※リクエストのお題 → 『絶対可憐チルドレン』、皆本総受け話。

※オリキャラが多数登場しているので苦手な方はご注意願います。

※総受けとゆーよりはバトルもの&ほぼオールキャラ話になりました。

※総受けとゆーよりは(以下省略)。

 

 

 電気の灯されていない暗い室内で『彼』は呟いていた。手元にある機械をいじりながら目の前にある現実をただひたすらに否定する。
「下らない………下らない〜………何もかもぉ………」
 床にのたうつ電源ケーブルとPCケーブルの山。それら全てが接続された一台の巨大なパソコン。
 そう、此処はまさしく『塔』なのだ。神に逆らった愚かな人間たちが打ち砕かれた『塔』。そして、これから此処に集う者たちは―――。
 低く笑う。
 全てが壊される様を想像して低く笑う。
「滅んでしまえ………滅んでしまえ………滅んでしまえぇ………………!」
 誰もが己の存在を否定し、その価値を認めないと言うのなら。

 エスパーであろうと、ノーマルであろうと。
 みな等しく打ち砕かれて滅んでしまえばいい。

 


― 確率5% ―


 

 バラバラと音を立てながら一台のヘリコプターが首都の空を飛行している。機体に刻まれた文字がヘリコプターの所有団体を示し、街を歩く人々から信頼と恐怖、好奇心と侮蔑の眼差しを注がれる。
 超能力支援研究局、通称『B.A.B.E.L.』。
 しかし、その実体は一般人にはまだまだ知られていない。
 ましてや、『超度7』の能力を有した特務エスパーが、成人前の子供に過ぎないなんてことは迂闊に知られる訳には行かない事実である。
 目的地である会場の近く、ヘリポートに着陸した機体から小さな影が三つ飛び出した。
 その内のひとりが右手を顔に翳し大きな声で笑う。
「ひょ―――っ、すげ―――っ!! 東京タワーみてぇ!!」
「白光りしまくって、金かけてるって感じやなあ」
 続いて降りてきた黒髪の少女が感心したような声を上げれば。
「世界的な会合の舞台になるんだもの。これぐらい当然と言えば当然ね」
 最後のひとりがやたら冷静な感想をもらし、後ろに続く保護者代わりの上司を呆れさせた。彼はずり落ちかけた眼鏡を指先で押し上げて今回の任務の基本的な内容を説明する。
「………この『タワー』は先進各国が協力して作り上げた会議場だ。サミットや大規模なイベントを同日に開催したとしても余裕があるような広さを有した建築物としてね」
 最初のドーナツ状の『輪』がカフェテリアやレストランのある第一ゲート、一般人でも立ち入りを許されている地帯だ。第一ゲートの中に更にドーナツ状の第二ゲートに会議用の各ブースが存在し、関係者以外の立ち入りは厳しく制限されている。二重のわっかの真ん中に聳え立つ白亜の『タワー』がこれら全てへの電源の供給を賄っている。
「僕たちの任務は今日から一週間、此処で開催されるサミットを警護することだ。いいな?」
「了解! まかしときなって!!」
 司令官である皆本の言葉に、チルドレンは各々笑みを刻みながら頷き返した。




