※リクエストのお題 → 『コロクンガー』、ほのぼの兄妹話。

※可もなく不可もない話になりました。

※予想してたよりも短い話になりました。よかったね、自分!(ちょっと待て)

 

 

 

 ミンミンとかジーワジーワとか種族をごたまぜにしたような蝉の鳴き声がけたたましくも響いてくる。
 冷房など完備されていない旧式の部屋の中、扇風機だけが茹だる熱気の救世主だったがこのところの暑さに機械でさえもやられ気味だ。音色で涼を取ろうにも風は入らず、窓枠に吊るした風鈴も虚しく埃を被るばかり。

「―――あつい………」

 畳に寝転がった状態で秀吉は低く呻いた。

 


― Summer Days ―


 

 四季があるのはよいことだ、が、真夏の日本だけは住むもんじゃないと心から思う。梅雨明けのジットリとした水気と熱気をはらんだ大気に混じって上空から燦々と太陽の光が降り注ぐ。梅雨晴れを喜んだのも束の間すぐさま空気は干からびてアスファルトに陽炎を生じさせる。コンクリ製の壁と道路で熱が吸い込まれるはずもない、木陰に寄ったところで得られる風など高が知れている。
 せめてもの救いと言えば学校が夏休みという名の長期休暇に突入していることであり、流石の宇宙人連中も日射病にかかったか、実働部隊の出撃回数が明らかに目減りしていることであった。
 しかし、それと同時に文化祭の演目を特訓すべく勉強目的でもないのに学校に通い、実働部隊の修行に無意味に駆り出されたりしていたので何とも言えない。尤も、どちらの施設も冷暖房完備のナイス職場だったので否やはなかったが。
 むしろこうして中途半端に放り出された昼間の方がつらい。宿題なら疾うに終わらせたし任務もないし何処かに出かける気分でもない。
 同居人、は―――サマーセールがあるとか何とか言って外出したんだったっけ。元気なことだ。
 ウダウダと自室で転がっていると微かではあるが居間の風鈴がチリチリと音を奏でるのが聴こえた。
 ならばこちらにも風が入ってくるだろうと思ったのに予想に反して「そよ」とも入ってこない。そのくせ風鈴は微かに音を奏でているので、涼をとるための存在に逆に苛立ちが増して行く。
 がばり! と思い切りよく立ち上がり、
(―――引き千切ってくれる!!)
 怒りに任せて勢いよく戸を開け放った。
 と。
「あれ? 起こしちゃった?」
 窓際で振り向いたのは。
「………日吉?」
「ああ、ごめん。うるさかった?」
「―――いつ帰って来たんだ」
「ついさっきだよ」
 同居人の足元にはいまにも溢れかえらんばかりの野菜が詰め込まれたビニール袋が鎮座している。こんな大荷物を抱えて炎天下の中、歩いてくるのは大変だったろう。電話するなり防衛隊用リングで呼ぶなりしてくれれば何処にでも迎えに行ってやったのに。
 日吉の手にはボロボロのうちわが握られている。この家の冷房設備といえばうちわと動きの鈍い扇風機ぐらいのもので、しかも、電気代が勿体無いからと彼女は滅多に扇風機を使おうとしないのだ。昔ならイザ知らず温暖化の激しい昨今にそんなんじゃいずれ脱水症状を起こしちまうぞと案じるのは己のみか。電気代ぐらい防衛隊から得た給料で賄えるのに。
 買い出しに行かなかったお詫びのように、転がったままのビニール袋からナマモノを取り出して小さな冷蔵庫に無理矢理突っ込んだ。
「ありがと」
