壁の時計がカチカチと時を刻む音。
 どれだけ数えたところで果てのない音色。
 小さい頃、幼い兄弟とも仲間とも引き離されて暗い部屋に閉じ込められていたことがある。部屋にあったのはカチカチと規則正しい時を刻む電子時計だけ。
 無意識に、聴こえる、その音を。
 繰り返し、繰り返し、数え続けた。

 十………百………千………万………。

 ぼそぼそと呟き続ける声を断ち切ったのは重々しい扉が開く音。
 けれど、開いた扉の向こうにも結局は同じような闇が広がっているだけなのだ。
 だから。
 時間を数えることに特別な意味などないと思っていた。
 その先に待っているのはいつもと同じ、苦痛が待つだけの時間だったから。




「―――ねえ、ハレルヤ」
 シーツの中で足を抱え込むようにしながらアレルヤは隣のベッドで眠る片割れに呼びかける。相手が寝ていないことなんて気配で分かる。薄暗い闇の中でも自分たちは容易に相手の姿を捉えられる。
「誰か、来るよ」
 廊下の端からカツカツと複数の音が響く。
 もう、夜も更けたのに。
 ソレスタルビーイングの居住区の中でも末端に位置するこの部屋に何の用があるのか。
 ここは以前にいた研究所よりも余程あたたかくて居心地がいい。血の匂いは絶えずしているけれど怪我をすれば治療してくれる医師や、あたたかな食事や、何よりも、優しい笑顔で出迎えてくれるひとたちがいた。
 だから。
 この組織自体は好きなのだけれど。
「………うっせーなあ。気付いてるよ」
 ハレルヤが上体を起こす。金色の目が不機嫌そうに扉の向こうを睨み付けた。
「こんな時間に何の用があるってんだ、あいつらは」
「誰が来たか、わかったの?」
「お前はわかんねーのかよ」
 それこそが意外だとばかりに鼻で笑われた。
 あいつら相手に警戒するなんて馬鹿馬鹿しいとハレルヤは床に足を下ろし、簡単に扉を開けてしまった。誰が来たかもわからないのにと驚きながらアレルヤも彼に倣って廊下に出る。
 ひんやりとした空気が辺りを流れる。
 ―――と。
 自分たちの真向かいに位置する扉がゆっくりと開いて、銀髪の少女が顔を覗かせた。
「あ………」
 目が、あった瞬間に。
 なんとなくアレルヤは気まずいものを覚える。
 どうも、ソーマとはあの一件以来、上手く関われずにいる。それではいけないとわかっているのに最初の一歩が踏み出せない。
 こちらを見たソーマは特に表情を変えるでもなく廊下の向こうに視線を転じた。
「あのひとたちはこんな時間に何をしているのでしょう」
「大した用事じゃねぇだろうよ」
 あれ? もしかして誰が来るかわかってないのって僕だけ?
 聊か情けなく思ったところで、ふ、と伝わってきた気配にハッとなる。ほんの短い期間で慣れ親しんでしまった、明るく、穏やかな気配と目にも明るい球形。
 ―――プラスして。
 妙に険悪な空気をまとった存在が約ひとつ。
 三人が揃って見守る中、廊下の奥から姿を現した人物は大荷物を抱えたまま陽気に片手をあげた。
「よお! やっぱり起きてたか」
『オキテタ! オキテタ!』
「ニール、それにハロも」
 あなたたちだったんですね、とアレルヤは安堵の息をついた。
 妙に険悪な空気をまとっていたのは青年の後ろにいるティエリアだった。彼もまたでかい布袋をズルズルと引き摺っていたのだが、荷物が重いとか言う以前の問題として何らかの不満を抱いているらしい。「何故、私が」とか「なんと無駄なことを………!」とか小さな呪詛の声が聞こえてくるのが怖い。非常に怖い。
「こんな夜更けにどうしたんですか」
「んー? そうだな、あと一分だけ待ってくれ」
 廊下に取り付けられていた壁時計を見上げてにやりと彼は笑う。
 時刻は間もなく零時丁度。日付の変わる瞬間。
 もうすぐだと秒針の動きを見詰めるニールはとても楽しそうだ。何がそんなに楽しいのかと首を傾げるアレルヤの前で、秒針が頂点に到達した。
 瞬間。

