※リクエストのお題:『ドラゴンガーディアン』の続き。

※前回の続き………ということで旅の途中を描いたらマイスターズにほとんど出番がなかったヨ! とゆーお話(オイ)

 

 

 


 世界は魔力で満ちている。
 その根源が地の底にあるのか空から降って来たのか、はたまた、常は意識することのない『異界』の使者が戯れにもたらしたものなのか。
 疑問を抱こうともそれに応えられる者はいない。そも創世の頃より生き抜いている者もいなければ。
 大地は広くともモンスターの脅威なしに人類が住める地域は比較的限られており、自然、主要の七街道に添う形で町は発展していった。
 港町から始まり、各国の王が治める都まで、各都には魔道士教会が存在し、各国の情報伝達に一役買っている。
 その中で。

「唯一、魔道士教会に属していないのがアザディスタンだ! 他に媚びない態度をこそ他国との交渉の糧とするかね?」
「孤高を気取ってるつもりはねえぞ」
「無論! それはひとえにかの土地の立地条件とドラゴンの守護、魔力を持ち合わせて生まれる人間の数が抜きんでているという特殊な事情によるものだ」

 特段大きくはなくとも張りのあるよく通る声で朗々と語る男。
 相手の言葉に肩を竦めつつ半歩ほど後ろから付き従う男。
 どちらも旅人の衣服を身に纏い、一見してただの行商人の風体ではあるが、腰に携えた護身用の剣だけが何とも剣呑な雰囲気を湛えていた。
 先導していた男がくるりと振り返る。

「この先に宿屋がある。今日はそこへ泊まろう」
「まだ歩けるぞ」
「無理は禁物だ、姫。君にもしものことがあらば私はドラゴンの怒りを一身に背負い、純粋な魂を持つ者達の清廉なる悲しみによって永久の地獄に堕とされるだろう」
「意味が分からん………というか『姫』呼びやめろ」
「此処は私が行きがけに立ち寄った町でもある。一応は渡りをつけておきたい。それに、何よりもミートパイが絶品だ!」

 そっちの理由ならまだ頷ける、と、後ろの青年は苦笑を返したようだった。

 先導する男は迷わず一軒の宿屋へ入って行った。常連であるのか、ただの慣れか、出入り口で屯していた他の旅人達から訝しげな視線を向けられても怯む気配はない。
 カウンターにドン! と拳を置いた。

「一晩の宿を所望したい!」
「はいはい………何名お泊りになりますかな」
「ふたりだ! 寝所はシングルで頼もうか!」
「すいませんツインでお願いします」

 気の良さそうな宿屋の主人に平然と告げられた言葉を背後の人物があっさり否定する。
 僅かに視線をふたりの間で彷徨わせた主人は、どちらがより「常識人」であるかを即座に見抜いたらしい。

「はいはい。ではおふたり様、ツインの部屋でね」
「何故だ、姫!」
「野郎ふたりが同じベッドで寝たってむさ苦しいだけだろ」

 相部屋なのはともかくとしてさ、と肩を竦める男の後ろでは通りすがりの旅人たちがふたりの遣り取りを物珍しげに眺めている。
 更に言い返そうとした人物の言葉は、宿屋の人物の「サインをお願いします」の声で遮られた。
 部屋の鍵を受け取って階段を上る。
 喧騒が遠くなり、自分達の足音だけが廊下を軋ませた。値段の割にはいい部屋である。この町に訪れたことがあるとの話は本当なのだろう。中には悪質な商人もいるだけに見極めは大切だ。
 片方のベッドに荷物を置いて、後ろをついて歩いていた男が大きく伸びをする。

「よいしょっ………と。やっぱ早めに宿とって正解だったかもな。割と疲れてるみてえだ」
「ひどいではないか、姫」

 受付を済ませた男は同じくもう一方のベッドに荷物を投げ出しながら不満そうな声を上げる。
 まだ言っているのかと旅人のローブを解きながら相手が応える。ゆっくり休むのが目的だと言ってなかったかと町を歩いていた時の話を蒸し返し。

