「戦え! ボクらのコロクンガー!!」

15.incubation period

 


 ふわふわと辺りを飛び交う球体に日吉は驚いて目を向けた。暗闇に近い空間でほのかな白い光を放つそれ

らはとてもあたたかく、同時にとても頼りなく見えた。これらが<世界>なのだと言われても咄嗟には理解し難

い。無理もないとばかりに総兵衛は軽く笑っている。

「あくまでオレの認識における世界だから―――当然、見る奴が見れば全然異なる形になるだろうけどナ」

 いまは総兵衛の精神世界に日吉が<取り込まれて>いるから同じに見えているだけで。

 目移りしながらも日吉は正直に疑問を口にした。

「完全な球形が<本来>の形だって言ったよね? でも、ここには」

 と、手近を浮遊する球形を指差す。それは既に球形ではなくいびつに歪んでいた。楕円と真円の間を行きつ

戻りつしながら彷徨っている。そっと指先で触れてみれば厭うように不恰好に辺りをすり抜けた。

「球形じゃないヤツだってたくさんある。どうして?」

 総兵衛は困ったように眉を顰めた。どこまで話していいのか悩んでいるのかもしれない。

 やがて何かを決意したのか、あるいはどうでもいいやと見切ったのか、素っ気無く彼は答えた。




「全部、お前があそこで見たとおりだよ」




 ―――と。

 今度は日吉が眉を潜める番だった。

 まさか、あそこで悟ったことが全てだと言うのだろうか。それはあまりにも信じ難いし、何よりも信じたくない。

「………歪むのは外部要因じゃなくて自己崩壊じゃないの?」

「それもある。でも、そうじゃないのもある」

 外から手を加えて形を歪ませるなんてひどく簡単なことだよ、と彼は片手を球体へとかざす。少しばかり指先

を折り曲げただけで真下に位置する球は悲鳴を上げるように形を歪ませた。さいわい、彼がすぐに手をどかし

たため悲鳴も長くは続かなかったけれど。

 わかってんだろ? と総兵衛は続けた。

「オレは手をかざすことで体現しようとしたけど、実際に<世界>の中にいる者がこれをやろうとしたらちょっと

した道具が必要になる。で、幸か不幸かその道具はオレ達の世界にも存在してる。10年前の置き土産がな」

「―――ブラック・ボックス?」

 あの箱がなければ<内側>に存在する者たちは<世界>に作用する力を手に入れることは出来ない。

 ならばその箱を<持ち込んだ>のは一体誰なのかと疑問も残る。自分は大まかな察しがついているが、きっ

と総兵衛や―――たぶん秀吉も答えを知っている。知ってて口にしないのは単なる意地だ。

 謳うが如き口調で言葉は続く。

「世界は<奴ら>の巨大な実験場………アレを支点、ブラック・ボックスを力点とするならば、作用点はこの世

界だ」

 アレって何だろう? 自分はブラック・ボックスぐらいしか思いつかない。

 どうやらこの擬似人格プログラムはまだ何かを隠しているらしいと日吉は臍をかんだ。

 総兵衛はそっと手近な白い球体を引き寄せて両のてのひらで取り囲む。ああ、もしかしたらあれがいま自分

たちの属している<世界>なのかな、と感じた。

「世界は球形。今、この世界は歪んでいる。歪みを正さなければいずれ弾け飛ぶ。あとには何も残らない。もう

これ以上は保たない」

 堂々と宣言された内容に僅かに怯んだ。