「別に。………そういや、さっき風鈴が鳴ってたが、外は風があったのか?」
「え? 違うよ、さっきのはね」
 笑いながらうちわでパタパタと風鈴を煽る。
 微かな風を受けた安物の硝子細工はチリチリとお情け程度の音を奏でた。
「秀吉、『音が鳴らない風鈴なんてウザったいだけだ』って苛立ってただろ? 音が少しでも鳴れば気分よくなるかなーってさ。―――起こしちゃったんならごめん」
「―――寝てねぇよ」
 あれしきの音で憤っていた自分を少し反省した。世の不快指数に倣って己まで短気になる必要はないというのに恥ずかしい限りだ。
 面には出なくとも割りとすぐに怒ったり苛立ったりする自分とは逆に日吉は大抵のんびりしている。無論、怒る時は怒るし信長の言動に振り回されたりしているけれど、やたら滅多らブチ切れたりしないのだ。それは、尊敬に値する点だった。
「お前、シャワーでも浴びてきたらどうだ? 汗かいてんだろ」
「水が勿体無いからいい」
「おいっ」
 トシゴロの娘さんがなんてことを! と眉をしかめると軽やかに手を振られた。冷蔵庫の前に屈んだままの秀吉を通り越して流しの下の戸棚を開ける。
「冗談だよ。実はスーパーの前で偶々五右衛門と会ってさ、バイクで送ってもらったからそんなに汗かいてないんだ」
「ほーお?」
(偶々、ね)
 それは『偶然』ではないな、と秀吉は内心で結論付けた。
「ところでさあ秀吉、おなかすいてる?」
「すいてると言えばすいてる」
「じゃあ、かき氷たべよう! 機械ならちゃんとあるからさっ」
 満面の笑みと共に日吉は水屋の下からかき氷機を取り出した。真っ青なペンギンを象ったそれは所々色がハゲて見るからに年代ものなシロモノだった。
「食うのはいいがシロップなんてあったか? まさか醤油やソースで食えとは言わないよな」
「ヘンなこと言うなよ秀吉、醤油もソースも貴重な調味料だぞ!」
 拒否の理由は希少性であって味覚ではないらしい。
 ペンギンを小脇に抱え秀吉を押し退けた冷蔵庫のポケットからビシッ! と煤ボケた瓶を取り出した。
「使うのはこれ! カルピス原液!」
「なるほど」
「―――を、20倍に薄めよう! 勿体無いから!!」
「ほとんど水じゃねーか!!」
 意味ない!
 それは意味ないぞ日吉!!
「カルピスぐらい薄めずに使え! 薄めてもいいけど20倍はやめてくれ、頼むから!」
「え〜、でもさー」
「でもも何もないっ。そんなにカルピスが好きならオレがバイト先で貰ってきてやるから! な!?」
 バイト先の酒屋さんとかスーパーとかコンビニの陳列棚を思い出す。今時カルピス(瓶詰めタイプ)を売っているのか定かではなかったが捜せばどうにかなるはずだ。何にせよこの妹は生活が倹しすぎる。ペンギン型かき氷機の製造年代以上に瓶詰めカルピスの賞味期限が気になっていたがそれは聞かない方がいいだろう。
 日吉は未だ考え深げに実兄とカルピスの瓶を験す眇めつ眺めていたが、「ま、いっか」の声と共に居間に向かった。秀吉はほっと胸を撫で下ろすと、戸棚から薄っぺらいガラス皿を取り出してスプーンを居間に並べた。
 再び台所に戻ってきた日吉は冷凍庫を開けると流れ出た冷気に嬉しそうに微笑む。
 取り出した氷をペンギンの頭部に放り込んで―――冷静に考えるとかなりシュールな光景だ―――ガリガリと取っ手を回す。日吉の腕ではどうにも引っ掛かってならなかったから、途中から交代して。

