目だ!」
「駄目に決まってるでしょう」
「駄目だと思うなあ」
「駄目だ」
 十分ほど前と寸分違わぬ答えを返されてロックオンはベッドの上に撃沈した。
 閉ざされた扉を視界の隅におさめて深い溜息を吐く。
 大事にされているのは分かる。四年もの間、心配ばかりかけていたから反動のように皆が過保護になってしまっているのだとも。
 それでも自分は近衛隊の長であり、マイスターであり、彼らの中では最年長なのだ。このままでは納得がいかない。
 枕元のテーブルに置かれていた飲み物に手を伸ばす。愚痴が零れた。

「ったく………オレは深窓の令嬢じゃねえぞ。姫扱いするなっつーの」
「その通りだ、姫!!」
「ぶっ!?」

 むせた。
 咳き込む青年を余所に、大きく開かれた窓の縁に影が舞い降りる。芳しい花の香り―――は、不意の訪問者が抱えた薔薇の花束によるものか。
「確かに君は姫ではない! 君が持つ孤高の魂は正しく騎士のものだと他ならぬ私が保証しよう!」
「あー………取り敢えず、部屋に入って窓しめてくれるか、グラハム」
 夜も更けた時刻に何をやっているのかとロックオンはがっくりと項垂れた。
 ドラゴンの一件で一躍、時のひととなったグラハム・エーカーは、何故かアザディスタンに帰化すると言って聞かない。ついでにロックオンを「運命のひと」扱いして聞かない。「姫」呼ばわりもやめない。
 悪い奴じゃないけど残念な奴だというのがロックオンのグラハム評であった。
 彼がこうして部屋を訪れるのは今夜が初めてではなかった。どころか、ほぼ毎晩やって来る。それと察したマイスター達がさり気なく結界を張ったり動向を見張ったりしているのだが不思議と必ず訪れる。
 ベッド際に腰掛けた近衛長にグラハムが薔薇の花束を差し出した。
「今宵も麗しいな、姫よ。体調は如何だろうか」
「その花束どっから持ってきた。姫の花園から貰ってきたとか言ったらぶっ飛ばす」
「これは私の魔力の産物だ! 記憶をもとに視覚と触覚に作用するよう実体化させたのだよ。まだまだ開発中の技ではあるが―――姫が要らぬとあらば、このように」

