「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

11.negotiator

 


「とにかく言霊をマスターすること、いまはそれだけを念頭においてください」

 コロクンガーが敵に破れてから数日後、防衛隊施設内の訓練所に招かれた5人は教授からそんな説明を

受けた。確かにその‘言霊’とやらを使えば攻撃力が増すことはわかったものの、原理がいまひとつ飲み込

めない。教授が実演して見せた‘言霊をこめる’という行為も傍目には単にくないに向かって怪しげな経文を

唱えていたとしか思えなかったのだ。的が完全に破壊されたのだから実用性はあるとしても――……。

 

「………結局、その‘言霊’ってのは何なんだ?」

 

 信長の発した問いはその場にいる全員の疑問だったろう。青白い顔のまま教授は肩をすくめてみせた。

「オリハルコンは独自の周波数を発してますから、それに言葉で働きかけるんです。RPGでいうところの魔法

というか、超能力者が岩を浮かすイメージというか。気分的にはオリハルコンに活をいれる感じで」

「型が決まってるワケじゃないんだな?」

「みなさんが使いやすい言葉でいいと思います。ただ、要はこれで新生コロクンガーの攻撃力や防御力を増

そうとしているわけですから、あまり複雑な言葉はお勧めできませんね」

 結論としては‘命’を発することでオリハルコン自身の強度が増すから、その際の‘合図’を考えておけとい

うことらしい。合図はできる限り単純な方がいい。コロクンガーを制御するのはひとりでも、それを補佐する他

の4人も同時に言霊を唱えるのだ。あまりややこしい‘呪文’を設定しておいてイザというときに舌をかんだり

したら洒落にならない。

 敵も同様の手法を選択していた。データを解析した結果、緑色の光は‘言霊’を直接本体に刷り込むための

‘呪符’であり、‘言霊’を発しているのは宇宙船にいる‘能力者’たちだろうことが判明したのである。中途で

退いたのはおそらく、制御している面子が極度の精神疲労により倒れてしまったからだろう。向こうの方が強

度が上な分、負担も大きい。あまり人非人な行為はしたくないけれど学ぶことは敵にも学べ。物量作戦では

劣るとしても質では決して負けないと上層部は考えたらしい。

「こちらもつい先ごろ発見した特性なのであまり詳しく説明しようがなくて……すいません。原因は‘時震’な

んでしょうけど」

「は? 地震?」

 地震となんの関係があるというのだろう。

「地震じゃなくて‘時震’。タイム・クエイクです。通常の地震と似た現象が時間軸でも起こって物質に影響を

与えるんです。オリハルコンはこの変化を敏感に察知する。この世界の物質は時間経過と共に劣化していく

訳ですがオリハルコンは‘変化’していく――これを扱える防衛隊の皆さんも時間軸に直接触れていることに

なるのですが――不安定に揺らめいているものに‘言葉’で働きかけて意志と方向性を持たせる。言葉こそ

は時間に干渉する最も簡易かつ有効な手法なんですよ。……っとまあ、語るのはここまでにしておいて」

 信憑性のない段階で偉そうに語って、間違えてたら恥ずかしいですから。

 微苦笑を浮かべた彼は、今日一日はここで特訓してくれるよう頼み込むとクルリと踵を返した。5人それぞ

れが与えられたクナイやら刀やらを手にして、さて、なにをどうしたものかと途方に暮れているところで、再度

教授は振り返った。

「信長さん」

「なんだ」

「これから新型機の開発会議があるんです。外部関係者も招いての討論ですけど……参加、しますか? 実

働部隊の隊長である貴方も知っておいた方がいいと思うんです」

「誰が来るんだ?」

「それは見てのお楽しみです。……内部事情に触れる、いい機会ですよ」

 言霊の練習とどちらを優先するかで多少の迷いを感じていた信長だったが、最後の科白に後押しされる形

で日本刀を元通り鞘に収めた。攻撃時の掛け声ぐらい他の隊員に決めさせればいい。ただしカッコよくなかっ

たら速攻却下してやる。

 いってらっしゃーい、と手を振る日吉の声を背に受けてとうに部屋を出てしまっている教授の後を追う…が、

不意に腕を捕まれて立ち止まる。怪訝そうに振り向けば、珍しく五右衛門が真面目な顔をして囁いてくるとこ

ろだった。

「なんの用だ、スッパ。くだらねぇことだったらこの場でぶっ飛ばす」

