※リクエストのお題:パラレル設定のジョミブルで明るめのもの。目指せラブラブ!

※しかし幾ら書いてもラブラブになってくれず、せめて明るくしようと思ったら何故か無駄に長くなる羽目に。

管理人の悪い癖である(反省しろよ!)

※臨海学校の直後の時間軸とお思いねぇ。

 

 

 

 駅前の時計が待ち合わせ5分前を示している。人の出入りの激しい改札前でキョロキョロと辺りを見渡しつつ、時折り自らの服装をチェックして足踏みする。
 今日は月1回の一般公開の日だ。そのためか入学の可否を判断するために訪れている親子連れが多く、ともすれば自分の姿は人波に埋もれそうになってしまう。
 校内の案内役は任意だ。教員やスタッフに頼んでもいいし生徒が率先して行うこともある。多くはボランティアであるため人手が足りなくて困る場合もままあるのだけれど、自由度が高くていいシステムだと思う。
 思うんだけども―――と、あらためて辺りを見渡して。
 やや遠目の書店の前で目的の人物が手を振っているのを発見した。途端に表情を輝かせ、彼は大きく手を振り返した。
「ブルー! ここですよ、ここ!!」
 ちょこちょこと人波を掻き分けて来る様が何とも愛らしい。傍らに駆け寄ってきた相手はごめんよ、と少しだけ頭を下げた。
「すまない、ジョミー。遅れてしまった」
「とんでもない! 時間ぴったりですよ」
 あらためてジョミーは実に朗らかな笑みを覗かせた。

 


ロマンチシズム・リアリズム


 

