※リクエストのお題 → 『ミスジパ』、ゴエと日吉でラブラブなものを。

※『コロクンガー』とも原作とも違う設定で! と考えたら何故か中二ファンタジーになりました(なんでやねん)

※そのくせしてごく一部でちょっとだけグロい表現があったりするので苦手な方はご注意くださいv(………)

 

 

 



それは、魔王が眠りを貪る世界の物語。

『光の魔道士』と『闇の魔道士』が争い、激しい激突の末に互いに眠りについてより数年後。
人々が比較的穏やかな生活を営むことが出来た僅かな間。




闇の陣営と光の陣営による大戦が起きる一年前の物語。


 


― Encounter ―


 

 踏みしめる足元はぬかるみ、周囲は鬱蒼とした木々で覆われている。梢の隙間から空は垣間見えるものの、あまりにも狭く切り取られた僅かな「青」は却って心苦しくさせる。それでなくとも背の高い草の合間に潜む獣の気配が己の神経を焦がしてくれるのだ。
 入ったが最後、ただでは済まないと噂される―――まこと此処は『死者の森』に相応しい。
 尤も。
(抜けられないのは素人だけだけどな)
 深く被ったフードの合間からあまりタチのよろしくない笑みを閃かせて身軽に梢を渡り歩く。着地するたびに揺れる小枝の上で狂いがちな方向感覚を修正しながら幾度となく訪れたことのある道を辿る。
 もう何回目になるかも分からない来訪。おそらくは最後になるだろう訪れ。
 森の中でも一際異彩を放つ巨木に埋もれるようにして立つ貧相な庵。躊躇いなく扉の真ん前に着地すれば足首に取り付けた魔除けの札が粉微塵に砕け散った。相変わらずの警戒。けれど、相手が本気であれば魔除けの札など何の意味もなさないことを彼は知っている。
 とんとん、と先ずは軽く戸を叩く。
「もしもーし………何方かいらっしゃいませんかー?」
 返されるのは沈黙のみ。上空を飛び交う不吉な鳥の鳴き声のみが辺りを支配している。
 ふう、と息をついて。
 思いっきり拳で戸を叩き付けた。

「聞こえてんだろ!? 出て来い、<タナトス・メーカー>!!」

 叫びが周囲に木霊してより数瞬後。
 ギシリ、と鈍い音を立てながらやっと扉は開かれた。白銀の髪に紫の瞳を携えた少女が冷徹に微笑んでいる。
「あら、ゴエモン。久しぶりね。お元気だったかしら?」
「お元気だったかしら、じゃねーだろ」
 つい先日会ったばかりじゃないかと口元を歪めながら青年になりかけの少年はフードを取り払った。煩わしそうに黒い前髪をかき上げる。
「いきなり森の中で局地的に引越ししないでくれよ、ヒカゲ。おかげで探し出すのに苦労した」
「ふふ、ごめんなさい。なんとなく嫌な予感がしたものだから」
 占い師のローブを纏った少女はそう言って密やかに笑った。
 つい先日まで彼女が住んでいた森の一画は、昨日、近隣の村からの出火で焼け野原になったばかりである。逃げの一手は盗賊たる自分の特技と心得ていたが、こと、未来を先読みする能力にかけては『彼女たち』の右に出る者はいない。
 だったらこれから己が告げる言葉も疾うに知られているのだろう。
 わざとらしく右手を掲げて宣誓の姿勢を取る。
「つー訳で―――いよいよウチのボスが辛抱きれたみたい。いつまで経っても味方になることを承諾しないんならいっそ打ち滅ぼしますってよー」
「あら、そう」
 ゴエモンの雇い主は一国の王だ。
 王からの誘いを断り、断った以上は殺すしかないと告げられたにも関わらずヒカゲは全く興味を示さなかった。
 そしてまたゴエモンも、『彼女たち』ならば逃げるぐらい造作もないと知っている。
「誘いを断るなんざやっぱり命知らずだねぇ」
「お互い様でしょう? あなたがその気になれば私たちを無理矢理連れ去るぐらい容易いはずなのに」
「金以上の働きはしない主義なんでね」
 と、肩をすくめて見せる。
 これまでも何度か彼は様々な国の使者として彼女のもとを訪れていた―――雲隠れが得意な『彼女たち』を見つけ出せるのは彼ぐらいのものだったので―――どこの国でもやっていける実力を有している彼からしてみれば、一国に忠誠を誓う利点は少ない。
 首になってもやっていける自信があるなら無理に相手を引っ立てる必要はない。雇い主から貰っている報酬はそこそこだったし、何だかんだ言いながらも彼は『彼女たち』を気に入っていた。
 付き合い慣れた者にしか分からないぐらいの仄かな笑みをヒカゲが浮かべる。
「折角の忠告ですもの、早々に退避させて頂くわ。………ところで、あなたの雇い主は西の賢者にも声をかけているのでしょう?」
「らしいね。よく知らないケド」
 占い師―――東の魔女と双璧を成すと言われる西の賢者、<ブランカー>。
 いずれ訪れるだろう光と闇の戦いのため、どの国も囲い込みに余念がないということだ。
「戻るのはやめておきなさい。どうせ<ブランカー>が承諾するはずもないのだし、ふたり共に断られたとの報告を返せば怒り狂った王に八つ裂きにされるわよ」
「やっぱりそう思う?」
 にんまりと笑うゴエモンも、当然、それを想定していた。東の魔女も西の賢者も従わないだろう未来を確信した時、挨拶もそこそこにトンズラこくことが脳内決定された。報酬の不払いが惜しくとも命あっての物種である。
「じゃあ、私からひとつだけ餞別ね」
 これまで何度も見逃してもらったから特別よ、と。
「あなたは帰り道で拾い物をするわ。それはあなたをとてつもなく面倒で大変な運命に巻き込んでくれるけれど、災いとするか幸福とするかはあなた次第よ。頑張って」
「………あんたの台詞じゃなきゃもちっと素直に受け取れたんだけどな」
 ヒカゲは災いや不幸を予見し、『もうひとり』は幸福を授けると言われている。実態がどうであれ内容の確実性は確かだから権力者が『彼女たち』を求めるのも宜うかな。
 じゃあな、と軽く手を振るだけで終わりとする。
 しめっぽい別れなど御免だった。一度別れたら二度と会わない可能性の方が高くとも、何故か『彼女たち』であれば大丈夫な気がしていた。




