※リクエストのお題:ブルーを巡ってジョミーとキースが争いつつもジョミブルだったり

ブルーとキースの方が仲良かったりするような何か(シロエ込み)

※何故に当方の描くブルーは腹黒い………。

※転生パラレル設定とはまた別物とお考えください。

※最後で逃げました(何にとは言わない)

 

 

 

 誰かの家に招かれることは嬉しいし楽しい。特に仲がいい訳ではなくても自宅に招かれるとなれば喜ばしいし緊張もする。
 ましてや、呼んでくれたのが自分の大好きな人ともなれば喜びは一入だ。
 お土産のクッキーを買って気取らないように注意しながらもそれなりに身形に気を遣って、ご家族がいたらどういう挨拶をすればいいのかな、なんて鼻歌混じりに憧れの人物宅のインターホンを押したジョミーに何ら落ち度はない。
 ただ、ひとつ。
「なんだ。貴様か」
「………」
 黒髪に青い冴えた瞳の、予想外の人物に出迎えられて。
 そりゃあもういっそ見事なまでに笑顔を凍りつかせてはしまったけれど。

 


Daydream


 

 別に固まりたくなんかなかったが固まってしまったものは仕方がない。
 訪問先の玄関口でにこやかな笑みを浮かべ片手を挙げたままジョミーは見事に停止していた。きっといまなら『だるまさんころんだ』を突如ふっかけられたとしても誰にも負けない。尤も、ぴくりとも動かないため永遠に鬼の手を切れないという勝敗投げっぱなしな事態になることも明らかだったが。
 そもそも休日にわざわざ学校の先輩―――本当は恋人と呼びたい―――の家を訪ねるのはただでさえ緊張するってのに、更にはその先輩は生徒会長で容姿端麗で人気も高くて一体どこの少女漫画から抜け出してきたんですかバケモノですかと言いたくなるぐらい透き通った白い肌と薄青い髪と真紅の瞳をしてたりするのだ。如何にジョミーが「生徒会長に気に入られている」と周囲から太鼓判を押してもらっていたとしても、そりゃあやっぱりちょっとは出だしの一歩を心配してたのである。
 だからせめて気張ってこーぜ! とばかりにインターホンを押してみれば、これまた学校では有名な生徒会副会長の眉間に皺寄せたお姿に出迎えられたりしたものだから、ジョミーの思考は哀れ停止してしまったのである。ちなみに、この副会長だって艶のある黒髪といいアイスブルーの瞳といい倣岸不遜な態度といい生徒からの人気は高い。僕の趣味じゃないけど僕の趣味じゃないけど僕の趣味じゃないけどと内心で百万回繰り返す。
 客人を出迎えた側はこうなることをある程度は予想していたのか、深い溜息をついてすぐさま視線を横に逸らした。
「………別に緊張する必要はない。待ち構えていた訳ではないからな」
「なんだ」
 ぱっと緊張を解いてジョミーが動きを取り戻す。
 想定外の事態で驚いていたが、別にキースが自分の意志で待機してた訳じゃないんだー、と思ってから、いやいや根本的な問題はそこじゃないだろうと首を横に振る。
「キース、どうして君がいるんだ? ここはブルーの家だろう!?」
「先輩と呼べ、先輩と。そういうところばかり奴に影響されてどうする」
「僕が問題にしてるのはそこじゃない!」
「ヒトとして問題にすべきところだ」
