※この作品を読むに当たっての諸注意

 

1.この作品は京都編終了後、みんなそろって尾張へ帰ってきたという設定のもとに書かれています。
2.殿がアホです。日吉もアホです。しかも前半部分はとある少女漫画のパロディです。
それが許せない方はすぐにプラウザを閉じましょう。
3.服用は一日三回まで。使用するに当たっては自分の良心によくご相談ください。尚、副作用が出
た場合は即座にカタギの友人に会ってお祓いをしていただくようお願い申し上げます。

 

4.サンタクロースっているんでしょうか。

 

 


― 連想ゲーム ―


 

 それは穏やか―――とは言い難い夏のとある日の出来事だった。
 太陽はジリジリと地面を焦がし周囲の草木もすっかりしおれてしまっている。木陰にいたところで直射日光の強さが和らいだようには思えない。日差しの中に立っているよりはずっとマシなのだがそこはそれ、ここはこれである。
 信長は流れてきた汗を手でぬぐう。遠乗りに付き合わされた藤吉郎も同様に隣でへばっていた。
「………暑いですね………」
「言うな、余計暑くなる」
 うんざりした声で信長は応えた。あまりの暑さに喋るのも面倒くさいし考え事もする気にならない。実際、仕事に全然手がつかなかったからこうして抜け出してきたのだが―――結局あまり大差ないということが判明した。やはり何処まで行っても暑いものは暑いのだ。
「こんなんじゃ誰も働きたくありませんよね………」
「………」
「あ、いえ別にさぼりたいってワケじゃないんですけど………」
「………」
「夏の戦は最悪でしょうね………こんな中で従軍したりしたら、倒れちゃいますよ」
「………」
 信長が何も言わないのは別に無視しているわけではなく、あまりの暑さに返事をする気力も湧かないだけだ。藤吉郎の方も答えを期待している様子もなく、ただぼんやりと思いついた事を羅列しているだけに見える。
 互いに気力も思考能力も低下していた。

「―――戦は、するさ。そん時んなったら季節がどうこう言ってらんねぇからな」
「はは、分かってますよ………でも、やっぱり夏は遠慮したいですね。敵はおろか味方の兵士にも嫌われたりして」
「………嫌われるのが怖くて戦なんかやってられるか」
 信長はゆっくりと瞼を閉じた。木陰にいたことで徐々に暑さが弱まり、時に流れてくる風が心地よくて眠りに落ちてしまいそうだった。意識に靄がかかって全てが曖昧になってくる。このまま一眠りするか、と半ば途切れかけた思考でうつらうつらと考えた。
 ………のに。

「でも―――俺は殿が一番好きですから」

 ―――眠気が一気に吹き飛んだ。

 ガバァッ!! と勢いよく上体を起こし藤吉郎を睨みつける。
「………一番!?」
「あっ」
 隣で寝ぼけた面をしていた藤吉郎も慌てて姿勢を正した。顔を若干赤らめて慌てて手を振る。
「あっ、違います、間違えました。ごめんなさい、秀吉の次です!」
「ニセザルの次!?」
「だ、だって、秀吉は身内ですからっっ!!」
 拳を握って力説する藤吉郎。
 身内だから?
 それは―――、

 それは何か違ぁぁうっっっ!!!

「馬鹿にすんじゃねぇぇ―――っっっ!!!」

 信長の絶叫が辺りに木魂した。




(あれは………藤吉郎じゃねぇか)
 大きな藁の山を抱えて馬小屋の近くまで来た秀吉は其処に佇む自分と同じ顔をした人間を見つけた。確かあいつは殿にくっついて遠乗りに出掛けたはずなのに、こんな処で何をやっているのだろう。置いてかれたのかはぐれたのか、はたまた追い払われたのか。俯いて溜息をついているその様子から判断すると、どうやら追い払われたようだが。
 小馬鹿にした笑みを浮かべて呼びかける。
「よぉ、何やってんだ、こんなところで」
「―――秀吉」
「殿の遠乗りに付いていったんじゃなかったのか?」
 秀吉は抱えていた藁の山を馬小屋の奥へと詰め込んだ。藤吉郎は何処か上の空で返事をする。
「いや、そうだったんだけど………追っ払われちゃって」
「何かヘマでもやらかしたのか?」
 軽く笑ってやるとムッとした表情を浮かべる。本当にこいつの考えていることは分かりやすい。心情なんて推し量るまでもない。
 口では秀吉に敵うはずもないので、幾つかの単語をぶつくさと口内で呟くにとどめて藤吉郎がそっぽを向く。が、すぐにまた躊躇いがちに問い掛けてきた。
「なあ………秀吉」
「何だ?」
「………身内の次に好きって、そんなに失礼なのか?」
「………はぁ!?」
「殿が一番好きですけどやっぱ秀吉の方が身内だから大切かもって言ったら―――怒られた」
 告げられた内容に絶句する。

