「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

83.spellmaster

 


 文化祭も終えてまずは一安心……といきたいところだったが、生憎と学生の身分ではそう上手くいくはずも

ない。なぜならば学生の本分は勉強、勉強、また勉強! 異議の出そうな中間テストというイベントも宇宙人

襲来前から変わらず続けられていた。私立蝮学園は学業よりはイベントを優先させる校風なのであまり厳しく

はなかったが、それでもここで赤点をとってしまうと通知表に響いてしまうことに変わりはない。犬千代は通信

学校生だから関係なく、五右衛門はそもそも学校に通っていない。信長と日吉も成績は悪くないのだが、この

ところ宇宙人の出没回数が増しておりかなり苦しい状況だ。この分では前回の成績を下回ってしまうかもしれ

ない。

 信長が歯軋りをする。

「勉強時間が少ないのがなんだ! キンカン頭にだけはぜってぇ負けねぇ!!」

「でも殿って、光秀さんにテストで勝ったこと1度もない――」




 ズガッ!!




 みなまで言わせず信長の拳が日吉の後頭部に炸裂した。この辺り学習能力が彼女には欠けている。一緒

に歩いていた犬千代がとりなすように話題を転じた。

「そっ……それにしても、ここんとこ本当に宇宙人どもが多く出ますねぇ」

「それが問題だっつってんだろーが」

 信長が苦虫を噛み潰したような顔になる。防衛隊に任命された春先はのんべんだらりと過ごしていて、週に

1、2回出動していればいい方だった。それが秋口に差し掛かってからというものロボットが町を徘徊したりザ

コズが飛び回ったり、「わしは宇宙人の手先じゃあぁ〜っっ!」と叫んで踊りまわる酔っ払いのおじさんまで急

増しているのだ。まさか「涼しくなったから活動再開しました」というんじゃないだろうが。

 そういえば地球人を洗脳して操るという手段は減ってきた気がする。

「奴ら、なんか企んでるに違いねぇ。司令も探るとはいってたが上手くいくのかわかりゃしねぇしよ」

「でもほら、例のあの人に頼んでるのかもしれませんよ? 服部半輔でしたっけ」

「服部半蔵だ」

 犬千代の言葉を訂正した。諜報活動の仔細については「企業秘密だ」とかいって教えてくれないのがうちの

司令である。不平不満をいったところで全権は彼に握られているから仕方ないのだが――やはり苛立ちは隠

し切れない。いったい誰がなんのために単語帳抱えて休日を返上してまで見回りに出かけていると思うのか。

折角覚えた数式を戦闘のショックで忘れながらも懸命に戦っているというのにムカつくこと限りない。3人1組

の交代制で見回りを続けているのだが敵に頻繁に出会いまくるので休む意味もあまりない。いまはこうしての

んびりと街角を歩いているが、いつどこで敵が襲い掛かってくるとも知れないのである。

 殴られた頭をさすりながら「例文忘れた……」と嘆いている日吉を見下ろした。

「おい、そういえばブラックの奴はどうしてるんだ?」

 五右衛門について聞く気はない。どうせまたバイトをしているか、司令からの極秘任務で動いているのだ。

「えっと、教授のうちに遊びに行くってゆってましたけど」

「なにぃ? いつの間にあいつらは仲良しこよしになったんだあ?」

