足元に広がる大地と海を見つめながらゆっくりと降りて行く。
 風を切る感覚が頬に心地よい。先刻までの雨模様も何処へやら、黒雲は遥か彼方へ遠ざかり空も海も目に痛い程の青さを湛えている。時に傍をすり抜ける雲ごしに伝わる水気だけが冷たくとも繋いだ手のぬくもりがあるなら何をか況や、だ。
 上空ほど空気が澄んでいるのかな。ここで吸う空気の方が地上のものよりも気持ちがいい。
 そんなことを考えながらジョミーが深呼吸をした直後。
「………ジョミー」
 ぽつり、と。
 並んで眼下の景色を見つめていたブルーが呟いた。
「すまない」
「え?」
「落ちる」
「―――は?」
 あんまりにもあんまりな言葉に思わず呆けた声を出し。
 た、次の瞬間。

 グンッッ!!

「うおわぁぁぁっっ!!?」
 突如発生した重力に右手を引っ張られて悲鳴を上げた。
 先刻までのんびりと過ぎ去っていた周辺の雲が凄まじい勢いで真横をすり抜けていく。これはもう涼しいどころじゃない、寒いのレベルだ。周囲を取り巻くシールドも弱まっている。
 ブルーが離れないよう必死にてのひらに力を篭めて、尚且つシールドを張り巡らせて、ついでに落下速度を弱めて―――なんて器用な真似、もとより細かな力の調節が不得手なジョミーには酷な話で。
 一気に落ちろと言われたならば逆にやりようもあったろうが、どうにもこうにも自分の中にある『彼』のイメージは未だ病弱で儚げなそれだ。力を篭めすぎたらなんかエライことになるんじゃないかと気が気でないため思い切ることすらできないでいる。
「ちょっ………! 力つきるんならもっと早く言ってくださいよ! 対処しきれないじゃないですか!」
「―――返事がない。ただのソルジャーのようだ」
「ブル―――っっ!!」
 あなた本当はからかってるだけでしょーっ!? との内心の叫びも虚しく。
 甲高い悲鳴を上げながらふたりは揃って海に落ちたのだった。

 


オールウィンドウ・シングルアンブレラ


 

 ぼたぼたと前髪から滴り落ちる雫を首を振ることで辺りに吹き飛ばす。いかな自分たちといえども服を即座に乾かす術など持ってはいないのだから迂闊な真似は仕出かさないでもらいたいものだ。それ以前に、どうしてあの状況で突然に力が抜けるのかと愚痴のひとつも零したくなる。
「地上を見た瞬間に気が抜けてしまったんだよ」
 同じように全身濡れ鼠になったブルーは無邪気に笑っている。暢気なものだ。これでもし未だ雨が降り続いていたならばザバザバと浅瀬を歩くことさえ儘ならなかったろうに。
「………早く部屋に戻って着替えましょう」
 ジョミーにはそう告げるのが精一杯であったけれど。
 視線を傍らのブルーから上空へと、上空から間近に迫った砂浜へと転じて、そこに居た人物に何とはなしに動きが止まる。
 一緒に歩いていたブルーもつられて動きを止める。
 視線の先には、負けず劣らず全身をずぶ濡れにしたキースがいた。負傷した足首に乱雑にハンカチを巻いたのみで砂浜に座り込んでじっとこちらを見詰めている。傍らではマツカが不安げにこちらを見遣っていた。
 左足には体重をあまりかけない絶妙なバランスで彼は立ち上がる。
 どちらに向けているのか曖昧だった視線が先ずはブルーへと向けられて。

「―――おかえり」

 返す側もまた、当然のように。

「ただいま。キース」

 何でもないことのように、幾度も交わした言葉のように、儀式の一環ででもあるかのように。
 瞬間、胸中に抱いた感情を言葉で言い表すのは難しすぎた。
 迷っている間に相手の視線はこちらを向いて、何のわだかまりも見せずに同じ言葉を紡いだ。
「おかえり」
「………」
 咄嗟にジョミーが言葉に詰まったとて誰が文句を言えるだろう。
 漣と共に寄り添ったブルーが励ますように肩に手を置く。言葉にならずとも伝わるあたたかい感情に背を押されて、必要以上に過去に拘ることはやめるべきだと決意した己のためにも、やっとの思いで口を開いた。