 会場内は既に多くの人で賑わっていた。みな、セキュリティのために首からIDカードを提げている。今回の学会は特に大規模なもので世界中から有能な科学者、医学関係者、社会学者、心理学者などが集まって個別のホールで大規模な意見交換を行う予定になっている。年に一度、開かれるこの学会はサミットと並び称される一大イベントでもあった。
「ふわー………すっげーヒトゴミ!!」
「こら、薫! 超能力は使うな」
「だってこうしなきゃ辺りが見渡せないじゃん」
 皆本の苦言も何処吹く風、薫は地上から数メートル付近の空をふよふよと漂っている。流石に小学校では超能力の使用を少しは控えている彼女ではあるが、いい意味でも悪い意味でも『現場』で能力の発露を抑えるつもりはないらしい。
 いかつい顔をした警備員のIDチェックを受け、第一ゲートをすり抜ける。
 見渡す限りの人、人、人。これら全てが特有のジャンルで一家言もつ人物だというのだから、その実、人類全体における『天才』の割合は存外多いのではないかと勘違いしそうになる。ちなみに、忘れがちではあるが『チルドレン』の現場主任も『若き天才科学者』と呼ばれる者のひとりである。第一ゲート内には洒落たカフェテラスや待合室まであって、ちょっとしたオフィス街の様相を呈していた。
 紫穂が素早く辺りに目を配る。
「………皆本さん。ここ、随分と警備が厳しいのね?」
「そうだな。特殊光学迷彩で隠されてはいるが、第二ゲートに接する植木にも壁にも外敵の侵入を阻むために高性能な小型マシンガンが仕掛けられている。『タワー』の管理下にあるから安全といえば安全だが―――」
 紫穂はその優れた能力ゆえに、リミッターをつけた状態であるにも関わらず『武器』の存在を感じ取ってしまったのだろう。おまけに、奥の第二ゲートを通過するには個々人のDNA情報を『タワー』に登録しておかなければならない。幾ら重要人物が集まる国際会議とはいえ、やたら厳重な警戒ではあった。
 国際色豊かな人波に目を奪われつつ歩いていたところで、会場内に設けられたカフェテラスでのんびり寛いでいた知り合いと目が合った。
「よ! お前らもようやっと到着ってか?」
「賢木先生?」
「なんや、先生も参加者のひとりやったんか」
「まぁな」
 葵の頭を撫でながら、こう見えてもオレってば優秀なのよ? と皆本の同僚は無意味に胸を張る。確かに、不完全とは言え『生体コントロール』を行える彼であれば会議に参加する権利を有していてもおかしくはない。
「君の発表は確か二日目だったな? もう論文は出来上がったんだろうな。出かける直前までドタバタしていたが―――」
「ま、まぁな! 任せとけって! そんなもんとっくの疾うに―――」
「嘘ばっかり。まだ半分もできてないくせに」
「ちょ! こら、何をバラす!?」
 紫穂の能力であっさり事実を『読』まれて賢木が慌てる。尤も、こちらは既に彼のいい加減さを知っているので今更という感じだ。これで何度目になるんだろうなとため息つきながら数年来の友人に皆本は一応、苦言を呈しておいた。
「全く、発表ぐらいはきちっとしろよ? テーマは決まってるんだろうな」
「あ? あ、ああ、それは大丈夫だ! テーマは『確率5%! 生存確率向上の鉄則』だ!!」
 ―――中学生の作文よりレベルが低そうな印象を受けるのは何故だろう。
「おい、四人とも何だその表情!! こう見えてもオレの医療技術は優秀よ!? マジで生存確率UPすんだから!!」
「確かに、45%やいわれるんと50%やいわれるんは雰囲気違うとは思うけど―――」
「なんか信用できないなー」
「疑わしいわね」
 チルドレンにズケズケと言われて明らかに医者がヘコむ。
 友として弁護すべきだろうかと迷う皆本の後ろで妙に抑えた声が響いた。聞き覚えのあるそれに振り向けば、学会で度々顔をあわせる人物が必死に笑いを押し殺していた。久しぶりに会う彼の無事な姿に思わず頬が綻ぶ。
「ジール博士! お久しぶりです!」
「久しぶりだね。君たちは相変わらずのよ―――、ぐふ―――っっ!!?」
「って、出るなり吐血せんで下さい!!」
 血反吐を撒き散らしながら昏倒した男性を慌てて賢木が介護する。
 やぁやぁすまないね、ちょっとばかり興奮しすぎたかな? と苦笑しながら初老の男性は手を差し伸べる。眼鏡をかけた奥の瞳はやわらかく微笑み、身に着けた白衣と首から提げたIDカード、そして何よりも手にした鞄からはみ出しそうになっている書類の束が彼が『学者』であることを証明していた。
「だーれ?」
「ブライト・ジール博士。機械工学の分野で博士号を取得している方だよ」
 薫の問いに答えた皆本との再会の握手を終わらせた彼は、そのまま賢木とも握手を交わす。馴染みの医者が三人に向けて説明を重ねた。
「オレの任務の半分は博士の護衛さ。元気そうに見えるが博士はかなり身体が弱いんでね」
 つまりは主治医も兼ねているのだ、彼は。一定レベル以上の要人にこうして護衛兼緊急医療担当として契約を結んだエスパー医師が派遣されるのは珍しいことではない。
「よろしく」
 穏やかに微笑みながら博士が薫に手を差し出した。握り返した手が意外としっかりしていたから、白髪ではあるが、実際はかなり若いのかもしれないと感じる。
「君たちのことはミナモトからよく聞いているよ。優秀なエスパーだそうだね」
「いややわー、本当のこと言わんといてや!」
 葵が照れ笑いを浮かべながら握手を交わす。更に続いて紫穂にも手を伸べたところで彼女の反応が果々しくないことに博士は気付く。これまでのふたりとは違って彼女だけは手を後ろに組んだまま握り返そうとはしなかったから。
「どうかしたかね?」
「―――皆本さんに話を聞いてないの? 私の、能力」
 ああ、そうか、と。
 得心が行ったように頷いて、心配そうにしている皆本に博士はウインクを返した。
「なら、問題ない。君には嬉しくないだろうが―――私は透視プロテクターを身に着けている。君が本気を出さない限り、何も見えやしないよ」
「………!」
 ちょっとだけ、紫穂は驚いたように目を見開いて。
 それからほんの少々バツが悪そうな顔をした後に博士の手を握り返した。
「は、はじめまして」