「それから、俺は姫じゃない。『ニール』で構わないっつったろ。グラハム」

 やれやれと溜息をつきながらアザディスタンの近衛隊長はベッドに腰掛けたのだった。




 諸国漫遊―――もとい、視察のためにアザディスタンを発って半月程が経過していた。
 トップレベルの魔道士がふたり揃っていればその辺の雑魚モンスターにやられる道理はない。いまのところは幸いして剣を抜くような事態にも陥らずに済んでいる。一応はお忍びの身だ。流石に剣を振るえばすぐにニールの正体も噂されてしまう。それはグラハムについても同じことだ。

(でもなあ)

 グラハムは実力があるし知識はあるし頭の回転も速い。非常に頼りになる男ではあるのだが、何故か事あるごとにニールを「姫」呼ばわりしてくる点だけは頂けない。如何にかつての出会い方が出会い方だったとは言え、いまは当時の面影もない筋骨逞しい青年なのだ。
 荷物を解いてゆったりしたところで懐から水晶球を取り出した。部屋の四方に聖水をかけて簡易結界を施していたグラハムも、椅子を引っ張ってきて傍らに陣取る。

「おーい、俺だ。誰かいないか?」

 呼びかけながら水晶の表面を撫ぜるとぼんやりと中身が歪み、やがて、ひとつの風景を映し出した。
 黒髪の少年の姿に自然とニールの頬に笑みが浮かぶ。

「お! 今日は刹那か。こっちは無事に町で宿を確保したぜ。そっちはどうだ?」
『問題ない。ハロも、俺達も、滞りなく暮らしている』

 刹那の瞳はニールを捉えてやわらかさを帯び、次いで、隣の青年を見て厳しい目つきとなる。
 常人なら思わずビビッてしまうような眼光さえも簡単に受け流してしまうのがグラハム・エーカーという男だ。今日もまた「いつものこと」とばかりに何の気負いも衒いもなく明るく笑う。

「うむ! 姫の言葉に嘘偽りないこと、この私が保証しよう! 旅は極めて順調だ」
『………何らかの情報は』
「いまんとこ何も。つーか、まだ町に着いたばかりで情報収集はこれからなんだよ。話に進展があったらまた連絡する』

 更に幾つか言葉を交わした後で通信を終えた。
 水晶を通じての連絡は余程のことがない限り毎日行っている。だが、非常に気を使うものでもあった。有り体に言ってしまえば「盗聴」される危険を常に有しているのだ。如何にグラハムが簡易結界を張ろうとも、ニールが慎重に呪術を編み上げていようとも、完璧なものは何処にもない。
 椅子の上で腕組みしつつグラハムが笑みを深くする。

「ふむ。まだ彼らは私を信用しきれてはいないようだな。必ず日に一度は通信を寄越せなどと!」
「安全策をとってるだけだろ。世間に流れる不穏な空気はあんただって感じてるはずだ。それより―――少し町を歩いてみないか? 市場とか酒場とか、周辺歩いてみるだけでもいいからさ」
「君は本当に市井の者たちが好きなのだな」
「賑やかなのは好きだよ。………あんたもそうだろ? グラハム」
「同意だ。しかし私は沈黙をも愛するのだよ、君と同じようにね」

 沈黙を愛するって、そりゃあさすがに嘘だよな。
 一頻り笑った後、軽く身支度を整えたふたりは町へと繰り出した。




 再びローブを被って顔を半ば隠すようにしたのは、一応「有名人」の部類に入るとの自覚があったからだ。
 道行く人々の笑顔を眺めつつそっとグラハムに耳打ちする。

「そういやあんた、この町の教会には顔出ししなくていいのか?」
「最初はそのつもりでいたが、実を言うと徐々にその気分が失せている。ここで私の意志を告げれば彼らは表向きにでも引き止めにかかるだろう。どうせ決意は覆らぬものを、教会本部に至るまでの支部ごとに声をかけられれば、如何に温厚な私とて寛恕してはおれまい」
「温厚?」
「私は我慢弱いのだよ、姫。立ち寄るごとに引き止める手を振り払うよりは全ての報告を本部で為すと話した方が余程に楽なのだ」