 自宅と同じ感覚で靴を脱ぎ捨てそうになり、間一髪、玄関に戻って靴を揃える。欧米式なら土足で立ち入るのが常だというのに、何故かブルーは日本贔屓でこういうところは実に細かい。小脇に抱えた紙袋にはクッキーが入っていたが、これって出会い頭に渡すのが礼儀なんだっけ、それとも部屋に案内されてから渡すもんだっけ、と口答えするのとは別の部分で考えを必死に巡らせる。
 廊下の先を歩くキースがわざとらしいぐらい大きな溜息をついた。
「お前たちの邪魔をするために残った訳ではない。予想外の客が来たから出掛けるタイミングを失っただけだ」
「客? 出かける??」
「―――全然聞いていないのか、お前は」
 あいつめと毒づきながらもキースは、進んで話すことでないのは確かだが、とも呟いた。実に器用だ。
 とにかくジョミーとしては部外者であるはずのキースがブルーの自宅に堂々といることが一番の問題で、客が来たとか出掛けるとか何だか非常に嫌な予感だけひしひしと募ってくるのだけれど、断定されるまでは現実を直視したくない。
 ノックの後に返事も待たず、がちゃりと応接間の扉をキースが開いた。
 入って直ぐにソファに腰掛けたたおやかな姿が視界を占める。学校にいる時よりは幾分ゆったりとした服装の人物がやんわりと微笑みかけた。
「やあ。いらっしゃい、ジョミー」
「ブルー!」
 もし自分が犬だったなら間違いなく耳としっぽを千切れんばかりに振っていた。それほどにあからさまな態度で意気揚々と室内に足を踏み入れたジョミーは、しかし、
「あれ………? もしかして、ジョミー?」
 と、反対側のソファから響いてきた声に自制を余儀なくされた。
 ぎぎぎ、とややぎこちなく首を巡らせると、ブルーの正面のソファにちんまりと腰掛けた黒髪の少年が目に入った。相手もまた目を丸くして相当に驚いている。見知った顔にジョミーは再び固まりかけた緊張を解した。
「シロエ? 君こそ、どうしてここに?」
「ぼっ………僕はただ、そこにいる副生徒会長に挑戦状を叩きつけに来ただけだ」
「わざわざ家の前に張り込んでまですることか」
「散歩してたら、お前の姿が目に入ったから丁度いいと―――!」
「生憎とオレは今日はまだ一歩も外に出ていないし、窓の近くに立った記憶もない」
 通りすがりの警察官に職質されそうになって騒いでいたのは誰だとキースが実に容赦なく突っ込み入れてくれる。
 うぐぐと呻いて下を向いてしまったシロエは飛び級もできるんじゃないかと噂されるほど優秀な後輩で、優秀なだけに気位が高くて、しかも何故か生徒会長―――ではなく副会長にライバル意識を燃やしてくる実に困ったちゃんであった。
 シロエがここに居る事情はなんとなく分かったが、結局、一番最初の疑問の答えにはなっていない。
 即ち、何故キースがブルーの家にいるのかという答えには。
 ひとり悠然とソファに腰掛けていたブルーが実に面白そうに呟いた。
「驚いたなあ。意外と知られていないものなんだね」
「わざわざ生徒会長と副会長の住所を比較検討しよう等と考える物好きなどいない」
「僕は物好きだよ」
「誰がいつ貴様を話題にした」
「勿論、僕だ」
 キースが押し黙ったまま胡乱な眼差しでブルーを睨む。
 何にせよとにかくこちらとしては答えを早く知りたい。ジョミーの焦りを察したのか、実はね、と赤い瞳の人物はにっこりと微笑んだ。
 ソファの後ろに立つキースを指差し、次いで、自分を指差して。

