「オレ、行くよ」

 

黄金の瞳を持つ少年は真っ直ぐ前を向いて宣言した。

故に紫暗の瞳をした青年も咥え煙草で返すのだ。

 

「なら、とっとと行け」

 

―――と。

 

 


023.その背を押して


 

 辺りは暗闇に包まれている。
 それというのも、天を照らすべき太陽が黒雲に覆いつくされてしまった所為だ。桃源郷を照らし出していた陽の光などいまでは望むべくもない。人々は恐れ逃げ惑い、理性を失った妖怪は暴走の度合いを増し、狭間に位置する者たちは成す術もなく怯えうろたえている。すがる神も頼る仏も経文も祭文もなく、普段なら口にしないような祈りの言葉まで総動員させたってどうしようもないことは誰もが分かっている。

 牛魔王が。
 復活、してしまったから。

 自分たちは。
 使命を………果たせなかったから。

 経文は奪われた。
 魔王は復活した。
 けれど、生き延びている。
 生き恥をさらしてと後ろ指さされたって、生きていることこそが奴らに対して出来る最大限の抵抗だ。


「オレ、行くよ」

 悟空は金色の瞳を真っ直ぐ旅の仲間に向けた。彼の背後に続く洞窟は闇よりも尚暗く、生ぬるい風と地響きを定期的に運んできている。巷では此処が地獄への出入り口と噂されている―――けれど。
 やがて至る先のきざはしを上りきれば光明が見えてくる。
 地上からでは到達することのないはずの天の頂へ。
 神仏の世界へ。

 かつて………彼自身が記憶を失った世界へ。

 牛魔王を倒す手段がわからないだろうか、と疑問を口にしたのは八戒だった。
 伝説の太子様にでも聞くしかねーんじゃねぇの、と嘯いたのは悟浄だった。
 面倒くせえ、と文句を言いながらも観世音菩薩を(無理矢理)呼びつけたのは三蔵だった。
 知ってるぜ、天界にいるから攫いに来ればいい、と嗾けたのは観世音菩薩だった。

 そして。
 その道を辿れるのは悟空だけだった。

 少し、おかしな話ではあるが。
 天界から追放されたものの彼は未だ神籍にいるらしい。だから、立ち入る『権利』があるのだと。
 神々は怠慢で傲慢で仕来りにうるさい。例え彼らの過去生がどうであれ、ひとたび人間として―――あるいは妖怪として存在することになったならば最早立ち入られるのはプライドが許さないらしかった。故に見逃してくれるのは唯ひとり。
 呆れたプライドだ、土足で踏み込んで荒らしまわってやればいい。
 四人とも考えていたけれど出入り口まで来てみれば疾うにその場所の存在は敵側にも知られていて、追っ手を振り切るためには何人かが留まらなければいけなかった。しかしそれでも、ふたりずつに分かれるぐらいで済んだ筈なのだ。

 悟空が―――ひとりで、行きたいと。
 言い出さなければ。

 何を思い出したのか何も思い出していないのか珍しくも眉根を寄せて考え込むようにしながら。
「ごめんな。よく………わかんないけど。オレひとりで行かなくちゃいけない気がする」
 たぶん、置いてきちゃったのはオレだから、と。

「ナタクは、オレのともだちだから」

 その科白を聞いてから、ゆっくりと三蔵は後ろを向いて煙草に火を点けた。ただでさえ漆黒の天、薄暗い森の中で赤い炎はやたらと目立つ。遠くから聞こえてくる妖怪どもも間もなくこのささやかな光を発見するだろう。
 うざってぇな、と三蔵は考えた。

「オレ、行くよ」

 再度の確認の言葉が繰り返されたところで、他ふたりの同行者の意見なんざ顧みずとっとと返事をする。

「なら、とっとと行け」

 悟空は一瞬さびしそうな顔をしたようだった。けれどそんな表情もすぐにマジメな押し黙ったものにとって代わられてしまう。動く様子のない彼に苛立って三蔵は肩越しに彼を振り返った。

「………お前の問題なんだろう? だったら、オレ達の口出しできる範疇じゃねえ」

 てめぇが行かないと話が進まねぇんだ。
 悩んでる暇があったら前に進め。
 前に進んで壁にぶち当たったら際限なく壊せ敵に出会ったら容赦なく倒せ。
 ひたすらに前を見て進め。

 お前の光は―――。
 その先に、ある。

 悟空が深く頷いて踵を返す。
「みんなも気をつけてなっ。オレ、必ず戻って来るから!」
「悟空! 天界だからって油断しちゃ駄目ですよ!」
「こっちは任せとけやー。綺麗なお姉さん相手じゃないのがちっと難点だけどよ」
 笑いさえ滲ませてかわされる会話。
 足音が遠ざかるに連れて己の背中に痛いぐらいに突き刺さる二対の視線を感じる。

 ………知ったことか。
 もとから覚悟していたことだ。
 いつか彼がすべてを思い出して、過去に置いてきてしまったものを取り戻したいと願ったならば、現在の己が留めていい訳がないのだと。
 遥かむかし五行山に封じられた彼を連れ出した時から決めていたことだ。

 だから三蔵は何気ない顔で銃を取り出し弾丸を込める。銃口の向かう先は敵が突入してくるであろう森の入り口だ。
「―――来るぞ」
 八戒と悟浄がそれぞれの武器を携えたのを気配から察する。白竜が嘶いて敵の接近を知らせる。
 闇の中から聞こえる声、不気味な足音、暗がりに煌く牙、爪、刃。どれだけ凶暴で強靭な様を見せ付けられたところで怯む理由もないし道を譲ってやるほど酔狂でもない。追っ手として洞窟の中に侵入したとて返り討ちにあうのが関の山だ。同じ屍と化すのならせいぜい邪魔にならない場所で邪魔にならないように死んでくれ。

 ………覚悟。
 していた。
 はず、なのだが。

 なのに。
 どうしても振り向きたくなるのは、追いかけたくなるのは、呼び止めたくなるのは。
 馬鹿正直な彼のことだから自分が名前を呼んでやりさえすればどんなに先まで進んでたって歩みを止めて引き返すのだろう。「三蔵の声が聞こえたんだ!」と無邪気に笑って黄金の瞳を煌かせて。

 本当に馬鹿だと思う。
 だからこそ三蔵は彼を呼び戻せないのに。

「―――情けねぇ」

 誰にも見られないほど微かに刻んだ自嘲の笑みを地に落とした煙草を踏み消す仕草で惑わす。
 表面上はどうといった変化のない顔であくまでも事務的に。


 三蔵は引き鉄を引いた。

 

 

いつかこの指を離して とおいとおい空を君が求めたら

その背中を蹴り飛ばし「早く行け」と笑うよ

 

 

※WEB拍手再録


 

シチュエーションがものごっつい謎………(汗)。とりあえず、牛魔王が復活して窮地に追い込まれて

「一先ずナタクに会ってみよーか」という原作なら決してありえない展開になってるんだと思ってください(苦笑)。

ちなみにウチの変換機能では「ナタク」を漢字にしようとすると文字化けしてしまいます………どうしてやねん☆

ラストのセリフは原作単行本にもあった三蔵の言葉ですね。

思いっきり悟空のこと指してるよーに思えるのはワタシだけ??(笑)

 

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