 ニールの突っ込みを聞いているのかいないのか、本当にそれでいいのかと思えどもグラハムの飄々とした態度から真意は窺えない。
 よくよく考えるまでもなく彼はアザディスタンを救った立役者なのだ。本来なら町に立ち寄る毎に教会支部から祝福の言葉を受けても良さそうなものを、欲のない男である。
 武器屋や防具屋に顔を出し、魔道具を扱う店にも行った。ミートパイはグラハム推薦の店で食べた。確かに味付けも香りも絶品で、この場に刹那達がいないことをニールはひどく残念に思った。酒場やギルドにも話を聞きに行ってみたが、これといった情報は得られなかった。
 しかし。

(………落ち着かないな………)

 ニールは内心で密かに眉を顰める。
 数年前、外交を兼ねて諸国を旅した折りは、もっと穏やかな空気が流れていた。だがいまは、皆、笑顔の下で隙を窺っているような妙な緊張感に包まれている。そう感じているのは自分だけではあるまいと、隣を歩く、表面上は何ら変わることのないグラハムを垣間見る。
 事実、いまとて。

「―――姫」
「………」

 大通りから少し外れた路地裏に入るところで、唐突に差し出された一級魔道士の手。
 常ならば無視するはずのそれを握り返したのは、相手の意志を察したからに他ならない。グラハムが殊のほか嬉しそうに微笑んだのはただの演技だと思う。思っておこう。うん。
 掌にさり気なく描かれていた魔法陣。
 それを通じて口を開かずとも互いの声が聞こえる。

(気付いていたかね、姫。我々の後をつけている者がいる)
(ああ。たぶんひとり、だな。何処からついてきてたか分かるか? 宿屋を出た直後は感じなかったんだが)
(おそらく魔道具屋に立ち寄ってからだな。丁度店から出てきたタイミングで視線を感じた。害意を感じるものではないので放っておいたが―――)

 こうもつけ回されると多少なりとも気にかかる。

「姫、次はあの店へ行こう!」
「服は要らねえぞ。それよか非常食かいに行こうぜ」
「ならば干し肉は欠かせまい」

 口にしては関係ない話をしながら少しずつ人波を外れていく。
 ゆるやかに歩調を速め、こまめに角を折れる。ニールにとっては初めての町だがグラハムは訪れた経験がある。道案内は彼に任せた。
 先程から感じていた気配は、どうやら、尾行にはさほど慣れていないらしい。こちらの足が早まるにつれ呼吸が乱れ、つけていることを隠そうとする気配すら感じなくなってきた。

 合図は一瞬。

 細い路地裏に入り込み、置いてあった廃材の影に身を隠す。
 間を置かずして何者かの足音と呼吸音が響き、上空より射し込む日の光が第三者の影を地面に薄く描いた。
 餌に釣られた追跡者が小石を蹴飛ばしながら路地裏に入ってくる。

 グラハムが絶妙のタイミングで相手の足を引っ掛けた。
 小走りになっていた側は避けようもなく、勢いに乗って顔から地面に突っ込む。

(わ。痛そうだ)

 見事なまでの転倒ぶりにちょっとだけ同情してしまう。
 追っ手の方も、自らが誘い出されたことに気付いたようだ。地面に手をついて即座に立ち上がり、果たせず、膝から崩れ落ちる。
 先のグラハムの一撃は脛に命中していた。あれは痛い。しばらく痺れて歩けやしないだろう。

