※リクエストのお題:『00』、ニール愛されなマフィアパロ。

※偶には組み合わせを変えてみよう! と考えてみたら何だか予想外の結果に;

※マイスターはあんまり目立ってないです。でも結局は刹那がイイトコ取りなのかなと思わないでもないです、はい。

 

 

 


 耳につけられた特製の翡翠のイヤリングから聞き慣れた声が響く。

『こちら、ティエリア・アーデ。問題なし』
『同じくアレルヤ・ハプティズム。問題なし』
「ロックオン・ストラトス。問題なし、だ」

 襟首にこっそりとつけられた高性能マイクに囁きかけた。
 改めて視線だけで会場全体を見渡して。
「大分時間が経つ………ミス・スメラギの予想通りならいい加減現れてもいい頃なんだが」
 マイクの向こう側で同意や相槌を返す仲間達に、もう少し待つしかないかと答えた。
 豪奢なシャンデリアがダンスホールを照らし出す。別室で楽団が奏でる音楽が心地良く耳元を流れ、歓談する人々の声に色合いを添える。様々な料理で飾られたテーブル、金銀の縁取りがなされた食器、グラス、行き交う人々の華美な服が目に眩しい。音楽に合わせてダンスホールの真ん中で踊る紳士淑女の群れ。
 いまもむかしも変わらぬ権力者達の集い、政財界の有力者を集めてのパーティ。
 そんな彼らを、ロックオンは壁際で、どこか別世界の出来事のように眺めていた。挨拶用にシャンパングラスこそ手にしているがまだ一口も飲んでいない。食べ物も同様だ。どうしてもこういった場所では飲み食いを控えてしまう。
 上着の内側にはずっしりと重い短銃が隠されている。他人を殺すための道具を身に着けて安堵するなど人間として不適切極まりない。だが、「マフィア」としてはこの上もなく正しい感情だろうと密やかな自嘲を零す。
 ティエリアも、アレルヤも、ロックオンと同じ「ファミリー」に属す仲間である。
 イオリア・シュヘンベルグを「父」と仰ぐ『ソレスタルビーイング』。ロックオンは腕の立つスナイパーとして永年そこに組してきた。
 経済特区『トウキョー』は様々な人種が入り乱れ、水面下ではマフィアが抗争を繰り広げる、血に塗れた美しい都市だ。
 幾つも存在していたファミリーもいつしか統合され、いまは『ユニオン』、『UAE』、『人革連』、そして『ソレスタルビーイング』という四つの勢力が拮抗している。敵の敵は味方の言葉通りにある時は他と組み、ある時は裏切り、挟撃し、争いは尽きる気配がない。
 だが、最近になって妙な出来事が立て続けに起きていた。『CB』が関わっていない場で他のファミリーが同時襲撃されたり、逆に、『ユニオン』や『UAE』を名乗る敵に襲撃を受けても相手から宣戦布告はなかったり………どちらも濡れ衣だ。何がどうと詳しく説明はできないものの、これまでとは違う何かを誰もが感じ取っている。
 調査を重ねるに従って判明したのが、この街に第五の勢力が現れたのではないか―――ということだった。いまは亡きシュヘンベルグの後継者である少年に伝えるスメラギの言葉は躊躇いがちであったが、頷ける点が多々あった。
 時を同じくして、『Good Note(神の書)』という常習性の高いクスリが出回り始めたのも新興勢力の登場を疑うに充分な理由だった。四つのファミリーには暗黙の内に「一般人」相手にクスリの売買は行わないとの認識が通っている。だが、『GN』の被害者は一般人ばかりだ。
 街は共通の狩り場。一般人は緩やかに飼い殺しにすべき大切な「家畜」。クスリづけにしてしまっては後で刈り取るのも苦労する。
 そして、数多の犠牲を出しながらも「主犯」を捜し続け、やっといま、「第五の勢力」の関係者がパーティに現れるとの情報を得たのだ。
 ―――これまで全く尻尾を出さなかった連中なのに?
 罠かもしれない。
 だが、罠であっても確かめない訳にはいかない。
