※うざい古泉。

※思考回路だだ漏れの古泉。

※ところどころ乙メンな古泉。

※古泉×キョンでもキョン×古泉でもなく、古泉+キョンもどき。

※総じてがっかり『雪山症候群』。

 

 

 

 窓の外を確かめるまでもなく未だに雪は降り続いている。電話もなくテレビもなく家の住人もいない、絶海の孤島と同じくらい見事なクローズドサークル。もしやこれも『彼女』の無意識が働いた結果かと一瞬考えてはみたがそれはない。この辺の思考回路はお互い様で今回のことも彼女にとっては僕が考えたドッキリということになっているのかもしれないが、その勘違いが続いている間に事態が好転して欲しいと思う。望めばなんでも揃う環境とはいえ閉じ込められたまま一生を終えるのは流石に御免被りたい。
 そんなことを考えながらベッドの上に身体を投げ出した。深く、息を吐いて天井を見上げる。
 さて―――これからどうする。古泉一樹。お前はどうする。
 緊急事態が起きましたと外部に連絡も取れず保護対象と観察対象と共にひとつところに監禁されているなんて眼も当てられない。せめて超能力が何らかの形で発動してくれればよいのだが、生憎とここは彼女の創り出した異空間ではない。
 と、そこまで考えたところで僅かに苦笑した。彼と同じ話をしたことを思い出したので。
 彼、ことキョンくん―――本名は他にあるのにその名で呼ばれることはほとんどない―――には面白い話を聞かされたばかりだ。彼は色々と知らぬ間に妙なことに巻き込まれていたりするのでこちらとしても興味は尽きない。大変そうだと思う一方で、どうして自分は巻き込まれないのかと、もっと早く教えてくれればいいのにと、不満とも嫉妬ともつかぬ感情が胸中で燻る。『神様』の『鍵』に対して不遜な感情ではないかと自嘲しつつ、彼の体験した出来事と今回の出来事についてあらためて考えてみる。
 彼、は。
 話の聞き手としても語り手としても「上手い」部類だ。必要なことを分かりやすく話し、不明な点では相手の意見を求め、欲しいタイミングで合いの手を入れてくれる。その話し方の巧みさと言えば、どうしてこれで学校の成績が悪いのか聊かの疑問を覚える程である。コツがわかっていないだけで決して頭は悪くないと思うのだが―――ああ、でも察しは悪いか―――主に恋愛方面で。なにせ彼は涼宮さんから向けられる好意を自覚しているのに自覚したくないようだし、朝比奈さんには無条件の好意を寄せつつも感情の機微を把握していないようであり、長門さんの意思を瞳の色ひとつで見分けるくせに彼女が頼みを聞いてくれるのは涼宮さん関連のみと思い込んでいる節があり、勿論僕に対しても―――いや待ていまそれは関係ない。
 溜息をついて身体を起こす。何か飲み物でも淹れようと思えば、枕元にはいつの間にかポットとディーパックが出現している。実に行き届いた配慮ではないか。『館』の好意に甘えて紅茶を飲む準備を整えつつ、もう一度、思考回路を戻してみる。
 ………もしも。
 もしも、だ。