 パチン

 グラハムが指先を鳴らすと薔薇の花束は宙に溶け込むように消えてしまった。見事なものだ。ロックオンが素直に賞賛の言葉を向けると相手は眩い笑みを返す。
 部屋の隅に置かれていた椅子を引きずってきて近くに腰掛ける。同じベッドに腰掛けないのは彼なりの自制心の表れなのだと前に語っていたが、何をどう自制する必要があるのか、青年にはいまいち分かっていない。
 とは言え、日中もマイスターが付きっ切りで自由時間がほとんどないロックオンとしては、外の知識が豊富な魔道士と話すのは純粋に楽しかった。誰もが見逃してしまいそうな物事にも注意を払っている観察眼には感心する。
 ライル達はグラハムがロックオンを報酬として直接指名してきたことを根に持っているようだが、そんなの、この男特有の単なる笑えない冗談だろう………と、思っている。幼い頃に偶々彼を助けた因縁はあるものの、グラハムが諸事情から女装していたロックオンを「女の子」と思い込んで甘い想いを募らせていたらしいのも、まあ、深く考える必要はあるまい。むかしはともかく、いまのロックオンは何処からどう見ても立派な「男性」なんだし。そんな奴相手に本気で求婚? ないない。それはない。
 比較的年齢が近いためか微妙な愚痴も零しやすく、今日も今日とてロックオンは溜息をひとつ吐いたのちに呟いた。
「あいつらもな………心配してくれてるのは分かるんだが」
「マイスターのことかね? 彼らの心配は痛いほどに理解できる。君は四年ぶりに生き返ったようなものなのだ。思う存分、彼らに甘やかされてやることこそ早い解放に繋がるのではないかね」
「気持ちは有り難いがのんびりしてる暇はないんだ。なあ、グラハム。あんたより前にウチに派遣されてた魔道士は誰ひとり無事に帰ってこなかったんだろう?」
「うむ。皆、一様に記憶を失うか、物言わぬ遺体となって帰還した」
「やっぱりおかしいよな………」
 口許に手をあて、考え込む。
 復活して以降、兵士達に聞き込みもしたが、派遣された魔道士たちは少なくとも国境付近までは問題なかったと断言できる。
 もし、国境を過ぎた後に記憶を失うなり、命を落とすなりしたのであれば。
「何者かが故意にアザディスタンを孤立させようとしている。実際、外遊も派兵もストップした影響で諸外国の情報が驚くほど少ない」
「我々にもアザディスタンの情報は入って来なかった。ふむ、確かに孤立だな。この国特有の立地条件だけではない。完全なる閉ざされた世界に近い状況に置かれていたのだ」
 如何に険しい自然に囲まれていようともアザディスタンは他国と地続きになっている。独立した島国でもなければ、異界にある訳でもない。余所との繋がりを絶っては存続することすら危うい。グラハムの言う通り、世間からアザディスタンが「謎のヴェールに包まれた国」として認識され始めているのであれば、早々にそのイメージは打ち崩す必要があった。
 この国に住んでいるのは普通の人間だ。『モンスター』の仲間ではないのだ、と。
 だからこそロックオンは。
「そう説明してるってのに何だってあいつらは………」
 ひとりで行動するとも言ってないのにと項垂れる青年を前に、自称第六の近衛兵、他称単なる居候であるグラハムはしたり顔で頷いた。
「ならば姫。やはり―――前からの作戦を実行すべき時なのではないか」
 名付け親の利権を生かしてドラゴンに頼れば国外脱出なんて簡単だ。が、それでは周囲の人間を無駄に心配させることになる。四年もの間、苦労を強いてきて、その上で更に無意味な心配などかけさせたくはない。
 出て行くならば堂々と顔を上げて、両手を振り皆に見送られながら旅立って見せよう。
 グラハムの言葉にロックオンが笑みを深める。
「そうだな………やっぱそれしかないか」
 一度決めたからには突っ走るより他はない。見てろよ、と拳を上げたロックオンに一級魔道士は「期待してるぞ」と拳を返したのだった。

 


デュエルズナイト


 


「―――御前試合?」
 突然もたらされた提案に、マイスター達は揃って眉間に皺を寄せた。
 彼らの前には玉座に腰掛けたまま穏やかに微笑むマリナ皇女。前に歩み出たのは侍従長であるシーリンだ。
「ロックオンから正式に依頼がありました。何年もの間、ひとつところに留まっていたから実力の程に不安があるそうよ。もちろん、この四年であなた方がどれぐらい成長したのか直に確認したいとの意味合いも含まれているのでしょう」
「あんのクソ兄貴………!」
 薄緑色の法衣を纏った青年がギリリと歯軋りをした。兄の考えぐらい弟にはちゃんと分かっているのだ。他のマイスターだって鈍くはない。
 御前試合で自らの実力を証明し、自由獲得の一歩としたいのだろう。
 自分たちとて、いつまでも彼を狭い城内に閉じ込めておけるとは思っていない。だが―――どうしてもいまは、ドラゴンの卵の横で微動だにしなかった彼の姿が不吉を伴って脳裏に思い浮かぶ。
 だからせめて、拭い去られることのない傷が多少なりとも癒えるまでは………と思っていたのに。
 僅か一ヶ月で我慢が切れたか、あの我侭近衛隊長め。
 ロックオンは比較的穏やかで我慢強い性格をしているが、こうと決めたら絶対に譲らない頑固な一面も持ち合わせていた。でなければドラゴンを護ってあんな事態に陥ったりなどしない。
 ライルは刹那、ティエリア、アレルヤを順に見回す。
「―――どうするよ」
「奴の右目が問題だ。御前試合をどのような形式にするかは知らないが、奴が圧倒的に不利だ」
 刹那が珍しくも長台詞を口にすれば、
「却下だ」
 ティエリアが切り捨てて、
「ロックオンの腕前には興味があるけど………この状況下で許されるはずがないよね、ハレルヤ」
 アレルヤがハレルヤと自己完結した。
 つまるところマイスターの総意に揺らぎはない。やだやだ出て行くったら出て行くんだい! 等と年甲斐もなく地団太踏んでる近衛長サマの我侭を聞いてやる必要などないのである。
 そんな訳で、とライルが結論を姫に告げる直前。
 旅人の黒い法衣を纏った男がぶわりと中空に出現した。