「仲良くなったっていうか……教授は、秀吉のこと後継者にしたい感じがしてて」

 応える日吉の方も戸惑い気味だ。

 秀吉は頭がいい。それはここ数ヶ月間一緒に暮らしてみて判明した厳正なる事実だった。前期の試験中、

教科書を1回読んだきりで勉強しようともしない秀吉に理由を問うたら、




「なんでテストが近いからって勉強しなくちゃならないんだ?」




 と真顔で返されてしまった。バカにするなと怒ったがよくよく聞いてみるとそれはそれで不満があるらしい。

教科書を一通り読んだだけで理解できるのだからテストなんざちょろいものだ。しかし逆にいうと単純すぎて勉

強する気がなくなってしまう。極端な話、始業式の日に教科書を読破しておけば、もう終業式まで勉強する必

要はないのである。羨ましい限りだが、つまり、秀吉にはみんなとワイワイ騒ぎながらカンペをつくったり(日吉

はしていないが)ノートを交換したりラジオを聴きながら貫徹したなんて思い出が全くないということになる。そ

れはかなり淋しいことなんじゃないだろうか。

 そんなワケだから秀吉と教授が仲良くなってくれてちょっと嬉しい。互いに頭の回転が速いから話がポンポ

ン弾んで見ているこっちも楽しくなってしまう。たとえ、その内容がこれっぱかしもわからなかったとしても。

「研究を継がせるってのか?」

「秀吉がいうには教授の病気って結構ひどいらしくって……その所為で、弱気になってる部分があるみたいな

んですけど」

 詳しくは教えてもらえなかったが、そうなのだろうと察している。

「だからこそ研究なんか継いでやらないっていばってました。共同研究ならやってやらないでもないって」

「……自信満々だな」

 側で聞いていた犬千代が笑いをもらした。信長も口元を歪めて瞳に笑みの色を濃くする。

 日吉も釣られたように微笑んだが、ふとその視線を上向けた。

「どうした、サル?」

「あ、いえ……なんとなく、ショーウインドウが点滅したような気がして」

 信長と犬千代が周囲を見回す。まだ昼間ではあるがショーケースの中などは様々な明かりで飾りつけがな

されている。いわれてみれば確かに先刻、光が明滅したような気がしないでもない。だがいまはもう、なんの

変化も見せずに変わらぬ光を店内に投げかけている。

「――ヒューズでも飛んだんですかね?」

 自分でも納得いかないような声で犬千代が出した結論に一先ず頷いておく他はなかった。








 点と線とを組み合わせて模型をつくる。材料は一昔前にはやった子供の遊び道具だ。『ROGO』というブロ

ックを組み立てるオモチャから、マッチ棒大のプラスチック素材を自由に接合できるよう改良されたらしい。名

称も『ROD』に変更されている。ROD3コで三角形、ROD6コで三角錐、ROD12コで立方体……などと小

学校の算数で利用したことは記憶に新しい。このオモチャの面白いところは、平面を形作るとRODたちの間

に薄い膜がはられるという点だ。ごくごく軽いものならば乗せることができるので幼い頃は三角形や四角形、

六角形などの空間をつくり、葉っぱや泥団子を乗っけてママゴト遊びに興じたものである。

 もっとも、自分は側で見ていただけなのだが……。




(感覚的にはそれとそっくりなんだけどな)




