020.リピート・リピート・リピート


 

 真冬からは抜け出しかかった、しかし春というにはまだ遠い夕暮れに喫茶店で屯していると妙にわびしくなってくるもんだ。
 ウチの団長たちに見つからぬようコソコソと隅の席に隠れている自分の姿を思い描くと深いため息をつきたくなってくる。ここに残っているのは俺の意思ではなかったし、紅茶は美味くとも朝比奈さんの淹れてくれた天上の甘露には及ぶべくもないし、目の前の席に陣取っている相手が相手だったからだ。
 いつもどおり胡散臭い笑みを浮かべたまま奴は優雅にコーヒーをすする。

「………どうやら不機嫌でいらっしゃるようですね?」

 当たり前だ。なんだって部活が終わってからも男ふたりで角つきあわせねばならんのかと思うと、俺のテスト結果を見た時のおふくろ以上に嘆きたくなってくる。

「あまり塞がないでください。それもこれも涼宮さんのためです」

 ―――そう。俺たちがこんなムサくるしい席を設けているのは、すべてはあの超大型台風の300倍は迷惑なSOS団団長様のためであった。
 つまりは先月、大多数の女子がその日を思ってソワソワし、一部の男子が栄光に包まれ大多数の男子が虚しさを味わうと言うお菓子業界の陰謀がすべての原因だった。遠大にすぎる手法で本人曰く義理チョコを俺たちに与えたハルヒは当然の如くホワイトデーのお返しを要求した。
 その際に俺が零した「ただし」のセリフは相手の闘志を異常に燃え上がらせただけであって、よって何らかの奇策を考え出さねばならなくなった俺たちはこうして頭をひねる羽目に―――って、なんだ。結局は自業自得か?

「チョコレートのお返しは結構難しいですよ。キャンディやマシュマロやクッキーにはそれぞれ意味があります。涼宮さんが知っていることを念頭に選ばなければ」

 意味なんぞ知らん。
 第一、そのラインナップの数々はチョコレート業界の陰謀に他の菓子会社も便乗した結果だと聞くぞ。

「いずれにせよ涼宮さんのご要望に沿うためには奇抜なアイデアが必要ですね」

 それは分かった。分かったから身を乗り出すな。
 しかし、こういった場合にいい手を思いつくのは大抵はお前の役目だった気がするんだが。

「ご期待にお応えできず心苦しいのですが、生憎と僕にもまだ策が浮かばないのですよ。―――涼宮さんは案外、あなたが普通に手渡しただけでも喜んでくださるのではないかと思いますがね」

 言いながら口元にひとの悪そうな笑みを浮かべた。

「閉鎖空間の発生は現象傾向にありますが、すべてはあなた次第です。期待してますよ」

 知るか。お前の期待に応えてやる義理はない。
 俺は軽く肩をすくめて紅茶を口に含む。

「あなたもこの日常を壊したくないと考えているはずです。つまりそれは涼宮さんが面倒を持ち込み、朝比奈さんがオタオタし、長門さんが微動だにせず本を読み、僕が笑い、あなたがため息をつくという日常ですが―――」

 ………確かに、な。
 この面倒だらけの日常が掛け替えのないものになってることぐらい俺だってわかっている。傍観者ではなく当事者だったのだと突きつけられた冬の日の、あの虚無感を俺は生涯忘れないだろう。

「そのためには僕たちの役目をあなたに一任してもよい気がしているんですがね」

 冗談じゃない、お守り役なんぞごめんこうむるね。それにあの事件の発端は長門だった。日常を脅かすのがハルヒだけとは言えないぞ。
 いずれにせよ今日の会合も何の収穫もないままに終わりそうだった。まったく、こんなんで本当に当日までにいい方法が浮かぶのかね。いっそ天にでも祈りたい気持ちだ。
 レシートを見て眉をしかめていると笑い声が聞こえてきた。

「奢って頂けるのですか? ありがとうございます」
「奢るとはいっとらん。第一、どうして俺が毎回奢る側なのか疑問だな」
「簡単です。涼宮さんが望んだからですよ」

 またそれか。

「彼女はあなたにエスコートしてもらいたいのですよ。けれど正面きって言えないから、いつもあなたに奢ってもらうことで代わりにしている。いじらしいじゃないですか」

 どこがだ。
 ならば、毎回毎回、札束を奪われる俺の財布はいじらしくないと言うのか。第一、俺が奢ってるのはハルヒの分だけじゃない。朝比奈さんや長門は別として、何故に毎度毎度、義理堅くお前の分まで奢ってやらねばならんのかなかなかに納得し難いぞ。ハルヒの精神を安定させることが世界平和に繋がるってんなら政府は敬意を表して俺に特別予算を計上すべきではないのかね。

「そこはそれ、お約束というやつです。ですが、まあ」

 握り締めていたレシートを横から掠め取られた。

「宜しければ奢って差し上げますよ。機関に必要経費として申請しますので心配は無用です」

 そうかい、そりゃ結構なことだ。
 ついでに週末パトロールの食事代も必要経費として申請してくれ。

「残念ながらそちらのご要望は叶えられそうにありませんね。でも」

 考えの読めない超能力者はやたら絵になるハンサムスマイルを浮かべた。

「あなたの分ぐらいならいつだって奢りますよ。遠慮はいりません」

「………古泉」
「なんですか」
「ワリカンにするぞ。1円単位でな」

 宣言して、奴の手の中にあったレシートを奪い去る。古泉は珍しくもやや驚いた表情になった。

「今月も財政がピンチかと思いましたが?」

 ああ、ピンチだとも。ハルヒと知り合って以来、俺の財布が潤った験しなんざないさ。けど、それとこれとは別問題だ。意地を張ってるだけかもしれんが武士は食わねど高楊枝と言うではないか。
 会計を終えて店を出ると既に辺りはとっぷりと暮れていた。
 人気のない道を並んで歩く古泉は相変わらず読めない笑みを浮かべている。

「明日にはきちんと計画を練らなければなりませんね。変わらぬ日常でいるためにも」
「ああ」

 素っ気無い返事をしながらもひたすらに前を見つめた。
 俺はSOS団の面々が揃っているという意味での繰り返しを望んではいるが、すべて繰り返せばいいと思ってるワケじゃない。いつかの「エンドレス・エイト」リピートなんてごめんだね。人間の成長や感情の変化に恒常性は付随しないものなのさ。
 ついでに、つい先刻気付いたことなんだがどうやら俺は古泉に奢ってもらう「日常」はかなり頑なに拒んでいるらしい。何故なんだろうね? 僅かなりとも援助してもらった方がふところには優しいってのに男同士は妙な見栄があっていけない。

「―――やれやれ」

 視界の端に古泉のにやけ面を納めながら俺はお決まりのセリフを吐いた。

 

※WEB拍手再録


 

『陰謀』編後。ホワイトデーもいつかやるでしょう。

要するに皆が帰宅してから部室で相談すればいいだけの話(苦笑)。

「エスコート」=「奢る」と解釈すれば主人公が嫌がった理由もなんとなーく推察されるのでは

ないかと………まぁ推察せんでもいいワケですが(どっちだヨ)。

エスコートされるよりはした方がまだマシだと思う微妙なオトコゴコロ(違)。

てゆーか、超能力者はさり気に主人公に対して好意的ですね?(疑問系)

 

一応、原作はアニメ放映前から知ってはいました。

一番最初に手にしたのが『消失』編だったおかげで人間関係の把握にちょっと苦労☆(当たり前)

どのキャラも好きですが主人公は別格。その点だけはむかしから変わらんのやね(遠い目)。

 

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