― In Compensation For Betrayal ―


 


"now, you are sleeping here."




 闇は何処までも果てなく広がっていた。いつ命を失うかわからないこの戦乱の世に暗闇の中をうろつく奴はそうはいない。いるとしたらよほど腕前に自信があるのか、あるいはよほどの―――愚か者だ。
 青白い月だけが微かに辺りを照らし出し小さな小屋まで続く真っ直ぐな道筋をぼんやりと指し示している。低い風の唸り声に周囲の草木が怯えたように身を震わせた。
 ………嫌な風だ。
 自らも闇に同化したような黒服を纏いながら五右衛門は静かに舌打ちした。
 何だって自分がこんなことをしているのかわからない。わけもわからないような嫌な仕事ならとっととやめればいい。他の働き場所はいくらでも見つかるだろう。この時代、自分のような忍びの者を必要としている輩は多くいる。
 だがそれは出来ない。そしてする気もない。
 山の端が薄ぼんやりと白んで朝が近付いてきたことを知らせる。やや足を速めた。
 辿り付いた先に雇い主がとっくに立っているのを見つけて憮然となる。男は黙って五右衛門を出迎えた。表情が凍てついて見えるのは何も明け方の冷え込みのせいだけではないだろう。
 軽く手を振り笑ってやる。
「………今日は随分早かったんじゃねーの? さすがにお疲れ………ってか」
 相手は返事もせずに側に繋いであった馬に乗り込むと目先にある小屋とは反対方向に馬首を巡らせた。
「後はいつも通りにな」
 ぶっきらぼうな命令の言葉に嘆息する。
 コイツ、以前からこんなんだったっけ? 戦国大名って立場に押しつぶされたか?
 そう考えもしたがこの人物がそんなやわな精神の持ち主でないことも充分承知している。
「………よくやるよ、あんたも。俺には真似できねぇ」
「―――金は与えてるだろう。不満か?」
「いーや、別に。………早く帰れよ、夜が明けちまうぜ?」
 馬上の主は一度だけ冷めた目つきで五右衛門を見ると、すぐに馬を走らせ遠ざかっていった。
 ある程度遠ざかるまで見送ってから小屋へと足を踏み入れる。

 ………ホント、嫌な仕事だよな。

 やや躊躇いがちに小屋の内部を見渡す。
 ………随分、昨日も荒れたようで………。
 差し込む僅かな月明かりが小屋の内部を浮かび上がらせる。もとから廃屋だった小屋にこれといった家具があるはずもない。打ち捨てられた衝立は壊れて床に転がり、薪が数本囲炉裏に突き刺さって微かに赤い光をともしている。その一番奥に求めるものの姿を見出して五右衛門は眉をしかめた。駆け寄って取りあえず息があることを確かめる。まさか信長がコイツを殺すとも思えないが―――今の状況ならいつ殺してしまってもおかしくないというのが正直な感想だ。
 途切れ途切れに紡がれる呼吸と脈打つ鼓動にようやく少しだけ緊張を解く。深い眠りに落ちたその人物は軽く頬を叩いたところで起きる気配は全くない。
 体に刻まれた傷を見て苦々しい思いを噛み締める。

 ………よくやるよ、まったく………こりゃやりすぎだろ?

 至るところに残されたうち傷と擦り傷。青黒く変色した個所とつけられたばかりの鮮血が折り重なって痛々しい。その傷跡が見慣れた光景を連想させて我知らず口元を引き結んだ。
 ―――戦場で幾人もの死者を目の当たりにしてきた。それに大して何の感慨も抱いたことはない。誰が死のうと関係ない。死んでいく姿に誰かの面影を感じることもなく幾人もの人間を切り殺してきた。だがそこに個々人の恨みや憎しみなどなく―――それは、誰にもどうしようもない現実の掟だ―――だからこそ、いつか自分が斬られて死んだとしてもそれは仕方のないことだ。自分だけが誰にも殺されずに済むなんてことは有り得ない。
 酷いことをしてきた奴が酷い目にあったってそれは自業自得というものだ。

 ―――だが、コイツは違う。
 純粋に慕っていただけの相手を捕まえて何故こんなことをするのか。

 持って来た荷物をほどいて冷たい水に浸した清潔な布で体を拭いてやる。すると眠っていたはずの人物が瞼を震わせうっすらと瞳を開いた。焦点の合わない目を彷徨わせ掠れた声で弱々しく呟く。
「………ご、え、もん………?」
「―――じっとしてろ。今手当てしてやるから」
「………いいよ、自分でやるから………」
 切れて血を流している唇を微笑みの形に刻んで彼は囁いた。

「―――嫌だろ? 他人の、情事………の、後始末なんて………さ」
「………」

 思わず動きを止めて真っ直ぐ藤吉郎の目を見据える。静かな色をたたえたその瞳からは何の感情も読み取れない。それが無性に苛立って、伸ばされた手を極力丁寧に追い払う。
「―――仕事だから構うんじゃねぇよ。大体―――今更じゃねぇか………」
 それでもまだ迷うように瞳は揺れたが、やがて静かに閉じられていく。
 いつも自分たちはこんな会話を交わす。いつも―――藤吉郎が、信長に抱かれたその翌日は。
 それがいつからの習慣なのかなんてもう覚えてはいない。自分が信長と藤吉郎の逢引に手を貸すようになったのも、その切っ掛けが何だったのかも、置き去りにされる藤吉郎の手当てをすることも、その後彼を城まで連れ帰ってやることも―――。

