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014.無意識の喪失
それは何気ないただの通信だった。 成績上位者だけに行われる課外授業。宇宙船にひとりで乗り込んで遠く管制室の指示を受けながら数日を過ごす研修を、偶々今回は自分が受けただけだ。スウェナは先週、受講したらしい。お前は受けないのかとサムに問えば「オレはお前とは違うからな」と苦笑された。 何が違うのか分からない。彼にそう言われると胸の奥がもやもやとした。 しかし、メンバーズになるためにはあらゆる課題をこなさなければならない。ロビーで見送ってくれたふたりに手を振って、ひとり孤独な小型宇宙船に乗り込んだのは42時間ほど前のことである。 極秘で通信してきたサムの相談内容はかなり暢気なものだった。 「公式を当てはめるだけだろう?」 「『宇宙航学』は苦手なんだよ」 「スウェナには尋ねたのか」 「自分で解かなきゃためにならないってさ。ま、もっともだけど」 なんにせよお前に訊くのが一番確実だしと言われれば悪い気はしなかった。 「そういや今日、講義ん時に話が脱線したんだけど、その脱線した話題の方で女子連中が盛り上がっちまって」 「珍しいな」 「なにせ内容が『若さを永遠に保つことは出来るか』だもんなあ。精神が若ければ年老いることはないとか、そんなことは有り得ないとか、ほんと女子はそーゆーのに敏感だよな」 画面の向こうのサムが陽気に笑う。 「教授曰く、実際にそういった報告例もあったらしいぜ。特殊な能力に目覚めると老化しなくなるとか、時間の流れが遅くなるとか、長寿になるとか。外見年齢が若いまま長生き出来るってんなら憧れる連中の気持ちもちょっとは分かるぜ」 「人類の見果てぬ夢だな。サム。お前もそうなりたいのか」 「うーん………まあ、歳を取ると体力も落ちるし、大変だよな」 でもほら、マザーの福祉はきちんと行き届いてるし、と前置きして。 「歳を取るのが当たり前なんだから構やしないさ。オレが歳を取ればお前も歳を取るし、スウェナだってそうさ。いつまで経っても子供のままでいたらそりゃあ変だろう?」 「確かにな」 己の口元が自然と微かな笑みの形を描くのを感じた。 いつまでも外見が変化しない生き物はそれだけで何処か「外れて」いる。 更に幾つかの言葉を交わした段階で通信を終了した。 船内で行った研究の結果を担当教授に報告しなければならない。並んで足早にロビーを歩きながら、後で会おうと約束する。 「キース! その………悪い、後でいいんだけど問題の解き方おしえてくれないか?」 「問題?」 「ああ。どうしてもこの問題だけが解けないんだ」 彼が指差したのは。 「―――それなら、この前、解き方を教えただろう?」 「何いってるんだよ、キース」 サムは少し心外そうな瞳で言い返した。 「オレがこの問題について訊いたのは今日が初めてだぞ」 「………」 同じ問題の解法を幾度も尋ねるほど抜けてないと彼は憤慨してみせる。後ろに控えていたスウェナは呆れたように肩を竦めてみせた。 「駄目じゃない、サム。自分で解かないと意味がないでしょう?」 「そりゃ、そうだけどさ―――」 ………なんだろう。 何かが、足りない。 「サム」 「なんだ?」 愚痴を零していたサムが不思議そうに振り返る。彼の様子に、何ら変わったところはない。 だけど。 「この前、話していたことだが―――」 「この前っていつのだ?」 「研修に出ている間の話だ。通信をくれただろう?」 「ええ? おいおいキース、大丈夫か?」 驚いた表情を浮かべてサムが肩を叩いてきた。 「オレはお前に通信なんか入れてないぞ。大切な研修中に邪魔なんかするはずないじゃないか」 「―――」 「………もしかして、寝惚けてたんじゃないのか?」 お前が寝惚けるなんて有り得ないけど、と笑われて。 でも、体調が悪いようだったらきちんと医務局に行くんだぞと、同じぐらい心配そうな表情で見つめられる。背後のスウェナも気遣わしげな眼をしていて、よく分からなくなってくる。 きっと、自分は疲れているのだ。揺らぐ視界にそう結論付けた。 |
さり気に原作のネタバレをしてるよーなしてないよーな(どっちだよ)。
突き詰めればかなり怖いテーマになるんでしょーけど如何せん筆者が筆者なのでぬるいぬるい。
少しでもミュウを連想させる会話があったら悉く記憶を消去してたんじゃないかなーと
思ったので―――ええ、それだけです(きっぱり)。原作キースだとすぐに「これはおかしい!」と
追求に走りそうだから、これはアニメ版のひよこキースってことでお願いします(笑)。