20XX年、人類は存亡の危機に瀕していた。突如襲来した宇宙人により各国は攻撃を受け、一時は全てを制圧されたかに思えた。しかし、もはや望みは絶たれたかに思えたその時、何故か宇宙人の侵攻は止み、かろうじて人類は滅亡の危機を免れた。
以降、世界が軍拡を容認するようになったのも無理からぬ流れだろうか。 そして、10年後―――。
再び宇宙人が来襲した。
前回と「同じ」宇宙人かも、何が目的かも分からぬままに戦いは始まり、争いは長期化の様相を帯びてきていた。全てを取り仕切る世界連邦で発足した対外宇宙知的生命体特別対策本部は各国に支部を置き、特に重要と思われる地域においては人型決戦兵器―――ロボットの投入を許可した。
国ごとに異なる外見を持つそれは、日本では『コロクンガー』の名で認識されている。オリハルコン製のボディには未知の敵に抗すべく科学者たちの英知が詰め込まれていた。だが、オリハルコンの持つ固定震動派数を操縦の要としたため、パイロットはごく一部の人間に限られることとなってしまった。
オリハルコンとの同調値が高い者を捜す―――それが政府の最重要課題となったのは当然の流れといえるだろう。
かくして、かつてない規模で行われた全国一斉調査は上は80歳から下は5歳まで、ネコの子一匹逃さぬ勢いで実施された。おかげで、記録上の人口より実測の人口の方が約1万人ほども多かったというあまりめでたくないデータが出来上がった訳であるが。
選ばれた人間に拒否権はない。それが政府の見解である。
―――が。
「無理に戦わせたってどーしよーもないだろが」
と言うのが司令官、蜂須賀小六と、相方である石川五右衛門に共通の認識であった。
故に、政府機関が動き出すより先に候補者たちに会って意志を確認し、答えが「否」であれば早急にデータを改竄するつもりでいる。コロクンガーの操縦精度を上げたいのであれば無理矢理に連れ出せばいい。だが、それで全ての能力を活かせるはずもない。だったら最初からいないものとして扱った方がこちらとしては楽なのだ。
「来てくれるに越したことはないんだけどねー」
再度メンバーを選抜し直すのも面倒だし。
桜が舞い散る校舎脇を歩きながら五右衛門は手元の調書をめくった。ある意味、T大に合格するよりもドリーム☆ジャボン宝くじに当たるよりも稀な結果を引き当ててしまった非常に「幸運」な面々だ。
ひとりは、織田信長。蝮学園の生徒会長を勤める、一癖も二癖もある男らしい。
ひとりは、前田犬千代。通信制教育制度を利用しているとかで、小六から打診が行っているはずだ。
ひとりは、日野秀吉。コイツだけ写真がなかった。かなりの問題児で周囲も持て余し気味と聞く。
そして、最後のひとりは―――。
織田信長と同じ蝮学園の生徒会を勤めている木下藤子。メンバー内の紅一点だ。
パッと見だけでも個性が溢れまくっている面子と窺えて少々気が重い。とは言え、前田犬千代と織田信長は幼馴染らしいし、木下藤子は真面目で優秀な生徒と聞いている。調書のど真ん中に「問題児」と書かれている日野秀吉の存在が気に掛かるもののやってやれないことはないだろう。
ちなみに何故メンバーが「5人」なのかと言うと、何のことはない。単なる司令の趣味である。
鋼鉄製の見事な門構えの前でしばし五右衛門は佇んだ。一応、迎えが来るはずなのだが………辺りを見回してもそれらしき影は見当たらない。近くの柱時計を確認すれば待ち合わせ時刻を5分少々過ぎている。