 彼の言う通りに彼が過去に戻ることで現在を確定する必要があるならば、彼、もとい僕らが現実世界に戻ることは明確な未来である。と、同時に僕の仮説が正しければ僕たちの存在は未来になんら影響しない。延々と繰り返したあの夏休みの中で変わらず記憶を保持し続けたのは長門さんだけだった。毎回毎回リセットされた僕たちにも少しずつバグの如き記憶の残滓がたゆたい、だからこそ繰り返される季節に気付けたのだが―――それは即ち、その瞬間まで『上書き』され続けた僕たちがいたことと同義であって今回もそうならない可能性はない。定かではなかったが彼は似たような経験をしたことがあるような口ぶりでもあったし、組織には『世界』が僅か数年前に構築されたとする説さえ存在しているのだ。こうして僕が悩んでいることさえもいずれは遣り直しの利く『コピー』の瑣末な事象として消え行くのかもしれなかった。
 風が強くなったのか、窓枠がガタガタと鳴っている。耳を澄ましても他には何も聴こえない。カップに紅茶を注ぎながら思考が取り止めもなく流れて行く。
 もはや知る術もないが、延々と繰り返される夏休みに『僕』は何を考えていたのだろう。いまの『僕』は簡単だ。夏休み最後の集会における彼の「まだ終わってねえ!」との叫び。それを聞いた瞬間に「あがりだ」と直感したのだ。だから始業式も問題なく訪れるものと信じて疑わなかった。思うにそれは何回となく繰り返された中に降り積もる記憶の数々が相違点を見つけたと叫んでおり、彼の声と彼女の反応に「正解」を見たからに他ならない。
 だからいまの僕はいいとして―――ただ虚しく夏休み最後の日を迎えねばならなかった『僕』は何をしていたのだろう。解決策の見えない未来に途方に暮れながらも組織に報告を行っていたのか、自室で管を巻いていたのか、町をぶらついていたのか、あるいは夜も遅くなった頃にもうすべてぶちまけますよとばかりに彼のもとを訪ねたのだろうか。
 なんだか一番最後の説が有力な気がしてしまい、また僕は笑った。
 その程度には『僕』の中に蓄積された記憶であり、迷いであり、だからこそただの一度たりとも実行に移されることがなかった望みだったと嫌でも感じ取れてしまう。
 涼宮さんは必然的に論外だとしても、彼は長門さんの手を借りなければならないことを悔しがっているし、大人版朝比奈さんに何も教えてもらえない事実を歯がゆく思いつつも頼りにしているようだし、僭越ながらこの僕にも「超能力」という一点と、おそらくは状況整理を兼ねた聞き手として一応の信頼は寄せてくれている。と、思う。そう思いたい。
 しかして僕自身が頼れる相手、もとい何かを相談してみたいと思える相手と来たら涼宮さんでも長門さんでも朝比奈さんでもないことが明白すぎて、天を仰ぎたくなってしまった。あたたかな紅茶を口に含んだところで迷走気味な思考回路が止まってくれる訳でもない。
 勿論、僕にだって相談相手ぐらいいる。組織の関係者や事情を知る生徒会長は、ある意味では彼より余程隠し立てすることもない絶好の話し相手だ。彼が『鍵』である以上は腹を割って話すなどできるはずもない。けれどもその点を除いてみれば、一度でいいから彼と普通に馬鹿話をしながらテスト勉強をしたり町を遊び歩いたりしてみたいと思う。SOS団以外に深く関わっている同級生がいない所為だ―――と考える先から、他と関わっていたとしても結論は同じだ―――と、誰かが答える。