(………アホか)

「なっ………何だよ、その顔は!?」
 さすがに藤吉郎にも秀吉の考えは読めたらしい。
 にしてもコイツは―――本当に?
「………マジで、そう言ったのか?」
 こっくり、と頷く藤吉郎を見て秀吉は頭を抱えたくなった。
 ―――何考えてるんだ、コイツ。この暑さで頭わいたか? フツーに考えたってそういう問答は失礼に決まっているのに、よりにもよって自分の主君に、ただの主君ではなくしかも信長に、更に言えば面と向かって堂々と言い切るとは………。
 ―――って、コイツまさか殿が自分をどう見てるか知らないワケじゃないだろうな? シンクロしただけで俺には嫌と言うほど分かったってのに。でもコイツの鈍さから考えると充分有り得る話だ、実に恐ろしい。世の中にこんな天然極悪激鈍大王がいてもいいのだろうか。
 ………いや待てよ、よくよく考えてみると殿も全然自覚がなかったような―――。

 ………。
 ………。
 本気で。

 本気でアホだ、コイツら。

 自分の主君と身内に対して随分な評価を秀吉は下した。
「やっぱり身内と比べちゃいけなかったのかな」
(いや、それもあるけどよ)
 内なるツッコミに藤吉郎が気づくはずもない。
「殿が仕事の疲れを癒そうとしてたのに横で勝手にくっちゃべってたし」
(だから、そうじゃなくて)
「しかも俺がいきなり『好き』だなんてアホなこと言うからぁぁ―――っ!! ああっ、首にされたらどうしよぉっっ!!」
(確かにアホだけど、ってゆーかしねぇだろ首には)
「後でもっかい捜してくるよ………それで謝ってくる。うぅ………許してもらえるかなあ」
 はぁー、と幾度目かの深い溜息をつきながら遠ざかって行く姿を秀吉は黙って見送った。
 ………何か。
 何かよく分からないけれど、巻き込まれるのはゴメンだ。

 ―――触らぬ殿(+藤吉郎)にたたりなし―――

 秀吉の頭にふとそんな格言が浮かんだ。




 一方。
 鉄拳制裁を加えて藤吉郎を追い払った信長は、先程の木陰に寝そべったままぼんやりと空を見上げていた。日が少し翳ってきた所為か吹き抜ける風が冷たさを感じさせる。
 自然、思考回路が先ほどの出来事をたどる。
(………今まであんまり気にならなかったが、そうだったのか)
 サルの中では、

 秀吉 > 俺

 ―――それはそうだ、身内なんだから。なのに先刻はどうしてあんなに興奮したのだろう。
(いや待てよ、俺の場合―――………)
 信長は僅かに眉をひそめた。自分の場合は、

 サル > 俺の身内(←多すぎるので割愛)

 ―――と、なる。なってしまう。
 手を頭上に掲げて梢から漏れ出す太陽の光を遮った。
(あんまし家族仲がいいとは言えんからなぁ。しかし―――………)
 目を閉じて試しに幾つもの顔を思い浮かべてみる。

 サル > 一益
 サル > 小姓ズ(←省略)
 サル > 秀吉
 サル > スッパ(※五右衛門)
 サル > 権六
 サル > 小六
 サル > オカルト女

 サル < ?

 ………。

 ―――サルが一番!!?

