※以前に書いたパラレルファンタジー話の続編です。

※古今東西のファンタジー設定を拝借しまくりですが、「どうせパラレルだもんね」と

軽く読み流していただければ幸いです………。

 

 

 

 急に、前触れもなしに目が覚めた。こういうことは時々ある。危機を察知したとか喉が渇いたとかでもなく、ただ、理由もなく不意に瞼が開いてしまうということが。
 以前は目を開けても待ち受けているのは荒涼とした大地だったり鬱蒼とした森の中だったり、まともな場合でも薄ら寒い宿の天井のみだったが、最近はそうではないと経験で知っているためか目覚めた瞬間に虚しさに襲われることはなくなっている。
 今日だって、そうだ。確かに空はまだ暗いし周囲は草木で覆われている。けれども少し離れた場所では焚き火があたたかな光をもたらし、慣れ親しんだ仲間たちが各々毛布に包まって眠りに就いている。寂しくなる必要なんて何処にもないのだ。
 ゆっくりと上体を起こせば不寝番が俯き加減の面を上げてゆったりと微笑んだ。
「よ。どうした? まだ交代の時間には早いぜ」
「なんとなく目が覚めてしまいまして。………お邪魔してもいいですか?」
「眠ってりゃいいのに。お前も生真面目だなあ、アレルヤ」
 他の皆を起こさないようにと静かに返されたニールの声は優しさに満ちている。
 焚き火を挟んで反対側に座ろうとすると「こっち来いよ」と彼の座る丸太の左脇を叩かれた。そこは、常ならば年少のふたりが占めている場所である。旅を続けている内に不思議と―――身長差から来る歩幅も影響しているのだろうが―――立ち位置は決まってくるもので、大抵は先頭を刹那が務め、すぐ後ろにニールが続き、隣をティエリアが確保する。刹那がティエリアと同様にニールの横に並ぶこともあったが、両側が塞がってたんじゃ咄嗟に銃を使えないじゃないかと青年が溜息をついていた。そのやや後方を自分が歩き、最近では彼の弟も同程度の位置に落ち着いた。尤も、ライルの場合は兄へ感じる僅かな遠慮とか引け目とか蟠りが自然と影響しているようだけど。
 だから、柄にもなく考えてしまった。隣にいっていいのかなあ、と。勿論、行軍の途中で諸事情から自分が先頭に立ったり、ニールと並んで歩くこととてあるのだが。
 でも、現時点で刹那もティエリアもライルも毛布に包まって寝息を立てている。先日、出会ったふたり組が軍人だったと分かって以来、足取りを辿られてはなるまいと夜に日を接いで歩を進めてきた。未だ雪原を抜けて間もないこの地帯は雪も疎らに残っており、楽な道のりではなかった。寝る前に野獣を寄せ付けないよう皆でしっかりと結界を張っておいたとの安堵感もあるし、疲労も募っていたのだろう。誰も起きる気配はなかった。内面に潜む双子もいまは動く気配がない。
(なら………いいよね)
 内心で悩んでいた割りには然程悩んだ素振りも見せず、「じゃあ」と一言いいおいてアレルヤはニールの隣に腰掛けた。自然と相手の頬が綻ぶ。本当に、誰かとの他愛無い接触を好むひとだなあと思う。
「いい時間帯に起きてきたな。もうすぐ夜明けだぜ」
「夜明けが好きなんですか?」
「ああ。晴れた日の朝焼けは特に綺麗だろ」
 いつまでも見ていたくなるんだと返しながら焚き火の傍に置いてあった小型の鍋を傾けて新しいマグカップに何かを注ぐ。
「飲めよ。あったまるぞ」
「―――お酒? 珍しいですね」
「寒いから偶にはな。あ、他の連中には内緒だぞ?」
 口元に人差し指を当ててにんまりと共犯者の笑みを浮かべる。年少者の前では自制を心がけているらしい彼は、何処かに泊まっている時も、野宿の折も、滅多にアルコールの類を取らない。いざという時に指先の感覚が鈍っていては困るとの主張だ。酔いで標的が定まらない苛立たしさよりは寒さで指がかじかんで腫れ上がることを選ぶという。
「宗旨替えしたの?」
 一緒に旅を始めた頃の言動を思い出して問い掛ければ、流石に何のことかと首を傾げられる。掻い摘んでこちらの言い分を伝えれば「確かにそんなこと言ってたな」と笑われた。今夜は特によく笑っている気がするのは、ほろ酔い気分だからか。口にしたアルコールは微妙に甘い。
「ひとり旅の頃はこんな真似しなかったんだけどな。まあ、オレも、お前らと旅する内に楽天家になったんだよ。他力本願と言い換えてもいい」
「そんなことないと思いますけど」
「そんなことあるだろーよ。もしいま敵襲があったらオレは叫んで全員を叩き起こす気満々だぞ?」