「さて、追跡者よ。願わくば君の名を聞かせてもらえないだろうか。無意味な戦闘は好かん。できれば穏便に話し合いたいのだ」

 真顔でそう告げられて、はいそうですかと頷く人間が何処にいるというのか。
 ニールは表通りへと向かう道を塞ぎ、剣にそっと指先を引っ掛けた。
 蹲った相手は背格好からしておそらく男。いまのところ攻撃の意志は見られないが―――。

「………さん」
「む?」
「グラ………ハム、さん、ですよね………?」

 俯いていた男が急に振り返り、はたとグラハムの顔を見据えた。
 途端、魔道士の顔にも驚きの色が走り、瞬時にニールは周囲を簡易結界で覆った。詳しい事情は分からぬまでも敵意はなく、けれども訳ありであるらしいことを悟ったのだ。
 姫、ありがとう。
 一言礼を述べたきりグラハムは視線を相手に注ぎ、迷うことなく口を開いた。

「まさか―――イスナーン? 二級魔道士、イスナーン・ファルファか!?」
「覚えていてくださいましたか! そうです、共に討伐に向かわせていただいたことのある………!」

 グラハムが男、イスナーンを助け起こし、相手もほっと安堵の色を浮かべた。
 中肉中背の穏やかな顔立ちの男だ。魔道士のローブこそ羽織っていないが、深く顔を隠せるフードを身に纏い、理由は分からねども全身から疲れきった気配が漂っている。左手首に巻かれた魔道士独特の赤い守護用の紐も草臥れて見えた。
 旧知の仲であるらしいが、それならそれで素直に声をかけてくればよいものを、わざわざ付け回したのは何故なのか。

「しかし久しいな。貴殿は北の国へ行ったと聞いていたのだが、無事で何よりだ」
「実はちょいと事情がありまして………グラハムさんに、そのことで、少しばかりお話を」

 ちらりとイスナーンがニールへと目を向けた。
 数年前までは諸外国を練り歩いていたニールだが、謁見の間以外ではローブをといたことはない。二級魔道士では王族の傍に控えることはできないため、見知っているとしても廊下ですれ違った程度だろう。事実、ニールはイスナーンに見覚えがなく、イスナーンもまたそうであるらしかった。

「ええと、その、失礼ですが、後ろの方はグラハムさんのお仲間ですか?」
「姫は私の姫だ!」
「………はい?」
「おいこら、誤解を招くような紹介をするな」

 ニールは慌ててふたりの間に割って入った。

「自己紹介が遅れてすまなかったな、イスナーンさん。俺はニール。旅をするに当たってグラハムに護衛を頼んでるんだ」
「あ、はい。そうですか」
「知り合いだってんなら積もる話もあるだろう。どうだ? こんなとこで話してないで、宿に戻ってじっくり思い出話に花を咲かせてみちゃあ」

 気さくな語り口に緊張がとけたのか。イスナーンは照れ臭そうに笑い、「ありがたい申し出ですが」と実に残念そうに首を横に振った。

「今日、声をかけさせていただいたのは急ぎの用があったからなんで―――グラハムさん。あなた、これから教会に戻るつもりですか」
「そのつもりだ」
「悪いことは言わない、およしなさい。いまの教会はモンスターの巣窟だ」
「―――聞き捨てならぬ情報だ」

 グラハムが声を潜め、表情を険しくする。
 同時、彼もまた、ニールの張った結界の上に目晦ましの魔法を上掛けした。
 イスナーンの表情も心なしか強張り、目には強い怯えの色が含まれる。

「確かに、あっしは北の国へ討伐に向かいましたとも………そこで任務を果たして、教会へ帰りました。3ヶ月ほど前の話です」

 つまり、グラハムがアザディスタンへ向かってすぐに彼は帰還したのだ。
 一級魔道士と入れ違いで教会へ戻ったイスナーンは、本部へ報告する前に立ち寄った地下図書館で「思わぬもの」をみつけたという。