「―――って、んな馬鹿な話があるかっっ!!!」
 叫びと共に飛び起きる。が、当然返事をするものもなし、せいぜい眼前を一羽の鳥が過ぎっていくのみである。すっく、と立ち上がり意味もなく歩き始める。
 何だかよく分からないがひどく悔しい。

 俺が一番好きな奴は俺を(一番)好きじゃない!
 ―――そんな馬鹿な。

 ザッザッと凄まじい勢いで草を掻き分け信長はひたすら野原を突っ切っていった。何とも表現しがたい苛立ちと焦りが彼の胸に生まれつつあった。しかし言葉にして思うのは、
(ムカつくっっ!!)
 ―――これのみである。
 歩いていたはずがいつの間にか走り始め、森の中に突っ込みそうになってようやく足を止めた。
 ひとつの考えが稲妻のように脳裏に閃いたのだ。
(いや待て、俺はお濃と結婚している! 吉乃という愛人だっている!!)
 信長はどうにか思いとどまった。
 心の中で「サル」の文字にしっかりと二重線が引かれる。
 ニヤリ、と何処か歪んだ笑みを浮かべた。

 ―――サルは俺を一番好きではないが、俺もサルのことを一番好きではない!!

(―――これでいいのだ!!)
 腕を組み上空を高らかに見上げながらも、やはりその表情は何処か引きつっていた。




(何処まで行っちゃったのかなあ、殿)
 空の端が赤く染まり出した頃、藤吉郎は辺りを見回して途方に暮れていた。最初は城の前で待っていようかとも思ったのだが、いつまで経っても信長が帰ってこないので結局当初の予定通りこちらから捜すことにしたのだ。午前中に信長と一緒に涼をとっていた木までやって来たものの、肝心の主君の姿がない。近くでは手綱を枝に結わえられた馬がのんびりと草を食んでいる。
 何処か遠くへ行ってしまったのかと焦ったが、幸いにも然程うろつかない内に主君を見つけることができた。
(………あんなところで何やってるんだ?)
 捜し人は森に少し入り込んだところの叢に座り込んで呆けたように空を見上げていた。まさか一日中ああしていたわけでは―――多分、ないだろうが。ガサガサと音を立てて近付くと、気づいたのかこちらをチラリと振り向いた。しかしすぐにまた視線を逸らしてしまう。
 藤吉郎は困ってただ苦笑を浮かべた。
「………殿、もう帰りませんか?」
「うるさい」
「みんな心配してますし―――仕事だって全然………」
「うるさい、ほっとけ」
 プイッ、とそっぽを向いてしまったその様子は何だか随分幼く感じられた。口調は大人しくて元気がないし、これではまるで―――。
(………すねてるみたいだ………)
 無意識に浮かんだ自分の考えにがっくりと項垂れた。自分より年上の、しかも主君に向かって一体なんということを考えているのか。
 チラリと視線を主君の方へと投げかける。
 ………でも、やっぱり、すねているようにしか見えない。
 意地でもこちらを見ようとしない主君の横にオズオズと座り込む。
「あの………何かあったんですか?」
「うるせぇ、考え事してるんだ。邪魔すんな」
「はぁ………えっと、その………あの、良かったら俺も協力しますけど?」
 出すぎた真似かもしれないなー、と思いながらも藤吉郎はそう言った。悩んでいるだけなら別に外だろうが城だろうが場所は関係ないはずだ。自分としては早く城に戻ってもらいたいのだが―――そんな事を言ったら殴り飛ばされるに決まっている。吹っ飛ばされて夜空のお星様にはなりたくはない、けれど城には帰ってもらいたい。
 故に折衷案として協力を申し出たのだ。ひとりで悩んでいるよりもふたりの方が多分きっと早く解決する………の、かもしれない。
「てめぇの協力なんぞ役に立つかっっ!!」
 と鉄拳が飛んでくるかと身構えてみたが、意外にも信長は黙ってこちらを見ただけだった。
(何か………調子狂うなあ)
 殴られなかったことに安堵したものの同時に物足りなさを感じながら藤吉郎は構えを解いた。
 信長がクルリと身体を反転させて藤吉郎の正面に向き直る。
「よし、仕方ねぇ。これから俺が例え話をするからお前の意見を聞かせてみろ」
「は、はあ」
 自分から協力するとは言ったものの急に自信がなくなってきた。
(国家間の問題とか個人的疑惑に関わる相談とかだったらどーしよーっ!?)
 今になって自分の迂闊な提案を呪ったりもした。
 ―――しかし。

