遠夜に光る松の葉に、


懺悔の涙したたりて、


遠夜の空にしも白ろき、


天上の松に首をかけ。


天上の松を恋ふるより、


祈れるさまに吊されぬ。

 

 


― 天上縊死 ―


 

 不可能を可能にする―――そんなことは果たして本当に可能なのだろうか。
 人間ひとりの力で出来ることはたかが知れている。大勢の力を集めたところでどうしようもないものはどうしようもない。幾ら頑張ったところで死人を甦らせることは出来ないし、太陽を西から上らせることだって出来ない。人知の及ばぬ範疇と言うのは確かに存在しているのだ。
 だが、逆説的に言えば。

「人知の及ぶ範疇でなら、何だって出来るってわけだ」

 そう、あの君主は笑ってみせた。
「別に敵を一瞬にして消してみせろとか川を移動させろとか言ってるわけじゃねぇ―――単に城を建てる、それだけだ」
 顔面蒼白になった自分を見下ろして彼は傲岸不遜に言い切った。
「不可能を可能にしろ―――命令だ」




「………そんなこと言われてもなぁ………」
 縁側でひとり月を見上げながら藤吉郎は深い溜息をついた。今日命令された内容を思い出せば溜息もつきたくなるというものだ。その住まいは草履取りやマキ係だった時よりは出世したため以前より立派になってはいるが、他の名だたる武将や家臣とは比べるべくもない。そんな自分に数いる部下を飛び越えて命令を下してくれたのだから、素直に認められていると考えていいだろう。
 それは純粋に嬉しい。嬉しいのだが………。
 ―――まさか、「敵前で堂々と築城せよ」と命令されるとは思ってもみなかった。
 暗澹とした思いで目を閉じ寝転がった時、微かな廊下の軋みから誰かが近くに来たことを感じ取った。月光によって生じた影が自分の顔の上に覆い被さる。
「………何やってんだ、お前」
「いや、その………」
 真上から投げつけられた無愛想な言葉に引きつった笑みを返す。自分と同じ顔をした人間に睨みつけられるのは正直あまりいい気分ではない。
 異次元から召喚されたというもうひとりの自分―――もしくは死んだハズの双子の兄。そう説明され、実際彼が協力してくれるようになって大分経つが未だ馴染まない部分も多い。周囲の人間は事あるごとに自分たちを「そっくり」だと評するけれど自分にはそう思えない。表情も仕草も全然違う。なのに同じと言われては戸惑うばかりだ。
 今は自分の方が『木下藤吉郎』を名乗っているがもとは彼とてそう呼ばれていたのだ。そう考えると本当に自分がこの名前を使っていていいのか疑念が湧いてくる。かといって他にどうするあてもなく、仕方なく当座凌ぎの名前で呼んでみたりする。
 仮初でも今はそう呼ぶしかない『もうひとりの自分』―――日野秀吉は徳利を抱えて藤吉郎の隣に座り込んだ。自分用と藤吉郎の分をわけてあるらしく片方を藤吉郎よりに置くと、自分は自分で勝手に杯を煽った。
「どうせ今日下された命令について悩んでたんだろ。悩んでないでさっさと実行に移せよ、下らねぇ」
「………そうだよな」
 基本的思考回路は自分と同じ。けれど秀吉の方が自分よりもずっと理性的で冷静だ。迷った際に彼の言動に助けられたことも多い。頼り切るのは嫌なのだが、それは否定できない事実だ。
 部下や友人には零さないような愚痴がつい口をついて出てしまう。
「殿って最近無茶ばっかり言うよな………何でだろ?」
「ガキなんだろ」
 あまりに断定的な言い方に思わず言葉に詰まり、勢いよく上体を起こした。
「ガッ………ガキって、信長様のがオレ達より年上なんだぞっ?」
「精神的にはまだまだガキだろ。だからこそ誰も思いつかない破天荒な作戦が思いつけるのさ」
 秀吉の言い方は誉めてるのか貶してるのか判断がつかない。まあ、多分誉めてるんだろうけど………誰もこんなの聞いてないよな、と急に不安になって周囲を見回した。だがそんな藤吉郎の様子に構わず秀吉は滔々と言葉を続ける。