 一方で彼には当然のことながら僕以外にも友人はいるし家族もいるし、涼宮さん絡み以外で「古泉でなければ話せないんだ」とご指名がくだるなど先ず有り得なくて、僕なら「他の誰よりも先ず彼で」となるに決まっているのにだから何が不満かと言うと別に僕は彼の一番になりたい訳でも一番に頼られたい訳でもないのだが彼の近辺で起こる騒動から外されがちな現状に某かの意志が働いているのだとしたら随分と冷たいではないか僕だってもっと冒険してみたい彼と一緒に不思議な体験をしてみたい折角『彼女』の傍にいるのだ偶然にも彼と話す機会を得たのだどうせなら最後まで一緒に物語を。
 ―――と。
「古泉」
 突然に間近で響いた聞き慣れた声に危うく飛び上がるところだった。
 慌てて振り返り、幾度かの瞬き。間近に突っ立ってた人物に僕は正直に驚いた。本日二度目の来訪とは、状況を考えればおかしくないのかもしれなかったが日頃の彼を思えばやはり不思議ではある。そもそも、彼は、いつ此処へ来た?
「これは………驚きましたね。どうしたんですか? 無言で部屋に入られると流石に驚くのですが」
「なに言ってるんだ。何度もノックしただろ」
 不機嫌そうにキョンくんが眉間に皺を寄せる。そうだったろうか。そんなにも僕は惚けていただろうか。いや、それよりも彼だ。こころなしか顔色も悪いようだし、何かまずい事実が判明したのかもしれない。さっき長門に事情を説明されたんだとか大人版朝比奈さんが現れて秘密を打ち明けていったんだとか、少なくとも僕もSOS団の一員としては認められているのでその程度の相談ならしてもらえると自負しているし、させてほしい。
 手頃な椅子の見当たらない室内にちょっとだけ迷う。ここで「椅子よ、出てこーい」と願ったら降って沸いてくれるのかもしれないが、そんな手品紛いの真似までして歓迎の意を表するのはなけなしのプライドが許さない。孤島で話し合った時の様に、どうぞ、とベッドの端を指差すに留め置く。
「丁度、紅茶を淹れたばかりだったんですよ。あなたも一杯いかがですか?」
「………いや」
 ズボンのポケットに両手を突っ込んだままの彼は反応が鈍い。一歩、室内に踏み込んだまま動く気配もないので訝しさを覚えた。
 不意に彼はグ、と拳を強く握り締めると、やたら真剣な眼差しでこちらを射抜いた。
「古泉。実は、聞いて欲しい話がある」
「―――茶化している場合ではなさそうですね」
 もしやこれは本気モードかと、掲げたポットもそのままに表情を引き締める。幸いなことに彼は『古泉一樹』を「イケメン」と認識してくれているらしく、お前なんぞチラシの一面でも飾ってろと呪い紛いの賛辞ならば幾度も受けた経験がある。なので、経験上、僕が真面目な表情をすれば彼も釣られたように真剣な眼差しをしてくれるのでこちらとしても嬉し―――いやいやそうではなく。
 何かあったんですか、と伝える言葉ばかりは取り繕いつつ見つめ返せば重々しく彼が口を開いた。
「古泉」
「はい」
「オレはお前のことを」
「はい」
「―――『マブダチ』と呼んでもいいだろうか」
「は―――………」