「あのね……せめてオレが喋り始めてからその科白いってくんない? ―――ちょっとばかり、教授の身辺に

注意しておいてほしいんだよね」

「あ?」

「つい先日、発作おこしたばっからしくてさ。ここ1週間はろくに眠ってないらしいし、食事はしてないし、水と点

滴だけで生きてるらしーから」

 そういえば顔色が悪かった……と思い当たる節はあれども、なぜ自分があんな奴のことを気にせなアカン

のだとムカついてくる。自分に頼むぐらいなら五右衛門がやればいいではないか。そんな信長の不満をわか

っているだろうに情報提供者は薄く笑うばかりで体を離した。

「こき使ってばっかいるって身内の医者がご立腹なの。会議中に倒れるなんてぇことは意地でもしないよーな

人だけど、やっぱ多少の気遣いは必要でショ?」

「フン。オレが面倒みてやる義理はねぇよ」

 こころなし眉をしかめながら出入り口の戸を押した。

 

 

 廊下の角に消えかかる姿を見つけ、やや足早に追いかけた。すぐ背後につけて間もなく信長は相手がなに

やら奇妙な言葉を呟いていることに気が付いた。先程もくないに向かって言霊を込めていたので今回もそれ

かと思ったが、どうも違う。聞こえてくる言葉のほとんどが数字の羅列。訝しげな目線に振り向いた教授はど

こか照れたような笑みを浮かべた。

「あ……すいません、耳障りでしたか?」

「なに唱えてたんだよ。念仏か?」

「いえ」

 すれ違った職員が教授にプリントの束を手渡し、受け取った一部を彼は信長に預けた。表には‘会議資料’

と印刷がなされている。

「<ゲート>の解析を進めているんですがどうも計算が合わなくて。十中八九、素粒子転換……ただ、断じる

には情報が足りません。ひとつでいいから実物が手に入れば研究も上手くいくのに敵もさるもの、全然落とし

てくれないんですよね」

 いっそ強奪しちゃいましょうか。

 と、のん気な口調でかなり過激なことを呟いている。信長にしてみれば「<ゲート>の解析を進めている」だ

なんて初耳だ。このいけ好かない少年が仲間に加わってからさしたる時間も経過していないというのに、一

体どれほどの働きをしているのだろう。過日の戦いの折にも特殊任務のために席を外していたと聞いた。

 

(ってゆーか、そもそも‘特殊任務’ってなんなんだ?)

 

 秘中の秘らしく防衛隊の中でも一部の人間にしか詳細は知らされていない。その一部の中に教授も五右

衛門も含まれているのだろうと考えると、ないがしろにされているようで悔しい。しかしそれを教授にいっても

八つ当たりもいいところなのでグッと堪えておく。日吉や犬千代がこれを見ていたら「殿も大人になって……」

と感激の涙にむせんだかもしれない。

 エレベーターで上の階にあがり会議室に踏み込んだところで、思わず信長はたたらを踏んだ。司令がいる

のはいい―――が、なぜそこに自分の父親までいるのか。

「おお信長、久しいな。家には帰っていないようだが三食きちんと食べているんだろうな?」

「親父、なんでここにいるんだよ!?」

「要請を受けたからに決まっているだろう。忘れたか、織田連合も防衛隊に協力しているのだぞ」

 フフン、と織田信秀は得意げに笑った。協力はいいけど会社の仕事はどーしたんだ、と激しくつっこんでやり

たかったが、この父親相手に騒いでも軽くあしらわれるのは目に見えている。ケッと呟いて隣に陣取った。信

秀と会釈をかわした教授は会議室の奥でスクリーンの調子を確かめている。機材を扱う助手の姿は見えな

いから、きっと全ての作業をひとりで行うのだろう。

 ドッカリとイスに腰をおろしたままの体勢で滅多に入ることのない会議室を見渡す。普段使っているのは応

接間や第一管制室など主に1階のフロアで、それより上にはあがらなかった……というより、立ち入り禁止に

なっていて進めなかった。以前むりやりに入ろうとしたところを張られていたバリアに吹き飛ばされた記憶が

ある。ロクなところに予算使い込んでるんじゃねぇ! と一頻り日吉に当り散らしたものである(なぜ日吉?)

そのバリアもいまは解かれている。

 液晶スクリーンと最新式の投影装置、空調のきいた居心地のいい部屋、机におかれた書類の山と薄暗く

照らし出された煙草の灰皿。なるほど、確かに‘アヤシゲ’な相談がなされそうなところである。いや、むしろ

アヤシい部品が揃いすぎていて薄気味悪いぐらいだ。

(全部司令の趣味か?)

