※二期最終話を見ての補完小説です。

※同ネタ多数と思われますが適当に読み流していただけると幸いです。

 

 

 

 珍しくも空は晴れている。
 以前に来た時は曇っていたことを思い出し、何処か感慨深いものを感じながらライルは空を見上げた。サングラス越しの空は薄暗く濁っていたから天気の違いなんて本当はほとんど感じられなかったのだけれど。
 アロウズとの戦いが終わり新しい連邦政権が樹立された。オーライザーのパイロットは恋人を護るために船を降り、アリオスのパイロットは来し方を見据えるために巡礼の旅に出た。彼らがこの先の人生で何を見つけるかは分からないけれど、再び道が交わることがあるのなら、それが不幸な再会ではないことを切に願う。
 がさり、と草を踏みしめる音にゆっくりと背後を振り返った。
 その人物の登場を半ば予想していたようでもあり、予想していなかったようでもあり、結局は何を答えるでもなく無言のまま第二の参列者を見守る。
 彼と自分の関係は、実のところ、よく分からない。
 ライルは墓前に花を供える刹那の動きを視線で追った。
 白い、百合の花。
 いつだったか、知らぬ間に墓前に手向けられていたのと同じ花。
 半歩脇へずれて場所を譲ること少し。相変わらず抑揚のない声で彼は呟いた。
「すまない」
「………何が」
 真っ直ぐに墓石を見詰めたままの黒髪の青年―――もはや「少年」とは呼べない―――の、言葉に淡々と答える。
「花が、足りなかった」
「―――ああ」
 そのことか、と苦い笑みを零す。
 家族の墓の隣に立てた、誰よりも愛しいモノの墓。
 こんなのは感傷に過ぎない。肉体も精神も死んでしまえば綺麗さっぱり消え失せる。これはただ、生き残った人間がケジメをつけるための、気持ちを整理して拠り所とするための単なる意思表示。
 そして。
「アニューの墓を作ったことを知らせてなかったのはオレだからな。別に、いいさ。あいつはそんなことぐらいで怒る女じゃない」
「………そうだな」
 きっと彼は、墓石の一番下に刻み込まれた兄の名前にも気付いている。

 ニール・ディランディ。

 遠いむかしに離れたまま、再会することもなかった唯一の家族の名前を。
 数年前まで共に行動していた、二度と帰ることのない戦友の名前を。
 結局、自分は兄の望むような「平穏な生活」を選ぶことはできなかった。自慢の弟になりたかったはずなのに、一方的な言論統制を敷く体制に反発し、反政府組織に所属してモビルスーツまで乗ってこの手を血で汚して。
 だが、これが自分の選んだ道なのだと今は堂々と胸を張って宣言できるから。
 お前はどうして此処に来たんだと問いかけそうになって、いや、答えは決まっているよなと考え直した。宇宙に上がってしまえばそう簡単には地上に戻れない。ましてやソレスタルビーイングはお尋ね者の集団だ。先の戦闘は殆どお咎めなしとなっているが、だからといって勝手な振る舞いが許されるはずもなく、民衆に受け入れられた訳でもない。
 トレミーに戻れば自分たちは勝手な正義を振りかざすテロリストとして、共に戦う同士として、志を同じくする仲間として―――。
 ………ああ。
 そうか。
 ならばもう、『訊ける』のは本当に今しかないんだと微かに笑った。サングラスを外して、空からの青い光を感じながら手を閃かせた。

「―――刹那」

 振り向いた、青年の額に。
 銃口。

 隠すでもなく取り出した銃を突きつける己と動揺すら見せずに黙って受け入れる相手。
 どっちも大概だよなあと、引き金に指をかけて。
「………逃げないのか」
「恨んでくれて構わないと言ったのはオレだ」
「額を撃ち抜かれたら誰だって死ぬんだぜ?」
「それで、お前の気が済むのなら」
 真っ直ぐに見詰め返す赤い瞳は揺るぎもしない。
 おそらく彼は、トレミーで自分が背後から撃とうとした時でさえ、避けるでも逃げるでも歯向かうでもなく黙って受け止めるつもりでいたのだろう。
 最初から最後までひとりで自己完結している。
 馬鹿みたいに。
 その姿に、もはや幼い頃の記憶しかないはずの誰かを思い出して、ライルはやっぱり笑った。