「あっしは本当に誰にも言わずに戻りましたからね。図書館へ立ち寄ろうと思ったのも偶然です。深夜なら誰もいない間にたくさん本が読める、朝になってから本部へ報告へ上がろうと」

 図書館にはいつもいるはずの司書がいなかった。
 珍しいこともあるものだと思いつつ蔵書を求めて本棚の間を歩き、そして。

「覚えてますか。東棟の隅っこの―――古文書がたくさん置いてある辺りです」
「うむ、勿論だとも。むかしからあの辺りには不吉な噂があるのだったな」
「噂?」
「0時丁度に訪れると影に悪魔が宿る、日蝕の折に神の御名を唱えると天に召される―――そういった、少しばかりこどもめかした、誰が語りだしたかも分からない逸話の数々だよ、姫」

 質問ではない、ニールのただの呟きにもグラハムは丁寧に説明を返してくれた。
 古今東西、何処にでもある怪談の類だ。特に古い建造物にはこの手の「逸話」がついて回る。真実など誰も確認しようがない、故にこそ実しやかに語られて、ひとびとの想像を掻き立てるのだ。
 だが、それも、あくまで「噂」に留まっているからこそ気楽に語れるのだ。
 イスナーンはより一層に声を潜めた。

「奥の棚に………1冊だけ………飛び出したものがありやしてね。気になって取り出してみたんです」

 これがそれです。

 古い装丁が施された古文書をイスナーンが懐から取り出した。
 地下図書館の蔵書を地上へ持ち出すには特別な許可が必要となる。だが、おそらくイスナーンは何の許可も得ていない。そうと判じさせるだけの異様さが本からは滲み出ていた。
 最初の数ページにべとりと張り付いた赤茶色のモノ。

「血―――か………?」
「それと、数世紀前のルーン文字だ。汚されし神の御名、捧ぐ生贄の血、尊き魂の器」

 ―――異世界信仰か。

 グラハムの眉間に皺が寄った。
 異世界信仰とは、モンスターが訪れる『壁』の向こう側にこそ『天国』があるとする宗派のことである。
 彼らは多くの生贄を捧げてこそ『神の国』は近くなると主張している。その協議も、執り行う儀式の数々も、かつて蔓延った悪魔信仰となんら変わるものはないとして教会は厳しく取り締まっている。
 だが、その信仰の名残を刻んだ本が他ならぬ教会の中枢にあったとなれば―――。

「それだけじゃありやせん。ちょいと魔力探知をしてみたら、其処彼処にモンスターの気配がうようよしましてね………あっしの実力じゃそれ以上は調べようもありませんでしたが、もう、怖くて怖くて」

 とてもではないが報告などする気になれず、そのまま逃走したのだと。
 いま見たものを告げたところで一笑にふされるか、証拠として提出した本さえも「お前こそが異端者なのだろう」と問い詰める材料にされてしまいそうに思えて身動き取れなくなってしまった。
 以来、イスナーンは諸外国を練り歩き、「これは」と思える魔道士を見つけては忠告し続けているのだと言う。

「あっし自身にも追っ手はかけられているでしょうからね。声をかける方も限られてしまいやすが」
「そうか………苦労したのだな。何よりも貴殿が無事であったことを嬉しく思う。だが、貴殿の話を聞いたからこそ尚更に、私は教会に向かわねばならない。もとより本部に対する疑問は常に持ち合わせているのだ」
「あなたならそう仰ると思いましたよ。つきましては、ですね。もし良ければ―――この本をお持ちいただけませんか」

 そっとイスナーンがくだんの古文書を差し出した。
 グラハムは戸惑いを色に浮かべる。

「これは、疑惑を証明するための貴重な証拠ではないか。教会へ戻る私が持っていては、再び、正体の知れぬ者の手元へ渡ってしまう可能性が高い」
「あっしが持っていてもそれこそ宝の持ち腐れです。いえ、正直に申し上げましょう。あっしはこの本が怖い。投げ捨てたくてたまらない。けど、捨てたらそれこそ何が起こるか分からない。毎日毎晩、盗まれないよう小規模の結界を張って、追っ手の影に怯えて―――この分じゃあ早晩、あっしは全てを投げ捨ててしまうでしょう」