 目の前に作り上げた空間模式図を見て秀吉はためいきをついた。手にしたRODの束がジャラジャラと音を

立てる。

 八角形を基点として各種の図形が上へ上へと組みあがっている。絶妙なバランスで組み上げられた模型は

ちょっとでも突付けば倒れてしまいそうだった。空間を作り上げ、その平面状で磁場を発生させた場合どれほ

どのひずみができるのかを予測する――それが教授に出された課題であった。こざっぱりとした教授の私室

のど真ん中に模型を山積みにして頭を抱える。

 机の前で書類整理を進めていた教授がにっこりと笑った。

「どうです、解けましたか?」

「………じゃ、これで」

 いい加減考えるのもうんざりしてきたところで自分が正解だと思う平面にマジックで丸をつける。散々考えた

末の結論だ。しかし教授はちらりと模式図を点検すると、ある一点に丸を書き加えた。

「惜しい」

「なっ、なんで!?」

「実際に模型を置いてみればわかりますよ」

 いいながらビー玉を平面状に貼り付けていく。重みによって発生した微妙なゆがみが面を伝わって各所に

細い線を走らせた。線の亀裂は教授の描いた点で止まる。

「角度によるほんのわずかなズレですけど……でも、やっぱりすごいですね貴方は」

「どこがだよ?」

 間違えたと言う事実にいささかショックを受けたまま秀吉は教授の横顔を見上げた。

「空間把握能力が並外れて高い。理解が早くて助かります」

「あんたが軽々と解く問題にさんざてこずった挙句、間違えたんだぞ俺は?」

「わたしは長年研究してるんだから当たり前です」

 軽く笑って教授は席を立った。

「一休みしましょう、お茶でも淹れてきますよ。その模式図、片付けておいてくださいね?」

 悔しそうな顔でRODを片付ける秀吉を部屋に残して階下へとおりていった。








 教授の家は都心にほどちかい静かな住宅街に位置している。長男が医者で次男が教授と儲かっていそう

な肩書きではあるが、本人たちの趣味や嗜好も関係して暮らし振りは実に地味なものだった。ごくごく平均的

な一戸建て……ちょっと贅沢なのは30坪ぐらいの庭がついていることだろうか。以前買ってきたらしい盆栽な

んかが置いてある庭は手入れもされていないため雑草が伸び放題だ。これでは売り手が泣く。

 台所でお湯をわかしていると何処かで扉が開かれる音がした。間もなく重い足取りと共に台所に寝ぼけ眼

の兄がやってきた。夜勤明けのためかなりつらそうである。ガックリと椅子に腰掛けたまま動こうともしない相

手に目覚まし代わりの水を一杯手渡す。

「………いま……何時だ?」

 声が既に死んでいる。

「午後2時」

「………寝すぎたか……? 重虎は? 今日は休みだろ?」

「部活動だよ。夕食までには帰ってくるっていってたかなぁ」

「は〜………」

 いったきりテーブルに顔をふせて黙りこくってしまう。昔から彼は寝覚めが悪い。

 沸騰したお湯をポットに注いで買い置きしておいた和菓子を捜す。頬をテーブルに引っ付けたまま開ききら

ない目で長兄がボソッと呟いた。

「――客か?」

「うん。この間も来てただろ、防衛隊の―――」

「俺は反対だ」

 その言葉に珍しくきつい目つきをして教授が睨み返す。向こうは向こうで、寝ぼけ眼も手伝ってひどい形相を

している。

「なにを好き好んで防衛隊に協力してるんだ。ったく、いま一番危険なところだぞ? いっそのこと教授職なん

か辞退してだなぁ………」

「5年をきったら自由に行動していいってのは、小さい頃からの約束だったろ?」

 バン! と教授がテーブルに両手を叩きつけた。静かな、しかし揺るぎない強さを湛えた目で実兄を睨みつ

ける。




「――兄さんに口出しできる領分じゃない」

「―――」




 互いに一歩も引かぬ勢いで睨みあう。

 この件に関しては兄――重行の方に分が悪いものがあった。20歳までを最大期限と考えて、5年を切った

ら好き勝手に行動していいと約束したのは10年ほど前のことだ。その頃の彼には病気を治せる自信があっ