 大まかな場所までは絞れたものの、これもまた仕掛けのひとつか、複数箇所で同時にパーティが開かれていた。仲間内でも意見は分かれたが各地にひとりずつメンバーが潜入することで話がまとまった。常時連絡を取り合い、すべてのバックアップはライルが務める。
 手に持ったままのグラスをテーブルに戻そうかどうしようか迷っていると。
「………?」
 ふ、と、視線が止まった。
 黒い服を身に纏った少年と、彼に頻りと話しかけている金髪の太った男。
 政財界の重鎮なんて数は限られているから何度も足を運んでいれば自然と顔を覚える。だが、男には見覚えがあったのに、少年は初めて見る顔であった。服装だけなら臨時で雇われたウェイターと思えなくもないのだが。
 さり気なく壁から離れ、近くのテーブルの食べ物を取るふりをしながら耳を欹てる。
「あの………僕、困ります………」
「何を困ることがある。キミにとっても悪いようにはしない。こう見えても私は力もあるし、金もある。何処へでも連れて行ってあげるし何でも買ってあげるよ。どうだい。一緒にパーティを抜け出して―――」
 ………ただのナンパだった。
(美少年好きで有名な男だったか………)
 他人の性癖をどうこう言うつもりはないが、その噂を耳にした瞬間、絶対に刹那とティエリアだけは近づけないとこころに誓ったのを覚えている。
 ナンパと見せかけた秘密裏の遣り取り、の可能性も疑わない訳ではない、のだが。
 ひとつ、ふたつ。瞬きを繰り返した。
(―――悪いな、みんな)
 後から怒られるに違いないと先の苦労を思いつつ、ロックオンはふたりのもとへ大股で近付いた。
「失礼! 少々よろしいですか!」
 敢えて大声で、敢えて朗らかに。
 弾かれたようにふたりが振り向いた。彼らの間に割り込むようにしながらグラスを掲げる。
「まさかこのようなところでお目にかかれるとは思いませんでした。実に光栄です、ヴィスコッティ様」
「ん? う、む、んん?」
 金髪の男、ヴィスコッティが眉をぴくりと跳ね上げた。
 ロックオンは、それなり―――あくまでもそれなりだ!―――に、自らの容姿に自信があった。少なくとも、初見で「醜い」と切って捨てられる可能性は低いと確信できるぐらいには。相手の好みがあくまでも「美少年」であって「美青年」でないのは幸いである。
 にこやかな笑顔で嘘八百を並べ立てる。
「私はベルーガ系列の重役を務めるクリストファーと申します。以前に何度か会場でお姿を見かけました。勿論、あなた様は社長と話しこんでおられましたから私など視界にも映っていなかったでしょうが」
「い、いや、その」
「実は先日、社長からヴィスコッティ様のための特別な土産を用意するよう仰せ付かりまして、しかしそれを何処でお渡しすべきか………麗しき翡翠の小鳥とのみお伝えすればよいであろうかと………」
 さり気なく男の趣味を暗示するような言葉を混ぜれば、目に見えて顔色が悪くなった。誰が聞いているかわからない場所で美少年趣味を晒されるのは堪えるのだろう。本当にしたたかな男であればそれすらも交渉の武器とするのだが、如何せん、彼はそこまでの器ではない。
 しどろもどろと言いよどみ、「―――後で連絡する!」と捨て台詞を残して踵を返した。
 意外と呆気なかったな、というのが正直な感想だ。
 ベルーガ系列の重役だの、クリストファーだの、勿論、すべて口からでまかせの大嘘だ。そんな会社は知らないとか、お前は誰だと言い返された場合の弁解も容易していたのだが無駄となってしまった。
 生ぬるいシャンパンのグラスをテーブルに置いたところで控えめな声が届く。
「………助けて、くださったんですね。ありがとうございます」
「え? ああ、気にしないでくれ」
 安堵の色を滲ませた声に漸う振り返り、ロックオンはちょっとだけ目を瞬かせた。