「はじめまして。お嬢さん」
 こっそりと葵が皆本の腕を小突く。
「なあ、皆本はん。透視プロテクターって………」
「学会に参加する研究者には全員装着が義務付けられているんだ。なにせ彼らは生きた国家機密そのものだからね」
 学会に参加するのは大学に勤める研究者だけではない。国の内部機密に関わる者、要人の警護に駆りだされた経験のあるSP、いずれもが国家の浮沈に関わる『重要機密』もとい『個人情報』を有する生きた『国家機密』なのだ。誰かひとりでも超能力者が入り込んでいたら、しかもそれが<サイコメトリ>を得意としていたならば、どれだけ重大な情報漏洩が起こるか考えただけでも恐ろしい。
 故に、エスパーが出入りできるのはこの第一ゲート内の施設までとキツく定められている。
 優秀なのに超能力を有するがために入場を制限されていたり、何重にもECMをかけられている学者が何人もいる。特例措置に見える賢木にしたところで普段より効き目の強いECMを身に着けることで辛うじて許可を貰っているような状態だ。これらは全て、学会を取り仕切る援助団体の幹部が『普通の人々』と繋がっているが故とも噂されているが、真偽のほどは不明である。
「え? じゃあ皆本、あたしたちは何処で護衛すんのさっ!?」
「君たちが入れるのは此処まで。僕は一応、会場内も視察してくるけど、君たちは外で局長たちと待機しててくれ」
「なんだよそれっ!? つまんないつまんないつまんない―――っっ!!」
「って、首を絞めるなぁぁ!!」
 ぎゅーぎゅーとネクタイを引っ張られた皆本がどうにかこうにか薫の攻撃から逃れる。
 が、ふと何かを思いついたのか。
 ニンマリとタチの悪い笑みを浮かべると薫は皆本の肩から身軽に飛び降りた。
「………ま、仕方ねぇ。エースは後から出てくるもんだからな。あたしたちがいなくてもちゃんと仕事するんだぜ!!」
「ちょ、薫?」
「薫ちゃん!?」
 どうして急に素直になっているのかと駆け寄った葵と紫穂を抱きこんで、何やら薫が耳打ちする。
 しばしの沈黙。顔を見合わせた三人は揃って物凄く爽やかな笑みを浮かべた。局長ならあっさり騙されたろうが、彼女たちのこういう表情は大抵、己の苦労と直結しているのだと皆本は知っている。
「じゃあ、皆本はん。ウチらは外で待機しとるけど―――」
「外国のコンパニオンとかに浮気したらダメだからね」
「じゃあなっっ!!」
 言うや否や、どひゅんっ!! と砂煙を上げて飛び去った。
 人前では超能力を使うんじゃない! と今更のように叫んでも虚しいだけである。やや呆然としながら皆本は妙な悪寒に背筋を震わせた。
「………怪しいな。何を企んでいるんだ?」
「オレには分かる気がするけどねぇ」
 いまにも笑い出しそうになるのを堪えて傍らで賢木がニヤついている。
「なんだよ?」
「いーや。今日は何日か覚えてるのかなーって思ってさ」
「2月14日じゃないか。それがどうした」
 と、困惑を深めた皆本の態度に同僚が大げさにため息をつく。
「あ〜あ、これだよ、全く! バレンタインだよ、バレンタイン!!」
「―――ああ」
 ぽむ、と皆本が遅ればせながらも手を叩く。
「オレなんかな、折角のバレンタインなんだから彼女と彼女と彼女とイイ雰囲気の店で食事をしようと思ってた矢先にこの仕事だよ!? オレがどんだけ落ち込んだか分かってるか!?」
「彼女と彼女と彼女じゃトリプル・ブッキングだろ。仕事が入ってなかったら今頃血の海だったんじゃないか?」
「ともかく! ―――その分じゃ、去年のバレンタインに『来年は何かプレゼントしてやるよ』って約束したのも忘れてんな?」
「………そうだったか?」
 うわぁぁぁ! やっぱりぃぃぃ! と賢木がその場にガックリと手を付いた。
 果たして何のことだったかと皆本は暢気に記憶をたどり、そーいやそんなこともあったかな、とうろ覚え程度に思い出す。確か昨年、欧米に出張していた賢木から「バレンタインのプレゼントは友人相手に贈ってもいいんだぜ」と腕時計を贈られたような贈られなかったような。
 受け取ったことは覚えている。しかしそれが2月14日の出来事で、しかもその場で翌年以降の約束を交わしたかとなるともはや記憶は闇の彼方である。
「ふふ、若いってのはいいことだネ………私なんぞ誕生日が2月14日だったために好きな子に『ごめんなさい、誕生日プレゼントをあげたら貴方が本命だと誤解されそうだから』となけなしのプレゼントすら断ら―――ぐはぁっっ!!?」
「は、博士―――っっ!!? 前触れもなく吐血せんでくださいっっ!!」
「サ、サイコメトラー賢木修二!! 限定解除!!」
 周囲が何だ何だとざわめく中で緊急手当てが行われる。流石、無駄に吐血し慣れているためか(それもイヤだが)博士は意外とあっさりと意識を回復した。
「ううう、す、すまんね。吐血するのは今日だけで三度目だったかな、サカキくん!!」
「五度目です、博士」
 非常にセツナイ会話である。
「あ、あのっ、つまり博士は今日が誕生日ってことですよね! おめでとうございます!!」
「ありがとう」
 とてつもなくわざとらしい皆本の話題転換に博士は苦笑で応えた。
「もっとも、私には喜んでくれるような家族もいない。結婚もせずにここまで来てしまったしね。同業者も友人と言うよりはライバルばかりだ」
「―――博士」
「たとえそれがどんな理由からであれ、一緒に騒いで楽しめる仲間や、慕ってくれる誰かがいるというのは幸せなことだよ、ミナモトくん」
 未だ学者としては『若い』部類に属するはずの人物は諦めきったような笑みを頬に刻む。
「第二ゲートの中にも店はたくさん出ている。何かお土産を買っていってあげなさい。きっと喜ぶ」
「………はい」
 笑いながら皆本の肩を叩いて、荷物を抱え上げた博士は第二ゲートの奥へと姿を消した。
「そうか………博士のご両親は例の事件で亡くなられていたんだったな………」
 神妙な面持ちで見守ってしまった皆本の肩を、更に別の人物が叩く。
「皆本! オレにも何かくれるか?」
「お前は対象外だ! って、お前は博士の護衛だろ!? 早く行けっっ!!」
 確かに賢木は友人だけど、なんかあんまり嬉しくないなぁと感じる皆本だった。