 そうだ、確かに先刻自分は「自己崩壊」じゃないのかと返した。綺麗な球形を保っていた世界はやがて歪み、

ひしゃげて潰れて自然消滅する。生まれ落ちた時は輝いていた星がいずれは燃え尽きて白色矮星となり、質

量の違いによっては他のものへ変化するのと同じく世界にも寿命があるに違いないと、完全な球形といびつな

球形が居並ぶこの空間に入った瞬間に直感したものだ。

 歪みを放っておけば壊れるしかないのだ―――たとえその歪みが故意であれ、偶然であれ、一度生じてしま

ったものならば。

「………無理、なのかな」

 無理だろうな、と思いながらも呟いた。

 <世界>が歪む原因には色々とあるのだろうけれど、確実に自分や秀吉はそれに一役かっている。自分た

ちだけの責任とも思わないが不安定になっていたこの<世界>に止めを刺してしまっただろうことは想像に難

くない。きっと先に気付いたのは秀吉で、気付いたからには放っておけない性格の赴くままに彼は全てを引き

受けようとしたに違いない。日吉にさえ、何も告げずに。

(―――馬鹿にして)

 怒ったフリをしても漏れるのは苦笑ばかりだ。

 逆の立場であればきっと自分もそうしたろう。だから、あまりにも似通った双子の思考回路に笑うことしかでき

ない。

「原因となったものを戻せば世界は回復する?」

「確証はない。でも立ち直る可能性は高い―――悪いがな、日吉」

 全体を救おうとした時に必ず個人が犠牲になる。

 キツイ返事だと自覚しつつ無慈悲に総兵衛は告げた。




「共に生きようなんてのは無理な願いだ。どちらかが消えなければ代わりになくなるのはこの世界だ」




「………わかってるよ」

 日吉は泣きたいような笑いたいような複雑な表情のままで答えた。

 あえて話し相手は突き放すように踵を返す。生半可な同情を示したって何の救いにもなりやしない、彼らのよ

うにどうしようもない自分たちの立場を認識している者に対しては、尚更。

「帰るぞ。―――相当の衝撃は覚悟しておけ」

「大丈夫」

 零れ落ちそうになった涙をギリギリのところで堪えて日吉は頷き返す。

 前々から忠告されていたことだ、リバウンドなんて怖くない。むしろ立ち向かわねばならない現実こそがつら

いけど、それこそ逃げたってどうしようもないものだ。

 差し伸べられたてのひらを掴む。

 途端、辺りは白い光に包まれて全ての感覚が曖昧になる。

(………世界が)

 いずれ自己崩壊で歪むのは仕方ないことなのだとしても。

 ―――それを、故意に引き起こしているモノが存在するのなら。

 どんな理由があったって許せそうにないと日吉は考えた。








「―――!」

 空気を震わせる確かな波動に五右衛門が顔を上げる。

 日吉の傍に佇んでいる信長へ叫んだ。

「来るぞ! 伏せろ!!」

 直後。




 ―――ッッ!!




「つっっ!!」

「うぉっ!?」

 とてつもない負荷が身体全体に掛かる。重力が一気に何倍にもなって押し寄せる。両足でなんて立ってられ

ない、膝をついてかろうじて腹ばいになることを阻止して、冗談じゃない重圧にコンピュータが悲鳴を上げた。回

線の幾つかがショートして焦げ臭い煙を上げる。

 ミシミシと音を立てて壁が歪んだ。

「がっ………!」

 呻く。

 ―――やべぇ、これって人間が耐えられるGを超えてるかも………?