「………ばぁーか。撃たねえよ」

 掌から力を抜いて腕を下ろす。
「お前を撃ったら、兄さんに怒られる」
「だが―――」
「けどな、刹那。今度こそ、これだけは教えてくれ」
 銃は懐に戻したけれども視線を逸らすつもりはない。
 あの時は―――彼を殺してしまおうかとすら思った時は、正面きって尋ねる勇気も覚悟も持ち合わせていなかった。背後から無防備な人間を狙うなんて卑怯な真似をしても構わないと自棄になるほどに苦しかった。
 自分勝手で理不尽で利己的な怒りを抱えて、胸中に根付く後ろめたさと不甲斐ない己への怒りにはフタをして、目の前に示されたわかりやすい「憎しみ」の対象を消しさえすればいいんだと強く思いこみたくなるほどに、ただ、何かを恐れていた。
 その『何か』の正体については未だに明確に捉えたくない気がしている。
 呟きが零れた。

「何故―――殺した」

 胸が、痛い。
 喉の奥から搾り出した声は自然と低くなる。視線だって、かなりきつくなっているに違いない。
 わかっている。
 わかっている。
 刹那がアニューを殺した理由ぐらい、本当は、自分にだって。
 そうと知りながらも自分自身に感じた不甲斐なさも交えて、彼に振るう拳を最後まで緩めることができなかったのは―――。
 あの時も、今も、相変わらず刹那は何も答えようとしない。
 だから、悔しいのだ。
 戻らないことを薄々勘付いていたのに、それさえ指摘さえすることなく受け流そうとしたから―――殴るぐらいしか、思い浮かばなかったのだ。
「あいつが操られてたことぐらいオレだってわかってる。けどな、直前まであいつはあいつのままだったんだ。それだけは、絶対に、確かな事実だったんだ………!」
 彼女の浮かべた表情を、言葉を、伸ばされかけた腕を思い出す。
 たとえ、一瞬後には人間を見下した台詞を吐き、侮蔑に満ちた視線を送り、容赦なく攻撃を仕掛けてきたという逃れようのない『現実』があったとしても、それだけは。
「―――彼女は」
 刹那は何故か、自分が言葉を零したことに驚いたような表情を一瞬だけ浮かべた。
 それでも、僅かな沈黙ののちには落ち着いた顔つきで言葉を続ける。
「アニュー・リターナーの意志は………リボンズ・アルマークの意志に完全に乗っ取られていた。リボンズの意志をダブルオーのGN粒子で遮断すれば彼女の精神が戻ることは『わかって』いた。だが、」
「GN粒子を永遠に発生させることはできない。トランザムの限界時間が訪れれば遮蔽境界はなくなり、再びあいつの意識は支配される………、ってか」
「―――そうだ」
「そして、意識を乗っ取られたあいつにオレは成す術もなく殺される、と」
「そうだ」
 お前は、彼女を殺せない。
 迷いもなく断言してくれたもんだなと、本気で忌々しい想いを篭めて頬を歪める。
 もう二度と戻らないから、超越者の意志から解放することはできないから、救うことはできないからと切り捨てたのか。「アニュー」に「ライル」を殺させたくはないという想いもあったのか。
 いっそ、ライル本人が彼女に殺されても構わないと思っていたとしても。
 ふ、と。
 普段は表情を崩さない青年が、少しだけ淋しそうな色を瞳に滲ませた。
「だから―――………恨まれても、構わないと思った。お前を死なせる訳にはいかないと思ったのは誰のためでもない。単なる、オレの『エゴ』だ」
 我を通したのだから、その結果として殴られるのも、恨まれるのも、殺されるのも構わないと覚悟していたのか。
 ああ、まったく。
 とんでもなく頭のネジが吹っ飛んだ思考回路だ。育った環境が特殊なのか何なのか知らないが、ひとりで突っ走って、他を信頼はしていても最後はひとりで進んでしまう。こんな奴の相手をするのは本当に大変に違いない。
(だろう―――? 兄さん)
 堪えきれずに。
 くすくすと笑いだしたライルに、今度こそ本当に驚いたように刹那が眼を見開いた。流石に笑われるとは思ってなかったのかもしれない。
「―――お前、さ」
 そういうことはもっと早く言えよ、と、非難する。
 言い訳しないのは潔いことだ。
 黙って受け入れるのは偉いことだ。
 だが、それだって本人の勝手に過ぎなくて、恨んでくれても構わないだの殺されても構わないだの、そんな完成された覚悟を示されてはこちらが一方的に空回りするばかりではないか。噛み合わない歯車ほど虚しいものはないのに。
 笑いを収めて正面から相手に向き合う。
「刹那。………正直、答えを聞いた今でさえも、オレは、アニューの件に関してお前を許すことはできそうにもねえ。大人気ないと言われようと、逆恨みに過ぎないと罵られようと、お前の主張を理解できたところで納得はできねえんだから、それはもう、お前とタメを張るぐらいに単純なオレの『エゴ』だ」
「ああ」
「けどな。だからってそれは言い訳を聞きたくないとか、アニューが殺された理由を知りたくないとか、お前の考えを欠片も理解したくないってことと同義じゃない。何ひとつ話さないまま勝手にひとりで達観してンなら、それこそオレにとっては『ふざけんな!』っつーことだ」
「………ああ」
 意味のある『死』だと思わせて欲しかった。
 かつて自分と兄が経験したような、無差別テロという「誰でもよかった」なんて理由で与えられる『死』ではなく、せめて―――「彼女だからこそ」与えられた理由のもとに。
 噛み合わない歯車を放置して、勝手に見捨てて、勝手に孤高の道に進まれるのはひどく腹が立つ。
 思い返せばあの双子の兄だって、妙に分かったふりしてたくせに、最後の最後はいつだって自分勝手で独りよがりだった。
 幼少の頃に兄のもとから逃げ出したのは自分だが―――どれほどに我侭を言っても無理難題を押し付けても理不尽な要求をしても最後には笑って受け入れてしまう兄の姿に、本当は、いつだって絶望に近い愛情を覚えていた。
 お前だけはしあわせになってくれ、なんて勝手なことを願われるぐらいなら。
 本当は、ずっと。
 不幸でもいいからふたりでいようと願ってほしかった。
 いつも、いつも、肝心なところで兄はこちらの手を離し、勝手な願いと想いだけを告げて去って行く。今となっては兄を怒ることも殴ることも詰ることも引き止めることもできないから、痛いほどに兄の不在を実感させられた今だからこそ、かつての自らの行動を憂えている。
 伝えたかったのは、いつだって本当に、小さなことだけだった。