「敵前逃亡か、マイスター! 魔術大国を謳われしアザディスタン近衛隊の名が泣くぞ!!」

 ………あ。
 なんか、めんどくさいのがやって来た。

 諦観を含んだ複数の視線が見守る中、転移の術で謁見の間に滑り込んだグラハムが身軽に着地した。
「姫は君たちとの戦いを望んでいるのだぞ! 実際に殺し合う訳ではない、怪我による能力差が不安であるならばハンデのひとつもつければ良いではないか。いまこの国にはドラゴンがいる。いざという時の備えも万全だ!」
「何事にも絶対はない。ひとつ条件を受け入れたら十も二十も通さなきゃいけなくなるんだ」
 こいつホントめんどくさい。
 ライルの眉間に皺が寄るのは当然のことで、ややこしい奴との交渉はすべてお前に任せたと言わんばかりの他マイスターの態度も青年の苛立ちを煽るのに一役買っていた。
「だが! もし自分が破れたならば、君達の願いをひとつだけ何でも聞こうと姫は言っている!!」
 本人がこの場にいれば「言ってねえ!」と否定したであろうことを堂々とグラハムはのたまった。
 途端、マイスターがそれぞれの反応を見せる。

「なんでも―――」
「言うことを………?」
「聞くって本当かなあ、ハレルヤ」
「兄さんがそんなリスクの高い賭けする訳ないだろ」

 冷静な突っ込みを入れたのは弟のみ。残る三人は何処となく浮足立つ。
 年少組の様子を見てライルもまた唇を噛み締めた。
 あの、善人のフリをしながらも結構ずる賢い兄がそんな危険な賭けをするだろうか。四対一ではこちらの利が勝ちすぎる。
 何かおかしい。何か企んでいるに違いない。絶対に何か隠しているはずだ。
 ―――と、悩んでいたのはライルひとりきりだったので。
 他三名の同意をもって済し崩しに御前試合は開催される運びとなったのであった。