 五右衛門が危惧した瞬間、何故か急にフッと身体が軽くなった。代わりに奥のコンピュータが鈍い軋みと共

に爆発する。2台、3台と、引きずられるように各機械は悲鳴を上げて命を絶った。届くのは金属の欠片と鉄の

焦げるイヤな匂い。

 急に重圧から解放されて聊か呆けていた五右衛門は原因に思い至って慌てた。

 メインコンピュータに駆け寄って画面を手のひらで叩きつける。

「総兵衛! おい、やめろ!! リバウンドの過負荷を全部<逆流>させてんじゃねぇっっ!! このままじゃ

お前のいるメインだって………!!」

『………い、じょう―――ぶ………』

 パリパリと静電気を纏わりつかせながらメインモニタが起動する。縦線と横線のノイズが入り乱れ中にいるは

ずの『彼』の姿すら覚束ない。




 仮想空間とシンクロしすぎた際に起きる副作用の大半を引き受けようとするだなんて。

 なんて。

 なんて―――馬鹿なことを。




「くそっ………お前に何かあったら基地のセキュリティは丸裸なんだぞっ?」

 怒っている理由は他にもあるが絶対に口にしない。どうせ何を言ったところで『周囲の人間を守ること』を最

優先事項にセッティングされたこのプログラムは途中での路線変更なんぞ受け付けやしない。

『こち………は、平気―――とで、自己、修復………よりも………』

「ああ、わかってる。日吉は絶対に助ける。もういい、お前、休んどけ」

『す―――ない………』

 微かに笑い声が響いたように思えたのは気のせいか。

 モニタ電源をOFFにして臨時電源供給のためのコードを接続し、わき腹からはみ出てる部品を苛立ちに任せ

て中に叩きつける。機械に言われるまでもなく日吉の容態が気になっていた。けれど、ここで『彼』を見捨てる

のも憚られたのだ。

 ようよう後ろを振り向いた五右衛門は僅かに目を見開いた。

 まさか、と思い。

 やっぱり、とも思った。




 VRボックスに安置されたままの日吉に信長が覆いかぶさっていた。

 先の重圧から、庇うように。




 折れた片腕は役に立たない。僅か腕一本だけで己の背中を盾として信長は歯を食いしばっていた。唇の端

から血が流れ落ちていくけれど、彼の真下では未だ目を覚まさない日吉が周囲の惨事とは対照的に無傷で横

たわっていた。

 全くもって防衛隊は馬鹿ばっかりだ、と五右衛門は苦虫を噛み潰す。

 しかし、信長が咄嗟に日吉を庇うことを察していたからこそ五右衛門はでしゃばらなかったのだ。信長が動か

なければ自分が日吉を過負荷から庇うための盾となっていた。それだけの話だ。

 そっと横に回りこんでふたりの顔を交互に見つめる。

「―――平気か?」

「まあ………な」

 さすがにお殿様は強気である。血の糸したたらせながら言うセリフでもないだろうに。

 彼の視線は真っ直ぐ寝転んだままの部下に向けられていて、ホントいま気になってんのはコレだけなんだな

あと、自分と重ね合わせて苦笑する。男ふたりがそろって見守る中でようやっと問題の人物はまぶたを震わせ

た。少しずつ、少しずつ、瞳が開いていく。

 薄暗い室内はそれでも仮想空間に比べれば明るいからか、突如戻ってきた現実に感覚が慣れないからか、

幾度か目をしばたかせて日吉は小首を傾げる。信長を見て、五右衛門を見て、それからもう一度信長を見た。




「と………の………?」




「目ぇ覚めたか、サル」

「殿―――オレ、オレ………」

 瞬間、泣きそうな表情になる。

 彼女が回線を切断してから此処に戻るまで多少の時間を要した。その間に何か見たのだろうか、知ったのだ

ろうか。チラリと信長と五右衛門は目配せを交わして一体どうしたのかと身を乗り出す。

「オ―――レは………っ!?」

 ガバリ!