更に10分ほど待ってみたが誰も来る気配がない。失礼だとか監督不行き届きだとか連絡ミスだろうかと考えるより先に、段々と五右衛門は飽きてきた。元来、待つには向いていない性分である。その場で伸びたり縮んだり中を覗き込んだりして退屈を紛らわせていたが、時計が待ち合わせ時刻から20分ぐらい過ぎたところでとうとう痺れを切らした。
タン! と軽く地を蹴って、正門の向こう側へと降り立つ。授業時間内のいまは周囲も静かなものだ。
(ちょっと見学するぐらいなら大丈夫だろ)
その判断のおかげで。
結構イヤな目に遭うことになるとは、流石の彼もこの時点では露にも考えていないのだった。
校舎内には人影ひとつ見当たらなかった。耳を澄ませても届いてくるのは密やかなざわめきぐらいで、校庭を覗いても人っ子ひとり見つからない。流石にこれは何かおかしいんじゃないかと首を傾げた。
上履きなんか持ってないから土足で踏み込んでやたら足音の響く綺麗に磨かれた廊下を歩く。灯された蛍光灯も、洗い立ての食器が置かれた給湯室も、つい先刻まで誰かが存在したことを示しているのに―――まるで『マリー・セレスト号』事件だ。
(あれぁ確か船ん中から一夜にして乗員乗客全員が消えたんだっけな………)
いまでも語り継がれる海上のミステリー。
とはいえ、ここは都内の単なる私立校であり、ミステリーを語ろうにも宇宙人なんぞが襲来している「現実」の方がよっぽどミステリーだ。
廊下をつきぬけ、犬走りを通り抜け、別館に足を踏み込んだ。カーテンが開かれて明るい光が射し込むそこは体育館で、バスケットゴールが壁際に設置されており、仕舞い忘れたボールが幾つか転がっていた。うち、ひとつを取り上げて軽く指先で回転させてみる。
(―――出直すか)
もしかしたら創立記念日かもしれないし、連絡の不手際は後で小六に当てこすれば済む話である。
五右衛門が踵を返しかけた時だった。
ガシャン!!
「!?」
突如、明り取りの窓付近でスポットライトが回転した。人為的に操作されたことが明白なそれは確かに五右衛門を照らし出す。
目を細める彼を余所に、スポットライトの傍らに何者かが姿を現した。
「ふっふっふ、ようやく見つけたぞ! テメーが侵入者だな!」
「………は? 誰が何だって?」
逆光でよく見えないながらも思い切り間の抜けた声を返してやった。
自分に気配を察知させずに隠れていたのは賞賛に値する、が、登場のタイミングからしてどうやらコイツは。
「もしかしてずっとそこに隠れてたのか? うっわー、卑屈ぅー、根暗〜」
「やかましいっっ!!」
影が地団太を踏んだ。
木刀を肩に担いだその影は梯子も使わずに手すりを乗り越え見事に床に着地した。身体能力はなかなかのものらしい。訝しげにしている五右衛門を余所に相手はビシィッ! と手中の木刀を突きつけた。
「この蝮学園に侵入した時点でテメーの負けは確定している! おとなしくお縄につきやがれっっ!」
(………って、あれ?)
露になった影の素顔に五右衛門が表情を改める。
黒い長髪を結い上げた、赤い瞳の、不敵に笑う男子生徒。身体的特徴が合致し過ぎていた。
「あのよー、ひょっとしたらお前―――」
「問答無用! セキュリティシステムオープン! 外敵を強制的に排除する!!」
カチリ、と彼が手に握り締めた何らかのスイッチを押した瞬間。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!!