「―――ただい、ま」

 小さいながらも返事をすればブルーが嬉しそうに微笑んでくれたから、もう、それだけで報われるような気もした。



 シャワーのコックを捻って流れ出るお湯を止める。借り物のタオルで髪を拭き、借り物の服に身を包んで溜息をつく。
 とにかく着替えた方がいいと比較的近い東エリアの棟へと招かれたのだが、生徒会に割り当てられた部屋にシャワーが備え付けられていたのは僥倖だった。なにせ全員揃いも揃って濡れ鼠だ。ブルーをはじめとする東エリアの生徒はともかく、西エリアの自分ひとりが外で待たされるという事態を避けることが出来たのだから。
 軽く頬を叩いて気を引き締める。
 リビングに出ると白く清潔なテーブルの上でパソコンと睨めっこしているキースが目に入った。所狭しと置かれたノートパソコンの数々は生徒会の業務上必要なものなのだろう。髪が濡れ、肩にタオルをかけている姿からして彼も自室から引き上げてきたばかりに違いない。小さなダイニングではマツカが湯を沸かしている。
 臨時の生徒会室に他の人影は見当たらない。偶々席を外しているのか、人払いをしてあるのか、そこまでは分からなかった。
 改めてキースに視線を転じたが、向けられた側は気付く様子もなく淡々とキーボードを操作している。仕事熱心で結構だ、昔もいまも『機械の申し子』は健在なのかと捻くれたことを考えていた所為か、
「座ったらどうだ」
 視線も寄越さないままに零された言葉が、自分に向けられたものなのだと理解するのに少し時間を要した。
 テーブルの周りの椅子は六脚。誰が座ったところでおつりがくる。
 だが。
 キースの左隣の椅子には彼自身の傷ついた足が乗せられている。病院に行った方がいいと主張するマツカと放っておけばいいと主張するキースが口論した結果、いまここで出来うる限りの処置をとの妥協に至ったのはつい先刻のことだ。
 だから、足首全体を覆う白い包帯の下に眠る傷口がどれほどに惨くて血塗れであったかをジョミーは知っている。
「………キース」
「なんだ」
 名前を呼べば答えが返る。言葉の響きに何かを感じ取ったのか、今度はきちんと視線も交錯した。

 目を、潰してやろうと。
 傷つけばいいと。
 復讐してやろうと。

 考えたのは事実だし、そのこと自体を悔いる心境には、たぶん、まだなれない。
 それでも、彼の話に耳を傾けることなしに力に走ってしまったことは愚かだったと思う。『人間』との話し合いを志していたはずの過去の己にも悖る行為だ―――そんなのは。
 幾許かの不満も抱え込んだまま、ジョミーは深々と頭をさげた。