「なーなー葵、紫穂ー。湯煎ってこれぐらいでいいのかー?」
「えーっと………ちょっと待って………」
「うわ、熱っっ! 薫っ、これ熱すぎやてっっ!!」
 会場のほど近くに設置された、特設移動本部内で。
「―――何をやっているのかしら?」
 視察から戻るや否や携帯コンロ上でチョコレートと獲得し始めたチルドレンに、朧は恐る恐る声をかけた。『B.A.B.E.L.』の本部は無論、首都にある。此処はあくまでも移動用の仮施設に過ぎない。とはいえ、その仮の作戦本部で(かなり壊滅的な)料理に精を出す彼女たちの所業は流石にちょっとマズいかなぁと思ったのだ。辺り充満したチョコレートの匂いに既に他の職員たちは食傷気味である。
 でも、誰にあげるかは分かりきったことなんだし。
 この程度なら『カワイイ』悪戯に入るだろうとおおらかな秘書官はにっこりと微笑んだ。いつの間にか隣に佇んでいた桐壺局長もしたり顔で頷いている。
「たとえ司令室が甘ったるくなろうとも、機械がチョコレート漬けになろうともワシは構わんヨ!! 全ては彼女たちの思うとおりにしてあげたまえ!」
「はい、局長」
 この場に皆本がいたら確実に「この機関、絶対こどもの教育に向いてない!!」と叫んだに違いない。
 壁一面を埋める監視カメラの映像など気にも留めず薫、葵、紫穂の三人はチョコレート(?)造りに没頭している。チョコレートを溶かすまではどうにかなったようだが、果たして最終的に何が完成するのかに至ってはもはや誰にも予測がつかない。
 ちょっと鼻歌まじりの局長がちらりと三人の間に顔を覗かせる。
「精が出るね、君たち! ………当然、チョコレートはワシにくれるんだよネ?」
「―――」
 瞬間。ちらりっ、と互いを見遣った三人は。
 思いっきり眩しいキラキラと輝く笑みを身に纏って。
「はい、局長♪」
「受け取ってください!」
「私たちの気持ちですv」
「ああっ、嬉しいヨ君たち! たとえそれが偽りの愛情とわかっていてもっっ!!」
 局長は滝のような涙を流しながらチロルチョコ一袋(10個入り)を受け取った。
 手についてしまったチョコレートを舐めながら、ふと、薫はモニターの左半分を占める映像に目を留めた。そこも右半分と同じく常に画面が切り替えられてはいるのだが、映し出されているのは風景ではなく、個々の顔写真だったので。
「ねぇ、朧さん。あそこに映ってるのってなに? 変な数字も書いてあるけど………」
「あれは、この学会に参加している方々のリストよ。下に出ている数値は『予知装置』がリアルタイムで予想している『生存確率』」
 これだけの要人が一箇所に集まっているのだ、セキュリティは出来る限り高めておく必要がある。誰かひとりの『生存確率』が低くなったなら急病か事故が起こると予測をつけることが出来るし、逆に全体の『生存確率』が一気に低くなったならテロか大事故の起こる可能性があるという訳だ。
「ふーん………なんか、よくわかんないや」
 ちょっとばかり眉をひそめた薫の視線の先、『生存確率98%』の文字を引っさげた皆本が暢気な顔して笑っていた。