 ジョミーがブルーと『再会』したのはつい先月のことだ。十都市合同の臨海学校、同年代との交流を主な目的としたそれは確かに大きな『運命』を運んできた。
 同じ過去の記憶を持つ人々との出会い。
 望んだものも、望まなかったものもあったけれど、総じていい経験だったといまなら言える。とはいえ、彼が自分の傍にいることを選んでくれたからゆったり構えていられるのであって、拒否されていたらどうなったのか等と考えるのも恐ろしい。
「買いたい本でもあったの?」
「親に頼まれたんだ。僕の街では売切れていたからここにあってよかったよ」
 優雅に微笑む瞳は真紅。
 再会した時と違い表情を隠すこともなく、髪の毛も綺麗に整えている。服装だってこざっぱりとしている。彼の整った姿を見るのはいつだって嬉しい。恋い慕う相手の美しさを再確認するのは楽しい。
 が、欠点もある訳で。
「………今日、眼鏡かけてないんだね」
「うん」
 聊か以上に辺りを警戒しているジョミーを余所にブルーは呆気羅漢と答えた。
「僕は使えるものは使う主義なんでね。僕の顔は君の周囲の女子を牽制するのに幾らか役立ちはするだろう。次のバレンタインのチョコは確実に減るぞ。覚悟しておきたまえ」
「それはいいんですけどね、ブルー」
 ちょっとした嫉妬心のようなもの、もしくは子供を保護する母親のようなもの、以前は露ほども感じさせてくれなかった生の感情を覗かせてくれるのは素直に嬉しい。
 けれど、このひとは。
(………影響ありすぎってこと、気付いてないんだろうなあ)
 こっそりとジョミーは溜息をついた。
 彼の容姿が目立つことは紛れもない事実で、ジョミーに気があるのかもしれない女子連中を牽制するのに一定の効果をあげることも確かだ。
 だが、それ以上に。
 可愛い子だなあとか、運動馬鹿のジョミーが連れて歩くには勿体無い子だなあとか、あとで隙を見て名前を聞き出そうかなあとか、そこかしこから向けられてくる他者の視線が気になる訳であってっっ!!
「ブルー………眼鏡かけてくれませんか」
「どうして? まだ学校の正門が見えたぐらいだよ。僕が想定するところのライバルたちの大半はあの校舎にいるんじゃあ」
「牽制の役割なら充分はたしてますから、お願いです! 僕が浮気するとでも!?」
「―――そうじゃないんだけど」
 浮気でなくともヘンな虫がついたら困るじゃないかと、こっちが言いたいセリフを呟きながら渋々とブルーが眼鏡をかける。印象的な瞳が分厚いガラスに隠されてしまえば他から向けられる好奇や好意の視線も圧倒的に減る。
 ブルーとてミュウなんだから自分に向けられた不謹慎な感情ぐらい分かっているはずなのに、少しは自衛しようと思わないのだろうか。
「主な目的は牽制だって。それに、僕にヘンな虫がついたところで君が追い払ってくれるんだろ?」
「信用は有り難いですケド僕はこころが狭いんです」
 あまりあまり褒められない感情をジョミーは堂々と宣言した。
 学校の正門で受付を行い、入館証を受け取る。校内の幾つかの部屋にはセキュリティがかけられており、IDカードがないと通行すらできないのだ。こういう面倒くさいところはどこの学校も一緒なんだねとブルーは苦笑した。
「僕だってめんどくさくてイヤだよ、こんなの。でも実際、セキュリティをかけてなかった時代に本や備品の盗難が相次いだらしいから」
 本来なら登録だのセキュリティだの、そんな対策を行わなくとも問題ないのが普通の姿だろうに。導入前は教師連の間でもかなり議論が交わされたと聞いているが、結果的には導入されていまに至っている。それでも僕の学校よりは気楽な対応だよ、と、今度は明るめにブルーが笑った。
「月に一回はこうして一般公開しているんだろう? うちは基本的に半年に一回で、文化祭や体育祭に至っては生徒の身内でなければ入れない。随分堅苦しい校則じゃないか」
「イベントまで完全に部外者立ち入り禁止なんだ」