た……どんな難病でも治してみせると固く決意していたのだ。しかし現実は無情だ。これまでにとったどんな

治療法も効果をあげるには程遠く、その間にも確実に病気仲間は倒れ、弟自身の容態も悪化してしまった。

いま、残された時間を自由にすごしたいという肉親の要望を跳ね除けることができるのだろうか。

 気まずい空気を電話のベルが引き裂いた。どこかほっとしたような顔で教授が場を離れて受話器をとる。話

の内容はかすかに重行の耳にも届いていた。

「はい、もしもし―――」

『ああ、教授ー? 俺だよ、俺』

「……五右衛門さん?」

 突然の電話に教授が眉根を寄せた。たしか今日は非番の日で、これといった用事はないはずなのだが。

「なにかあったんですか?」

『そのとーり。なんか知らんけどトラブルが起きたらしくってさあ。電話じゃなんだからすぐに防衛隊に来てくん

ねぇ?』

「わかりました。出来る限り早くいきます」

 緊急時の要望は最優先で聞くことにしている彼である。回線をきると少しだけテーブルの方を振り返り、相

手がまだ不貞腐れた顔をしているのを見ながらもドアを開けた。すると。




「――あれ?」

「う」




 秀吉と目が合った。どうして2階で片付けをしていたはずの彼と、扉を開けた途端出会わなければならない

のだろう。バツが悪そうな顔をして秀吉が俯く。

「あ〜……悪い、その――別に立ち聞きしたくてしてたわけじゃあ……」

「気にしないから平気ですけど」

 こころが広いんだか無頓着なんだか、微妙なセリフを吐いて教授が秀吉の横をすり抜けた。

「いまから防衛隊に行かなきゃならないんですが、一緒に行きますか?」

「緊急呼び出しについてっていいのかよ」

「助手ってことにすれば問題ないんじゃないですか?」

 実にのん気な答えに、もしかしてこいつは賢そうに見えるだけで本当は単なるマイペース野郎なんじゃない

か、と秀吉は認識を新たにした。

 思い出したように台所を振り返って教授がいう。

「兄さん――食べたければそこの和菓子、食べてていいから。留守番たのんだよ」

 相手は返事もせずにむすったれた顔で腕組みをしたままだった。

 玄関へ向かう教授の後についていく前に秀吉も台所を覗き見たが、特にかける言葉もなく一歩後れで玄関

へと向かった。








 緊急事態ということで迎えに来たパトカーに乗り込んで防衛隊の地下駐車場についたとき、既に五右衛門

がその場で待っていた。様々な種類の車に囲まれて佇んでいた彼は秀吉を見て実に嫌そうな顔をした。

「ちょっと待てよなー、なんだってお前まで一緒にいるわけ?」

「うるせーよ」

 火花を散らし始める2人の間にほがらかな笑みを浮かべた教授が割って入った。

「まあまあ。助手ってことでよろしく頼みますよ。それより緊急事態なんでしょ? 早く現場に行かないと」

「でもなあ………」

 しばし迷いを見せていた五右衛門だったが、仕方がないというようにため息をついて歩き始めた。「こいつを

呼んだのはあんただって、ちゃんと司令に説明してくれよ」と教授に釘を刺して。

 向かったのは意外にも施設内部ではなく駐車場の隅の方だった。いったいどこに行くつもりなんだと疑問を

抱く秀吉の眼前であっさりと五右衛門はコンクリートの壁を‘すり抜けた’。

「なっ………!?」

 驚く秀吉を差し置いて、さっさと教授も壁の向こうへ消えてしまう。が、すぐに半身だけ‘こちら側’に出現させ

て手招きをした。

「なにやってるんですか。早く来ないと置いてかれますよ」

「って……なんだよこの壁!?」

「立体映像で作られた仮想の壁なんです。セキュリティのためにしょっちゅう出入り口の場所は変えてるそうで

すけどね。―――さあ、早く」

 再度呼ばれて、おっかなびっくり壁に向けて手を突き出す。覚悟していた反動はなく、すぐに手が壁の内側

へとのめり込んだ。立体映像と教授はいったが、それならばどこかに投影装置が仕込まれていなければなら