「いいか―――とあるところに、尾張のとある君主がいた」
「………」

『とあるところ』って―――『尾張』って言っちゃってるし………。
 それに、『とある君主』って。
「あの〜、それって信長様のことなんじゃあ………」
「喧しい! 話は黙って最後まで聞け!」
 今度こそぶん殴られて藤吉郎はうめいた。
「で、まあそのとある君主なんだが」
 信長は気にすることなく勝手に話を続けている。
 もしや日射病とかになっていたのでは―――今日は随分とまた暑い日だったし。
 何処か遠くを眺めている信長の様子を見て藤吉郎はそう思った。水でも汲んできて飲んでもらうべきだろうか? 話の腰を折ったが最後、自分の骨が折られてしまうだろうけど。
「ある日そいつは妙に気になる相手がいることに気がついた。普段は別にどうということもなく蹴ったり殴ったり怒鳴ったりしていたんだが、何故かそいつが他の奴と仲良くしていたりするとやたらムカつく」
「はぁ」
「特に忍者とか兄弟とかが絡むといけねぇ。最悪だ」
「………はぁ」
 何か妙に限定されている気がする。
「姿が見えないとイライラするし仕事も手につかん。そいつの言動や反応がいちいち気になるし、らしくもないとは思いつつ何か優しい言葉の一つもかけたくなってくる、のにそう出来なくて悩んだりもする。終いにゃあ表情がクルクル変わって面白いとか目が大きくてカワ………だとか本人の意思に関わりなく側においておきたくなったりする。ぶん殴った時の泣き顔がまたお気に入りだったりな。―――さあ、てめぇはこれを何と判断する?」
「………」
 何………って、そりゃあ………。
 藤吉郎は開いた口が塞がらなかった。
 だってこれはどう聞いても―――こういったコトに不得手な自分が聞いても、アレだとしか思えない。自分よりもずっと経験が豊かそうな信長がこんな初期の段階で行き詰まっているなんてどう考えてもおかしい。
(―――よっぽど難しい相手なのかな?)
 そっと様子をうかがえば相手はえらく真剣な顔をしてこちらを見ている。藤吉郎は藤吉郎でジッと信長を観察しているものだから、無言で見詰め合うような形になってしまう。尤も、どちらもそんな状況に慌てるような人間ではなかったが。
(信長さまの場合だと、却って難しいのかもしれないな)
 プライドとか立場とか身分とか色々あって自主規制してしまうのかもしれない。………とてもそんな繊細な神経の持ち主には見えないが―――。
「それって多分―――」
 控え目な笑みを浮かべつつオズオズと進言した。

「恋………じゃ、ないんですか?」
「こ―――」

 今度は信長が絶句した。ピシリと銅像のように硬直した直後、ガバァッ!! と藤吉郎の胸倉を掴んで首を締め付ける。
「いきなり何言い出しやがんだてめぇ―――っっ!! よりにもよって俺が恋だと!? ああ!? 経験ゼロのサルがいっちょまえな口きくんじゃねぇっっ!!」
「ひぃ―――っ!!? だ、だって聞いたのは殿じゃないですかぁぁっっ!!!」
 息苦しさに耐えながら必死になって弁解する。
「お、俺の意見は至極まともだと思うんですけどっ!?」
「何処がだ!? 言ってみろ!」
