何の気なしに。

「そういえば、どうしてあなたはそんな格好をしているの?」

 と、尋ねたら何だか物凄く嫌そうな表情をされた(実際は眉を少し顰めただけだったけど感じ取れてしまう能力は厄介だ)

 


パーフェクトブラック・ブルーローズ(2)


 


 臨海学校と言ってもこなすべき課題は少なく、空き時間は他校生との交流に当てることが出来た。それをいいことに彼を引っ張り出して穏やかな風が行き過ぎるカフェテリアに連れ出して。
 相変わらずの銀糸が陽光を弾き返すのを眺めていたらふと口をついて出たのが先刻の言葉。

 何故って、いまの彼の格好は―――かつてを知る者からすればあんまりにもあんまりだったから。

 軽く撫で付けただけでまとまっていない髪(それでも綺麗だ)、瞳の色を隠してしまうほどに分厚い瓶底眼鏡(ダテ眼鏡だそうだ)、全身を覆うだぼだぼ上着とゆるゆるズボン(旧時代の苦学生みたいだ)

 よくもまあこのナリで彼を見い出すことが出来たものだと今更ながらに自分で自分に感心する。

 彼はため息をついて眼鏡を外す。真紅の瞳が銀髪の間から覗いた。

「ジョミー………かつての僕が何故あんなにも外見に気を使っていたと思う?」

「え?」

「常に戦闘服をきっちり着込み、補聴器を外すこともなく、目の下の隈や寝癖や欠伸やくしゃみなどもってのほか。何故だと思う」

 言われてみれば、確かに。
 彼のなりは常に「完璧」に近いものだったけれど。

 僅か一度のため息の後に、彼はやたらサバサバした感じで言い放った。




「『使える』からだよ」




「………は?」

 使えるって―――何が。

「勿論、僕にとって最も能力を発揮できるのがあの肉体年齢だったという事情もある。ただ、それ以前にね、外見が良ければ広告塔として使えるだろう?」

 にっこりと笑う彼は、たぶん、いや、確実に。

 相当に腹黒い。

「僕は皆を導く『象徴』であらねばならなかった。古今東西、歴史を振り返ってみても祀り上げられるのは見目麗しい少年少女ばかり。筋骨隆々の戦士や厳しさを感じさせる賢者もいいだろう。だが、それは僕らの価値観にそぐわなかった」

「………要は美意識の問題ですか」

「そうだよ」

 よく分かってるじゃないかと素直な肯定。

「考えてみたまえ、ジョミー。当て所ない旅路に出るにあたっての長の外見がよぼよぼの老人なのとピチピチ20代と。君ならどちらについて行きたい」

 ピチピチって―――ソルジャー。

 いえ、ブルー。

 喩えが微妙に古いです。

「信仰の対象たる偶像は可能な限り穢れなく美しく清廉であるべきだ。彼らがそう願ったから僕も出来る限りそうあろうと努めた。………それに、いつか地球の人たちと語り合う機会があったなら、やはり若い方がウケがいいだろうと思ってたんだ」

 小賢しそうな老人よりも経験浅そうな青年の方が警戒心を解けるかな、って。

 そう語る彼はこの上もない本心なのだろうが、如何せん、彼の場合は喩え外見が青年だろうと老人だろうと、その視線の強さだけで相手を圧倒していただろうことを分かっていない。

「どうしてそれが先刻の質問の答えになるんです?」

「………ひとは一般に、綺麗なものを好むと喩えたかっただけだ」

 ほんの少しだけ彼は遠くを眺めた。

「こっちの世界の僕の両親は―――その、すごく、僕を愛してくれて。まさか生まれ落ちた瞬間から僕に意識が芽生えているなんて知る由もないし、毎日毎朝カワイイとか綺麗とか大好きとか」

 ちょっとだけ彼の頬が赤くなる。

「自慢の子供だと浮かれ調子で振袖を着せたりウサ耳をつけたりフリフリワンピースを着せたり」

「嘘っ、ワンピース!? 見たい!! 写真ない!?」

「ジョミー。話は終わっていないよ?」

 にっこりと微笑まれた。

 ………あ。

 なんか、怖い。

「まあ、とにかく。両親は僕を散々連れ回して町内を練り歩いた。その結果どうなったと思う」

「どうなったの?」

 微妙に嫌な予感がする中で。




「3147回」




 さらりと彼が口にした。

「生まれてこの方、正確には0歳から10歳までの間に僕が誘拐されそうになった回数だ」

「………は?」

 さんぜんひゃくよんじゅーななかい??

