※既に誰かがやってそうな少女漫画パロ

 

 

 扉に取り付けた機械が高い金属音を奏でる。
 赤い火花が散って、意外と小さな衝撃だけを残して鋼鉄の扉は崩れ落ちた。開いた闇の中から流れてくる空気が正常なものであることを確認して、研究者たちは互いに頷いた。この僻地まで遣って来るのに随分と苦労した。そのうち約一名にとっては―――数年ぶりの「再来」ではあったけれど。
 数年前の爆撃で破壊されたはずの『ヴェーダ』は未だ活動を続けていた。地表ではなく、地下にこそメインシステムがあったと調査団が気付いたのは一年前。必要なデータを取り出した後に、今度こそ『ヴェーダ』を破壊するのが自分たちの任務である。
 衛星を使って探り出した内部地図を元に管制室まで辿りながら、端々に設置された制御用コンソールの精密さや未だ稼動している頑強さに息を飲む。中央管制室に到着したところで、ようやく用心のために被っていた防護服の面を外した。
 流れ込んでくる空気は清浄。放射能に汚染されている可能性はない。共に訪れた研究者のひとりが「このシェルターの浄化システムはカンペキだな」と呆れたように呟いた。
 薄暗く、僅かな照明しかついていない室内に見るべきものは多い。だが、まずはメインシステムだろうと刹那は視線を正面に向ける。
「フェルト。どうだ」
「すごい………こんなシステムを個人で創り上げるだなんて………」
 システムを起動したフェルトが、内部構造を確認しながら感嘆の声を上げる。一国の軍事政権や、特殊な研究者のチームがこれだけのものを創り上げたならばまだ理解はできる。だが、これを成し遂げたのはただひとりの人間だ。
「おい、待て。そこの区画になんかあるぞ」
 イアンの言葉にフェルトが手の動きを止め、他を調べていたスメラギやクリスティナも振り返る。
 広大な基地の一画を占める巨大な建造物。
「なに、これ………」
「フェルト。画面を立体図に変換して」
「了解しました」
 訝しげなクリスの声を後に残してフェルトが図面を展開する。やがて映し出された建造物に、誰もが驚いた。
「これって、まさか宇宙船ですか!?」
「野郎、こんなものまで作ってやがったのか!」
 流石に当時は、彼がこんな大層なものを作ってただなんて想像もしていなかった。
「………彼は、地上を滅ぼした後に自分だけ宇宙に逃げようと考えていたんでしょうね」
「たぶん―――刹那だけを、連れて」
 スメラギの言葉を受ける形で零れたフェルトの声に静けさが落ちた。
 刹那自身は答えることもなく黙って画面を見上げている。
 そう。確かに自分は望まれていた。共に行こう、君にはその資格がある、人間に制裁をくだすべきは僕たちだよ、と。
(リボンズ………哀れな男だ)
 最初は付いていこうと思っていた。この世に未練などなかったから。
 だが。
 ここへ向かう途中に雇った用心棒のお陰で、自分はこの世も捨てたものではないと気付いた。気付かされてしまった。
 ―――だから。
(何故、その頭脳を誰かのために役立てようと思わなかった………)
 右手に握り締めた小さな瓶には、品種改良を重ねて、ようやく実りを見た麦の種子がある。
 この種ならば、核で荒れ果てた大地にも根を張ってくれるだろう。あいつが見たいと願った光景だ、日の光を受けて一面に広がる黄金の大地を見てみたいと語っていた、だからせめて、その夢の第一歩となる種子だけでも見せたくて持ってきたのだ。
 この地に眠るあいつと、あいつと最後まで行動を共にした者のために。
「えっ………!?」
 突如としてクリスが上げた声にまたしても皆がひとつの方向に振り向いた。
「どうかしたの?」
「あっ、………その、だっておかしいんです。このデータっ」
 スメラギに肩を叩かれてある程度は落ち着いたようだったが、データを探っていたクリスの声は戸惑いに震えていた。画面に浮かぶ救難信号。
「生存者です! 生存者がいるみたいなんです! この基地に!!」
「なんだって!?」
 締め切られて何年も経過した僻地だぞ!?
 イアンの叫びが全員の驚きを代弁していた。更に言うならば、表面は爆撃で更地と見紛うばかりに壊されつくしているのだ。基地の主であったリボンズの死が確認されている現在、他の誰に生きている可能性があると言うのだろう。
 皆がひとつの席に押しかけて我先にと画面を見上げる。そこには、基地の隔離された一画で誰かが冷凍睡眠されていることを示すデータが広がっていた。
 登録されている内容をイアンが訥々と読み上げる。
「二十代の白人男性………身長は185センチ前後………怪我を負っているが手当てはしてあるようだな。本当に誰なんだ?」
「………!」
 刹那が、息を詰まらせた。
 画面上で位置を確認するや否や、断りもなく部屋を飛び出す。
「ちょっと、刹―――っ?」
 呼び止めようと伸ばしたスメラギの腕は、フェルトの手によって遮られる。走り出した人物と同じものを感じたらしい彼女は静かに訴えた。
「行かせてあげて」
「フェルト?」
 あれだけの情報で何かが分かったのだろうか。
 戸惑いを深くするスメラギを余所にクリスとイアンは情報の分析を続けていた。
「冷凍カプセルに入れた上で、生命維持装置を働かせて―――爆発の前に隔壁を閉じたんだな。だから年単位で時間が過ぎてるってのに生きてられたんだ。きっとこの装置もリボンズがもしものことを考えて作ってたんだろうよ」
「コマンド入力の速さが尋常じゃない………ありえないです。生命維持装置の稼動から爆発まで十分となかったはずなのに、人間じゃあ、こんな速度でこんな正確な入力なんて行えません」
「あなたでも無理なの? クリス」
「三十分あればできるかもしれませんけど」
 気になるのはそれだけじゃないんです、と彼女は瞳を曇らせる。
 怪我人を生命維持装置に入れた何者かは、その後に外へ出て、わざわざ外側から隔壁を閉めた。内側に留まっていれば食料や水の問題はともかく、少なくとも爆発や放射能の影響は防げたであろうにも関わらず、である。
「全然わかりません。機械でもないとこんな作業はできません。でも、自ら進んで壊れに行くだなんて、そんな………『自殺』に等しい行動を機械が取るんですか?」
「人間、―――だと、思う」
 ぽつり、と。
 フェルトが呟いた。
 クリスの、イアンの、スメラギの視線を受け止めてフェルトは断言する。
 例え、ありえない程の速度で処理が施されていようとも、その人物の軌跡を辿った結果がそうなると言うのなら。
「私は。そのひとが、『人間』だったと信じる」
 力強い言葉が室内に余韻をもって響いた。




