生まれ育ちは何処だとか、身内がどうので身分がどうの。まさかそんなバカなこと訊くヤツないよな、今時。流れの用心棒にそんなのうっかり尋ねたりしたらズッパリ斬られても文句いえないよー? 勿論、俺はそんな真似しないけど。メンドくさいじゃん? 金にもならねぇ奴を斬るなんて。
各地を転々としながら裏稼業を続けてるけど、ここ数日は一応雇われモンの身の上。仕事の合間に眼前の城を見上げた。手っ取り早く金を稼ぐためには始終争いをしているような、大々名の家に働きに出ることが一番。危険な仕事も多いけど、その分見返りは期待できる。ただ、大手らしくこっちの足元を見てくださるモンだから勤労意欲には事欠く職場だね。
ま、あまり気にしない性質だから。腰掛け程度のモンよって考えてれば余計な執着も沸かないでショ。
裏には裏の伝手がある。それをたどりたどって武田お抱えである忍びの頭領に目通り願う。さすがにお頭さまはできた方なので俺の実力を察してくだすった。
―――それでもこの値段なんだよなぁ。
あんたらの倍強いから値段も倍くれよっていったのに。新参はやっぱりなめられる。
あーあ、さぼっちまおうかねぇ。なんの意味があるんだかわかんねーし、この任務。
普段は暗殺とか情報操作とか、あまり奥に関わらないなりに面白いことやってる。
でも、これだけはわかんないね。甲州の山ん中で軍事練習に励みながら宿敵・上杉謙信を倒すことに心血注いでる、家督と能力を重んじる陰謀大好きな武田の殿さまが。
どうしてあんな小娘ひとりに見張りなんてつけているのか。
木陰でうんざり視線を下ろせば、城の一角に据えられた庵の側で花を摘んでいる少女の姿が見える。顔の造詣はこの距離ではあまり意味をなさない―――あまり近付くな、見張りを置いていることを悟られるなと、イヤんなるぐらい釘を刺されたから。
長い黒髪を後頭部で束ねた何処にでもいそうな小柄な少女。巫女の衣装を着ているけれど、武田に組みしている以上、単なる装いに過ぎないかもしれないし。囲われてるっていうには聊か疑問。けばけばしく飾り立てた様子もなく、信玄から付け届けが来ているわけでもない。
………年齢差とか身分差なんて俺は気にしないけど、あのオッサンは気にしてんのかと思ったよ。武田が体育会系の組織だってぇのは忍びの間じゃ常識だから。
少女が束ねた花を嬉しそうに抱きかかえて室内へと戻る。
………どうでもいいけど、アレがなんなのかわかって集めてんのかね?
疑問がわいたけれど周囲に尋ねることもしない。余計な口を挟んでろくでもない仕事を押し付けられるなんて御免だ。それに、仮にも『一流』を名乗る忍びの軍団なんだから、わかっててもらわなくちゃ困る。
退屈極まりない見張りをつづけながら鬱々と空を見上げていた。
依頼人の立場や周囲の状況に興味も然程わかないけれど、それが直接こちらの利益に関わってくるんなら話は別だ。個人が組織と取り引きするのにやっぱ情報は必要だし? 有利なモノひとつ所持してれば身辺の安全を図りつつ結構ふてぶてしい要求だって出せるようになる。
そう、こんなだから。
こんなだから誰にも信用されないわけだけど、このご時世じゃあ当然だよな。
あまり興味のなかった巫女さんに関心を抱くようになったのは本当にふとしたことがきっかけ。ほっぽり出された女の死体を片付けてる最中だった。
信玄サマときたら男も女もお手の物で、気に入った相手を寝所に引きずり込むのはいいんだけど―――どうも、ねぇ。ときどき勢い余ってヤっちまうついでにヤっちまうみたいなのヨ。
うっわー、最低。それとも最高?