ない。なにも見当たらないということは壁の上下から可視と不可視の境目で素粒子を発生させる特殊装置が

組み込まれているのだろうか? 妙なところでハイテクな施設だ――もっとも、国を護る最前線の施設防備が

あまりにちょろくても問題アリだが。

 壁をすり抜けると日常使っている施設と変わりない白い壁が続いていた。ところどころにあるドアの数々を無

視してひたすら前進すると、かなり奥まった部屋の前で五右衛門がつまらなそうに佇んでいた。

「ほら、とっとと来い。あんまり遅いから先に来ちまったぜ」

「……迷子んなったらどうするとか考えなかったのか?」

「なりようがないだろ? あの一本道じゃよ」

 さすがに立て札まではつけてないけどなと笑いながら扉の向こう側へ秀吉を押しやる。

 途端、広がった光景に秀吉は目を見張った。小さなホール並みの広さを湛えた空間に所狭しとコンピュータ

ー機材が立ち並んでいる。正面の壁は全て数式や外部映像を表す画面で埋め尽くされ、床には多種多様な

コードが覗いている。大部分は床下に隠したが、それでもおっつかなかったという感じだ。各コンピューターの

前には専門の作業員が陣を張り、それらの端末が全て中央のメインコンピューターへと繋がれている。おそ

らくこの部屋の階上にあるだろうオペレーター室とは規模が格段に違う。

 メインコンピューターの横に司令がいるのを見つけて五右衛門と共に側に寄った。ここでは部外者に当たる

はずの秀吉がいるのだが気にした様子も見せない。さすがというかなんというか……。

「どうも、お邪魔します。その……教授は?」

「うむ、もうスタンバイしている」

 なにから質問していいかわからない秀吉の取りあえずの問いかけに、司令は真横の機械を示した。

 室内における位置からしてこれがメイン・システムだろうと判断したが、にしても随分と変わった外観をして

いる。豪華なソファのような椅子を機材でいっぱいになった土台が支え、教授はその中央に座している。両手

は肘掛け部分、手の下には入力パネルがあり、下半身の前面もややこしい機械類で埋め尽くされている。頭

にはパーマをかけるとき使うような巨大メットを被って目の前を半透明のフィルターが覆っている。メットから伸

びたコードの数々はまたしても背後の機械に複雑な軌道を描いて接続されているのだ。全てのコンピュータ

ー制御がこの妙な機械ひとつでこなせることは一目瞭然であった。

 そういや昔、こんな機械を見た気がする。かつてのロボットアニメのコクピットとか、歯医者で使うリクライニン

グ・シートとかが妥当な気がする。

 呆然と眺めていた秀吉だったが、ほんの数年前、これと似通った機械が出回っていたのを思い出して五右

衛門の胸倉を掴みあげた。




「おい! ちょっと待てよ、この機械は……!!」

「んー? ああ、VRボックスの改良版さ」




 VRボックス――五感を伴って仮想世界にダイヴできるとして持て囃された新世代型コンピューター・ゲーム

用品である。精神がダイヴしたまま戻ってこない人間も多くいたという問題の品だ。

「関連製品は製作が全面禁止されたはずだろ!? なんでそれの発展形がこんなとこにあるんだよ!?」

「や、まあそこいらは裏の事情ってやつぅ?」

「精神感応の新たな方法を見出したのがVRボックスだったからな。それを機械制御に利用しようというアイデ

ア自体はかなり前からあったんだが……」

 凄まじい速さで入力パネルを操り、なにやら作業をしているらしい教授を見上げながら司令が言う。

「生身の思考回路と反応速度を機械に接続するのはオリハルコンを用いることで可能になったが、おかげで

扱える人間も限られてしまってな。オリハルコンとの感応は問わないが、機械とタメが張れるほどの処理速度

を有した人間でないと、そこいらのポンコツと変わらん」

「………」

 実に複雑そうな顔をして秀吉は少しばかり高いところにいる教授を見上げた。

 室内全体にパネルから出る青白い光が満ちる。

『みなさん、わたしにコントロールを預けて機械から離れてください』

