『それぐらい、できるよ!』
『僕を信じてください』 何故かは知らないけれど、年齢も性別も違うはずのふたりの態度と表情が意識化で重なった。
おかしいな、とぼんやり考えて、さて、自分は彼らを同一視していたのだろうかとまた考える。
確かに、こども扱いはやめてほしいと娘に全身で訴えられていた気はするが、親からしてみればこどもはいつまで経っても可愛いこどもで、更に言うならば「可愛いこども」でいてほしい。自立していく姿は嬉しくもあるが寂しくもあり、本当にひとりでやっていけるのかと無闇に心配してしまう。
では、自分は彼をこども扱いしていたのだろうか。
―――そうかもしれない。
なまじ過去の事情を聞いていたのが悪かった。小さい頃から両親の復讐のためだけに生きてきて、他のことには目も振らなくて、トモダチのひとりもいないみたいだし、年下だし、口は悪いし、手は早いし、我が強いし、プライド高いし、近視眼的だし、すぐ切れるし、怒るし、しまいにゃ跳び去るし。
確かに頭はいいし面もいい、期待の新人だ、自分がいなくても充分ひとりでやっていける。
でも、精神的にはふらふらふらふらあっちこっちと揺れてばかりだから、せめて落ち着くまでは自分が支えてやらなきゃいけないんだと。
なんで信じてくれないんだと罵られたが、たぶんあれは、心配なだけだった。
でも、説明も弁解もできない。自らの失態でこれまでの彼の苦労や、のちに続く作戦をすべてご破算にしてしまったのは事実だ。
謝罪は告げた。
返事はもらえなかった。
ならばせめて、行動で示そうと。謝ってすむと思っているのかと思われていそうだったから、だったらせめて、自分の戦いが何某かの解決の糸口に繋がればと。
自慢じゃないが頭はよくない。他の人間が三分で解ける様な問題だって十分も二十分も考え込んでしまう。勘ばかりで学習しない。点と点を結びつけて線にすることができない。
だが彼ならば、僅かな情報を頼りにきちんと理論を組み立てて対策を練ることができるはず。ひょっとしたらテレビ中継なんて無視されてるかもしれないが、まあ、その際は他の皆が伝えてくれることを期待しよう。
ぶっちゃけ、勝てるだなんて思ってなかった。既に仲間がふたり、潜入捜査に赴いた者も含めれば三人やられている。特にタイマンバトルに狩り出されたふたりの能力と比較した際に、もし、自分の方が優れている要素があるとしたら、最新式のスーツとど根性ぐらいのもので。
だから。
最初から勝てるとは思っていなかった―――負けるつもりもなかったし、倒したいと思っていたのも事実だけれど。
ふわふわと周囲を白い光が覆っている。辺り一面真っ白で、身体がどこにあるのかすらわからない。
あ、なんかこれ、聞いたことあるような。死線をさまよったことは一度や二度ではないがここまでやばいのってはじめてじゃなかろうか。のこしてきた母と娘の顔が浮かんでも、ごめん、と呟くばかりでどうやったって相手には届かない。
こんな場所で愚痴ったって反省したって呟いたってなにひとつ相手には届かない。
―――………そういうこと、だよな。
視線の先に懐かしい笑顔。
もう一度あいたいと望んでいた姿。
長い髪をゆうらりとなびかせて「ほんとうにしかたのないひとね」と苦笑い。
なあ………どう思う?
許してくれっかなあ?
珍しく素直に謝りはした、でも、本当に相手に届いていたのか分からないんだ。耳に届いていてもこころに届かなきゃ言葉なんてなんの意味もない。ここでグルグル考え込んでたところで意味がないように。
でもさ。
少なくともオレは―――あいつにもう一度、ちゃんと謝りたいよ。
許してくれるかは分からない。鬱陶しい、二度と近付かないでくださいと素気無くされる可能性の方が高い。密かに寄せてくれていたらしい彼の信頼に相応のものを返せなかった。「還った」途端にコンビ解消を言い渡されたって文句は言えない。
浮かぶのは大切で大切でたまらない娘と、常に眉間に皺寄せているような相棒の姿。
―――ふたりとも、もう、思ってるほどこどもじゃないって。
やっぱり寂しいなあと嘆くと「こんなところで拗ねないの」と優しく頭を撫ぜられた。
隔たれた外の世界は、現実の世界は、どうなっているのか。すべて終わっているかもしれない。それでもやはり、………何ができるかなんて全然わからないけど。
戻ろう、と、思った。
正解、と告げるように彼女が笑う。すまない。お前のところに行くのはもう少し後になりそうだ。
拳を握り締めて前を見据える。
―――だいじょうぶ、だいじょうぶ。
声に出して、呟く。
明けない朝はない、永遠なんてない、時間が止まることはない。
―――だいじょうぶ、だいじょうぶだ。
失敗ばかりでも周囲に迷惑かけっぱなしでも自己嫌悪に陥ることの方が多くても、やっぱり、生き方を変えることなんてできない。
大切なものは大切だし、心配なものは心配だ。
ただ、そこに頑張ってもう少し―――「時間の流れ」、ってのを。
「成長」、ってのを。
受け入れていかないと。
にっこり微笑んだ彼女が見慣れたハンチングを手渡す。サンキュと声に出して礼を言い、目深にかぶる。ミルキーウェイも吃驚な乳白色の世界。あの世とこの世の境目で行われた懐かしい遣り取りは僅かに目元を熱くする。
なあ、頼む、見守っててくれよ。
たぶんオレはこれからも上手くはやれない、失敗ばかりだろうけど、せめて自分の信念と、相手から寄せられた信頼にはきちんと応えたいから。ひとりよがりなこの性格がいまさら矯正できるなんて思わなくとも。
「信じるさ」
彼の勝利を信じている。負けるはずがない。彼は強い。
それでいて尚も心配してしまうのは、もう、自分の性分なのだと受け入れて。
「―――信じてる」
精一杯、自らの足で歩こうとしている彼の背中ぐらいは。
「信じてるさ………最初から」
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