「でもってお前が母親役ってとこか。確かガキの頃に母親から引き離されたんだろ? 幼少時の精神的外傷が後々まで影響するって、あれだ。誰かにワガママきいてもらいたくて仕方ねぇんだよ」
「ちょっ………ストップ、ストップ!」
 流暢に喋り捲る秀吉の口を慌てて塞ぎ、注意深く辺りを見回した。………誰も聞いてなかったよなっ? ホントに全くなんつーことを口にするんだ、コイツっ! こんなのが誰かの耳に入ったりしたら間違いなく自分たちはあの世行きである。そこら辺をちゃんと理解した上で発言しているのだろうか………。
 相手の様子を疑わしげに見つめる。外見上では特に変化なし。―――だけど。
「………かなり飲んでるな?」
「飲んでねぇよ」
 人生斜に構えてるような笑みを返されるが騙されてはいけない。秀吉は酔いが表情に出ないタイプなのだ。
 それでも何とか危険極まりない舌鋒が成りを潜めたので、気を取り直して実務的な話をしてみようと思う。ひとつ伸びをして気持ちを切り替えた。
「一先ず………周辺の精密な地図が欲しいな。聞いただけじゃよくわからない。川の流れがどうとか、具体的な距離とか………」
「知り合いに絵を描くのが上手い女がいたろ? そいつに頼めばいい。下手に屈強な男が偵察に行くよりも余程安全だろうよ。護衛のひとりでもつければそれで充分だ」
 酔っていると思っていたが返された返事がまともな内容でほっとする。………と、すると先刻の発言の数々はやははり意識的に口にしていたのだろうか。それはかなり問題だと思うが―――。
 ………何にせよ、まずは築城のために周辺の正確な地図を手に入れること。それからだ。
 後のことはまた明日にでも考えよう。そう思い気分転換のために秀吉が持ってきてくれた徳利に手を伸ばす。中身を杯についで飲んだが予想と違って何の味もしない。首をひねっていると秀吉が視線を寄越した。
「ああ、お前のやつの中身は水だからな」
「え? 何でさ。確かに酒は苦手だけど………」
「ちょっとの酒ですぐ二日酔いになる奴が何言ってんだ。翌日苦労するのはオレなんだぞ?」
 ドスのきいた眼でねめつけられては「その通りです………」と黙って引き下がるしかない。以前、一度だけ煽るほど酒を飲んだことがあった。―――結果は、見事な二日酔いで。仕事も何も手につかなくて結局その皺寄せ全てが秀吉へ行ってしまった。後日どれほど文句を言われたことか………。
 向こうは自分と違って酒に強いようで幾ら飲んでも無様に酔いつぶれた姿なんか見たことがない。
 まあ確かにあまり酒好きではないし、代わりに水を持ってきてくれる辺りに心配りを感じるので大人しくしていた方が身のためだろう。
 縁側に並んで座り上空の月を眺める。吹き抜ける風が適度な温かさを含んでいて心地よい。虫の音でも聞こえないかと目を閉じた時、少しだけ酔ったような、いつもより若干軽い秀吉の声が響いた。

「―――春日酔起、志を言う………か」
「………李白の詩だろ、それ」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが、その言葉には聞き覚えがあった。幼い頃寺に入れられて、其処で殴られたり苛められたりしながらもどうにか読み書きを覚えた。こっそり書庫に忍び込んで知識欲を埋めるように書物を貪り読んで。知りたいことは幾らでもあった。農村にいたままじゃ思いつくことさえ出来なかったような世界が其処に口を開けて待っていたのだ。我慢することなんて出来ない。勿論見つかればこっぴどい仕置きが待っていたし、罰として食事を抜かれることもあった。それでも「好奇心」は抑え様もなく、懲りずに何度も書庫へ足を運んだものだ。
 そんなことしたのは自分だけだろうと思っていたが、忘れてはいけない。ある時点まで自分と秀吉の記憶は「同じ」なのだ。彼とて書庫へ足を運んだことがあったのかもしれない。そんな些細なことさえ自分は彼の口から聞いた試しがないのだが………。