「例外は生徒会選挙ぐらいかな?」
 どうにかなるといいんだけどと呟く彼は現状を憂えているようでもあり、楽しんでいるようでもある。聞く限りではブルーの学校は随分と校則がきついようなのでジョミーとしては同情することしきりだ。
 わいわいと賑やかな人波を潜り抜けて先ずは正門から真っ直ぐ進む。
「ここからが校舎だよ。左手が中学で右手が高校! 1階がゲートで2階から5階までが教室。最上階には教員室とか指導室があるんだ」
「校長室も?」
「校長室は一番下だよ。地震があった時に逃げやすい場所にしてるのかな?」
 臨時のIDではクラスごとの教室に入ることはできないが、音楽室や礼拝堂、図書室や屋上ならば自由に出入りができる。
 礼拝堂に祀られているのは年代モノの宗教画だ。芸術方面に疎い自分にはよく分からなかったが、見学者が多かったり、ブルーが喜んでいたところからすると、かなり名の通った絵画なのだろう。
「複製だとは思うよ。けど、この画は後世に誇るべき作品だ」
 彼が喜んでくれるなら自分も嬉しい。この宗教画を学校に持ち込んだという創設者に柄にもなく感謝した。
 他にも幾つか小さめの絵画が展示してあったのだが、ブルーはそれぞれの作者をきちんと知っているようだった。興味があるの? と問い掛ければ、興味もあるし、知りたいと思うなら額縁にちょっと触らせてもらえば済むからね、と笑った。
 音楽室では鍵盤楽器や打楽器で自由に演奏することもできたのだがブルーは頑なに断った。君が歌えばいい、僕はそれを聴いているからと、やんわりと、けれどはっきりと断る姿勢に少々の疑問を覚える。
「どうして? あなたの歌声が聴いてみたかったのに」
「………夢は夢のままにしておいた方がいいこともある」
「は?」
 バイオリン片手にやや俯いている相手の顔を覗きこむ。
 ぷいっと顔をそらされた。心なしか頬が赤らんでいる―――ような、気もする。何かあったのかな? と背ける先、背ける先に回りこむと、ちょっとだけ怒った表情で睨まれた。
「―――しつこいよ、ジョミー」
「気になったから。どうして? とってもいい声なのに」
「声がいいことと、だから上手いこととは別問題なんだよ」
「でも」
 繰り返し頼み込む姿にとうとう折れたのか。ぼそり、とブルーが呟いた。
「………なんだ」
「え?」
「だから! ―――僕は、音痴なんだっっ」
「―――へ?」
 何だかとっても意外な答えが返ってきた。
 言いたくなかったのに! とブルーは舌打ちせんばかりの態度を見せているが、その、それは、そんなにも気にすることなのでしょうか。
 音楽室をとっとと退散したブルーは渋々と説明する。
「………まだ君がいなかった頃。保護したミュウの子供に子守唄を歌ったことがあったんだ」
「シャングリラで?」
「うん。親と離れたばかりで心細いだろうと、知識でしか持ち合わせてない子守唄を歌ってみたんだ」
 あくまでもそれはブルーなりの善意や優しさから生じた行動だったのだ。
 ところが。
「歌いだした途端、保護した子は泣き出すし、落ち着いてたはずの子まで泣き出すし、年長者たちは気分が悪いと訴えるし、窓は割れるし船は揺れるし………!」
 どんな子守唄ですか。
 と言うか、歌うついでにサイオンまで解放してたとしか思えないのだが。
「でも、皆があなたに向かって音痴ですねって言った訳じゃないんでしょ?」
「言えると思うのかい?」
 半歩先を行くブルーが振り返る。
 そりゃ………いまよりも更にカリスマ性に秀でていた過去ともなれば流石に、直接意見することは憚られたかもしれないけれど。
「以来、僕は歌うことを自らに固く禁じたのだ。頼むから僕に音楽的才能を求めないでくれ」
「えっと、でも、いまのブルーならきっと問題ないよ。ね?」
 おねだりしてみても相手は首を横に振るばかり。こりゃ長期戦を覚悟しなきゃ駄目だなあとジョミーは考え直した。