 訪れた時よりも幾分は明るくなっているだろう空もこの森ではあまり関係がない。梢から梢へと飛び移りながら行き過ぎる風の冷たさを頬に感じる。ぬかるんだ土の上を歩く気にはなれない。
 なにせ此処は『死者の森』。死に切れない亡霊たちの怨念が渦巻いている場所だ。
「………ん?」
 ガサリ、と葉を揺らして。
 視界を掠めた物体になんとなくゴエモンは歩みを止めた。
 やや離れた場所に『死者の森』にしては珍しくも陽だまりが出来ている。更に珍しいのは、そこに倒れ伏しているモノがいることだった。
(行き倒れ、だな)
 各国が凌ぎを削りあう現在はそれこそ見慣れた光景である。わざわざ『死者の森』に迷い込んだ挙句に野垂れ死んでいる辺り妙ではあるが、死体ならその辺にゴロゴロ転がっている訳で、特にゴエモンは職業柄そういったものをよく見かけている訳で。
 足を止めずに素通りすればよいところを敢えて留まったのは先刻の知人の一言のためである。

『あなたは、この先で拾い物を―――』

 ―――普通に、考えれば。
 それは金目のものだったり美女だったりするのだろう、が。
 あそこに打ち捨てられているボロ布はどう考えたって美女には見えないし、金目のものを持っている風にも思われない。でも。
(何か隠し持ってるかも知れないよな?)
 彼女が進んで語るのは不吉な内容が主であることを都合よく忘れて、ゴエモンは僅かな期待を胸にボロ布の傍に降り立った。
 つま先で軽く小突いてみる。………反応、なし。
 これなら大丈夫だろうと屈み込み、肩(と思われる)部分に手をかけた。
 直後。

「よかった―――っっ!! お仲間ですね―――っっ!!?」
「うぇあうおっっ!!?」

 ガバーッッ!! と立ち上がったボロ布に驚いて数メートルばかり飛び退いた。なんか奇天烈な叫びまで発してしまったようだが、その辺りはおいといて。
 ただのボロ布と思っていた物体には未だ生存反応があったらしい。泥まみれの顔を涙で更に汚しながらゴエモンの服の裾を引っ張っている。声や背丈で判断する限りは年下の少年のようだ。何故にこんなところにいるのか知らないが。
「も、ほんとオレ、どうしようかとっ………! 道に迷っちゃったから誰かに尋ねようと思ったのに誰も答えてくれないし!」
「―――尋ねる?」
 ヒシと掴まれた服の裾を取り返しながらゴエモンは首を傾げた。悪名高い山賊も避けて通るこの『死者の森』にそんなに頻繁なヒトの出入りがあったのだろうか。
 いるとしたら、それは多分。
「皆オレが近づくと逃げてくんです、そりゃ、確かにオレのなりはこんなだし疑われても―――」
「………なあ」
「え?」
「もしかしてお前が道を尋ねようとしたのって、あんな感じの奴?」
 と、木々の合間に見え隠れしている影を指差せば。
「あ、はい。そうです」
 あっさりと少年は頷いた。
 逆に答えられたら怖いっつーのとゴエモンは冷や汗を流した。
 行き過ぎる影は全て死者の亡霊。迂闊に近づけば魂を吸い取られてめでたく彼らの仲間入りだ。名のある神父や協会認定レベルAの白魔道士が梃子摺るようなクラスの悪霊どもがうようよしているのに、まさかそれを「生身のヒト」と間違えて近寄ってくる者がいようとは、連中もさぞやビックリしたことだろう。
 今更のように少年はおずおずと一歩、引き下がった。
「あの………すいません、町までの道を教えてくれませんか? そしたら後は自分でどうにか―――」
「………いいよ。案内してやる、ついて来い」
「え?」
「どうせオレも一回町まで出ようと思ってたから。置いてっても寝覚めが悪そうだしな」
 深く被り直していたフードを脱いでゴエモンは苦笑を浮かべた。
 もしかしてこれが彼女の言っていた『拾い物』か。どちらかっつーとこれは『拾い者』だ。いつもなら金目のものを奪って逃げるだけだが、みすぼらしい格好をした少年に金品の期待は全く出来なかったし、何を隠そう、泥だらけの顔から覗く大きな瞳にはちょっと心惹かれたのだ。
 ―――磨けば何か出てくるか?
「そーいや名前も聞いてなかったな。オレはゴエモン。お前は?」
「ヒヨシっていいます。ゴエモンさん」
「敬語じゃなくていーぜ。聞いててムズがゆくなってくるから」
 苦笑を色濃くしながら手を差し出せば満面の笑みと共に握り返された。
 小さなてのひらは女とは比較にならないぐらいカサついていたけれど、悪くないと感じた。




