008.英雄王の死


 

 汽車は車体を揺らしカタコトと定期的な音を響かせながら首都へ向かっている。
 窓を開けて風を受けながら目を細めた。なびく金色の髪が首に纏わりつき、ともすれば視界を遮りがちなそれに構う素振りもなく一心に外の景色を眺める。
 今日ばかりは身につけた銀時計が重すぎた。
 向かい側の座席に腰掛けた鎧姿の弟がそっと呼びかける。

「………兄さん。なに考えてるの?」

「―――大したことじゃねぇよ」

 いまはもう後にした小さな町のこと。
 その町に住まう―――住んでいた、とある退役軍人のこと。
 彼の言葉、彼の成したこと、彼の願い、彼の起こした事件。
 イシュヴァールとの戦いにおいて『英雄王』と呼ばれた男のこと。
 焔の錬金術師の戦友だったことは後に知ったが………いずれもが重く胸にのしかかる。行き合わせた大佐は語っていた。「彼の成したことは罪だ」。

 ―――だが。
「すべてを罪と決め付けることは出来ない」、と。

 戦時下において錬金術が使える事実を隠していたことも。
 部下を救うために禁じていた錬金術を用いたことも。
 それを理由として病身の妻のために一線を退いたことも。
 亡くした妻を取り戻すために研究を重ね、町の人々を犠牲にして復活の儀を執り行おうとしたことも。

 自身の起こした炎に焼かれ崩折れていく影に思わず叫んでいた。
「慕ってくれた町の人々を殺してまで取り戻したかったのか」と。
 だが、「ならば君たちは如何なのか」と返されて、言葉が出なかった。
 自分たちは、失われたすべてを取り戻そうと足掻いている。

 喪われた妻を取り戻そうとした彼と同様に、愚かしく、未練たらしく、滑稽なほどに捜しあぐねている。

 最期の瞬間、彼は笑っていた。
 笑いながら告げた。
 あの戦において、『英雄』なんてひとりもいなかったのだよ、と。

『英雄』は愚かにも蝋でつくった羽根を背に、太陽を目指していずれ地に堕ちる。
『英雄』は迂闊にも力に奢り些細な毒虫に殺される。
『英雄』は哀れにも妻の手で毒を盛られ、炎に身を捧げて天へと昇る。

 ―――私のしたことと、君たちがやろうとしたことの、一体どこが違うのかと。

 バンッ!!

「ざけんな………っ」
 握り締めた機械鎧の拳が唸る。叩き付けた窓枠が軋む。
「オレは―――オレたちは。オレたちのやり方で」
「うん」

「………すべてを取り戻す」

 決意を宿した黄金色の瞳が燃える。真向かいに座す弟が頷き返す。
 そうだ、彼のためにも。
 己の所為で拠り所とすべき肉体すら失ってしまった彼のためにも。

 止まらない―――止まるわけには、いかない。

 改めて座り直した椅子の元で左足が軋む。開ききっていた窓を少しだけ下ろして、未だ風は受けながらも軽く唇を噛み締めた。
『英雄王』は存在しなかった。『英雄』なんて何処にもいない。
 そして己も『英雄』ではない。
 そう呼ばれるに相応しいものはおそらく神話の時代に疾うに消え失せてしまったのだ。
 故に、地上に残るは『愚者』ばかり。

 神の御業に手を染めて無いもの強請りをする『子供』ばかり。

 停車駅が近づいて人々のさざめきが増す。行き交う和やかな別れの挨拶と再会の喜びの声がひたひたと耳元に届いた。
 いまはただ瞳を閉じて只管にその先を願う。

 ―――汽車は、まだ、止まらない。

 

※WEB拍手再録


 

本当はもーちょい色々設定とか考えてたんですが、ここで終わらせといた方がキリがいい

気がするのでこのまま放置します☆(………)

またぞろどっかで人体練成に手を出しちゃった「英雄」と呼ばれてた退役軍人がいたとでも

お考えくださいナ。 ← すっげぇいい加減だな、おい。

作中に出てくる『英雄』はすべてもとネタがあります〜。いずれもギリシャ神話から持ってきたつもりですが、

実は結構記憶が曖昧なんすよねー、はっはっはv(確認しろヨ)

 

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