果てない暗闇。広大無辺の宙を白い船が横切っていく。それは、意志の強さを示すと同時に孤独も浮き彫りにしているかのようであった。従える船がどれほどに増えようと、仲間が増えようと、本質的には彷徨える子供であるに過ぎない。『地球』という『母』から切り離された―――ミュウという存在は。
 人類が率いる艦隊と争い、炎を上げ、被害を与え、被害を被り、伝わってくる憎しみや痛みにこころが折れそうになりながらも『地球』を目指すことはやめない。
 やめることはできない。
 彼らの、ミュウの導き手である、ソルジャー・シンが進めと命じる限りは。
 艦内はひどい疲労と悲しみに包まれていた。先の戦闘で重症を負ったミュウは十余名。それ以上の被害を人類に与えても、傷ついた者の無意識の呻きや宇宙に散っていった者たちの悲鳴を受信してしまう分、常に罪悪感に苛まされていた。
 項垂れたり膝をついたりした者が溢れる廊下に蒼い光が舞い降りた。赤毛の青年は周囲を見渡すと、仲間の手当てに奔走している人物に呼びかけた。
「リオ!」
『トォニィ?』
 穏やかな瞳をした青年が、それ以上に穏やかな『声』で答えた。
「グランパを見かけなかった?」
『ソルジャー・シンなら先程、ブリッジへ―――』
 トォニィの能力をもってしても探れない何処かへ隠れてしまったのかと案じた瞬間。

 ―――ここにいるよ。トォニィ。

 天から声が響き、同時に新たな影がその場に降り立った。
「ソルジャー・シン………!」
 真紅のマントが宙に翻る。臥せっていた面々も慌てて立ち上がると敬礼して畏敬の念を表した。敬愛する人物に信頼の笑みを向けてトォニィは片手を差し出す。
「グランパ! 実はさっき―――」
「トォニィ。戦闘終了後の報告は速やかにしろと伝えたはずだ」
「でも、アルテラが」
「報告は常に全員で行え」
 ほんの少しだけトォニィは哀しそうな目をしたものの、すぐに気を取り直したように痛々しい笑みを浮かべて、先程と同じように手を差し出した。
「ごめん、今度からは気をつけるよ。これを見せたかっただけなんだ」
 そこにあったのは不思議な輝きを残す小さな青水晶。
 立ち去ろうとしていたジョミーの気配が珍しくも留まると白い手の上の煌きに視線を転じた。
「先刻の宙域で見つけたんだ。船の残骸っぽいけど………気になって」
 綺麗だから拾ってきたんだと無邪気に笑う。
 青水晶を受け取ったジョミーは光を乱反射するそれを眺めたまま沈黙を守っていたけれど。
「次の会議は2時間後だ。それまで休んでおくといい」
 言い残しただけで来た時と同じように忽然と消えてしまった。
 特に褒められた訳ではない。
 礼を言われた訳でもない。
 でも、休んでおけと労いの言葉をかけてもらえたと、トォニィは実年齢に相応しい笑みを浮かべる。
「よかった。喜んでくれて」
『………ええ』
 喜んでいると言い切るには切ない想いが勝ちすぎていたようだけど、との感想をリオが零すことはなかった。


 青の間に戻ってベッドに腰掛ける。体重に従って僅かにシーツが擦れる音だけがいまこの場に存在する音の全てだ。
 手にしたのは青く澄み切った色を湛える小さな水晶。
(………こんなに固く封じてしまっては)
 簡単には解除できませんよ、とジョミーは久方ぶりに口元に笑みらしきものを刻んだ。
 握り締めた青水晶に力を注ぎ込み、中空に投げ上げる。
 青く、暗く、揺らめく天井を背景にピタリと静止したそれは、やがてひとつの影を紡ぎだした。
 白い肌と、青い髪と、赤い瞳を持つ、少年の姿を。
 開いた眼差しは何処を見るでもなく誰に固定されるでもなく、ただ眼前にあるだろう物を、いるだろう者を見詰めている。

『遠く離れた場所にいる同士よ………仲間たちよ………』

 届く声は遠く、描き出された虚像は記憶にあるものより尚、幼い。
 食い入るように目の前の映像を眺めてジョミーは歯噛みした。
 過去の記録。おそらくは、アルタミラを脱出したばかりのブルーが何処にいるかも分からない仲間に宛てて宇宙に流したメッセージの欠片。それが証拠に彼が身に纏うのは単純な白の上下に過ぎなかったし、表情はどこかあどけない。
 ただひとつ変わらないのは、深い悲しみと慈愛を湛えた対の赤玉のみ。
 胸が締め付けられる。
 これは過去の記憶、過去の記録、決して、『いま』の彼ではないと言うのに。
『我々は<地球>へ向かう………兄弟よ………<地球>で会おう………あの青く美しい星、我らの共通の故郷………<地球>へ………―――遠く離れた場所にいる同士よ―――』
 ひたすらに同じ言葉を繰り返すだけのメッセージ。
 この欠片が人類に回収される危険を考えた時、そこから自分たちの居場所を割り出される可能性を考慮した時、あまりに具体的な内容を残すことは憚られたのだろう。
 それでも、等しく<マザー>に管理されている世界において、自らの孤独に憂えているかもしれない仲間を思った時に。
 当時の彼がサイオンで封じたなら解除できるのは同程度の能力を有した者に限られるとは知りながらも尚、何かを訴えかけずにはいられなかったのだ。
『兄弟よ………<地球>で会おう………』
 共に帰ろうと見えない相手に向かって必死に語り続ける。
 きつく、唇を噛み締めてジョミーは両膝の間に頭を埋めた。彼の記憶を受け継いだ日に、蹲っていた時のように。
『<地球>へ………』
 映像は徐々に薄れていく。
 どれほどに封をしようとも記録はいつかは劣化する。読み取れる者もないままに放置されていたそれは、ただひとりを聞き手として役割を終えようとしている。
 軽く息を吐いた瞬間。

『―――ジョミー』

「………!?」
 有り得ない言葉に顔を上げた。
 瞳を見開いた先にいたのは、先刻と同じ何処か幼いブルーの姿。
 そこに。
 ほんの一瞬、おとなびた表情が重なって―――笑う。
 わら、う。

『………<地球>で、待っている―――』

 静かに、穏やかに、ひっそりと。
 舞い散る花のように―――艶やかに。
 掴もうと手を伸ばした直後。

 乾いた音を残して青水晶が砕け散った。

 宙を落ちる間に映像は漣の如く消え失せ、声も消滅する。劣化に耐え切れなかった物質は粉となり、砂となり、目に見えない細かな粒子となって空気に溶け込んだ。
 なにひとつ、残すことなく。
 しばし、動きを止めていたものの。
 ゆるく息を吐いて再びベッドに腰を下ろした。浮かべたのは自嘲とも苦笑ともつかない笑みだ。
「本当に―――」
 ひどいひとだ。
 最期の最後まで、告げる内容がそれだなんて。

「偶像の対象すら、残そうとはしないんですね………」

 頼るよすがなど要らないだろう?
 想いひとつで辿り着けるだろう?
 あの時、約束を交わしたのだからと。

 わかっています、ブルー。呟きながらきつく掌を握り締める。己が迷うことは許されない。揺れることは認められない。俯くことも、また。
 真っ直ぐに顔を上げて、薄い青と黒がたゆたうだけの空を睨んだ。

 


蒼天


 

僕たちは。
『地球』へ、行く。

 


 

『黒点』の対になってるよーなそーでないよーな。

 

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