 ガリガリガキキキガリゴリ.

「………すごい音だな」
「久しぶりだからね」
 刃が錆びてるかもしれない、と日吉は頬に手を当てる。
「赤錆ついてたら一緒に鉄分が取れて一石二鳥だよね」
「腹を壊すぞ」
「大丈夫だよ。たぶん」
 ガキン、と音を奏でて取っ手が止まる。ガラスの器は未だひとり分しか満たされていなかった。ペンギンの内部には氷なんて跡形もなくて、足りないなと呟けば「うん」とあっさり頷かれた。
「二人前の氷つくれるほどウチの冷凍庫って大きくないもん。だから、オレの分はいま冷却中」
 持ち上げたカルピスの瓶を傾けて好きなだけかけなよと彼女は笑う。
「これは、暑さで参ってた秀吉の分。―――先に食べて」
 そう、勧められたところで。
 あっさり自分のスプーンを握れれば世話はない。
「暑さに参ってたのはお前だろ?」
「だから、オレは五右衛門に送ってもらったから平気なんだって」
「でも出かけてただろ」
「秀吉こそ部屋でまぐろみたくなってたじゃん」
 みてたのかよ。
 なんだか妙な意地が働いて口元をひん曲げれば相手も負けじとばかりに視線に力を篭めてきた。
 互いに頬を膨らませて睨み合う。机の真ん中に置かれたかき氷が徐々に輪郭を緩めていく。ガラスの器を押しつ押されつしたてのひらにヒンヤリとした感触を残して氷は確実に水へと変化して行く。折角の「かき氷」が単なる「少し冷たいカルピスウォーター」に変身するのも間近いだろう。
 勿体無い………と。
 かなり未練がましくかき氷を見遣ったのもおそらく同時。
 視線が合ったが最後、もはや笑うしかない。
 一緒に声を上げて笑って、「さすが双子」と周囲に呆れられるような同調具合で、共に己のスプーンを利き手に握り締めた。
「食っちまえばいいんだ、食っちまえば!」
「半分こだね」
「食卓は弱肉強食っておふくろに教わっただろ」
「弱者は労われって母さんは言ったんですっっ」
 言い合いながらも氷を突き崩す手は止めない。ぱくり、と飲み込んだ氷のあまりの冷たさに頭がジンとなる。
「〜〜〜っ! この感覚、苦手なんだよなーっ」
「………全くだ」
 美味しいはずなのに頭痛に悩まされなければならないとはとんだ二律背反だ。
 こめかみを抑えて眉をしかめていた日吉がぼそりと呟く。
「お茶を入れたらどうなるかな?」
「かき氷の意味がなくなるだろ………」
「抹茶味ってなかったっけ?」
「あったかもしれないが作り方は絶対違う」
 からからと笑いながら日吉がスプーンで器の縁を行儀悪くカンカンと鳴らす。聞き方によっては先刻の風鈴のか細い音色に似ているようで僅かに秀吉の表情を緩ませた。
 陽が暮れてくれば気だるい空気も動かない風も少しは変化するだろう。
「今年も、暑いね」
「都会は人口密度が高いしな」
 それだけが直接的な原因ではないとしても間接的な原因のひとつではあるだろう。寄せ合う人々の熱気にアスファルトの反射光が混じればそりゃあ誰だって暑くてたまらない。もとより自分は誰かと身を寄せ合って暮らすのが苦手なのだ。
 スプーンの先端をゆらゆらと揺らしていた日吉がやや控えめに呼びかける。
「秀吉は―――、オレといると………暑い?」
「暑い」
 平然とした顔でかき氷をかきこみながら。
 相手が表情を少しでも曇らせるより早く。

「でも、―――暑苦しくはない」

 付け足してやれば、しばしの瞬きを繰り返した後に。
 何処となく照れ臭そうに、はにかむような笑みを浮かべた。日吉は笑みは崩さぬそのままに働き終えたペンギンの頭に意味もなく手を添えて。
「オレも、秀吉といると暑いけど、暑苦しくはないよ」
「………風があれば文句は言わないんだけどな。冬が来れば寒くなるし」
「もし寒くて耐え切れなくなったら引っ付いてようよ。暖房代が節約できて一石二鳥だし」
 出来るだけ重ね着して布団に篭もってそれでも尚寒いならくっついて眠ろうと頓着せずに言い放つ。実行できるか否かは『引っ付き』の度合いに寄ると思ったが敢えて口にはしなかった。
 何故って、それは勿論。

 世間が暑かろうと寒かろうと、いつでも引っ付けるほど傍に居たいのは紛れもない事実だったから。

 

 


 

一応「ほのぼの」………だとは、思うんだ。内容はないけど(禁句)

 

『コロクンガー』の本編沿いで考えると、このふたりが一緒にいた時期が限られてるので、

外伝を書く際に幾らか制限があるのですね。

いきなり最終回後の物語を書く訳にもいかないし(笑)

どうでもいいけど、このふたりの生活って『神○川』みたいだなとフと思った(貧乏なところが)

 

こんな作品ですが少しでも喜んで頂けたら幸いです。リクエストありがとうございました♪

 

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