 御前試合、といっても大したものではない。本来は絢爛豪華な式典と共に催されるべきなのだが、いまのアザディスタンは各国からの支援も途絶えがちなため贅沢は敵である。そもそも、この試合を開く理由からして民衆を鼓舞するとか各国の重鎮の目を楽しませる等の政治的ものではなく、単純にマイスター同士の意地の張り合いなのだから。
 アザディスタン闘技場遺跡。
 王宮の地下にあるそこは、かつて、王族の誰かが戯れに設けたモンスターとの拳闘場だ。かなりの広さがあり、崩れた建物が山積し、ドラゴンの守護も受けている。何かあればすぐ医療班を呼び付けることもできる此処は「決闘」には打って付けの場所と言えた。
 同席するのはマイスター以外では姫とシーリンとグラハムのみ。他は他言無用とばかりに締め出した。折角の魔力合戦が見れそうだったのに、との好奇心旺盛な兵達の要求は敢えて無視。
(全力で行かなきゃならないからな)
 両手にはめたグローブの具合を確かめながらロックオンは苦笑いを浮かべた。
「眠っていた」期間を除くとしても、他マイスターとの手合わせなどいつ以来だろう。この四年でどれだけ成長したのかと思えば楽しみでもあり恐ろしくもあり、されども手加減でもされたならそれが一番腹立たしくもあり。
 動きやすさを重視したために鎧の類は身につけていない。麻のローブを腰ひもで緩く結わえ、お守り代わりに腰にデュナメスを引っ提げて。
 奥の正面席にはマリナ皇女とシーリンが控え、上空の塔にはハロ、闘技場の外壁にはグラハムが腰掛けて「万が一」の事態に備えている。
 自らと同じく軽装で正面に居並ぶマイスター達に笑みが深まる。
「こうして並ぶとなかなかに壮観だな」
「暢気な発言をしないでください、ロックオン。あなたは物凄い窮地に追い込まれているのですよ」
 眼鏡をかけ直しながらティエリアが告げる。病み上がりの近衛隊長の身を案じてくれているのだろう。心配かけてすまないと思えども、やはり、深窓の令嬢の如く扱われるのは性に合わない。
 ロックオンは三本の指を前に突き出した。
「念のためにルールの確認だ。ひとつ! 剣は禁止。ふたつ! 魔法も禁止。ただし、ハンデとしてオレだけは初級クラスの魔法なら使用が許される。みっつ! 地面に背中がついたら『負け』! なんか他にあったか?」
「肝心なのが抜けてるだろ」
 むすったれたライルがへの字口で告げる。
「オレ達が勝ったら兄さんがひとつ言うことを聞く。兄さんが勝ったら―――兄さんの自由だ」
 確かにそれも重要なことだったと兄は笑う。
 魔法を発動したか否かの判断はシーリンに。何かあった際のフォローはグラハムに。そうでなくともドラゴンの守護する場で滅多なことは起こるまい。
 広い闘技場の端と端に分かれて、ロックオンは密やかに魔力を高めた。
(さて―――上手いこと運ばねえと………)
 皇女の手が高く上がり、試合の開始を告げる。
 直後、ロックオンは『風』を自身の周辺に纏わせた。目の前に突っ込んできた塊を反射的に避ける。勢いに弾かれて身体が宙に浮かぶ。
「………!」
 襲い掛かってきた拳を同じく風の流れで交わし、触れた肌に『雷』を叩き込む。初歩の魔法だ、相手にとっては少々痺れた程度の痛みしか与えまい。
(最初が刹那―――次がアレルヤ―――!)
 ならば。
 落下地点に回りこんでいた人影を、身を捩ってかわす。
 拳が頬先を掠めた。足払いをかけにきた第四の影を跳躍でかわし、大きく風を動かして距離を稼ぐ。
 ライル、そしてティエリア。
「連携うまくなったなあ、お前ら!」
 素直な感想を零す彼のもとに苛立たしげな顔の青年が突っ込んでくる。
「暢気なこと言ってんじゃねえ―――バカ兄貴!!」
「おっと!」
 ライルの鋭い打ち込みを寸ででかわし、拳を拳で跳ね除ける。
 魔術を禁じられている以上、マイスターは肉弾戦に頼らざるを得ない。体術はアレルヤとハレルヤが突出していて、速度の面では刹那が、拳の重さではライルが続く。格闘技が不得手に見えるティエリアとて足捌きは並みのものではない。
 だからこそ。
(遣り甲斐がある………!)
 翡翠の瞳が輝きを増した。
 ライルに続いて刹那が、ティエリアが、アレルヤが、攻撃を重ねてくる。
 だが、一対多数とは、多勢側に有利に思えてそうでもない。一度に殴りかかれる人数は高が知れているからだ。ましてやロックオンは『風』で防御力と回避力を増している。薄皮一枚程度の風の揺らぎが通常より僅かに早く攻撃の訪れを伝える。『雷』を纏わせ、伝わる空間の痺れを用いて反射を上げる。
 風に乗って身を翻し、舞い上がり、闘技場を所狭しと移動する。
 傍目には五人が息の合った演舞をしてるように思えたかもしれない。
 皇女こそ心配そうな表情は浮かべているものの、シーリンは笑みを絶やさず、グラハムに至っては乱入しかねない興奮を湛えて成り行きを見守り、生まれたばかりのドラゴンは興味津々の体で眼下を覗き込んでいる。