 突如日吉が跳ね起きた。語りかけた口元を抑えて青ざめた表情を隠す。

「サル、どうした!?」

「………っっ」

 ボコリ。

 液体が沸き起こる不吉な音が響いた。

「………あ………」

 日吉の抑え切れなくなったてのひらから、鮮血が、零れた。

 零れ始めた流れは止めようもなく次々と滴り落ちててのひらを、服を、床を、汚していく。激しく咳き込んだ。

「がっ………! はっ、ぐっ、―――っっ!!」

「サル、しっかりしろ!!」

 信長が必死に彼女の背中を支える。けれど血は止まらずにむしろ溢れ返る量は増していった。忌々しげに五

右衛門が舌打ちする。




「<リバース>………!!」




 やっぱり出やがったかコンチクショウ、と悪態。

 精神的なサポートは総兵衛が行ったにしろ、リバウンドの衝撃を<逆流>させることでやわらげたにしろ、全

て防ぎきれるハズもない。この分じゃ内臓をやられてるかもしれない、焦る気持ちを抑えて五右衛門は重圧で

歪んだ非常階段の扉を蹴破った。既に地上では小六が何らかの次善策を取っているはずである。

「信長!! 病院行くぞ!!」

 相手の意思なんかお構いなしに日吉の身体を抱え上げる。いまは一刻だって惜しい。

「―――後から追って来いよっ」

「抜かせ、振り切れるつもりかよっ!」

 自分もボロボロのくせに強気な笑みを閃かせて信長が立ち上がる。悪いけどアンタまで気遣ってる余裕はな

い、日吉の無事を確保するまで他のことは全部棚上げだよ、と口元の笑みに滲ませて。

 開かれた扉の奥、階段を精一杯のスピードで駆け上がる。一歩一歩近づいてくる地上までの距離よりも、日

吉から流れ出る血の方が多い気がして自然と足は常にない速度で回転した。息せき切って駆け上がり、駆け

上がった先に救護班が待っているだろうことを願う。

 背中から聞こえてくるもうひとりの確実な足音を耳の端に捕らえながら、何故か五右衛門は必死に誰かに向

かって祈っていた。

 ―――頼む。

 頼むから、もう。

 ………と。








 世界が、動く。

 世界の中でも極東に位置する、かつては経済大国と称せられ、10年前の戦いを経てからは中程度の発言力

しか持たなくなった国。けれど新たな宇宙人の侵攻が始まってから格段にその存在感を増してきた、とある島

国。国連を上回る規模での世界連邦創設の提唱、各国政府の支配を受けない特別権力を有した支部局の設

置、世界連邦に防衛隊の任命権を一任する、などを決定する際の主導権を握りながら。

 敵の目的はいまもってハッキリとはしなかったが、連中が他の大陸よりも島国にばかり目を向けているのは

確かで、特に日本に対しては特別に基地が設けられたりして、果たしてあの国に何があるのだろうかとかなり

勘繰られもした。

 前任者が罷免されてからの防衛隊日本支部の動きは慌しく、大半のメンバーが正規の防衛隊から離脱した

挙句に勝手に軍事力を有した隊を組織し、更に言えば国民の大半は彼らをほぼ容認していた。逃げ腰の政府

や軍部よりはと、警察からの追求を受ける指導者・蜂須賀小六を掲げた者たちを支持したのだ。

 話題の人物である蜂須賀小六がとんでもないメッセージを発したのは数日前。

 もはや国にも軍部にも従わぬ、全てを己らの采配でのみ決めるとの宣言。

 会話を傍受したのは日本国内だけではなかった。密やかに回線は各国に繋がれ、聞く者は彼の発言を全て

聞いていた。だからこそ世界中に動揺が広がっている。敵につけこまれる危機かも知れず、しかし、年末の大

打撃は宇宙人にとっても同じことであり、ならばいましか機はあるまいと一部の人間たちが触発されるかのよ

