※リクエストのお題:『00』、ハレニルなお話。

※一期のトレミー内、まだまだ平穏な頃の設定です。パラレル設定は持ち出しませんでしたよ!(笑)

※アレルヤの施設破壊直後のお話だと思っていただければ有難いですー。

 

 

 


 宇宙から地球を眺める時、ひとは、何を想うのだろう。
 多くの者は美しさに圧倒され、あるいは矮小な自らの存在に怯え、あるいは生命の尊さに思いを馳せるのだろう。
 だが、『自分』は違う。
 地球だろうと何だろうと、ただ、それは其処に「在る」だけだ。触れようとしても触れられないのならあってもなくても同じこと。

 ―――まるで、『俺』のように?

 シンと静まり返ったトレミーの通路で、大きな窓から地球を眺めながらハレルヤは皮肉げに口角を上げた。
 如何にガンダムマイスターが正確な体内時計を身に宿していようとも日常のサイクルはできるだけ守るべきだ、とは誰の言だったか。
 昼夜の別のない宇宙においてもトレミーではきっちり24時間単位で1日が区切られ、いまは「深夜」の時間帯に差しかかっている。起きているのは夜番を勤める数名のみ。大半が眠りに就いた船内は静かなものだ。
 主人格であるアレルヤも深い眠りについている。身体もあわせて休めてやった方が良いのかもしれないが、なに、超兵の肉体はそんなにヤワではない。むしろハレルヤにも自由な時間を与えてもらわなければ鬱屈してしまう。

 主人格のアレルヤと裏に潜むハレルヤ。

 二重人格に例えられるのは業腹だが、それが他人にとって一番理解しやすい関係であることに違いはない。
 世間一般には稀なものであっても、テロリストにしてはお人好しばかりなプトレマイオスの面々であれば受け入れてくれるであろう予感はある。が、しかし、生憎とアレルヤもハレルヤも単純な理解と共感など求めていなかった。
 自分たちのことは「自分たち」だけでカタを着ける。
 それが、物心ついた時からの確かな取り決めなのだ。
 ハレルヤの足音だけがこだまする無人の通路を窓沿いに歩いていると―――小さな声が聞こえてきた。複数名が話しこんでいる気配はない。ただひとりの、ささやかで、微かな声音。

 ―――これは、「歌」だ。
 誰かが夜の静寂に溶け込むような歌を歌っている。

 いつもならすぐに踵を返すところを、不意の気紛れ、歩みを止めずにそっと角から通路の奥を覗き込む。

 ―――ほのかな室内灯の下、佇む影ひとつ。

 常の朗らかさや明るさはそこになく、緩やかに波打つ栗色の髪に淡い光を受け、澄み切った緑の瞳は何処か遠くを見つめている。
 ささやかに歌う。
 蒼い地球を臨みながら、低く、優しく、決して褒められた音程ではないながらも丁寧な旋律を。

 CBの誇る狙撃手。
 世話好きで誰にでも兄貴風を吹かせるお人好し。
 コードネームに成層圏を宿した男―――ロックオン・ストラトス。

 ヒトゴロシの集団における彼の穏やかさや気遣いの数々、一般的な感性は周囲の緩和剤となり、また、それだけに「異質」でもあった。
 誰もが狂って当然の場で正気を保てる人間を果たして「普通」と呼べるのか。
 聴いたことのない音色は不思議とハレルヤの中にあるはずのない「郷愁」の念を引き起こす。

 だから………だろうか、立ち去り損ねてしまったのは。
 歌声が途切れた瞬間に、男がこちらを振り向くのを許してしまったのは。

 曲がり角に佇む人影を捉えた青年はにこやかに笑う。

「よお、アレルヤ。こんな時間にどうした。眠れないのか?」

 ―――『アレルヤ』、と。
 呼ばれてしまった以上は応えない訳にはいかない。生憎と「アレルヤ」は同僚の呼びかけを無視して立ち去るような性格はしていないのだ。気づかなかったふりをして立ち去ったが最後、ロックオンに不審を抱かれてしまう。
 極力穏やかな表情と眼差しを取り繕い、ハレルヤはゆっくりと通路に姿を現した。

「こんばんは、ロックオン。あなたこそ、どうしたの? 眠れないのかい」
「ん………まあ、な。ここから見る地球が結構気に入っててよ」

 答えになっているような、なっていないような返事をして、青年は視線を窓の外へと戻す。
 ハレルヤも彼の隣に並んで地球を眺めた。
 不可思議なほどに青く、澄み切った星だ。年月をかければ遠くの星までたどり着くことができるようになった今でさえ、これほどに綺麗な星を他に知らない。
 そして、その美しい星の上で、醜い争いが飽きることなく繰り広げられている矛盾。
 しばしの沈黙ののちに自然と唇が言葉を紡ぐ。