 魔力の強大さだけが総てではない。
 術の威力だけが勝敗を決する訳ではない。
 数で勝れば即ち勝利か。

 答えは否、だ。

 一際高く舞い上がり、ロックオンはこれまでよりも大幅に距離を取った。長引かせると体力面で不利になる。
 両手に魔力を集中し、小規模の魔法結界を張り巡らせる。大掛かりな術は多量の魔力を一時に消費するが、初歩魔法ならば連発も可能だ。場合によっては大技よりも小技が有効なこともある。
「………行くぜ!」
 小さく呟き。
『風』でふわりと身体を浮遊させると、瞬時に「標的」と間合いを詰めた。
 残る三人の傍を横切ったのは敢えての目晦ましだ。
 僅かな驚愕を見せた赤茶色の瞳に近距離でぶち当たる。一気に眼前まで飛来した勢いに流されてロックオンの前髪と刹那の黒い前髪が混ざり合う。
 右手に『雷』。
 叩き込む。
 が、浅い。避けられた。瞬発力は相手が勝る。
 フォローに入ったライルの蹴りを直感でかわし、後退した刹那に一足飛びに近付いた。刹那には避けられない。何故ならば。

「刹那ぁ! お前の弱点は―――リーチの短さと! 体力!!」

 身長差がこれだけあれば手足の長さなど押して測るべし。
 刹那にとっての一歩はロックオンにとっての半歩。歩幅も、手の届く範囲も違いすぎる。普段はその程度の差など感じさせない少年ではあるが、魔術を禁じられての戦いは近衛兵とて不得手である。
 相手の襟首を捕まえ、一回転。
 刹那の背中が地に着いた。
「ライル!!」
 傍らに迫っていた弟の拳を『風』で弾き飛ばし、『炎』で熱を持った蹴りを側面に叩き込む。攻撃は防がれたがその程度は予測済み。
 叩き込まれた拳を腹でわざと受け、肉を切らせて骨を絶つとばかりに二の腕を抱え込んでやった。

「お前はいつも………攻撃が甘い!」

 防御を主体としている所為か、根が優しいからかは知らないが、切り込まれたって蹴られたって痛くねえんだよ! 遠慮してんのか!
 罵り、『風』の力で相手を吹っ飛ばす。
 地面に転がったかどうかを確認するより先に、僅かな動揺を見せる眼鏡の少年に詰め寄った。多少の手加減はしつつも肩に掌底、足を払って転倒させた。

「ティエリアは不測の事態に慣れろよ!」

 背筋にぞわりと悪寒が走った。
 直後、背中に強い衝撃が走り、目の前に星が散った。蹈鞴を踏むことで堪え、身体を横に捻る。左側から襲って来た鋭い蹴りを二の腕で防いだ。
 じんと痺れる。全く容赦がない。
 これはアレルヤか、はたまたハレルヤか。
 いやいやハレルヤならこの程度の連撃で終わるはずがないと知らず知らずロックオンも口許に笑みを浮かべつつ。すかさず二撃目が飛んでこないのは、『風』の幕に当たったら『雷』が落ちるカウンター魔法を仕掛けていたお陰か。いずれも初歩レベルの術の組み合わせだ、ルール違反ではない。
 だが敵もさるもの、痛みも痺れも物ともせずに拳が連続して打ち込まれる。倒すどころか気絶させる勢いで突っ込んでくるそれに足が縺れた。
 アレルヤがとどめをさすべく踏み込んでくる。
 直後。

 コ―――ン………!!

 高らかにドラゴンが『咆』いた。
 空気全体を震わす振動に全員の動きが瞬間的に固まる―――が。
 ロックオンだけは動揺も見せずアレルヤに飛び掛り、そのまま押し倒した。当然、地面に着くのはアレルヤの背中が先である。
 いてっ、と僅かな声を漏らす相手の顔を得意満面の笑みで見下ろして。