「―――ごめん!」

「………」
「傷つけて悪かった。謝る。何が理由でも暴力に走っちゃいけなかったんだ、僕は。―――すまない」
 しばしの、沈黙。
 やや離れた場所でコポコポとサイフォンが奏でる音だけが響いている。
「―――お前の、していることは」
 ぽつり、と落ち着いた声が響いた。
 記憶にあるものよりも幾分幼く、やわらかい、『現在』のキースの声。
「傷つけたことを謝る態度だ。殴りつけたことを詫びる態度だ」
「そう、言ってる」
 眉間に皺を刻んだままジョミーが顔を上げると、腹立たしくなるぐらい冷めた蒼い瞳が真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「だが、殴った手の方が痛いこともある」
「は?」
「殴られた側はもとより、殴った側が痛みを感じないかと言えば別の話だ。自身の手が痛かったと思うならその意志を貫けばいい」
「………?」
「それだけの話だ」
 言いたいことを言い終えて満足したのか、再びキースはパソコン業務に戻ってしまう。
 カタカタとキーボードを叩く音と、食器棚からカップを取り出す音。不思議な静けさの中に取り残されたジョミーはしばし途方に暮れた。
 マツカがトレイに人数分のコーヒーを乗せてやって来る。テーブル上にカップを並べ、あらためてジョミーに「どうぞ」と席を勧めた。
「………ありがとう」
 未だ首を捻っている来客を見てマツカが控えめな笑みを刻んだ。
「あの、そんな、気にすることはないと思います」
「え?」
「水に流そうって当人が言ってますから、あなたがこれ以上、キースの怪我のことを気に病む必要はないと思います」
「あれでぇ!?」
 間抜けな声をあげてしまったのは大目に見てもらいたい。
 だって、気にしないでいいって―――先刻の会話の何処にそんな単語が含まれていたと!?
「怒ってたらもっと容赦ないですよ、キースは。ああいう言い方をするってことは、あなたのことが気に入ったんだと思います。安心してください」
「気に入った、ねえ………」
 何となくジョミーは呆れてしまった。
 話題の人物はこちらに気を払う素振りすら見せない。彼の機微を解する人間なんて、それこそサイオンに長けたミュウぐらいのものではないだろうか。
 そこまで考えて、目の前の少年もまた『巻き込まれた』人物だったと思い出す。
「あ………その、ごめん。君にも迷惑かけちゃって。ひどいこと、色々言った」
「いいんです。あなたが怒るのも尤もだと僕は思いますから」
 すべてを受け入れているように、深く、おおらかに笑う。穏やかな表情は何処となくリオを思い起こさせた。
 黙って椅子の前に置かれたコーヒーに口をつける。独特の香りと味わいが広がり、シャワーを浴びて尚冷え込んでいた身体を内側からあたためていくのが感じられた。
 ガチャリ、と戸が開く音がして。
 風呂上りらしいほんのりと上気した顔に、既に見慣れた眼鏡をかけてブルーが手を振った。
「やあ、ジョミー。無事で何より」
「無事でって?」
「キースと取っ組み合いの喧嘩でもしてるかと思ってたから」
 マツカがいるから大丈夫だと踏んではいたけどね、と語る彼は何処までが冗談で何処からが本気なのかよく分からない。
 その戯言に反応してかは知らないが、キースがモニターから顔を上げると、『かつて』の如く眉間に皺を寄せた。
「ブルー」
「なんだい、生徒会長」
「何処へ行っていた」
「勿論、眼鏡を取りにさ。僕の瞳が目立つことは周知の事実だろう」
 伊達眼鏡をすることで有象無象の面倒を避けているのだ、否定しないでほしいね、と答えながらブルーはジョミーの隣、キースの正面に居座った。ほんのりと赤らんだ頬から受ける印象はやわらかいのに、どうしてどうして、生徒会長様と交わされる言葉の数々は知らぬ間に棘を孕んでいる。
 僅かな溜息と共に何故かキースは急にこちらへと水を向けた。
「ジョミー、だったか」
「そうだけど」
「貴様、西エリアの窓を割ったようだな」
「そう、だけど」
 流石にそれを忘れるほど無神経ではない。しかし面と向かって指摘されれば腹が立つのは堪えようもなく、睨み合った相手以上に表情を顰めた。弁償しろってんなら弁償するけど、と口答えするとほぼ同時に向こうが問いを重ねて。
「何枚、割った」
「………1枚」
 枚数なんていちいち覚えていないが、外側に面した窓一面を指すのであれば1枚と表現して差し支えないだろう。
 数回、己のこめかみを指先で叩いた後にキースは軽く溜息をつく。
「ブルー」
「なんだい」
「何処へ行っていた」
「くどいね。眼鏡を取りに行ってたと答えたはずだ」
「だから聞いている」
 傍から見ている者たちには分かるようで分からない会話を繰り返す。
「貴様は眼鏡のスペアなど持っていなかったはずだ。しかも、ここから貴様の部屋まで然程離れていないというのにただのシャワーにしては時間がかかり過ぎている」
「身嗜みに気を配ってるんだよ」
「茶化すな」
 タン! と軽くキースが左手の指先で机を叩き。
 ブルーは軽く肩をすくめてみせた。
「………確かにスペアは持ってなかった。だから取りに行ったんだ、ジョミーの部屋まで」
「え?」
 いつの間に、と驚きを篭めて傍らの人物を見つめる。
 純粋に驚いているジョミーとは対照的に、キースは冷静な表情の端にも苦虫を噛み潰したような色を浮かべていた。
 くるりと手元のノートパソコンを回転させて液晶上の映像を指し示す。望遠カメラを使っているのか映像は所々が不鮮明だ。こんなのを秘密裏に映してるなんてプライバシーの侵害だ、と思っても、いま問題にすべきはそこではないのだろう。
 映し出された西エリアの宿泊棟の窓は―――1階も2階も含めた全てが粉々に砕けていた。
「………え?」
 先程と同じ疑問符が口をついたが、驚愕の度合いはこちらの方が強い。
 確かに壊したとは思う。だが、こんな―――海側一帯に渡って全部ぶち壊すなんて豪快すぎる真似を仕出かした覚えはない。幾ら制御能力に自信がなくともその程度の自制心は働いていたはずなのに。
 内心で慌てふためくジョミーを他所に食えないふたりの食えない会話は続いていた。
「何故、これほどの被害が出ていると思う」
「自然災害とは怖いものだね。竜巻とか突風とか鎌鼬とか、天変地異には手の打ちようがない」
「最初は1枚だったはずだ」
「そう?」
 怪我人は、目撃者は、と食えない口調でブルーが問い掛ける。
「怪我人はいない。幸か不幸か目撃者もな。いや、何処かに誰かが潜んでいたならば逆に窓は1枚しか割れなかったろう」
 ちらり、とキースはジョミーに一度だけ視線を転じて。
 表情はさして変えないものの、物凄く嫌そうに、疲れたように、呆れたように言葉を紡いだ。