 何処とも知れないビルの一室。薄暗い部屋はパソコンのモニタが発する青白い光で埋め尽くされている。幾つものモニターに相対しながら椅子にゆったりと腰掛けた人物は面白そうに口を歪めた。
「学会? ―――関係ないね。静観していればいい」
『ですが………』
「あの子たちが関わってるからって毎回出て行く必要はないさ。勿論、興味深くは思っているけどね」
 くすくすと笑みを零す上司に、モニタ越しの部下たちはやや途方に暮れたような空気を滲ませた。各人のIDを表す画面には暗い影がちらつく傍ら、やたら可愛いマスコット的なイラストも揺れては消えている。
 この上司が気まぐれで嘘つきなのはいまに始まったことではない。だからそれは構わない。
 だが、彼とて『万能』ではないので、部下たちが情報を提示しなければ分からない事実もある。そして、隠していたことが原因で何らかの問題が生じた場合、「なんで教えなかったのかな?」と笑顔と共に折檻されるのは自分たちなのだ。理不尽な気もするが既にこれが上司と自分たちの間に成り立って久しい人間関係もとい力関係だから仕方が無い。
『少佐、これを』
「うん?」
『おそらくは今回の件の首謀者かと。コードネームは『イド』。ノーマルとエスパーの区別なく虐殺を行っている第一級犯罪者です』
 旧日本軍の階級で呼ばれた少年がチラリと視線をモニタへと落とす。内容を読み取った彼は先刻とは少しばかり意味合いの異なる笑みを頬に刻んだ。
「なーんだ、情けない。やっぱり『B.A.B.E.L.』は使えない組織だな。懲りずに騙されるとは」
『如何いたしますか』
「別に? 関係ないね。世間に対して『B.A.B.E.L.』の無能さをひけらかすだけだ。たとえ裏に潜むのが『普通の人々』だろうとネジの外れた馬鹿なエスパーだろうと我々『P.A.N.D.R.A』には―――」
 腰掛けた椅子をグルグルと回し揺れる視界を楽しんでいた少年の動きが、急に、止まった。
 妙に冷え込んだ沈黙が辺りを包み込む。
 再び彼が見つめた視線の先には一見温和な、けれども眼光の鋭い黒髪の男性が映し出されていて。詐欺や強盗といった手軽な犯罪には手を染めない、ただひたすらに大量虐殺を行うことを至上の命題としているらしい、『イド』と名乗るこの青年。
 彼が『生まれた』原因も大体の予測はついた。此度の学会に参加する面子を眺めていた折りに、偶々気付いてしまったのだけれど。
 指先を軽く動かせばテーブルに置かれていた紙媒体の資料がふわりと浮かび上がる。再度、参加者のリストを眺め直し、動かない能面のような表情を僅かに掠めたのは極めて珍しい『迷い』の感情か。
 それでも、指を下ろした途端、床に散らばった紙の山には目もくれずに呟いた。
 即ち―――メンドクサイ、と。