「だから―――刹那」

 置いて行かずに、こっちを『見て欲しい』、と。
 ただ、ひたすらに。
 それだけを。

「………ほんの少しでいい。お前の考えとか。感じたこととか。つらいこととか。話してくれよ。相手を慮ってるって言えば聴こえはいいが、実際そうされると―――相手としちゃ結構、堪えるんだぜ?」
 握り締めた拳で相手の胸元を押しながら、力なく笑う。
 刹那は不思議そうに瞬きを繰り返して。
 次いで、視線を左手の墓へと戻した。視界に映るのは―――自分と同じ顔をした、もう此処にはいない人物の本当の名前。
 刹那自身が覚えてなくたって、自分と兄が随分むかしに別れてしまっていたって、兄が彼に何を告げたのかは想像に難くない。
 ただいまとかおかえりとかきちんと飯は食べろとか髪を切ってやろうかとか、こんな会話に意味があるのかと、無駄なお節介に過ぎないじゃないかと、本当に構い倒したい相手は他にいるくせに身代わりにするんじゃないと切り捨てたくなるぐらいうざったい問い掛けの数々を。
 返る答えを期待せずに自らの想いを語り続け、ようやく返ってきた答えを知らないままに逝ってしまったのは兄の『エゴ』だ。
 それでも―――「何も話さなくていい」だなんて。
 思う訳がないのだ。
「………そうだな」
 ぽつり、と刹那は呟いて。

「そうだな」

 こちらを振り向いた後に、何処かバツの悪そうな表情と共に笑った。


 ―――どんな不平も不満も怒りも嫉妬も絶望も、親愛も友情も理解も理想も願いすらも。


 


Please,talk about you


 


きかせてくれなければはじまらない。

 

※WEB拍手再録


 

いちおー作品テーマが「対話」のよーなのでなんとなくそれっぽいのを装ってみたり。

何時でも何処でも兄貴が出てくるのは当方の仕様です(待て)

本編がやり直し利かないのはしょうがないから、せめてきちんと仲直りしてほしかったんだ………。orz

「そもそもこれって仲直りできてんの?」とゆー突っ込みは置いときます。

 

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