 聞けば、ヒヨシは双子の兄と一緒に故郷の村を出てきた処だったという。名を上げようと田舎から町へ出てくる若者は多い。故郷の村を出た一番の理由は、先に外界へ出ていた兄が「いい就職先を見つけた」と呼びに来たからで。
「でも、途中で山賊に出くわして………必死になって逃げてたらいつの間にかあんなところに」
「かろうじて聞き取れた落ち合う場所が『死者の森』? ま、盲点っていえば盲点だけどなー」
 宿場の料理店で肉団子を突付きながら、さり気なくゴエモンは少年を検分していた。
 森から近場の町まで、ヒヨシを抱え上げたままの状態で息も切らさずに疾走したゴエモンに彼はひどく驚いていた。盗賊の身体能力を知らないのかと尋ねれば自分の村にそんな職業の人間はいませんでしたと真面目に返された。盗賊なんてのは騎士くずれか魔道士くずれがほとんどなのだが、その辺の知識があるのかも怪しい。
 どこの泥人形かと目を覆いたくなる格好で町に入るのは躊躇われたので、仕方なくヒヨシに新しい服を買ってやった。公衆浴場(有料)にも一緒に入って磨いてやった。流れ落ちる泥の量に「どんだけ彷徨ってたんだ」と呆れれば「三日ぐらい?」と告げられて少し驚いた。この、もやしのような体型をした、武器のひとつも持っていない少年が『死者の森』でその間、命を繋げていたという事実に。
 無一文だったヒヨシはゴエモンの好意にひどく恐縮していた。空腹に耐えかねてガツガツとあたたかなスープを貪り食う様は「上品」とか「気高い」には程遠かったけど、茶色がかった明るめの頭髪とか、標準より大きめの耳とか、印象深い目には愛嬌があって見る者の笑いを誘った。ちょこまかと動き回る小動物を見守る気分にさせてくれるのである。ゴエモンは自他ともに認める倹約家だがヒヨシのために支払った服代や食事代は大目に見てやろうという気持ちになっていた。この辺は例の魔女の予言も影響しているのかもしれない。
 同時に、目と鼻の先を見ず知らずの少年がうろついていたのに何もしなかった<タナトス・メーカー>の態度にも疑念を抱く。もしかしたら自分で助けるのが面倒だからこちらに押し付けてきたのかもしれない、と早くもため息をつきながら。
「お前、この後どうするつもりだ? また森に戻るのか?」
「悩んでます………じゃなかった、悩んでる。森で待ってるのが一番いいとは思うけど―――」
「いっそ故郷まで戻ってやり直してみちゃどうだ。兄貴ももっかいぐらいなら迎えに来てくれるかもしれないぜ?」
 地図は見たことあるかと問えば案の定首を横に振られて、一体どんな環境で育てばこんな世間知らずになるんだと内心で呆れた。『盗賊』にしてみればこれ以上はないほどのカモである。自分とて、ヒカゲの言葉がなければどうしていたかなんて分からない。
 懐から取り出した『エンディッド王国』の地図を広げる。ヒヨシは食べかけのスープを脇に押しやって興味深げに身を乗り出してきた。
「出身地が何処だっつったっけ?」
「センターフィールド」
「ずいぶん遠いなー。地図にギリギリ載ってるぐらいだぞ」
 ついでに「田舎」と言いたかったが、一応やめておいた。地図上の小さな丸い点の横に『Center Field』とカナがふってある。字面と異なり非常に小さく、また、国外れに存在している村だった。
「でもって、こっちがいまオレらのいるビーハイヴな」
 地図の中央近く、放射状に交わる道の真ん中を指差した。
 ヒヨシの出身地であるセンターフィールドとビーハイヴの直線上やや右手に『死者の森』が存在している。とはいえ、暗黒時代の名残に相応しく地図だってあまり宛てにはならない。各国が自分勝手に領土の主張を繰り返すために国境線が幾度書き換えられたことか。現地に住む人間ですら、いま己が「どちら」の国に属しているのか即答するのは難しかろう。
「お前、迷子になりやすいみたいだし、来た道を引き返すのが一番だろーな。どの道使ったんだ?」
「う………」
 途端、ヒヨシはひどく答えづらそうに目を逸らした。挙句、渋々と語りだした内容は。

「―――わからない」

 の、一言だった。
 流石にこんな回答をされるとは考えてもいなかったので、今度こそ堂々と呆れてやった。
「じゃあ、どーやって此処まで来たんだ。目隠し状態で連れて来られたってワケじゃないんだろ?」
「ある意味それに近いのかも………オレ、ヒデヨシの魔法で一気に『飛んで』来たから」
 飛んだ、ということは。
(転移魔法か)
 自然、ゴエモンの視線が鋭くなった。この世に生きる人間は数あれど、魔法を使える者は数少ない。
「―――行きと同じ方法が使えないってんなら地道に金かせぎつつ帰るしかねーな。丸腰じゃ覚束ないし、誰かに護衛してもらうか商隊に加わるかしねーとな。けど、一番大切なのは」
「大切なのは?」
「これだよ、これ」
 親指と人差し指の先っちょで丸を描いて見せた。古今東西、これに関するボディランゲージは万国共通である。
「先立つものがなくちゃ話になんない。ほんと、どーして全額兄貴に預けたりしたんだ? はぐれること想定して分配しとくのが常識だろが」
「オレじゃ頼りないんだってさ」
「………気持ちは分かるぜ」
「ちょ、ゴエモン! 会ったばかりでそれってなんかひどくないか!?」
 頬を膨らますヒヨシをいなしながらゴエモンは裏で色々と考える。
 ヒカゲはああ言ってたけれど、いまのところこの少年にさしたる重要性は感じられない。確かに愛嬌はあるし、荒んだ己ですら和んでしまうような親しみを感じはするけれど、それだけではまだ足りない。
「金がない以上は稼ぐしかねーわな。なんならこの町の知り合いに紹介してやってもいいけど?」
「………ゴエモンはそう言うけど、オレだって手に職がついてない訳じゃないんだからな」
 物凄く不本意そうな顔をしながらヒヨシが懐から小瓶を取り出した。密封された容器の中で透明の液体がひたひたと揺れている。日の光に透かせば金色にも青色にも見える液体が妙に目を惹いた。
「なんだ、これ」
「薬草」
「液体じゃん」
「薬草を煎じて液状にしたもんなんだよ。これでも地元じゃ結構有名だったんだ!」
 調合方法は企業秘密だが、割と容易く入手可能な薬草を原料としているらしい。これを傷に塗ればたちどころに怪我が治る、とのことだが―――。
「怪我なんて白魔道士や神父に頼めば一発OKだし? わざわざ買い求める人間がいるか?」
「ね、値段を下げれば」
「したら結局、原材料費とトントンじゃねーの? いつんなったら儲けが出るんだよ」
 悔しそうに歯噛みしてきゅう、と俯いてしまった少年の姿にタチの悪い笑みが零れる。誰かを励ますより先にからかいたくなるのは己の悪い癖だ。ついでにゆーと、その癖を直そうとすら思わない辺りが既に終わっている。
「………尤も、この町は物騒で薬草の需要にゃ事欠かないからな」
「え?」
「地図みればわかるだろ? この町は交通の要なんだよ」
 八方向に伸びた街道がそれぞれの国の首都へと通じている。一国の首都から一国の首都へ至るまでの丁度中間点、商業の発達した都市、情報交換を行うのに最適な町。
 そして、経済と交通の要である以上、この町は常に周辺諸国から狙われている訳で。
「いつ何処に攻め込まれてもおかしくないし、隣国同士の戦に巻き込まれて戦場となることも珍しくない。金と情報という『蜜』を齎す代わりにいつだって周辺から剣を突きつけられてる危険極まりない町、ってことでつけられた名前が」