「教授?」

『被害状況確認。―――システム管理レベル4に移行、軍事オペレーションシステム・プロテクト破壊……』

 呼びかけたが聞こえてはいないようだ。フィルター越しに見える教授の表情は完全なトランス状態に陥って

いる。幾つかの有機コードが先端から手や頭脳に融合し直接、指示を伝えているのだ。外界との意識は遮断

するが良策だろう。

 教授の言葉に従って、普段なら絶対に持ち場を譲らないだろうメンバーが座席を立ち、後ろに下がる。

 即座に画面全てを謎の数式が埋めていく。

 そっと五右衛門に耳を寄せて聞いた。

「いったいなんだってこんな事態に陥ったんだ?」

「世界7箇所から同時ハッキングが行われた挙句に、コントロールの一部を奪われたらしくってさ。……さっき

その余波で瞬間的に町が停電しちまった」

「もっとセキュリティ完備しろよ………」

「プロが同時ハッキングだぜ? 無理だっつーの。あと1ブロック突破されたらヤバかったかもな」

 とりあえず防衛隊機能を停止させることで完全な乗っ取りは回避したが、危険なことに変わりはないので急

遽その筋の専門家が駆り出されたというわけだ。




『セキュリティチェック、オールグリーン。ウイルスの発見と消去を確認。システムの再構築を開始します』




 室内に無機質な声が響き渡る。ハッキングから解放されたのか、ずっと赤いランプを点したまま停止してい

た機械が動き始めた。膨大な量の演算式が即座に処理され、プログラミングされていく。

『再構築を終了しました。引き続き侵入者の追跡を行います。……ルートA、防御システム解除、ゲートウェイ

に到達。ルートB、<パブテスマ・ヨシュア>を<獄炎の踊り子>で相殺、<デミウルゴス>で消去。中央への

ハッキング開始。ルートC、ルートDと合流―――』

 聴いているだけならゲームでもしているようだが実際は真剣なやり取りである。画面の裏側にいる見えない

敵よりも先にプログラムを打ち込めるか、ブロックを解除できるか、防御システムを作動できるか。それが命運

を分けるのである。

『ルートAをダミーシステムと認識。追跡対象から除外後、メインシステムを破壊・消去します。<ホーンテッド・

マンション>実行……消去完了。ルートB、ハッキング完了。データ、ダウンロード開始。ルートE、妨害により

遮断されました。追跡不可能。ルートF、ルートGと合流。ホストに繋がるコードと確認。パスワードとIDの取得

完了。ハッキング開始します。ルートH、敵ウイルスによる駆逐が開始されました。切断します』

 敵はかなりのつわものらしい。幾つかの道が使用不可能になり追跡が敵わなくなっている。それでも徐々に

こちらが追い詰めていっているのか、敵側の情報が次々と画面の端に現れてはこちらのシステム内に取り込

まれていく。

 見聞きするしかない立場にいる秀吉ではあったが、どうやら全てのルートがひとつのユーザーによって制御

されているらしいとわかった。時にこちらのシステムを乗っ取りに現れる数式や、行く先々で出会うプロテクト

の数々が奇妙に似通っている。全く別の7人の人間がこれほど同じ行動パターンを取るとは思われない。突

入のタイミングやその他の臨機応変な対応はやはり個人の手に委ねるしかなかったのだろう。

 と、なるといま相対しているのは教授と同レベルの人間ということになるのだが……。




『全てのダウンロードを完了。回線を固定します』




 そこまで告げたところで急に教授は黙りこくると、ややもして口を開いた。トランス状態から復帰するのに多

少の時間を要したらしい。開口一番の質問は司令に向けられた。

『………どうしますか?』

「どう、とは?」

『ハッキングを制御していた相手と対話できるんですけど……実際の会話はわたししかできませんが、オープ

ンにすれば声ぐらい聞けると思うので』

「自分でハックしときながら会話申し込んできたのか? 随分とふてえ野郎だな」

 五右衛門の呆れきったような言葉も無理はない。司令が深いため息をひとつついた。