「兄です」
「………弟だ」

 ブルーは物凄く上機嫌に、キースはこれ以上はないくらい不機嫌に。
 返された台詞にジョミーとシロエは揃って硬直した。
 次の、瞬間。
「え、ええええええ!? 兄弟!? 本当に兄弟!!? 嘘じゃないよね!!」
「そんな話、聞いたことありませんよ! 苗字だって違うのに!!」
 どばん! とテーブルに同じポーズで両手をついたジョミーとシロエを前にブルーはゆっくりと何かを吟味するように答えた。
「残念だが生憎と本当に兄弟なんだよ。正しくは義兄弟、かな。誕生月の関係で僕の方が兄なのだ」
「僅か数ヶ月の差で兄貴面されるとは心外だ」
「文句を言うのはやめたまえ。君は僕らの両親にさえ文句をつける気なのかい?」
「あのひとたちに罪はない。が、だから貴様に反感を覚えないのとは別の話だ」
 ふたりの言い合いは延々続きそうだったが、激しく動揺しているジョミーたちがどうにか聞き出したところ、つまり、もともとふたりは幼馴染に当たる関係だったらしく。
「家が隣同士なんだよ。学校の住所録をよく見てごらん。番地がひとつ違うだけだから」
「そうなの?」
「尤も、敷地を隔てていた壁を僕の父が壊してしまったからね。どっちの家から入っても最終的に辿り着く応接間は同じなのだ」
 ああ、だからブルーの家に来た僕とキースの家に来たシロエが同じ部屋で鉢合わせする羽目になったんですね、と頷くジョミーは徐々に深く考えることを放棄しつつある。一方のシロエは俯いたままふるふると肩を震わせていたから、未だ怒りが収まらないのかもしれない。あるいは気付かなかった己自身の不甲斐なさに怒りを抱いているのか。
 突っ立ったままのキースが窓の外を見詰めて黄昏る。
「オレの母とこいつの父の仲が良いのは知っていた。しかしまさか、子供に何の相談もなしに再婚するとは―――」
「ある日、帰って来たら突貫工事で壁がぶち壊されて家が合体していてね。理由を尋ねたら『結婚したからよろしくv』と犬も食わないような桃色オーラが屋内を席巻していたのだ。流石にこの時ばかりは僕も驚いたよ」
 微笑むブルーは何だか怖い。非常に怖い。
 子供として一言ない訳ではなかったのだが、幸せそうなふたりを見てしまっては文句をつけられるはずもなく、顔見知りなんだしお隣さんだしまあいいじゃないかと言い包められて今に至っている。
 学校に報告はしたけれども全校生徒に周知していないのは、それほど重要な問題とはブルーもキースも思わなかったからだ。何かしら用があってどちらかの家を訪れた際に個人の事情を知る、それでいいじゃないかと、ふたり揃って大雑把な本性を発揮したかは不明だが―――いずれにせよ、互いの訪問者が顔見知りで尚且つ鉢合わせする可能性など全く考慮していなかったとはどんだけ間抜けなのか。
「ああ、そういえば」
 軽く両手を打ち合わせてブルーが背後を振り仰いだ。
「君はお茶を淹れに行ったんじゃなかったかな、キース。丁度いい。ジョミーも来たことだし四人分淹れてきてくれたまえ」
「何故、貴様はそうやって常に偉そうなんだ」
「兄の特権は使うに限る」
 さあとっとと行った、行ったと、犬を追い払う如く手を振るブルーに副会長は苦虫を噛み潰したような顔になった。
 すれ違い様、ジョミーの手元に視線を送る。
「………それはこちらが受け取るべきものか」
「え? あ、ああ、そうだ、ブルーっ」
 すっかり存在を忘れ去っていたお土産を、礼儀もへったくれもなく眼前の憧れのヒトに手渡した。
「うちの近所の有名菓子店のクッキー! きっと美味しいと思うよ」
「そうなんだ? ありがとう、嬉しいよジョミー」
 誰もが見惚れるような笑みを浮かべた彼は、
「はい。よろしく」
 ―――そのままクッキーの箱を後ろへ横流しした。
 反射的に受け取ってしまったキースが珍しくも目を点にする。
「………何故オレに渡す!?」
「折角ジョミーが用意してくれたんだ。皆で食べなければ失礼に当たる」
「受け取ってすぐに横流しする貴様の態度は無礼ではないのか!」
「君がお茶を用意するんだろ?」
 だったらいま手渡したって問題ないと思うんだよ、何か悪かったのかな。
 なんてことをしれっとした顔で語ってくれるのだから溜まったものではない。
「なら、貴様も手伝え」
「なんでだよっ!!」
 と、キースに指差されて思い切りジョミーは反感を抱く。
「僕は客だぞ!?」
「オレの客ではない。それに、こう言っては難だがオレは不器用だ」
 奇想天外な味付けがされたコーヒーと粉々に砕けたクッキーの山が出てきても構わないんだな、と訳のわからない脅しを受ける。しかし、家事がそんなにも壊滅的ならどうしてブルーはいちいちお前に頼んだりするんだと言いかけて、ひょっとしたらブルーの腕前は更に絶望的なのかもしれないと嫌な予感が働いて咄嗟に口を噤んだ。
 ………まあ、いい。
 できればブルーが手ずから淹れてくれたコーヒーを飲みたかったけれど、彼が半端ない不器用であることは自分とて知っている。
 それに。
 それに、だ。
 家庭的な面を見せたりしたらブルーだってちょっとは感心してくれたりするんではなかろーか。
「………何をにやついている?」
「いーやっ、別に! 何でもないさ!」
 思わず緩みそうになっていた頬を叩くことで引き締めて、キースの疑惑の目を感じながらもジョミーは入ってきたばかりの扉を再び開いた。




