073.星をも盗む


 

 帰宅部の連中はとっとと鞄を肩に担ぎ、部活動に励む連中が足取りも軽やかに教室を出て行くのを横目にしつつ、まるでしがないサラリーマン、ベルトコンベアーで運ばれる部品の一部の如く今日も今日とて部室の扉を開いてしまうのは一体どんな呪いが作用した結果かと時に悩まないでもない。
 ああ、でも、考える必要はないのかもしれないな。なにせその呪いを具現化したならば、常に俺の後ろの席に陣取っていて、ひたすらに問題を巻き起こし、外見や能力の高さだけは文句のつけようもないくせに性格に難があり過ぎるが故にすべて台無しになっている例の人物を象るに違いないからな。
 かくして俺は今日も朝比奈さんの天使の微笑を救いの光としつつ文芸部の戸を開くわけだ。




「―――あれ?」

 戸を開けた俺は少々驚いた。
 日直のハルヒは別として、いつもなら既にSOS団専用メイド服に着替えているはずの朝比奈さんや、胡散臭い笑みを振りまいている古泉がいないのも冒頭のセリフの原因ではあるんだが、何より驚いたのは長門だね。
 長門は珍しくも指定席での読書ではなく、パソコン操作に勤しんでいた。
 先だってのコンピ研との対戦時よりは控えめなものの呆れるぐらいの速度でキーボードに指を躍らせている。

「まだみんな来ていないのか?」
「いない」

 視線をモニタに固定したまま長戸が答える。
 試しに背後から画面を覗き込んでみたが、うぉっ、駄目だ。BIOSのような真っ黒ウィンドウに謎のコマンドがスクロールしまくってることしか確認できん。

「………何してるんだ?」
「バグ取り」
「コンピ研に頼まれたのか?」
「そう」

 かつて、ハルヒが不当に巻き上げたパソコンを奪還すべく挑んできたコンピ研を返り討ちにしたことは記憶に新しい。
 以来、長門は時折りフラリと連中のもとへ立ち寄って色々手伝っているようだ。ようだ、というのはつまり、俺自身は長門がコンピ研で何を行っているのか見たことがないからなのだが。いつもは向こうで作業してるんじゃないのか?

「納期が間近。コンピューター研のパソコンは全て使用中」

 そうか。だからこっちで作業してるんだな。にしても、バグ取りとはまた地味なことをさせる。どうせなら脚本に関わらせてもらえばいいのに。

「作中の舞台、ルール等は彼らのオリジナル。そこに私の意見は反映されるべきではない」

 なるほど。
 傍らに置かれていた簡易説明書を拝借して目を通す。どうやら、今回は前作から更にスケールアップして、全宇宙を舞台にしたシュミレーションだけでなくRPG要素も含ませているようだ。宇宙で星盗り合戦をかました挙句、本星へ侵攻して帝国VS自由連合よろしく白兵戦まで展開するらしい。敵幹部が「You're my son!」なんて言い出したりしないよなと杞憂を抱きつつ、それで? 肝心の出来はどうなんだ。

「問題ない。バグの発生率は非常に少ない。全編通してのプレイ時間が40時間以上に及ぶ作品としては良質と判断される」
「………そうか」

 バグ云々ではなく作品自体の出来を問うたつもりだったのが、まあ、いいか。
 手近にあった椅子を引きずって腰掛ける。後ろから覗き込むような体勢は邪魔だろうかと思ったが、当事者が視線をモニタに固定したまま動く気配もないのでよしとする。

「茶でも飲むか?」
「いい」

 朝比奈さんが来る気配もないので提案してみたが、作業中の長門には不要だったらしい。
 とりあえず自分で自分の分を淹れてみる。席に戻って飲んでみたが、うん、美味くない。
 しかし、見れば見るほど感服したくなる。キータッチなんざ速さのあまり指の残像すら見えそうな気がするぜ。小気味よいスタッカートを聴いていると、もはやため息つくしかない感じだね。
 でもって、俺はつくづく思うわけだ。長門がいなきゃコンピ研との対決はどうにもならなかったな、と。
 今更いっても仕方が無いが、彼らは団体戦ではなく個人戦を挑むべきだったのだ。日頃よりパソコンに慣れ親しんでいる向こうと違ってこちらの面子と言えば、猪突猛進のハルヒに、操作すら覚束ない朝比奈さん、古泉の能力は未知数だがボードゲームの腕を見る限りでは期待するには程遠く、俺だって高が知れている。確実に勝ちを取れそうなのは長門のみで、少なくとも他女子2名はあっさり相手に白星を献上しそうな勢いだ。
 前回、長門の手でこてんぱんに叩きのめされたコンピ研が不撓不屈の精神で再戦を挑んできたらどうしたもんかね。しかも個人戦の指名つきでさ。そうしたら彼らはあっさりとパソコンを俺たちから取り返せるんだろうな。まあ、もとの出所を考えると1台ぐらい返却していいような気もするんだが。
 直後。
 俺の愚痴とも言えない愚痴が聞こえたのかどうか、ピタリと動きを止めて長門が振り向いた。

「大丈夫」

 抑えがちな感情の一部を揺るがない瞳に浮かべ確かに応える。
 細い首がほんの数ミリ、縦方向に促された。

「私たちは、負けない」




 全ての処理を終えてパソコンから吐き出されたディスクを手に長戸が立ち上がる。
 無言で部屋を出て行く後ろ姿を見送り、冷え切ったお茶に口をつけた俺は堪えきれずに笑った。
 だって、笑いたくもなるじゃないか。故意か偶然かはともかく、あの長門が、単数形ではなく複数形を使った事実に。そこにはハルヒだけじゃなく、古泉や朝比奈さんや、おそらくは俺も含まれているんだろうと考えると積み重ねてきた時間の効能って奴を信じたくもなってくる。
 ああ、―――そうとも。
 きっと俺たちなら星だって盗めるさ。誰に挑まれても邪魔されても最後には皆で掴みたいものを掴んでみせる。
 もしも情報統合思念体と対決する未来があるならば、決戦は地上戦でお願いしたいところだが、それすらもどうなるかは未知数なんだよな。
 先を思えば楽しみなような、不安なような、複雑な心境を抱えつつ。

 そうして俺は戻ってきた宇宙人を笑顔で出迎えるのだ。

 

※WEB拍手再録


 

いい加減タイトルもこじつけくさい(汗)。

でも長門さんは絶対に主人公のこと好きだよね………?

彼女は将来的に情報統合思念体のもとへ帰還してしまうとの説がありますが、どーせなら

人並みのしあわせを掴んで頂きたいものです。

見ようによっちゃあ、ハルヒよりヒロインらしいヒロインだしな。

「ちょっとばかり『エ○ァ』のレイちゃんを髣髴とさせる」なんてゆっちゃイケナイ(笑)。

 

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