「じゃ、じゃあ例えばですよ、例えば犬千代さまが殿のところにやって来て 『すいません、何だかあの子を見てると胸が苦しくて他の子と仲良くしてるのを見るとイライラしちゃうし、泣き顔がカワイイなーって思ったり、出来ればずっと側にいてほしいって思ってるんですけど』 とか言ったとしたら殿はどう思うんですかっっ!?」
「そりゃお前………単純にそいつに惚れてるってコトじゃねぇか」
「でしょ!? 同じコトじゃないですかっっ!!!」
「………」
 ドサリ。
 突如腕の力が緩まって藤吉郎は地面に投げ出された。「イテテ」とぼやいて上を見ると、未だかつて見たことがないような表情で信長が突っ立っていた。一言で例えるならばまさしくその姿は「茫然自失」。あの神を神とも思わぬような信長でもこんな状態に陥る事があるとは………。
(お………俺、そんなにマズイこと言っちゃったのかな?)
 不安にかられて信長の眼前で手を振ってみる。
「………もしも〜し」
 反応なし。
「………殿〜、大丈夫ですかー………」
 やはり反応なし。
 不安が募って、失礼かとは思いつつ頬に手を触れてみた。するとようやく信長は正気を取り戻したらしく、バツの悪そうな顔をしてその手を取り払った。プイッと顔を背けて再びその場に座り込む。
「ちっ………仕方がねぇ。てめえの言い分を認めてやるよ、くそったれ」
「は、はあ」
(―――って、まだ帰る気はないんですか殿………)
 薄暗くなってきた空を見上げて藤吉郎は泣きたくなってきた。相談にのってものらなくても事態は変わらなかったような………。
 諦めて信長の隣に腰を下ろす。
 それにしても信長が惚れた相手というのはどんな人間なのだろう。蹴ったりぶん殴ったりしていたなんて荒っぽいもいいところだ。
(好きな子いじめちゃうタイプなんだなあ、きっと)
 俺だったら好きな人の前ではひたすら緊張しちゃうけどなーと、ひとり納得する藤吉郎。
 本当に、それにしても―――。
「殿は………誰が好きなんですか?」
「―――あぁ?」
「い、いえそのっ、教えていただければ何かお役に立てることもあるかもしれないとゆーか何とゆーか、えっと、その」
 手紙届けたりとか、それとなく相手の意向をうかがってきたりとか………。
 余計なお世話だろうとは思いつつ自分に出来そうなものを幾つか羅列してみる。腑抜けたようにそれを聞いていた信長だったが、次いで人の悪そうな笑みを浮かべた。
「―――知りたいか?」
「え? え、ええまあそりゃあ………」
 知らない方が身のためかもしれないが―――やはり、気にならないといえば嘘になる。
(濃姫さまだけじゃ飽き足らず生駒の方までゲットしたのに、まだ懲りないんですか?)
 とはさすがに言わなかったが。
 英雄色を好む、もとい触らぬ殿に祟りなし、あまり差し出がましい真似はしないでおこう。
「そうだな、お前、当てられるか?」
「―――へ? 当てる………んですか?」
 驚きに目を見開き、片手を顎に軽く触れて思案する。
「当てろってコトはつまり、俺も知っている人………なんですね?」
「ああ」
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている辺り、すっかり元の調子を取り戻したようで安心する。安心はするが………ちょっとばかり現金にすぎませんか、という気もしないではない。
 大体当ててみろと言われたって随分範囲が広い気がするのだが。