「僕はともかく、フィシスは歌が上手いよ。毎年開催されている十都市合同の音楽コンクールを聴いたことは?」
「ありません」
「だったら今度は聴いてみるといい。フィシスはコンクールで毎年上位に入賞している」
「え! そうなの!? 知らなかった………!」
 芸術方面に興味を持っていれば早々にフィシスと再会できていたのかと項垂れる。だって、彼女に会えていたならば、芋づる式にブルーとも再会できていたかもしれないではないか。
 またしても思考が漏れていたのか芋はひどいなあとブルーが軽く声を震わせた。
 そういえば言ってなかったかな? と、ついでのように振り返り。
「その場合、君は僕よりも先にキースに再会していた可能性が高いね」
「なんでそこでキース?」
 思わず寄った眉間のしわを人差し指で小突かれる。
「フィシスとキースは姉弟だ。片方と出会ったらもう片方と出会うのも必然だろう?」
「姉っ………!?」
 これには流石に吃驚した。聞いていなかったにも程がある。
 確かブルーはフィシスに一番最初に会ったと言っていて、その後は家族ぐるみで付き合いが続いていると言っていて、じゃあ何か、その「家族」ってのは即ちキースのことか、どうして黙ってたんだ教えてくれればいいのに!
 グルグルと巡るジョミーの思考を追っていたのだろう。やや申し訳なさそうにブルーが視線を落とした。
「すまない。あの時はまだ、君がどんな反応を示すか分からなかったから………」
 その後の出来事を考えるとあの時点で素直に打ち明けておいた方がよかったのかもしれないね。すぐ隠し事を設けてしまうのは僕の悪い癖だ。
 ぼそぼそと呟きながら階段をのぼるブルーの背中が実にさびしげで遣る瀬無くなる。
 たぶん、ではあるが。
 半ば以上は本心であっても幾許かは演技も含まれている―――と、思うのだ。幸か不幸か、自分はこのひとが実は腹黒いのだということを知っている。もうこの辺りは「惚れた者の負け」って感じなんだろうなと最近では受け入れつつあるけれど。
 意趣返しとばかりに「歌ってくれたら許してあげます」と告げたら苦笑された。彼が真実、音痴だろうと何だろうと、自分が聞けば美しい音色と思えるだろうから心配することはないのに。
「僕は、無自覚にサイオンを垂れ流している可能性を憂えているんだよ、ジョミー」
「僕だったら防げますよ」
「―――君がサイオンを完全に制御できるようになったら考えよう」
 彼のセリフは尤もだった。
 しかし、制御できるようになるためには特訓が必要だ。その訓練に彼は付き合ってくれるだろうかと考えていたら、急にブルーが歩みを止めた。階上に視線を注いでいた相手は楽しそうに振り返る。
「どうかしましたか」
「君の友達が来るようだ」
 階段を下りてくる足音が響いたのはその直後で。
 影の正体に気付いたのはその数秒後。周囲で声が反響して存在に気付きにくかったのだろう。見慣れた金髪の少女と、栗毛の少年がやや驚いたように声を上げた。
「よう、ジョミー! こんなとこに居たのかよ」
「探してたのよ」
「サム! スウェナ!」
 手を振り返すまでもなくふたりはトコトコと近くにやって来た。
 サムが上を指差して。
「さっきカリナたちに会ったぞ。お前、部室に行くって約束してたんじゃねーの?」
「ああ、これから行くつもり―――そっか。もう待ってるんだ、ふたりとも」
 ブルーにふたりを紹介しようと思って前日から声をかけておいたのだ。何時に行くとも伝えていなかったのに早々に待機してくれているらしい。先輩としては出来る限り速やかに駆けつけるべきだろう。
 スウェナが興味深そうにジョミーの背後に目をやった。
「ジョミー、後ろの方はだぁれ? お友達?」
「ああ、このひとは―――」
「はじめまして。ブルーです。よろしく」
 紹介するより先に、当人がすっと前に出て手を差し出す。
 にこやかに。
 眼鏡を外した状態で。