(ここまでは異常なし、と)
 本部への定時報告を終えて皆本はほっと息をついた。朧によればリアルタイムで行っている『予知』にも変化はないらしい。『予知』が全てではないが、もしここで高確率の『事故』の予測など出てみろ、要人警護と共に『チルドレン』が暴走しないよう見張るという二重の苦しみが発生してしまう。彼女たちがエスパーであるが故に第二ゲートの中に入れないことを不満に思いつつも、薄汚いおとなの世界から遠ざけておけることに何となく安心していた。
(―――そう言えば)
 見回りついでに博士の助言に従って幾つか店を覗いては見たものの、なかなかコレという物には行き当たらなかった。第一、あの三人は見事に趣味が異なっているのだ。全てを兼ね備えたよろずデパート並みの品揃えのある店が都合よく存在してなるものか。おまけのように馴染みの医者のことも思い出して聊か頭を痛める。
 それでも取り合えず、誤魔化しのように購入したものを上着の懐に仕舞い込んだ。
 腕時計に目を落とせば開会式の時刻が迫っていた。連日、各ブースに分かれて行われるジャンル別学会も初日と最終日ばかりは中央『タワー』の一階で挨拶が行われる。
 既に周囲のひとも疎らだ。急ぎホールの戸を開ければ、一気に視界が白衣の波に埋め尽くされた。ここでは皆本のような背広姿は却って異質である。
「皆本! こっちだ、こっち!」
 ホール正面の巨大モニターからやや離れた場所で賢木とジールが手を振っていた。
 立ちっぱなしも覚悟していたのだが、席を確保しておいてくれたらしい。
「すまない。思ったより遅くなった」
「相変わらず仕事熱心だな。そーいや局長は薫ちゃんたちの様子についてなんか言ってたか?」
「いや、何も」
 むしろそれが不気味である。何か口止めされてるんじゃないかと勘繰らずにはいられない。
 学会の代表、ジョージ・ルーピン博士が開会の挨拶を述べるべく壇上に上がる。華々しいスポットライトを浴びながら彼は周囲の歓声に右手を掲げることで応えた。彼もまた、僅かながらも超能力を有している物理学者である。かなり年若く見えるジョージ博士は更にもう一度、壇上で深々と頭を下げた。
 近年、エスパーに向けられる世間の目はより厳しくなってきている。研究室においてもその傾向は顕著で、『異質』な力を持つ者が新しい学術的発見をしても正当な評価を受けられないことが多い。超能力を利用してデータの改竄を行ったのだろうと、論文が通るよう圧力をかけたのだろうと、いわれなき誹謗中傷を受けることがあるのだ。
 たとえそういった『ズル』をしている連中がいるとしても、ノーマルの中にも不正を働く人間はいるし、大半を占めるマトモな研究者には迷惑極まりない話だ。
 ジョージ博士が手にした原稿を読み上げるべく口を開いた。
 まさに、その瞬間。