 父親と談笑している小六を見てうんざりしたような顔になった。

 突如、扉が開く。残りの面子のご到着か。一益に案内されて入ってきた人物に信長は目つきを鋭くした。も

のすごく不満そうな顔立ちに居丈高な雰囲気をまとわりつかせて登場したのは武田信玄――武田商事の社

長だ。視線が司令から信秀へと流れ、信長を見て軽蔑したような色を浮かべた。まさか、以前敵ロボットに捕

まっていた折りに見捨てたのを根に持っているワケではなかろうが。

 続いて入ってきたのは思わず踏んづけそうなほど長い僧衣を着こんだ男だった。紫の法衣は高貴な者の証

だというのに、堂々と使っている辺りに自信のほどが窺える。名は上杉謙信。上杉商会の会長であり、宗教

法人『極楽往生』を運営している胡散臭さにかけては天下一品の男だ。

 一益は引いたもののこれに信秀と司令が加わって室内は一気に暑苦しくなってしまった。この面子で本当

に新生コロクンガーに関する会議が開けるのか甚だ疑問である。

 用意された席は6つ、この場にいるのも6人。――役者は揃った。悠然と司令は立ち上がり始まりの言葉

を口にした。

「本日は忙しいところをお集まり頂いて痛み入る。……時間を労するのは避けたいので、早めに議題に入ら

せてもらおう。いうまでもなく、新型ロボットに関してのことだ。各界の有力者であらせられる御三方には是非

ともご支援を頂きたい」

「まだ支援すると決まったわけではないだろう」

 フン、と軽く信玄が鼻であしらった。そのまま言い募ろうとしたのを小六は軽く右手を上げて制する。

「失礼ながらわたしの出番はこれまででしてな。本日の司会、進行、交渉、説明。全てはこの竹中重治に任

せたいと考えている。なにかご要望がある際は彼に告げてもらいたい」

 招き手でありながら口調もぞんざいな小六に苛立った様子を覗かせた信玄ではあるが、発言内容が意外

だったのかしばし黙り込む。彼の隣に陣取った謙信も静かに指し示された少年の方を見やった。前触れもな

く名指しされたに見えた教授だったが、さして慌てた様子も見せずに起立するとまずは深々と頭を下げた。

「ご紹介に預かりました竹中重治と申します。若輩の身ながら防衛隊の開発、研究を任されております。以

後、お見知りおきを」

 社会における年齢がさしたる意味をなさなくなった昨今でさえ、十代の研究者というのはやはり珍しい。よく

見れば高校生の信長までいるし、こんな奴らを同席させるとは蜂須賀小六も礼儀を弁えない人間だ――と、

来訪者たちは考えたことであろう。

 ………信秀を除いて。

「個別に商談を進めたかったのですが事は一刻を争います。相席の上での交渉となることをお許しください」

「そんなことはどうでもいい。要は我が社にとって利があるかないかの問題だ」

 つっけんどんに返事をする信玄はいつもより苛立っているようでもある。すぐ隣に商売敵の謙信がいるのが

気に障るのだろうか。たとえ謙信が正面の席でもやはり彼はピリピリしていたのだろうが……その辺も考慮

して彼らを同席させたのかもしれない。

 焦りや苛立ちは余計な隙を生む。交渉に際してそれらの感情は一切排さなければならないが、心中に潜む

敵対心だけは覆いようがない。相手が冷静さを失えばそれだけこちらが有利になる。

 どうにか平静をつくろいながら信玄が意地悪く口にした。

「防衛隊のロボットがやられようとやられまいと、信用問題で苦しむのは貴様らだけだろう。それともなにか?

協力すればなんらかの利権を得られるとでもいうのか」

 防衛隊の置かれた状況はかなり厳しい。壊れたロボットを直すにしろ新型にするにしろ費用はいるが、「無

敵」という看板を失った自分達が新たな予算を獲得するのは難しい。政府機関とは別の国連直下の組織だ

から無理強いしてもよいのだがそれでは心証が悪くなる。防衛隊の一番の味方は政府機関でも世界連邦で

もなく、その国の人々。税率の引き上げより前に出来る限りのことはしておかねばならない。

「社長はなにをお望みでしょうか」

「そうだな……関東以北における利権の確保と必要資金の捻出をするというのなら考えんでもない」

 信玄が薄く笑ったことからも明らかなように、それは到底飲めるはずもない条件だった。この腹黒い社長は

自社の足元を強化した上で、裏金まで寄越せといっているのである。しかも金額に上限はない。仮にも‘精

錬潔白’を謳う防衛隊に対してなんたる言い様か。

 つまりそれぐらいテメェは自社の能力に自信がないんだな、と、要らんツッコミを信長がいれようとした瞬間

だった。

 