「ブル―――ッッ!!」

 あんなに言ったのに!! とジョミーは光の速さでブルーの手を鷲掴むと一足飛びに階段を駆け上がった。
 周囲の人間が驚きの表情で見守るのを余所に踊り場まで来たところでブルーの顔に眼鏡を押し付けた。小声で耳打ちする。
「眼鏡は外さないでって言ったでしょ!」
「君のトモダチならきちんと素顔でご挨拶しないと」
「どこの保護者ですかあなたはっっ! とにかく! ここでちょっと待っててください!」
 眼鏡はつけたままでね! と釘を刺してから慌ててふたりのもとへ取って返す。ブルーの容姿はいい意味でも悪い意味でもインパクトがあるのだ。事前の予備知識なしに至近距離で遭遇したらかなりの衝撃が予想される。
 案の定、サムもスウェナもやや惚けたようになっていた。
「ええと………その―――ふたり、とも。大丈夫?」
「え? あ、ああ、うん。ちょっと驚いたけど」
 サムがパチパチと目をしばたかせた後にどこか照れ臭そうに頭をかいた。変に動揺してしまった己が恥ずかしいのだろう。
 同じく、緊張をといたスウェナがやわらかく微笑んだ。
「とても綺麗なひとね。恋人?」
「それは―――」
 そう呼べたらいいんだけどなあ、とジョミーは苦笑する。切ないが、どう考えたって現時点では彼に恋人扱いはしてもらっていない。後継者は流石に卒業しただろうから、せいぜいが愛し児か、って、何だか退化してないか?
 でも傍からは恋人に見えるのかなと気分が高揚した瞬間。
「ええ? 違うだろ。あのひとは友達だろ」
 サムがあっさりとその夢を打ち砕いてくれた。
 悪意のない友人はさらりと言葉を続ける。
「あの子、男の子じゃん。いきなり恋人扱いしたら失礼に当たらないか?」
「なに言ってるのよ、サム」
 スウェナが訝しげな表情をして反論する。
「どこからどう見たって女の子でしょ。もう、サムったらどんな目してるのよ!」
「えー? 男だって、絶対! 女の子にしちゃ凛々しすぎるって!」
「男の子にしたら線が細すぎるでしょ!」
 女の子だ、いいや男の子だと更に言い争った後にふたりは揃ってこちらを向いた。
「ジョミー、どっちだ!」
「どっちの言うことが正しいの!?」
「ど、どっち、って………」
 あまりの剣幕にやや後ずさった。
 どちらが正しいのかと聞かれれば、答えはサムだ。ブルーは男の子である。けれどもスウェナが女の子だと勘違いしてしまうのも分かる。確かにブルーは細いし体重軽そうだし綺麗だし声だってかつての名残はあるもののボーイ・ソプラノと言って差し支えがな―――。
(………ん?)
 そこまで考えて、はた、とジョミーは眉を顰めた。
 ブルーは男性である。これは間違いない事実である。
 少なくとも『ソルジャー・ブルー』は男性であった。別に一緒に風呂に入った訳ではないが垣間見た過去の映像において彼は確かに男性であった。自分のこと「僕」ってゆってたし。
 しかしてその一方で自分を「僕」呼びする女の子も決して皆無ではなく更に言うならば転生後も同じ性別であると確定された訳でもなくつまるところハーレイが女性になってたりブラウが男性になってたりかなりオモロイ事態が起こっててもなんらおかしくはない訳でええとつまりその。
 外見、を、見ただけでは。
 確かに、証拠と言える証拠は―――。
「お………男の子、だよ?」
 とりあえずは過去の記憶に従って答えを返しておく。
 やったあ! と勝鬨をあげるサムと、本当なの? と首を傾げているスウェナを余所にジョミーは密やかな汗をかいていた。