 パ―――ン………!!

 銃声が、鳴り響いた。

 被害者がその場に崩れ落ちる。倒れ込んだ肩から真紅の液体が流れる。
「なっ………!!」
 ホールが驚愕と恐慌に包まれるより早く舞台上に黒づくめの団体が躍り上がった。硝煙の跡も明らかな大型の拳銃を構え、サングラスをかけた男が威嚇射撃を行う。同時に、ホールの出入り口も同様に銃を構えた男女の手で封鎖された。
「おい、皆本! これはまさか―――!」
「予知が外れたのか!?」
 咄嗟に立ち上がり周囲を見渡したが、流石は冷静な科学者集団であるためかパニックには陥っていないようだ。しかし、誰もが一様に青褪めた顔でその場に凍り付いている。あとほんの少しでも何らかの刺激が加えられたなら、どうなるか分からないほどに。
 壇上の集団は各々の手にした銃を会場の四方に向けている。代表を撃った男が声を張り上げた。

「我々はあ―――!! 反エスパー組織、『普通の人々』であるっっ!!」

「『普通の人々』だぁ? くそっ、面倒な奴らが出てきやがった………!!」
 潜めた声で賢木が舌打ちする。
 隣で困り果てたように立ち竦んでいたジール博士が更に眉根を寄せた
「しかし、理解できん。この場にいる研究者の大半はノーマルではないのかね? 奴らがここを占拠する理由などないように思えるが―――」
 確かに、それは皆本も感じたことだ。
 常日頃より『多くのエスパーを始末するためならば多少の民間人の犠牲もやむを得ない』と腐った根性を披露している団体ではあるが、この場の多くの研究者たちを傷つけても『多少の犠牲』で済ませるつもりなのだろうか。ありったけの不審と不満を込めて壇上を睨み付ける。
 外部への連絡手段はない。盗聴や録音を防ぐために電波は全てブロックされている。連絡をつけようと思うなら館内に設置された固定電話を使うしかない。実際、先刻はそうして局長と話をしていた。が、出入り口が封鎖されている今、そんな方法など取れるはずもない。
「ちなみに私はそこのカフェテラスで臨時アルバイトとして働いているっっ! 両親健在、ひとりっこ! 趣味は旅行!!」
「うっわ、めちゃ普通っっ!? じゃなくて、いちいち説明する必要あんのかそれ!!」
 つい突っ込みいれてしまったが、こうなっては外部の人間が中の異変を察知してくれるのを待つしかないのだろうか。
 必死に状況把握に努める皆本を余所に男はいよいよ演説に力を入れている。
「この学会に参加する研究者に占めるエスパーの割合も三割を超えた!! 彼らはノーマルに仇なし、エスパーに有用な機械や理論ばかりを開発する人類の敵である! 彼らが科学技術の全権を握るようになればノーマルは即座に滅ぼされてしまうだろう!!」
「エスパーは人類の敵だ! 奴らは我々ノーマルを駆逐するために生まれたモンスターなのだっっ!」
「『タワー』の中枢は我々の仲間が占拠した! この部屋には新型のECMが発動している………無駄な抵抗など考えぬことだな。所詮、エスパーはエスパーに過ぎん!」
「いまこの場で我々がエスパーを断罪する! だが、ノーマルの科学者諸君よ、安心したまえ。君たちには手を出さないと誓おう!」
 瞬間。
 思わず飛び出そうとしたのを、傍らに立つ人物に止められた。
「………賢木、何故とめる!」
「まあ落ち着けって」
 表情こそ笑っているものの、その実かなり激昂していることは彼が己の肩に食い込ませた手の力からもよく分かる。
 なのに、何故。
 苛立つ皆本を宥めるように彼は肩を竦めてみせた。
「会場ごと爆破しようとしたら奴らの思想を疑うとこだったが、ギリギリで奴らは奴らのルールを遵守してるみたいだな。連中の言葉を信じるならこの会場にいる人間の大半は安全を約束されている。お前も、博士もな」
「だが、それじゃ………!!」
「名前を呼ばれた者は此処に来い! 来なければ代わりに貴重な世界の頭脳がひとつ消えると思え! ノーマルは全員その場に座れ!!」
 別のテロリストの居丈高な宣言が皆本のセリフに被る。
 手には参加者の情報が掲載されているだろう書類、その隣では彼の仲間が銃を会場に向けていて、単なるこけおどしではないことの証のように銃を一発、撃ってみせる。
 静かな緊張と怒りと恐怖を湛えながら漣のように人々の頭が椅子へと沈んで行く。

「コメリカ出身! ジョルジュ・ターナー! アン・リドナー! セイラ・クローサー………!!」

 まるで小学校の出欠確認のように男は嬉々として名前を読み上げる。名指しされた者たちは悔しそうに俯きながら壇上へと向かう。まさしくあそこは彼らにとっての『断頭台』だ。絶対の安全を謳っていた施設だ、自衛の意味を込めてECCMを装着している科学者などゼロに等しいだろう。第一、仮に能力を限定解除できたとしても敵の数が多すぎる。何の罪もない他の科学者たちを巻き込むことを恐れる以上、返り討ちにあるのは必至だ。
(どうにかして外部に連絡を………!)
 密かに取り出した携帯電話は『圏外』を示している。背中を冷たい汗が伝う。
 テロリストは延々と名簿の読み上げを続け、壇上の学者はかなりの数にのぼった。