「アレルヤの弱点は―――そうだな。周囲の気配に敏感すぎるとこかな」

「………ずるいよ、ロックオン」
 倒れた時に打ち付けたのか、後頭部を手でなぞりながら片目を隠した青年が恨めしげに呟く。
「ドラゴンの特殊攻撃が効かないなんて誰にも言ってなかったじゃないか」
「名付け親の特権てのがあるんだよ」
 例え名付け親でなくとも―――ドラゴンの間近で四年の月日を過ごしたロックオンにとって、ハロの『咆哮』など然程の影響も持たないのだと。
「………なーんか納得いかねえ。一対多数の条件下でオレ達が本気だせる訳ねえし」
 幾ら兄さん自身が本気を出せと言ったところでと、遅れて不満を零す弟の手を借りてロックオンは立ち上がった。
 だからな、全員、優しすぎるのが弱点なんだよとしらばっくれつつ。
「要はお前達の手加減も見越したオレの作戦勝ち―――だな」
「言ってろ」
 掴んでいた手を叩き落されて、ひでえなあと笑う。
 同様に近付いてきた年少組みもやはり不満を隠そうとはしなかった。
「………身長と持久力の面を持ち出すのは卑怯だ」
「事実だって」
「お前より大きくなる。体力もつける。絶対だ」
 四年間で刹那は随分背が伸びたが、おそらく、最後まで身長だけは抜かされることはないと青年は踏んでいる。少々特殊な環境で幼少期を過ごした刹那は、身体が最も成長する時分に充分な栄養を賄えなかったのだからこればかりは仕方がない。
 それ以外は―――もしかしたら、あと数ヶ月で。
 黒髪をなでてもらっている刹那を何となく羨ましそうに眺めながらティエリアが。
「あなたはやはり………行くのですか」
「ああ」
 ロックオンが勝利した場合に持ち出す要望など戦う前から分かっていた。
 だからこそ余計にマイスターは手を緩めてしまったのかもしれない。どれ程に一つ処に閉じ込めておこうとも、おとなしくしていろと願っても、気付けば外に飛び出して好き勝手しているのが自分達の隊長なのだと知っているから。
 そんな彼だからこそ誰もが身を案じ、無事を願い―――慕っているのだと。
 責任感の強い最年少マイスターの肩に手を置いてロックオンが笑いかけた。
「国のことは任せたぞ、ティエリア」
「………はい」
 涙を堪えるように唇を噛み締めながらティエリアが頷き返した。
 途端、ウズウズしながらも外壁で見守っていた一級魔道士が高らかに叫ぶ。
「素晴らしい! 如何にマイスターが手加減していようとも見事に勝利を掴むとは! さすがは私の姫だ!!」
「あんたのものになったつもりはない!」
 きっちり突っ込み返すロックオンの言葉に、御前試合の終了を告げるシーリンの声と、皇女が各人に向けた労いの言葉が重なるのだった。




 ―――数日後。
「よいしょ………っと」
 靴の具合を確かめながら空を見上げる。
 ロックオンは城を望む山中にひとり立っていた。国境まで送るという仲間達の申し出を断り、転移魔法で飛んできたのだ。そこは奇しくも以前にグラハムがライルに出迎えられた場所であったが、当然、青年が知るはずもなく。
 荷物は必要最低限、武器はデュナメスのみ、衣服は魔道士のものではなく何処でも見かける旅人のもの。
 目的は失踪した魔道士達の捜索。各国を歴訪して近衛隊長の無事を内外に示しつつ、最終的には魔道士教会へ足を伸ばして助力の礼と探りを入れること………長丁場になるかもしれない。
 未だ義眼であるロックオンの無事を近衛隊が心配することなくこの上なく、準備の段階でも耳にタコができるほどにクドクドと各人から注意を促された。いよいよキリがなくなったから逃げるように城を出てきてしまったが。
(………何も言わない訳にも、なあ)
 溜息ついて懐から水晶球を取り出す。途端、画面にワッと映し出される仲間の姿。

『兄さん! なんでもう出発してんだよ早すぎだろ!』
『ロックオン、義眼の手入れだけは決して欠かさぬよう! 違和感を覚えたらすぐに連絡を!』
『お前が帰るまでに身長を5センチ伸ばす』
『正式な挨拶もないまま出立とか、ほんと他人行儀すぎるよね、ハレルヤ』