 苦笑を浮かべたイスナーンの顔に疲労の色は濃く、彼の言葉に嘘偽りがないことを物語っていた。
 これまでに何人の魔道士に声をかけたのかは分からないが、ずっと逃亡生活を送っていたのであれば、精神的な疲れもピークに達しているはずだ。
 少し下がって耳を傾けていたニールが、そっと手を伸ばす。

「俺が預かろう」
「姫!?」
「もし教会でグラハムに何らかの嫌疑がかけられたとて、その時にこれがあれば交渉の材料として使えるかもしれん。イスナーン、あんたもな。もし追っ手に捕まって本を何処へやったと聞かれたら、見知らぬ人間に奪われたと弁解しろ」

 そうすれば少しは何とかなるはずだと付け足せば、目に見えてイスナーンの肩から力が抜けた。

「ほ………本当ですか………! ありがてえ………申し訳ない………!」
「あんまり畏まらないでくれ。本部に保存されてた古文書の内容に興味があるだけなんだよ」

 笑いながら本音の一部を語り、受け取った本をすぐさま『狭間』に滑り込ませた。
 少なくともこれで、本を何処かへ落としたり、失くしてしまうことはない。ニールの身に何かあれば二度と取り出せないことになるが、下手な人間の手に渡るよりはその方が余程にましだろう。




 イスナーンは幾度も頭を下げながら去って行った。
 せめて町を出るまで送っていこうと提案したが、おふたりも先をお急ぎでしょうからと断られてしまった。どうせ今日は此処に宿を取っているのだが―――彼としては不安の根源である本から早々に離れてしまいたいのかもしれない。その気持ちも理解できないではなかった。

「つくづく君は問題ごとを抱え込むのが好きなのだな、姫」
「あんたほどじゃねえさ」

 それより、どうするよ。何だか当初の見込みよりも教会は不穏なことになってるらしいぞ?
 アザディスタンを訪れた魔道士たちがことごとく行方不明になっていたことと関係あるのかもしれない。いや、十中八九、関係あると見て間違いない。問題の根源がひとつとは限らずとも「何か」が露見し始めていることは確かだ。

「気が進まんな。私の戦いに君を巻き込むことになる」
「俺達の国を救う手助けをしてくれたのはあんただ。だったら、今度は俺達があんたを助ける」

 ましてやこの先、アザディスタンに帰属するとの彼の意志が真実であるのなら。

「身内に必要以上の遠慮は無用だぜ、グラハム」
「―――君に言われたくないことではあるな、姫よ」

 朗らかにグラハムは笑った。

 翌朝、彼らは町を発ち、再び教会へ向けて歩き出した。
 しかしながら今日からは、行く先々でモンスターのみならず、教会の噂の数々も聞いて回ることになるだろう。
 腰に下げた剣を使う時が来るのか、託された本の正体は何なのか。
 未だ分からないことは多くとも問題が山積していることだけは確かであった。




 ―――彼らが町を出た、丁度、同時刻。

 町の北端を流れる川でひとりの水死体が発見された。
 自殺したのか、モンスターに襲われたか、暗殺者にでも付け狙われていたのか。
 川から引き上げられた遺体はひどく損傷しており、「少なくとも3日前には亡くなっていた」と検死を担当した医師たちは証言した。

 左手首に巻きつけられた魔道士特有の赤い紐が、検死中にブツリと切れて地に堕ちた。



 


アンデッド


 


 

伏線を引くだけ引いて回収しな(ry

教会の地下に何かあるーってのはたぶん、『薔薇の名前』とかのイメージから来てると思います。

ゲームでもさ………『FFV』の古代図書館とか………いいよね………(謎)

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

リクエストありがとうございましたー♪

 

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