「うぉぉっっ!!?」
突如降りてきた嵌め殺しが窓と出入り口を封鎖する。鋼鉄製の枠組みが上下左右に交錯して、ネコの子一匹逃さないしアリの子一匹いれないゼ! という様相だ。ウィィィンと音を立ててバスケットゴール上部に液晶モニタがにょっきりと生える。画面には黒髪長髪、笑顔が空恐ろしい美少女が映し出された。
『ようこそ、蝮学園へv 本校はあなたのお越しを歓迎しつつ排除します』
「って、何だそら―――っ! 歓迎するか排除するかどっちかにしろよ!?」
この顔にも覚えがあるぞ、と五右衛門は記憶を辿る。間もなく行き着いた回答は「学園理事長の娘」であった。
木刀を構えた少年がいきり立つ。
「よっしゃー! お濃、バズーカとマシンガンと火炎放射器もってこい! 悪者は成敗! 弱者も成敗!」
『何を仰ってるの。ダメです。去年それやって厳重注意くらったでしょう?』
画面内の女性がニッコリ笑いながらさり気なく制止する。てゆーか、前年は重火器類全部つかったんかい。それ以前に何と戦ってたんだ、あんたらは。
とにもかくにも面倒なコトになったらしいぞと五右衛門は仏頂面して考え込む。セキュリティがどうこう去年がどうこうのセリフから察するに、これはこの学校の定例行事であるらしい。
しかも、おそらくは。
(―――もしかしなくても人違い、ってか)
確かに五右衛門は来訪を予定していたが「外敵」として侵入したつもりは微塵もなかった。従って、ここで彼が選ぶべき策は「支配権握ってそうな女性に事情を説明して事態の収束を図る」、なのだ、が。
生憎と、予定はいつだって予定通りには進まないものである。
「死ねや―――っ!」
「うぉっ!?」
振り下ろされた木刀を間一髪のところで避ける。逃げ遅れた髪の毛が数本、宙に舞った。
あれをくらったら脳震盪程度じゃすまないかもと思いつつ、一応の説得を試みる。
「おーい、ちょっと待て。話きいてくんねーかな? オレってば『外敵』担当じゃないんだけど」
「ああ!? 黙れ、敵はいつでもそういうものだ!!」
聞く耳もたない相手の攻撃をヒラヒラと紙一重でかわし続ける。持ってたボールを足元に投げつけた。咄嗟に少年がバランスを保とうと踏みとどまった隙に距離を空ける。
どうやら只者じゃないらしいと悟った彼がやや瞳の色を強めて五右衛門を睨む。
「………なかなかやるじゃねーか」
「そりゃどーも。ついでで何だがアンタ、もーちょい木刀の握りを弱めた方がいい。あれじゃ折角のスピードが殺されちまう」
助言したところで相手の神経を逆撫でするだけと分かりつつ、敢えて五右衛門は口にした。冷静なつもりでいるが結構ムカついていたのかもしれない。
少年が舌打ちした。
「ぬかせ! 下っ端!」
「下っ端でもいちおーオレは忍者だぜっ!?」
打ち掛かってきたところを飛んで避け、転がっていたバレーボールを素早く両腕に抱え込む。二個を同時に別方向へ投げ飛ばした。
「どこ狙ってんだ!」
正面から飛んできたボールを相手が弾き飛ばす。
と、数瞬遅れで。
ドガッ!!
「ぎゃっ!!?」
壁に跳ね返ったボールが敵の後頭部に激突した。
即座に間を詰め、足払いをかける。体勢を崩した相手の右腕を背中側で捻り上げ、思い切り身体を床へ叩き付けた。背骨を膝頭で抑え込んでやればもう身動きは取れない。それでも木刀を離そうとしない根性は大したものだ。
組み伏せられた体勢からめげずに五右衛門を睨みつけてくる。
「くそっ………! 卑怯だぞ、てめぇ!」
「だーれが卑怯だ。そこにあるモン使って戦うのが『いくさ』だろーがよ―――織田家のうつけ殿?」
「!」
僅かに少年の赤い瞳が見開かれた。その様を見つめながらやれやれとため息をつく。
「ったく、話は聞かねーわ好戦的だわ無駄にプライド高いわ我侭だわ………周囲の苦労が忍ばれるぜ」
わざとらしく天を仰いで見せた、その直後。
ガシャシャシャシャ―――ン………!