「わかりました。その条件でよろしいのですね」

 

 あっさり返された教授の言葉に一気に場が冷える。提示した側の信玄でさえやや躊躇し、疑わしそうに気

遣わしそうに少年の顔色を窺った。

「―――貴様、自分の発言の意味をわかっているのか?」

「意味もなにも……いまは時間が最優先です。無駄な交渉はできる限り省きたい。あなた方が提示した条件

のほとんどをこちらは受け付けます。新型のロボットを製作するためにはみなさんのご助力が是非とも必要な

のです。そのためには犠牲も厭いません」

 淡々とした声で語られてもイマイチありがたみがわかない。それに……。

 

(コイツをつけ上がらせるだけじゃねぇのか?)

 

 横目で信玄を睨みつけ、ついでに一声あげようとしたが父親に肘鉄をくらって無言を強いられてしまった。

 案の定、自分が優位に立っているらしいと判断した信玄の笑みが深いものに変わる。バカが、こーゆうのに

弱みをさらしたらとことん強請られるに決まってんだろ! なにやってんだよ! とは内心における信長の罵

詈雑言の数々である。司令の顔を立ててこんな下らない交渉を聞いてはいるが、あと一言、こちらに不利な

ことを教授がいおうものなら一刀両断に斬り捨ててくれる。

 彼の決心は固かった。事実、抱え込んだ刀の柄に手をかけてもいたのである。

「こちらの要望は全て受け付けるということか。どんな犠牲も厭わないとは、大きく出たものだ」

「他に望むものはありますか?」

「そうだな……ついでに株の譲渡と海上における資源確保の権利も融通してもらえたら嬉しいがな」

「なるほど」

 無理難題ばかりを吹っかけてくる相手に深々と頷くと、少年はあっさりと切り替えした。

 

「わかりました。武田との交渉は決裂ということですね」

 

 ………。

 

「は?」

 

 マヌケな声は果たして誰のものだったのか。顔色ひとつ変えずに教授は視線を手元の資料へと落とした。

「利権確保と資金提供まではどうにかしますが、それ以上を望まれるとあればこちらには応えるだけの用意

がございません。ましてや株の譲渡や海中資源などの問題になりますと単独では引き受けかねます。正直

……御社はここ数年間の申告における揉み消しを願われると踏んでいたのですが」

 呆気にとられていた信玄の表情が一気に険しくなる。

「貴様、なにがいいたい」

「電子の世界に闇は存在いたしません」

 やんわりと微笑んでから顔を謙信の方へと向ける。数珠を手にした男は不敵な笑みを返した。

「上杉会長。あなたはなにを望まれますか?」

「まずはそちらの条件の提示を願いたいところだが―――わたしは構わぬ。防衛隊に協力しよう」

「信用してもよろしいのですか」

「二言はない」

 信じられないほど簡単に交渉相手は頷いた。手元の資料に目を落として興味深げに笑っている。

「個人的に、敵の技術にも興味がある。……攻撃時の仕組みが呪術がらみのようだな。なるほど、確かにこ

れならばわたしの得意分野だ」

「金剛曼荼羅と胎臓曼荼羅の合わせ方が両界とは多少異なっているようです。オリハルコン自体に組み込

むべき‘言霊’の選別も専門家たるあなたに一任しなければなりません。ご苦労でしょうが―――」

「構わん。面白そうな話だ」

 伸ばされた大きなてのひらを見て教授は笑うと、自らのやせ細った腕を差し出した。丁度テーブルの真ん中

で固く握手が交わされる。

「ご協力、感謝いたします」

 それでは引き続き、詳しい説明を―――。

 教授が背後のスクリーン調整を始めたときだった。実に見事に無視されまくっていた信玄が遅まきながら我

を取り戻し、怒りを滲ませた視線で辺りをねめつける。

「まず、先日撮影された敵ロボットの拡大図ですが………」

「ちょっと待て」

「これは望遠カメラで撮影されたものです。倍率は出来る限りあげていますが多少ぼやけてしまうのは仕方

がありませんね」

「待てといっている」

「問題になるのはここです。映像では一瞬ですがコマ送りにするとインパクトと共に緑の光が浮かび上がり、

それが曼荼羅を描いているということが」

 

「待てっつっとるんだ聞けよこのスットコドッコイっっ!!!」

 