 ………お前らの関係は、そんなんじゃなかったはずだろ?
 どこで狂った。なにを掛け違えた。いつから道を外れた。

 藤吉郎が信長に向ける思いは一寸たりとも変わっていないと断言出来る。だが、信長はわからない。以前は純粋に気に入っていたと思う―――しかもかなり恋慕の情に近く。それは確かだ。けれど今の態度は到底大切な奴相手にすることとは思われない。
 好き勝手に貪って叩きつけて切り裂いて。従順なのをいいことに無理なことばかり強要して。
 何故か帰り際にいつも複雑な色をした目で自分を見て、‘欲しかったら浚ってみろ’とでも言うように挑発してくる。悪いがそれに乗ってやるほどバカじゃない。余程の理由がない限りする必要もないことだ。
 そして自分が軽く受け流せば嘲りのような哀れみのような笑みを浮かべて去ってしまう。

 ―――あんた、そんな奴だったか? 信長さんよぉ………。

 別に藤吉郎のように‘織田信長’に幻想なんか抱いちゃいないが。
 それでもそれなりに期待していたのだ………新しい時代を築ける逸材として。

 純粋に憧れていたコイツの想いを踏みにじって、それであんたは代わりに何を手に入れたんだ。

 傷の手当てを終えた頃には藤吉郎はすっかり寝入っていた。汗と体液で汚れきった衣服を忌々しげに引き裂いて囲炉裏に投げ入れると繊維の焦げる嫌な匂いがした。慣れきってしまったそれに今更気を止めることもなく代わりに持って来た新しい着物を藤吉郎に羽織らせる。安らかな寝顔を見ているとこのままにしておいてやりたいという気がする。
 だが、連れて行かなければならない―――どうしても。
「………起きろ。行くぞ」
 呼びかけに答えるように目が閉じたまま腕が伸ばされる。小さな手をしっかりと握り締めて助け起こすと、よろめきながらも立ち上がって「ありがとう」と照れた笑いを浮かべた。無言のまま肩を貸して外へ踏み出す。馬も用意していないし背負うこともしない。そうしないのは僅かに残された少年の矜持を護るためだ。どれだけ信長に酷い目に遭わされようともコイツは紛れもなく一人の男なのだから。

 ………‘信長様が五右衛門に命令した’のでなかったら、きっとコイツは誰の手も借りずに一人で城へ帰っていく。

 そう考えると体の何処にあるのかもわからない何かがきつく締め付けられるような気がするが。
 そんな感情に捕らわれるようになってしまった自分の心境に苦笑を禁じえない。
 外はまだ青い色の中に閉じ込められていた。未だ太陽の見えない白みだした空の下、月が儚げに存在している。人気のない薄暗い道を僅かな灯りを頼りに足音を聞きながら言葉も交わさずに歩いていく。それがいつもどおりの道行き。
 ―――だが、今日は。

「………何があった」
「―――え?」
「お前とあの殿さまとの間に、だよ。どー考えたっておかしいだろが」

 歩くのをやめて貸していた肩をほどく。藤吉郎は少しばかりふらついたがどうにか五右衛門の方に目を向けた。
「お前らはこんな関係を望んでたって言うのか?」
「………そうじゃ、ないけどさ」
 右手でほつれた髪をととのえて藤吉郎は困ったように笑う。
「以前、言っただろ? 聞かないでくれってさ………」
「いーや、悪いが今日という今日は聞かせてもらう。俺にはその権利があるはずだ」
 強く言い切れば相手の瞳は揺れて戸惑いを見せる。顔を俯ける様も手を握り締める様も、全てを逃さぬように五右衛門は瞬きもせずに見つめた。言い逃れなど出来ないように。
 割に合わない事をしている。一銭の金にも徳にもならない。むしろ自分の立場が危うくなるばかりだ。
 それでも………。
 揺れる瞳が何かを恐れるように瞼の裏に隠された。
「………仕方、ないんだ………。俺が悪いから。俺が、信長様を裏切ったから………」
 聞き取りづらい声で呟く藤吉郎に五右衛門は詰め寄った。
「それはもう聞いた。俺が聞きたいのはもっと肝心なことだ………話を逸らすんじゃねぇ」
「………聞いたって、面白くないよ」
「この状況下で面白い話なんか期待するわけないだろーが。答えろよ。お前らが望んだ関係はこんなじゃねぇだろ? 望んだ結末はもっと違うものだろ? ………なに二人して馬鹿げた行為に陥ってんだよ、いい加減目ぇ覚ましやがれ! 何のために―――何のために俺が………!」
「………五右衛門………?」
 らしくなく声を荒げて肩を掴んできた忍者に藤吉郎が戸惑いの声を上げる。それに気付いて五右衛門は言葉を押しとどめた。
 未だ肩を掴んだままの腕に躊躇いがちに手をかけて藤吉郎が不思議そうに問い掛ける。
「聞いて………どうするんだ………? お前の得することなんて、何一つ―――」
 今度は五右衛門が返事に詰まる。先刻とは逆に裏のない澄んだ瞳で直に見つめ返される。
 追い詰められたような気分でようやく言葉を喉元から搾り出した。