「ん?」
始まった時と同じぐらいの速度で鉄格子が収納される。五右衛門が入り込んだ時と同じフツーの状態に戻った体育館にガラッ! と戸を引き開ける音が響いた。小刻みな足音が続いたかと思うと。
「―――ダメです! 殿っっ!!」
「!?」
どかっ! と背中から誰かに抱きつかれた。ぎゅうぅっ、と激しく抱きついてくる誰かは必死なのか一息に喋り捲る。
「お願いだから人殺しだけはやめてください! 裁判沙汰んなって弁護士雇って余罪を追及されたら色んなヒトが証言に立ってものすごーく立場が悪化しつつ裁判官の印象も最悪にしつつ『オレは悪くない!』と主張する殿の背中に皆が『オレは信じてます!』と叫びいつの間にか周囲が夕焼け空になっててなんかこの光景みたことあるよ? ってそりゃーこの前やってた連ドラのラストシーンじゃん、とか考えてる様が目に浮かぶからやめてください―――っ! ほんとお願いしますぅ―――っ!!」
「………おーい」
「だからほんとに………あれ?」
そこまできてようやく自分が抱きついている相手への違和感に気付いたのか否か。
五右衛門の学生服に顔おしつけたままだった女生徒が面をあげた。キョトンとした顔の中でやたら大きな瞳と大きな耳が目に付く。しばし、瞬きを繰り返し。徐々に徐々に青褪めつつ、彼女は恐る恐る口を開いた。
「え、と―――あの〜………殿、は………」
「足元」
正確にはオレが背中を潰してて、キミが腰の辺りを踏んづけてるんだけどね、と告げれば。
ただでさえ硬直していた少女は蒼さを通り越して白い砂と化した。同時に地の底を這うような声音が響き渡る。
「てめぇ………知らぬこととは言え………っっ」
「ひっ! と、殿!?」
慌てて少女が3メートルばかりも飛び退る。何となく五右衛門も気圧されて場を退いた。
ゴゴゴ、と背後に雷雲携えた木刀少年がユラリと立ち上がる。振り向いた形相はまさしく鬼。反射的に逃げかけた少女の首根っことっ捕まえて締め上げる。
「なにしてやがんだ、テメェっ! サルの分際でオレを足蹴にするだぁ!? いますぐ腹を割け! ここで割け! 自害しろ!!」
「いっ、いや―――っ!? せめて畳の上で死なせてぇぇ―――っっ!?」
「アホ抜かせ! 畳はじいさんばあさんがのんびり日向ぼっこするためにあるんだよ!!」
「それは縁側でお願いしますっっ!!」
(………)
五右衛門が考えることを放棄したくなったのも無理からぬことかもしれない。
次いでまたしても足音が響き、明るい頭髪をした人物が急ぎ五右衛門に駆け寄ると深く一礼をした。
「申し訳ありません! まさかこのような手違いが起こるとは………!」
「こら、キンカン頭! てめぇなに勝手に謝ってやがるんだ!?」
女生徒を締め上げていた少年が睨みつけるが、受けた方も負けず劣らずの勢いで睨み返した。
「バカはそっちだ! いいか、この方は―――日本政府の正式な使者だぞ!? 無礼は控えろっ!」
何となく言い回しが「この紋所が目に入らぬか」に似てるなあ、なんてことを考えながら、五右衛門は訝しげな少年と少女の視線を受け止めた。ハゲでもないのに「キンカン頭」と謂れなき謗りを受けている少年の顔にもやはり見覚えがあった。一応この学校の主要メンバーの顔は暗記しているつもりである。
「対策本部の司令より特務を受けて派遣された政府高官だ! 幾ら外見が学ラン羽織ったただのアヤシゲな内跳ね人間に見えても………!」
「あ〜………なんかもう、いいからいいから」
実はアンタも無礼だからな? とツッコミつつ、五右衛門はひらひらと手を振った。未だ状況が把握しきれていないらしい赤目の少年と首を絞められたままの少女に笑いかける。
とりあえず―――かなり手荒ではあるものの。
「自己紹介の手間が省けたと考えよーや。ま、ヨロシクな? 織田連合跡取りの織田信長殿と、生徒会役員の木下藤子殿?」
明智光秀の謝罪を遮ってニンマリと笑いかければ、該当者二名が驚きから目を見開いた。
「防衛隊からのスカウトぉ? ………確かにそんな話があった気がするがな」
でも今日だなんて一言も聞いてなかったぞ、と織田信長が椅子にふんぞり返ったままやたら偉そうに宣言した。
あの後すぐに生徒会室に通された五右衛門は改めて事情を説明された。何でも、今日は全校一斉のセキュリティ点検日に当たり、毎年「侵入者」があったとの想定のもと避難訓練が行われるらしかった。通常であればそんな日に面会の予定が立てられようはずもないのだが。
「こちらに来ていたデータでは、あなたがいらっしゃるのは来週となってましたのよ?」
「ふーん。で、本当の侵入者役はどうしてたんだ?」
「裏門で伸びていました」
生徒会副会長である斉藤帰蝶―――通称、濃姫の説明を受けて大体の事情が飲み込めた。またぞろ例のあほんだら師匠が偽データを流してくれたのだろう。誰かにのされていた侵入役しかり、だ。「常に実戦の感覚を養うことが大切だ」とか何とか言っちゃって。
「全く、ただでさえウチの一斉点検は危険だと注意を促されていると言うのに―――侵入者役の顔は覚えていたはずだろう? 信長!」