 やはり笑いながら彼は自分のカップに口をつけて、毛布をぐるぐると身体に巻きつけたままこちらを見遣る。もこもこと厚着している彼と違ってアレルヤは上着を一枚しか着込んでいない。このまま黙っていると服装に関してとやかく言われそうな気がしたので、さり気なさを装って問いを発した。
「………あなたは、どうしてハンターになろうなんて思ったんです?」
「なんだよ、急に」
「訊いたことがなかったなあと思ったので」
「別に―――大した理由なんてないさ。村を出たらひとりで稼いでかなきゃならない。幸い射撃の腕前はそこそこあったからな。かと言って軍に入るのは真っ平御免だったし、そうなると残された道なんて幾つもない」
 頷きを返しながらも、彼ならば大抵のことは上手くこなせたろうになあ、なんてことを考える。彼の銃の腕前は特筆に価するが、同時に、彼は他者を傷つけることを嫌っている。モンスターばかりか悪質な精霊まで相手取るような不穏な生業ではなく、ひとつの町に腰を落ち着けて店を営むこととて温和な彼ならばできたろうに。
 なのに、そうしなかったのは。
「成し遂げたいことでもあったんですか」
「え?」
「ハンターなんて、いつ、どこで命を失ってもおかしくないじゃないですか。幾ら縁遠くなってたとしてもあなたに何かあればライルは泣いたでしょうし、なのに、彼を泣かせてでも遣りたいことがあったのかなって」
 違いますかと首を傾ければ相手はきょとんとした表情を浮かべた。
 かなり見当違いの発言をしてしまったのかもしれないが、純粋に疑問に感じていたことでもある。旅を始めた当初、ニールには身内がいないからこそ気侭なひとり旅を続けているのだろうと思い込んでいた。けれども実際は家族―――彼自身はライルに嫌われていると思い込んでいるようだが、ハレルヤに言わせると単なる天邪鬼らしい―――が居て、家もあるのに、必要に迫られなければ帰る気など全くなかったようなので不思議で仕方がなかったのだ。
 翡翠色の目に闇を落とし込んだ青年は困ったように頬をかくと、お前さんは時々妙なところで鋭いよな、とぼやいた。どういう意味だろう。
「成し遂げたいことか。んな大したモンじゃないが、ただ、オレは―――………」
 俯けた瞳に炎が映り込み、揺らぐ。夜の闇は緑を普段以上に暗く見せ、その中に踊る真紅は不吉を孕んでいるようにも思われた。
 彼の瞳は隣で見ている分には綺麗なだけだったが、見る者が見れば強大な『力』を携えていることがわかる。望まずして宿した『ヴェーダ』の影響ではあったけれど、それとは関わらず、彼は以前から強い眼差しをしていたに違いないと根拠もなく確信している。
 ぽつり、呟く。
「………争いがなくなればいいと思ったんだ」
「この、戦乱の世で?」
「だからさ」
 苦笑と共に瞳の中の揺らぎを消して。
 それを勿体無く感じた。いつも、いつも、彼は胸に何かを秘めていて決して明かそうとはしない。つまるところ、優しげな外見と口調に似合わず物凄く頑固で我侭で強情なのだ、彼は。そのくせして誰彼構わず手を伸ばして守ろうとするのだから参ってしまう。ハレルヤなんて片割れ以外が聞いていないのをいいことに常に罵倒している。あの馬鹿は、あの阿呆は、あの偽善者は、あの外道はと、嘲る言葉は苦いだけのはずなのに何処か甘い。理由を問うたならば半身が激怒することは想像に難くなかったから決して口にはしないものの。
「そういや、お前らは? どうして旅してるんだ?」
「ヒトを探してまして」
 告げたことがなかったろうかと意外の念に囚われながら口を開くと驚きの声が返った。
「本当か? なんだよ、よくオレのこと水臭いとか言う割りにお前らも相当だな」
「すいません」
「謝られるようなことでもないけどな。………まあ、手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれ。助力は惜しまねえからよ」
 ゆっくりと微笑みながらカップに口をつける姿はいつもどおりなのだが、少しだけ違和感を覚えた。
 旅の仲間に自らの目的を告げていなかったのは水臭いことかもしれない。だが、この身体が精霊でありながら『科学』技術の一部を埋め込まれている事実だとか、探している相手もまた同様の出自であることを思えば、簡単に頼ることはできなかった。同時、ニールが探し人の特徴も何も尋ねてこなかったことも少々意外であった。良い言い方をすれば親切、悪い言い方をすればお節介な彼だ、仲間が人探しをしていると知ればすぐにでも根掘り葉掘り訊いてくると思っていたのに。