「………このままじゃ、お前殺されるぞ?」
「………そう、かな?」
「しかもそう遠い未来のことじゃねぇ。明日には刀でぶった斬られて死体を晒してるかもしれねぇんだぞ?」
「………そう、かもな」

 真っ直ぐ見つめたまま微笑む藤吉郎にやり切れないものを感じ五右衛門は相手の肩を強く握り締める。

「―――殺されてもいいってのか? 奉公だの忠誠だのってのは、そういうもんじゃねぇだろ!?」
「―――俺は………」

 藤吉郎が今にも泣き出しそうに顔を歪めた。なりをひそめていた感情が堰を切ったように迸る。

「―――俺はもう、裏切るわけにはいかないんだ………! どんな些細なことであっても………殴られたって蹴られたって文句なんか言いやしない、どんな酷い仕打ちでも甘んじて受けるし殺されたって構わない。今でも間違っていると思うことには苦言を呈すし実際邪魔したりもするさ。けど、俺は一度信長様を裏切った。そんな俺がどうして信長様を責められる? もう俺の言葉は届かないんだ―――もう二度と!!」

 溢れ出した感情が頬を伝い地面へと零れ落ちる。後から後から流れ落ちる透明な雫に五右衛門は言葉を失った。
「お前………どうして、そんなに………」
 掌に零れ落ちた雫から熱が伝わる。声もなく泣きじゃくる藤吉郎の姿に絶句してその場に立ち尽くす。
 やがて覚悟を決めたかのように肩から手を離し、低い声で呟いた。
「………わかった。もう理由なんて聞かねえ。だから、今は黙って俺の言葉を聞け」
「………」
 涙を拳で拭き取りながら藤吉郎が顔を上げる。五右衛門はニ、三歩下がると真っ直ぐ藤吉郎の目を見詰めた。
 その先に尊いものを掴むのだと言うように厳かに右手が差し出される。
 声は薄い闇の中にはっきりと響いた。

「俺と一緒に来い、藤吉郎。いや―――日吉」

 瞬間、藤吉郎が動きを止める。信じられないと言うように目を見開いて、そらすことも閉じることも出来ずにただ五右衛門を見つめる。
 顔をのぞかせはじめた太陽が地面に二人の影を灼きつかせた。
 視線をそらすことも出来ず、動くことも出来ず、やっとの思いで藤吉郎は言葉を引き出す。
「な………ん、で………なんでそんなこと………」
「お前を死なせたくない、そんだけだ。―――詳しい理由なんて聞くな、俺にもわかんねぇんだから」
 物凄く不本意そうな顔をして五右衛門が言い放つ。
「正直―――お前らの関係、見てらんねーんだ。俺はあの殿様がしっかりお前を護ってくれると思ったから黙って見てたんだぜ? なのに………結局一番お前を泣かせるの、そいつなんだもんよ。ホントやってらんねぇって………」
「五右衛門………?」
 何か問いたげな藤吉郎の視線を振り切り、ただ自分の思いを伝えるためだけに前を見つめる。
 もっと前にこうしておけば良かった。恨まれても嫌われても、今よりはマシな状況だったろうに………。
 過去の行いを悔いても始まらないから、これ以上後悔しないために今自分がするべきだと思うことを真っ直ぐにぶつける。

「―――逃げるんだ日吉。この狂っちまった歯車の中から」

 ―――この手を取れ。

「一度距離を置いて冷静になれ。今のお前らじゃ話にならない。そしてきちんと自分の心に整理をつけてから信長に会うんだ」

 …………取ってくれ。

「自分の望みも相手の願いも、わかんなくなっちまってんだろ? お前が悩んでる間は俺が―――」

 ………思いの丈を今更口にして何になるのかわからない。けれどこの状況を変えたい。コイツを救いたい。別に大それた願いなんかじゃないはずだ。この世に本当に神がいるって言うんなら一度だけでいい―――機会が欲しい。
 必死の思いを込めて青ざめた顔で佇む相手を見つめる。

 言葉よ、届け―――コイツの中に。

「俺が、お前を護る」 

 藤吉郎は身を震わせ両手で自らの体を抱きしめた。言葉を紡ごうとした唇が戦慄いている。すっかり掠れた声が涙に混じり判別がつかない。
「俺―――は………」
 伸ばされた腕にすがるのか。
「俺は………」
 何かを探すかのように藤吉郎は天を見上げる。
 青ざめた月も焼け付く太陽もそこにはなく、ただ恐ろしい程冷め切った藍だけが顔をのぞかせていた。




"unwritten law was violated"