 サムとスウェナと別れ、校庭や校舎の大まかな並びを説明しながら部室へと向かう。
「君はサッカーをやってるんだったっけ?」
「うん。他校との練習試合もで月一でやりたいなあって思ってるから、よかったら応援に来てよ!」
「その時は差し入れでも持って行くよ」
「………ブルーって料理できたの?」
「さあ?」
 くつくつと笑いながらブルーは人差し指を唇につける。
 そんな彼の顔をこっそりと眺めながら少しだけ悩む。どうにも先刻のサムたちとの会話が気になって仕方がない。
 つまるところ、ブルーの正体(?)はどっちなんだ、って辺りが。
 頭から男の子だと思いこんでたから疑問すら浮かばなかった。過去がそうなんだから今生だってそうなんだと信じ込んでいた。いままで『再会』した面子の中で性転換してる人間なんていなかったし!
 しかし、これまでは居なかったからといって今後はどうか分からない。未だ『再会』していない仲間がどうなっているかは確認の取りようがない。
(別にブルーが男の子でも女の子でも―――)
 関係ないんだけどさ、と呟く隣で。
 ブルーは花壇に植えられた花をひとつひとつ指差して名前を呼び上げている。植物の名前に詳しいのは豊富な知識もあるだろうが、その気になって問い掛ければ花自身が『応えて』くれるからでもあるだろう。植物にも自身の『名前』を認識する能力はある。
 運動が苦手で綺麗なものや可愛いものが好きだなんてやっぱりひょっとしたらひょっとするのかしら幼い頃はドレスを着せられてたって当人がイヤ別にジェンダーの問題を口にする気はないですよどっちだって構わないですよでもやっぱり心構えが変わってきちゃうものなんですよと先刻からジョミーの脳内は同じ言葉がグルグルと回っている。
 それに、その。
 もしもブルーがそうだった場合―――これまでの自分の行動はかなり。
 問題、だったんではないかと思う訳で。
 例えば、出会うなりしがみ付いたり夜中に押しかけたり同じ布団で眠ったり朝起きたら抱きついてたり怒りに任せての行動とはいえ押し倒したり―――。
「うっ、わあぁぁ………!」
 意識した瞬間、頬がカッと熱くなった。
 えええでも女の子にしてはあんまりにも胸がナインペタンだよね!? との叫びが心中で木霊する。
「ジョミー? どうしたんだい、熱でもあるのかい?」
「な、なんでもないです! なんでもないですから!!」
 額に触れようと伸ばされたてのひらから大袈裟なまでに飛び退いた。いま、あんな細っこくて柔らかい手に触れられたりしたら何か喚きながら逃走するより道はない。
 不思議そうに首を傾げるブルーを慌てて追い越して、折りよく辿り着いた部室のドアを叩いた。
「こ、ここです! 入ってくださいっっ。ニナとカリナはもういるのかなっっ!?」
 かなり怪しげな振る舞いのままドアを押し開けた。途端、並んで椅子に腰掛けていた少女たちが揃って振り返る。
「ジョミー!」
「ソルジャー・ブルー!!」
 カリナとニナは共にドアに駆け寄ると、ジョミーへの挨拶もそこそこにブルーを取り囲んだ。
「本当にソルジャー? どうして眼鏡なんてしてるんですか?」
「ジョミーよりひとつ年上だって聞きました。いままで何処にいらしたんです? 会いに来てくださればよかったのに!」
「ふたりとも少し落ち着いて」
 まずは中へ入れてくれないかなと、眼鏡を外してブルーが苦笑する。
 我に返ったカリナが慌てて椅子を勧め、ニナが「お茶を淹れますね!」と備え付けのポットに手を伸ばした。ふたりで選んだのだと有名菓子店のケーキを差し出しながら。
 夢の中のひとだと思ってたんですとか、都市はどこですかとか、何を専攻してるんですかとか、矢継ぎ早に質問を繰り出すふたりをブルーは優しい眼差しで見詰めている。ジョミー自身はテーブルの端の席に腰掛けて皆の様子を遠目に眺めていた。
「ふたりとも、僕をソルジャーと呼ぶ必要はもうないんだよ? 誰と戦ってる訳でもないのだし」
「えー?」
「でも………ソルジャーはソルジャー。ですよねえ」
「じゃあ、君たちはジョミーを『ソルジャー・シン』と呼びたいのかな?」
 右手で座席の奥を示されて。
 ジョミーの姿を確認した下級生たちが顔を見合わせる。共に過去の記憶がおぼろげだとしても、その言葉には何かしら感じる部分があったのだろう。はにかむような笑みを零した。
「………いいえ!」
「でしたら、ブルーと呼んでも?」
「勿論。その方が嬉しい」
 くすくすと笑いを零すブルーは本当に楽しそうだ。
 その姿を見ているだけでジョミーのこころもほんのりとしたぬくもりに包まれる。
 日の光の差し込む窓際、テーブルの上にお菓子と紅茶を並べて興味のある服とか映画とか、どこそこの店で見かけたアクセサリーが可愛かったとか花が綺麗だったとのかの話題に興じている姿は本当にこころが和む。
 ―――で、思う訳だ。これじゃあ丸っきり。
(女同士の会話だよなあ………)
 ジョミーはやや虚ろな眼差しで三人を眺めた。
 取り留めなく話題があっちに逸れたりこっちに逸れたり、かと思うと急に本論に戻ってきたり、脈絡のない会話にはついて行き難い。ふたりが話すのに任せているブルーはそんな様子もないからきちんと話題について行けているのだろう。