 チャンスだ、と思った。
 とにかく色々と聞いてみるならいましかない、と思った。
 本来ならこんな風に家の中に踏み込んでいる予定ではなかったし、どうせ入るなら正式な客として出迎えられたかった。あんな済し崩しに邸内に招かれることになるなんて実を言えばシロエとしては屈辱にも近い出来事だったのである。
 しかしまあ、それはそれだ。
 実際に侵入に成功したからにはこの機を活かさない手はない。後ろ向きな考えを胸中で繰り返している暇があるならば当たって砕けた方がなんぼかマシに違いないと言うのが彼の持論である。
 まあ、いま現在自分の前で優雅にソファに座ってにっこりと微笑んでいる人物が、
「………あのっ! 生徒会長!」
「なんだい、シロエ。此処ではブルーと呼んでくれて構わないよ」
 ―――ものすごく食えない人物であることは間違いないのだが。
 居住まいを正して膝の上に両手を揃える。これはシロエとしてはかなり珍しい態度だったのだが、世にも稀な光景を見たはずの人物は正面席でのんびりと背中をソファに預けて寛ぐのみだ。
「単刀直入にお伺いします。あなたとキースはどういう関係なんですか」
「説明した通りさ。同校の徒、同級生、生徒会長と副会長、クラスメート、隣人、幼馴染、一応いまは兄と弟。他に何かあったかな」
「いえ、あの、そうではなく」
 このひとは天然なんだか計画的なんだか分からんぞ、と少年は歯がゆく思った。
「幾らむかしからの知り合いだとしてもあまりにも容赦ないと言うか遠慮がないと言うか、少なくとも僕は―――キースがあんな表情を浮かべるのを見たことはありません」
 常日頃から副会長は鉄面皮で通っている。確かに笑うことも怒ることも呆れることもある。けれどもそれは本当に僅かな、顔の薄皮一枚に張り付いた吹けば飛ぶような薄っぺらい表現でしかなく、自らと他人の間に壁を作っているような態度こそがシロエをいつもいつも苛立たせていた。
 ところが、だ。
 不意の事態ではあるものの、この家に入ってみて驚いた。
 学校で生徒会長と副会長が言い争っているのは何度も見たことがある。だが、それは先刻までよりもうちょっとだけ縁遠い感じで、周囲にひとがいることを考慮して交わされる当たり障りのない冷たい会話のようで。
 比較して、つい先刻までの会話は、確かに刺々しくはあるものの学校で交わすものより随分と打ち解けて感じられた。それが何に起因するのかと考えた時に、キースの纏う気配がやわらかいからだと分かり、纏う気配がやわらかいのは要するに「家」だからだと思い至った。更に言及するならば「自宅」で、しかも、「彼」が傍にいるからなのだと。
 妙に楽しそうな、不思議に寂しそうな表情で目の前の人物が笑う。
「そうか。君はキースが好きなんだね」
「なっ………!?」
「ありがとう。不肖の弟ではあるが仲良くしてやってくれたまえ。キースも君のことが気に入っているに違いない」
「なんで! 急に! そんな話になるんですか!!」
 礼儀も忘れて舌打ちしたが、頬が微妙に火照ってくるのまでは防ぎようがない。
「思った通りのことを口にしたまでだよ」
 お茶が来るのが遅いねえ、と扉の向こうを伺う彼は全く動揺した素振りも見せない。
 こちらばかりが焦っているようで、事実だとしても非常に腹立たしい。せめて一矢報いてやりたいとシロエはふんぞり返って大袈裟に肩を竦めてみせる。
「………生徒会長がどんな誤解をしても構いやしませんけどね。好悪の感情は別として、彼が僕の倒すべき好敵手であることに間違いはない」
「そうなんだ」
「僕としては、むしろ『あなた』がキースを好きなように見えますよ。あれだけ邪険に扱うだなんて好きの裏返しだとしか思えない」
「それは―――」
 シロエとしては、ブルーがちょっとでも迷ってくれたり、嫌そうな顔をしたり、憤慨してくれたらそれで良かった。問題児集団とも揶揄される生徒会を纏め上げている人物だ。顔に似合わず狸であることは分かっている。狸だけど狸じゃないんだよ! と謎の主張を繰り広げるのはジョミーひとりで充分だ。
 しかし、敵もさるもの。