「よ、っしゃ―――! メッリークリスマース!!」
『クリスマス! クリスマス!』
「………はあっ?」

 辺りを慮っての聊か控えめな叫び声に。
 アレルヤもハレルヤも、ソーマも揃って間抜けな答えを返した。ひとりはしゃいでいる訪問者はいそいそと袋から三角帽子を取り出すとティエリアの頭に被せ、次いで、自分の頭にも被せた。少年が赤で青年が緑。傍らでは独立AIが『メデタイ! メデタイ!』と叫びながら跳ね飛ぶ。よくよく見ればオレンジ一色であるはずのハロまでところどころに赤や緑のステッカーが付けられていて、ああ、お揃いですね、ってそうではなく。
 そうではなく。
「あの………?」
「なーんだ、気付いてなかったのか? 今日はめでたきクリスマス! 誰が誰にプレゼントを贈っても咎められることのない貴重な一日だ!」
「違います。そもそもの由来はいまを遡ること、」
「ちょーどよく基地にいるんだし祝わなくっちゃ損だろ。知ってるか? 今日だけでサンタクロースは全世界を駆け巡らなくちゃならないんだぞ!」
 ティエリアの冷静な突っ込みは敢え無く無視された。

 ―――クリスマス。
 聖誕祭。
 聖人君子の生まれた日。

 本来は救世主の誕生を祝うとか感謝するとかの厳かな一日だったはずだ。よって、目の前の青年の解釈は突飛に過ぎるのだが、喜び勇んで袋から何かを取り出す姿を見ていると突っ込み入れるのも悪い気がしてしまう。
 ハレルヤが呆れたように呟いた。
「あんた、進んでサンタクロースの役目を買って出てんのか? ご苦労な奴だな」
「堂々と祝福を贈れる機会なんか滅多にないだろ。任務と重ならなかったことに感謝だな」
 でも、流石に基地の全員にプレゼントしていたら財力も体力も時間も足りない。だから「何か」を贈るのはその年に入隊した若手に限らせてもらって、代わりに、朝食から夕食まですべてがクリスマス仕様にしてもらうのだと心底嬉しそうに彼は笑う。
『ハロ、メニューカンガエタ! メニューカンガエタ!』
「クリスマス仕様だから見た目は派手だが、ハロが考えてくれたから栄養計算はバッチリだぞ。甘いもの好きのためにはケーキも用意してある」
「ケーキ………」
 きらりとソーマの目が輝いた。あまり面には出さないが、彼女はなかなかの甘い物好きである。
 そんな彼女に、でかい袋から取り出した茶色い物体をニールが手渡した。
「お前らには特別にセルゲイさんから補助費が出てるんだ。だから、他に見つからない内に早めに渡しておこうと思ってな。ほら、ソーマ。メリー・クリスマス!」
「!」
 手渡されたのは抱えるほど大きなクマのぬいぐるみ。胸元にリボンで留められたメッセージカード。きっとそこにはセルゲイからの祝福の言葉が書かれているに違いない。
「ソーマはクマが好きなんだってなー? 慌てて買いに行ったから、希望と違ってたらごめんな?」
「い、いえっ、ありがとうございます!」
 右腕にクマを抱え込んだままビシッ! とソーマが敬礼する―――先から瞳がきらきらと輝いて視線が手元に戻る。相当に気に入ったらしい。セルゲイの家では我侭を控えていたからぬいぐるみだなんて望むべくもなかったし、研究所時代なんて尚更だ。彼女の中に居る『マリー』も喜んでいると思うとアレルヤも釣られて嬉しくなった。
 賭けてもいい。彼女がクマにつける名前は確実に「すみるのふ」だ。