「………さっき………、何か歌ってたよね。あなたの好きな曲?」
「きこえてたのか」

 少しだけバツが悪そうにロックオンは眉をひそめると、照れ隠しのぶっきら棒な声で「子守唄さ」と呟いた。

「ずっとむかしに聴いたきりでな………最近は思い出すこともなかったんだが」
「珍しいね。ロックオンは、むかしを思い出してばかりいるひとだと思ってたのに」

 ―――直後。
 翡翠の瞳が鈍く光った。

 ああ、しくじった。踏み込みすぎたか。
 アレルヤのふりをするぐらい造作もないと思っていたのに油断した。
 白を切るべく咄嗟に人畜無害な顔をして、何も意識していない裏のない表情を心がければ、刹那に鋭さを増していた狙撃手の瞳は徐々に戸惑いと共にやわらいだ。
 またしても視線は窓の外。

「―――あんまり物覚えの良くない人間なんでね」
「そうなのかい?」
「ああ。だから、大事な何かを忘れてるんじゃないかといつも不安になる」
「………お爺さんみたいなこと言うんだね、ロックオン」

 軽口で誤魔化そうとしても正面のガラスに映り込む互いの笑顔には暗さが滲んでいる。
 ふ、とロックオンが顔を上げた。

「ところでさ」
「うん?」
「おまえ、この間が誕生日だったんだな。ミス・スメラギから聞いたぜ」
「―――ああ」

 先日の一件を思い出してほんの僅か、ハレルヤの視線は空を睨んだ。
 同じ境遇に置かれたこどもたちの居場所を、存在を、完膚無きまでに叩き潰した。

 アレルヤは苦しみながら。
 ハレルヤは笑いながら。

 くすぶる胸中をどうにかしたくて、帰還後、アレルヤの足は戦術予報士のもとへと向かった。あれは作戦の結果報告以上に、酒を飲めば気が紛れるかもしれないとの浅はかな願いも混ざっていたに違いない。鍛え抜かれた心身はあの程度のアルコールでは酔えないと知りつつグラスを交わしたのだ。
 隠してるなんて水臭いと肩を竦める男と、守秘義務があるからねと笑い返す男。

「第一、誕生日なんて祝ってもらうほどのことでもないよ」
「そうかあ? 俺は祝われると嬉しいし、祝ってやりたいとも思うけどな」

 微笑む緑の瞳には青い地球が反射している。
 気負うでも気取るでもなく他者を祝おうと思えるのは、幼少時の彼が健全に育ってきた証。『俺たち』とは、違う。
 勝手に祝わせてもらうと鮮やかに笑い、肩を叩く。

「誕生日おめでとさん、アレルヤ。今度は俺とも一緒に飲み明かそうぜ」
「………ありがとうございます」

 祝いの言葉を告げられようと、本来受け止めるべき人物は未だ胸中で眠りに就いたまま。
 あとできちんと話を伝えておかなければ会話に齟齬が生じてしまう。記憶を完全に共有できる訳ではないのは面倒なことだ。
 言うだけ言って満足したのか、ロックオンは大きく伸びをすると通路の奥へ向かって歩き始めた。

「さて、と。あんまり夜更かししてたらそれこそミス・スメラギにとやかく言われちまう。休める時に休んでおかねえとな。おまえももう寝ろよ」
「そのつもりです」
「また明日な。おやすみ」
「………おやすみなさい」

 万が一にでも部屋の前まで一緒に行く羽目になっては堪らないと、しばし、この場に留まる道を選ぶ。
 相も変わらず窓の向こうの真空では青く輝く地球が視界を占めていた。

 ぼんやりと見詰める耳にゆっくりと―――響く。
 彼の、同僚の、ロックオンの。
 鼻歌にもならない、音程違いの、不思議と何処か懐かしい歌。

 Happy birthday to you,
 Happy birthday to you,
 Happy birthday, dear Hallelujah…
 Happy birthday to you.

「―――!」

 衝撃に目を瞠り振り向いた時、既に通路は蛻の殻だった。
 いまの反応を見られていたら言い逃れができないと舌打ちしつつ、先程のは幻聴かと微かに動揺する。

 あの、歌声。
 その、名前。
 他の誰でもなく、呼ばれたのは―――………。

 理由や原因を考えても結論など出ない。ハレルヤはおろかアレルヤにも確かめる手立てはない。
 悔し紛れに宙を睨みつけ、結局、事情について話したのはこちらばかりで、相手自身のことはほとんど分からず仕舞いであったことに気付く。自然と表情は苦々しいものになった。
 ―――してやられた。
 青い惑星に、遠ざかって行った男の眼差しを無意識に重ねて。

「………喰えねえ奴だ」

 一番平凡であるはずなのに一番読めない男だと、怪しみながら訝りながら、ある種の興味を抱きながら。
 それでも何故か―――『ハレルヤ』に対して贈られたかもしれないたったひとつの言祝ぎだけは。


 


マイ・オンリー・ソング


 


魂の双子にすら、打ち明けることはないと感じた。

 

 


 

もうちょっと長いお話を書ければよかったのですが、原作準拠の関係を考えてしまい、こんな感じに;

作中で兄貴が歌っているのは子守唄………と設定しましたが、具体的なイメージは特になかったりします。

もし本当に本編でこのふたりが互いに腹を割って会話してたらどんな感じになったんでしょうなあ。

 

こんな話ですが、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。

リクエストありがとうございましたー♪

 

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