うに行動を開始したのもまた事実。

 いずこの国でも防衛隊は自国政府の干渉を受けない訳には行かない。

 だからいちいちおえら方の意見に振り回されるし迅速な行動が取れなかったりするし、それは軍事の文民統

制の規則に則ったためとはいえ、明らかに政府首脳の動きがおかしいとあっては大半の防衛隊員にとって承

服しかねる事態だった。

 故に、呼応してくれる者ぐらい―――外国にだって、いるのだ。








「正直………我々は表立ってあなた方に協力する訳にはいかないのだ」

「わかってまんがな。お手間はとらへません」

 ニンマリと笑みを浮かべて黒田官平は相手の言葉に大仰な頷きを返してみせた。

 彼はいま先進七カ国のひとつに極秘で訪れている。無論、司令からの命令を実行するためだ。司令の発言

は当然各国に知れ渡っていて、大概は「軍事クーデターに過ぎない」と切って捨てている。しかし発展途上国や

世界連邦の中核を成していない国々からはかなりの賛同を得ていることだし、表立って味方する声は少なくと

も一度中へ侵入してしまえば内通者を見つけ出すのは然程難しいことではなかった。

「あんさんは何も知らなかったと主張してくれはるだけでええんどす。ワテらが勝手に動きますさかいに、見逃し

たってくれれば充分ですわ」

 本題はこれからやで、と薄暗い地下室で頬杖ついて相手を睨まえる。

「ところでさっきの話は本当ですか? おたくのボスがある時期を境にして発言傾向が変わっとるっつーのは」

「ああ、それは間違いない。周囲の者たちはみな勘付いている。表立って追求する人間がいないだけだ」

 話し相手は某国の首相の側近である。彼が言うには夏ごろを境として首相の発言に統一性がなくなってきた

のだという。防衛隊を主体とした一斉攻撃を唱えていたはずなのに突如として守戦論に早代わりし、そこで自

国防衛に走るだけならまだしも他国の内政にまで口出しして「連中を刺激してはいけない」と遠まわしに防衛

隊の活動を牽制し始めたのだ。おかげでこの国の防衛隊は交戦時の主権発動まで取り上げられて、民間人が

攻撃されるのを手を拱いて見ているしかなかったのだという。

 あんな体験はわたしだってもう御免だよ、と内通者は項垂れた。

 対抗できる手段が目の前にあるのに見守ることしか出来ない。身動き取れない時の歯痒さはどの人間にも

共通している。

「―――悪いようには致しまへん」

 常套句、だが。

 こういう場合はお決まりのセリフが結構キク。

 至極マジメな顔をして同情するように頷いて、先ずは敵陣への第一歩。側近の口から洗脳されているだろう

状況証拠を掴んだならば後は直接対象にアタックするしかない。もしそこで相手が『黒』と思えたならば止むを

得ない、かなり乱暴な手段ではあるが一時的に表舞台から退場して頂こうではないか。

 後々の展開までも計算しながら内心で黒田は少しだけ苦笑した。

 本当ならこういうのは服部半蔵とか、石川五右衛門に任せきりにしたいよな、と。








「ヒカゲちゃーん、黒田さんから電報―――っ」

「そう。何て?」

「うーん、『首尾は上々、仕上げをご覧じろ』だって。上手く潜入できたみたい」

「そうね………と、なると残り六カ国ね」

 カタカタとモニタ上に情報を写し込みながらヒカゲは答えた。首都の基地は半壊してしまったから、いまはこの

仮基地が実質上の執行本部となっている。

 防衛隊仮基地はものすごく慌しい状況になっていた。ひっきりなしに情報と怒号が飛び交い5分に1回はパソ

コンがハングアップして隊員たちに悲鳴を上げさせる。それでも止まってなんかいられない、各国への潜入作

戦はまだ始まったばかりなのだ。