「ヒントをやる。―――女じゃねぇ」
「はあ、女じゃないんですか………って―――え゛??」

 ―――思考回路、停止。
 目の前の主君は何でもないことのように笑っている、が。
 何と言うかこれは―――これは何と言うかその―――かっ、かなり問題発言なのでは!?
 いや確かに武家にそーゆー所謂アレでコレでソレなものがあるとは知ってはいたが、寺に入っていたこともあるから実際そーゆーのがこの世に存在するのを目の当たりにしていたりはしちゃったり何かしたのだが。

「女じゃない………ということはつまり―――男?」
「当たり前だ」
「………」

 ―――硬直。
 え? 嘘っ。だって………殿が? この天上天下唯我独尊、俺のものは俺のモノでお前のものも俺のモノ、傍若無人で自分勝手でワガママでちっちゃな頃から悪ガキで十五でうつけと呼ばれたようなこの殿が?
 確かに世間一般の常識でしばっちゃいけない人だから趣味や思考がどうだってナンだって。
 違う、そうじゃなくってこれは武家の常識しきたり日常茶飯事お茶の子さいさい、俺が知らなかっただけであって別にいいじゃないか殿が誰を好きだろーと恋していよーと例えその相手が林檎や秋刀魚や土偶やツチノコや果ては馬のくつわやツキノワグマや縁側に位置した太い柱や城の屋根を覆う瓦であろーと戸板であろーとそれが自分の忠誠に影響するとでも言うのか? いや、そうじゃない。自らの主君が決めた相手ならば例えソレがひき蛙だろうとゴキブリだろうと腐りかけた柏餅だろうと守ってみせようじゃないか、うん、そうだそうだともハハハハハ。
「………何ブツブツ言ってるんだ?」
「あっ、いえ別に何でもありませんっ!!」
 覗きこまれて慌てて顔を伏せる。何を考えていたのかバレたらまずい。
(そっか………きっとだから殿も迷ってたんだな)
 おかしいと思ったのだ。それが女性であったならば信長はすぐに恋愛感情を自覚しただろうし、どんな障害が待ち受けていても負けずに乗り越えていったはずだ。
 そうだよなっ、やっぱ殿の感覚ってフツーとはズレてるもんなっ。
 と、何だかよく分からない納得の仕方をしてから藤吉郎はスッと正面を見つめた。
「当てろ………って言いましたよね?」
「おう」
 覚悟を決めて藤吉郎は名前を挙げた。
「………え、と………一益さま」
「違う」
「犬千代さま」
「違う」
「勝三郎さま」
「違う」
「万千代さま」
「違う」
「………五右衛門?」
「殺すぞてめぇ」
 指折り数えて名前を列挙していくが信長の首は横に振られるばかりだ。段々意地になってきて藤吉郎は思いつく限りありとあらゆる男性名を挙げてみた。
「田吾作さん、太助さん、茂吉さん、朋蔵さん………」
「何だそいつらは?」
「職場の同僚です」
「んな細かいところじゃねぇよ、もっと視野を広く持て!」
「そう言われてもですねー」
 苦笑しつつ一生懸命記憶をたどる。信長が知っていて自分も知っている人物なんてひどく限られている。
「信玄さまとかだったらどうしよぉっ、さすがに‘天回’とか言ったら殴られるんだろうなあ」と頭の隅で考えながら名前を挙げていく。しまいには長屋の隣に住む弥太郎くんだとかいつもオマケをしてくれるお茶屋の気のいい源次郎じいさんだとか近くの神社の神主さんまでもがノミネートしてしまった。
 無論、はずれだったことは言うまでもない。
「よく思い出せよ、肝心な奴が抜けてるだろうが!?」
「もう勘弁してくださいよ〜、これ以上思い浮かばないんですっっ」
 藤吉郎は半泣きになっていた。何を言われようとこれ以上誰の名前も思いつかないのだ。
「まだ言ってない名前があるだろうっっ!」
「………」
 諭すように言われて腕を組んで考え込む。いい加減教えてくれたってよさそうなものなのに、あくまでも信長は藤吉郎自身が答えを見つけるのを待っているつもりらしい。その表情は余裕綽々といった感じで、こう言ってはなんだが結構ムカつく。
(………あ)
 考え込んでいた藤吉郎はふと、ある名前を思いついて凍りついた。
 初端から除外していた名前、絶対に違うだろうと思っていた名前、でも、残っているのはそれだけで。
 まさか………。
 まさか殿は―――。
「う………」
「分かったか?」
 信長は人の悪そうな笑みを絶やさない。
(い、幾ら何でも冗談ですよね………?)
 だって、その。
 身分違いも甚だしいと言うか―――男だってことだけでも一般常識から充分ズレているのに、その上にまさか、だって、そんな馬鹿な。
 でも他に選択肢なんてないし、もしかすると本当にひょっとするとひょっとして。

 ―――殿は。

 藤吉郎はサァッと青ざめた。何故か満足そうな顔して信長が一人で頷く。
「俺の気持ちが分かったってんなら話は早ぇ。―――勿論文句なんて言わねぇだろうな?」
「………!」
 言えるような立場ではない―――が。
(ほっ………本人の心構えとゆーものがっ)
「いいか、俺は―――」
「と、殿っっっ!!!」
 藤吉郎はあらん限りの声で絶叫した。
 ―――ヤバイ。
 このまま流されてはいけない、絶対にいけない。
 ビッ! と腕を前に突き出して身を乗り出そうとした信長の行動を食い止める。思い切り不満そうな顔をしているが敢えてここは無視させてもらう。
「もっ、物事には順序ってものがあるんですよ!」
「順序だぁ?」
「そうです! 相手にだって心構えというか覚悟というか悟りの境地に達するというかその―――と、とにかく時間をください!」
「何だって俺が待ってやらなきゃなんねぇんだよ!?」
「今まで待ってたんですからせめて後一日くらい待ってくださいよ、お願いですからっっ!」
 珍しく主君に有無を言わせずすっくと立ち上がる。
 とにかく、どうにかして対策を練らなければ。予備知識もないままに立ち会っては主君にも申し訳が立たない。
 そう簡単に受け入れられるものではないだろうが―――受け入れなければ受け入れる時受け入れるとも受け入れなければならないのであって即ちだからそれは。
「明日です! 明日になったらちゃんと返事をします!!」
 信長が呆気に取られるほどの強さで藤吉郎はそう言い切ると、夕闇迫る山道をひとりズンズンと歩き去っていった。信長を呼びに来たと言う当初の目的はすっかり彼の脳裏から忘れ去られてしまったようである。
 ………草履取り、失格。