 鼓膜が破れそうな大音量に全員が耳を塞ぐ。臨席の謙信は印を組んだまま軽く笑んでいるが、もしかして

あの頭巾(?)には防音装置でも備わっているのだろうか。うまいこと耳を塞いで被害を免れた司会者は申し

訳ないというように照れた笑みを覗かせた。

「ああ……失礼いたしました、武田社長。いますぐオペレーターを呼んで出口まで案内させますのでしばらく

お待ちください。見送りに立てないことを心苦しく思いますが」

「オレがいいたいのはそういうことではない。何故、武田とは手を組まんという結論になるのだ? 好きなだけ

条件を提示しろといったのはそちらだろう」

 もし彼が銃を持っていたら、いますぐ教授の頭に突きつけてもおかしくないほどの勢いだ。対する少年はそ

れまでの気だるそうな態度を一変させて不思議に澄み切った瞳で正面を見据えていた。

「出来る限りの条件は飲みますが、それ以上のものを受け入れるわけには参りません。それに――最初に

申し上げたはずです。‘時間が最優先だ’と」

 空調のきいた部屋にも関わらず室内はやたら寒く感じられた。

「はっきりいってこうして交渉している手間さえ惜しい。協力して頂けるか否か。我々が求める答えはそれの

みです。それさえ応えてもらえるならば、残りの細かい交渉など構いはしません」

「武田の技術力なしで乗り切るつもりか。無謀だな」

「なければないで話を進めるのみです。得られる確証もない力を求めて時間を浪費したくありません。幸いこ

ちらには―――」

 司令の隣に座った信秀に目線を寄越す。自然、場にいる全員の視線が集中したが当の本人は黙って頷き

返しただけだった。

「……蜂須賀と親しい織田社長がおられますから別に無理な話ではないでしょう。化学以外の分野では上杉

が協力してくださると、いま会長も仰られましたし」

 互いを探るような視線が交わされる。珍しく叫んでしまった己を悔いるように信玄は、今度こそ慎重に相手

を吟味しているようであった。ふ、と口元を歪ませて微かに呟く。

「協力が得られないならば諦めると見せかけて――そのつもりで先程の科白を口にしたか? 拙い手だな」

「お恥ずかしい限りです」

「ぬかせ。食えないガキだ」

 苦いながらも満足そうな笑みのもと信玄もまた、手を差し出した。先刻と同様に固く手が交わされたが上杉

杉と違い力任せに握られたのだろう、ほんの僅か教授は顔をしかめてみせた。放された細い手に跡が残って

いるのに加害者は素知らぬフリを決め込んでいる。

「条件は飲む。―――利権云々よりも、もみ消しの方を願おうか」

「……承りました」

 手のしびれを振り払いながら交渉人はゆるやかに微笑んだ。

「武田の技術協力が得られるというなら之ほど心強いことはありません。先程からの失礼な発言の数々をお

詫びいたします」

 父親の肘鉄やら睨みやらで部外者であることを余儀なくされた信長ではあったが、端から見ていてなかな

かに面白い顛末ではあった。冷静になって思い返せば言葉の端々に裏の意図が読み取れて興味深い。

 どんな条件でも飲むと見せかけておきながらイザとなったらすぐに引いた教授。‘電子の世界’というあから

さまな語を使って「裏の情報なら何でも手に入れられるのだ」と宣言し――これは相手方への脅しともなる。

 次いで交渉の場に出された上杉は条件の提示自体を拒否した。敵の技術に興味があるのも事実だろうが

後ろ暗い腹を探られぬようにするための策だったかもしれない。武田も上杉も相手が少年ということで聊か侮

っていた。そこに付け込まれる形になったのが信玄で、事前に回避したのが謙信というところか。信玄も冷静

さを取り戻してからはしっかり裏の意図に気付いていたように見える。もっとも、プライド高そうなこの人物が

ぽっと出の織田と比べられて黙って引き下がるとは思えなかったが。信秀の存在はそれだけで相手方への

牽制になっていたのだ。

 

 ―――アナタの仰ることに全面的に従いマス。

 