「―――日本出身! 賢木修二!!」

「!」
「ようやくお呼びがかかったってか」
 唇を引き結んだ皆本とは対照的に、医者は暢気に薄ら笑いを浮かべている。何の迷いもなく舞台に上がろうとする腕を慌てて引き止めた。
「ま、待て! いま行ったら確実に………!」
「行かない訳にはいかんだろうよ。他のエスパーたちはきちんと従ってるってのに。さっきから連中の感情を読もうとしても全然よめねーし、ECMが効いてるってのは残念ながら事実みたいだしな」
 それにな、とコッソリと皆本に耳打ち。
「ジョージ博士の容態が気になる。連中、止血する素振りすら見せやがらねぇ………傍に行かねぇと手当てのしようもねーんだ」
 無論、『普通の人々』がエスパーの手当てなどする心算がないのはこれまでの言動からも明らかである。彼らにとっては、少しでも超能力を有する者は須らく『敵』なのだから。
 いまにも貧血で倒れそうな様相で後ろからジールが言い募る。
「危険だ。あまりにも危険だ。サ、サカキくん。君があそこへ行くと言うのなら―――せめて私も連れて行ってくれんかね。ええと、ほら、私は発作もちだ。イザとゆー時に君がいなければ生命の維持もままならんとか何とか」
「あそこに行っても同じように命の危機に晒されるだけっすよ。………あなたはノーマルだと言い張っても連中が手をあげないとは限らない」
 ここで話し込んでいる間も、怖気づいたのかと敵は銃口を無関係な人々に向けている。他愛無い意見の相違の果てに見知らぬ誰かを殺されちゃ流石に寝覚めが悪いと言い置いて、賢木は悠々と前方へ赴いた。
「くっ………!!」
 皆本は強く拳を握り締めた。咄嗟の判断がつかずに身動き取れない己が腹立たしい。もしもこの場にあの三人がいたのなら、無理矢理にでも飛び出して事態の打開をはかったろうに。舞台に上がった賢木は敵の苦々しげな視線など物ともせずに救護活動に勤しんでいる。
 かなりの広さがある舞台上の大半を科学者たちが埋め尽くし、それを取り囲むように銃を構えた『普通の人々』が陣取った。
 一斉射撃をするつもりか―――かつての大戦で幾度となく行われた、見せしめの虐殺のように。

「やめろ!!」

「ミナモトくんっっ!!」
 ジールが止めるのも構わずにその場に立ち上がった。会場全体の視線が痛いほどに突き刺さる。
「いい加減にしろ、このテロリストどもが! どれだけの大義名分を掲げようともお前らのしてることは単なる犯罪だ!! エスパーがノーマルの脅威になる? バカを言え! ノーマルがエスパーに抱く差別や偏見こそがノーマルにとっての脅威になるなんだと何故わからん!!」
「ミナモトくん! 落ち着きたまえ!!」
 怒りと共に『普通の人々』の銃口がこちらに向けられた瞬間、必死の形相で立ち上がったジールが皆本を庇うように前に立った。
「ふ………『普通の人々』だったな! もし彼を撃つというのなら私から先に撃つがいい!!」
「博士!?」
「に、ににに『人間の壁』作戦を知ってるかね、ミナモトくんっっ! どんなに凶悪な犯罪者であろうともヒトがヒトである限りやっぱり殺す時に躊躇いを抱くよーな抱かないよーな段々記憶に自信がなくな―――、ぐはーっっ!!?」
「曖昧な作戦を語りながら吐血せんで下さい!!」
 いきなりのショート・コントに呆れ返った壇上の男が傍らの仲間に呼びかける。
「なんだ。あのアホ丸出しな連中は」
「はい。………若い方が皆本光一 二慰。『B.A.B.E.L.』の犬です。もうひとりはブライト・ジール博士、機械工学の権威です―――ただし、親・エスパー派。親善会議の席上で度々エスパーとノーマルの融和を説いています」
「なるほど」
 したり顔で頷いた男は、手にした銃を明確にふたりの頭部へと向ける。
 感情のない顔と声で淡々と。
「なら問題ない。始末しておこう」
「………っ、ちょっと待ちやがれっっ!!」
 ジョージ博士の手当てを終えたばかりの賢木が敵に噛み付いた。いまにもトリガーを引こうとしていた腕に懸命にしがみ付く。
「話が違うぞ、てめぇら!! ノーマルには手を出さないんじゃなかったのか!?」
「我々の邪魔をするのであればノーマルと言えども敵だ!! まして奴らは日常的にエスパーどもと馴れ合っていたようじゃないか。そんな連中など我々ノーマルの世界には不要なだけだ」
「こっの………! 美学のないテロリストほど救えない悪はねぇな!! ああ!?」
 男ともみ合っている賢木の後ろ側にそっと回り込んだ別の『普通の人々』が、振り上げた銃の台座を彼の頭に振り下ろそうとした瞬間。

 ガシャン………………ッッ!!

 突如。
 会場内の照明が一気に落ちた。

 

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