 僅かに首を傾げた相手はやはり穏やかな笑みを絶やさぬままに断言した。
「君の言う通りだね。確かに僕はキースが気に入っている」
「きっ………!」
 懲りずにテーブルを叩きながら身体を前に乗り出した。
「気に入ってるって、気に入ってるって、どういう意味で!?」
「ん? ああ、語弊があったかな? 大丈夫だよ。たぶん君が想像したようなことではない」
 ひらひらとてのひらを振って目の前の人物は笑う。
「どちらかと言えば―――僕の抱いている感情は世間一般でよく語られるような好意ではなく、キースを好敵手と認めている君の感情に近いのだろう。彼は昔から僕が倒すべき敵であり、向こうにとっても僕は倒すべき敵なのだ」
「………敵なのに気に入るんですか?」
「心底軽蔑している人間に対抗心など燃やしたりしないよ。それなりに認める部分があり、それなりに譲れない部分があり、無視できないからこそ歯向かうのだ。嫌いだから敵になるのではなく、敵だから嫌いになるのでもないよ。本当にどうでもいい相手だったら存在自体を記憶から抹消して終了だ」
 ―――彼の言葉には一理、ある。
 本当にキースがどうでもいい取るに足らない存在であったなら、自分はこんなつっけんどんな態度は見せない。適当にあしらって、適当に仲良くして、適当に見下して、それで終わりだ。イヤよイヤよも好きの内、なんて言葉は絶対絶対絶対当てはまらないが、好意の反対は嫌悪ではなく無関心との説には同意しておきたい。
 乗り出していた上体をソファへと戻してシロエは片手で額を抑える。
「だから別に僕はキースが誰と付き合おうと、誰と喧嘩しようと、基本的には勝手にすればいいと思っているんだ。ただし、僕の大切なひとや僕の友人や僕の知り合いを巻き込むつもりなら容赦はしない。それは誰だろうと同じことだよ」
 口調は穏やかなくせに随分と過激なことを言っている。
 この外見でこの言動。
 あの声で、蜥蜴食らうか時鳥。
 ―――なんて句を思い出してシロエは微妙に溜息をついた。
「シロエ。君がキースを好きだろうが嫌いだろうが僕にとっては全く何の関係もないのだ。好きなら堂々と付き纏えばいいし、嫌いならとことん罵ってやりたまえ。キースは密かにいじめられると嬉しい気質があるようだからね。ツンケンしてれば一生気に掛けてくれるんじゃないかな?」
「とんでもないことを言ってる自覚はあるんですか、生徒会長」
「だとしたらそれは自宅に居るが故のこころの緩みと考えてくれたまえ。あるいは君という人間に見せる僕なりの誠意―――ということになるのかな?」
 疑問系で尋ねられても答えられる訳がないでしょうと零す。
 言葉を重ねるほどに相手の腹黒さが見えてくるようで、ジョミーは本当にこのひとに好いてもらってるんだろうか、からかわれているんじゃないだろうかと、こちらは素直に尊敬している先輩のことを脳裏に思い描いた。
 すると、まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングでブルーが苦笑して。
「ジョミーとキースは違う。ジョミーは僕の希望で、癒しで、大切でどうしようもない存在だが、キースはどれだけ邪険にあしらっても全く問題ない存在だ」
「………どちらの態度がより『信用』してることになるのかを考えたことはありますか」
 大切にしないと逃げられてしまうんじゃないかと怯え、疑うのと、どれだけ手酷く扱っても変わらない関係だと半ば盲目的に信じているに等しい感情の差は何処にあるのかと尋ねたところで、キースについては「もともと信用してないからね」と答えるのだろう。
 天然ボケ気質のあるキースに自分のことをブルーより大切にしてほしいとか、ブルーほど重要視してくれと願うつもりはないし、逆に自分から彼に献身的に尽くすつもりもない。そもそも、そういう立場は同じ生徒会のマツカが占めている。
 ―――ただ。
 下手な好意より仮にも「身内」である存在へ向ける複雑な感情の方が余程厄介ではないのかと、普段は自信家のシロエもこの時ばかりは先の永さを思って溜息をつくのだった。