 息せき切って走る。
 自分たちがシステムを起動したから、生命維持装置にも何らかの信号が走ったのだ。おそらく、救出が来たから起きろ、との指令が。
 角を折れ曲がり、つんのめりそうになりながら奥の扉に取り縋った。暗号を解除する指が震える。扉が開ききるのを待てずに隙間から無理矢理に身体を押し込んで、部屋の中央に置かれた生命維持装置に手をついた。
 息が、荒い。
 こんなに必死になって走ったのはいつ以来だ?
 装置の表に取り付けられた操作キーの数々が明滅し、内側で眠る人物の覚醒を告げる。
 ゆっくりと、開いていく。
 零れてくる空気は冷え切っている。それが徐々に、徐々に、周囲の空気と混じってあたたかさを取り戻していく。
 喉が、渇く。
 目が離せない。記憶のままの姿、顔、髪、肌の色。首から胸元にかけて巻かれた包帯だけが、最後に会った時の記憶とは異なるけれど。
「………」
 瞼が、震えて。
 翠とも蒼ともつかない瞳が現れる。目覚めきらない意識がこちらを捕らえて、一度、瞬きを零す。

 唇が震えた。


「せ、つ、な………?」


「―――っ………!!」
 堪えきれず。
 目の前の身体にしがみ付いた。涙が溢れて止まらない。もう、泣いたりしないと誓ったはずなのに。瞳を覗き込んで目の前の人物が確かな鼓動を刻んでいることを繰り返し確認する。そっと、頬を撫ぜると確かなぬくもりを捕らえた指先が戦慄いた。
 やっとの思いで、笑みになりきれない笑みを刹那は浮かべる。
「不思議だろう? ロックオン………オレたち、同い年になってしまったんだぞ」
 追いつきたかった年の差、追いつけなかった年の差。
 きっと今なら。
 ともに。
 思うように動かないだろう腕をかろうじて上げ、青年は刹那の頬に触れると穏やかに笑った。
「ゆめを………みていた………」
「夢?」
「おまえが………わらってる………いちめんの、むぎのほが………どこまでも………」

 吹き付ける風がやわらかい。
 黒髪の少年が楽しそうに先を走っていく。
 時に振り返りながら手を振って、時に自分も手を振り返して、果てのない黄金の海を進んでいく。
 名前を呼ばれた気がして立ち止まると、こちらを見守る懐かしい瞳に迎えられた。
 見渡す限り。
 一面。
 日の光に満ちた、黄金の―――。


「グラハムの髪の色だ―――………」






 ―――ああ………。





 きれいだ………………。






 


いとしき君と夢をみる


 


―――その日。

『ヴェーダ』は地球上から完全に姿を消した。

 

※WEB拍手再録


 

元ネタ:樹な○み著『OZ』。

十年以上前に友人に借りて読んだっきりなので、記憶違いのところがあったらごめんなさいです。m(_ _)m

ただ、うろ覚えであっても主人公の「この体、お前に―――やる………」と

「19(ナインティーン)の髪の色だ………」は名言だと思うのでありますっっ。

 

「19」はアンドロイドなので、性格とか外見とか設定とか主人公との関係とかを考えるとティエさんが

適役っぽいのですが、元キャラの髪の色が金髪だったためハムさんに変更(待て)

だって、ラストは原作通り「黄金の麦の穂が一面に」ってしたかったんだい。

 

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