 
静まり返った夜更けの廊下を歩くと微かに軋む音がして、その僅かな音ですら誰かを起こしてしまうのではないかと怯える。格子から差し込む月の光だけが周りの様子を知るための手がかりだ。見咎められるのを恐れて蝋燭さえ使わずに歩いている自分にとってはありがたい話ではある。
 それにしても、と藤吉郎は月を見上げて深い溜息をついた。これからしなければならない事を思うと気が重い。だがやらなければ―――自分は、そのためにいるのだから。
 辿り付いた部屋の障子の前で藤吉郎は服装を点検してから粗相のないよう注意深く呼びかけた。
「信長様………まだ起きていらっしゃいますか? 藤吉郎です。話があって参りました」
 多少の間を置いて応えが返される。許可が下りたことに内心胸をなでおろしながら、まだこれからが正念場なのだと気を引き締める。
 音を立てずに襖を開け膝をついたままの姿勢で奥へと進む。入ってすぐの部屋に人影が見当たらないので更に奥の部屋へと進んだ。そうして襖を開けた瞬間目に入った光景に一時目を奪われる。
 主君―――織田信長は襖を開け放ち月光の下に堂々と姿を晒していた。差し込む光の下厳しい表情のまま窓枠に凭れ掛かっているその姿に籐吉郎は我知らず微笑みを浮かべた。数年前に出会って以来、この人はいつだって変わることのない自分の憧れなのだ。
 最初の印象こそとんでもなかったが今ではあの出会いに感謝している。もしあそこで出会わなかったら今頃自分は何処で何をしていたのだろうか。たとえそれがどんな道であろうとも、今こうして信長と共に歩いている道以上に満ち足りた人生などあり得ない。そう思う。
 変わることのない、誰よりも強い戦国の覇者。
 領地を広げることによって反対派の口を封じ、下手な説得よりも実力を見せつけることで和をはかる。世間での評価の高まりと共に彼が背負うものも日に日に大きくなっていく。かつてはそれをただ素直に喜んでいた。

 ―――だが今は、そんな思いを抱くことは出来ない。心の何処かが警鐘を鳴らすのだ。
「このままではいけない」―――と。
 今日やって来たのも信長の行いを諌めるためにだった。

「まだ………起きてらっしゃったんですね」
「まぁな」
「早く休まないと………ここのところ、戦続きなんですから………」
 夜中に訪れた自分の言うことではないが苦言を呈さずにはいられなかった。
 信長は何かに取り付かれたように月に魅入ったまま言葉も返さない。どうにかしてあの目をこっちに向けさせないと、と思いつつも言葉が出てこない。これから言おうとしている内容に対する恐れが口を噤ませるのだろうか。
 黙ったまま後姿を見つめているとやっとのことで信長が振り向いた。
「―――こんな夜更けに何の用だ? 用があるならさっさと話せ、まだるっこしい」
「あ、はいっ」
 慌てて藤吉郎は身を伏せ頭を低く垂れる。
「本日、光秀様に下された命令―――取り消していただきたく………」
「ダメだ」
 言い終えない内に否定の言葉を返される。藤吉郎は面を上げて必死の思いで訴えた。
「なんでですか!? あんな命令正気の沙汰じゃありませんよ! 殺す必要なんてないじゃないですか!」
 この日信長が下した命令は非情極まりないものだった。信長が新しく建てた居城―――その建築に携わった職人二十余名、全てを殺せと彼は命じたのだ。これまでも何度か敵に対しては焼き討ちだの子孫の根絶やしだの晒し首だの、容赦ない行動を見せてきた信長だったがこんなことは初めてだ。他の家臣には知られぬよう内密にことを運べとの厳命が明智光秀に下った。………「期待しているぞ」との言葉を添えて。命ぜられた瞬間、光秀の拳がきつく握り締められたのを自分は知っている。
「まだ光秀様を新参者扱いして忠誠心を試してるんですか? 実力次第だって言ったのは殿じゃないですかっ!」
「そうじゃない」
 横向きだった体が真っ直ぐこちらの方に向けられる。全てを貫くような強い視線に内心怯みながらも藤吉郎は挫けずにそれを受け止めた。
「今回の築城に当たってはかなり技巧をこらしてある。それを職人たちが誰かに話したらマズいんだよ」
「はっ―――話すなんて決まってないじゃないですか! あの職人たちは皆誠実で………頼めば絶対に口割ったりしませんよ!」
「口約束じゃどうにもならねぇ。そいつらの家族が敵方に人質にとられたら奴らは包み隠さず秘密を暴露するだろうよ。それが更にマズい結果を引き起こすことになるとも知らずにな」
 信長の言い分に理を感じて言葉につまる。更に信長は畳み掛けてきた。
「よく考えろ。今二十人を殺すのと、そいつらが秘密を漏らしたことによって戦が起きた時の死傷者の数と、どちらの被害がより甚大なのかを。てめぇがサルだとは言ってもそのくらいの計算できるだろうが」
「でも………彼らにも、家族が………」
「家族にはちゃんと手当てを送るさ。―――事故死扱いでな」
 理路整然とした説明に反論の余地は微塵もない。歯を食いしばり俯く。
 それじゃあ………それじゃあ結局、騙してることになるじゃないかっ………! そんなのないよ………残された人の思いはどうなるんだ………!?
 立てた爪が畳をむしる。