アレの最中に本当の意味で天国にイケちゃうんなら信玄さまの手練手管ってばかなりご立派なのかもしんない。
死なずに済んでいるのは側仕えの春日源助とかゆー男だけ。さすがに有能な秘書を夜の営みの生贄にしちゃうほど武田信玄も飢えちゃいないらしい。そこいらをどうさっぴいたって、「女コロしすぎ」ってのは変わりないけどね。それこそ下仕えの女房から旅姿の巫女や商人、城下の女に手を出すのは控えてるケド、それでも時々囲ってる。領土内の民には好かれていても影で色々やってるってぇのはお決まりの話。でも相手の方から「おやかた様の女」って立場を狙ってくる向きだってあるんだろうから、一概にどちらが悪いともいえない。
その中にはときたまキレーな兄ちゃんや子供なんかもいたりして。
あっそう、信玄サマったら抱かれるよりは抱く方がお得意みたいねー、なんて。
余計な想像力まで働かせる余地ありまくり。
ただ大抵の相手は一ヶ月と持たず血の海に沈んでるから、果たしてご当主さまの趣味が『殺し』にあるのかないのか微妙なんだな、これが。
今日も今日とて俺たちは仕事の合間に死体の始末。草むらに捨て置けばいいところを、身元がバレないよう片付けて差し上げるってのが忍びなりの人情か? 勿論、死体が身に付けてた金目のモンは頂いておく。「なあ、知ってるか? あの噂」
何処にでも噂好きな人間ってのはいる。自分の胸のうちだけに秘めておけない、おしゃべり好きな人間が。それは俺たちだって例外じゃない。
比較的慣れ親しんだ面子が小声で話しているのにそっと聞き耳たてて。素知らぬ振りして死体葬って。
「噂―――というのは、あの巫女に関することか? まだガキじゃないか。おやかた様の気が知れん」
「そういうな。………なんでもな、あの女がなにかの瞬間に神がかると、とんでもない能力を発揮するらしい」
「能力?」
やだねぇ。噂は噂と思うけれど、いきなり『そっち』方面に行っちゃうワケ? 何処で仕入れてきたかわかんない曖昧な情報。仮にも『忍び』を名乗る男が内輪とは言え他人に洩らすのだから、それなりの信憑性はあるのかもしんないけれど。
「予知能力があるんだと専らの噂さ」
「胡散臭いぜ。そんならとっとと戦の行方を予測してもらえばいいじゃないか」
「確かにな。でも、おやかた様があの女に手出ししないのは、そういう理由なのかもしれないぜ………」
これ以上ここに留まっているといらぬ嫌疑をかけられそうだ。手荒く足元の土を突き崩して穴を埋める。一足先に館に帰って休ませてもらおーか? 何度もいうように金額以上の働きをする気なんて更々ないんでね。
館に戻る道すがら考えてみた。今しがた聞いたばかりの噂のことを。
特殊な能力だのなんだのは置いておく。情報として頭の片隅に叩き込んではおくけれど、目の前で証明されない限り取り立てて騒ぐほどのことでもないだろー。
思ったのは、本当にそんな理由で武田信玄が手出しできずにいるのかってコト。
女に能力があったとして、それってナニに起因してるものなのかね? あの服装からして渡り巫女。平時は占いと体で生計たててるんじゃないの? なら遠慮なく信玄はあの女を抱けばいい。なのに夜伽もさせず、他の相手に当り散らして―――………。
『女の能力は処女性に起因する』
―――なんて、ねぇ。疑わしい宗教観に信を置いてるんだろうか。
だからって『試し』に抱いてみるコトもできないよなぁ………それで本当に力が失われちゃったら勿体無い。
万が一、武田信玄が真実あの小娘を欲しがっているとしても。
『能力』なしの女に対する評価はグッと下がるだろう。
(………やってらんないね、お嬢さん)
花をまとめていた後ろ姿を思い出し、薄っすらと口元に笑みを浮かべた。
細々とした雑用いいつけられている間から抜け出して。新入りにあまり内部事情はさらさない………日雇い労働者に重要任務をまかせてどうすんの? そんな風潮もこのときばかりは俺の味方。信玄に呼び出された巫女さんの跡をつけるのに好都合。
周囲の目を盗んで追いかけるけど、相変わらず幼い顔立ち、俯いた黒い瞳。
………いつ『神がかる』んだ?
首を傾げる俺の前で無情に扉は閉められた。がっちりと見張りがついて、さすがにこの中に忍んでいく気にはならない。そこまでの労力払う価値はまだ見出せない。
それに―――守りの堅い巫女を付け回すより、もっと簡単でもっと面白い方法を思いついたから。
『もう一方』の当事者に会ってみればいいんだ。だろ?