 足元でハロが飛び跳ねる。
『ソーマ、ヨロコンダ! ソーマ、ヨロコンダ!』
「よっし、アレルヤ。次はお前なー」
「僕、もですか?」
「セルゲイさんから補助が出たっつったろ? メリー・クリスマス!」
 取り出されたのは先刻のクマとためを張るぐらいでっかい白いぬいぐるみで。
「マ、マルチーズ………!!」
 きゅうーんv と。
 冗談ではなくアレルヤは自分の胸が高鳴るのを自覚した。
「ありがとうございますっ………!」
『アレルヤ、ウレシイ! アレルヤ、ウレシイ!』
 感激に震える手でヒシとぬいぐるみを抱き締める。
 ちょっと前までならなんでマルチーズが好きなのか不思議に思っただろうけど、いまならはっきりわかるよと彼が苦笑混じりにソーマに視線を流したことに、幸か不幸か故意か偶然かアレルヤは全然気付かなかった。
「でもってハレルヤだが―――」
「ぬいぐるみなら要らねぇぞ」
 出鼻を挫く勢いで双子の弟が言い放った。
 ああ、ハレルヤ。確かにハレルヤがぬいぐるみ抱えてる姿を想像するとちょっとどころかかなり怖いんだけどヒトの好意は素直に受け取っておくべきだと思うよ………等と、瓜二つの外見でマルチーズのぬいぐるみを抱き締めながらアレルヤは眉根を寄せる。
 白い袋に手を突っ込んだ体勢で動きを止めた人物は、幾度かの瞬きの後で苦笑を浮かべた。
「そーゆーと思ったよ」
『ソウテイナイ! ソウテイナイ!』
 だから、と手渡されたのはぬいぐるみ―――ではなく、一風変わった造りをした短剣だった。
 白と黒が基調の地味な装いなのに妙に格調高くもある。僅かに存在している柄の部分に埋め込まれた琥珀色の輝石はイミテーションだろうか。
 ロクでもないもんならソッコー突き返すぞと態度も露に睨みつけていたハレルヤが、俄然興味を惹かれたように手を伸ばす。短剣の重さを確認し、造りをまじまじと見詰め、感心したように軽く口笛吹いて。
「………ホンモノか!」
「まあ、な」
 限られた資金の中で条件に合う剣を捜すのは難しかったろうに、ニールはなんでもないことのように笑う。彼にとっては相手が喜んでくれることが第一で、そのために為した自らの苦労なんてのは勘定に入っていないのかもしれない。
 一気に上機嫌になったハレルヤが喜び勇んで柄に手をかけ、
「よっしゃあ! 早速これを使ってあのムカつく教官どもを闇討ち………!?」
 ―――抜き放とうとして、腕が止まった。
 剣を抜こうとした瞬間に廊下に響き渡ったのは「カシンッ!」という何かが引っ掛かるような音で、途端に眉を顰めたハレルヤが腕に力を篭める度に、その音は繰り返し繰り返し響いた。
 ギリッと少年が歯噛みする。
「ンだよ、これっ! ロックされてんじゃねーか!!」
「当たり前だろ。ホンモノの剣をなんの制限もなしに手渡したらオレが始末書もんだ」
『ニール、シンセイシタ! ニール、シンセイシタ!』
「黙っとけ」
 青年は軽く相棒の頭頂部を叩いた。
 なんとなく、ではあるが。
 いまの会話からして、この青年は結構無茶をしてるんじゃないかと察せられた。
 だって、そうだろう? 幾ら軍隊とは言え単なる一兵卒が基地内で許可もなしに銃刀類を所持していいはずがない。自分たち超兵なら生身だって充分な凶器となしえたが、それとこれとは別問題だ。
「柄の部分の模様な。そこで解除パスワードを入れる仕組みになってる」