 ………。

 ま。
 ま。
 待て。
 うん、待て。ちょっと待って。待ってくださいお願いします。
 まぶだち。別名『親友』。まぶにダチな感じ。マブダチ。
「………」
 え、っと。
 落ち着け。
 落ち着け、『古泉一樹』。
 いまこそ鍛えられたポーカーフェイスを発揮すべき時だ!
「―――っと………」
 意味なくポットを上げ下げし、左右を見渡し、微笑を刻んだまま顔をギギギと45度ほど回転させて、ようやく僕は口を開いた。
「………そうそう。紅茶。淹れたばかりだったんですよ。よければあたため直しますが―――」
「古泉!」
「うわ!?」
 待ってくださいなんか近い顔が近い声が近い息を吹きかけないでください! 視界一面があなたの顔ってどんだけ至近距離ですか! 自分から近付くのには慣れてても近付かれるのには耐性ゼロなんですよ僕は!!
 なんてこちらの動揺は露知らず、彼は普段には有り得ないぐらいにきらきらと瞳を輝かせ頬を紅潮させ尊敬と憧憬と信頼と親愛(!?)が篭もった眼差しで直向に見詰めてくる。
「眼を逸らすな古泉! 耳も塞ぐな!」
 すいません全然そっちを見れませんついでに台詞も右の耳から左の耳へ聞き流したいです割と本気で。微妙に彼から視線を逸らしつつ後退りしつつ無理矢理に笑みを浮かべる。それはおそらく彼が褒めてくれた「無駄に爽やかな笑顔」だったろうが、生憎と胸中はそんな生易しいものではなく天竺へお経を取りに旅立った玄奘三蔵だって途中の砂漠でこんな嵐にあったんじゃなかろうかとらしくもない想像に浸りたくなるほどには現実逃避の5秒前であった。
「………何故、急にそのようなことを?」
「特に理由はない。しかし言っておかなければならない気がした」
 そうですか。
 特にリーズンもないコクハクでマイハートをダイレクト・アタックですか。YOU、落ち着いちゃいなよ。
 こちらが硬直したままでいるのをどう思ったのか、彼は頬を紅潮させ拳を握り締めて口調も熱く語り始めた。おかしい。絶対おかしい。今日はアルコールなんて取ってないはずだ。あるいは寝室に引っ込んでから彼も僕と同じ方法で酒かビールでも取り出してみたのだろうか。
「だが、別にこれはいま思いついたという訳ではない。決してないぞ。前々から思っていたことをあらためて口にしたくなっただけの話だ。お前はハルヒの影響で超能力を得てノイローゼになりかかったにも関わらず、仲間の手助けがあったとはいえ自力で立ち直った。恨んでもよさそうなところを笑顔で受け止めている。それは賞賛に値するものだ。俺はお前のそんなところを尊敬している」