「―――『ビーハイヴ』(蜂の巣)」

 ザァッ、とヒヨシが青褪めた。
 ざわめく料理店の中ひとりカタカタと椅子を揺らし、ガタリと立ち上がって曰く。
「帰らせて頂きます」
「ははは、大丈夫だって。幾ら国境地帯だからってんな滅多なことは………」
 本気で脱走を図ったらしいヒヨシの腕を掴んで笑いながら引き止めた。
 直後。
 外で大声が上がった。店内の人間は一様に窓に取り付き、道行く人々は揃って天を指差している。
 驚愕に見開かれた瞳、呆然とした表情、ジリジリと後退りしながら。
 思わずふたりで顔を見合わせながら、戸惑いと共に立ち尽くす店内の人波を掻き分けた。去り際にテーブルの上に代金をバラまいておいたのはヒヨシの前で『食い逃げ』は出来まいという妙な理性が働いたためである。
 どよめきと共に皆が上空を見上げる中に並び立つ。何処までも心地よい青天、吹き付ける穏やかな風、の中に浮かび上がる異質な存在。数メートルにも達する闇色の羽根を広げ、巨大な嘴を裂けんばかりに開き、煌々と輝く黄色の瞳を携えて。
 ひ、と誰かが息を呑み、搾り出すような声で叫んだ。

「大怪鳥(ガルーダ)だ――――――っっ!!!」

 わぁっ!! と一気に恐怖と混乱が周囲に広がった。
 闇の陣営の尖兵、凶暴な肉食の鳥、かつて大戦において光の陣営に多大なる被害をもたらしたモンスター。恐怖も痛覚もなく、心臓を抉り出すまで決して行動をやめない殺戮のためだけにある存在。
 幾らここが周辺諸国からの侵略に慣れていようと、私兵を雇い武装しようと、以前の戦いの心的外傷は誰の身にも根深い。
「逃げろ、早く!」
「た、建物の中………っ、いや、地下に!!」
 店から逃げ出そうとする人間と、店に逃げ込もうとする人間が押し合い互いに重なりもみくちゃにされて潰される。弾かれて壁に叩きつけられた子供が泣いている。逃げ惑う女が二階の窓から転落する。
 即座にゴエモンはヒヨシへ手を伸ばした。
 だが、その手がすり抜ける。
「ゴエ………っ!!」
「ヒヨシっ!!?」
 人波に埋もれかかった大きな瞳と小さなてのひらを捕らえられたのはほんの一瞬、訓練を積んだゴエモンですら抗えないほどの力で人々はあらゆる方向へ逃げ惑う。

 ギィ――――――ッッ!!

 耳をつんざくような鳴き声と共に大怪鳥が町へ突っ込む。鋭い鉤爪の一撃を食らった宿場の壁が剥がれ落ちる。降り注ぐ家屋の破片に何名かが潰される。逃げ遅れた者が食われる、空へ連れ去られる、攫われた人間の『一部』が赤い液体と共に頭上から降り注ぐ。
 悲鳴、絶叫、鳴き声、恐怖、絶望、混乱、ああ、もう無茶苦茶だ。
(私兵団はなにやってんだよっ!?)
 と舌打ちして、けれども見上げた空を埋め尽くす鳥の大群に事態を察する。敵の数が多すぎて兵も動きようがないのだ。急を要する地帯に駆けつけようとて既に全域が「危険地帯」だ。
「ちっ!」
 腰に携えた短刀を抜き外壁の僅かな突起を頼りに一気に屋根へと駆け上がる。ごった返す群集に埋もれていては生き延びるものも生き延びられない。事実、右往左往している間に人々は片端から大怪鳥の餌食となっている。
 けたたましい叫びと共に一匹の大怪鳥が突っ込んでくる。
 間一髪で鋭い鉤爪を避け、針の穴を通すような正確さですれ違い様に弱点である巨大な足の付け根を突き上げた。心臓は硬い毛と鋼の肉体で覆われていて並みの武器では歯が立たない。けれど、片足を切り落としたならば平衡感覚を失った連中は勝手に自滅する。
 獣の咆哮、人間のものよりどす黒く生臭い血、短刀に絡みついた液体を空を切ることで振り払い。
 飛べなくなった鳥が地響きを立てて大地に叩きつけられる。何人か巻き添えを食らったか、黒鳥の身体の下から幾つかの細い手足がはみ出す。あれがもしもヒヨシのものだったらと思うとぞっとする。はぐれたままにしておけばいいのかもしれない、が、あの別れ方ではどうにも寝覚めが悪すぎる。
 ―――そうとも。
 それだけの理由だ。
 バラバラとはせ参じた兵士達が剣や槍を片手に必死の抗戦を試みている。ゴエモン自身も屋根から屋根へと飛び移り、眼下の人波に見知った茶色い頭が覗きはしないかと気にしつつ、敵の攻撃を掻い潜りながら反撃を続けた。
(にしたって………!)
 こいつらの目的は何なんだと唇を噛み締める。
 見渡した範囲に大怪鳥に命を下している闇の者は見つからない。しかし、何の目的もないままにこんなに大量のモンスターがひとつの町を―――幾ら経済と交通の要とはいえ―――襲うはずもない。
 半身を人間とモンスターの返り血で濡らしながらグルリと首を回す。
 そして、漸く。
「あんなとこに………っ!」
 最初にいた料理店からかなり離れた街道脇に倒れ付した小さな影を見つけた。我先にと逃げ出す人間に弾かれ、飛ばされして此処まで流れてきてしまったのだろう。幼い体躯はそれだけで混乱から逃げ出すのに不利な条件だ。頭を抑えながらどうにかふらふらと立ち上がろうとする姿は見ていて痛々しい。自分でも驚くほどの速さで駆けつける。
「ヒヨシ!!」
「? ………ゴエっ、」
 膝をついたまま振り向いたヒヨシが満面の笑みを浮かべる。
 その、背後に。
 ―――空から漆黒の翼が近づいた。
「っ、伏せろ!!」
 叫んだ時にはもう遅い。驚愕に見開かれたヒヨシの目、迫る鉤爪、悲鳴、絶叫、引き裂かれる食い千切られる細切れになる………!!