 テーブルぶっ叩いて椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。

「ほとんど1日1回ペースじゃないか!!」

「うん。だからね、流石にうんざりしてしまって」

 ベビーカーごと攫われそうになったり、ひったくられそうになったり、自宅で留守番をしていても誰かが邸内に侵入したり。サイオンに目覚めていなかったら本気で危なかった事態も一度や二度ではない。
 あまりの発生頻度に、ウチは資産家でもないのにおかしいわねぇと悩んでいた一家が、漸く彼の外見に思い至ったのは10年も経過してからだった。気付くのが遅すぎたと言えよう。

 外した眼鏡を手元で弄りながら彼は苦笑する。

「いまのこの格好は自衛のようなものだ。僕自身は誰が寄って来ようと追い払うだけの自信はある。だが、両親に無用な心配はさせたくない」

「………そうですか」

「それに、いいこともある。この格好だと皆が割りと気さくに声を掛けてくれるんだ。おかげで友人もたくさん出来た。ねえ、ジョミー! 生憎と僕は運動が苦手だったけど、皆と一緒に泥まみれになって遊べるのはなんて楽しいんだろうね」

 彼は瞳をキラキラと輝かせた。

 確かに、彼と遊ぼうなどとかつての仲間の誰が思えたろう。
 彼は崇拝と畏怖と親愛の対象であり、ミュウの歴史の象徴のようなひとだった。だからこそ引かれた見えない一線が彼を寂しがらせていたとしてもおかしくはない。




 ―――でも。

 彼に、親しい知り合いが出来るのは。




 一頻り嬉しそうにしていた彼が少しだけ表情をあらためる。テーブルに頬杖つきながら。

「けれど、ジョミー。君が望むなら僕はあの頃の姿に戻るよ。君は僕の外見が好きだったろう?」

「………なんでそんなことを?」

「だって、青の間に訪れた君は常に30分ぐらい時間を費やして僕の外見を隅から隅まで称賛し」

「どうしてそんなことまで覚えてるんですか、あなたは!!」

 顔から火が出るかと思った。

 テーブルに突っ伏して両腕で頭を抱え込む。なまじあの頃の感覚を思い出せるだけに厄介だ。
 こちらを慮る様子のない相手は「褒められる感覚はくすぐったくて気持ちよかったんだけどな」と続けてくれる。
 だから、その感覚を失ったのは素直に勿体ないと。
 少しだけ寂しそうな態度を滲ませて。

「それに―――君は、女の子にもてるから」

「え?」

「ちょっとでも気を引いておかないと………」

 僅かに視線をそらしてぼそぼそと零す。
 ―――こんなに分かりやすい態度なんて。かつては望むべくもなかったことだ。

 自然と頬が緩んだ。

「………いまのままでいてください。以前と同じ姿だと敵が増える一方で僕が困る」

「ジョミー?」

「外見が違っていても、僕ならあなたを見つけられるって信じてくれてたんでしょう?」

 確かにあなたの姿も好きだったけれど、それ以上に惹かれていたのは孤高に過ぎる彼の魂だった。それを違うことなく見い出した己が誇らしい。

 頬杖つくのをやめて彼は瞳を瞬かせると。

 やがて、どれだけ偽ろうとも隠しきれない綺麗な赤い瞳にこの上もない喜びを滲ませた。




「信じていたよ、ジョミー。僕が君を見間違える訳がないのと同じぐらいの強さでね」




 君が僕を見つけ出せなくても、僕はずっと君を見守るつもりでいたと告げられて。

 果たして本当に信じてくれてたんだろーかとちょっと泣きたくなった。



 

※WEB拍手再録


 

何故に私の描くブルーは腹黒い………。

いや、絶対にあの方、自分の外見も手数のひとつと考えてましたって………。

でも自分じゃ自分の外見がキライなんですよ。

フィシスを見て「本当に『綺麗』とはこういうことだ」とか密かに思ってたんですよ。

仲間を護るに相応しいゴツイ肉体が欲しかったんですよ(笑)。

夢見すぎですか。そうですか。

それ以前にブルーの外見を改竄したことに謝れ、自分。

 

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