風の強い日だった。月は薄く細い線を残しているだけだった。森の草木も城の陰も不思議に暗く沈んで悲しげな音を奏でていた。
騒がれると面倒な見張りには早々に気絶してもらうことにして、傍目にはきちんと立って見えるようちょっと小細工。つっかえ棒があるなんてよっぽど目ぇこらさなきゃわかんないだろう。バレた後でこの男がどんな罰を受けるのかなんて、俺は知らない。
右腕に等しい部下が控えている部屋の上をすり抜けるときは慎重に。仕掛けてあった罠の幾つかを手早く解除して、金も貰えないのにこんなコトしてる俺って、もしかしなくてもかなり物好きかもと―――笑い出しそうになるのを押し留める。殺しに来たわけじゃないから本人に気付かれても全然構わない。ま、「顔を見に来ました」なんて弁解が通じる相手とも思わないが。
室内の気配から一番遠い天井板をはがして覗き込む。薄闇の中、灯明の僅かなあかりのしたでなにやら読みふけっているご当主さまの背中が目に映った。
勉強熱心でイイことだね。軍事機密が書かれた書面なら、一見願いたいけれど。
音もなく床に着地。近付く気配もそのままに。ある程度の距離を置いてしげしげと相手を眺める。
―――広い肩、大きな背中。筆を扱う動きだけでも着物の下に鍛えぬかれた肉体があるんだろうとわかる。
俺みたく影から影へ移り住む為のものじゃなく、上に立ち、他を圧倒する為に作り上げられたもの。刀は手の届く範囲に。だからいま俺がいるのは、それが達する間合いのギリギリ一歩外。
無遠慮に撫でまわす視線に嘲りの声が重ねられた。
「―――なんの用だ、下っ端。俺の命でも取りに来たか」
「いや? 取る気なんてないし。………少なくともいまは」
言葉に狼狽は含まれていない。
当たり前だ、あれだけ気配バラしまくりで接近してやったんだから。気付いてなかったら幻滅、減点、失笑。その気はなくても殺してオサラバ。
動じない態度―――合格点。
発する威圧感―――およそ合格。
俺への御言葉―――まあ人並み。
「よそからの使者か? 情報か? あるいは小金を稼ぐのが目的か」
興味なさそうに出される科白に軽く笑いをこぼしながら。
うーん、何処のお偉いさんもやっぱ最初はそうゆー発想か? 大声にならぬよう注意して答えを返す。
「―――武田信玄は、男前なのかと思ってサ」
ようやく筆の動きが止まる。興味深そうに嘲るような視線が投げつけられる。
………やっと俺の姿を見ましたね。オメデトー。
ゆらめく炎を映し出す瞳は鈍い金。食いつきそうな目と日中より暗く見える髪が猛禽を連想させた。
「それだけの為に此処に忍び込んだか」
「金貰えるなら何処でもいいけどね。顔もよけりゃそれに越したことはない」
顔に巻きつけていた覆面に指をかけ、口元を外気にさらす。今度ははっきり目に映るように、笑ってやる。
「その方が―――『他』の点でも愉しめる」
信玄も笑う。………本当に、獲物を狙う前の鷹みたいだ。
膝をついてにじり寄っても追い払われない。
獲物らしく怯えてみせようか? 兎か小鳥のようにアンタの牙に震えてみせようか。代わりに、俺にもアンタの肌に爪を立てさせてよ。
伸びてきた腕がまとわりついていた覆面を剥ぎ取った。そのまま蠢く指が頬を伝って、くすぐったい感覚にわざとらしく眉をしかめてみせる。
「自分から『売り』に来るとはな。誇りのない奴め」
「俺が誇り持ってたって仕方ないじゃん? 愉しめたらそれでいい………後腐れないんだからアンタもその点だけは感謝してほしいね」
「気が向いたときに来る………か。なにを望む」
「なにも」
「嘘をつけ」
「本当さ。愉しいならそれでいい」
相手は軽蔑まじりに頬を歪めた。
指先に口付けて感触を確かめる。日頃から鍛錬を欠かさないてのひらは骨ばって固く、酷使した爪はかさついて見えた。大名っつってもお貴族さまとは違う―――戦う者の、手だ。
誰かが戸の外で動く気配がした。きっと、宿直として残っていた例の秘書だろう。出自も明らかでない男がこんな時刻にまんまと忍び込んでるなんて知ったら、責任感じて腹かっさばくかもしれない。
………ちょっと、見てみたいかも。
声を出してみようか―――行動に移そうとしたのを、喉を締めて封じられる。人の考えを読むのは得意らしい。
なにも知らない部下が緊張しながら呼びかける。
「おやかた様、如何なされましたか? なにやら怪しげな物音が…………」
「なんでもない。源助、今宵はもういいぞ。下がっておれ」
―――あら。おやかた様自ら、見張りを外してくださるワケ?