 ちらりと隣から覗き込んでみれば、なるほど、一見して装飾としか思われないほど繊細なタッチで升目のような模様が描かれていた。短剣は短剣で購入して後からロック機能を取り付けたらしい。網膜認証か指紋認証にしたかったんだが生憎と予算がね、とニールは情けない笑みを浮かべる。
「とりあえず初期パスワードはオレが設定しといた。使うのは身を護るためだけにしとけ」
「………信用ねえな」
「言っとくが、お前がそれで何かしたら申請書だしたオレとセルゲイさんの首が飛ぶからな。オレはともかく、あのひとの信頼を裏切ったりはしないだろ? ―――ハレルヤ」
 等と暢気に呟く彼は、相手を脅しにかかっているのか本当に信頼しているのか事の重大さを理解していないのか、なんとも判別がつけ難い。
「幾ら用心深くしてても『あいつはホンモノの剣を持ってる』なんて噂はいつの間にか流れちまうもんだ。盗まれたり奪われたりする可能性を考慮してパスワードは常に設定しとけ。一先ず、初期パスワードのリセットは―――」
「しなくていい」
「は?」
 言葉を遮られた青年が不思議そうに首を傾げる。
「けど、お前のパスワードを―――」
「あんたが入れたパスワードがあるんだろ? だったらそれでいい。聞くつもりもないしな」
「それじゃあ、」
 護身用として贈った意味がないだろーが! とプレゼントの主が呆れた声を上げた。
 確かに、このままだとこの短剣は部屋を飾る装飾品ぐらいにしかなれない。戦いに用いられないのが一番ではある、が、仲間の護衛だとか研究所の残党との対峙に役立てろとか、そういった『本来』の目的を考えた場合にはそれでは全くの無意味なのだ。
 ハレルヤは金の瞳を細めて不敵に笑う。
「当ててやるよ」
「へ?」
「あんたが入力したパスワード、オレが解いてやんよ。そしたら、これは名実共にオレのもんだ」
「範囲が広すぎるだろ」
「あんたに関連することに違いはないんだろ」
 相手が引く気はないのを感じ取ったのか、彼は一度だけ深いため息をついて。
「あー………じゃあ、その―――せめてものヒントな」
 真っ直ぐに右手の人差し指を伸ばして高々と天を示した。
 雲を、空を、そこに座す敵をも貫いて。
 いつの頃からかソレスタルビーイングで行われるようになった、それを。
「パスワードは―――『これ』だ」
「………了解」
 にんまりとハレルヤが笑みを返した。
 きっと弟は明日からこの剣に掛かりきりになるに違いない。自室どころか訓練先にも持ち歩いて無駄に衆目を集めることがいまから予想できて、アレルヤは何処となく羨ましいような、喜ばしいような、切ないような複雑な笑みを零した。
 手元のぬいぐるみを今一度、強く抱き締めて。
 ふ、と気付いた。
 紫の髪をした少年が先刻から沈黙を貫いていることに。
 そういえば彼もまた入隊一年目だったはず。テロメアだか『Gene-1』だかの影響で成長しないとの噂を聞いた気もするけれど、少なくとも態度や言葉遣いを見る限りは同年代だし、で、あるならば目の前の青年からプレゼントを貰える『資格』を有しているに違いない。
 なのにどうして他へ送り届けるためと思しき荷物しか携えていないのか。あるいは既に貰ったのか。だったら、何をプレゼントされたのか訊いてみたい。
 アレルヤは感じたままを素直に言葉にした。
「ところで、ティエリアは何を貰ったの?」