「うっせーなぁ。急に代役が立てられたかと思ったんだよ!」
光秀のツッコミに、これまでも直前に変更されることが多々あったからなぁ、と語る彼はおそらく、犯人役が任務を辞退したがる原因のひとつになっている。こころなしかうなじで結わえた髪の毛までシュンとさせながら木下藤子―――何故かヒヨシだのサルだのと呼ばれている―――が、おずおずとお茶を差し出した。
「あの、本当に失礼しました。オレ、てっきり殿が去年と同じく犯人役ぶっ飛ばしちゃったんだとばかり」
「んー? いいっていいって。結局はオレのが強かったワケだし?」
からかいと共に向かい席の信長を見遣ればこめかみに怒筋が刻まれるのが分かった。
「あ、敬語使う必要ないぞ? 同年代だし、政府の正式な使者ってぇワケでもないからさ」
「え?」
「確かにオレはスカウトだけど。でも、問い掛けはまだ事前調査の域だしな」
隣にちょこんと腰掛けた日吉がはてな? と首を傾げる。正式な使者なのに事前調査ってどういうことだろう、と不思議に感じているのが見て取れて自然と笑みを誘われた。
先刻、抱きつかれた時にも思ったのだが―――もしかしなくてもこの子、結構好みかもしんない。
「あのさ。オレのこと五右衛門て呼び捨てにしていーから、オレもアンタのこと日吉って呼んでいい?」
「へ? あ、勿論………構わないです、じゃないや。構わないケド」
由来もよくわかんないあだ名だけどね? と苦笑する様は冗談じゃなくてかなりカワイイと思う。
何故か正面席の信長が舌打ちしてふたりの会話を遮った。
「で、どういうコトなんだ」
「どういうコトって?」
「先刻の言葉の意味だ。政府からの命令は強制だろう、事前調査もクソもないはずだ」
流石にこういうところは織田家の跡取りだけあって敏いらしい。少しタチの悪い笑みを五右衛門は浮かべて、膝の上で両手を組み合わせると人差し指だけを前方に突き出した。
「オレは政府命令じゃなくて司令からの個人的な依頼で此処に来てんだ。問い掛けは単純、即ち、防衛隊で働く意志があるか、否か」
「ない、と言えば?」
「そこまでの縁だ。戦う意志のないヤツは必要ない」
きっぱりと言い放つ。
「敵を倒す勇気がないヤツも、やる気がないヤツも、面倒くさがるヤツも論外。毎日意欲に溢れて仕事に励めたぁ言わないが、本音の部分でやりたくないと少しでも感じてるんなら早々に辞退してくれ」
「でも………」
と、候補者のひとりである日吉が眉をひそめた。
「オレたちが断っちゃったら困らない?」
「少しは、な。でも大差ない。上位にランキングしてるヤツが繰り上げ当選するだけの話だ」
本音を語れば選ばれた面々には素直に受け入れて欲しいのだけど、意欲のない人間が戦列に加わった際のやりにくさを小六も五右衛門もイヤというほど知っている。
けれどそんな考えはおくびにも出さず改めて五右衛門は問いを発した。
「―――で? おふたりさんはどうかな? 戦う気はあるかい?」
「他の候補者はどうなんだ」
「さーねぇ、前田犬千代と、日野秀吉ってヤツは参戦を表明してっけど。迷わず一発OKだったな」
確か前田はアンタの幼馴染だったよな、一緒に戦う仲間として不服かい? と茶化してみれば。
軽い口調が気に食わなかったのか僅かに信長が表情を険しくする。それとは対照的にひたすら迷っていることがありありと窺える日吉が、またぞろ恐る恐るといった感じで口を開いた。
「え、と………その。ひとつ、聞きたいんだけど」
「なに?」
鷹揚に応えれば。
「給料って―――出る?」
「………………は?」
素で五右衛門の目が点になる。
給料―――給料って、たぶん給料のことだろう。うん。
いやぁそれはどうだったかなー、と契約書の内容を諳んじつつ「給料?」と問い返す。
「だ、だってっ! オレ、仕送りは極貧だしっ………奨学金はいつか返さなきゃなんないからヒマがあったらバイトしないと!」
自給800円よりも安かったらかなり迷う! と訴える彼女の瞳は切実である。
「えーっと、基本的にこの活動ってボランティアなんだけど………いや、でも個人の家庭環境に関わることだしなー。うーん」
「お給金もらえるなら、オレ、やれると思う」
頑張って戦うからね! と語る本人は真面目なのだろうが、ファミレスや本屋のバイトと比べられる防衛隊って一体―――それ以前に「命の代償」がそれでいいのか、この少女は。
いろんな意味で頭を抱えたくなった五右衛門は、とりあえず給与については後ほど確認して連絡することにして、まずは眼前のすさまじく不機嫌そうなお殿様に照準を定めた。先に意見を表明してしまった部下への不満もあるのだろうが。
「アンタはどうする? 織田信長。やめるもよし、進むもよし。安心しろ、やめる場合は候補に挙がってたことなんて他から絶対もれないぐらいカンペキな情報操作をしてやるから」
ちっ、と信長が舌打ちをした。
ふんぞり返った体勢からやや背筋を伸ばして居丈高に口を開く。
「オレは―――」
リリリリリリッッ!!