 だからだろうか。逆に、進んで口を開く気になったのは。
「―――探してるのは幼馴染なんですよ。旅の途中で逸れてしまって。生きているのか死んでいるのかすら定かではないんですが、彼女ならば大丈夫だろうと信じているんです」
 目を閉じれば瞼の裏にいつでも思い描ける、白く長い髪を揺らす懐かしい面影。
 施設から逃げ出してもう何年経ったろう。生きていれば彼女も、もう十代後半だ。きっと美しく成長しているに違いない。
 顎の下に手を当ててニールが遠い眼差しをする。
「お前、オレたちと一緒に旅してていいのか? 敵襲もしょっちゅうだし、情報収集すらできてないんじゃないのか? 正直、お前さん方はこっちのドタバタに巻き込まれている感が否めないからなあ」
「突き放したこと言わないでくださいよ、ニール。それに、僕の存在は疾うに襲撃者たちに知られています。今更、別行動を取ったところで襲撃される事実に変わりはないでしょうね」
「あー………しくじったな。きちんとお前さん方の事情を聞いてから行動を共にすればよかったよ」
 軽く溜息を吐いた彼は、アザディスタンを目指す旅がアレルヤの目的の妨げになっているのではと案じているらしい。気にすることないのに、と、思う。敵に狙われながらの旅路は楽なものではないが、この身体に眠る秘密が洩れたならば、むしろ皆に迷惑をかけるのは自分たちの方なのに。
「あの、あまり気にしないでください。こう見えてもきちんと情報収集はしてますし、それに、まだまだあなた達に打ち明けていない色んな事情もありますから」
「堂々と言うなよな!」
「すいません」
「だから謝る必要は―――………まあ、いい。取り合えずな。皆それぞれ事情があることぐらい、オレだって分かってんだ」
 今度はあからさまな深い溜息を吐いて青年は頭を抱え込む。
 塞ぎこんだ様子に、ふと、問い詰めてこないのは彼自身が問い詰められたくないからかもしれないと気付いた。この場に刹那かティエリアが居たならば疑問に感じたことをズバズバと尋ねていたに違いない、が、生憎とアレルヤ自身に後ろめたい部分があるだけに積極的に問うことはできなかった。向こうもそれと察しての対応に相違あるまい。ずるいのはお互い様だ。
「ニール」
「ん?」
 面を上げた青年の瞳にゆらり、炎が映える。
 明るさを増してきた世界の中で深緑から翡翠へと変じ始める様が、やはり、綺麗だ。彼はよく自分たちの金目と銀目を褒めてくれるけれど、刹那の赤茶けた瞳やティエリアの紫の瞳、ライルの青みがかった瞳も勿論綺麗だと思うけれど、それ以上に、柔らかな光を纏う彼の瞳が好きなのだ。ハレルヤだってこれだけは文句もつけない。
「確かに僕は色々と水臭いし、空気も読めてないのかもしれませんけれど………やっぱり、あなたのことが大好きですよ」
 ―――だから一緒に居させてください。
 と、笑いかければ、目を瞠られた。
 幾度かの瞬きののちにじんわりと喜びを宿した瞳が優しく細められる。恋情とも友愛とも呼べない只管な親愛の念は彼が自覚なしに求めてやまないものだ。おそらくは未だ彼の中に無自覚に眠る、唯一の家族に厭われているであろうとの愚かなる思い込み故に。
「オレもだよ。―――アレルヤ」
 空が深い藍色から群青へ、水色へ、白へと移り変わる。
 日の光に照らされて暗かっただけの世界が色を取り戻す。空は青く、木々は緑に、炎は真紅に、大地は茶色に、雪は白に。
 青年の澄み切った翡翠へ太陽が光を灯す様を、その瞳に映りこんだ世界を見て、ああ、確かに晴れた日の朝焼けは格別のものであると闇の中で与えられた言葉を思い返し。
 仲間たちが起きだすまでの僅かな合間だけ視線を独占しながら満ち足りた思いでもう一度笑うのだった。

 


― before dawn ―


 

※WEB拍手再録


 

この後、飛び起きてきた他三名にアレルヤが張り倒されるに3000点(なんの話だ)

当サイトではなんとなーくアレルヤ(※ハレルヤにあらず)の扱いがアレな気がしたので

立場向上を目的として書いたのですが全然救いになってな(ry

後先考えずに書き出したら意味不明な内容になっただなんて言いませんよ、言いませんとも。

 

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