|
騎士は眠る
天井なんて何処も大体同じ色をしている。そりゃあ勿論、処によって油が滲んでたり雨漏りの後があったり薄ら汚れてたりするんだろうが、天井は天井なんだからあまり大きな違いはないはずだ、なんて、どうでもいいことをベッドに寝転がったままニールは考える。 胸元に抱き込んだ独立AIがチカチカと目を瞬かせた。 『ゲンキダセ! ゲンキダセ!』 「ありがとうな」 相棒にまで心配されるとは実に有り難くも情けない。原因が分かりきっているから余計に、だ。 もはや幾度目かも分からない深い溜息をつきながらハロを抱え込んだ体勢でゴロリと横向きになる。脳裏に思い浮かぶのはつい先頃、出撃が決まった旨を伝えに行った少年の無表情な顔だ。 最初は普通だった。この上もなく普通だった………と、思う。いつも通りほとんど無視されてたし。 あれは、数日前の出来事だった。 『よお、刹那! 丁度いいところに。いいニュースがあるんだ』 『………』 通路で偶々後ろ姿を見かけて、近くにヒトがいないことを確認してから声をかけた。返されたのは相変わらずの沈黙だったが、瞳が「何か用か」と問い掛けているのが分かる。それが分かるのはあなたと彼女と、本能的に理解するあの人物ぐらいですよ、と、アレルヤにはよく呆れられているのだが。 『お前の出撃の日取りが決まったぞ! 一週間後だ。随分と慌しいけど、前から出撃したいっつってたもんな。準備はできてるんだろ?』 『ああ』 『よーしっ、心強い答えだ! きちんと里帰りも済ませておけよ。お姉さん心配してるだろうし。あと、皆でお祝いもするから。誰か呼びたい奴がいたらきちんと都合きいておけ』 並んで歩いていると、多少の面倒くささと、何故お前がそんなに喜んでいるんだとの疑問を乗せた視線が向けられた。 あくまでもさり気なく、さり気なく、と言い聞かせながら満面の笑みを浮かべ。 『そりゃー嬉しいさ、教官だった訳だし! 教え子が一人前になるってのに喜ばない奴はいないぞ』 『………』 『あ、それからな、刹那。オレも一緒に出撃するからな』 黙々と歩き続けていた少年の歩みが面白いぐらい急に止まった。 一瞬、相手を置いていきそうになり、どうしたんだと首を傾げながら振り返る。途端に出迎えたのは真っ直ぐにこちらを睨みつけている赤い瞳。もとより少年の視線は強すぎるほどに強すぎるのだが、にしたってこれは、その。 『何故だ』 『何故って、そりゃ………誰かとは組む必要があるって言っただろ』 『誰かに命じられたのか』 『いや、まあ、―――って、あまり細かいこと気にすんなよ、オレじゃ不服か?』 『そうか。………わかった』 きっぱりと、やたら強い語調で刹那は断言した。 『お前が申し出たんだな。オレに同道すると』 『―――』 確かにそればっかりは事実だったから咄嗟に言い返すこともできなかった。 どれだけ過保護なんだと、ハレルヤにも苦言を呈されたようなことをこの少年が気にしているとは思わない、のだ、が。 伝わってくるのは確かな不満と不服だ。 『………刹那?』 困りきって問い掛けたところで相手が素直に理由を述べるはずもない。 結局、彼は先を続けることなくこちらを追い越していった。そのまま後を追っていいのかどうか判断しかねた自分は黙ってその背中を見送って。 ―――いまに至る。 そりゃあ、確かに自分にも落ち度はあったと思うのだ。 何も相談してなかったし。 良かれと思ってやったけど相手の意思は確認してなかったし。 もしかしたら本当に心底「ウザい」とか思われちゃったんじゃなかろうかと思うと何だかもーもーうわああああああ! ゴロゴロとベッド上をのたうち回るのに合わせてハロが『キラワレタ! キラワレタ!』と追い討ちをかけてくれる。