 ―――翌朝。
 一体どこをどう伝ってきたのかは知らないが、信長の寝室の前に一通の手紙が置かれていた。差出人は書いてなかったが昨日のことがあったので信長にはすぐにそれと知れた。中には「本日申の刻(午後4時ごろ)南の林道でお待ちしております」と記されている。表には何故か「果たし愛」と書いてあったりするがあまり深く考えないでおこう。
(サルの奴、随分とまた回りくどい真似を―――)
 昨日、勝手に歩き出したのをとっつかまえて一発ぶん殴って終わりにしてもよかったのだが、向こうの言い分に一理あると思ったのも事実だったので我慢したのだ。
(大体、あのヤローが鈍いからいけねぇんだ)
 と、信長は考えている。
 普段からあれだけ引きずり回したりコトあるごとに呼びつけたり気安く笑いかけたり(←あくまでも信長の視点)していたと言うのに、全く気づいていなかったというのだから頭に来る。あの鈍さは特別天然記念物ものだ。
 そう考える信長自身かなり鈍かったことはすっかり棚に上げてしまっている。
 何にせよ、昨日あれだけあからさまに匂わせておいたのだから、いい加減向こうだって分かったはずである。つまりあまり認めたくはないのだが、自分があのサルのことをかなり気に入っていて手放したくなくて出来ればどころか無理矢理にでも側に置いておきたくて更にあろうことなら○○がXXでXXXな上に○○○したいなーと思っているということを、だ(敢えて伏せ字)
 認めたくはなかった―――が、自覚した以上信長の行動に迷いはなかった。
 それでもあの場で押し倒したりしなかったのは一応相手の気持ちを慮ったからである。「我ながら奥ゆかしい態度だ」と信長は自分の精神的成長に満足した。「奥ゆかしい」の意味を履き違えているような気もするが取り敢えずそれは突っ込まないでおく。
「言われたとおり一日待ってやったんだからな―――今日はもう待ってやらねぇぞ」
 そう呟いて浮かべた笑みは、とても思い人のことを考えているようには見えない凶悪な面だった。




 夕刻、信長は手紙で指示された通り南の林道に立っていた。誰が相手だろうと指示されてそれに唯々諾々と従うのは嫌なのだが今日だけは特別だ。最初に譲歩しておいて後でそれをタテに強請る方が後々の立場が優位になる(何の………?)
 木々の葉が優雅に舞い降りて辺りは黄昏、沈んでいく太陽も美しく空気も清々しい。
(こんなにいい気分になったのは久しぶりかもしれねえな―――)
 そんな事を感じてのんびりと空を見上げた時だった。
「―――あれ?」
「!?」
 人声に振り向くと、ちょうど近くの物置小屋の影から秀吉が顔を出したところだった。予期せぬ人物の登場に一気に信長の機嫌が下降する。
「殿、こんなところでどうなさったんですか?」
「そっちこそどうしたんだよ」
 いつもより声の無愛想さに拍車がかかっている。かなり怖い。
「俺はちょっと………用事がありまして」
「俺もだ」
「………」
「………」
 互いに訝しげな表情をして相手を見る。数分間そうしていたが、秀吉が「あ」と呟いて口に手を当てた。実に具合の悪そうな顔をしてチラチラと信長の様子を窺う。
「なんだよ?」
 はっきりしないのは嫌いなのだ。
 秀吉は深い溜息をひとつつくと、申し訳なさそうに片手を上げてそのまま頬をかいた。
「あぁ………その、信長さま。もしかして手紙の指示通りに此処に来た………とかですか?」
「だったらどうだってんだよ?」
 ムスったれた答えを返す。どうして秀吉が手紙の存在を知っているのか、藤吉郎と秀吉が同居しているのだから別に知っていてもおかしくはないのだが、面と向かって言われるとやはり腹が立つ。秀吉はいつも通り変わらぬ表情の端に、呆れ返ったような色を滲ませて断言した。
「多分あいつ………根本のところから間違えてますよ」
 ―――間違えてる?
「昨日説得されましたから、俺」
 物凄く嫌な予感に信長が表情を険しくする。
 もしかして。
 もしかしてもしかしてもしかしなくてもあの馬鹿は―――。
 秀吉が疲れきった笑みを弱々しく閃かせた。