「―――意外だ」
「何がだ」
「もっと不器用かと思ってた」
 キースが食器棚からカップを取り出し、丁寧にコーヒー豆を挽くのを見てジョミーは素直に賞賛した。
 台所は一面が清潔な「白」で埋め尽くされている。カップやソーサーが何処にあるのかを初来訪のジョミーが知るはずもなく、キースの指示通りに棚から食器を取り出した後はおとなしく彼の支度を見守っているしかなかった。
「豆ごとカップに入れたりするのかと思ってたよ」
「ふむ。確かにそうしたこともあるが―――」
 あるんかい。
「途端、ブルーに実に憐れな表情で見詰められた。奴の表情はデフォルトで笑顔だが嘲笑や苦笑に憐憫がブレンドされると実に腹立たしいものだ」
「ふ、ふーん?」
 なんと答えたものか分からず、ジョミーは手近な椅子に腰掛けた。挽き立てのコーヒー豆の香りが辺りに漂う。
「クッキーを皿にあけておけ」
「………了解」
 従うのは癪ではあったが仕方がない。下手なプライドを持ってたって意味がない場合があることを流石にジョミーだって知っている。
 包装紙を破いて中身を取り出し、一枚ずつクッキーを皿に並べていく。空き箱を両手に抱えたままでいたら、「綺麗な模様をしているものは後で近所の好事家に持っていく」と告げられた。破いたまま放置していた包装紙も綺麗に折り畳んで箱に重ねれば礼を言うかの如く会釈されて。
 ………微妙に調子が狂う。
 学校ではもっと尊大で傲慢だったと思うのだが、やたら謙虚にも思えてしまうのはここが彼の「家」だからなのか。
「ほとんどひとりで準備できてるじゃないか、キース。僕を手伝いに呼んだ意味はあったのか?」
「両手を使おうと盆を使おうと二人前以上のメニューを運べた験しがない。四人分など自殺行為だ」
「自信満々に言うなよ」
「ただの事実だ」
 下手な意地を張ってもすぐにバレる、と答えた彼は沸騰直前の湯をドリップ用のポットに注いだ。
 宙を漂う湯気を自然と目で追いながら問いを発する。
「………キースって、ブルーとどんな関係なのさ」
「見ての通りだ。同校の徒、同級生、生徒会長と副会長、クラスメート、隣人、幼馴染、義兄弟。他に何かあったか」
「や、そうじゃなくてさ」
 なんというかもっと―――精神的なものについて尋ねたかった、ような、気が。
「なら、もっと具体的に答えてやろうか」
 コーヒーの出方を眺めながらなんでもないことのようにキースが続ける。
「奴は敵だ」
「敵?」
「貴様は奴の外面と一見して礼儀正しい態度に騙されているようだが、あれほどに腹黒くて底意地が悪くて高慢な人間を、オレは他に知らない」
 でなければあの生徒会メンバーを纏め上げ、あまつさえ他校の運営にまで口出しをする等と言う破天荒な真似が出来るはずもない、と。
 言い切られてしまえば反論も難しくなるのは何故だ。もとより、ブルーが一筋縄では行かないことは知っているし、ああ見えて自分勝手で周囲の迷惑を顧みない部分があることも知っているつもり、ではある。何せ全校生徒の前でいきなりジョミーを次期生徒会長に指名してくれたヒトなのだ。
 あれは驚いた。
 本当に前触れがなさすぎて驚いた。
「幼少の砌より家が隣だからと言うだけで幼稚園の送迎は常に一緒、どちらかの家の親が不在なら必然的に一緒に留守番、夏休みの宿題は強制的に共同研究、レポートの提出前には必ず互いのチェックが入る。オレの自由はどこにある」
「なに羨ましいこといってんだ!!」
「それは貴様が奴に惚れてるからこその感想だ。何故いちいち敵と対面しながら過ごさねばならんのだバカらしい!」
 舌打ちと共にキースは長めの前髪をかきあげた。
 相手を好ましく思っていれば振り回されることに幸福を覚えたりもするだろうが、好きでもなんでもない人物に振り回されることは不幸でしかない。
 だったら無視してやればいいじゃないか、と思えども。
「奴が他人の我侭を許すと思うのか?」
「………思えないね」
 微妙に視線を逸らしつつもジョミーは同意を示した。
 とにかく、と食器をトレイの上に並べながらキースが溜息をついた。
「お前たちが意気投合してくれたのは僥倖だ。奴は奴でお前には甘くなるようだし、お前はお前で奴の我侭に振り回されることに喜びを感じているらしいからな」
「別に振り回されたくて振り回されてる訳じゃ―――」
「だから。とっととしっかりはっきり奴を引き取れ。なんなら熨斗つけて送ってやるぞ」
 びしり! と不躾にも人差し指を顔に突きつけられて。
 非常に微妙な憤りを覚えた。言葉だけを捉えれば「ふたりの恋路を応援してやる」と聴こえなくもないし、口下手なところもある副会長殿は実際にそのつもりなのだろう。
 けれども、だ。
 甘くなるのは即ち年下だからと線引きしているのかもしれず、我侭をいわないのは遠慮しているのかもしれず、互いが互いを単なる同級生だ隣人だ敵だと罵ろうとも余所から干渉しえない関係性―――絆、が築かれているのなら。
 充分ではないか。
 確かに自分は多少なりともブルーから思われているだろうし、同時刻に自分とキースに何かあったなら迷いなく自分を優先してくれるに違いない。
 そのぐらい大切に思われていることは何となくわかっているが、だがしかし、キースを放置しておくことは即ち彼に向けた無自覚な「信頼」と取れなくもなく。
(………頭痛くなってきた)
 そっちのトレイを持てと命令してくる副会長を前に、ジョミーは己のこめかみを拳で軽く叩くのだった。