 ―――驚いた。本当に「美少年」だ。

 薄黄緑色の髪に、紫色の神秘的な瞳。
 白く透明な肌と華奢な手足。
 硬質なガラスのような雰囲気はティエリアと通じるものがある。儚げでいながらも王侯貴族のような気品を湛える佇まいは思わず騎士の礼を取りたくなってしまうほどだ―――やらないけど。
(オレが忠誠誓ってんのはひとりだけだしな)
 存外、嫉妬深い『ソレスタルビーイング』の「王様」を思い出し、ロックオンは密かに笑う。
「お前さんも災難だったな。顔見知りじゃなかったんだろ?」
「僕は手伝いとして入っただけですから………でも、面白かったですよ。あんな風に口説いてくるひともいるんだなあって」
 告げる言葉は実に淡々としている。しかして言葉の端々に毒が滲んでいるようで、何となく、ロックオンは視線を鋭くした。
 綺麗な、純真無垢にも思える少年。
 見る者が見れば「天使」にも喩えられそうな容姿。
 ふ、と。
 微かに少年の瞳が揺れた。

 ガタ―――ン!!!

 派手な物音に悲鳴が重なり、音楽が鳴り止んだ。
 バルコニーの前で、男が、招待客のひとりである社長令嬢に銃を突きつけている。いや、その男だって招待客、つまりは政財界の繋がりがある人物のはずだ。
 私怨か、計画的な犯行かと、咄嗟に考えを巡らせる。
 女性の悲鳴が重なり合って大音量となり、我も我もとホールの出口に詰め掛ける。他の者たちもオロオロと辺りを見回すばかり。SPはどうした。警察への通報はどうした。厳重に警戒しているんじゃないのか、こういう場所は。
 男が叫ぶ。
「おらあ! この女ころされたくなかったら『GN』持って来いよお! 誰か一袋くらい持ってんだろ!?」
 覚えのある単語に目を瞠る。
 改めて確認すれば、男の荒い呼吸、血走った目、首のところどころに浮かび上がった鬱血。いずれもが『GN』禁断症状の特徴を示していた。
 こんなところまでクスリが広まっていたのかと苦々しく思うと共に、政財界の重鎮を巻き込むことこそが第五勢力の狙いだったのかもしれないと考える。もとより禁じられたものへの興味や好奇心は権力を握る人間の方がより貪欲である。
 さらりと耳に手を当てた。通信機能は生きている。となれば、今頃はティエリアかアレルヤがスメラギに報告しているはずだ。マフィアの出る幕ではないからと警察を呼んでいるだろう。目的を果たす前に大変なことになってしまった。警察が到着するより先にこの場から逃げ出さなければならない。向こうに顔見知りもいるが、進んで事情聴取されてやるほど暇ではないのだ。
 ギン! と男の目がこちらを見る。
「おい………そこの!!」
 視線が、手が、真っ直ぐに少年へと伸びる。
「持ってんだろ………!? 寄越せ! いますぐそいつを! オレに!!」
 名指しされた少年がその場に凍りつく。
 男の銃身がこちらを向く。
 引鉄にかかる、指先に、力、が。

「―――っ!」

 ガゥ………ン!!

 幾度目かの悲鳴。
 ロックオンの放った銃弾が男の銃を掌ごと弾き飛ばした。
 苦悶の叫びを上げる男の手から令嬢が逃れ、折り良く踏み込んできた警察の声が遠くから響く。長居は無用だ。
「行くぞ!!」
「えっ!?」
 石の如く静止していた少年の手を取り、駆け出した。
 反対側のバルコニーから飛び降り、柔らかな下草に着地する。広い庭園を警察が完全封鎖するまでもう幾らもない。
 相手の反応も無視して只管にロックオンは長い脚を回転させた。
 街灯に照らし出された薄暗い路地を駆け抜け、人影のない石造りの橋の上までやって来る。くだんのパーティ会場からある程度離れ、サイレンも遠くなったことを確認してやっとロックオンは足を止めた。
 深く息を吸い込むことで呼吸を整える。日々鍛えているのだからこれぐらいで息切れなどしない。
 問題は。
 さして鍛えているようでもないのに、これだけ走って尚、息切れひとつしない少年の方だ―――。
 ロックオンの傍らに立ち、未だ穏やかに微笑んでいる彼の額に銃口を押し付けた。
 少年が戸惑いの表情を浮かべる。僅かに伏せられた、憂いを帯びた眼差しだけでも罪悪感を抱かせるに充分だ。ティエリアを見慣れていてよかった。美形に慣れておくことも大切なんだなと聊かずれた感想を抱きながら。
「や、やめてください。助けてくださったことには感謝しています。でも、どうして僕に銃を」
「理由は幾つかあるぜ? 先ずひとつ。さっきの男がお前にクスリを持っていないか聞いていた」
「中毒者の世迷言ですよ」
「狂った人間の目は存外馬鹿にできない。それに、あの男が動くより先にお前の眼が反応していた。まるで予めそこに誰かが登場することを『予測』していたように―――」
 本当に僅かな視線のブレ。
 悲鳴が鳴り響くよりも速く動いたそれが妙に気にかかっていた。
 そして。