「『色々と主義主張や不満もあるだろうけど、頼むから信長さまと幸せになってくれ』、ってね」

「………」
「でもって今日、この場に行ってくれって頼まれたんです。まさかとは思ったんですが―――」
 みなまで聞かずに信長は首を巡らせた。物置小屋の方向を見た時、視界の隅にビクッと震えて引っ込もうとした影を捕らえ、同時に疾風のごとく駆け出す。
「待たんか、そこのサル―――ッッッ!!!」
「ひ―――っっ、見つかったぁぁぁっっっ!!?」
 慌てて逃げ出そうとした藤吉郎が立てかけてあった鍬に蹴躓いてスッ転んだ。その隙を逃さずに信長が藤吉郎の襟首を締め上げる。
「何考えてやがんだテメェっっ! ぶっ殺す!!」
「ああっ! ダメでしたか!? やはりダメでしたか!? 昨日本屋で立ち読みした限りでは『黄昏時の並木道で告白するのが一番いいシチュエーションv』と書いてあったんですがやはりダメでしたかぁぁ―――っっ!!? 勉強し直して参ります!!」
「俺が怒ってんのはそこじゃねぇぇ―――っっ!!!」
 ギリギリと首を締め上げる信長の顔は悪鬼そのものである。

「何だって俺が本命と同じ顔した別人にコクんなきゃなんねーんだよ!? 簀巻きにして海に沈めたろかっっ!!」
「だって昨日あげなかった人名って言ったら秀吉しかいなかったじゃないですか―――っ! だから俺は泣く泣く殿のこと諦めたのにぃっ! 簀巻きだけは勘弁してくださいっっ!! せ、せめて畳の上で死なせてぇぇ―――っっ!!」
「じゃあ畳の上で腹を切れ、腹を! てめぇみてーなニブチンのことなんざもう知るか―――!!」

「………」
 何と言っていいのか………。
 取り残された形になった秀吉は心底あきれ返った顔で二人の怒鳴りあいを見ていた。どうしてこんな状況に陥ってしまっているのか、原因は全く知らない彼だったが事の顛末が飲み込めてしまう辺り実に悲しい。
 と、言うか。
(相手のセリフちゃんと聞けよ………バレバレだろうが)
 岡目八目、端から見ている人間にはよく分かる。当人たちにしてみれば至極マジメな問題なのだろうが―――どう見ても『喜劇』そのものだ。

「そ、そそそそう言えば昨日『さすがにこれだけは違うだろ』と思って言わなかった名前が!」
「誰だ!? もう一度だけ許す、言ってみろ!」
「もっ………ももももしかして殿はサスケのことをぉぉ―――っっっ!!!?」
「一遍死んで来い―――っっ!!!」

 スラリ! と信長が刀を抜き放ち藤吉郎が逃げ惑う。小屋に立てかけてあった農具を蹴散らし扉を蹴倒し木々の枝を叩き折り、小型の台風さながらに周辺を荒らしまった挙句そのままの勢いで二人は何処へともなく走り去っていった。
 フェードアウトしていく藤吉郎の悲鳴を最後まで聞くことはせず、秀吉はクルリと踵を返した。
「………付き合ってられん」
 全く持ってその通りだった。




 ―――その後。
 秀吉相手にブツブツと愚痴をこぼす信長と、それに相槌を打って共感を示す秀吉と、そんな二人を柱の影から見つめながら
「殿、頑張って!」
 とワケの分からないエールを送っている藤吉郎の姿が見られるようになり、それは尾張の新しい名物になったと言われている。

 ―――これにて一件落着。




終わり








「―――って終わってたまるかぁ―――っ!! あの野郎ぜってぇ許さねえ! 何が何でも本懐を遂げてやらあ! 恥ずかしくって人前に出られねぇような目に遭わせたる!!」
「………頼むから犯罪には走らないでくださいよ、殿」
「黙れサル2号、戦国時代に掟も法律もあるかっっ!!! 見てろよサル、俺はヤると言ったらヤる男だ………! クックック………ハァーッハッハッハ!!!」
「………(責任取れよ、藤吉郎………)」




本当に終わり

 

 


 

一体私は何を書いてるんですかね(苦笑)もとネタはとある少女系漫画から拝借。分かる人にしか分からない♪

でも後半は全然違いますので、大目に見てくださるとありがたいですっ………!

 七里さんの誕生日祝いとして差し上げた作品ですが、その際に出された課題は「のぶ→ひよ」でした。

果たして合格点に達する事ができたのでしょうか??(かなり謎)

 

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