 年末の大崩壊以来、行方不明となっている要人の安否確認。もとい収容。

 各国軍部の協力を取り付け尚且つ洗脳されているだろう面子の割り出しが主な目的だ。そのために主要メン

バーは世界へ散ってしまい、翻って情報を管理するオペレータールームは馬車馬の如き働きを余儀なくされて

いる。

「黒田さんが北米、勝三郎さんと万千代さんがロシア、服部半蔵さんが中国経由で韓国も。あと、加江さまがイ

タリアとイギリスへ」

「加江さまも? 竹千代は?」

「連れてきたくないって言ってた。やっぱこの間のがショックだったのかな………」

 手元の書類を片付けながらヒナタが心配そうに眉を潜める。

 年末の事件に先立って、竹千代は人質に取られた。そのことは少なからずあのふたりの関係に影響を及ぼ

した。互いが互いを守れなかったことをひどく悔いているらしい。

「どうかしら? 少なくとも竹千代は無理矢理にでもついて行こうとするでしょうけど」

 相手がごねたら出立には多少時間を要するかもしれないが、まぁ、その程度のロスは大したことじゃない。司

令の宣言を受けて各国首脳部は警戒を強めているだろうし、あまり一気呵成に調べ上げるのもよくない。3分

おきにハッキングを仕掛けてくる相手を試運転中の『総兵衛』の力を借りて撃退しながらヒカゲは僅かな思考の

淵に沈みこむ。

(日吉が入院したって聞いたけど………)

 詳しくは知らない。でも、たぶん何か無茶をしたのだろうな、と思う。

 見舞いに行く暇もないから彼女の容態はよく知らない。

 いや―――行く暇がない訳じゃなくて、わざと行かないのだ。忙しいから行けないと自らに嘘をついている。ピ

タリとヒカゲの指が止まった。

 数日前、防衛隊基地の地下から何かの『波動』を感じた。かなり激しいものだったからオリハルコンとある程

度のシンクロ率を有している者ならば気配は察したはずである。例外なくヒカゲも震動をキャッチし、そして戦慄

した。『それ』はあまりにも身に覚えのある感覚と酷似していたからだった。双子の片割れは不安そうに「いま

の揺れは何だったんだろう?」と呟くのみだったけど、明確な記憶を所持している己にとっては恐怖でしかなか

った。

 自らの過去を想起させられたからではない。




 ………日吉が。

 すべてを、知ってしまったのかもしれないと考える。

 それは他のすべてに勝る恐怖だった。




 自分たちと日吉や秀吉に立場の違いなんてない。それでも彼女や彼がすべてを知ったならば、ただひたすら

自己犠牲に突っ走って行くだろう事を思うと震えは止まらなかった。自分やヒナタは『安定』のために居なけれ

ばならないとして、でも、なら、彼女たちは? 彼女たちのいない世界なんて耐えられそうになかった。

(―――隠しておくのも限界ね)

 ため息をつく。

 あるいは天回に攫われた時からずっと予感していたのかもしれない。

 忘れたまま時を過ごそうなんて甘すぎる考えだったのだ。ヒカゲの憂鬱は何よりも双子の妹にすべてを打ち

明けねばならないことに起因していたけれど、同じ立場におかれた友人たちへの痛いまでの共感もまた胸を

締め付ける原因のひとつだった。

「ヒカゲちゃん………どうしたの?」

 不安そうにヒナタがヒカゲを覗き込む。

 働きすぎだよ、少し休んだら? そんな心遣いが泣けてくるほどに有り難い。出来ればこのまま何事もなく過

ごしたかったのに。

(でもね、ヒナタ………わたしたちの幸福は誰かの犠牲の上に成り立っているの。そして、その犠牲になってい

る対象が個人ではなくもっと大きなものだったとしたら―――逃げる訳にはいかないでしょう?)