「―――世に処ること大夢の如し、胡為れぞその生を労せん………だったっけ?」

 続く言葉を確かめるように横を見ると秀吉がつまらなそうに笑う。どうやら正解だったらしい。
 詩の内容まではよく覚えていないが、確か酔いから起きた詩人が周囲の景色を見て色々考えて「人生は短いんだから楽しまなくてどうする」と思うような内容だった気がする。あるいは「人生嘆いてばかりじゃ始まらない」だったろうか。もしその通りだとしたら、まるで自分の姿を揶揄されているようで赤面してしまう。
 ………絶対、秀吉は内容をわかった上で口にしている。
 やり込められるのは毎度のことなので今更怒るとか不満を抱くとか、そんな段階には至らないけれど。
 激しく言い返したっていいのだが彼が此処にいる理由を思い出すとどうしても矛先が鈍りがちになる。その感情を滲ませたまま言葉を交わすのはどちらにとっても苦痛なので、繰り返したりはしない。
 そんな自分の心遣い―――あるいは遠慮―――を、彼は嫌がるだろうけれど。『分身』とも呼べる存在に対して随分水臭い態度だと自分でも思う。けれど向こうだって完全に自分に心を開いてくれたようには見えない。
 だから、おあいこだ。
 彼は自分に何かを隠している。何か大切なことを。
 そう考えると途端に居た堪れなくなって、是が非でも問い質したいという衝動に駆られそうになる。意地も体面もなく、らしくなく声を荒げて言葉をぶつけて。素面の時にそう出来たらどんなにかいいだろう。
 月を見上げながらもう何度経験したかわからないその感覚に再度襲われて、追い詰められたように静かに声に出してみる。
「………志を言う、か。お前の志………夢って何だ?」
「この詩の場合の『志』ってのは『内心』とかって意味だぞ」
「わかってるよ、それぐらい。でも………少しぐらい教えてくれたっていいじゃないか。お前はオレの夢なんてとっくに知ってるのに、なんか………不公平だ」
 自分の考えや想いはとうに秀吉に知られてしまっている。なのに自分は彼について殆ど何も知らない。過去のある時点まで記憶は重なるから推測は可能だ。けれどその後の行動はやはり違うから、これまでの人生の中で何を思い何を願ってきたのか、今は何を望んでいるのか、これだけ同じ時を過ごしていながら皆目見当もつかないのが腹立たしい。向こうばっかり自分のことを理解しているようで、自分が彼に頼ってばかりいるみたいで―――嫌なのだ。もっと近い目線で物事を見たい。秀吉が何を考えているのか少しぐらい教えてくれたっていいではないか―――。
「オレは信長様の天下が見たい。だからそのために力を尽くす。でも、お前はどうなんだ? お前の夢は………何処へ向かってるんだ?」
 杯を床において真っ直ぐ秀吉の方を見つめる。向こうも黙ってこちらを見つめ返した。
 いつも、心の片隅に引っかかっている疑問。
 秀吉は決して本心を口にしようとはしない。見つめる先にどんな未来を思い描いているのかわからない。少なくともそれは自分が見ているものとは違う―――そんな予感がするからこそ、秀吉に確かめたくてたまらないのだ。
 自分の夢が、彼にとっての障害になっていないのかを。