「ブルー。貴様が犯人だな」

「―――はあっっ!!?」
 否定の意を篭めた大声を上げたのはジョミーただひとりで。
 木の葉を隠すなら森の中とはよく言ったものだよね、等と笑いながら応えるブルーの態度が全てを明かしていた。
 要するに本来的には1枚しか割れていなかったはずの窓を全部壊して回ったのはブルーで、それは窓が1枚しか壊れていないことを隠すためで、ええとだからその。
 手で額を抑えて考え込んでるジョミーの肩を実に気楽な態度でブルーが叩く。
「仕方ないじゃないか。あのままだとジョミーの部屋の窓だけが不自然に割れたということで問題視されてしまう」
「公共施設を率先して壊して回る貴様の態度も充分に問題だ」
「気付いているのは君とマツカぐらいだろう? なら問題ない―――僕自身は目立たない、普通の、善良な一生徒だもの」
 特に『善良』、の辺りにアクセントをつけてにっこりと、それはそれはにっこりとブルーが微笑んだ。
 思わずジョミーが眩暈を起こしそうになったぐらいに。
 慣れているのか呆れているのか怒っているのか聊か判別に困る表情のままキースはコツコツとパソコンのモニターを叩く。
「他の誰が気付かずとも監視カメラの映像は誤魔化せんぞ。映像は手近な基地局を介して上へと伝わる。途中途中の管理システムやエミッサリーに問題ありと判断されれば最終的に行き着く先はテトラだ」
「だろうね」
 都市の代表者や地球全体の組織のトップの名称まで持ち出されてもブルーは笑みを崩さなかった。
 ふ、とキースが眉を潜める。
「………目立ちたくないんだろう?」
「勿論。だから目立たなくするのさ、これからね」
 立ち上がったブルーが、もう1台のノートパソコンを手際よくキースのパソコンに接続する。絆創膏のはがれた指を少しだけ庇う素振りを見せて。
 監視カメラの映像はリアルタイム送信ではない、数秒に一度の間隔で映像を送信するインターバル設定だから編集も可能だといつ何処で知り得たのか分からない情報を披露した後に、少しばかり性質の悪い笑みと共に窺うような視線を送る。
「そのためにパソコンと格闘してたんだと思ってたよ。僕の見込み違いかな、生徒会長」
「不本意だ」
「手を貸そう」
「誰の不手際だと?」
「君の腕前ならデータ改竄ぐらいお手の物さ。それとも」
 元通り椅子に着席し、素早くキーボード上に指を走らせながら僅かに眼鏡をずらしてブルーは不敵に笑う。