「頼む」

『了解しました』

 再び教授がフィルターの向こう側で瞳を閉じる。

 間もなく、かすかなノイズと共に音声が室内に届いた。




『……よお。今回は負けちまったな。つーか俺が勝手に負けたんだけどよ』




 これが本人の肉声かどうかは分からない。教授も当然、回線を通すときに声質を変化させているのだろうか

ら。

『お前が相手ってわかったから引いておいた。てめぇとはもっと違うところで再戦してぇしなぁ』

『挨拶もなしで、いきなりなんの話だ?』

『忘れたフリすんなよ、冷てぇな。あんなハイレベル・スキルを連続プログラムできるのなんて俺以外じゃあお

前しかいねえ』

 電子音を震わせて相手が笑う。この間に逆探知すれば居場所が判明するんじゃ……と、進言しようとして秀

吉はやめておいた。そうできるならとっくにしているはずなのだ――教授が。

『……こんなところでなにをしている? ‘王’がネズミの代わりなど笑い話にもならんだろう』

『面白そうだったからな。ちったぁセキュリティに張り合いがあるかと思ったのに期待はずれだったぜ。てめえ

がこなけりゃ任務を達成できたのによ』

『金で動いたか? 付き従う者が泣くぞ』

『知らないね。……ぶっちゃけ、お前がいるかもしれねぇって思っただけなんだよな。こーゆーヤバイ仕事して

りゃ、その内絶対てめぇがしゃしゃり出て来るってな。金になんない安い仕事してんじゃねぇよぉ、体はってまで

さあ』

 よく分からないが教授と知り合いらしい相手はベラベラといらんことまで喋っている。




『悠長だな、お前は。わたしはハッキングを完了した。逃げなければ衝撃が本体にまで伝わるぞ? 身体に支

障を来たしたくなければ早く‘浮上’しろ』

『前金は貰ってあるし、てめぇも見付けた。この部屋のシステムを全破壊してトンズラこくさ。<インドラの矢>

を使わせてもらう。とばっちり食うなよ?』

『要らぬ心配だ』

『確かにな。……あばよ、また会おうぜ<スペルマスター>』

『2度と会わぬことを願う、<ロード・オブ・ザ・ナイツ>』




 教授の声を最後に音声は途切れ、暗かった室内に通常の明るさが戻ってきた。制御のために落としていた

電源を復旧させたのだろう、既に周辺の機器類は通常の業務に戻っている。接続を終了した教授はコードを

はずして身軽になってからもしばらく動こうとはしなかった。

 秀吉が台座にのぼり、コードを引っ掛けないよう注意しながら教授の肩を軽く揺する。

「おい……大丈夫か?」

「ちょっとだけ―――疲れたような」

「なんか欲しいものあったら持ってきてやるぜ?」

 秀吉の申し出にしばし考え込むようにしてから教授はすっかり固くなってしまった首と肩をまわした。

「じゃあ……なにか飲み物を。あと湿布とか」

「よし、待ってろ」

 すぐさまドアに向かって走り出す。「あいつ、この辺の構造わかってないんじゃねぇの?」と、五右衛門も彼の

後を追う。目だけでそれを見送って未だ座席の上で伸びている教授は控えめに司令を手招きした。

「どうした?」

「―――ハッキングの相手がわかったんですけどね」

「先刻のフザけた奴じゃなくてか?」

 司令の言い方に教授が笑う。最低限の声で、重要機密を上役にだけ告げる。

「彼は命令されてハッキングを制御していたにすぎません。ロードしたデータはおそらく役には立たないでしょ

う。ただ、ルートをたどっている内に依頼主の正体が見えました」

「誰だ?」




「――主要7カ国」




 その言葉にも司令の顔つきが変化することはなかった。が、あくまでも動じない表情の下で視線だけが鋭さ

を増している。

「本当か?」

「各国のマザー・コンピューターに接続されていたことは確かです。直接、防衛隊のデータを落とそうとしたん

でしょう。回線の遮断と奪われたデータの消去は行いましたが相手のデータを取り込むまでには行かなかっ

たので………」

 教授が申し訳なさそうに顔を伏せた。見えてくる事実は危機的状況ばかりを伝えてくれる。中空を色素の抜