 ―――秀吉が真面目な相好を崩して薄く笑う。
「真面目にそんな話聞くなんて、野暮だな」
「誰が野暮だっっ!!」
 板の間でなかったら畳返しを仕掛けていたに違いない。耳元の怒鳴り声に秀吉は面倒くさそうに天を仰いだ。今にも掴みかからんばかりに睨みつけている藤吉郎に少しだけ視線を戻して―――言った。
「………大陸の方の戦国時代の話、知ってるか?」
「………は?
 いきなり話が飛んでついていけない。………それが答えに繋がっているのか?
「広い大陸全土に覇を唱えた最初の皇帝―――そいつが死んだ途端、またしても国は内乱の渦に巻き込まれた。様々な人間が新たな王朝を築こうと名を上げ、志半ばで死んでいって―――いつしか次代の皇帝候補は二人に絞られた。ひとりは文武両道の稀代の英傑。もうひとりは何処にでもいるような人に好かれるのだけが特技の凡人。こいつらがかつて皇帝を目にした時、それぞれ何て言ったか覚えてるか?」
「え? えーと………確か英傑の方は『あんなのが皇帝なのか』とバカにして、凡人の方は『あれが皇帝か』と素直に感心―――って、話を逸らすなよ!」
 強く床を叩くと杯が音をたてて転がった。睨みつけても秀吉はいつもどおりの態度を全く崩さない。段々藤吉郎は苛立ってきた。
 どうしてこいつは、いつもこんな風に人の話を―――。
「ちゃんと聞かせろよ、減るモンでもなしっ」
「聞いてどうする」
「どう………って、そりゃ分からないけど………出来る限り協力するよ。お前が今までオレを助けてくれた分ぐらいは」
「食い違ってたらどうするつもりだ? オレと、お前の目指すものが」
「それは………」
 先程までの憤りを静めて藤吉郎は顔を俯かせた。その可能性も考えなかったわけではない。出来るだけ考えたくはなかったのが。
 秀吉の存在理由を考えた時にどうしても思わずにはいられないことがある。此処とは違う現実で彼が送るはずだった人生、築くはずだった関係、抱くはずだった夢。連れてきたのは自分ではないし、それに対して自分が責めを負うのもお門違いの単なる思い上がりだとわかっている。
 でも彼が『身内』と呼べるのはこの世界では自分だけだ。その『身内』と争いたくないと思って何が悪い?
 暗く沈みこんでしまった藤吉郎の姿から秀吉は少しだけ辛そうに目を逸らした。変化のない無愛想な、でも何処か労わるような口調でそっと告げる。
「………安心しろよ。別に食い違ってなんかいねぇ」
「………本当か?」
「本当さ。少なくともオレは信用できない主についていく程落ちてねぇし」
 不敵な笑みを作る秀吉の姿を、それでもまだ藤吉郎は疑い深そうに見つめた。心持ち瞳を伏せてようやく聞き取れるほどのか細い声で呟く。
「………お前、いつも、何でもないような顔をして嘘をつくよな」
 秀吉が微かに目を見開いた。
「だからオレはいつも………少し、悔しい」
 言い終わるや否や秀吉用の徳利を引っ手繰り杯も使わず一気に飲み下す。慌てて秀吉が止めようとしたが突然のことで対応が遅れた。その間に藤吉郎は酒を全部飲み干してしまう。
 特有の苦い香りが口の中一杯に広がり、一気に体内を駆け巡る熱に頭がクラクラしてくる。
「おい、お前なに無茶やって………っ」
「………オレは」
 酒が入ったせいで藤吉郎の目が据わっている。わかってる、これは一種の『自棄酒』で―――きっと明日になったら痛む頭に死ぬほど後悔してる。でも酒でも飲まなきゃ………やってられないから。
 素面で素直に聞けたらどんなにいいだろうかと思う。未だ正面きって問い質すのを、答えを引き出してしまうのを何処かで恐れ怯えている自分。それを焚きつけるのにこんな情けない手段しか思いつかなくて。
「オレは―――お前が心配だから………」
「………」
「オレに合わせて無理してるんじゃないかって考えたら、それだけで何か………悲しくなる」
 瞼の裏が熱くなって視界が揺らぐ。こんな格好無様でみっともないと思うけれど、感情の高まりだけはどうしようもない。泣いたって意味はない。涙なんて見せたところで何も変わらない。酔っぱらって告げる言葉に真実味なんて感じられないだろうけど………それでも、言った言葉だけは覚えておいてほしい。
 紛れもなくそれは自分の本心だから。
「お前の存在が予定調和だったのか偶然なのか必然なのかなんて、もう、今のオレにはなんの意味もない。お前は今確かに、此処にこうして存在してる。それでいいと思う。だから―――」
 回らない舌を必死で動かす。段々自分でも何を言ってるか判別がつかなくなってきている。必死になって言葉を紡ごうと考えて、そのために一層思考回路が怪しくなってくる。
「最初から此処に存在してるひとりの人間として―――誰かの、影に、なんて、ならないで………無理せずに、お前の夢を………叶えたらいい。………たとえそれが―――」
 目の前の風景がぐらついて、急速に意識がぼやけてきて、何か呼びかけてる秀吉の声が遠のいて。
 気持ちがいいんだか悪いんだか分からない。メイテイってこーゆーコトかなぁとか朦朧とした頭の何処かで考えてる。泣き喚いて取りすがって罵倒できたらいっそ楽なのかな………。そんなことしたら呆れられて、今度こそ見限られちゃうかもしれないけど。

