パーフェクトブラック・ブルーローズ(5)
「あの………本当にすいませんでした………」 「いいよ、別に。気にしてないから」 爽やかな朝の光が差し込むカフェテリアでコーヒカップを手に軽やかに笑う彼の姿に、ジョミーはますます消え入りたい気分に駆られた。 ―――幾ら取り乱していたとは言え、あれはないだろう、あれは。 ジョミーの頭に萎れた犬猫の耳でも見えているのか愉快そうにブルーが笑う。 「あまりにも幼かったと悔いているのかい? なに、人間、落ち込んだ時にはぬくもりを求めるものだ。君のためなら僕だって一肌脱ぐよ」 「もう何も言わないでください………」 呻きながら再度テーブルに突っ伏した。 あまりにも悪すぎる夢見に彼の部屋へ逃げ込み、ついでに眠り込んでしまったのが深夜のこと。 押し掛けた挙句に部屋の主のベッドを乗っ取って眠り呆けてしまうなんて穴があったら入りたいくらいだ。しかも寝起きの直前まで「ふかふかしてるー、あったかーい、いいにおーい、気持ちいー♪」と盛大にしがみついていた対象が枕でもシーツでも布団でもなく紛れもない彼自身だったと知り様々な意味でジョミーは懺悔したくなった。 ブルー当人はまったく意に介していなかったようだが―――それも、どうなんだろう。 何にせよ、他者に気付かれる前に自室に帰り着けたことだけは幸いだった。あのままブルーと一緒にいるところを発見されていたら、と考えるとゾッとしない。自分だけならまだしもブルーにまで責が及ぶ可能性があったのだから。 「あまり落ち込まないでくれたまえ。僕も久しぶりに誰かと一緒に眠れて楽しかったよ」 はい、そうですか。 気分はまだまだ塞いでいたが、残り少ない臨海学校の間中こうしているのは勿体無い。考えを切り換えると、昨日の時点で言い忘れていた内容を口にのぼらせた。 「あの、そういえば、ブルー」 「なんだい?」 「今度、ウチの学校へ遊びに来ませんか。ここには居ませんけど、下級生にカリナやニナがいるんです! 確かそんなに遠くなかったよね?」 きっとみんな喜びます、と告げれば彼もまた楽しそうに微笑んだ。 「そうか………彼女たちは君のもとへたどり着いたんだね。他にも、君の傍に?」 「えっと、サムとかスウェナとか―――ミュウの仲間だとキムとかハロルドとか」 自分が『若い』世代であったためか、転生後の傍にある人物もナスカ開拓に協力した者たちが多い。カリナとニナのふたりは仲良しで、彼女たちとは部活動が一緒で、キムやハロルドは同い年だけど偶々この臨海学校には参加してなくて、と言葉を重ねた段階で。 微笑みながら黙って耳を傾ける彼の様子にふと気がついた。 彼は何も言わないけれど。 ―――もしかして。 「………ブルー」 「うん」 「―――あなたの傍にも、誰かいるんですか」 「いるよ」 問い掛けはあっさりと肯定された。 「最初に会ったのは、そう、フィシスだったかな。君と同じように再会するなり泣かれてしまって」 街中だったからすごく困ったよと幸せそうに笑う。 「彼にも会ったよ。君が以前に助けたいと願った………シロエに」 「え?」 「生憎とあまり話をしたことはないけれど、とても明るくて、元気で、頭のいい子だね。ひとつ年下だけど僕の学年まで彼の噂は届いている」 教師を説き伏せたりおとな顔負けの論文を書いたり生徒会長に挑戦状を叩きつけたり、とにかく、快活で面白い子だよとこころの底から嬉しそうに笑う。 彼が微笑むと、嬉しい。でも。 ―――でも。 「………あなたはシロエが好きなんですね」 「好きだよ」 やはり躊躇いなく肯定して、ジョミーが答えにつまる前に続ける。 ―――よくよく考えるとかなりすごい言葉だった。 先刻とはまた別の理由からテーブルに顔を突っ伏す。とてもじゃないが彼を見ていられない。いや、こんな表情など見せられない。 「君の傍に、僕に似たヒトはいなかったのかい?」 「―――あなたに似たヒトなんて、世界中の何処を探したって、居ません!」 そこだけは思い切り否定を篭めて睨みつけた。 リオやハーレイ、ゼルなどの、所謂『長老』と多く再会したよと彼は語る。