(―――ダメだ!!)

 伸ばした右手の先がかろうじて彼の服に引っ掛かったのは奇跡。
 近くへと引き寄せることが出来たのは僥倖。
 そして。

 庇うように前に出た身に鉤爪が食い込んだのは必然。

「ゴエモン!!」
 抱き締めた腕の中、近くにいるはずのヒヨシの悲痛な叫びが何故か遠い。
 視界を埋めた色が真紅だったから、ああ、これはオレの血なんだと不思議と納得して。
 背中から肩口にかけて一気にすっぱりとやられたはずだ。でも、痛くない。痛みなんてない。
 けれど、徐々に暗くなっていく視界と急速に冷えていく指先に久方ぶりにあの世への旅路を想った。運が悪い。間が悪い。確かに『大変な運命に巻き込んでくれる』と聞いた気はするけれど。
「流石に………っ、これ、は―――想定外………………っっ」
 呻き、ヒヨシの身体を巻き込みながら地面にもんどりうって倒れ込む。
 まだ敵は山といるんだから早く逃げなくちゃと思う意識と裏腹に、多大なる負担を強いられた肉体は強制的な喪失へと意識を埋没させた。




 ………暗い。

 薄暗い世界。
 その、視界の先に。
 煤ぼけた荒野が眼前に広がる。高く組み上げられた櫓の上、背景に城を構えながら吹き付ける激しい風をその身に受ける。
 櫓の尖塔に立ち、魔力のこめられた杖を頼りに、白いローブを風に靡かせて『彼』は一心に前を見つめている。その眼差しも、背格好も、甘すぎる考え方も出会った頃から変わりはしないのに時だけが無情に過ぎていく。
 決戦を間近に控えたいまになって何を思うのだろう。
 言葉を投げかけた。気付かれなくてもよかったのに、囁き声にすぎなかったのに、『彼』はこちらを振り向いて微笑んだ。
 櫓から舞い降りた『彼』を受け止めて己も笑う。
 何事か言葉を交わすと僅かに話し相手の表情が曇った。
 ………多分、己は尋ねたのだ。敵の中には『身内』もいる。本当に戦えるのか、親しい者を倒せるのかと、誰もが『彼』に繰り返し尋ねただろうことを敢えてこの場で持ち出して。
 他の誰にも漏らすことのなかった本音を、真実を、零してくれたならばと願いつつ。

『大丈夫』

 そう、『彼』が笑うと知りながら。

『皆がついててくれるから大丈夫。戦える。皆がいるから』

 ふ、と笑みを浮かべるのをやめて。
『彼』は揺れる瞳でじっとこちらを見上げた。最高位の魔道士の証である胸元のペンダントを握り締め、純白のローブに皺が寄る事さえ構わずに。
 ああ、でも、本当に本当のことを言うと、オレは。

『………オレは、お前が』

 手を伸ばし、こちらの服の裾を握る。白とは対照的な、灰色と黒で塗り固められた己の衣装を。
 瞳を逸らさずに絶対の信頼を篭めて見つめられる。裏切りたくても裏切れない、何処か底冷えするような、己が囚われてならない視線で。

『お前が傍にいてくれたら戦える。―――ゴエモン』




「………ン! ゴエモン! しっかりしてくれよ、頼むからっ!!」
「―――っ! ………!?」
 必死に己の名を呼ぶ声と、身体を揺する誰かの手に徐々に意識が覚醒の淵へと這い登る。
「よかっ、………! オレ、もう、起きないかと思っ………!」
 訥々と続いていた言葉が不意に途切れた。ヒヨシはいまにも泣き出しそうな表情を浮かべて、地面に寝転がったゴエモンにぎゅっとしがみ付いた。
 しがみ付かれた側としては喜んでいいのか戸惑えばいいのか混乱気味である。腕を少し伸ばしただけでつかえてしまう天井、は即ち崩れ落ちた家屋の一部であり、ちょっとでも手足を物陰から出そうものならまたぞろ大怪鳥の襲撃を受けることは響き渡る悲鳴と叫喚からも明らかである。
(って、そうじゃなくて)
 不思議なのは己の体だ。あの衝撃からいけばバッサリやられていてもおかしくはないのだが―――。
 痛みはないが、試しに手で探ってみれば服は裂けているし、起き上がろうと思えば血が足りないのか目が回るしで、やはりあれは現実の出来事だったのだと考える。
「―――ヒヨシ」
「え?」
「お前、何か………してくれたのか?」
 それしかないからと問い掛ければ、控えめながらも肯定の意を込めた苦笑を相手は返した。ポケットから取り出した右手に握られていたのは料理店で見せてもらった液体入りの小瓶。先刻よりも幾分、中身が目減りしているようで。
「効くかどうかわかんなかった………けど―――………」
「………」
 ―――なんと答えればよいのやら。
 それが真実だとするならば(真実なのだろうけれど)『効き目がよい』どころの話ではない。先刻は「白魔道士や神父に頼めば怪我の治療なんて一発だ」と一蹴したが、それにだって限界はある。自分の怪我がどの程度だったのか実感はないが、少なくとも『軽症』なんてレベルじゃなかったはずだ。
 いや、詮索は後だ。いまは此処から逃げることを考えなければならない。
 なにせ未だ敵は大量に徘徊し、自分たちは局地に追い詰められた格好なのだから。近くに落ちていた使い慣れた短刀を拾い上げ胸元に引き寄せる。
「どうする?」
「とにかく脱出だ。私兵団が出張ってたし、そのうち決着はつくだろーが長居してたらこっちが危ない」
 大怪鳥に食われるのはゴメンだし生き残った後に復興の手伝いをさせられるのもゴメンだ。要は、権力者とか王侯貴族とかと係わり合いになるのが非常にイヤなのだ。ヒヨシはともかく、自分はこれまでにかなり後ろ暗いこともやっている。このエンディッド王国にだって己をよく思わない人間は山といる。
 這い蹲って周囲を見渡していたゴエモンの目つきがふと険しくなる。
 やや離れた家屋の上に立つ―――黒衣を纏った人影。鳥どもがその人影だけを避けているのは。
(奴が術者か………!?)
 命令を下している人間を殺してしまえば大怪鳥の群れから逃げることも容易くなる。
「ゴエモン、危ないって! まだ隠れてた方が―――!」
「このまま隠れてたって埒あかないだろ? すぐ戻るから此処で待ってろ」
 その代わり、オレが倒れたらまた助けてくれよ。
 笑いかければ何とも奇妙な表情でヒヨシは黙り込んだ。その態度が気にならないでもなかったが、踏み込んでいい領域か判断つきかねて先に判断のつけやすい外界へと一歩を踏み出した。
 一息に地を蹴って宙に舞い上がる。傍らを掠める鳥どもの鳴き声さえ聞き流して。
 気付いた敵が振り返る、直前。
 血まみれの刃を黒衣の喉元に突きつけた。
「………っ?」
 伝わるのは呆気に取られた相手の態度と不敵な気配。仮にも凶器を急所に突き立てられているというのに動揺する素振りもない。不思議に感じつつ、あと一歩踏み出せば喉首を掻っ切れる位置でゴエモンは遅れて言葉を発した。
「あいつらを操っているのは―――お前か?」
 ふ、と思ったよりも背の低かった相手は鼻先で笑う。
 刺々しく、敵意に満ち溢れた言葉を吐く。
「だとしたら?」
「止めろ。いますぐに」
 意外と幼い声音に内心で首を傾げる。
 なんだ、この違和感は。感覚は。聞き覚えがある気がするのは何故だ。僅かに覗くフードの隙間で相手が笑っている。高く掲げられた両手に威嚇の色を露にすれば更に馬鹿にしたような声をかけられた。
「止めろと言ったのは貴様だろう?」
 衣装からしてコイツは間違いなく『黒魔道士』。金に汚く裏切りと移り気を特徴とする盗賊を生業としている己が言えた口ではないが、攻撃魔法を得意とし破壊と殺戮を好むとされる職種だ。
 あくまでも警戒は解かずに一歩下がることで意を示せば相手が少しだけ「へぇ」と悪意に染まっていない笑いを零した。
 わかってんなら其処でじっとしてろ、と。
 両手を組み合わせた黒衣の少年の周囲には未だどの大怪鳥も近寄らない。
「―――の水面に浮かぶ―――暗冥の魔王、闇の覇王、永久の女王………我に全てを打ち払う力を与え給え………!!」
 少年の口から<力>ある言葉が放たれる。