「最大の理由は―――オレの勘だ」

 そもそも、「ただの」被雇用者が政財界の者と話してあれほど臆さずにいられるのか。
 戸惑いこそ浮かべ、セリフこそしおらしくも放つ態度は「上位者」のそれである。瞳の奥の揺るがない存在感、手足の動き、歩き方、動作のひとつひとつに滲む気品と傲慢さ。
 こうして銃を向けていて尚、襲い来る焦燥感の正体を―――ロックオンは違えなかった。
 短いとも永いとも思える空白ののちに。

「………意外と鋭いんだね、驚いたよ」

 薄い唇から零れ落ちた声は冷たく夜道に響いた。
 戸惑いが冷徹に、引き結ばれていた唇が笑みの形に、弱々しげな眼差しは王者のものに。

 幾度も命の危険に晒されて来た勘が告げる。「まずい」、と。

 瞬間、弾かれたように飛び退った。
 直前まで立っていた場所に銃弾が穴を開ける。正面とは違う方角からの攻撃に二丁目を抜き放つが、この暗さでは標的を見定めるには至らない。
 目の前の少年が上品な笑いを零す。
「素晴らしい動体視力だ。本当に僕の瞳孔の僅かな動きだけで位置を察しているらしい。そう考えてみると、あの不意の乱入者は君の実力を測るには丁度良かったのかもしれないね。ロックオン・ストラトス」
 青年は言葉に詰まる。やはり、自分のコードネームを知っていた。
 反対側から高いヒールの音が響き、街灯の光による長い影が石造りの橋に伸びる。近付く殺気と微かな硝煙の匂い。いま、ロックオンを攻撃した者。
 銃口が向けられている以上、迂闊には動けない。まして、周囲から感じる殺気は他にもあるのだから。
 すぐ隣をゆったりと通り過ぎる少女の影。行きがけにロックオンの顔を覗きこみ、小悪魔の微笑を頬に刻んだ。
「へーえ。思ったよりカッコイイじゃない。ロックオン・ストラトスなんてご大層なコードネームつけるぐらいだから、もっと厳つい大男だと思ってたわ。ねえ、リボンズ。このコあたしに頂戴よ」
 嬲り殺したら面白そう。
 無邪気な声に少年が目を細める。
「ヒリング。あまり我侭を言ってはいけないよ。そもそも今日の僕たちの計画は聊かの狂いを生じている。本当ならもっと晴れやかな、しかるべき日に顔合わせすべきなのだからね」
 彼らが僕たちを探っていたように、僕たちも彼らを探っていた。
 尤も、君たちは僕らの顔を知らなかったからね。高みの見物を決め込もうと思っていたが却って勿体無いことをしてしまったかな。
 リボンズ、と呼ばれた少年の傍に佇む可愛らしい少女が身に纏うのは白のタキシード。細い掌に握られた銃がロックオンの額を狙っている。
 驚いたのはふたりの面差しがひどく似通っていることだ。髪の色も、瞳の色も同じ。
 ―――双子、か。
 更に響く足音。いつの間にか増えていた気配。
「結局リボンズのところで騒ぎが起こったのか。残念だな」
 左手の欄干には薄紫色の髪をした男女の双子。正面のふたりよりは幾分年長に見える。
「………」
 背後に増えた殺気は赤毛をした青年の双子のもの。どのコンビも容姿が際立っているのがもはや嫌味としか思えない。
「―――お前さんとこは、双子じゃないとファミリーに入れない決まりでもあるのか?」
「双子? 違うよ。僕たちはもっと崇高な繋がりを持っているんだ」
 ゆっくりとリボンズがこちらに歩み寄る。
 三方を敵に囲まれていては、逃げることは勿論、動くこともできない。かろうじて空いているのは右の欄干だが、この高さから身投げすれば只ではすまない。
 身を屈めた少年が青年の前髪をかきあげた。
 ひどく冷たい手だ。
 自然と眉間に皺が寄る。
「額に傷はないね。なるほど、確かに君はロックオン・ストラトス―――ニール・ディランディだ」
 ―――本名まで。
 そして、双子の弟であるライルと自分との唯一の外見的相違まで知っている。否、「知られている」。
 楽しそうにヒリングが声を上げた。
「ねえ、そいつどうするの? 宣戦布告用に磔にしちゃう? それともウチで飼い殺しちゃう?」
「飼い殺しにされてくれるほど可愛い男とは思えないね」
 さらり、と。
 白魚のような指先で髪を梳かれる毎に背筋を嫌な汗が流れた。
 その手を振り払うタイミングが掴めない。瞳の紫が深みを増して、ロックオンの目を覗きこんだ。