主君のいうことを聞かぬ相手じゃない。必ず部屋から立ち去るだろう。必然的に、この部屋には俺と信玄サマの二人だけになるワケで―――。
忍びがいるのにこの対応。殺されないという絶対の自信。
そうだな―――あんたの度胸は充分合格点、だよ。
武器は、と訊かれてないよ、と答えた。
これは本当。仕掛けを外すのに使ったくないが最後。他のは天井裏に全部置いてきちまったから。身体検査でもなんでも好きなようにすればいい………意味がないから。
忍びの一番の武器はこのカラダそのもの。
「俺の手元には刀があるぞ」
「使いたければ使えばいい。血の色と匂いに飢えてるんならね」
………床は背中が痛いからイヤだけど。
文句つけたって聞きやしないんだろう、この殿サマは。だから内心だけで密かに罵って、確かにヤるだけなら場所なんてカンケーない。
組み敷かれて見上げた天井の模様に灯明の光は届かない。闇より暗い嘲笑を浮かべてこちらの出方を窺っている。
「斬らずともどうせ血は流れる。お前の中からな」
「………俺もつけるケド?」
「傷は残すな。爪も立てるな。慣れているだろう」
突っ込まれた指に舌を絡めてやわく歯を立てて。
ああ、もう、しょーがない。尋ねてきたのは俺だから今日ばかりは特別奉仕。服の脱ぎ方、脱がせ方、なにからなにまでお好みどおりに。
趣味はバレバレだよ、おやかた様―――あんたが始末してきた屍の『傾向』を見てるから。
「貴様は………術を使うのか?」
「ん………? 使ってもいーぜ。ああ、でも………」
冷え切っていた身体に熱が戻ってくるのがわかる。視界の隅に映る明かりがちょっと邪魔だなあ、なんてぼやきながら。
「仕事じゃなきゃ使うの勿体無いしぃー………シテほしいんなら金、請求するけど」
珍しく信玄が声を出して笑う。
「―――ぬかせ、下郎が」
耳元の囁きに少しだけ苦笑。
演じてやる気も身代わりになる気もないけど、押し付けられるとイヤでも知れちゃう男の摂理ってのは物悲しい。なるほどねぇって、同情はせずとも理解できちゃう俺って余裕? 足りない、足りないっていいながら、何人でも飽きずに食い殺す。
鉤爪が肩にめり込む………それでもこの身体は一般人より随分と丈夫。だから、試したいなら試してみればいい。
あんたが、あの女にヤりたいと思ってたこと全部。
濃い木々の緑と憎たらしいまでに澄み切った青空が瞳を射る。陰影の激しい景色だな、と床に寝転がったまま考える。通りかかった仕事仲間が「なにやってるんだ」みたいに声かけてきたけど生返事。ナニいわれてもいまはあんまり動きたくナイ。………やっぱ、ひどく、腰がひきつる。
好き勝手ヤってくれちゃって。ま、そんな含み持たせてやってたからなぁ。
あの男が気になる女に手を出せない理由がわかった。抱けば能力を無くすかもという問題以前に、あんな抱き方したらマヂで死ぬ。かよわい女だったらマヂで死ぬ。
いままで犠牲んなった女たちも別に残酷な仕打ちの果てってワケじゃなく、ただそれだけの理由で死んでたのかもしれない。常人よりはタフで丈夫なはずの俺が痛みに滅入ってる。忍び相手だから容赦なかったって差し引いても、ねぇ。ヤりすぎなことに変わりはない。
木々の合間の青い空、その真ん中を雲が突っ切ってゆく。
………そういや、契約が切れるのもうすぐだっけ。
あとひとつ、なにか大き目の任務を任されて行って帰ってきたら多分それぐらい。立ち去るか、留まるか。流しの忍者を雇う相手だってこのご時世なら事欠かない。だから本当に問題になるのは、俺が誰のために、誰のもとで働きたいかってことで。でも、更にいえばそれ以前に。
―――俺は、『誰かのために』戦えるのかね?