そうは思いたくないけどやっぱりそーなんだろうか。そろそろ泣いてもいいだろうか。 「―――ニール」 近距離からの呼びかけに動きを止める。 「先刻から賑やかだが、そろそろ君の機嫌は良くなったのだろうか」 「………見りゃわかんだろ。落ち込みまくりだっつーの。そっちはどうなんだよ」 「勿論、見てもらえば分かるとも! 君が見ないと言うのなら端から細かく解説していくことさえ吝かではないか、しかし惜しむらくはいま私の両手がこの繊細、かつ大胆な細工のために使われているが故に明確な感情の高ぶりを伝えるには!」 「あー、わかったわかった! いいから黙ってろ!」 誰も語れとは言ってない! と、来訪者の分際でベッドを占領している己を情けなく思いながらも枕に顔を埋めた。 面を伏せる直前、部屋の主の机を占拠していた物体の数々を確認して溜息をついた。 「一体どんだけ作れば気が済むんだよ………グラハム」 「フラッグは何体あっても美しいものだ。機動性に富んだ造りとスピードを重視した全体のバランスがなんとも言えず私の胸をときめかせる!」 目をキラキラと輝かせる彼の前には開発企画段階フラッグ、カスタムフラッグ、ホワイトタイプフラッグ、重火器類搭載型フラッグ、二刀流形態フラッグ等等、とにかく所狭しとフラッグの模型―――要するにプラモ―――が死屍累々、じゃなかった、所狭しと置かれていたのだった。部屋の主が工作に夢中になっているからこそ自分がベッドでゴロ寝できるのだと分かっていても、流石にこの光景はどうかと思う。 軍では機体の開発を進めたり、新型の武器を搭載するに当たって細部まで再現したプラモを作成して全体のバランスを確認している。おそらくはエイフマン教授やカタギリが実験や理論の確認に使ったであろうそれらを、上手いこと下げ渡してもらってくるのだ、この男は。 まあ、こんな奴だからこそ連日連夜やって来ては愚痴にもならない愚痴を零したりできるんだけどなと、自分で自分の判断がイヤになってきて片手で顔を覆う。 ―――だって、仕方ないじゃないか。 アレルヤはここ最近の任務で疲労困憊だし、ハレルヤは元気だけどスメラギさんの酒宴に付き合わされてるようだし、ティエリアには冷静に切り捨てられて終わりだろうし、セルゲイもパトリックも他基地へ赴任中だし、おやっさんやリヒティやラッセを付き合わせるのもなあ、と、消去法で行ったらグラハムしか残らなかったのである。 ヒトの愚痴を聞き流せる程度に理解があって、確固たる信念を持っていて、童顔なのはともかくとして社会に出てそれなりの経験を積んでいる「おとな」。フラッグに趣味が傾きすぎてるとか自分を「姫」呼ばわりしてくるとかの難点は、この際、脇に置いておこう。 年齢の違いこそあれ、揺るがない芯が内面に潜んでいる点は刹那と共通している。ああ、もしかしなくても自分はそういうタイプに弱いのか? 「しかし、今日でもはや三日目だ。私もそろそろ君の悩む理由を直接に尋ねてみたい心持ちになってきた。君が去った後のベッドのぬくもりを感じながら眠るのもロマンチックだが、どうせ抱かれるのであれば君自身のぬくもりを直に感じたい」 「気色の悪いコトいってんじゃねぇっっ!!」 「ならば沈黙を守ることをやめて切なる胸の内を聞かせてはもらえないだろうか。断言しよう。君の迷いも悩みも杞憂に過ぎないと。君の傍には私がいるのだからね」 「………」 どーしてそんな自信満々に訳の分からんセリフを吐くことができるんだ、と。 数えるのも馬鹿らしくなる程に抱いた経験のある感情を、適当にその辺にうっちゃることにした。 考えてみれば自分はここ数日、ふらりと訪れては適当に愚図愚図と落ち込んで、理由もろくすっぽ説明しないままに立ち去るという実に不誠実な真似を仕出かしていたのだ。