 ………本当はわかっている。ちゃんとわかっている。内心で信長がどれだけ苦しんでこの決断を下したのか、どんな思いで命を発したのか。揺れる感情を見せて部下に不安を与えないためにあえて鉄面皮を装っていることも。
 それでも―――それでも、諸手を上げて賛成なんて出来るわけがない。

 ………どうすればいい? でも、答えなんてわかるはずがない。

「もっとも………一番殺さなきゃならないのは、職人どもじゃないがな」
 不意に響いた信長の言葉に顔を上げる。窓枠に腰掛けたままの姿で信長は不敵に笑って見せた。
「どうする? お前がそいつを殺せたら―――職人どもの一件、考え直してやってもいいぞ」
「な………?」
 驚きのあまり言葉が返せない。続く言葉の内容が次々と耳に飛び込んでくる。
「そいつは職人どもより一層タチが悪い。秘密事項を数多く知っている上にいつ裏切るかわからねぇ。おまけに腕も立つから並みの人間じゃまず敵わない。―――だが、お前になら油断するかもしれねぇな」
 目に見えて藤吉郎が青ざめる。信長が誰のことを言っているか察しがついたのだ。
 体が小刻みに震えるのを抑えきれない。

「お………俺に、あいつを―――五右衛門を殺せって言うんですか………!?」
「その逆でもいいぞ。あいつを助けたければ職人たちを殺して見せろ」

 信長は口元を歪めて皮肉げに笑って見せた。我慢しきれずに藤吉郎が己の拳を畳へと打ちつける。何度も何度も、何度も。その指に血が滲むまで。
「出来るわけないじゃないですか! そんなの………そんなの、酷すぎる………殿………! ………」
 嗚咽をこらえて震える藤吉郎を黙って信長は見つめていた。
 一瞬とも永遠ともつかない重苦しい空気が二人の間を流れる。
 やがて信長が不思議なほど穏やかな声で囁いた。

「………結局、そうやっててめぇは誰も犠牲に出来ないんだな」

 ハッとなって藤吉郎が伏せていた顔を上げる。その眦から雫が流れ落ちた。
「誰も犠牲にできない奴が甘ったれたことばっかり言うんじゃねえ。俺は神じゃない。俺にも出来ることと出来ないことがある―――お前がやらなければ他の誰かがやる。そんなことも分からずにお前は此処にいるのか。何のために此処にいるんだ。―――出直して来い!」
 最後の怒声にビクリと体を竦ませる。震える体からはもはや何一つ言葉は出てこようとはしなかった。
 身動きできずに止まったままの藤吉郎の横を信長がすり抜ける。このまま立ち去らせてしまったらもう二度と話す機会は巡ってこない。襖を開ける音がした時、藤吉郎は覚悟を決めて呼び止めた。
「………待ってください、殿。結局―――殺すんですか。職人も、五右衛門も―――」
 信長が振り向いたような気配がしたが虚空を見据えたままの藤吉郎にはわからない。ただ主がまだそこにいる証拠に抑揚のない声が投げやりな感じで返される。
「言っただろう? お前がやらなけりゃ他の誰かがやる―――ってな」
「―――有効ですか」
「あぁ?」
「さっきの言葉は―――まだ有効ですか」
 深呼吸をしてから意を決して振り返る。信長は襖に手をかけたまま訝しげな顔をして佇んでいた。
 ―――言葉が、届かない。
 戦国の世の常識の前に自分の願いはあまりにも愚か過ぎると言うのか。思いが打ち砕かれても尚すがらずにはいられない、その所業を笑う奴がいるなら笑えばいい。それでも自分は―――。

 信じているのだ。
 愚かな分別のない子供のように一途に、この―――主君を。

「俺が職人たちを殺しさえすれば―――あいつの命は、見逃してくれるんですか」
「サル………?」
「でも―――俺にはどちらも選べない………っ」
 突如藤吉郎は身を激しく床に叩きつけ、額をこすりつけた。拳が強く握り締められる。
「お願いです………っ! 俺にはどちらも選べない………職人たちを殺すことも、あいつを殺すことも………! でも、でも、もしもどっちか片方しか救えないって言うんなら、お願いです! 俺はどうなっても構いません! あいつを殺さないでください、殿っっ!!」
 伏せたままの状態では信長の様子もわからない。だが、まだ其処にいるという気配だけを頼りに藤吉郎は必死になって言い募った。
「俺の領地も役職も、みんな没収してくれたって構いません! 追放されたって処刑されたって文句言いません! できることなら何でもします! 比べたところで軽い俺の命ですけど、それを持ってあいつの命に代えてください! お願いします………お願いします………っ!!」
 たかが一介の部下にすぎない存在が出すぎた真似をしている。
 冷静に状況を観察しているもう一人の自分が告げる。とんだ茶番劇だ、と―――。
 だが、他にどうやって伝えればいい?
 どうしても受け入れられない命令があることを、決して偽れない真情があることを、護るべき存在がいることを―――。