 白旗掲げて尻尾も振って、弱みをさらすくせに相手の喉に剣つきつけて。その裏では姑息になにかを画策

している。

 信長は知らないが技術協力を打診されたのは武田と上杉だけではなかった。この2社が上手く行かなかっ

たときの為にWA製薬やDATEコミュニティ、北条金融会社などが後に控えている。そしてそのことは到着前

にさりげなく武田と上杉に伝達されていた。企業を脅すネタなら飽きるほど隠し持っている交渉人。そのくせ

して対等な取り引きを持ちかけてくるのだから向こうにしてみれば憎らしいことこの上ないだろう。

 防衛隊にとってもかなり危険な橋だった。本気で相手を怒らせてしまえば、「わりと面白い奴だ」と相手に認

めてもらえなければ一巻の終わりだ。おそらくは自分の外見や年齢も加味して取ったであろう今回の行動。

 

 ………やっぱコイツはいけ好かねぇ。

 

 再度映像の解説に入った教授を見てその思いを新たにした。

 

 

 その後の会議は数時間に及んだ。

 話し合いの中で技術がどーの構造がどーのと叩き込まれたが既に脳みそは沸騰寸前だ。しかも中途で謙

信が日本における密教や仏教、真言や言霊の扱いについて演説しだしたから堪らない。それこそが新型機

のポイントなのだと理解してはいてもややこし過ぎる。これと同じ説明を隊員の前でしろっつわれても御免だ

からな。信長は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 一通りの説明を終えていよいよ現場へ移ろうかという話になった。製造過程は極秘であるはずだが、技術

協力を要請した以上そうもいってられない。後は武田や上杉の‘良心’に期待するばかりである。資料の整

頓をしてから追いかけるといって教授は部屋に残った。

 列の最後尾についた信長に父親が声をかける。

「信長、お前はどうする? ここから先は専門的な話になるからあまり実働部隊には役立たんかもしれんぞ」

「ああ。サルたちと合流する。オレだけ‘言霊’を使えないってんじゃ悪いからな」

 仲間の顔を思った途端に、そういえばもうひとつの‘頼まれ事’があったなとついでのように思い出す。件の

人物は寝不足ゆえと思われる腫れぼったい瞳と青褪めた顔をしてはいたが、説明途中で体が傾ぐことも言

葉につまることもなかった。いまだって眉ひとつ動かさずに資料の片づけをしているはずだ。

 はず、なのだが。

「どうした?」

「あ、いや」

 

 そうは思ったが―――やはり、確認しておかなければ後味が悪いではないか。

 

「ちょっと部屋に忘れ物したみてーだ。それ取ってから下に戻る。親父も無理するんじゃねぇぞ」

「無用の心配だ」

 フン、と軽く笑うと信秀はやや離されてしまった団体の最後尾を追って行った。いますぐ訓練所に直行して

もいいけれど親にああ告げてしまった以上、一応会議室に戻る素振りは見ねばなるまい。誰も見ていないと

いうのに妙なところで律儀な男だった。

(あのスッパが思わせぶりなこというからいけねーんだ。どうせ部屋に戻ったところで「おや、変ですね。余分

な荷物なんて残ってませんよ」とかいわれるに決まってんだからな)

 額に青筋浮かべてドカドカと来た道を戻る信長は、自身の意外と真面目で面倒見のいい性格には全く気付

いていないのだった。

 ノックもなしで扉を蹴り開ける。

 すぐに咎める言葉がくると予測していたが、なにも返って来なかった。拍子抜けして室内を見回すが、晧々

と明かりがともり、資料がテーブルに積み上げられているばかりで人影などどこにも認められない。もう部屋

を出た後……に、しては電気がつけっ放しだし、第一、それなら自分と鉢合わせしていなければおかしいで

はないか。

 

「………っ」

 

 咳き込む音が静かな室内に響いた。眉をしかめて信長はテーブルの裏側へと回りこんだ。そこは丁度、正

面扉から死角になっている位置でもある。

 果たして教授はそこにいた。疲労困憊の体で座り込み胸元をきつく左のてのひらで握り締めている。それ

だけなら「医療班に行って来い」とけしかけることもできただろうに―――。

「――ああ、信長さん。どうしましたか? なにか忘れ物でも」

「てめぇ……なに、やってるんだよ………」

 

 間抜けに問い返すことしかできないではないか。

 

 足元に血溜まりが広がっているだなんて。

 