どうしても世代の格差を感じてしまうのは僕らが生きていた年代を考えれば仕方がないのかもしれないね、と。 「………そんな顔をしないでくれたまえ、ジョミー。いつ、何処で、誰に出会うかなんて僕たちにどうこうできる問題ではないよ。だから、ね」 一番に辿り着けなかったからって想いが劣っていることにはならないよ。不機嫌にならないでほしい。 弱りきった口調で告げられて、漸く自分がひどく不安定な気分でいることを自覚した。 ああ、だって。 会いたくて会いたくてならなかったヒトに他の誰かが先に出会っていた。その事実に、その現実に。 「勝手にこころを読まないでくださいっっ!」 「君の思念が強すぎるんだ」 力は弱くなったと自ら主張しておきながらしれっとした顔で彼は肩を竦めた。傾けていたコーヒーカップを元通りテーブルに戻して。 「………ところでジョミー。君の傍にいる者たちは、僕たちほどしっかりと過去を記憶していたかい?」 「え?」 「彼らと話す内に気付いたのだけれど―――覚えているレベルに違いがあるようで」 非常に細かく覚えている部分と、ひどく曖昧な部分と。 出会ったきっかけは覚えていても別れの場面を記憶していなかったり、船で生活していたことしか覚えていなかったり、顔と名前を一致させることが精一杯だったり。 そして、その代わりのように彼らは失くした「感覚」を取り戻していた。 「僕や君のように、過去には遥かに劣るものの、記憶も、力も、保持し続けていることは極めて異例なのだよ」 決して揺れることのない声で語る彼の表情は終始一貫して穏やかだった。 言われてみればそうかもしれない。 ブルーは静かに目を閉じた。 「何故、彼らが過去のことをほとんど覚えていないのか―――考えてみたことはあるかい?」 「いいえ」 「たぶん、過去の記憶などというものは本来的に不要なのだ」 再会した当初と似通った言葉を彼は口にする。 「記憶を有していることに意味があるとするならば、現在において同じ過ちを繰り返さないためだろう。だが、言ってしまえばそれぐらいしか利点はない。既に転生した以上は新しい感情をもってすべてに当たるのが正しい姿なのだ」 忘却を罪と取るか慈悲と取るかはひとによって異なるだろう。 「―――要らないって、こと?」 微かに震えた問い掛けにブルーは気遣わしげに眉根を寄せる。 「少し、違う。僕は『ブルー』だけれど彼自身ではなくて、君は『ジョミー』だけれどジョミーではない。僕たちは彼らに限りなく魂が近い存在ではあるけれども同一視されるべきではないんだ」 フィシスはフィシスであってフィシスでなく、サムはサムであってサムでなく。 出会って来た過去の面影を宿す人々にかつての記憶を求めたとて。 「正直―――君の記憶を、消そうかとも思った」 「え………?」 少しばかりバツが悪そうに彼は目を逸らす。 「苦しむぐらいなら消し去った方がどれだけ君のためになるだろうかと思った。だが、君は捨てたくないと願った。だから、消さない。マザーの轍は踏まない。記憶を手放すなと告げたのは僕だ。けれど―――」 「ブルー?」 閉じていた瞳を開いて独り言のように囁く。 「………お願いだ」 もしも僕らが誰かを罰しようとするならば、人類と戦った僕らも同様に罰されることになるのだと。 自らの罪を問われるのはともかく君が咎められる姿など見たくはない。 遺された記憶は須らく明日へ向かうために与えられた糧なのだ。 彼の言葉は強いと同時にひどく頼りなく、理解できるようで理解できず、かつてもいまも関係なくあなたはあなただと感じている以上、素直に頷き返すことは難しかったけれど。 |
※WEB拍手再録
生徒会長を登場させるための伏線………みたいな?
当方にも見えない場所で生徒会長とブルーの友情が勝手に育まれてるようなのですが
どうすればいいですか(知りません)
言い忘れてましたがこの作品におけるブルーとジョミーは14歳です。
シロエが13歳でフィシスは17、8歳。
生徒会長は15歳(そこだけ名前を伏せる意味はあるのか?)