その日は、本来であれば特別な日になるはずだった。









「やあ、今日もいい天気だね」

『そうだね』

「だと言うのに君は相変わらず顔が青白い。もっと健康に気を配りたまえ」

 彼、は椅子に腰掛けてコーヒーを飲みながら低く笑う。
 顔色が悪いのは生まれつきか後天的なものかあるいは君が『幽霊』だからかとかつて何度も意味なく繰り返された問い掛けを今日もまた。

 彼、に出会ったのは本当に単なる偶然だった。
 彼、が研究者だったのも偶然だった。

 その後の出会いは自分から訪れたくて訪れた。彼、ならばもしかして―――自分たちと、人間の、架け橋になってくれるだろうかと思えたから。

 彼、は自分と会ってもあからさまに拒絶することはなかった。
 面白い存在だと驚きはしたが内面は純粋な好奇心と喜びに満ちていた。
 特殊な能力があろうとなかろうと同じ『ニンゲン』だと考えていた。

 ―――嗚呼。

 この、管理が行き届いた世界において、それがどれだけ貴重な感情か分かるだろうか。

 彼、はいつも笑いながら告げる。

「この論文を発表して君たちの存在が公にされた暁には、是非とも君たちを検査させてもらいたいものだね。何が君たちの寿命を延ばしているのか? 何故、君たちは体力的に劣っているのか? 研究者として興味は尽きないね」

『………うん』

 言葉だけを捕らえればアルタミラの学者連中と同様の捨て台詞。

 けれども隠し切れない心配、好意、気遣い。
 虚弱に過ぎる自分たちを救う手立てがないかと奔走する意志が垣間見える。だから彼、の言葉は荒っぽくとも、いつもこころが穏やかになった。

 今日こそが彼、の晴れ舞台。
 今日こそが始まりの日。

 ふと彼、が表情をあらためた。

「なあ、………頼みがあるんだが」

『なんだい?』

「君たちが世間に受け入れられるまでは永い時間がかかるだろう。もしかしたらこの先もずっと、受け入れられることはないかもしれない。だが、それでも」

 君たちは、と。

 唇が動いた瞬間。




 ―――殺気を感じた。




『伏せろ!!』

 咄嗟にサイオンで相手を弾き飛ばす。
 窓ガラスが割れる、机の上の花瓶が吹き飛ぶ、砕けたコーヒーカップが床に散らばる。
 遠く、遠くより飛来しただけの思念体で抗いきれるはずもなく。

 足元に散らばるのは、真紅。

「………せよ、―――が、―――!!」

「は、見つけ―――射殺………!!」

 ドア付近に渦巻く多くの声、人、人、人の気配。つい先刻までは微塵も殺気を感じさせなかった特殊訓練を受けた兵士たち。
 呆然と佇む自分の、床さえ透けて見える頼りない足に弱々しく彼、が触れた。

「………に、を………て、る………」

『僕、は―――』

「く―――」

 伝わらないはずの言葉が思念を通じて伝わってくる。
 彼、の。
 怒りよりも悲しみが、焦りよりも不安が、後悔の念よりも謝罪の言葉が。

 ………つたわってくる。

 ―――にげろ。

 にげるんだ。

 もうすぐやつらがここにやってくる。
 わたしのそんざいはまっしょうされる、きおくからけされる、だから、はやく。
 はやく。

 ―――はやく。

 扉が破られる。銃口が一斉にこちらを向く。
 咄嗟に身を翻し、その場から『飛』んだ。

 最後に見たのは、流れ弾を受けて飛び散る彼、の赤、だった。







「ソルジャー………大丈夫ですか」

 静かな。

 静かな、蒼い部屋に最初に響いたのは共に歩んできた仲間の気遣わしげな声だった。
 これまで自分が度々何処かに『飛』んでいるのを知っていた彼は、急に戻ってきた自分にある種の予感を抱いたのだろう。
 ベッドに横たえていた身を起こし、軽く額を抑えてから答えた。

「―――僕は、大丈夫だ。ハーレイ」

「一体、何が………」

 眉をひそめてみせる相手に。

「ハーレイ。彼が、―――死んだよ」

 淡々と答えのみを示せば息を呑まれた。思念で先触れするでもなく、言葉を濁すでもなく、ただ事実をあるがままに。
 またしても我々は『理解者』を失ったのかと彼の精神が悲哀に沈む。
 だが、それを悟らせたのはほんの一瞬だった。一番に悲しんでいるのは己ではないと感情を封じて呟きのみを返す。

「………そう、でしたか」

 静かに立ち上がり、彼に背を向けたまま室内に満ちる水面へと目を向ける。




( ひとりにしてくれないか )




 声に出さずとも彼には伝わったはずだ。
 深く、一礼した彼が扉をくぐり、遠ざかっていく気配を感じる。

 手袋に覆われたままの右手を見遣り、少しだけ、瞼を閉じた。
 現実の身体には受けていないはずの、彼、の赤がこびり付いているような気がして。

 ―――いつからだろう。

 悲しみに泣いていたはずの己がそれだけでは泣けなくなったのは。
 叫ぶことをやめたのは。
 叩きつけるような激情を隠すようになったのは。

 嗚呼、何と言うことか、最早この身には。

 報われない願いを抱く程、体制への反抗を露にする毎、呼び掛けても応えない世界への絶望より先にかつては当たり前だったはずの泣くほどの激情や哀切や後悔や憤りの全てが、

 


028.こうやって少しずつ奪われて行くのだ


 


―――遠かった。

 

 


 

原作で「偶にできた理解者もすぐに殺されて」みたいなセリフがあったので適当に捏造(待て)。

ジョミーと知り合うより遥か前に、有望な協力者を失っちゃったブルー、かもしれない(おい)。

彼は50年に1回泣けばいい方らしいので………。

本来のブルーはもっと腹黒いっつーかちゃっかりしてるからこんな簡単に支援者を

殺されたりはしないと思うんですが(笑)そこは見逃してくださると有り難いっす。

 

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