「ひとやすみ、です」

 変わらずに笑われるからいっそ無気味だ。

 決して多い量ではないが、口元から右てのひらと袖口を染め上げて床に散らばる赤い水は生々しさを演出

するには充分すぎた。教授は素っ気無い動きで乱雑に血の跡をハンカチで拭い取ると、丸めてポケットに突

っ込んだ。立ち上がる足腰の確かさはとても病人のものとは思われない。

「そんなに睨まないでくださいよ。さすがに居心地が悪い」

 目つきの悪さを指摘されてムッとする。誰の所為でこんな顔になっていると思うのだ。

「―――家に帰って静養してろ。情報解析なんざ他の奴らにもできるんだ」

「意味があるならしますよ、静養だってなんだって。でも……ここまで来るともう後戻りはできない。だから好

きなようにしてるんです」

 病気の進行具合など問い質す気にもならない。病状を本人以上に把握している人間などいないのだから。

あっさりはっきりと自らの死を予告してくれる人物にどうしようもなく腹が立っても、所詮は実感することのない

立場だ。生まれたときからその瞬間を見つめて生きてきた者の覚悟にだけは敬意を払っておきたいと殊勝な

ことを考える。

 すっきりした顔で笑っている教授を前に。

 

「大丈夫。やることやってから逝きますから」

 

 ―――振り下ろしかけた拳を抑えるにはかなりの努力が要った。

 

 

 激突から数日が経過しても眼前の黒い機体は修理の真っ只中。完成したてで稼動させた反動か、細部の

回路がショートしてしまって使い物にならない。操縦すべき人員も無理が祟って寝込んでいる者が大半だ。

この程度の人数なら幾らでも補充はできるが先々のことを考えると頭が痛い。早々に専属の操縦者を捕らえ

るべきだろう。天回は舌打ちした。なかなか打破されない現状に加えて、「このロボットの正式名称がブラック

・コロクンガーとして認識されてしまったらしい」という現実も彼の苛立ちに一役かっている。もっとカッコイイ名

前をつけたかったのに……外見がいけなかった。外見が。

「修理にはあとどれぐらいかかる?」

「10日ほど頂ければ」

「1週間で仕上げろ。それ以上は待たん」

 恭しく頭を垂れる宙象にそう宣告した。

 次なる命をくだすために<ゲート>ルームの手前で待機してるだろう部下のもとへと赴く。顔面を包帯でグ

ルグル巻きにした男はザコズをボール代わりにして遊んでいた。ゴム製なのかよく跳ねる。

「心眼! お主の使命はなにかわかっているな?」

「はっ、天回さま……勿論でございます。ヒ、ヒヒヒ!」

 心眼はすぐに跪いて敬意を表した。蹴り上げられたザコズが天井に直撃して穴をあける。忌々しげに睨み

付けると震え上がって、『すぐに修理します!』と泣きながら立ち去った。空間の狭間にいつからか存在して

いたどうでもいい奴らだが雑用をこなすぐらいはできる。……奴ら自身で雑用を増やしている気もするが。

「地上に降りて隙を窺え。いまなら奴らもロボットは使えん」

 深く一礼を返し転送装置へと向かう部下を視界の端に捕らえながら、天回は考え込んでいた。

 

 果たして、こちらの考えどおりに‘奴ら’は動くだろうかと。

 

 

 自販機のボタンを押してコーヒーひとつ。眠気と疲れを誤魔化すために施設内の一角で息抜き。飲み終わ

ったらすぐに戻らなくっちゃな、と五右衛門は欠伸をかみ殺した。

 教授から‘言霊’の扱いを覚えろと命令されて早3日。未だこれといった成果は上がっていない。会議から

帰還した隊長がものすごーく不機嫌で練習できるような状況じゃなかったということもあるが(しかもいきなり

「テメーの所為だぞ!」と日本刀で斬りつけられた)、それ以前の‘オリハルコンに念を込める’段階で行き詰

まっていた。「壊れろ」とか「行け」とか心中で唱えながら武器を扱えばいいわけだがタイミングがズレれば破

壊力に変化はないし、言葉に意識を取られすぎれば動きが鈍るし、慣れるまで時間がかかりそうだった。

(ったく、なんで教授はあんなあっさり使えたかねー。特訓したのか?)

 そう考える五右衛門自身は幼少時の厳しい訓練のかいあってか5人の中では最も上達が早い。忍術を扱

う際に気のコントロールを学んだからだろうと思う。あのオッサンに感謝などしたくはないのだが、おかげで一

足先に休憩をとれているのも事実である。それとて、日吉が「休んできなよ」といったからそうしたのだが。

 

(―――バレてるのかも)

 

