025.囚われ人


 

 城の喧騒から逃れた庭園の隅の木の下で、大きなのびをひとつ、のんびりと横たわる。
 瞼の裏に感じる日の光が疎らに揺らいでちょっとばかり気に掛かっても、この絶大な眠りへの誘惑の前では何ほどのものでもない。
 相方のフェリスはいつも通りだんごを食べに行っている。毎日のように食べていてよく飽きないなぁと思わないでもないが、そんなこと突っ込んだら最後、あっという間に彼女の剣でこの世とオサラバさせられてしまう。
 俺って不幸だなぁと思いつつ、おいおい何やってんだ、折角惰眠を貪れそうなこの機会にわざわざコワイものを思い出さなくてもいいじゃないかとライナは考えた。

 けれど、深いまどろみの。
 ふとした瞬間に記憶の表層に浮かんでくる「赤」。

 夕日、夕焼け、赤い大地、赤い手のひら。
 捕まる前に逃げ出したいのに、それは己の中に最も強く植えつけられた色だからどうしても。

 頑なに目をつぶったままでいた彼は、突如何か固い物に頭をはたかれて地面にめり込んだ。

「っつ〜………! なんだぁ?」
「よう、ライナ。相変わらず場所を弁えない奴だな」
「―――シオンか」

 いやいや瞳をこじ開けてみれば、傲慢で尊大で人使いの荒いこの国の王様がニマニマと笑いながらこちらを見下ろしていた。両脇に抱えられた大量の紙束―――おそらくこれが自分の脳に激突した凶器の正体だろう。
 いつもは執務室にこもっているはずなのに、どーゆーつもりだ。
 白銀の髪をひるがえし、シオンはライナの隣に座り込む。

「ちょうどいい。お前に頼もうと思っていた仕事がここに三千件ほど―――」
「ちょ、ちょっと待てぃ! よーやく帰ってきたばかりだってのにもう仕事か!?」

 青褪めながら飛び起きた友人を見て国王はにっこりと、それこそ男女関係なく誰もが見惚れそうな笑みを浮かべた。
 ………つくづく外見だけはよい男だと思う。
 頼りがいのある王様のフリして、この調子で臣下や国民のことも騙しているのだ。
 裏ではものすごーく人非人な命令を下してるくせに国内じゃ『英雄王』として祀られてるんだから何だか色々と納得できない。コイツの本性は所詮『シオン・アホターレ』なんだぜ、と声を大に叫んでやりたい。でも、叫んだらとんでもない仕返しが待ってるから絶対やらない。

「てゆうか、お前。外で仕事やることにしたのか?」
「いや。カルネに追い出された」

 覚えがあるようなないような名前にライナは再び地面に寝転がる。
 確かそれはシオンの部下の名前だ。若さとやる気に身を任せてワーカー・ホリックの頂点を極めつつある主君の体調を気遣わねばならない立場にいるのは、非常に骨が折れることだろう。
 しかし、部屋から追い出す際にシオンの手から書物を奪えなかったのは落ち度である。その気になれば何処でだって仕事をおっぱじめる人間なのだから。
 ぼんやりしていたら珍しくも彼が本の数々を脇に置いて、木に寄りかかったまま目を閉じた。

「シオン?」
「ま、折角だから少しだけな。―――そこに居ろよ、ライナ」
「………………ああ」

 黄金の瞳を閉じて静かに息を紡ぐ横顔を地に這ったままそっと盗み見た。
 梢が織り成す影の下ではあまりよく分からないけれど、それでもたぶん彼は、疲れているのだと思う。周囲の人間が途轍もなく心配するくらいには。
 国民のために暗い執務室に閉じこもって色々ややこしい問題と向き合わなければならない彼は、ある意味、この城に閉じ込められていると喩えられなくもないかもしれなくて。
 面倒くさいなぁ、王様なんてやめちゃえよ、と思っても。
 その『王様』に頼ろうとしているのは自分だから。
 静かに、自分の眼球を瞼の上から押してみる。やたら弾力にとんだ球体はどれだけ力を篭めたところでひしゃげることがない。剣を突き立ててみても無理だった。

 この『魔眼』―――『複写眼』が。
 どれだけ己の世界を「赤」に染め上げてくれたことだろう。

 そんな、自分と同じように苦しんでいる『魔眼』の所持者たちを、幼い頃に『開眼』したが故にヒトのこころを捨てきれず、周囲から忌み嫌われ、遠ざけられている彼らを。
 ローランドで受け入れてほしいと『王』であるシオンに願ったのはライナだ。
 お前を利用しに来たんだと告げた時、本当にすまないと謝った時、「それがどうした」、「俺を馬鹿にするつもりか」と彼は怒ったけど。
 執務室に篭もりっきりで色んなモノ背負い込んで身動きとれなくなってるシオンなんてもう見たくないのに、自分の願いは、そんな彼に更なる負担をかけることにしかなっていなくて。
 ―――でも。
 謝ったら、きっと。
 ひどく怒られるか、笑顔で嫌味を言われるかするんだろう。「また黙って出て行くつもりか?」とこちらの古傷えぐるようなことを言われるんだろう。彼の方がよっぽど傷ついたような表情を浮かべながら。

(………やっぱりさ、シオン)

 何でも出来る完全無欠の王様。

(俺みたいな、『化け物』を飼い続けるのはつらいだろう?)

 暗い部屋に閉じ込められて。
 悩み事や考え事は誰にも打ち明けない孤独な王様。
 せめて傍にいさせてくれと告げたところで、自分の正体が世間に知られたならば何より傷つくのは彼の名声なのだ。

 眠りかけていた瞳をこじ開けて、ライナはゆっくりを身体を起こした。珍しくも深く寝入っているらしいシオンは未だ起きる気配はないけれど。
 風に飛びかけていた指令書の一枚を抜き出してうんざりと眺める。

「………この程度ならいいんだけどな〜………」

 シオン曰くの『少しだけ眠る』の『少し』がどれぐらいなのか分からなくても、時間が来れば彼は自然と眼を覚ますだろう。だったら自分が眠りこけてたって大丈夫だよなと思いつつ、予期せぬ来訪者が極悪非道な王様の睡眠時間を無駄に削りに来たりしないように。
 ちょっとだけ自分の睡眠時間を自主的に削ってみようかな、と。
 絶対、後で山ほど仕事を押し付けられて、シオンに呪いの言葉を吐きかけているだろう自身を思って。

 ライナはやる気の無い瞳を一、二度だけ瞬かせた。

 

※WEB拍手再録


 

原作未読のチャレンジャー(パラ読み程度)。色々間違ってたら後から直します☆

主人公はもっと眠りに貪欲だし、王様はもっと意地悪なはずなんだよ(遠い目)。

王様は主人公を殺したくないみたいですが、伝説通りに行くと『アレ』なのよね??

 

BACK    TOP

 

 

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理