「だって君は彼の―――イオリア・シュヘンベルグの後継者である刹那・F・セイエイの世話係であり、恋人だ。違うかい?」

 確信を持って囁かれた言葉に、同じく確信を持ってロックオンは翡翠の瞳を険しくした。
「お宅の情報収集能力も大したことはないな。オレは『ブラザー』の恋人になった心算はないぜ」
「彼が君に向ける執着は相当だと思うけどね」
 ひどい誤解だと追い詰められた立場も顧みずに叫びたくなった。
 全く、誰がどんな魂胆で流した噂か知らないが、いつの間にか刹那とロックオンは「恋人」と看做されているらしい―――同性であることをとやかく言われる昨今ではないが、年齢と体格差を考えろ! と抗議したくなる。キスのひとつもしていないのに何が恋人だ、何が。
 冷たい指先が青年の耳のイヤリングに触れた時。

「そこまでにしてもらおうか」

 暗闇に、凛とした声が響き渡った。
 この場で聞けるはずのない声に青年が動揺して身体を震わせた。何処から舞い降りたか、右の欄干に小柄な少年が佇む。
 夜に溶け込む漆黒の髪、赤茶色の瞳、小麦色の肌。
 リボンズが嬉しそうに口許を歪めた。

「刹那・F・セイエイ―――」

「刹那!? 馬鹿、今日は引っ込んでろって………!」
「そいつはオレの大切な部下だ。手を出さないでもらおうか」
 青年の文句をまるっと無視して少年が淡々と言葉を紡ぐ。
 一見、無防備に佇んでいる少年は、その実、全身これ武器と言わんばかりの武術の達人である。
 リボンズの冷たい瞳と刹那の真摯な眼差しが真っ向から絡み合う。
「いずれ華々しく打って出ることが目的だと言うのなら、尚のこと退くがいい」
「僕の仲間が彼を撃ち殺せる状態であってもかい?」
「………ロックオンの本名を知っていたなら話は早い。こいつと同等の腕を持つ男がバックアップとしてお前達の頭に狙いを定めている。仮初の身体であっても壊されるのは不快だろう」
 僅かにリボンズが表情を険しくした。
 刹那のセリフの一部に気にかかる点があったのだろう。
 しかし、僅かな感情のブレを覗かせたのも一瞬。すぐに得体の知れぬ曖昧な気配に感情の襞を隠すと、自信に満ち溢れた笑みと共に一歩引いた。
「そうかい。君達もそれなりに情報を集めているようだね。―――安心したよ。なにひとつ知らない相手を狩るばかりじゃ暇潰しにもならない」
 彼が軽く手を振ると先ずは赤毛の双子が、次いで薄紫の髪をした男女の双子が、闇の中に溶け込むように消えていく。
 ヒリングだけを脇に従えて少年はあっさりと背中を見せた。
「刹那・F・セイエイ。僕は君との対話を望んでいるんだ。そのうちに正式に会談を申し込もう。勿論、受けてくれるだろうね?」
「礼節に則った対応をするのならば否やはない」
 ―――なに勝手なこと言ってんだ。ミス・スメラギやイアンのおっさんが簡単に納得する訳ないだろ!
 うっかりファミリー内での世話焼き性分を発揮させそうになり、慌ててロックオンは口を噤んだ。
 肩越しに美しい紫の瞳を垣間見せ、リボンズは笑う。