 こんなことを続けていては、やがてあなた自らが滅んでしまうということを。

「………何故だ」
 ポツリと聞こえてきた信長の声は何故か年齢よりも幼く感じられた。
「何故………お前は、そうまでしてあいつを庇う?」
 何も知らない子供。
 今まで知っていたはずのものが急に姿を変えてしまったことに対する不可解の念。

 ―――どうすればいい? そんなこと誰もわからない。

「友人………なんです………ただ一人の………。俺はあいつに命を救われた。たくさん迷惑をかけた。その恩義を、俺はまだ返してない………っ!?」
 突如襟首を持ち上げられて体が宙に浮く。視界が安定すると信長の端正な顔立ちが眼前にあった。普段は純粋にかっこいいと憧れていたその容姿も、今は何処か総毛立つものを感じさせて藤吉郎は血の気がひくのを自覚した。
 信長が低く重い声で問い質してくる。
「職人二十人の命よりも、あいつの命を重んじるのか」
「………はい」
「自らの命を投げ出しても、あいつを助けたいと思うのか」
「………はい」
 しばし無言の睨み合いが続く。やがて信長の瞳が閉じられて、宙吊りにされていた状態からやっと足が床につくようになる。だが襟元の手は一向に緩む様子がない。もはや言うべき言葉は思い当たらなかった。ここより先の選択権は信長の手に握られている。
 再び開かれた瞳は恐ろしく空虚で澄み切っていた。そこに宿った感情をどう表現すればいいのか、未だ人生経験の薄い藤吉郎には見当もつかない。重々しく口が開かれる。

「―――もう一度だけ聞こう」

 ひとつ、ひとつ。言葉を区切るように。

「お前は―――‘あいつのために’命を捨てるんだな?」
「―――あ………?」

 思い至り青ざめて口を塞ぐ。
 ………今―――自分は何を言った?
 自らの思いに捕らわれるばかりで、理解されたいと願うばかりで。

 ―――決して言ってはならない言葉を口にした。

「ちっ………違う、違うんです、俺は………!」

 そんなことを言いたかったわけじゃない。伝えたかったのはそんな思いじゃない。
 今でも自分の命は間違いなく信長に捧げようと決めているのに。
 言葉として取り交わしたわけでもなく、ましてや文字にして残されているわけでもない。だが形はなくとも確かに存在していた二人の不文律を、如何なる理由があろうとも破ってはならない約束を、いま自分は破ってしまった………。
 強い外面に隠された繊細な心を誰よりもよく知っていたはずなのに。

「違う、そうじゃない、俺は、俺が言いたかったのは………!」
「うるさい!」

 後頭部を畳にしたたかに打ち付けられて呻き声を上げる。のしかかってきた自分よりも大きな体をはね飛ばそうとしても所詮無理がある。喉元を締め付けられ逸らそうとした目線も無理矢理固定される。
 肺が悲鳴を上げて体中がカッと熱くなる。視界が激しく揺れた。
「何も意識せずに出たってんなら………それがお前の本心ってことだろ………!」
「………ち、が………!」
 恐怖と息苦しさに何も言えなくなる。目から涙が溢れ出したがそんなものただの生理的現象に過ぎない。

 ―――泣いてるのは、俺じゃない………。

 いつ取り交わしたかもわからない。
 それでも確かに存在していた二人の間の取り決めが崩壊していく。
 だがそれに異を唱えることは出来ない―――先に禁を犯したのは、自分だ。
「‘何でもする’―――そう言ったよな?」
「………」
 震えが止まらない。どうしたらいいのかわからない。これからされることが分かっていても逆らうことすら出来ない。

 取り返しのつかないことになる―――だから。
 後戻りできなくなる―――だから?

「なら―――やってみろよ。あいつのために、この俺にな!」

 ―――そして全ては引き裂かれた。




"you hate me, but you call me."





 
どうすれば良かったのか。
 分かる奴がいたら聞いてみたい。自信をもって「これが答えだ」と言い切る奴がいたら速攻斬り捨ててやる。
 堪えようのない衝動に突き動かされて、容赦ない現実を前にしていつまでも甘い戯言をほざいてるあいつを捕まえて。いつまで経っても抜けきらない甘ったれた根性をこそ愛しく感じても、同時に煩わしさに喚き散らしたくなる。