「<<轟雷>>!!!」

 ドォォォ………ン………!!!

 視界を埋め尽くす閃光、身体を震わす轟音、背筋が粟立つ感覚。
 反射的に閉じた瞼を開いた次の瞬間、辺りは疾うに様変わりしていた。ビリビリと帯電している空気、地に叩きつけられた多くの鳥の死骸、巻き添えを食らって倒壊した家屋の群れ、群れ、群れ。
 此処が人気の少ない郊外だからよかったものの、町中でこんな高等魔術をかまそうものなら間違いなく人的被害が出る。モンスターに食い殺されるのと雷で撃ち殺されるののどっちがいいか等と訊かれたくもないし答えたくもない。言うまでもなく、どっちもゴメン被りたいからだ。
 だから黒魔道士ってのは信用ならない―――と思ったところで。
「まずい! あいつ………っ!!」
 建物の影に隠れていたヒヨシは無事なのか。
 少年に短刀を突きつけていたことすら忘れて慌てて地面に飛び降りる。
 覚えのある建築物は雷に打ち抜かれて更に哀れな外見に成り果てていたが、どうやらその下に隠れる者を守る役目は果たしてくれたようだ。文字通り目を白黒させて腰が抜け掛かってはいたもののヒヨシは怪我ひとつ負っていなかった。
「ゴ、ゴエ………? いまの、一体―――」
「無事だったか!」
 ほっと安堵の息をつきながらヒヨシを助け起こす。一掃された周辺の敵を呆然と見遣りながら、ゆっくりと思考が追いついてきたらしい彼が眉を顰めてゴエモンを見詰める。
「その………何があったんだ? オレ、ゴエモンが建物の上に行ったとこから目で追えなくなっちゃって」
「黒魔道士がいた」
 簡潔に話す。
「大怪鳥を操ってる術者とは違うみたいだが実力者なのは確かだ。<ダーク・スター>の再来って言われてもオレぁ信じるね」
 目に見えてヒヨシの顔色が悪くなる。
 それはそうだろう。先の大戦を昔語りにでも聞きかじっている者にとって『闇の魔道士』―――<ダーク・スター>は恐怖の権化だ。『闇の陣営』の術者として多くの人間を屠ってきた<ダーク・スター>は、終に殺される瞬間に己の復活を予言したという。
 いつか魔王が目覚めたならば、第一の部下たる己もいずこかで動き始めると。
「―――おい」
 知らぬ間に近くに舞い降りて来ていた黒衣の少年がつっけんどんな声をかける。びっくぅ! と肩を揺らしたヒヨシがぼそっと呟いた。
「え、っと………<ダーク・スター>の再来?」
 途端。
 ぱきり、と周囲の空気が凍てついた。
 黒衣の少年の背後にあるはずのない黒雲が見える。雷鳴が轟いているのが分かる。素人目にも明らかな殺意をこれでもかとゆーほどに両肩に背負ってツカツカと近寄った少年は、警戒するゴエモンを余所に真っ直ぐヒヨシに近づくと。