 うわあ………。

 比喩でなく、その時の僕は間抜けに口を開けたままそう呟いていたはずだ。
 もはや取り繕っている余裕もない。引き攣った笑みを浮かべたまま石のように固まる。この部屋には僕と彼しかおらず、何か行動を起こせるのは僕しかおらず、従って、その唯一であるところの僕が何もしないので彼の演説は誰に憚ることなく滔々と続けられていた。
「お前はハルヒの前ではイエスマンだが笑顔の裏で色々と苦労している努力の人間だ。頭がいい、顔がいい、運動もできるし性格もいいのに突如として転校してきた謎の生徒。そんな役目を務めつつ適度にハルヒの機嫌を窺いつつ各種イベントの準備をするなんて並大抵の苦労ではないはずだ!」
 確かにそれなりに苦労はしてますが。
 でも、一番に彼女に振り回されているのはあなたであるのだからして。
「朝比奈さんの正体や長門の身内についてお前が色々と隠し事をしているのだって知っている。俺を通じてハルヒに何かしらの真実が伝わるのを恐れているんだってことも分かっている。ただ、そこに俺に対する幾許かの友愛を感じ取れるのは俺の単なる思い込みか?」
 いえ、その。
 思い込みだと思い込んでくれていた方が有り難いような………。
「俺はお前が、お前のクラスでどんな振る舞いをしているのか知らん。文化祭で役も貰ってたし周囲に騒がれるほど女にモテモテなんだから上手くやってはいるんだろうさ。しかし! 本当のお前はもっと気さくな奴に違いない。自分の噂が何処からハルヒの耳に入るか分からないから必死になって自分を律しているんだ!」
 自身の行動に注意を払っているのは事実ですが。
 でも、あの、いまの僕はほとんど『素』でSOS団の皆さんと過ごしてるんですが。あなたの前では偽らざるを得ないことが多いのも事実ですがいつかは何の気兼ねもなく笑いあえる日が来ればいいと望んでいるんですが。
 と、未だ固まったままの僕に業を煮やしたのか何なのか。
 再び大股で近付いてきた彼にガッシ! と両の肩を掴まれた。
「古泉! お前の答えは如何なんだ!」
 如何、と、言われましても。
「ま、マブダチが無理なら友人でもいいし、百歩ほど譲って中学時代からの幼馴染でも双子でも兄弟でも従兄弟でも構わん!」
 赤面しないでください。
 で、なく。
 ではなく。
 何処が譲ってるんですか、それ。でなくて、僕とあなたに血縁関係はないことは誰から見てもあからさまなほどに明らかなんですけど本気で言ってるんですか落ち着いてください300円あげますから!
 引き攣った笑みのまま「あ」とか「う」とか意味を成さない声を出す。どんな時でも口だけはぺらぺらと動くのが密かなる自慢のはずだったのに、このキョンくんは明らかにおかしいと理解しているのに、同じぐらいだけこころの何処かで喜んでいるようで非常にまずい。何かがまずい。
 じぃっと常にないほど至近距離から僕を見詰めていた彼は、不意に瞼を閉じて唇を噛み締めた。
 そのまま一歩下がり、二歩下がり、最後に僕の肩から両手を離す。重みを失った両肩が異様に軽く感じられて戸惑う。
「キョ、キョンくん?」
「―――わかった」
 なにが。
「お前がその気なら、俺にも考えがある」
 ですから、なにが。
 しっかと眼を開いて僕を正面から見据えた彼が堂々とのたまった。
「ハルヒの前で俺とお前が親友であることを宣言してくる!」
「………は!?」
「あいつが認めればSOS団内でも文句なしの公認だ。どうだ、文句ないだろう!」
「も、文句を言う前の問題なのではっ!?」
 動揺しすぎてその場で僕が無意味におろおろと回転する。いいや止まらん、俺はもう止まらん、お前も覚悟を決めろ! と訳の分からないことを叫びながら頭の螺子が10本ほどすっ飛んだ彼がズンズンと目の前を横切り、そのまま扉に手をかける。
「まっ―――待ってください!」
 ここに来て漸く握り締めたままだったポットを枕元へと置く。
 なんだかよく分からないがこの彼はおかしい。明らかにおかしい。とにかくおかしい。こんな状態の彼が彼女の前で謎の主張を繰り広げてでもみろ、それこそストレスと怒りによる閉鎖空間が大発生と思う矢先に彼が開いた扉をすり抜ける。
「待ってください!!」
 見事に扉の開閉音が五重奏で響いた―――………。