 早く現実を見つめ、失望と諦観を手に入れて大人になればいい。
 ―――俺はお前が思ってるような奴じゃないんだと。

 純粋な目で見つめるな当然のように振り向くな欲しい言葉を与えるな。
 俺はそんなに出来た人間じゃない―――裏切るなら、最初から何も与えなければいい。
 それともあいつは裏切っていないのか。今でもあいつは俺のために死ねるのか。
 ………多分それは本当だろう。いつでもあいつは誰かのために命をかける。
 だからこそ無性に腹が立ったのだ。蹴飛ばして殴り飛ばして怒鳴り散らして。上手く言えないけれどそれでも伝えたかった。
 そんな報われない生き方なんぞやめちまえ、と。
 こんな時代に生きていていい奴じゃない、生きられる奴じゃない。お前のような人間は真っ先に誰かの餌食になって屍を晒す羽目になるのだと。
 幾度かの出会いがあって、縁があるのだと無理矢理自分に言い聞かせて引っ立てた。連れ回したところで所詮数多く存在する部下の一人。それ以上の感情なんて何もない。
 そのはずなのにある日気が付いたら考え込んでいた。自分の側にいたら危険な目にあうだろう、死ぬ確率も高まるだろう。だったらいっそ自分と関わらずにいた方がコイツは幸せなのかもしれないと。
 だがそれ以上に、コイツが何処か知らない場所で冷たい骸をさらすのかと考えたら気分が悪くなった。

 手の届かない場所で消えていくのか。手出しできない場所で冷えていくのか。

 自分らしくもない感傷だと思いつつも一度浮かんだ映像はなかなか消えやしない。仕方ないから毎日のように顔をつき合わせてその度にコイツは生きているんだと確認した。
 幼子が眠る母親の胸に手を当てて、生きているんだと安堵の息をもらすかのように。
 関わってみれば相手の考えや思いも多少はわかる。理解できても受け入れられないコイツの思考回路。
 誰とも争いたくないようなことを言って、誰ひとり犠牲者を出さずにすむ方法ばかり必死んなって考えて。時に自分すら囮に使って道化を演じて。
 感謝されるわけでも誉められるわけでも何でもない―――それでも満足そうな顔して笑うのか。

 そして思った。コイツは殺すべきだと。
 何の前触れもないただの直感として。
 俺に対するコイツの影響力が増す前に、消しておくべきだと。

 けれど今更無邪気にくっついてくる小動物を殺すことも出来なくて。そんな甘い考えを一体誰に植え付けられたのかと考えただけで気分が悪くなる。なのにそれでもいいかと納得してしまっている自分の心に更に苛立った。
 この思いを世間の奴らがどう呼ぶのか察しがつかないほど鈍くはない。だが素直に認めるなんてことだけは死んでもごめんだ。
 それでも………存在する思いを完全に無視することは出来ない。
 だから、純粋で真っ直ぐな目を向けてくるコイツを傷つけないよう自分を戒める。
 決して、俺はコイツを自分のものにはしないと。
 その先に奈落が口を開けているのが見える。他の道など見えはしない。手を出したら落ちる―――それが全てだ。一度手に入れればワガママな成長しきってない俺の欲望はコイツに無理ばかり強いるだろう。どれだけコイツが俺を思っているのか確認するように無理難題をふっかけて苦しめるだろう。

 俺はひたすら求めて、お前はひたすら受け止める。
 わかるだろう? 一方通行の矢印なんて果てなく堕ちていくしかないってことが。

 その代わりコイツも絶対に俺を裏切らない。ひとつしかない命は一人しかいない俺のために捧げると。
 言葉にはしなかったが俺もあいつも、しっかりわかっていたはずだ。振り向いて軽く瞳を覗き込めばいつだってお前は答えただろう。俺がお前に望むだけの心を示せなかったとしても。
 誰も知らない誰にも壊せない、俺たちだけの絶対的な不文律。
 日に日に増していく諍いや争い、取り引きと駆け引き、権謀術数に情報操作。いっそ全てをぶち壊したい衝動に駆られるこの現実で。

 それを拠り所にしてはいけなかったのか。
 それだけを信じてはいけなかったのか。

 違うだろう? ―――俺は間違っていなかった。そして、お前も。

 俺を諌めるのがお前の役目だと知っていた。結局聞き入れられなくとも諦めずに良心に訴えかけてくるのがお前の役目なのだと。
 お前だってちゃんと自覚していた。健気なまでにその役割を演じていた………半分以上は素だったんだろうが。出会った頃より確実に汚い世界を覗き見て俺はそれなりの妥協と打算を手に入れた。理性と感情を比べて何が将来の役に立つのか、爆発しそうな感情を抑えてかろうじて巡る世界の中、意識を繋ぎとめて。同じ道を歩んできたはずのお前だけがどうして変わらずにいられるのか。

 ―――憎んでいた? そうかもしれない。
 でも、それだけじゃないだろう。

 ―――ただ、あの日。
 俺以外の奴を必死になって庇うお前に。

 聞こえるはずのない音が俺の脳裏に響いた。硬く冷たい音をたてて壊れていったものの名前なんぞに興味はない。けれどその時確かに何かが壊れていった。
 ―――お前の考えなんて全部お見通しだった。なめてるんじゃねぇ。
 どうしても受け入れられない命令があることを、決して偽れない真情があることを、護るべき存在がいることを―――。

 こんなことを続けていては、やがて俺自らが滅んでしまうということを。

 目を向けられただけですぐにわかった。でも聞き届けるわけにはいかない。俺とお前では立場が違う、根本的に。その分俺は、お前の言葉に揺らぐ自分の心にまだ確かに温かい部分が残っているのだと確かめて。わざと冷酷な言葉を紡いで嘆くお前の姿に‘人間’の形を確かめて。
 その日もそれで終わると思っていた。

 でも、お前は。

 ―――あいつを、庇ったよな?