 そこで犠牲となっているのが自分たちの友人であったなら、尚更。

 せめて秀吉には胸を張って言い切ってやりたい。




 わたしたちは同士だ。

 だから、ひとりで悩む必要なんてない、―――と。




「ヒナタ、ちょっとだけ仕事を抜けられるかしら?」

「え?」

「―――話があるの」

 クルリと椅子を回転させると、穏やかな笑みを浮かべて双子の妹に笑いかけた。








 久方ぶりに帰還した首都は随分と荒れ果てていた。

「これまた派手にやられたもんですね………」

 未だ患者服の出で立ちのまま竹中教授はやや呆れたように呟いた。

 運転席で矢崎が、後部座席では兄が早く戻れとせっついている。眼下に首都が一望できる高速道路に無断

駐車しているのだから無理もない。視界を掠めた景色に驚いた彼が止めてくれと頼み込んだのだ。

 みんなとの待ち合わせ場所はどうなってるかな、と思案する。

 集合場所は防衛隊基地だから迷いはしないだろうが、この分だと建物はほぼ倒壊しているかもしれない。何

せ政府機能が麻痺してからこっちテレビ放映さえまともに行われないのだから情報の掴みようもない。臨時の

情報番組以外はほとんどの時間が砂嵐だ。最近ようやく防衛隊の各支部が復旧活動を始めて国内外と連絡

がつくようになったけれど、まだまだ以前の水準には程遠い。情報が雌雄を決する時代だ、早急に復旧させね

ばなるまい。

「資材の調達も難しい―――かも、な」

 僅かに目を伏せる。

 織田と武田、上杉に声をかけたのは宇宙人に攻撃を仕掛けるための最終兵器を作り上げたかったからだ。

攻撃力はコロクンガーひとつでもどうにかなるだろう、いや、どうにかしてみせる。しかしそれを敵陣まで潜り込

ませるための『機動力』が現在の防衛隊には欠けている。だから相手の理論さえも応用して、一泡ふかせるた

ため―――コロクンガーと共にある程度の人員を送り込めるだけ―――の、大掛かりな<転移装置>を作り

上げたかったのだ。

 けれど現状を目の前にすると決心も鈍る。

 武器を作っている暇があったら人々を助けるべきではなかろうか。

 しかし助けている間に敵はまた攻撃を仕掛けてくるだろう。おそらく今度は、情け容赦なくこちらの殲滅を狙っ

てくるだろう。まるでいたちごっこだ。




 もっとも、『殲滅』―――より、は。

 『歴史の改変』と言った方がしっくり来るかもしれないが。

 既に重治は総兵衛との話し合いで連中の目的を粗方理解していた。誰にも真実を告げなかったのは秀吉の

立場を慮った故である。




 抱えたノート型パソコンの震動に到着の合図と知る。後部座席に戻るとシートに背を寄り掛からせて、「大丈

夫か」と気遣う兄に平気だからと頷き返す。

「………織田社長はもう到着したようです。こちらも急ぎましょう」

 然程しない内に武田も上杉も到着するだろう。

 そうなったらもう後には引けないのだ、と彼は密やかに呟いた。

 

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意外と出張るね、黒田さん(正直な感想)。

ほんのチョイ役の予定だったのが何故か段々準レギュラーみたいな感じに………またですか(汗)。

今回は「その頃の○○さん」という感じでお送りしましたー。途中で日吉が吐血してますけどv(待て)

冒頭部分の総兵衛と日吉の会話は終期シリーズの予告編にもなってます。お暇な方は確認してみてください〜。

 

仮想現実空間において『命綱』を手放しちゃったひよピンには予定通り(え?)リバウンドが。

ここで身を挺して日吉(の身体)を守ったのが殿なのが密かなポイント。普段ならゴエが庇ってそうなんですが、

どーも最近の彼は殿がいる前ではやや控えめのようなのですネ。

なに考えてんだか知りませんが☆(書いているのはワタシだが)

とりあえず内臓やられちゃったひよピンは救急車で運ばれて病院行き。リバウンドを自らに<逆流>させた

総兵衛もメンテ中。大変だよ教授、戻ってきてもメインコンピュータが機能しないヨ(苦笑)。

 

教授が作りたいのはコロクンガーを敵陣へ送り込むための<転移装置>です。故にこれまでのシリーズ中でも

彼は「敵の転移技術が云々」と語っているのですネ。お暇な方はこちらもどうぞご確認を(笑)。

敵が宙に浮いてる限りは地上からの対空攻撃なんざほとんど届きやしません。色々と前提条件はあれども

「だったら乗り込んじゃえばいいじゃん?」

とゆーヨロシク神風特攻隊な考え方。誰が支持するんですかこんな最大最期の大作戦(知りません)。

 

ヒカゲがヒナタに何を語るつもりなのかも謎のまま待て次回♪

 

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