突如、鳴り響いたベルの音が場を遮った。
「悪い、オレのだ」
五右衛門が左腕のリングをゴソゴソといじりだした。実働部隊だけに支給されるものだが、当然、信長も日吉もそのことを知らない。ただ信長だけが苛立ちと共に「電源きっとけよ!」と叫んだ。
部屋中に聞こえるよう回線をオープンにする。背後のざわめきが伝わる中、やや焦った感のオペレーターの声が届いた。
『五右衛門! いま何処にいるの!?』
「ヒカゲか。オレは蝮学園で交渉中なんだが―――」
『緊急事態よ! 東京駅に敵ロボットが数体出現したわ。いま非常線を張ってる、早く来て頂戴』
「了解」
ピ、と交信を終了すると不敵な笑みで周囲を見回した。
「―――て、ワケだ。すまないが急用できちまったんでな、アンタらの答えはまた次の時に聞かせてもらうことにするよ」
即座に踵を返し、出て行こうとした五右衛門を帰蝶が呼び止めた。
「お待ちなさい。駅まではかなりの距離があります。地下駐車場にお父様のランボルギーニがあるからお使いになって」
「鍵は?」
「これです。次に訪れる時まで貸しておきますわ」
レンタル代は請求しませんが破損した場合の保険料は存分に支払って頂きますからね? との爽やかな副会長の微笑みに「食えないお姉さんだねぇ」と苦笑が零れた。
脳裏に校内図を描いた五右衛門は、これが一番早いとこの三階の窓から飛び降りた。「危ないよ!」と日吉の声が聞こえた気がしたが、振り仰いだ生徒会室の窓辺は植木に邪魔されて様子を窺い知ることは叶わなかった。
駐車場へはすぐたどり着いたが、意外と車が多く、該当車を選び出すのにやや時間を要した。ようやっと鍵の合うランボルギーニを見つけ―――同種の車が数台置いてあるのは嫌味としか思えない―――エンジンをかけた時、階段を駆け下りてくる影を認めた。
「待て、スッパ!」
振り向いた先、息を切らせた信長と、心配して追いかけてきたらしい日吉がいて。
大体の用件は察知できたが素知らぬフリをする。
「どうした? 答えは保留でいいんだぜ?」
「確かにいまは保留だ。だが―――オレを連れて行け!」
「殿っ!?」
日吉が信長の学ランの裾を引っ張るが意に介した様子もない。
「行き先が何処か分かってんのか? 巻き添えくらってもしらねーぞ」
「望むところだ。命を懸けるに値する仕事かどうかは現場を見て決めてやる」
こちらを見つめる柄の悪い笑みと不遜な瞳は決してキライじゃなかった。
口元に同様の笑みを刻んで五右衛門は助手席の戸を開ける。
「とっとと乗れ。時間がないから飛ばしてくぞ」
「テメーが運転とちらなければ済む話だ」
「えっ、ちょっ………殿! 待ってください! オレも行きますから!」
置いてかれまいと日吉が慌てて後部座席に飛び込んだ。信長がぶっきら棒ながらも何処か嬉しそうな声で叫ぶ。
「ああ!? ついてくんじゃねーよ、テメェは! 邪魔だ!」
「そうは行きません! 殿をお守りするよう濃姫さまから言い付かってますし―――それに、オレだって防衛隊の一員になるんですからっ!」
どうやら彼女の中では既に入隊は確定事項らしい。
だったら給与の確認なんて不要なんじゃねぇ? と笑いを噛み殺しながら、信長に従うことを「当然」と捉えるその姿勢にある意味で感心する。
「このバカザル! 勝手にしろ!!」
「勝手にします!」
「はいはい、じゃれ合うのはそこまでにしてくれよっ。―――目的地は東京駅だ!!」