「………それが―――オレの、望まぬ未来であっても………」

 そう告げたのが最後の力。返事も聞けずにその後の記憶は全て闇に落ち込んだ。




 すっかり意識を失って寝息を立てている相手を秀吉は半ば呆れ顔で見つめた。試しに徳利を逆さにして振ってみるが水滴ひとつ落ちてこない。この分だと明日の二日酔いは避けられない。また自分が後始末をする羽目になるのかとやや不機嫌になる。
 部屋に運ぶのが面倒くさいのと嫌がらせの意味もこめて、この場に捨て置いてやろうと決心する。まあこの陽気なら風邪をひくことはないだろう。空になった徳利を床に置き座り直した。
 見上げた月は来た時よりまだ幾らも傾いていない。
 藤吉郎の言葉を思い出して苦い笑いをもらす。
 自分の存在が予定調和だとか偶然だとか必然だとか。
 そんな考え来た時にとっくに放棄してしまっていたから、今更のように語られた内容に苦笑するしかない。
 でも………嫌じゃ、ない。自分が歯車のひとつだなんて誰だって思いたくないだろうし。
 生きるのも死ぬのも全てを決めるのは自分自身の意志だ。誰かに殺されてしまってもそれは自分の意志の結果故だと地獄の門番の前で堂々と告げてやる。
 何も知らない自分の『分身』は幸せそうな吐息をたてて眠っている。
 ………明日になったら苦しむくせに。
 我知らず低い笑い声が漏れて―――暗い表情で秀吉は呟いた。