 ただ一人の友人なんだと、殺す事などできないと、自分の命と引き換えにあいつを助けてくれと―――。
 お前は何ひとつ間違っちゃいない。人としてそれは当然のことだろう。ましてやお前は何でもかんでも命を賭して庇いたがる、素晴らしい性癖があるときたもんだ―――。
 わかってる、知ってる、理解してる。けどそれだけじゃ感情なんてものは量れない。
 この世に生を受けていったいどれだけの時間が経つ? そんな単純な事実をようやっと実感した自分と言う存在に笑い出したくなる。
 最後の望みをかけるようにお前に聞いてみた。俺以外の奴に命をかけるのか、と―――。
 青ざめて口を噤む。今初めて自分の言ったことに気付いたように。
 ………どうしてだ?
 どうして否定しない。力強く言い返さない。こんな時のために言葉が存在するんだろう? 確かな言葉で俺を支えてみろよ。いつも通り俺を諌めてみろよ―――。
 自覚なしに傾斜していた思いが支えを失って一気に流れ落ちる。

 お前が悪い。

 ―――そう、俺に言わせても仕方がないほどの失敗をお前はしでかした。

 だから………お前が悪い。

 恐怖と悲しみと絶望に彩られていた瞳がやがて諦めと哀れみと罪の意識に染まっていくのを見た。
 引き裂いて打ち砕いて叩き壊して。
 噛み付けば赤い血が流れ出す。鉄の匂いの中に顔を埋めて肉を貪り食う自分が獣のように思えた。
 ………お前の目に、俺はどう見える?
 本当はこんな形じゃなく、もっと別の形で存在したかった。

 熱い欲望なんて要らない。深い愛情なんて要らない。
 ただ自然にそこに在るものとして―――俺の、側に。

 今更戻れない―――だけど、時折り思うことはある。
 言い損ねた言葉をいつ囁けばいいのかと。
 純粋に向けられる瞳と込められた思いを最後まで信じてやれなかった。

 裏切り者は―――

 俺だったのか?




"then, you will be …"





 
抱きしめられることが嫌だったわけじゃない。望んでいなかったと言えば嘘になる。
 けれど自分が純粋に信頼しつづける限り、こういった関係に陥ることはないのだと思っていた。
 世間一般が自分たちについてどう陰口を叩いていたのかも知っている。その事実を否定するために実力を示そうと努力して噂を打ち消すためにがむしゃらになった。自分に対する陰口は許せる。けれど尊敬するあの人の誇りを傷つけるような噂だけは許せなかった。
 逆に陰口どおりの関係になってしまった今の方が噂を流す人間が少ないというのは皮肉なことだ。
 今はこうして後戻り出来ない道に嵌まり込んでしまったけれど―――進むことも引くこともできないこの状況の中で、示された道はただ一つの光明なのだろうか?

「俺と一緒に来い、藤吉郎。いや―――日吉」

 堕ちてみせれば、差し出す手は敵か味方か。

「お前を死なせたくない、そんだけだ」

 あの時の自分と同じ思いで差し伸べられる腕。―――ならばたどるのも同じ道なのか。

「俺が、お前を護る」

 泣きたくなるのは喜びのせいなのか悲しみのせいなのか。
 揺れる気持ちに判断がつかなくなる。
 頼むからこれ以上惑わさないでくれ。二度と、もう二度と過ちなんて犯したくないのに。
 離れることと側にいることと、どちらがより罪深いことなのだろう。
‘あの時こうしていたならば’―――そんなことが言えない世界だからただ一度の決断が重すぎる。

「俺―――は………」 

 その腕に縋るのか。この場から逃げ出すのか。何が本当の‘裏切り’なのか。
 根底に流れる思いに変わりはないとわかっているのに―――。

「俺は………」

 激しく痛み出した頭を抱え泣き喚きたいような衝動にかられる。けれど、そんなことはせず。
 自分が………自分一人が傷ついているかのような、思い上がった行動なんてとれるわけがない。
 見上げた空には果てしなく青く冷たい藍がただ静かに横たわっていた。




What are you looking at?  Is it same thing what I see?
Is it true that you told me the words before?  Do you remember my words?

Light of life will be disappeared like flowers withered and trees dead.
Nobody can blame anyone rely on extended arms. But you blame me for I run away from you.
Nobody can know what is waiting one's destination.

We lost something for this flight, something for this struggle.
I don't know which way is more better for everything.
Please say me your words, please listen my voice before my heart will be broken.

Then, we lost the purity.




 

 


 

暗い上に内容なくてごめんなさい………しかもその手の描写がないです(死)
更に決着つけずに終わらせちゃったときたもんだ☆
自分で結論考えつかなかったんでこんな形になってしまいました。失礼。

英文はかなり文法が怪しいので気にせずに読み流していただければ幸いですーっっ!

 

 

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