珍しく感傷じみた言葉が浮かぶのは情事後の自然な流れだと思いたい。
ドタドタと慌てふためいた足音が背後から響いた。手の空いた忍びの憩いの間になってるこの部屋に駆け込んで、息切らしてるし、足音でかかったし、きっとコイツは三流忍者。なんて評価をくだしていたらソイツがとんでもないことを口走った。
「たっ………大変だ、あの女が―――!!!」
………『あの』、女? そんな指示語つきで語られる女、いま、この館にひとりしかいない。
その場にいた数人と共に一足飛びに現場へ駆けつけた。他の任務のオマケみたいなモンとはいえ、あの女の監視はここで働いているヤツに共通の課題。今日だって誰かが見張りについていたハズなんだ。けれど件の部屋に行ってみれば既にもぬけの殻、代わりに見慣れた黒装束が累々と横たわっていた。
まだ息はあるけれど意識が朦朧としててかなりヤバイみたい。気付け薬かなんか飲ましてやらねーと精神に障害が出ちまうかも。他の面子と同じく防毒面を口元にかかげ、原因物質を特定する。
「お頭、この匂いはまさか―――………」
「そのまさかのようだな」
ゆらゆらと視界を狭めるほのかな煙、舌がしびれるような感覚。片隅に置かれていた香炉を手にとって、中を見やれば想像どおりのシナモノに。
無言で仮初の上司にそれを指し示した。男は指先でそれを摘み上げて、黒い燃えカスと化した物体に眉をひそめる。
「やはりか。あの女、調合の法を知っていたとは」
「しょっちゅう摘んでたみたいだしー? やり方に気付いててもおかしくねぇんじゃねぇの」
そういうと思い切り嫌な顔をされた。いわれなくてもわかってるって面。
じゃあ、なんでこうなる前に止めなかったのかね? 坊主どもが祈祷の際によく使う、幻覚作用を引き起こす植物を、特に材料となるその根と茎を、あの女は好んで集めてたってのに。
俺も止めなかったから同罪っつえば同罪だけど。
気付いてると思ったんだけどねぇ………あの女の思惑ぐらい。長年こんなところで身柄を拘束されて、裏の事情にイヤでも通じなければならなかった女が、なにひとつ知識を得ないでいると思う? ちょっと頑張れば幾らでも情報は得られたはずだ。例え後で信玄サマに制裁を受けることになろうとも、その場限りの報酬に揺らぐ奴だっていただろう。
「至急、おやかた様にご連絡を。指示を仰げ。お前達は近隣一帯を隈なく捜せ、まだ遠くへは行っていないはずだ」
上司の命に従い男たちが飛び出していく。片膝ついて見守っていたら忌々しげな表情をされた。
「なにをしている新入り。お前もとっとと行け」
「ん〜、でもコイツらどうすんの? まだ息があるんだけどさぁ、助けるつもり?」
「―――お前が始末しておけ」
わたしは報告に行かねばならん。
親しみの持てない上役の姿がすぐに掻き消える。残されたのは俺と、未だ幻覚に悩まされてる男が数名。
………確かに、こんなに深く煙を吸い込んだ後で、正気に戻してやろうってのは面倒なんだよな。世話してやる義理もねぇし、しくじったのはコイツらだし、自業自得ってことでお天道サマも許してくれるだろう。
最近俺の仕事ってこんなんばっか。
ため息と共に片手の合掌、死にかけの喉を切り裂いた。
空が毒々しい紅に染まり太陽が地の果てにかすかな燐光を残すのみになっても、女は見つからなかった。あれだけの忍びの目を掻い潜りどの街道をどう抜けたのやら。手がかりはあってもそのまま追いかけるには国境を越えなきゃならない。街道はひたすら西へと続いている。
信玄サマが追討命令を出すまでそう時間はかからなかった。その夜、直接に激が飛ばされて、蜘蛛の子を散らすようにみな場を辞した。
チラリと猛禽の瞳が俺に食らいつく。
………あれ。やべぇ。なんか恨みかってる?
誘ったのは俺だけど、手ぇ出したのはそっちだろ。一方的に責任おっかぶせるつもりかい? ………理不尽だね。
八つ当たりしたくなる気持ちもわかるけど、でもダメ。仕事優先だからアンタの事情に構ってらんないよ。そして行って帰ってきたらもう時間切れ。俺はまた流れの身の上になる。
そんときにまた試したいってゆーんなら、今度は術のひとつも使って奉仕してやってもいいんだぜ。
「………俺は高いケド」
とりあえずいまは別れの挨拶。ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、わざと恭しい礼なんかしてみせて、相手の神経を逆撫でするだけしてから夜の闇に踊り出た。
月のあかりも乏しい山道で、頬打つ風に瞼を伏せるようにして。
この果ては何処に至るのだろう―――………そんな考えがほのかに浮かんだ。
誰にどんな理由で仕えるか、なんて。そりゃあ勿論人それぞれだと思うけど。
のめり込むほどの主義主張もなければ、盲目的に仕えるほど純でもなくて。
どうせ金と都合で生き抜く立場。夢も理想も正義も仁義も、はっきりいってしまえば二の次で。
面白ければそれでいい。刹那主義といわれても見てるだけで楽しくて、意外すぎて驚いて、肩入れしたらなぜか満たされて。
………柄にもなく望んでるのかもしんない、俺ってば。
精神と肉体の両方を満たしてくれる存在――――でもひょっとしたら、肉欲なんてのは程遠い願望かもしれなくて。
そう、手出しできなくてもイケるかも。
だから出会ってみたいのは、笑えるほどに変なヤツ。人生変える気なくても変えられちゃうようなヤツ。
だから。
何方か、そんなニンゲン心当たりありません?
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