「『望まぬ未来であっても』………ねぇ。コトはそんな簡単じゃないんだぜ?」

 確かに、自分たちの道は食い違ってなんかいない。
 ―――今のところは。
 でもそう遠くない未来に避けがたい齟齬が生じるだろう。藤吉郎も何となくそれを感じていて、その事態を回避したいという無意識の思いが秀吉を問い詰めると言う行為に走らせるのだろう。
 異次元の『自分』だ―――隠しきれねぇ。
 でも、まだ―――わかってない。何も知らない。
 その疑問を解けぬまま未来へ進め。功を重ねて出世して、実力と兵力を増し他者からの信頼を勝ち取って、優秀な人材をかき集めて。才能と寛大な精神を示して人心を操り領地を広げ、必死さと純粋さを見せ付けて自らの主君のために戦い続けるがいい。
 それがオレの夢へ続く道となる。
「―――話を逸らしたつもりなんてなかったぜ、オレは」
 身動きひとつしない影相手に語りかける。
「その二人が、最終的にどうなったか覚えているか………?」
 稀代の英傑はその思い上がりを敵につけこまれ仲間や味方を失い、周囲を敵に囲まれて失意のままに死んでいった。一番有力視されていた人間が、自らの油断や思い込みのために志半ばで息絶えることになって。
 天下を握ったのは誰も注目していない凡人の方だった。
「………歴史って、そういうもんだろ」
 英傑が必ずしも勝利を得るわけではなく、善人が必ずしも善政を敷くわけではなく、人心を集めた者が必ずしも主導権を握るわけではなく―――。
 だからこそどんな立場にいる者にだって機会はある。どんな大それた夢であっても抱いていい権利がある。
 自分たちは誰かに夢を託すという面倒な習性を持っていて。確かに夢を託すに値する主君に、今こうして揃って仕えているのだろうけど。
 けれど自分は、英雄が支配する世界なんて出来すぎてて嘘寒くて見てられない。
 理想で出来上がった人間が作る世界は本当に住みやすい『理想郷』なのか? そんなものより自分は不確かで頼りなく、先の見えない『現実』が欲しい。

「オレが、オレの夢のために―――」

 眠り続けるもうひとりの自分の手を取って。
 同じ造りのハズなのに、随分小さくて優しげに見えるその手を握り締めて。
 起きないことを確かめてから静かに自らの額を押し当てる。

 ―――祈るように。

「『織田信長』を殺したら―――お前、どうする?」

 少しだけ悲しげな笑みを口元にのぼらせて。
『出来る限り協力する』と言った、『お前の夢を叶えろ』と言った―――その言葉を、忘れるな。
 今のお前はまだ何も気付いていない、だから。
 オレはお前の隣に控えて戦いを補佐し、欲しい助言と望む救いを与えて。信頼と親愛と言う名の枷をお前に嵌めて、やがて全ての条件が整う時まで静かに闇に潜んで待っていよう。逃げられないよう気付かれぬ内に罠を張って道を塞いで、後戻りなど―――他の選択肢など、残らないように。
 機会がきたら逃がしはしない―――その前に、お前はオレの正体に気付けるか?
 気付くのはあの君主の方が先かもしれない。この瞳の奥に潜む思いを嗅ぎ付けて。
 でもオレが殺されかかったら、多分お前は身を挺して庇うだろう。必死になって弁護している者の正体やその渇望に気付くことなく。オレは素直に反省し殊勝な思いを述べて真実をはぐらかし、お前の追及から身を隠して偽善者の仮面を深く被る。
 いつかお前の思いを欺く―――そのために。

 刹那の狂気なんかじゃない、自ら選び取った歪んだ道筋に。
 巻き込まれたくないなら、そうなる前にオレを切り捨てろ。
 お前が本当にそれを望むなら、オレは地に膝をつき。

 ………祈るように、頭を垂れる。

 秀吉は藤吉郎の手を握り締めたまま深く瞳を閉ざし、動こうとはしなかった。
 月が傾き柔らかい光が長い影を刻むようになっても尚、二人の影は動かずに其処に居た。




―――オレの夢は。




お前が、天下を握ること。



 

 


 

某裏サイトの作品に触発されて書いた作品。結果見事に玉砕☆
やっぱ実力伴わん内に色々書いちゃいかんよね………(反省)
秀吉がひたすら暗いですけど、彼の夢って皆さん簡単に予測ついたんじゃないでしょうか。
だって、所詮私は日吉スキーだし(笑)

冒頭の詩は萩原朔太郎の『天上縊死』から(※そのまんま)
作中で出てくる『英傑』と『凡人』はあの有名な『項羽と劉邦』です。
でも劉邦って敵に追われた時に実子を馬車から投げ捨てるよーな人物だったらしいんですが
………それでも皆彼についていくのね。複雑。

 実際戦国時代にどれぐらい漢詩が伝わっていたかとか、中国史がどれくらい知られていたかとか、
全然自信がありません。
ので、是非とも広い心で読み流してくださるようお願いします(笑)

 

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