「―――!」
 ぱちり、と。
 音まで聴こえそうな勢いでジョミーは眼を開けた。
 ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。
 己の居場所を確認するまでもない。辺りに満ちた静謐、満たされた水、薄青い光。
 白いシャングリラの中の一室―――ソルジャー、と呼ばれる人物が眠るための。

『起きたのかい………ジョミー』

「ブルー?」
 やわらかく響いてくる思念にジョミーは漸く腰を上げた。
 失態だ。幾ら彼のベッドの枕元とはいえ、床に腰を下ろしたままこんなにも深く寝入ってしまうなんて。
 自分を助ける際に力を使い果たし、いまではもう起きている時間より眠っている時間の方が長い人物は青白い光の中で静けさを湛えている。
 もう一度、あの、赤い瞳を見せてくれないだろうかと。
 こちらが願っていることなど筒抜けに違いない。
『随分と深く眠っていたね。何か、いい夢でも見ていたのかい』
「え? ええ、そう―――ですね」
 直前までは確かに覚えていたはずなのに、目覚めてしまえば何もかもが曖昧で掴み所がない。
 垣間見たものを直接「映像」として彼に伝えたくとも、コントロールが下手な自分がやったらきっと、彼に負担をかけてしまう。
「………あまりよく覚えてないんです。でも、―――楽しい夢でしたよ。僕もあなたもミュウではなくて、学校の先輩とか後輩とかがいて、いつも大騒ぎで」
 黒髪の後輩。
 心なしかシロエに似ていた気もする。
 黒髪の先輩。
 何だか妙に反発していた気がする。
 そして。
「でも、そこが何処であっても、いつであっても、やっぱり僕にとってはあなたが一番で―――あなたは相変わらず自分勝手でひとでなしで周囲を振り回してばかりなんだけど」
『ひどいなあ』
「本当のことでしょう?」
 くすくすと、笑う思念にこころが踊る。
 ほんの少しの安らぎの後にどこか躊躇いがちな声が響く。
『すまない、ジョミー………君に、普通の人間としての生き方を捨てさせたのは僕だ………』
「ブルー。いいんです。いまの僕はミュウで、確かにヒトとして生きられなくはなりましたが、それを後悔してる訳じゃない」
 何度も繰り返された会話を、また、繰り返す。
 しばしの沈黙。
 のちに、ブルーがぽつりと呟いた。
『君の、見た夢―――』
「はい」
『正夢………だと、いいね。予知夢。ではなくとも。いつか叶う夢ならば―――』
 ミュウもヒトも関係なく。
 笑ったり喧嘩したり理解しあったり反発したり、時に煩わしく感じられることばかりだったとしても。

 きっと、それが、一番いい。

 そうですねと答えながらジョミーも願う。
 叶うなら、今し方の夢が決して、ただの白昼夢では終わらぬようにと。

 

 


 

夢落ちにするかは最後まで迷いました。

でも、夢落ちにしないとジョミブルにならないと思いました。 ← おーい。

それ以前に、シロエを出そうとしたら微妙に現在パラレルいれないと話が作れなかったんですよねー(哀)

 

こんなんでも、少しでも楽しんで頂けたなら幸いですーv

リクエストありがとうございました♪

 

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女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理