「機械如きに負けるのかい? ―――キース」

 途端、あからさまに相手は舌打ちして。
 やや乱雑な態度で椅子に掛け直すと手元にパソコンを引き寄せ、凄まじい速さでキーボードを叩き出した。
「………目立ちたくないと言うのなら」
「うん?」
「眼鏡ぐらいきちんとかけておけ! そのための道具だろうが!」
「仰せのままに」
 クツクツと笑いながらブルーは眼鏡をかけ直した。
 どんな作業を行っているのかと脇からブルーのパソコンを覗き込んで、一瞬後には理解することを放棄した。おそらくはふたりで画面を共有しているのだろうが、読み取るのも困難なほど細かな数式とコマンドで埋め尽くされていた。
「すまないね、ジョミー。少しだけ待っててくれないか」
「いいけど………」
「そうそう、今度時間があったらウチの学校においで。生徒会の信任投票があるんだ」
 とても楽しいよ、とブルーは器用にも手の動きだけは休めずに穏やかに笑う。
 しかし、信任投票とはなんだろう。ジョミーの学校では生徒会役員の選出は前期に一度あるだけなのだが。
 おかわり如何ですか、と新たなコーヒーを注ぎながらマツカが説明する。
「ウチでは半期に一度、中間の信任投票があるんです。それまでに生徒会が行ってきた内容を全生徒が評価します。不満を抱いたなら不信任に投票しても構わないですし、新たな候補を擁立してもなんら問題はありません」
「めんどくさくない?」
「生徒会の腐敗を防ぐためのシステムです。同じ人物が長期に渡りひとつの役目に留まることをよしとしない校風があるので」
 でも、審判をくだされるのは自分たちだろうにと視線を転じれば、丁度キースは淹れ立てのコーヒーを一気飲みしているところだった。
 ………熱くないのか、こいつ。
「今期はシロエが対立候補として立候補するかもしれないね。どうする、生徒会長」
「どうもしない」
 妙に楽しそうなブルーの口調と、淡々と答えるキースの口調は対照的だ。
「シロエなら大丈夫だろうけど、これまでの傾向からいって信任投票においては現会長への根も葉もない悪評が広まることが多い。所謂ネガティブ・キャンペーンだね。企みそうな人物なら幾らでも心当たりがあるだろう」
「だからと言って特別な対策を行う必要はない」
 きっぱりとキースは宣言した。
「完璧な対応など有り得ない。良かれと思ってしたことが裏目に出ることもある。絶対多数の利益を追求した結果として少数派の意見を捻り潰していることもまた事実だ。可能な限り妥協点を探したところで全員が満場一致で賛成するなど絵空事に過ぎん」
「それでも尚、絵空事を求める訳だ」
「議論を望むなら場ぐらい設ける」
「対象が清廉潔白であればあるほど悪意に満ちた噂が真実味を帯びてくるのだ。哀しいかな、ひとは綺麗な話や潔い話よりも他人の足を引っ張るゴシップの類に惹かれ易い。高みを目指すより低きに落ちるを良しとするのだよ―――捏造された噂ぐらい消したまえ。僕とて、君以外の人間に生徒会長になられると色々とやりづらいのだ」
「悪巧みが、な」
「キース」
 タン! と小気味よくブルーがEnterキーを押して。
 パソコン画面の左半分が突如として反転した。

「―――僕をなめないでもらいたいな」

 綺麗に笑うブルーのその言葉は、果たしていままでの会話の何処にかかっているのか。

「そちらこそ、なめないでもらおうか」

 正面から同じ音が響いて、右半分も揃いの色に塗り替えられる。
 パソコン越しに交わす視線は腹の探り合いのようでもあり、信頼が篭められているようでもあり、それ以上にからかいを含んでいるようでもあり、要するにジョミーには一概に判断できないものだった。
 ちょんちょん、と立ったままのマツカの腕を突付く。
「このふたりって―――いつも、こんな感じ?」
「そうです」
「ふーん………」
 ほんの僅か、目を細めて。
 敵対しているようで共闘もしている彼らの関係に抱く感情は羨望に近かったかもしれない。
 それでも、全く同じ関係を構築したいかと問われれば間違いなく首を左右に振るだろう。
 肩から緊張を解いたブルーが先刻までの会話を丸ごと無視して無邪気そのものの笑顔を向ける。
「ね。だからジョミー。遊びに来るといいよ」
 何なら応援演説に立ってみるといい、キースの対立候補のね、とふざけているのか嗾けているのか分からない言葉を受けて、溜息つく以外の選択肢があったら教えてもらいたい。
「………それより先に、ウチの学校に遊びに来てくださいよ」
 あなたの仲間たちがいるんですから、と。
 伝えた言葉にブルーが「それもそうだね」と頷き返すのを見ながら、何となく、ジョミーはテーブルに額をつけた。



 ―――後日。
 律儀にも届けられた請求書には、僅か二行の文章しか記されてなくて。

傘、一本。
弁償されたし。

 まったく。
 太っ腹なのかみみっちいのか分かりゃしないと、初めてジョミーは一連の出来事に対して自然と微苦笑を浮かべたのだった。


 

※WEB拍手再録


 

前回の後始末っぽいお話。

ちょっとグダグダな感じになっちゃって反省することしきりであります。苦。

ブルーが物凄く嬉々としてキースと口論してたのですが、いー加減

ジョミーが可哀想になってきたので(これでも)ゴリゴリと削っておきました。

もし書くとしたら次はブルーとキースの過去話かな………。

 

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