 わいわいと騒ぐ彼らの気遣いが面映い。
 でも、そんなに心配することないのにな、とも思う。ドラゴンの名付け親となった青年には強力な『守護』が働いている。先日の御前試合でハロが『咆』いたのも、引いては「親」の身を案じたが故だ。地の果てまで引き離されようとも、そこが同じ「次元」である限り、ロックオンの進退はハロが察してくれる。
 第一、自分には。

「そんなに心配するなよ。義眼の調整も安心しろ。なんせオレには―――」
「私がついているのだからな!!」

 ひょっこりと。
 背後からグラハムが飛び出し、そのまま首に両手を回してきて。気道を締め付けられた。
「ぐっ!」
「ああ、すまない、姫! 喜びのあまり手加減ができなかった!」
「………や、だいじょぶ………」
 あんたは反応がいちいち大袈裟なんだ。
 溜息つくロックオンの視界に、水晶球の中でぴしりと凝り固まったマイスター達が映った。どうやらひどく驚いているらしい。が、理由が分からない。
 ゆっくりと瞬きを繰り返していたライルがおずおずと言い募る。
『その………兄さん………』
「なんだ?」
『………グラハムがいるんだが………』
「いるって、そりゃあそうだろ。教会までの案内はこいつが務めてくれるんだから」
 もともとそういう話だったはずだ。少なくとも、ロックオンとグラハムの間では。
 旅に出たい自分と、教会に報告と脱会を告げに行きたい彼の利害が一致した。グラハムの実力は折紙付きだし、ロックオンが体力の回復を見せ付けた上で彼が補助として付き添えば如何な心配性のマイスター達とて納得してくれるだろう、と。
 その辺の説明はすべてグラハムに任せていた。なんせ彼自身が「私が説明しよう」と胸を叩いたので。故に、御前試合の時には誰もが条件は飲んでいると思っていた。
 首を傾げつつ隣人に問い掛ければ、問われた人間は満面の笑みで、

「うむ、忘れていた!!」

 ―――要するに隠していたのかと。
 数秒の沈黙ののち、水晶球が割れんばかりに揺れた。

『聞いてない! オレは聞いてないぞ!!』
『危険です、ロックオン! すぐに城に戻ってください!!』
『目標を駆逐する』
『ひとりがついて行くなら全員ついていってもいいよね』

「あー、そうか。事後承諾になっちまったのか………まあ、問題ないだろ。グラハムは危険人物じゃねえし」
 違う、そいつが一番の要注意人物だ!!
 ―――とのマイスター達の悲鳴を物ともせずに水晶球の会話は終了した。通話中のそれにグラハムが左手を重ね、強制的に回線を断ち切ったのである。
「彼らは非常に興奮しているようだ。国境を出た辺りでもう一度連絡すればいいだろう」
「………それもそうか」
 躊躇いを覚えつつも、久しぶりに外界に出れた嬉しさからロックオンは同行人の言葉に従った。
 遠くに視界を巡らせれば、蒼い空と、緑の山々が何処までも続いている。
 この空の下に恐ろしいモンスターが多数生息しているとしても、圧政に苦しむ人々がいるとしても、やはり、自然だけは常に変わらず美しい。
 笑みを深め、傍らの魔道士に手を差し出す。

「それじゃ、しばらく旅の相棒としてよろしくな、グラハム」
「君ならば相手にとって不足はない!」

 試合を申し込まれた騎士のような受け答え。
 朗らかに笑いながら手を握り返してくる男に、ロックオンは再度かろやかな笑みを返したのだった。

 旅の目的地―――グラハムが所属する魔道士教会が、いまやモンスターを始めとした魔物達の巣窟と成り果てていることを。

 彼らは、まだ、知らない。

 

 


 

別にハムさんはわざと黙っていた訳ではない………と、思います(笑)

普通に考えれば兄貴が惨敗するのが筋なんだけど、うん、まあ、展開の都合ってものがですね。 ← オイ。

ふたりの道中は常にマイスターに見張られているのでしょう。戦闘中も邪魔されそうだなー(他人事のように)

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

リクエストありがとうございましたー♪

 

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