 思いっきり。
 ヒヨシの頭を殴り飛ばした。

「―――って〜〜〜っっ!!?」
「誰が<ダーク・スター>の再来だ、このボケ!!」
 怒り心頭の少年が荒々しくも己が顔を覆うフードを取り払い。
 明らかにされた顔つきはどっからどう見ても『ヒヨシ』そのもので。
 ああそれで、と先ほどまでの疑問が全て氷解するのをゴエモンは感じた。つまり、これは、あれだ。予定調和、とでも言うのか。
 相手の胸倉掴み上げてヒヨシそっくりの少年は憤る。
「待ち合わせの場所にはいねぇ! 探し出してみれば騒動には巻き込まれてる! おまけにヒトを捕まえて『闇の魔道士』呼ばわり! どんだけオレに迷惑かければ気が済むんだ、お前は!?」
「な、んだよ、そこまで言わなくたっていいじゃんかヒデヨシのバカ! 第一オレ、待ち合わせ場所で三日も待ってたんだぞ!?」
「何処で」
「『死者の森』で」
「あほ!! オレは『黒の森』で落ち合おうっつったんだよ!!」
 ………どっちも大差ないと思うのは気のせいだろうか。『死者の森』は悪霊が跋扈していることで有名だが、『黒の森』はモンスターが徘徊していることで有名である。
 ちなみに。
『死者の森』と『黒の森』は丸っきり逆方向である。そりゃーもう、間違われたりしたら泣きたくなるぐらいに。
「大体、なんで服装が変わってんだよ。お前、そんな金もってたのか?」
「あ、えと、これは―――ゴエモンが」
 ちらり、とヒヨシがこちらの様子を伺い見る。これまで故意にいまひとりの存在を無視していたのだろう少年がガンつけてくる。しかもその第一声はといえば。
「怪しいな」
 だったりするものだから、ないに等しかった少年への好感度はゼロを通り越して完璧マイナスまで振り切れた。
「その格好、どっからどー見ても盗賊だろが。世間知らずのあほんだらのコイツを適当に言い包めてそこいらの町で売りさばく予定だったんだろ? 最初は甘い顔して近づくってのが定石だもんなぁ」
「ちょ………! 違う、ゴエモンはそんなんじゃない!!」
 眉間にしわ寄せたヒヨシが庇うようにゴエモンとヒデヨシの間に割って入る。こちらが何か言うより先に弁護されるのなんて初めての経験だ。
「ゴエモンはオレのこと助けてくれたんだぞ! さっきだってオレがやられそうになった時に、」
「お前にかかれば魔王ですら善人だ。大体そいつはいきなりオレに斬りかかってきたんだぞ?」
 そんな人間のどこを信用しろってんだと言われてヒヨシが言葉に詰まる。ちょっとばかしムカついたゴエモンは、ヒヨシには見えない角度でにんまり笑うと、仕返しとばかりに後ろからヒヨシにぎゅっと抱きついた。確かに自分は善人ではないが、面と向かって非難されれば腹が立つ。
「あ〜、そりゃあ悪かったなぁ。ヒヨシと違って誰かさんてば思いっっっきし悪意と殺意に満ち満ちてたモンだからぁ?」
 条件反射的に斬ろうとしちゃったよ。でもこれが世間的常識だから、と仰々しく告げてやると面白いぐらいにヒデヨシの眉がつりあがった。間に挟まれたヒヨシはひたすらオロオロしている。
 借りは返すとばかりに更に言い募ろうとした。
 が、生憎と周囲の状況がそうさせてはくれなかったようで。
 再び遠くから響いてきた地鳴りのような声に三人揃って振り返る。視線の先、急速に翳りを増した空の下で黒い鳥たちが舞い狂う。幾らヒデヨシの呪文が強力だったとしてもそれで全てを消し去った訳ではないのだ。
 ゴエモンが軽く舌打ちする。
「術者は見かけなかったか」
「見ていない。どーせ『攻撃して来い』って命令だけ下して後は高みの見物だろ。捜すだけ無駄だ」
 彼の答えに妙なとっかかりを覚えつつも、詮索する時間が惜しかったので捨て置いた。
 物凄く不機嫌な顔でヒデヨシがヒヨシの肩を軽く押しやる。
「お前は逃げてろ。<ブランカー>のところで待ち合わせる。いいな、今度こそ間違えんなよ!」
「なに言ってんだよ! 逃げるんならお前も一緒に!!」
「確かめなきゃならないことがあるんだ」
 だから一緒には行けない。お前を守りながら戦えるだけの自信もない。
 淡々と彼は事実を告げた。己が役立たずだと信じ込んでいるヒヨシにはその言葉が一番きくだろう。黙り込んだまま何も言えなくなってしまう。
 ヒデヨシは愛想の欠片もなしに懐から取り出した貴重な黒水晶をゴエモンへ押し付けて。
「これで雇ってやる。こいつを<ブランカー>のもとまで送り届けろ。………必ずだ」
「オレ、他の主と契約してんだケド?」
「二重契約ぐらい進んでやれ。それでこそ裏切りを生業とする盗賊だ」
 確かに。
 そもそもヒデヨシに頼まれるまでもなくゴエモンは報奨も受け取らずに先の主との契約を自主解約するつもりだったのだ。事のついでと考えれば納得できないでもない。見た感じ抜け目なさそうなこの少年が必要に迫られてとは言え自分を指名したのは、そこそこ実力を認めたからに他ならないだろう。
 だからきっと、この場で納得できていないのは勝手に話を進められているヒヨシだけだ。
 小さなてのひらを精一杯に伸ばしてヒデヨシのフードの先端を掴む。
「なんでいつも勝手に決めるんだよ! オレを村から連れ出したのは―――」
「ったく! めんどくせーなぁ!!」
 ヒヨシの腕を振り払ったヒデヨシが片手を天に掲げた。
「蒼を切り裂く征矢! 空を引き裂く征矢! 繋ぎの繋ぎ目に求むるものを運べ!!」
「ちょ、ヒデヨシ! まだ話は………っっ!」
 伸ばしたてのひらは宙を掴む。伸ばした腕でゴエモンはヒヨシを抱き寄せる。