 ビシィッ!!

 ………空気が凍った。

 傍らの弟が「あほか」と小声で罵りソーマが仏頂面でこちらを見つめハロが辺りを飛び回る。
 あの、なんか、ひょっとして。
 物凄い失言だったりしたのだろう、か………?
 背中を冷や汗が伝う。俯いていたはずのティエリアがくつくつと笑いながら肩を揺らすのが見えた。
「ふっ―――そうか。アレルヤ・ハプティズム。君はそんなにも他人の事情が気になるのか。別に誰がプレゼントを貰おうと貰うまいと君自身にはひとっっっつも関係ないだろうに実に気楽なものだ。賞賛に値するよ」
「あ………」
 ってことは、と思ってアレルヤは。

「じゃあ、ティエリアは何も貰ってないんだ」

 ―――ますます泥沼確定な言葉を吐いた。

 無言のまま顔を上げたティエリアは、にっこりと。
 それはもう、誰もが惚れ惚れするほどにっこりと。
 思わず釣られて笑いそうになるぐらい華やかなんだけれども同時に背筋が冷えるから結局は引きつった笑みを浮かべるしかないような蛇を前にした蛙にならざるを得ないような実に実にステキな笑みを浮かべた。
 壁や天井がピシピシいってるように感じられるのは、あれか。一種のラップ現象か。
 背景に「ゴゴゴゴゴ」とか「オオオオオ」とかそこいらのスプラッタ映画に出てきそうな効果音が流れてる気がするっつーかいやまじで気のせいじゃないよねコレ?
「―――アレルヤ・ハプティズム。君の発言の数々にはまったく、本当に、心の底から感心するよ。実に素晴らしい! どうだ。これから少し互いを理解するために語り合いたいとは思わないか」
 これは確実に言い換えれば「てめぇちょっと放課後に校舎裏まで来いや」の番長モード。
 すいません、全力で遠慮します。
 青褪めた顔でぶんぶんとアレルヤが首を振っていると場違いなまでに能天気な声が響いた。
「あーあ、アレルヤ。お前なに言ってんだよ」
 蛙と蛇の如く睨み合っているふたりのことなど何処吹く風で、ニールはぼやきながら前髪をかきあげる。外れかかった帽子を律儀にも被り直してふるふると首を横に振った。
「これじゃあ、いっちばん最後に渡して驚かそうと思ってたオレの計画が台無しじゃねーか」
『ダイナシ! ダイナシ!』
「………!」
 ぴくり、とティエリアの肩が震えて。
 周囲のおどろおどろしいラップ音が鳴り止むと共に、彼はギギギギギとゼンマイ仕掛けの人形のような動きで背後を振り返った。眼鏡越しに荷物を抱え込んだ青年と目を合わせる。
「わ―――私にも、………?」
「勿論」
 お前だって新兵のひとりだし、何よりもオレの身内じゃないかと、青年は不思議そうに首を傾げる。
 固まったままの年下の同僚の頭に手を置いてから、苦笑まじりに赤い三角帽子の先端を叩いた。
「予算がオレのフトコロだけだから豪華なもんは用意できなかったけどな。でもまあ、話題にのぼったことだし此処で渡し―――」
「待ってください!」
 袋に手を突っ込んだ彼の行動をティエリアがすかさず止める。
 ドウシテ? ドウシテ? とハロがぴょんぴょん跳ねるのも意に介さずに、少年は左手で軽く眼鏡の蔓を押し上げた。
「我々の一番の目的を忘れていませんか、ニール・ディランディ。我々は朝が来るまでに、この基地に居るすべての新兵にプレゼントを渡さねばならないのです。彼ら以外は大部屋へ十束ひと絡げの投売りだとしてもかなりの時間を要するでしょう」
「投売りって、お前ね」
 贈り物に対してその呼び方はどうよ、と眉を顰めた青年の腕を少年が引っ掴む。
「そうとなれば長居は無用です。さあ、とっととばら撒きに行きましょう」
「え、いや、だってお前の―――」
「後回しでいいと言っているのです。こんな任務はとっとと片付けてしまうに限ります、今すぐ行きましょう休まず行きましょうとにかく行きましょう根性いれて行きましょう!」
 もはや彼は青年ごと肩に担いで走り出さんばかりの勢いである。ふたりが抱えたでかい袋の隙間からはクッキーの詰め合わせらしき小さな袋が幾つか覗いていて、あれを部屋ごとに配って行くことが他の面々へのプレゼントだとするのなら、比較するようなものではないとしても確かに自分たちやティエリアは特別な待遇を受けていると思えるから。
 なぁんだ、とアレルヤは笑った。
「ティエリアってもしかして照れ―――」
「黙れ」
 問答無用で足を踏まれてセリフは途中で宙へと掻き消えた。
「ハ、ハレルヤ………っ!!」
「これ以上みょーな殺気を向けられてたまるか」
 悪態をつく弟の視線は真っ直ぐ短剣に向けられていた。
 ハロが不規則に跳ねながら廊下を転がっていく隣で、ずるずるとティエリアに引き摺られながらニールはかろうじて手を上げると。
「そうだ、お前ら! 来週には新年会やるからな!」
 現在時刻も鑑みずに声を張り上げた。
「新年会?」
「プレゼンルームに集まって、酒飲んで、飯くって、バカ騒ぎするっつーお祭りだ! 任務が入ってないなら絶対に来いよ!」
 新人であるお前らに急な任務がくだされるはずもないけどよ、と確信犯の笑みを零しつつ。
 年明け早々騒ぐなんて不謹慎だとか、『ヴェーダ』が攻撃しかけてきたらどうすんだとか、戦闘中の仲間を放って無駄に楽しんでばかりで恥ずかしいと思わないのかとか、苦言なら幾つも耳にした。
 それでも今日よりは明日、明日よりは明後日と、この先に楽しい出来事が待っているのだと思いながら日々を過ごした方がいいに決まってる。だからたとえ誰に笑われたって呆れられたって相手にされなくたって、いつだって、祝えることは祝える内に祝っておきたいのだ。