消去法で選んだはずの相手に何を望んでいるのやら。 何にせよ迷惑はかけている。それだけは確かだ。 溜息と共に俯いたままポツポツと事情を説明する。話すごとに枕詞の如く「オレも悪かったけどさ」とか、「心配だったからな」とか、何処の保護者だと問い掛けたくなるようなセリフがくっついているのは大目に見て欲しい。 不敵な笑みはそのままに珍しくも相槌を打つぐらいで余計な口を挟んでこなかったグラハムは、事の顛末を聞き終えた段階でなるほど、と頷いた。 「それならば、あの少年が不機嫌になるのも理解できると言うものだ」 「………何が分かったってんだよ」 「私には彼の想いが分かる。君には分からない。いや、分からないで当然だ。それだけの話だよ」 「だからぁ」 どうしてお前の方が刹那の気持ちが分かるなんて主張になるんだと唇を尖がらせる。状況を又聞きしただけの彼に理解できて、当事者たる自分には見当もつかないだなんて非常に、その―――。 悔しい。 ではないか。 「悔しがる必要などない。君が理解できないのは尤もで、理解できないことをあの少年は理解しているからこそ何も告げることもできずに立ち去ったのだ」 「もっと分かりやすく言えよっっ」 「彼が君を選んだのではなく、君が彼を選んだからだ」 「はあ?」 なんだそりゃ。 確かに刹那もお前がどうこうと言っていた気がするが、立場上、新兵である刹那に選択権がないのは事実なのだから仕方がないではないか。ひょっとして、何か。他の者が同行者として選ばれていたら刹那は素直に喜んでくれたというのか。それは非常に淋しい。 「………ミス・スメラギに進言しなけりゃよかったってのか?」 「ある意味ではそうだし、そうではないとも言える。だが、彼が君以外の者と出撃するつもりなどなかったことだけは保証しよう」 「マジで訳わかんねえ」 「分からないままでいいのだ。分かりやすい言葉で説明することも可能ではあるが、それでは敢えて説明しなかった少年の矜持に反するだろうし、何より彼は私の好敵手でもあるのだ。君が悪いのではなく、君に責任の全てがあるのではなく、落ち込む必要もないのだと主張する以外に敵にドレスを贈るような真似をしたくはない」 「………贈るのは塩だろ」 どうして肝心要の部分を間違えて教えるのだ、あの技術顧問は。 考えるのも面倒になってきてベッドに完全に身体を預けた。グッタリと脱力すると思いのほか疲れていたらしく、急速に眠気が襲ってきた。ろくに眠れていなかったのだから当たり前かもしれない。休める時に休んでおかないなんて軍人失格だなと自嘲しつつ、先刻から場を弁えて無言を貫いているハロをあらためて胸元に抱き寄せた。 幾ら深夜になれば自室に戻るとは言え、当人が休むべき時間帯にまで自分の侵入を許しているこの男はやっぱり間抜けなんじゃないかとあらためて思う。そして、間抜けなはずなのに、こんな時ばかり彼は自分を「姫」と呼んだりしないのだ。ツッコミ入れて逃げる隙は与えないとでも言うかの如く。 「―――やってらんねー………」 それでいいのかよ、と、思う。 あんたは、それでいいのかよ、と。 結局のところは頼っているに違いない現状に眩暈がして、深い溜息と共に意識を深く沈めた。 手元の器材が気になって少し視線を外した隙にベッドから微かな寝息が聴こえてきた。振り向いた先では、ここ数日の常連客である青年がすよすよと眠りを貪っている。誰が見ても分かるほど目の下にはっきりと隈を作っていたので、漸く眠りに就いてくれたことにグラハムは深く安堵した。 立ち寄って近付くと彼に抱え込まれた独立AIが警戒するように目を点滅させた。 『ガード! ガード!!』 