「その時は………よろしく頼むよ、『ソレスタルビーイング』。『イノベイター』の代表として会いに行こう」

 少年と少女の姿が街灯の光に飲み込まれるように消えて行く。
 殺気が完全に消え去ったことを身体感覚で悟り、ロックオンはどっと疲れを感じた。石畳に座り込みそうになるのを堪えて立ち上がる。
 刹那がひらりと欄干から飛び降りれば、先程までとは途端に身長が逆転する。
 赤茶色の瞳に見上げられて思わず苦笑が零れた。
「助けてもらってありがとうよ、刹那。よく此処が分かったな?」
「イヤリングとマイクのGPS機能を使えば造作もない。それに、帰還が予定よりも遅れたらオレが迎えに行くと最初から皆に言っておいた」
「いつそんな宣言したんだよ」
「お前がいない時だ」
 さらりと裏話を暴露され、どう答えたものかと青年は迷う。
 迷って―――最終的には何も言えず、ただ、深い親愛を篭めて少年の黒髪を撫ぜた。猫のように細まる彼の瞳がいとおしい。
「………後でライル達に謝っておけ。皆、怒っていた」
「好きで抜け駆けした訳じゃねえぞ?」
「心配した」
「………」
「心配したんだ」
 一心に、強い焦燥と不安を滲ませた赤茶色の幼い眼差しに。
 翡翠の瞳を持つ青年は幾度かの瞬きを繰り返し、ひどくあたたかく、やわらかな微笑を刻んだ。

「―――悪かったよ」

 そう。
 先ずは、素直に謝ることから始めなければ。




 屋敷へ引き返す道すがら、ヒリングがつまらなそうに声をかける。
「ねえ、本当に見逃しちゃってよかったの? 刹那・F・セイエイだってさ、あたし達なら簡単に殺しだって監禁だってできたのに!」
「物事には様式美というものがあるんだよ、ヒリング。どうせ僕たちの時間は有り余っている。少しぐらい余裕を持ってもいいだろう………留守番のリジェネが拗ねてしまうしね」
「うーん、それもそっか」
 仕方ないから納得してあげる、と、子猫のような外見と酷薄な性格を持つ少女は鈴を転がすように笑った。
 リボンズは透明な視線を前に向けつつ、この先のことに想いを馳せた。
 刹那・F・セイエイと直に話したのは初めてだが、存外気骨がありそうで安心した………それに、あの青年に執着を抱いているのも………無自覚だとしても事実のようだ………。
 記憶に残る赤茶色の瞳と、対になるような翡翠の瞳。
 誰にもこころを許さないとされていた『真紅の機械人形』にどのように取り入ったのか、その辺りを今度じっくりと聞いてみたいものだ。
 少年は実に楽しそうに微笑んだ。




 空を見上げれば星が瞬く。
 風が強くなってきているのか、夜空を流れる雲の動きが速い。

「―――行こう」

 差し出された刹那の手を取って。

「ああ、行こう」

 ロックオンもまた、歩き出した。

 共に、彼らが愛する―――『家族』のもとへと。

 


All sides


 


 

兄貴とイノベイターを絡めた話はあまり書いたことなかったと思って今回ゲスト参加させてみましたv

でも、ロックオン兄弟の場合、イノベイター絡みってライルさんのが印象強くてな………うん。

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

リクエストありがとうございましたー♪

 

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