何故か耳に心地よい口喧嘩をBGMに五右衛門はアクセルを踏み込んだ。
「―――出来れば訓練を積んでからにしたかったが」
未だ実戦経験のない機体を見上げて蜂須賀小六は微かなため息をついた。防衛隊本部に招かれていた犬千代も並んで不安そうに「それ」を見上げている。
「あのー、マヂでやるつもりなんですか? オレ、確か5人の中では一番シンクロ率が低いんですけど」
「已むを得まい。奴らが先手を打って来てしまったのだからな」
最終兵器を操れる実働部隊が出揃う前にと考えたのか。防衛隊本部も、蝮学園も、セキュリティが高く攻撃するには難い。
敵の出現先が東京駅であるならターゲットは約1名に絞られる。
「仲間のための戦いだ! 気張って行け!」
「は、はい!」
ビシッ! と犬千代が敬礼する。
司令の背後に控える白銀の機体が鈍く光を放つ。
「―――コロクンガー、出撃!!」
鈍い機械の駆動音と出撃BGMが辺りに響き渡った。
腕時計の針は予定通りの時刻を示す。が、もとより余裕を見ての出発だったので実際にはかなり時間が余っていた。本部集合まで周辺をぶらついたって問題ないだろう。春先の東京駅は仕事に向かうサラリーマンやら何処かへ遊びに行く家族連れでごった返している。
(………この駅の外観が有名なんだよな、確か)
10年前の宇宙人の攻撃で破壊されつくした東京駅は、最近ようやく修復が完了した。明治時代の外見をそのままに踏襲したフォルムは歴史好きを感涙させてやまなかったと言う。折角だからそれを拝んでみたい。
手持ちのカバンひとつの外見は修学旅行中の学生そのものだから呼び止められることもないはずだ。地元では無駄に問題児として有名になってしまったおかげで歩いているだけでも通報される危険があったのだが、流石に此処まで来れば見知った顔もないので安心できる。春先の転校は中途半端この上なかったが、自分は家を出る口実が出来たし、養父母は懐かない養子を厄介払い出来たことになるし、学校は問題児が退学してくれたとあって、概ね今回の防衛隊からの誘いは良い方向に働いたのではないかと思う。
(あとは防衛隊の連中次第だが―――)
馴れ合うつもりは全くないし、馴れ合って欲しいとも思わない。
考えに没頭していた彼は、故に、周囲の喧騒に全然気付いていなかった。明らかに自分が人の流れに逆行していることも、悲鳴が上がっていることも、駅員が「非常口はこちらです!」と叫んでいるのも意識していなかった。
それはひとえに彼が都心の「日常」を知らないためであって、「何だぁ? 東京駅って随分喧しいところなんだなー」という感想しか抱けなかったのは誰が悪いワケでもないのだけれど。
階段を上りきったところで漸く面を上げた彼は。
―――謎のロボット数体が辺りを闊歩している現場に出くわして。
なんとゆーか、それはもう非常に「非日常」な光景で、人々は逃げ惑うし街灯は粉砕されるし修復したばかりの壁はぶち壊されるしで、少しばかりの悪い予感に襲われつつ。
「………東京駅のフォルムってロボットが必須だったか?」
などと聊か以上にボケた発言をする実働部隊隊員候補・日野秀吉は。
彼らの目的がまさか己の抹殺にあろうなどとは微塵も思いやしないのだった。
―――かくして。
人は揃い、敵が揃い、場も整えられた。
これが、彼らの出会いと、戦いの始まり。
全ての始まりだった。
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