あくまでも持ち主は起こさぬよう控えめの音量で、頭部付近の開閉する耳の部分から手を出してこちらを牽制しようとする。全く、防御機能がオートで施されているとは実に心強い。相手が機械であろうとプログラムの塊であろうとも愛情を注げば応えてくれるとグラハムは信じている。だからこれはつまり、ニールが如何にこのマスコット・ロボを愛しているかの証でもあるのだろう。 「安心したまえ。君が心配しているような真似はしないと他ならぬ彼に誓おう」 更に幾度か目を瞬かせた後に独立AIは上げかけていた腕を下ろした。跳ね除けられていた上掛けを丁寧にニールに重ね、随分と幼く見える寝顔をまじまじと見詰める。頭の中でポニーテールの悪魔が「据え膳! 据え膳!」と囁きかけてくるが、眠っている相手に手を出すのは流石によろしくない。相手が起きているならばそれが自室だろうが彼の部屋だろうが廊下だろうが艦橋だろうが何処だろうが何時でも挑んで憚ることないが、彼が眠りを望むならばそれを破ろうとまでは思わない。 例え訪れた理由が消去法だろうと年齢の問題だろうと偶々手が空いていたからであろうと、いずれにせよ彼は自分をこそ愚痴を零し、甘える対象として選んでくれたのだ。その無意識の信頼に報いねばなるまい。少なくとも、いまは。 クルクルと落ち着きのない彼の前髪に視線を動かす。自分の髪も大概だが、彼も相当な癖っ毛だ。湿気の多い日は鬱陶しいんだといつだったかぼやいていた。 あどけなささえ感じられる、おとなになり切れていない青年だ。こんな空の上ではなく、地上の一般的な企業に勤め、友人たちと酒を酌み交わし、綺麗な女性と恋に落ちて、たくさんの子供に囲まれて過ごすのが相応しいと思える性格をしている。 そんな彼がどうして此処にいるのかと疑問を抱かない訳ではない。未だ彼が軍職を選んだ理由を面と向かって教えてもらったことはないが、何となく事情は察している。彼は覚えていないだろう。だが、あの日。珍しくも泥酔した彼はこちらの肩を借りて自室へ戻る道すがら、か細く呟いてたのだ。 『ライル』、と。 きっと、それこそが彼をこんな戦場へと飛び込ませた理由であり、戦い続ける目的の全てだ。 自分の勘に間違いはない。 悪いとは思ったが軍の目録を探って、『ライル』なる人物が在籍していないかを調べたことがある。名前を呟いた時の口調や表情からして、身内と当たりをつけての行動だ。特異な名前ではないが然程多い名前でもない。在籍していたなら某かの記録は残っていると思ったのだ、が。 『ライル』という名前の人物は何名か在籍していた。 名前だけが一致する人物のパーソナル・データも見たが、人種も血液型も骨格も顔つきも各々異なり、『ニール・ディランディ』との共通項を持つ者は確認できなかった。となると、血縁は血縁でも物凄い遠縁だったのか、軍とは全くの無関係で彼が地上に置いて来た縁者の名前だったのか、そもそも血縁と判じた己の勘が間違っていたのか、あるいは。 誰かが。 流石にその考えは突飛に過ぎる、たかが一軍人の情報を消去してどんな得があるのだ、それよりは「ライル」が名前や戸籍を偽っていた可能性の方が余程高いと考えながらも、何故か否定しきれない自分がいる。 「彼が眠っている」 「―――」 「グラハムが眠ってんだ」 「………」 |
扉を閉めた瞬間に「聞いていたぞ姫! 私を選んでくれたのだな!!」といつの間にか覚醒していた
ハムさんに抱きつかれ、殴り飛ばした足で兄貴がソッコー部屋を出て行くに100デュナメス。 ← 単位??
「喧嘩」とゆーワリには全然喧嘩してなかったですな。はっはっは。
文章が無駄に長いのはハムさんが饒舌だから、とゆーことにしておいてください………。