 それもこれも自分とブルーの知識や経験の差だとしてしまうのは簡単なのだけど先刻から思考がソッチに傾きがちでどうもいけない。
「あ、いけない!」
 ぽむ、とカリナが両手を打ち合わせた。
「わたし、ブルーに見せたいものがあったんです!」
「なんだい?」
「最近、ネットで有名な画家が描いた絵で………すごく、好きなんです。そのひとの作品をスクラップしたのを持ってきてたはずなのに」
「教室じゃない? 直前まで見てたはずだし」
 一緒に取りに行こうとニナに促されてカリナも席を立つ。クラスが一緒で、部活動も一緒のこのふたりは普段からとても仲がいい。
 こちらを振り向いて手を振る。
「ブルー、少しだけ待っててくださいね!」
「ジョミー、お茶が足りないようだったらお湯を足してね!」
 軽やかな笑い声を残してドアが閉じられた。
 ほんと元気だねえ、とのブルーの呟きをジョミーも全面的に肯定する。端っこに腰掛けていたジョミーを彼が手招いた。
「ねえ、ジョミー。気付いていたかい? カリナだけど………」
「はい?」
「トォニィが守護としてついているんだね。次もまた、カリナの子供として生まれたいんだろう」
 カリナと話している最中に、背後にトォニィの姿を見たとブルーは嬉しそうに語る。
「ええ、そうなんです。すいません、話しそびれてましたね」
「気にすることはない。でも―――カリナはまだ13歳だよね? 会えるとしても早くて5年後かな」
「18でお母さんになったら流石にカリナの父親が泣くと思うんですけど」
「なに言ってるんだい。君だって父親候補に含まれてるってのに」
「へ?」
「あのふたりは君にラブラブ光線だしまくりだよ。一先ず君は自分が女の子にモテるんだってことを自覚した方がいい」
 それはこっちのセリフです、との言葉をジョミーは寸でのところで飲み込んだ。
 確かに自分はモテる部類に含まれるかもしれないが、だったら、眼鏡を外しただけで公衆の注目を集め、老若男女の制限なく好意を寄せられるあなたは一体なんなんだと問いたい。物凄く問いたい。モゴモゴする口元を抑えるべく冷めかけた紅茶に手を伸ばす。
 そういえば、と、彼はついでのように言葉を紡いだ。
「君は先刻から僕の性別に疑問を抱いているようだけど―――」
「ぶはっ!!」
 飲んだばかりの紅茶を吐き出した。
「い、いいいいきなり何をっっ!!?」
「君の思考は読むまでもなく駄々もれだ」
「だからって、いまそんな話題を出さなくても!!」
 じゃあいつならよかったのかな? なんて小首を傾げないでいただきたい。可愛いから。
 行儀悪くも右手の指先でテーブルをコツコツと叩く彼はいささか性悪な笑みを浮かべている。
「君が疑問を抱くのも分からないではない。むかしから会うひと会うひと、同じことを訊いてきたしね」
「そ、そうですか」
「戸籍上のみならず生物学上の分類を君に述べるのは簡単だ。しかし、述べたところで君が心底納得してくれるかと言うとどうにも怪しい気がする」
 憂いの表情を浮かべてブルーは首を左右に振った。
「別に僕は、あなたが自分を男と主張しようと女と主張しようとなんら問題は―――」
「本当にないのかな?」
「………」
 あらためて訊かれてしまうと―――。
 皆無。
 と、言えなくはないような。
「そこで僕は考えた。君に心底から僕の性別について納得してもらうために」
 戸籍謄本を持ってくるよりも確実で、いますぐ証明することもできる方法を。
 微妙にイヤな予感に駆られながらもジョミーは先を促した。
「なんでしょう………」
「物的証拠があれば君も認めざるを得まい。そこで尋ねたいのだ。どちらがより確実な方法であるのかを。つまり」
 と、ブルーは真顔でこちらを見詰めた。

「僕は君に、僕の胸を触ってもらうのと股間を触ってもらうのと、どちらを選択すべきなのだろうか」

「………」
 ―――あ。
 駄目だ。
 グラリ、と視界が揺れて。
 ぐわっしゃぁん! と倒れる椅子の音をやたら遠くでジョミーは聞いた。
「えっ………! ちょ、ジョミー!? なんでそこで鼻血!!? ニ、ニナ! カリナ! 早く来てくれっ、ジョミーの周辺が血の海に………!!」
 あんまりにもあんまりなブルーの言葉を遠のく意識の中で聞きながら。
 おさわりOKのコメントをいただくのと、だから触れるのかってのは別問題なんですよと、ジョミーはひとり切ない涙を零すのだった。



 

 


 

中途半端に切ります(苦笑)

使いたかったのはブルーの「僕の胸を触ってもらうのと〜」発言だけだったはずなのに、

どうしてここまで長くなっているのやら。苦。

ちなみに、この騒動の後もブルーの性別は不明なままですv(待て)

たぶんにジョミーは紆余曲折の果てに知ることになるのでしょーが、

読者さまはお好きな方でご想像くださいv(決めるのが面倒だったとも言(ry))

 

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