「<<転移>>!!!」

 瞬間、身体が浮き上がるのを感じて―――。
 次に、足の裏に地面の感触を得るまでの間に周囲の景色は一変していた。




 山の端に沈みつつある太陽から東西南北を判断し、周辺の景色から凡その位置を割り出す。転移魔法は便利だが飛距離にはかなり制限がある。術者の魔力に応じて移動距離が変化することを考えれば、ヒデヨシはかなりの力の持ち主だと断言して差し支えないだろう。
 少なくとも、ビーハイヴなんざどれだけ目を凝らしたところでこれっぽっちも見えやしない。
 取るものも取りあえず出てきちまったし、どうしたもんかねぇとゴエモンは考える。いきなり放り出された現状への悲観は少ないが、先刻から地面に蹲って落ち込んでいる人間をどうすればいいのかと思うと頭が痛い。
「………だよ………ヒデヨシの奴………いつもいつも………っっ」
 ぶつぶつと呟いているヒヨシの愚痴は当分続きそうだ。拗ねたい気持ちも分からないではないから、ゴエモンは道端の石に腰掛けてゆっくりと待つつもりでいた。
 ―――が。
 予想に反してヒヨシは比較的早く立ち上がった。
「ゴエモン」
「あん?」
「ごめんな。巻き込んで」
 沈痛な面持ちを浮かべて少年は俯いてしまう。
「その、………ヒデヨシの依頼なんて、受けなくていいからな。あいつ、いつも勝手なんだ。ゴエモンのこと悪くいうし。オレのいうこと聞いてくんないし。お前にだって用事があるかもしんないとか、他人の都合ってもんを考えてないんだ」
 たぶん、ヒデヨシがああなったのはヒヨシの性格も関係しているはずだ。
 そして、それが分かっているからこそヒヨシもあまり強くは出られない。自分には力がない、だからいつも守られてばかりなのだと常に歯がゆく感じている。
 大人しく契約を解除し黒水晶だけ頂いてトンズラこくのが『盗賊』の正しい姿なのだろう。主でもない人間と行動を共にしたり、助けたり、終いには身を挺して庇ったり、そんなの、『盗賊』の風上にもおけない所業だ。今日一日のゴエモンの行動を盗賊ギルドに報告されたら確実に締め上げを食らうだろう。
 ただ、それでも。
 己の答えはひとつだ。
「気ーにすんなって」
 笑いながらぽんぽんとヒヨシの肩を叩く。
「どーせオレも<ブランカー>んとこに行く予定だったし。あ、これはホントだぞ? 理由までは言えねーけど」
「でも」
「いずれにせよ西へ向かうことにはなるんだ。旅の道連れがいた方がいいんでない?」
 解約ならいつでも出来る。たとえヒデヨシがその場にいなくたって、『裏切り』は盗賊の常である。
 言葉を重ねるごとに少しずつヒヨシの表情がやわらいでいく。更に少しだけ太陽が影を長くする頃にはようやく彼からも肩の力が抜けたようだった。
「うん。………じゃあ、少しの間だけど―――よろしく。ゴエモン」
「決まりだな」
 笑いながら立ち上がりヒヨシの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。抗議の声は無視の方向で。
「ああ―――そういえば」
 荷物のひとつもない気楽な旅路。短刀一本で夜営は避けたいなと考えながらついでとばかりに疑問を口にする。
「お前、修行すれば魔法つかえるよーになるんじゃね? 特訓してみたらどーだ」
 魔法を使えるか否かは実のところ血筋である。その昔に魔族と交わった者の子孫のみが魔力を有する―――なんて伝承はガセだとしても、才能以前の問題としてその『血』が流れていなければ魔法なんて使いたくても使えない。ヒヨシの場合、実の兄弟が『あれ』なのだから血統には問題ないはずだ。
 質問に対する回答はヒヨシの困り果てた笑顔だった。
「理論上はそうなんだろうけど、幾ら呪文を唱えてもオレのは全然発動しなかったんだ。たぶん、才能ないんだよ」
「そうかぁ?」
 少なくとも薬草の効き目は絶品だった。あれはもしかしたらヒヨシの魔力の一部が溶け出しているがためにあれほど劇的に効いたのではないかと考えたのだが、流石にそれは突飛に過ぎたか。気絶している間に見た思わせぶりな夢の中身も気になると言えば気になるし。
 まあ、何にせよ。
(しばらくは退屈せずにすみそうだな)
 にんまりと笑って左手を差し伸べる。
 最初は首を傾げたヒヨシが、意図を解してやわらかく微笑み、ゴエモンの手を握り返す。並んで歩く旅路。まるで親兄弟のように見えても、繋いだ手があたたかいからそれでいいさと笑う。
「よろしくな」
「うん。―――よろしく!」
 行き先は西、日が沈む方角。それでも。

 ―――不安など微塵も感じなかった。




『光の魔道士』の再来、<ホーリー・スター>。
『背信者』、<トリガー>。
彼らの出会いが、更なる物語の始まり。




これは、闇の陣営と光の陣営による大戦が起きる一年前の物語。




 

 


 

Q : 「ラブラブ」の意味を知っていますか。

A : テニスの試合中にそんな叫びを聞いたことがあるよーなないよーな(ラブ・オール!!)

 

………えと、あの、ホントすいません。てきとーにネタを考えてたらラブラブになる前の

「馴れ初め」で終了してしまいました(汗)

しかも秀吉が出張ってるし。

 

ちなみに作中の単語には全てモトネタがあります。<>くくりは全て『ふたつ名』に相当します。

漢字にルビふって表現したいところでしたがやり方がよく分からなくて諦めました(………)

ちなみに、登場してないものも含めて適当に妄想していた職業及び『ふたつ名』は下記の通り☆

 

光の陣営

白魔道士 光の魔道士<ホーリー・スター>の再来 ヒヨシ

盗賊 背信者<トリガー> ゴエモン

剣士 清廉の騎士<ライト・コマンダー> ミツヒデ

 

中立

占い師 運命を操る者<タナトス・メーカー> ヒカゲ(ヒナタ)

賢者 定石の破壊者<ブランカー> 総兵衛(半兵衛)

 

闇の陣営

魔王の後継者<ゴッド・ブレーカー> ノブナガ

黒魔道士 闇の魔道士<ダーク・スター>の再来 ヒデヨシ

闇の踊り子<アクセス・テイラー> 帰蝶

 

地名

エンディッド → 終わり → 尾張

センターフィールド → 中央の村 → 尾張中村

ビーハイヴ → 蜂の巣 → 蜂須賀村

 

―――どう見ても闇の陣営の方が強そうです。本当にありが(略)

 

ビーハイヴが襲われたのは闇の陣営がヒヨシを探しに来てたからとか、ヒデヨシは既にノブナガのとこに就職済みで

町に残ったのは指揮官と連絡を取るためだったとか、<ブランカー>に会いに行こうとしたのは中立の人間を殺す任務を

帯びていたためだとか、まぁ色々と世に妄想の種はつきまじ(何か違う)

 

こんな作品ですが少しでも喜んで頂けたら幸いです。リクエストありがとうございました♪

 

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