けた瞳で見つめて呟いた。




「各国の中枢に――裏切り者がいます」




「………そうか」

 互いに黙ったまま通常の作業に戻った人々を眺める。今回は防ぎきれたが次はどうなるかわからない。た

だ、<ロード・オブ・ザ・ナイツ>は負けを選んだため、今後彼が再び各国の手先として現れる可能性は低い

だろう。むしろ彼自身が政府に追われる立場となっている。

 さして気にしていないようなのん気な口調で司令は宣言した。




「なぁに、その裏切り者どもにも会えるだろうよ。――次の国際会議でな」








「……ちょっとだけ意外だったな」

 施設内備え付けの自販機でジュースを買いながら秀吉がポツリと呟いた。

「俺も3年前、VRボックスにはまってた口だけどよ……まさかあの戦いの張本人が教授だったとはな」

「まーだ指名手配中なんだから黙っとけよ?」

 そう釘を刺す五右衛門自身は前々から教授が当事者のひとりではないかと睨んでいた。が、こうもあっさり

暴露されてしまっては拍子抜けもいいところだ。実をいうと、ネット上では結構、紳士的だった<ロード・オブ・

ザ・ナイツ>が口汚かったことにもちょっぴりショックを受けている。純粋に驚いたというかなんというか……教

授の言葉ではないが、当時、彼の紳士的振る舞いに酔った人々があの対応を見たら確実に泣くだろう。

「お前、教授のとこで色々研究とか手伝ってるみてーだけどよ……跡継げんのかぁ? ハードル高いぜ」

 窓のない通路の行く先を秀吉はぼんやりと眺める。

 ――確かに、現時点では教授のスキルの方が遥かに上だ。どんなに頑張ってもあのプログラミングだけは

敵わないだろうという思いもある。

 しかし、自分の目標はあくまでも。




「………跡を継ぐわけじゃないからな」




 放り投げたジュースの缶が空中でクルクルと回り、元通り手元に戻る。

 そうやっておいて不敵な笑みを見せながら偉そうに話し相手を振り返り、




「共同作業だったら、してやるよ」




 ―――彼は条件を提示した。

 

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あああ今回も設定の嵐だよ(汗)。ままあ仕方がないか。竹中兄弟は設定解説&促進剤役だからな(笑)。

ハッカーとかプログラミングうんぬんはまたしても嘘八百なのであまりつっこまないでねv

きっとこういう文章は後で読み返して「なに大嘘こいとんじゃあたしゃぁぁっ!!」と絶叫するモトになるのでしょう……。

 

いちおー今回で<スペルマスター>の正体が教授と判明したし、<ロード・オブ・ザ・ナイツ>も登場しました。けれど彼らの間の

因縁、たとえば3年前のネット上の対戦などを描く予定は全くありません。ってゆーかワキにそれすぎでしょ、そこまでやったら(笑)。

<ロード〜>の正体も決めてはありますが本編中で明かすことはないかと思います。出てきても名前ぐらいかな?

史実で竹中半兵衛と関わりが深い人、といえばわかる人にはわかるのかもしれない(候補者多すぎ)。

 

今回のポイントは主要各国による同時侵入。思いっきり劇場版エ○ァとネタかぶってるんだケド(笑)。防衛隊が危機的状況にいるって

伝えたかっただけなのさ……。あと、話の展開の都合上ちょっとだけ秀吉に内情を見せておかねばならんので。これで政治的確執を

知っているのは主要メンバーでは司令、五右衛門、秀吉の3人になりました。相変わらず殿と日吉といぬちーは蚊帳の外です(苦笑)。

ほんとーは防衛隊に連絡取ろうとして、それが丁度ハッキングされてる最中だったから応対がなかった……って

シーンも入れようかと思ったんですが展開がタルくなるので削除いたしました☆ なんだかどんどん殿が部外者(汗)。

 

そしてもうすぐ……もうすぐだわ。ククククク!! ← 謎

 

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