「………み! ………古泉!」
「―――は」
 ふ、と閉じていた目を開く。
 目の前には彼。北高の制服を着た彼、だ。
 眉間に皺を寄せたいつも通りの愛想のない顔で、何処か気遣わしげな態度で彼が声を発する。
「どーした、急にぼーっとして。白昼夢でも見てたのか」
 瞬きの内に周囲の状況を把握する。
 行き交う制服姿の同級生たち、目の前のテーブルには自販機で買ったコーヒー、頭上には木々の葉、遠くから聴こえる野球部の練習の声と生徒たちの笑い声。いつも通り、いつもの、校舎内にある休憩場。勿論雪山でもないし謎の屋敷にいる訳でもないし思考回路が月面宙返りした彼が目の前にいる訳でもない。
(―――ああ)
 夢、か。
 そう思って笑う。眠っていたつもりはないが、先日のことをあんなにつらつらと思い出すだなんて「寝ていた」と評しても問題ないのかもしれない。
 なんでもないフリを装っていつもの調子で肩を竦める。
「申し訳ありません。少々考え事をしていたものですから」
「春休みの行動予定でも立ててたのか」
「それはこれからあなたと相談すべき議題ですね。とはいえ、僕たちの自由などすべては神の御心次第ですが………」
 不敬にも十字を切って口角を上げれば彼がつまらなそうにそっぽを向いた。
 その表情と、先刻まで見ていた記憶の中の彼との明らかな齟齬に僕は苦笑いと共に口を噤む。不自然な沈黙に何を思ったのか、再び眉間に皺寄せながらこちらを窺い見る相手に、まあ、偶にはそんな気になってもいいんじゃないか―――という心境になった。
「―――すいません。突然ですがあなたに少々お尋ねしたいことがあります。非常に無意味な質問ですので答えていただかなくても結構ですが」
「いちいち前置きが長いな。なんだ、一体」
「僕は、あなたにとってのなんでしょう」
「SOS団のメンバー同級生顔見知り知人知り合いゲームが弱い」
 間髪いれずにきっぱりはっきり返されて、なんだか笑ってしまう。しかも最後のそれ。僕の特徴であって僕との関係ではありませんよね。
 素直に答えを返した彼は物凄く不機嫌そうにベンチの上で腕を組み直した。
「いまのが何か重要な答えでも孕んでるってのか?」
「そのようなことはありませんよ。ただ、聞いてみたくなっただけです。僕にもSOS団としての仲間意識はありますし、僭越ながらあなたにも友情めいたものを感じていますので」
 テーブルに肘をついて、やや上目遣いで彼を見詰める。途端に分かりやすくも不機嫌さを増すのだからどうにも分かり合えずにいるようだと楽しいような寂しいような微妙な気持ちになった。
 ―――あの、館で。
 各自の部屋に登場した人物は長門さんが見せた幻という結論になったけれど、果たして、その幻影が取った行動も彼女の操作した結果だったのだろうか。詳らかに確認した訳ではないがキョンくんの部屋に現れた朝比奈さんは色仕掛けをしてきたらしいし、少なくとも対象―――この場合は彼―――が、明確に拒否することは難しい対応を取るようプログラムされていたのではないかと思う。あの幻影はつまり、自己の要望を映し出す鏡だったのではないかと。
 だとすれば『彼』に「マブダチ」と言わしめたり至近距離で見詰めてもらったり労わるような言葉をかけてもらった自分はなんとも恥ずかしい願望を日常から抱いていることになる。
 一度でもいいから、堂々と『友人』と紹介してほしいだなんて―――。
(………思ったりしないはずだったんですけどね)
 少なくとも、実際にSOS団に潜入して彼や彼女たちと知り合いになるまでは。
 言葉を続けることをやめてしまった僕に何を感じたのか、彼は何処か居心地悪そうにベンチに座り直す。なんだかんだ言いつつも面倒見がいい彼は、昼休みも残り僅かなのに、脈絡のない質問をしてきた顔見知りを黙って捨て置くこともできないらしい。
 どうせ分かってないなら少しぐらいいいじゃないかと笑顔を浮かべたまま飽きずに彼の顔を眺める。
 手元の紙カップを所在無さげにいじくり回していた彼はやがて深い溜息をつくと、苦虫を噛み潰したような表情と共に残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
 空になった紙カップをぐしゃりと握り締め、視線をあからさまに逸らしながら。
 聴き取りづらいぼそぼそとした声で。
「まあ、―――なんだ。お互いあいつに振り回されているという点では同情に値するかもしれんな。同病相哀れむと言う奴だ。類は友を呼ぶ、とは少し違うかもしれんが」
「………」
「傍から見れば俺たちは『涼宮ハルヒと愉快な仲間達』の一員だ。どんだけ拒否ろうともな」
 不覚、にも。
 彼の言葉に僕はしばし呆然として素直に驚きを露にしてしまった。
 ―――そうか。
 これは彼なりの妥協点。友と呼ぶのは憚られるとも類友の「友」ならばまだ受け入れられなくもないと言うことか。それは実に見事な共感の表現であり普通の友人と称されるよりも半歩くらいは踏み込んだ関係になるのではないかと思われるのだが、生憎と彼の仏頂面から真意を読み取ることは叶わない。
 抑えきれない面映い感情と共に珍しく―――そう、本当に珍しく―――も、こころの底からの笑みを浮かべて思わず身を乗り出し「あなたにそう仰っていただけるとは実に光栄です」と素直に礼を述べれば「うるさいうざい無駄に顔を近づけるな暑苦しい!」と一息で切って捨てられた。
 ああ、やっぱり。
 下手に近くにいるよりも。

 


054.推定60センチ


 


このぐらいの距離感が丁度いい。

 

※WEB拍手再録


 

いや、なんか急に書きたくなって………(謎)

この程度のぼけっぷりなら古泉に「気が狂ったとしてもあなたはあんなことを

しないでしょうね」なんて言われたりしないと思うんですけども、

まあ、それこそが書き手のがっかりクオリティですから!(えばるな)

 

BACK    TOP

 

 


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理