夜半を過ぎて尚明るい空をサーチライトが飛び交う。白く高い壁に囲まれた宮殿は闇夜に溶け込むような黒い衣服を纏った集団に守られている。
物々しい警戒。
彼らは法治国家において重火器類の所持を正当に認められ、逆らう者あらば容赦なく銃殺してよいとの「特権」も有している。蟻の子一匹、見逃さぬように警戒を強め、ニンゲン自身の「目」のみならず二重三重の見えない防御を張り巡らせている。 それほどまでに守りたいのか―――「マザー」という旧世代の遺物を。
遠くよりその光景を透かし見ていた人物はゆっくりと瞳を閉ざす。
次に深紅の眼差しを明らかにした際には眼前から白亜の宮殿は消え失せていた。ただそこにあるのは室内の見慣れた、薄汚れた壁のみである。
目の前の窓は大きく、夜の街並みを映し出してはいるが、閉ざされたまま開くことはない。
傍らに控えていた影が『帰還』を察したかの如く動いた。
「如何でしたか、ソルジャー」
「うん………相変わらずだね」
いまもかつても同じ、付き人として控えてくれているリオにブルーは微笑をもって応えた。
「過去を彷彿とさせる厳重な警戒の中に『彼女』は眠っている。どれほどの時が流れようとも、他者を排斥したがる者が生まれるのは避けられないようだ」
未だ存在を確立されぬ「天なる者」が、異物を乗り越えてこその成長とばかりに僕達のような「モノ」をつくったとあらばそれはそれで憂うべき事態だけれど………と、薄く透明な笑みと共にきつい言葉を呟きつつ。
「ケトラ、コーク、ビーナ、カセドラ、フラー、ファレト、ツアー、ローム、イエッツァー、クート………十の都市の門が開けども秘められし都市『ダト・エナ』への道は見当たらない。他の経路を考えるべきかもしれないね」
リオが不安そうに眉根を寄せた。
自分たちの指導者は強力なサイオンを持ち、故に孤高である。ソルジャーの傍に並びたてる者はソルジャーのみ。
だが、ブルーはそれを忌避するかの如くジョミーには何も伝えないでいる。
懸念に揺れる心を読み取ったブルーは椅子に深く腰掛けたまま、自嘲を交えた声音で語る。
「リオ………僕はいまでも思うんだ。かつて、僕達がまだ遠い遠い宇宙にいた頃に」
数多のミュウのためだと、寿命の残り少ない自分の代わりにと、半ば強制的にジョミーを目覚めさせた。
最初は拒否していた彼を脅し、宥め、優しさにつけこんで地球へ進路を取るよう誘導した。
ジョミー自身が強くなければ到底耐えられるはずもない………永く、孤独な、つらい旅路へ。
「彼を巻き込んだことは―――果たして正しかったのだろうかと」
例え当人が強く否定を返したとて、この疑問は、ブルーが『ブルー』の記憶を持ち続ける限り永久について回るのだろう。
そして、以前にもまして彼を巻き込みたくない理由がある。
転生後も強力なサイオンを持つブルーが、敢えて遠く離れた都市から他の都の様子を伺うのは―――突き止められる危険性を秘めているからだ。
ミュウの能力を持つ者に密かに接触できるようにと張り巡らせたアストラーペさえも場合によっては閉ざさざるを得ないのかもしれない。
この星の中枢に巣食うもの。
かつてと同じ『マザー』を玉座にいただきながら、異なる力を併せ持つモノ達。
「彼らは………僕達と同じ。『ミュウ』だからね」
真紅の瞳を瞼の裏に閉ざし、ブルーは強く、ジョミーに会いたいと願った。
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