 ―――どうしてもっと素直に楽しんでおかなかったんだろう、なんて。
 くだらない理由で悔やむことなどないように。

「指折り数えて待ってろよ!」
 朗らかに笑われて返す言葉も見つからない内に、ふたり、もとい三人の影は廊下の暗がりに消えてしまった。
 一体なんだったのか。伝えることだけ伝えてあっという間に帰ってしまった。
 手元に残されたぬいぐるみをジッと見詰める。
「指折り数えて―――か」
 壁の時計がカチカチと時を刻む音。
 数えた先に待っていたのは変わり映えのない日常。
 検査と、実験と、偶の休息とが繰り返されるだけで、つらいことをつらいとも思わずに嬉しいことも楽しいことも知らずにいた。
 時が流れた先に。
 楽しいことが待っているだなんて期待したことすらなかった。

 でも。
 いまは。

「―――楽しみですね」
「え………?」
 顔を上げた先。
 ソーマがこちらを見て珍しくも淡い笑みを浮かべていた。ドギマギしながらも、緊張した身体からゆっくりと力を抜いて、先刻覚えたばかりの感情を掘り起こしてみた。
 そうだ、紛れもなく自分は。
 自分だけじゃない。きっとハレルヤだって、ソーマだって。

「うん。そうだね。………楽しみ、だね」

 訳もなく、理由もなく、前触れも無く。
 この『先』の時間に『期待』したのだから。

 おやすみなさいと声を掛け合いながら互いに自室の扉を潜る。
 ハレルヤの意識はすっかり貰い受けたばかりの剣に移動しているようで、小気味いい返事など望むべくもなかったけれど、白いマルチーズを枕元に置いて、隣のベッドに腰掛けたハレルヤが目を輝かせているのを確認して、扉の向こうでソーマとマリーが喜んでいる様を想像して、壁の時計を見上げて。
 アレルヤは、笑う。
 壁の時計がカチカチと時を刻む音。
 どれだけ数えたところで果てのない音色。
 時が刻まれた先に存在する『約束』。たとえそれが叶ったって叶わなくなって、いまこの瞬間ばかりは想いのままに。

 


COUNT DOWN


 


―――すべてのヒトに大声で祝福を贈ろう!

 

※WEB拍手再録


 

気分的にはクリスマスエピソード。

たぶん兄貴がティエさんにプレゼントしたのはピンクカーデです。 ← ちょっと待て。

二期7話派生SSのフォローになってる気がしないでもないんだけども心なしかハレルヤ贔屓??

解除PWネタはそのうちやるよーなやらないよーなやっても外伝扱いだろうし

それ以前に書いてる時間が(ry

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理