 最近、苛立つことが多すぎる。技術協力が現実化したおかげでいま施設内には部外者――武田や上杉、

織田の社員も数多く出入りしている。必要最低限のところしか入らせないとはいえ見知らぬ奴がうろついてる

のは気分が悪い。自分の縄張り意識の強さに呆れてしまう。表面上の笑みは絶やさぬまでもすれ違う部外

者には敵意満々。そのうち神経胃炎で休む社員が出るかもしれない。

 ロビーに腰掛けていた五右衛門は廊下の角を曲がってきた影に舌打ちした。全く、連日こんなところに来る

とは酔狂な社長だ。会社が傾いても知らねーからな、と呟きながらのんびりとした動きで席を立つ。

 視線が交錯した。何気ないフリをしてそのまま横を通り抜けようとしたが――眼前に腕を突き出されて足を

止める。壁に手をついて男が笑う。

「このわたしに挨拶もなしですませようとはいい度胸だ」

「――なんか用でもあんのかよ? いっとくけど、アンタとは1回こっきりの契約だったんだぜ」

 3年前。とある任務で忍び込んだ屋敷に彼は客として訪れていた。天井裏で様子を窺っている五右衛門の

存在に気付いていながらその場で咎めることはせず、逆に誘いをかけてきた。「オレを探し出せたらな」と挑

発してみたら本当に探し当てられて、約束どおり働く羽目になってしまったのだ。

 けれど、その際の任務でこの男は―――。

「契約は、な。だが貴様は我が社に重大な打撃を与えた」

「去ると決めたのはあのコ自身でしょ。オレの所為みたいにいわれたら困るなあ」

「手引きしたのは誰か、わたしが知らぬままでいると思うなよ?」

 ちょっと高めの位置にある相手の瞳を睨みつけて五右衛門は笑った。

 ………手引きした。といわれたら反論のしようもないけれど、それだって本人に去る意志がなければどうし

ようもなかったはずである。ただ、自分は防衛隊のオペレーターという立場を提供してやっただけ。

 

「―――悔しかったらもっと男を上げなよ、‘信玄サマ’?」

 

「なら、貴様が実験台になるか?」

 挑戦的に告げられた言葉を鼻先でかわす。手にしたコーヒーの缶を2人の間に割り込ませるようにして、わ

ざとゆっくり音をたてて飲み干した。唇に残る苦味を舌で舐めとり薄い笑いを閃かせる。

 

「……オレは高いぜぇ?」

 

 いつの間にか覆い被さるようにしていた腕をそっと押し退けて、背後の自販機に少しだけ目を移す。大した

力もこめずに放り投げた空き缶が狙い過たずリサイクルボックスに落下した。白い廊下に転げ落ちていく金

属音が響く中、掲げた腕もそのままに五右衛門は気楽に笑った。

 

「―――ナイス♪」

 

 

 奇麗事だけじゃ生きてゆけないボクに幸あれ。

 

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だから結局言霊ってなんなのよ、と聞かれたらヒッジョーに答えにくいこの現状(汗)。RPGの世界だと表現

しやすいんだけどなぁ。これまでのオリハルコンが‘ただの剣’ならば言霊を加えたオリハルコンは魔法+剣、

即ち‘魔法剣’って具合に。物理と魔法、両方の側面から攻撃できるから敵に効きやすいのよーっと。

………まあそんな感じで。終わり。 ← オイ

 

ラストのゴエと信玄さまがなにやら妖しげですが、外伝読んでいただければ事情はわかるかと(笑)。

「損害を与えた」云々ゆーてますが単に武田の組織から抜けたがってた人がゴエの手助けのもと

抜け出しただけです。でもって防衛隊のオペレーターとして再就職しただけです(‘だけ’?)

その人の正体は言わずもがなですよね?(笑)次回登場予定だったりしてー。

 

ところで、むかしの特撮モノに出てくる博士とか研究者ってやたらスゴクありませんでしたか? たとえば。

 

隊員 : 「大変です、隊長! スーパーガンが怪獣に効きません!!」

隊長 : 「なに!? おい、すぐさま博士に連絡を取るんだ!!」

博士 : 「安心しろ、新しく発明したスーパーウルトラガンを使うがいい!」

敵・撃破!!

 

― 翌週 ―

隊員 : 「大変です、今度の怪獣にはスーパーウルトラガンでも歯が立ちません!」

隊長 : 「なに!? くっ……最早これまでか!?」

博士 : 「安心しろ、更に改良を加えたスーパーウルトラダイナミックレーザーガンを使うがいい!!」

敵・撃破!!

 

………。

博士、発明早すぎ&万能すぎ(汗)。いや、あくまでも「そんな印象」って程度なんだケド。独力の

発明が多いよなぁ……カブト博士にいたってはマ○ンガーZまでひとりで組み立ててるしー?(ウロ覚え)

 

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